異世界なう―No freedom,not a human―
122話 プロなう
俺はリャンと一緒に潜入する場所の上空でふよふよと漂っている。
「マスター、そろそろ始まる時間です」
「だね……さて、ちゃっちゃと片付けようか」
と言いつつも、俺は眼下のゴーレムを観察する。
……やっぱり、この前祠を守っていたゴーレムと似てる、っていうか作りが同じじゃないかな。
「アレ、一体だけ鹵獲出来ないかな。『パンドラ・ディヴァー』で」
「余計なことはしない方が得策かと。万が一戦闘になった場合にどさくさに紛れて回収するのが一番だと思います」
(カカカッ、オレ様も同意見ダゼェ。アレを封印して解析ナンテ、二の次ダロウ?)
(まあそうか)
すっかり影の薄いヨハネス(戦闘が無いとあんま喋ってくれない)にも窘められ、俺は肩をすくめる。
活力煙の煙を吐きだしてから、それを燃やし尽くして眼下を見据えた。
「じゃ、行こうか。着地場所はあそこかな」
そう言って俺が高度を下げていくと……俺たちが潜入しようとしていた入り口が見えてきた。
風の結界で透明になってその場に降り立つと、奇妙な静寂が広がっていた。
「……妙だね。何回かここに来た時は、ここまで静かじゃ無かった」
小声でそう呟く。
「競売ですから、ほとんどの人がそちらに向かっているのではないですか?」
「それでも最低限はいるはずだよ。護衛が」
なんせ機密のオンパレードだ。俺が今日までに捕まえてきた結婚詐欺師どもの情報だけでもだいぶデカいスキャンダルだからね。
「それに、魔力は感じるんだよ」
そう、魔力は感じる。それもかなりの数、そしてかなりの大きさの魔力を。まるで魔法師ってレベルの魔力まである。
外のゴーレムも大概な戦力だと思うけど、ただの商会にこれほどの戦力を持つことが出来るんだろうか。
不思議ではあるが――考えていても答えが出るはずもない。そのまま進むべきだろう。
俺はふうと肩の力を抜く。
「マスター……今更ですが、やはり魔力は隠せませんか?」
リャンが少し心配そうな顔で聞いてくる。……ああそういえば、以前潜入した時は魔力ダダ漏れだったもんね、俺。
一度訊いてみたことがあるが、どうもリャンは魔力を知覚出来るらしい。魔法師のように魔力を『視』る眼を持っているわけじゃなく、匂いのようなもので感じるとのことだ。
で、今リャンが鼻をヒクヒクさせてるってことは、俺の魔力を感知してのことだろう。
しかしそこに抜かりはない。俺は腕を組んでニヤリと笑う。
「ところがね……ほら」
そう言ってチラリとリャンを見ると、リャンの顔が驚愕の色に染まった。
「そんな……ま、マスターの魔力が微かにしか感じられなくなりました」
「うん。やっと出来るようになったよ」
俺は魔力を増幅させて、そして放出してコントロールして体外にとどめて魔昇華を行っている。
そう、ここで重要なのは『増幅して』いることだ。
……なんで増幅できるの? って話だ。俺はこれを『体内に魔力を貯蓄してる蔵のようなものがあり、そこから一時的に大量に出している』と思っていた。
そのことをキアラに尋ねると、中らずと雖も遠からずというお答えを頂いた。
『体内に魔力をとどめておく場所がある、というのは間違いない。しかしの、魔力が増幅しているのはそこから大量に取り出しているからではない』
魔力を無理矢理押し出しているのは俺の終扉開放のことらしい。文字通り命が消し飛ぶ可能性があるから勘弁してと言われてしまった。
ともかく魔力が増大するのはそういう理屈ではないらしい。では何か。
『魔力を過剰に摂取すると体に悪影響が出るのはお主も体感ずみぢゃろう? しかしお主ら魔力の多い人間は普段普通に生活しておる。それは何故ぢゃと思う』
俺がよくやる『魔圧』は異常な量の魔力をぶつけて失神させる技だ。それと同じことが、普通の魔法師にも起こってしかるべきだとのこと。
俺はそれを慣れとか、許容魔力量の違いとか、魔力抵抗とかそんな感じかと思っていた。しかしそうではないらしい。
『普段は害が少ないが規模も小さい――抑えられた魔力になっているわけぢゃ。不活性化しておるとでも言おうか。それならば、もっともっと魔力の規模を小さくすることも出来るとは思わぬか?』
というわけで、魔力というのは害も規模も小さくすることが出来るものなのだ。
だからこうして気合を入れて抑えることで……
「魔力を限界まで希薄にすることが出来る。ただまあ、分かってはいると思うけどこうなると魔法の類は規模がだいぶ小さくなっちゃうんだよね。完全な無音結界を張ることは出来なくなるんだ」
そう言って、俺とリャンの足元にだけ無音結界を張る。これで足音がしなくなった。
「……こんなもの無くとも、私は音を立てず歩けますが」
「んー……まあ、一応ね」
リャンは若干プライドを傷つけられたみたいな顔をしているけど、念には念を、ってね。
俺とリャンは口を閉じてコクリと頷く。ここから先はなるべく音を立てずに移動せねば。
鍵をリャンが開けて、俺たちはアクドーイ商会の本部の中に入り込む。
……ホントに静まってるね。
「(行こうか)」
リャンに目で合図して、俺達はこそこそと内部に入っていく。
書類があるであろう場所は地下とのことなので、そろそろと歩いて行くと……。
(なるほど)
(カカカッ! 壁にゴーレムが埋め込まれテンナァ!)
