異世界なう―No freedom,not a human―
119話 広告塔なう
オルランドに連れられて俺たちは彼の執務室のようなところに通された。俺がこの前通された応接間みたいなところとは違い、質素な調度品で揃えられている。
ただ椅子とテーブルだけは応接間にあったそれと同じくらいの豪華さだ。これだけ後から運び込まれたのだろう。
「ごめんなさいね、ただ仕事の話だからこっちの方が速くて。座ってちょうだい」
「失礼します」
一応敬語を使いながら、俺と冬子、キアラは椅子に座りリャンだけ後ろに控えた。……こういう扱いは嫌いだけど、体裁の上では奴隷になっているから仕方が無い。
しかしオルランドはそれを見てフッと笑うと、リャンを指さした。
「別にいいのよ、彼女を座らせても。あなたは彼女を奴隷扱はしてないでしょう?」
見透かしているように言うオルランドだが、彼女をそういう扱いにしていないのはアンタレスで俺たちに関わった人は皆知っていることだ。オルランドがそう言うのならそうさせてもらおう。
「なら――」
とリャンを座らせようとすると、彼女はフルフルと首を振った。
「私はマスターの奴隷ですので。この位置にいさせてもらいます」
そう言ってじろりとオルランドを睨みつけるリャン。何か彼女の癇に障ったのだろうか。
「いいの?」
「ええ」
取りあえずそれでいいらしいので、俺は彼女の意思を尊重してそのままにする。
オルランドを見ると、少し驚いた表情になっている。なんでだろうか。
「……驚いた。ポーズじゃないのね。ますます嬉しいわ」
眼をまん丸に開いて驚くオルランド。そんなに意外なことを言っただろうか。
いやそれよりも前に……
「ポーズ?」
話の流れ的に……リャンを奴隷として扱っていないことだろうか?
何を言ってるのか分からなくて首を傾げると、キアラがこそっと俺に耳打ちしてきた。
「お主の奴隷嫌いが、ぢゃろう。それがポーズならばあそこでピアの意思を尊重せんはずぢゃ」
ああ、なるほど。
俺のリャンへの対応を見たってわけか。それが人気取りのポーズなのか、ホントにそう思ってやっていることなのか。……獣人は虐げた方がAGとしては人気が出そうだけどね。
「人間としての信頼の問題ぢゃろう」
「それもそうか」
ニヤリと笑ってオルランドに視線を向ける。
別に主導権をこれで握れたわけじゃない。しかし、なんとなく余裕のようなものが俺の心の中に産まれていた。交渉や腹の読み合い――そういった俺の持たない力で戦っている男(?)の予想の範疇から越えられたことが、何となく自信になったのかもしれない。
どんな話をするのか知らないが――今日は心強い仲間もいる。この前のように終始飲まれたまま終わるつもりはない。
「それで……どんな話でしょうか」
落ち着いた声で問うた俺をオルランドはまっすぐ見返し――そして顔の前で手を組み重々しい口調で言った。
「単刀直入に言うわ。私のプロデュースする服を着てくれない?」
………………。
………………。
………………。
「はい?」
たっぷり三秒ほど硬直した後聞き返すと、オルランドは全く同じ顔のままもう一度口を開いた。
「私のプロデュースする服を――」
「ああいえ聞こえなかったわけじゃなくて」
遮りながら俺は一旦頭の中を整理する。
……オルランドのプロデュースした服を着る?
(どういうことやねん)
いや言葉の意味は分かるが、それを何故AGである俺に? 正直、普段は鎧姿だからインナーくらいしか着てないし、私服になるのは家にいる時くらい。他のAGも街中を歩くときは基本的に鎧姿だ。
持ち家が無い彼らにとっては余計な私服なんて邪魔になるだけだし、俺たちだってそもそも街に繰り出すことは少ないし――
「何を言ってるか分からない、って顔ね。キアラちゃんは分かっているみたいだけど」
「ほっほっほ。……まあ、こやつらよりは長く生きておるからのぅ」
二人で何となくわかり合っている様子なのがムカつく。
とはいえ、オルランドが商人であること、そして俺がそこそこ強いAGであること、何より今回の件で家が手に入ったことを鑑みればそこまで変な話でも無いか。
「宣伝、か」
「そうね」
「宣伝? ……ああ、そういうことか。京助を広告塔にするわけだな」
ポンと手を打つ冬子。よく考えたらこういう商法は俺たちの方が馴染み深い。こっちの世界じゃあまり見ないからね。
「なるほど、それは俺たちにどんなメリットが?」
「簡単よ、契約金を払うわ。そして月々のお給料も。その代わり、私服は必ずうちの商品にしてもらうし、ある程度宣伝はしてもらうけど」
まあ妥当なところか。
「ちなみに、契約金はいくらくらいです?」
当然の疑問をぶつけると、オルランドは楽しそうな笑みを深めた。
「一人大金貨100枚、合計400枚ね。それを支払うわ」
……やっぱりマリルの借金の金額に合わせて来たか。
にしてもこの前のオルランドとはだいぶ雰囲気が違う。違い過ぎて何か隠しているんじゃないかと思うくらいだ。
こういう腹の探り合い、読み合いは苦手なんだよな……。
チラリとキアラを見ると、ニコリとほほ笑まれた。俺よりもはるかにこういう攻防が得意なキアラがあまり警戒していないのなら、信じていいのかもしれない。
少し俺は考えてから――オルランドをまっすぐと見据えて疑問をぶつけてみた。
「……何を隠しているんですか?」
「……呆れた、それを真正面から訊く?」
苦笑い気味のオルランド。キアラは笑っているし、冬子は諦めた表情だ。しょうがないでしょ、聞かないよりはましだし。
オルランドは苦笑いを普通の笑みに変えると、肩をすくめてから口に何かを入れた。
「食べる?」
フッと頬に笑みを浮かべて尋ねてくるオルランド。その余裕にやはり風格を感じる。
「結構です」
「……そう。まあ何かを企んでいるとして、それを馬鹿正直に言うとでも?」
「言ってもらわなければ俺はその提案には乗れません。俺の取り柄は腕っぷしだけですから――あまり宣伝効果があるとは思えませんし」
これがイケメンとかなら話は別なんだろうけど、俺は普通に見たら中の下~中の中、無茶苦茶好意的に見ても中の上を出ないだろう。容姿だけで引かれるほど醜いわけじゃないが、容姿だけで惹かれるほど整ってもいない。
「確かに冬子とキアラとリャンは美人ですけど――肝心のAランクAGの俺がそうでもないですからね」
俺の『美人』というワードに、キアラは当然と言った表情で受け止め、冬子は顔を少し赤くした。リャンの顔は見えないけど、引かれては無い、と思う。多分。
オルランドはそんな三人の様子をみて――はぁ、とため息をついた。
「息を吐くように惚気るのね」
「別に惚気たつもりはありませんが。何だかんだ言って俺がそれなりに知名度のあるAGであることは自覚していますが、それもアンタレスの範囲内で外じゃそうでもないです。ああ、王都でも少し知られていますが……」
そう言うと、オルランドはニヤリと笑みを深める。はて、何かお気に召すようなことを言っただろうか。
「ふふ、いいのよ。キョースケ、貴方は確かに絶世の美男子ってほどではないかもしれないけど、だからこそいいのよ。AGをやっている割に筋肉が少なくてスタイルもいいし、背も高くて足も長い。私のデザインした服は必ず似合うはずだわ」
なんか滅茶苦茶褒められた。
オルランドが俺に何らかの商品価値を見出してくれたんなら嬉しいが――しかし、やはり契約金を払うほどのこととは思えない。まして大金貨400枚だ。この世界にいると金銭感覚が狂いそうになるが、大金貨1枚は一万円くらいの価値はある。つまり400万だ。
……ってあれ? 広告料としたらだいぶ安くない? ん? どっちなんだ?