俺が感知した魔力はコレだったみたいだ。上にいるのよりも幾分か小さいゴーレムが壁に埋め込まれている。
侵入者である俺たちが前を通っても動き出す様子はないので、また別のスイッチがあるのだろう。
「(壁にゴーレムが埋め込まれてる。下手に刺激しないように急ごう)」
「(承知いたしました)」
リャンの顔がいっそう固くなる。恐らく俺の顔も険しくなっているだろう。
これが全部出てきたら……一体一体がCランクくらいの強さはあるゴーレムがうじゃうじゃ出てくるのか。勘弁願いたいね。
「(マスター、そちらを右です)」
「(……うん)」
まったく人気のない不気味な廊下を、息をひそめて歩く。
さっさと任務を終わらせよう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『さぁ~! 皆様! よくぞお越しくださいました。私は今回の奴隷競売を取り仕切らせていただきますコーアクトーと申します。本日は楽しんでいってください!』
パチパチと拍手が巻き起こる。薄暗いホールの中で身なりのいい人間が今か今かとワクワクした表情で壇上を見つめている。
この奴隷競売は『美しくて理知的な女性奴隷特集』らしい。マリルさんのようなインテリ美女が集められているんだそうだ。
「……キアラさん、既に気分が悪いんですが」
「そうぢゃのぅ……まあ方々からあんな視線を向けられればそうなるぢゃろ」
この会場には女性が少ない。女性奴隷を買うのはやはり男が多いというわけだ。
キアラさんは美人だ、そして今日は冬子もしっかりオシャレをしてきている。何が言いたいかというと、先ほどから不躾な視線がずっと注がれているのだ。
「……不愉快だ……」
「ほっほっほ。流石の妾もああいう下卑た視線は腹が立つのぅ」
同じ男性でも、京助から向けられる視線とは雲泥の差だ。アレはこうなんていうか、見ちゃいけないけど見たい……みたいな葛藤が感じられて悪い気はしない。
しかしこの視線は不愉快だ。特にいざとなれば組み敷ける――そう思われていることがありありと分かるのが一番嫌だ。
「だからやっぱり私と京助が来るべきだったんじゃないでしょうか」
「……妾も若干そう思うのぅ。そうでなくとも、男性は一人くらい呼ぶべきだったかもしれぬ」
無視するのは容易いが、先ほどから何度も話しかけられているのだ。いちいち断るのも鬱陶しい。奴隷競売が本格的に始まってしまえば少なくなるだろうが、それまでがイライラする。
さてどうしたものか……
「ならば私などどうだろうか?」
低いトーンの落ち着いた声が聞こえてきた。しかも若々しい。
振り返ると、
「……タローさん、でしたか」
「できればアトラと呼んでいただけないだろうか……」
ビシッとスーツで決めた、黒髪褐色肌でぱっと見東洋人のイケメン。SランクAGのタローが立っていた。
あまりに自然に側に寄られていたため、全く気付かなかった。キアラさんもそうらしく、ほんの少しだけ目に驚きの色を浮かべている。
「何故ここに?」
険を籠めて睨みつけると、タローはひょいと肩をすくめた。仕草がいちいち気障だ。
「落ち着いて欲しい。私はミスター京助の依頼でやってきたのだ。遠くから見張っておいて欲しい、とな」
万が一にでも取り逃がすわけにはいかないので、戦闘になった場合に外から監視する役目が必要だったんだそうだ。
そして抜擢されたのがSランクAGであるタロー。
確かにこれ以上ない人選だろうが……
「それならなぜ妾たちのところに来たんぢゃ? 木偶人形など操って」
木偶人形。キアラがそう言うとタローはニヤリと嬉しそうに口元を歪ませた。
「流石は彼のパーティーメンバー。ここまで魔法に明るい女性がいたとは。私は魔法も嗜んでいてね、良ければ今夜食事でもしながら語らわないか? ミスキアラ」
ぺらぺらとよく喋る。そして木偶人形という部分を否定しなかった。