CMってもっとかかるような……分からなくなってきた。
「妥当な金額なのかな?」
「……マスター、広告塔の件は了承するのですか? こう、人から使われるのは大嫌いだとばかり思っていたんですが……」
少し心配そうに訊いてくるリャン。俺は顎に手を当てて少し考えてみる。
人から使われる……もっというなら組織に所属したり、命令をうけることがきらいなんじゃない。俺は『ここ一番に自分に選択権が無い』ことが嫌だ。つまり俺の収入や住まいを誰かに完全に依存することは拒否したい。
俺だって、組織に所属することを否としているわけじゃない。実際俺の肩書は『AランクAG』だ。AGギルドに所属している人間で、ギルドの仕事で生計を立てている。当然ギルドの決まりにも規律にもある程度は従っているし、妥当であるなら命令も受けている。ってか、『俺は誰の指図も受けない!』とか言いだすのは社会生活不適合者か世界の帝王くらいだと思う。
だから命令とかが嫌なわけじゃない。選択肢を握られるのが嫌なだけだ。
「条件次第だけど、それ自体は構わないと思っているよ」
「あら……ボディガードの件は断ったのに?」
オルランドが言うけど、俺は肩をすくめて首を振る。
「俺の全選択肢を握られることと、彼女らから引き剥がされるのが嫌だったんです。そうでない取引ならば応じますよ」
「ふうん……それじゃあ、書類よ」
執務机からピッと一枚の書類が投げられたので、俺はそれをキャッチして中身にじっくりと目を通す。
(……まず、私服はオルランド商会から渡された物を着ること。そしてアクセサリーもオルランド商会のモノを使うこと。別の街に行った場合はなるべくオルランド商会の商品を紹介すること……。そんなに変なことは書かれてないね)
俺の権利を侵害するものも無いし、金銭的にも依存するほどではない。というか毎月大金貨が10枚ほど貰えるってのは嬉しい。
「……俺がオルランド商会の子飼いってアピールしたいってところかな?」
「あら、後ろ盾が出来るのよ? 悪い話じゃないでしょう。確かにティアールは豪商だけど、まだ一代目よ。彼を切れだなんて言わないわ、むしろ後ろ盾が二枚になることを貴方は喜ぶべきだと思うけど」
たしかに。
ふと空美が言っていたことを思いだした。
――あのね、あたしたちには後ろ盾がないといけない。そのためには、目に見える実績が必要なのよ。魔王を、覇王を倒したっていう実績が。そして、そのためには『異世界人』が魔王と覇王を倒すことが必要なの――
強力な後ろ盾っていうのは、俺がこれからこの世界を行動する上で大きなプラスになりうる。確かにしがらみが増えるかもしれないが、無いよりも明らかに出来ることが増える。
人脈も力だ。
……もっとも、覇王を倒せるんだったら後ろ盾なんか必要ないと思うけど。
「……どう思う?」
キアラ、冬子、リャンを見て問うと……取りあえずリャンが書類から目を切ってオルランドを睨みつけた。
「上手いだけの話を持ってくる人はいないと思います。……罠は見当たりませんが」
「怖い眼……ふふ、ますます気に入ったわ。キョースケ、貴方はなかなかいい女を連れてるのね」
嬉しそうなオルランド。美形ってのは様になるねぇ、そういう悪い笑顔も。
イケメンのオカマとリャンが睨み合いをしているので、俺はキアラに尋ねる。
「どう?」
「罠の気配は感じぬのぅ。今のところ、この話を受けることにデメリットは感じぬ。むしろAGギルド、ティアール商会に加えて三つ目の後ろ盾が出来ることはそこまで悪いことではあるまい。どの組織もお主の力は代えがたいものぢゃろうしな」
切り捨てられたり、使い潰されたりすることは少なそうってことか。
「冬子は」
「私もキアラさんと同意見だ。別に断る理由は無いと思う。京助の意見に従うよ」
「――ふむ」
もう一度リャンに目をやると、コクリと頷いた。じゃあ皆賛成ってことで。
「ではこの話はお受けします。もっとも、俺たちに都合が悪いと判断した場合は契約を破棄させていただきますが。よろしいですか?」
暗に『なんか無理難題吹っ掛けてきたらこっちもやったるぞ』と伝えて……オルランドの眼を見据えると、オルランドはグッと胸を張って不敵に微笑んだ。
「ええ、いいわよ。……何度も言うけどドラゴン並みに強い人を敵に回すつもりは無いわ。負けるつもりも無いけど」
そしてゾッ……と。俺が一度目相対した時のような圧力を放ってきた。
俺と冬子、そしてリャンは真正面から受け止めたのに対してキアラだけは柳のように受け流している。
ああ……これが『強者のふるまい』ってやつか。
オルランドも流石にそれには驚いたのか、少しだけ目を見開き再び先程の表情に戻った。
「……ふ、ふふふ。あなた達……本当にいい女ばっかりだな」
一瞬、ほんの一瞬だけ男口調になるオルランド。しかしすぐに余裕を取り戻すと勢いよく立ち上がった。
「さ! それはさておいて採寸するわよ! 女性陣はメイドに、キョースケは私が直々に行ってあげるわ! さあ、契約金はその後よ!」
妙にウキウキのオルランドに呆気にとられていると、どこからともなくメイドたちが現れて冬子たちを連れて行った。
……ん?
「さぁ、貴方は私とよ……?」
あ、ヤバい。
詰んだ?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……酷い目にあった」
体中を妙に気色の悪い眼で見られながら採寸が終わり、一旦俺は解放された。そして後日何着か送ってくれるんだそうだ。
というわけで俺が今日貰ったのは銀色のイヤーカフス。シンプルなデザインで、何やら文字が刻印されている。これは魔道具にもなっているようで、ぶっ壊したら魔力を周囲から吸収して所有者の魔力を回復させてくれるらしい。それなりに実用性がある上、デザインも悪くない。正直気に入ったね。
ちなみに左耳に付けている。
「正直アクセサリーとかよく分からないけど、まあこれは気に入ったよ」
「あら、それは良かったわ」
チャラチャラした物は趣味じゃないけど、既に腕にはブレスレット(というかアイテムボックス)、指には指輪を付けている時点でその主張は無意味な気はする。
「いずれ私服もコーディネートして送るわ。ふふふ……いい取引だったわね」
何故かご満悦な様子のオルランド。まあいいけど……。
「ふふふ……やっぱり線の細い男子はいいわねぇ。男同士の良さを教えてあげましょうか?」
「心の底から全力で遠慮させていただきます」
流石にそれは嫌だ。
「あら? あの子に押し倒されたんじゃないの? あの子のテクニックはなかなかよ?」
愉悦丸出しの顔でそう尋ねてくるオルランド。……あの子って、まあ誰か分かるけど。一気に下世話な話になったね。
「何のことでしょうか。誰にも押し倒されてませんよ?」
「そう? ……ああ、女の子たちも終わったみたいね」
オルランドがそう言うと、ガチャリと鍵が開いて三人が入ってきた。リャンと冬子はフラフラに、キアラだけが何故か艶々としている。
……何があったんだ。
「……冬子、リャン、大丈夫?」
「あ、ああ……。ふっ……数字で見せつけられるというのはツラいものがあるな……」
「……いいんです、私は獣人なのですから……少しくらいお尻が大きくても……」
「お主らよ、別にそんなこと気にする必要はないぢゃろう」
「「完璧なプロポーションしてる人に言われたくはありません!」」
半泣きでキアラにつめよる二人。取りあえずキアラが悪いんだろうね。
冬子とリャンは目を合わせると、少し悲し気に頷き合っていた。うん、まあ仲良くなったなら何より。
「……キアラ、何したの?」
「妾は何もしておらぬ。妾はただ大声で二人のサイズを読み上げただけぢゃ」
うん、地獄だね。最悪なことをしたと思う、キアラは。
「キアラ、取りあえず二人にごめんなさいをしようか」
「む? ……ほっほっほ。嫌ぢゃ」
パチリとウインク、語尾はハートが付きそうなほど弾んでいる。しばこうかな。
俺はため息をついてから、オルランドに向き直る。
「それで……今日はもうこれでよろしいですか?」
「いいえ。……もう一つ、貴方たちにいい話があるわ。これは私のメリットがだいぶ大きいけど」
そしてオルランドの眼が鋭いものに変わる。先ほどまでとは一変した空気に冬子とリャン、キアラも表情を引き締める。