ジッとタローをよく見ると……確かに、武の匂いが感じられない。以前の彼はまさに達人という雰囲気を醸し出していたのに、今の彼はそうでもない。
「キアラさん、どういうことです?」
「ここにいるこやつは、良く出来ておるがタローの偽物ぢゃ。珍しい木の魔法で作られておる。しかも一目では分からぬほどの精密な造形……大した腕ぢゃよ」
キアラさんが褒めるなんて。
(それほど……凄いということか)
「お褒めにあずかり光栄だ。ここに来た……というか分身を向かわせた理由だが、ただのナンパ避けだ。あのままだと君らの活動に支障が出そうだったのでな」
やれやれ、とでも言いたげにため息をつく仕草をするタロー。よく見たら呼吸の動きが見えない。良く出来た偽物だっていうのは本当らしい。
「というか、こういう時こそ君たちの王子様の出番ではないのか? ミスター京助は何をしているんだ」
「……京助は私たちのことを信頼して自分のミッションを遂行中だ」
ふん、と鼻を鳴らして壇上の方を向く。確かにタローが来てから不躾な視線が減っている。もしかしたら何人かはタローの正体を知っているのかもしれない。
キアラさんは顎に手を当ててじろじろとタローの身体を観察している。そして十分見終わったのかニヤリと笑って冬子の横に並んだ。
「なるほどのぅ……キョースケと戦いたがらんわけぢゃ」
「む……私が彼より弱いとでも?」
「ほっほっほ。そんなことは言っておらん。ただ、お主は異様に相性が悪いぢゃろうと思っての。そしてナンパ避け……などと言っておったが、どうせキョースケからこう言われたんぢゃろ」
「……何をだね」
「『万一、トーコとキアラがほんの少しでも不愉快な思いをしたら……地の果てまで追いかけて燃やし尽くす』とでもの」
タローの表情が少し憮然とした物に変わる。
「……脅されて動いたと思われるのは心外だな。ギルドマスターからも頼まれたことだ、そしてミスキアラ、ミスター京助はそんなことは言っていない」
「ほう……では何と言われたのぢゃ?」
キアラさんが楽しそうな笑みのまま尋ねると、タローは苦虫を噛み潰したような顔になって。
「『……これは依頼だ。SランクAGがまさか依頼主を不快にさせることなんて無いよね?』と。彼は本当に十代なのか怪しかったぞ、あの表情は」
タローはビビっている、というよりも『こいつめんどくせえ』といった顔になっている。まあ京助なら言いそうだ。
そのシーンを想像してクスリと笑うと、タローの表情が柔らかいものになった。
「女性は眉間にしわを寄せているよりも笑っている方が美しい。……緊張はほぐれたかね?」
「あ……」
「ふむ……」
「返事はその表情だけで結構だ。さて、始まるようだぞ?」
タローが壇上を指さすと、そこでは一人目の女性が運ばれてきているところだった。
……京助から渡されている軍資金は大金貨500枚。これでどこまで粘れるか。
『お待たせしました! まずは一人目!』
拘束された女性が出てくる。あまりにも不愉快な光景に舌打ちしたい気持ちを堪える。
『では、まずは大金貨100枚から!』
京助、急げよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺たちはこっそりとこっそりと動いて、やっと目当ての部屋の付近までやってきた。
何度か人を見かけたが、その度に見つからずやり過ごすことが出来た。ここまでは順調と言えるだろう。
目的の部屋――アクドーイ商会のボスの部屋だ。ただ、鍵がかかっている。当たり前か。
今までの鍵はリャンが開けることが出来たけどこの鍵は彼女でもお手上げらしい。魔道具が使われているんだそうだ。
扉の横には二体の石像……に見せかけたゴーレム。近づいても起動しなかったところからして、壁に攻撃されたりするとかでなければ動き出さないのだろうか。壁に攻撃することなんて無いだろうけど。
(……ヨハネス、コレを解呪出来たりする?)
(難しいナァ……。ケド、ヤル価値はアルゼェ)
俺はそっと魔道具に触れてみる。俺は触れるだけで魔道具の解析は出来ない。けどヨハネスにちゃんと情報を送れれば、アイツは解析できる。
(カカカッ……行くぞ、キョースケ。準備はイイナ? コレを解呪スルゾ)
(OK、ヨハネス。行こうか)
まず中の魔力の量を確認する。『パンドラ・ディヴァー』で魔力を全部封印することが出来たらいいんだけど……アレを起動させたら、流石に周囲に気づかれる。エネルギー量が尋常じゃないからね。
構成している魔魂石は……デスサイズラクーンと似てるね。
(他にも混ざってヤガル、相当高価な魔道具錠前ダナァ!)
ぶっ壊して入ればいい……とは思うかもだけど、やれるところまでは隠密で行きたいからね。
中をさらに観察する。ヨハネスにも手伝ってもらいながら、俺は錠前の内部を魔力で弄繰り回す。そして分かることをヨハネスに逐一報告する。
――キアラだったらこれ、一瞬で解けるんだろうね。
(カカカッ! 当り前ダァ!)
ヨハネスが面白そうに笑う。まあそうだよね。
なんてちょっと苦笑いを浮かべていると――ヨハネスが、ほんの少しだけトーンを落とした。
(ケドヨ、キョースケ)
(……何さ)
(オマエだって成長シテルゼ?)
だから大丈夫だ、と。
ヨハネスがそう言った瞬間――俺の頭の中にこの錠前の構成が流れ込んできた。
(ヨハネス、これ……ッ!?)
(解析は完了ダ! ここまでヤレバ――余裕だろ、キョースケ)
俺はちゃんとヨハネスに情報を渡せていたらしい。
経験値……しっかりとこの身に刻まれていたようだね。そのことに自分の成長を感じながら――カチン、と錠前が開く音がした。
「シッ」
思わずガッツポーズをしてしまう。ふう……だいぶ精神をすり減らしたね。
「(マスター、行きましょう)」
「(うん)」
リャンと共に部屋の中に入ると……見事に整理されている綺麗な部屋だった。優秀な人のデスクは綺麗とよく言うけど、やはり大きな商会の長の部屋はこんなもんなんだろう。
指紋を付けても別にいいかなって思うけど、一応手袋をつけて書類などを探す。
「……割とすぐに見つかったね」
隠されて……は、いた。ただ、部屋の鍵ほどしっかりとした鍵はついていなかった。リャンがカチャカチャと数秒で開けちゃったからね。
俺はそれらの書類を全てアイテムボックスにしまう。
「お疲れ様です、マスター」
「うん、お疲れ。……これで俺たちの仕事は完了だね。けど何でこんなに簡単な場所にしまわれてたんだろうか」
その他にもめぼしいモノをアイテムボックスに入れながらちょっとした疑問を口に出すと……
「キハハハッ!」
……と、甲高い笑い声が聞こえてきた。
接近には気づいていたけど、ここに来るまでが一本道だったから放置していた。
――さーて、こいつかな?
「そりゃ勿論、このスターブ・ベムーラ様がいるからに決まってんだよなぁ」
キハハハッ! と、耳障りな笑い声と共にドレッドヘアーでサングラスをかけた男が現れた。
拳にはメリケンサックが嵌められており、その姿はさながらダウンタウンでたむろしているヤンキーだ。
ただ……身に纏っている雰囲気は、ヤンキーとは比べ物にならない。
「キハハハッ! い~い女じゃねえか……よぅ、テメェ、その女くれよ」
舌を出して――舌ピアスまでしてる――口もとを舐める仕草は、見ていてとても不快になるものだ。
リャンを嫌らしい目で見て、俺のことはまるで眼中にもない……という態度をとるスターブ。しかし、微塵も隙を見せていない。これは強いね。
だけど、
「獲物を前に舌なめずり、三流のやることだね」
「……ああ?」
某ライトノベルの名台詞を引用すると、スターブがギラリと睨みつけてきた。明らかに殺気の籠った目だが――俺はそれを受け流して鼻で嗤う。
「君の仕事が何か知らないけど――俺は帰りたいんだ。通してくれる? それと――」
グイッとリャンの肩を抱き寄せる。
「彼女は俺の仲間だ。――そんな下卑た眼を向けるなら、本気で排除するよ」
「……アア? 言うじゃァねぇか」
ビキビキと青筋を浮かべるスターブ。その辺がSランカーになれなかった所以なのかもね。
「さて――俺はお前と違ってプロのAGだからね。任務は遂行するんだ」
リャンへ向けた視線は万死に値するものだけど、それよりも俺は優先しなくちゃいけないことがある。
だから――
「さっさと、お前も俺の経験値になってくれよ?」
「マスター、そろそろ始まる時間です」
「だね……さて、ちゃっちゃと片付けようか」
と言いつつも、俺は眼下のゴーレムを観察する。
……やっぱり、この前祠を守っていたゴーレムと似てる、っていうか作りが同じじゃないかな。
「アレ、一体だけ鹵獲出来ないかな。『パンドラ・ディヴァー』で」
「余計なことはしない方が得策かと。万が一戦闘になった場合にどさくさに紛れて回収するのが一番だと思います」
(カカカッ、オレ様も同意見ダゼェ。アレを封印して解析ナンテ、二の次ダロウ?)