「まず、広告塔の件を引き受けてくれてありがとう。私はこれから貴方たちに出来る限り協力を惜しまないわ」
まずは挨拶、それを受けて俺も軽く会釈する。
「さて――まず、貴方たちが抱えている問題、マリルという女性の問題だけど……どういう攻め方をするのかしら?」
それに関して、取りあえずこの契約金を返済にあてること、詐欺の方から攻めて行こうと思っていることを話した。
オルランドはふむと腕を組むと、少しだけ眉間にしわを寄せた。
「それ一つじゃ弱いわね……」
「……確かにそうかもしれないですが、複数人集めれば何とか」
「いえ、そうじゃないのよ。罪状として弱いのよ。営業停止くらいよ、せいぜい」
オルランドはさらに眉間にしわを寄せて何かブツブツと考え出した。……黙っているとホントにイケメンだね、この領主。オカマだけど。
そして一分ほど考えた後、オルランドは不敵な笑みを携えて顔をあげた。
「いえ……発想の転換ね、いけるわ。これなら権利を剥ぎ取れる……ッ!」
「……アクドーイ商会に何か恨みでも?」
「ふふ。大人の世界はいろいろあるのよ」
指を一本立ててニヤリと笑うオルランドの顔は――所謂『勝負師』の顔になっていた。
「私に一つ案があるわ。乗る? 乗らない?」
そう言う様は、まるでショーダウン寸前のギャンブラーのようで。
つい――何故かつい、俺も口もとに笑みを浮かべてしまった。
「……乗り、ます」
「決断力のある男は好きよ」
この決断――吉と出るか凶と出るか。
ただ椅子とテーブルだけは応接間にあったそれと同じくらいの豪華さだ。これだけ後から運び込まれたのだろう。
「ごめんなさいね、ただ仕事の話だからこっちの方が速くて。座ってちょうだい」
「失礼します」
一応敬語を使いながら、俺と冬子、キアラは椅子に座りリャンだけ後ろに控えた。……こういう扱いは嫌いだけど、体裁の上では奴隷になっているから仕方が無い。
しかしオルランドはそれを見てフッと笑うと、リャンを指さした。
「別にいいのよ、彼女を座らせても。あなたは彼女を奴隷扱はしてないでしょう?」
見透かしているように言うオルランドだが、彼女をそういう扱いにしていないのはアンタレスで俺たちに関わった人は皆知っていることだ。オルランドがそう言うのならそうさせてもらおう。
「なら――」
とリャンを座らせようとすると、彼女はフルフルと首を振った。
「私はマスターの奴隷ですので。この位置にいさせてもらいます」
そう言ってじろりとオルランドを睨みつけるリャン。何か彼女の癇に障ったのだろうか。
「いいの?」
「ええ」
取りあえずそれでいいらしいので、俺は彼女の意思を尊重してそのままにする。
オルランドを見ると、少し驚いた表情になっている。なんでだろうか。
「……驚いた。ポーズじゃないのね。ますます嬉しいわ」
眼をまん丸に開いて驚くオルランド。そんなに意外なことを言っただろうか。
いやそれよりも前に……
「ポーズ?」
話の流れ的に……リャンを奴隷として扱っていないことだろうか?