(まあそうか)
すっかり影の薄いヨハネス(戦闘が無いとあんま喋ってくれない)にも窘められ、俺は肩をすくめる。
活力煙の煙を吐きだしてから、それを燃やし尽くして眼下を見据えた。
「じゃ、行こうか。着地場所はあそこかな」
そう言って俺が高度を下げていくと……俺たちが潜入しようとしていた入り口が見えてきた。
風の結界で透明になってその場に降り立つと、奇妙な静寂が広がっていた。
「……妙だね。何回かここに来た時は、ここまで静かじゃ無かった」
小声でそう呟く。
「競売ですから、ほとんどの人がそちらに向かっているのではないですか?」
「それでも最低限はいるはずだよ。護衛が」
なんせ機密のオンパレードだ。俺が今日までに捕まえてきた結婚詐欺師どもの情報だけでもだいぶデカいスキャンダルだからね。
「それに、魔力は感じるんだよ」
そう、魔力は感じる。それもかなりの数、そしてかなりの大きさの魔力を。まるで魔法師ってレベルの魔力まである。
外のゴーレムも大概な戦力だと思うけど、ただの商会にこれほどの戦力を持つことが出来るんだろうか。
不思議ではあるが――考えていても答えが出るはずもない。そのまま進むべきだろう。
俺はふうと肩の力を抜く。
「マスター……今更ですが、やはり魔力は隠せませんか?」
リャンが少し心配そうな顔で聞いてくる。……ああそういえば、以前潜入した時は魔力ダダ漏れだったもんね、俺。
一度訊いてみたことがあるが、どうもリャンは魔力を知覚出来るらしい。魔法師のように魔力を『視』る眼を持っているわけじゃなく、匂いのようなもので感じるとのことだ。
で、今リャンが鼻をヒクヒクさせてるってことは、俺の魔力を感知してのことだろう。
しかしそこに抜かりはない。俺は腕を組んでニヤリと笑う。
「ところがね……ほら」
そう言ってチラリとリャンを見ると、リャンの顔が驚愕の色に染まった。
「そんな……ま、マスターの魔力が微かにしか感じられなくなりました」
「うん。やっと出来るようになったよ」
俺は魔力を増幅させて、そして放出してコントロールして体外にとどめて魔昇華を行っている。
そう、ここで重要なのは『増幅して』いることだ。
……なんで増幅できるの? って話だ。俺はこれを『体内に魔力を貯蓄してる蔵のようなものがあり、そこから一時的に大量に出している』と思っていた。
そのことをキアラに尋ねると、中らずと雖も遠からずというお答えを頂いた。
『体内に魔力をとどめておく場所がある、というのは間違いない。しかしの、魔力が増幅しているのはそこから大量に取り出しているからではない』
魔力を無理矢理押し出しているのは俺の終扉開放のことらしい。文字通り命が消し飛ぶ可能性があるから勘弁してと言われてしまった。
ともかく魔力が増大するのはそういう理屈ではないらしい。では何か。
『魔力を過剰に摂取すると体に悪影響が出るのはお主も体感ずみぢゃろう? しかしお主ら魔力の多い人間は普段普通に生活しておる。それは何故ぢゃと思う』
俺がよくやる『魔圧』は異常な量の魔力をぶつけて失神させる技だ。それと同じことが、普通の魔法師にも起こってしかるべきだとのこと。
俺はそれを慣れとか、許容魔力量の違いとか、魔力抵抗とかそんな感じかと思っていた。しかしそうではないらしい。
『普段は害が少ないが規模も小さい――抑えられた魔力になっているわけぢゃ。不活性化しておるとでも言おうか。それならば、もっともっと魔力の規模を小さくすることも出来るとは思わぬか?』
というわけで、魔力というのは害も規模も小さくすることが出来るものなのだ。
だからこうして気合を入れて抑えることで……
「魔力を限界まで希薄にすることが出来る。ただまあ、分かってはいると思うけどこうなると魔法の類は規模がだいぶ小さくなっちゃうんだよね。完全な無音結界を張ることは出来なくなるんだ」
そう言って、俺とリャンの足元にだけ無音結界を張る。これで足音がしなくなった。
「……こんなもの無くとも、私は音を立てず歩けますが」
「んー……まあ、一応ね」
リャンは若干プライドを傷つけられたみたいな顔をしているけど、念には念を、ってね。
俺とリャンは口を閉じてコクリと頷く。ここから先はなるべく音を立てずに移動せねば。
鍵をリャンが開けて、俺たちはアクドーイ商会の本部の中に入り込む。
……ホントに静まってるね。
「(行こうか)」
リャンに目で合図して、俺達はこそこそと内部に入っていく。
書類があるであろう場所は地下とのことなので、そろそろと歩いて行くと……。
(なるほど)
(カカカッ! 壁にゴーレムが埋め込まれテンナァ!)
俺が感知した魔力はコレだったみたいだ。上にいるのよりも幾分か小さいゴーレムが壁に埋め込まれている。
侵入者である俺たちが前を通っても動き出す様子はないので、また別のスイッチがあるのだろう。
「(壁にゴーレムが埋め込まれてる。下手に刺激しないように急ごう)」
「(承知いたしました)」
リャンの顔がいっそう固くなる。恐らく俺の顔も険しくなっているだろう。
これが全部出てきたら……一体一体がCランクくらいの強さはあるゴーレムがうじゃうじゃ出てくるのか。勘弁願いたいね。
「(マスター、そちらを右です)」
「(……うん)」
まったく人気のない不気味な廊下を、息をひそめて歩く。
さっさと任務を終わらせよう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『さぁ~! 皆様! よくぞお越しくださいました。私は今回の奴隷競売を取り仕切らせていただきますコーアクトーと申します。本日は楽しんでいってください!』
パチパチと拍手が巻き起こる。薄暗いホールの中で身なりのいい人間が今か今かとワクワクした表情で壇上を見つめている。
この奴隷競売は『美しくて理知的な女性奴隷特集』らしい。マリルさんのようなインテリ美女が集められているんだそうだ。
「……キアラさん、既に気分が悪いんですが」
「そうぢゃのぅ……まあ方々からあんな視線を向けられればそうなるぢゃろ」
この会場には女性が少ない。女性奴隷を買うのはやはり男が多いというわけだ。
キアラさんは美人だ、そして今日は冬子もしっかりオシャレをしてきている。何が言いたいかというと、先ほどから不躾な視線がずっと注がれているのだ。
「……不愉快だ……」
「ほっほっほ。流石の妾もああいう下卑た視線は腹が立つのぅ」
同じ男性でも、京助から向けられる視線とは雲泥の差だ。アレはこうなんていうか、見ちゃいけないけど見たい……みたいな葛藤が感じられて悪い気はしない。
しかしこの視線は不愉快だ。特にいざとなれば組み敷ける――そう思われていることがありありと分かるのが一番嫌だ。
「だからやっぱり私と京助が来るべきだったんじゃないでしょうか」
「……妾も若干そう思うのぅ。そうでなくとも、男性は一人くらい呼ぶべきだったかもしれぬ」
無視するのは容易いが、先ほどから何度も話しかけられているのだ。いちいち断るのも鬱陶しい。奴隷競売が本格的に始まってしまえば少なくなるだろうが、それまでがイライラする。
さてどうしたものか……
「ならば私などどうだろうか?」
低いトーンの落ち着いた声が聞こえてきた。しかも若々しい。
振り返ると、
「……タローさん、でしたか」
「できればアトラと呼んでいただけないだろうか……」
ビシッとスーツで決めた、黒髪褐色肌でぱっと見東洋人のイケメン。SランクAGのタローが立っていた。
あまりに自然に側に寄られていたため、全く気付かなかった。キアラさんもそうらしく、ほんの少しだけ目に驚きの色を浮かべている。
「何故ここに?」
険を籠めて睨みつけると、タローはひょいと肩をすくめた。仕草がいちいち気障だ。
「落ち着いて欲しい。私はミスター京助の依頼でやってきたのだ。遠くから見張っておいて欲しい、とな」
万が一にでも取り逃がすわけにはいかないので、戦闘になった場合に外から監視する役目が必要だったんだそうだ。
そして抜擢されたのがSランクAGであるタロー。
確かにこれ以上ない人選だろうが……
「それならなぜ妾たちのところに来たんぢゃ? 木偶人形など操って」
木偶人形。キアラがそう言うとタローはニヤリと嬉しそうに口元を歪ませた。
「流石は彼のパーティーメンバー。ここまで魔法に明るい女性がいたとは。私は魔法も嗜んでいてね、良ければ今夜食事でもしながら語らわないか? ミスキアラ」
ぺらぺらとよく喋る。そして木偶人形という部分を否定しなかった。