何を言ってるのか分からなくて首を傾げると、キアラがこそっと俺に耳打ちしてきた。
「お主の奴隷嫌いが、ぢゃろう。それがポーズならばあそこでピアの意思を尊重せんはずぢゃ」
ああ、なるほど。
俺のリャンへの対応を見たってわけか。それが人気取りのポーズなのか、ホントにそう思ってやっていることなのか。……獣人は虐げた方がAGとしては人気が出そうだけどね。
「人間としての信頼の問題ぢゃろう」
「それもそうか」
ニヤリと笑ってオルランドに視線を向ける。
別に主導権をこれで握れたわけじゃない。しかし、なんとなく余裕のようなものが俺の心の中に産まれていた。交渉や腹の読み合い――そういった俺の持たない力で戦っている男(?)の予想の範疇から越えられたことが、何となく自信になったのかもしれない。
どんな話をするのか知らないが――今日は心強い仲間もいる。この前のように終始飲まれたまま終わるつもりはない。
「それで……どんな話でしょうか」
落ち着いた声で問うた俺をオルランドはまっすぐ見返し――そして顔の前で手を組み重々しい口調で言った。
「単刀直入に言うわ。私のプロデュースする服を着てくれない?」
………………。
………………。
………………。
「はい?」
たっぷり三秒ほど硬直した後聞き返すと、オルランドは全く同じ顔のままもう一度口を開いた。
「私のプロデュースする服を――」
「ああいえ聞こえなかったわけじゃなくて」
遮りながら俺は一旦頭の中を整理する。
……オルランドのプロデュースした服を着る?
(どういうことやねん)
いや言葉の意味は分かるが、それを何故AGである俺に? 正直、普段は鎧姿だからインナーくらいしか着てないし、私服になるのは家にいる時くらい。他のAGも街中を歩くときは基本的に鎧姿だ。
持ち家が無い彼らにとっては余計な私服なんて邪魔になるだけだし、俺たちだってそもそも街に繰り出すことは少ないし――
「何を言ってるか分からない、って顔ね。キアラちゃんは分かっているみたいだけど」
「ほっほっほ。……まあ、こやつらよりは長く生きておるからのぅ」
二人で何となくわかり合っている様子なのがムカつく。
とはいえ、オルランドが商人であること、そして俺がそこそこ強いAGであること、何より今回の件で家が手に入ったことを鑑みればそこまで変な話でも無いか。
「宣伝、か」
「そうね」
「宣伝? ……ああ、そういうことか。京助を広告塔にするわけだな」
ポンと手を打つ冬子。よく考えたらこういう商法は俺たちの方が馴染み深い。こっちの世界じゃあまり見ないからね。
「なるほど、それは俺たちにどんなメリットが?」
「簡単よ、契約金を払うわ。そして月々のお給料も。その代わり、私服は必ずうちの商品にしてもらうし、ある程度宣伝はしてもらうけど」
まあ妥当なところか。
「ちなみに、契約金はいくらくらいです?」
当然の疑問をぶつけると、オルランドは楽しそうな笑みを深めた。
「一人大金貨100枚、合計400枚ね。それを支払うわ」
……やっぱりマリルの借金の金額に合わせて来たか。
にしてもこの前のオルランドとはだいぶ雰囲気が違う。違い過ぎて何か隠しているんじゃないかと思うくらいだ。
こういう腹の探り合い、読み合いは苦手なんだよな……。
チラリとキアラを見ると、ニコリとほほ笑まれた。俺よりもはるかにこういう攻防が得意なキアラがあまり警戒していないのなら、信じていいのかもしれない。
少し俺は考えてから――オルランドをまっすぐと見据えて疑問をぶつけてみた。
「……何を隠しているんですか?」
「……呆れた、それを真正面から訊く?」
苦笑い気味のオルランド。キアラは笑っているし、冬子は諦めた表情だ。しょうがないでしょ、聞かないよりはましだし。
オルランドは苦笑いを普通の笑みに変えると、肩をすくめてから口に何かを入れた。
「食べる?」
フッと頬に笑みを浮かべて尋ねてくるオルランド。その余裕にやはり風格を感じる。
「結構です」
「……そう。まあ何かを企んでいるとして、それを馬鹿正直に言うとでも?」