ジッとタローをよく見ると……確かに、武の匂いが感じられない。以前の彼はまさに達人という雰囲気を醸し出していたのに、今の彼はそうでもない。
「キアラさん、どういうことです?」
「ここにいるこやつは、良く出来ておるがタローの偽物ぢゃ。珍しい木の魔法で作られておる。しかも一目では分からぬほどの精密な造形……大した腕ぢゃよ」
キアラさんが褒めるなんて。
(それほど……凄いということか)
「お褒めにあずかり光栄だ。ここに来た……というか分身を向かわせた理由だが、ただのナンパ避けだ。あのままだと君らの活動に支障が出そうだったのでな」
やれやれ、とでも言いたげにため息をつく仕草をするタロー。よく見たら呼吸の動きが見えない。良く出来た偽物だっていうのは本当らしい。
「というか、こういう時こそ君たちの王子様の出番ではないのか? ミスター京助は何をしているんだ」
「……京助は私たちのことを信頼して自分のミッションを遂行中だ」
ふん、と鼻を鳴らして壇上の方を向く。確かにタローが来てから不躾な視線が減っている。もしかしたら何人かはタローの正体を知っているのかもしれない。
キアラさんは顎に手を当ててじろじろとタローの身体を観察している。そして十分見終わったのかニヤリと笑って冬子の横に並んだ。
「なるほどのぅ……キョースケと戦いたがらんわけぢゃ」
「む……私が彼より弱いとでも?」
「ほっほっほ。そんなことは言っておらん。ただ、お主は異様に相性が悪いぢゃろうと思っての。そしてナンパ避け……などと言っておったが、どうせキョースケからこう言われたんぢゃろ」
「……何をだね」
「『万一、トーコとキアラがほんの少しでも不愉快な思いをしたら……地の果てまで追いかけて燃やし尽くす』とでもの」
タローの表情が少し憮然とした物に変わる。
「……脅されて動いたと思われるのは心外だな。ギルドマスターからも頼まれたことだ、そしてミスキアラ、ミスター京助はそんなことは言っていない」
「ほう……では何と言われたのぢゃ?」
キアラさんが楽しそうな笑みのまま尋ねると、タローは苦虫を噛み潰したような顔になって。
「『……これは依頼だ。SランクAGがまさか依頼主を不快にさせることなんて無いよね?』と。彼は本当に十代なのか怪しかったぞ、あの表情は」
タローはビビっている、というよりも『こいつめんどくせえ』といった顔になっている。まあ京助なら言いそうだ。
そのシーンを想像してクスリと笑うと、タローの表情が柔らかいものになった。
「女性は眉間にしわを寄せているよりも笑っている方が美しい。……緊張はほぐれたかね?」
「あ……」
「ふむ……」
「返事はその表情だけで結構だ。さて、始まるようだぞ?」
タローが壇上を指さすと、そこでは一人目の女性が運ばれてきているところだった。
……京助から渡されている軍資金は大金貨500枚。これでどこまで粘れるか。
『お待たせしました! まずは一人目!』
拘束された女性が出てくる。あまりにも不愉快な光景に舌打ちしたい気持ちを堪える。
『では、まずは大金貨100枚から!』
京助、急げよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺たちはこっそりとこっそりと動いて、やっと目当ての部屋の付近までやってきた。
何度か人を見かけたが、その度に見つからずやり過ごすことが出来た。ここまでは順調と言えるだろう。
目的の部屋――アクドーイ商会のボスの部屋だ。ただ、鍵がかかっている。当たり前か。
今までの鍵はリャンが開けることが出来たけどこの鍵は彼女でもお手上げらしい。魔道具が使われているんだそうだ。
扉の横には二体の石像……に見せかけたゴーレム。近づいても起動しなかったところからして、壁に攻撃されたりするとかでなければ動き出さないのだろうか。壁に攻撃することなんて無いだろうけど。
(……ヨハネス、コレを解呪出来たりする?)
(難しいナァ……。ケド、ヤル価値はアルゼェ)
俺はそっと魔道具に触れてみる。俺は触れるだけで魔道具の解析は出来ない。けどヨハネスにちゃんと情報を送れれば、アイツは解析できる。
(カカカッ……行くぞ、キョースケ。準備はイイナ? コレを解呪スルゾ)
(OK、ヨハネス。行こうか)
まず中の魔力の量を確認する。『パンドラ・ディヴァー』で魔力を全部封印することが出来たらいいんだけど……アレを起動させたら、流石に周囲に気づかれる。エネルギー量が尋常じゃないからね。
構成している魔魂石は……デスサイズラクーンと似てるね。
(他にも混ざってヤガル、相当高価な魔道具錠前ダナァ!)
ぶっ壊して入ればいい……とは思うかもだけど、やれるところまでは隠密で行きたいからね。
中をさらに観察する。ヨハネスにも手伝ってもらいながら、俺は錠前の内部を魔力で弄繰り回す。そして分かることをヨハネスに逐一報告する。
――キアラだったらこれ、一瞬で解けるんだろうね。
(カカカッ! 当り前ダァ!)
ヨハネスが面白そうに笑う。まあそうだよね。
なんてちょっと苦笑いを浮かべていると――ヨハネスが、ほんの少しだけトーンを落とした。
(ケドヨ、キョースケ)
(……何さ)
(オマエだって成長シテルゼ?)
だから大丈夫だ、と。
ヨハネスがそう言った瞬間――俺の頭の中にこの錠前の構成が流れ込んできた。
(ヨハネス、これ……ッ!?)
(解析は完了ダ! ここまでヤレバ――余裕だろ、キョースケ)
俺はちゃんとヨハネスに情報を渡せていたらしい。
経験値……しっかりとこの身に刻まれていたようだね。そのことに自分の成長を感じながら――カチン、と錠前が開く音がした。
「シッ」
思わずガッツポーズをしてしまう。ふう……だいぶ精神をすり減らしたね。
「(マスター、行きましょう)」
「(うん)」
リャンと共に部屋の中に入ると……見事に整理されている綺麗な部屋だった。優秀な人のデスクは綺麗とよく言うけど、やはり大きな商会の長の部屋はこんなもんなんだろう。
指紋を付けても別にいいかなって思うけど、一応手袋をつけて書類などを探す。
「……割とすぐに見つかったね」
隠されて……は、いた。ただ、部屋の鍵ほどしっかりとした鍵はついていなかった。リャンがカチャカチャと数秒で開けちゃったからね。
俺はそれらの書類を全てアイテムボックスにしまう。
「お疲れ様です、マスター」
「うん、お疲れ。……これで俺たちの仕事は完了だね。けど何でこんなに簡単な場所にしまわれてたんだろうか」
その他にもめぼしいモノをアイテムボックスに入れながらちょっとした疑問を口に出すと……
「キハハハッ!」
……と、甲高い笑い声が聞こえてきた。
接近には気づいていたけど、ここに来るまでが一本道だったから放置していた。
――さーて、こいつかな?
「そりゃ勿論、このスターブ・ベムーラ様がいるからに決まってんだよなぁ」
キハハハッ! と、耳障りな笑い声と共にドレッドヘアーでサングラスをかけた男が現れた。
拳にはメリケンサックが嵌められており、その姿はさながらダウンタウンでたむろしているヤンキーだ。
ただ……身に纏っている雰囲気は、ヤンキーとは比べ物にならない。
「キハハハッ! い~い女じゃねえか……よぅ、テメェ、その女くれよ」
舌を出して――舌ピアスまでしてる――口もとを舐める仕草は、見ていてとても不快になるものだ。
リャンを嫌らしい目で見て、俺のことはまるで眼中にもない……という態度をとるスターブ。しかし、微塵も隙を見せていない。これは強いね。
だけど、
「獲物を前に舌なめずり、三流のやることだね」
「……ああ?」
某ライトノベルの名台詞を引用すると、スターブがギラリと睨みつけてきた。明らかに殺気の籠った目だが――俺はそれを受け流して鼻で嗤う。
「君の仕事が何か知らないけど――俺は帰りたいんだ。通してくれる? それと――」
グイッとリャンの肩を抱き寄せる。
「彼女は俺の仲間だ。――そんな下卑た眼を向けるなら、本気で排除するよ」
「……アア? 言うじゃァねぇか」
ビキビキと青筋を浮かべるスターブ。その辺がSランカーになれなかった所以なのかもね。
「さて――俺はお前と違ってプロのAGだからね。任務は遂行するんだ」
リャンへ向けた視線は万死に値するものだけど、それよりも俺は優先しなくちゃいけないことがある。
だから――
「さっさと、お前も俺の経験値になってくれよ?」
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