「言ってもらわなければ俺はその提案には乗れません。俺の取り柄は腕っぷしだけですから――あまり宣伝効果があるとは思えませんし」
これがイケメンとかなら話は別なんだろうけど、俺は普通に見たら中の下~中の中、無茶苦茶好意的に見ても中の上を出ないだろう。容姿だけで引かれるほど醜いわけじゃないが、容姿だけで惹かれるほど整ってもいない。
「確かに冬子とキアラとリャンは美人ですけど――肝心のAランクAGの俺がそうでもないですからね」
俺の『美人』というワードに、キアラは当然と言った表情で受け止め、冬子は顔を少し赤くした。リャンの顔は見えないけど、引かれては無い、と思う。多分。
オルランドはそんな三人の様子をみて――はぁ、とため息をついた。
「息を吐くように惚気るのね」
「別に惚気たつもりはありませんが。何だかんだ言って俺がそれなりに知名度のあるAGであることは自覚していますが、それもアンタレスの範囲内で外じゃそうでもないです。ああ、王都でも少し知られていますが……」
そう言うと、オルランドはニヤリと笑みを深める。はて、何かお気に召すようなことを言っただろうか。
「ふふ、いいのよ。キョースケ、貴方は確かに絶世の美男子ってほどではないかもしれないけど、だからこそいいのよ。AGをやっている割に筋肉が少なくてスタイルもいいし、背も高くて足も長い。私のデザインした服は必ず似合うはずだわ」
なんか滅茶苦茶褒められた。
オルランドが俺に何らかの商品価値を見出してくれたんなら嬉しいが――しかし、やはり契約金を払うほどのこととは思えない。まして大金貨400枚だ。この世界にいると金銭感覚が狂いそうになるが、大金貨1枚は一万円くらいの価値はある。つまり400万だ。
……ってあれ? 広告料としたらだいぶ安くない? ん? どっちなんだ?
CMってもっとかかるような……分からなくなってきた。
「妥当な金額なのかな?」
「……マスター、広告塔の件は了承するのですか? こう、人から使われるのは大嫌いだとばかり思っていたんですが……」
少し心配そうに訊いてくるリャン。俺は顎に手を当てて少し考えてみる。
人から使われる……もっというなら組織に所属したり、命令をうけることがきらいなんじゃない。俺は『ここ一番に自分に選択権が無い』ことが嫌だ。つまり俺の収入や住まいを誰かに完全に依存することは拒否したい。
俺だって、組織に所属することを否としているわけじゃない。実際俺の肩書は『AランクAG』だ。AGギルドに所属している人間で、ギルドの仕事で生計を立てている。当然ギルドの決まりにも規律にもある程度は従っているし、妥当であるなら命令も受けている。ってか、『俺は誰の指図も受けない!』とか言いだすのは社会生活不適合者か世界の帝王くらいだと思う。
だから命令とかが嫌なわけじゃない。選択肢を握られるのが嫌なだけだ。
「条件次第だけど、それ自体は構わないと思っているよ」
「あら……ボディガードの件は断ったのに?」
オルランドが言うけど、俺は肩をすくめて首を振る。
「俺の全選択肢を握られることと、彼女らから引き剥がされるのが嫌だったんです。そうでない取引ならば応じますよ」
「ふうん……それじゃあ、書類よ」
執務机からピッと一枚の書類が投げられたので、俺はそれをキャッチして中身にじっくりと目を通す。
(……まず、私服はオルランド商会から渡された物を着ること。そしてアクセサリーもオルランド商会のモノを使うこと。別の街に行った場合はなるべくオルランド商会の商品を紹介すること……。そんなに変なことは書かれてないね)
俺の権利を侵害するものも無いし、金銭的にも依存するほどではない。というか毎月大金貨が10枚ほど貰えるってのは嬉しい。
「……俺がオルランド商会の子飼いってアピールしたいってところかな?」
「あら、後ろ盾が出来るのよ? 悪い話じゃないでしょう。確かにティアールは豪商だけど、まだ一代目よ。彼を切れだなんて言わないわ、むしろ後ろ盾が二枚になることを貴方は喜ぶべきだと思うけど」
たしかに。
ふと空美が言っていたことを思いだした。
――あのね、あたしたちには後ろ盾がないといけない。そのためには、目に見える実績が必要なのよ。魔王を、覇王を倒したっていう実績が。そして、そのためには『異世界人』が魔王と覇王を倒すことが必要なの――
強力な後ろ盾っていうのは、俺がこれからこの世界を行動する上で大きなプラスになりうる。確かにしがらみが増えるかもしれないが、無いよりも明らかに出来ることが増える。
人脈も力だ。
……もっとも、覇王を倒せるんだったら後ろ盾なんか必要ないと思うけど。
「……どう思う?」
キアラ、冬子、リャンを見て問うと……取りあえずリャンが書類から目を切ってオルランドを睨みつけた。
「上手いだけの話を持ってくる人はいないと思います。……罠は見当たりませんが」
「怖い眼……ふふ、ますます気に入ったわ。キョースケ、貴方はなかなかいい女を連れてるのね」
嬉しそうなオルランド。美形ってのは様になるねぇ、そういう悪い笑顔も。
イケメンのオカマとリャンが睨み合いをしているので、俺はキアラに尋ねる。
「どう?」
「罠の気配は感じぬのぅ。今のところ、この話を受けることにデメリットは感じぬ。むしろAGギルド、ティアール商会に加えて三つ目の後ろ盾が出来ることはそこまで悪いことではあるまい。どの組織もお主の力は代えがたいものぢゃろうしな」
切り捨てられたり、使い潰されたりすることは少なそうってことか。
「冬子は」
「私もキアラさんと同意見だ。別に断る理由は無いと思う。京助の意見に従うよ」
「――ふむ」
もう一度リャンに目をやると、コクリと頷いた。じゃあ皆賛成ってことで。
「ではこの話はお受けします。もっとも、俺たちに都合が悪いと判断した場合は契約を破棄させていただきますが。よろしいですか?」
暗に『なんか無理難題吹っ掛けてきたらこっちもやったるぞ』と伝えて……オルランドの眼を見据えると、オルランドはグッと胸を張って不敵に微笑んだ。
「ええ、いいわよ。……何度も言うけどドラゴン並みに強い人を敵に回すつもりは無いわ。負けるつもりも無いけど」
そしてゾッ……と。俺が一度目相対した時のような圧力を放ってきた。
俺と冬子、そしてリャンは真正面から受け止めたのに対してキアラだけは柳のように受け流している。
ああ……これが『強者のふるまい』ってやつか。
オルランドも流石にそれには驚いたのか、少しだけ目を見開き再び先程の表情に戻った。
「……ふ、ふふふ。あなた達……本当にいい女ばっかりだな」
一瞬、ほんの一瞬だけ男口調になるオルランド。しかしすぐに余裕を取り戻すと勢いよく立ち上がった。
「さ! それはさておいて採寸するわよ! 女性陣はメイドに、キョースケは私が直々に行ってあげるわ! さあ、契約金はその後よ!」
妙にウキウキのオルランドに呆気にとられていると、どこからともなくメイドたちが現れて冬子たちを連れて行った。
……ん?
「さぁ、貴方は私とよ……?」
あ、ヤバい。
詰んだ?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……酷い目にあった」
体中を妙に気色の悪い眼で見られながら採寸が終わり、一旦俺は解放された。そして後日何着か送ってくれるんだそうだ。
というわけで俺が今日貰ったのは銀色のイヤーカフス。シンプルなデザインで、何やら文字が刻印されている。これは魔道具にもなっているようで、ぶっ壊したら魔力を周囲から吸収して所有者の魔力を回復させてくれるらしい。それなりに実用性がある上、デザインも悪くない。正直気に入ったね。
ちなみに左耳に付けている。
「正直アクセサリーとかよく分からないけど、まあこれは気に入ったよ」
「あら、それは良かったわ」
チャラチャラした物は趣味じゃないけど、既に腕にはブレスレット(というかアイテムボックス)、指には指輪を付けている時点でその主張は無意味な気はする。
「いずれ私服もコーディネートして送るわ。ふふふ……いい取引だったわね」
何故かご満悦な様子のオルランド。まあいいけど……。
「ふふふ……やっぱり線の細い男子はいいわねぇ。男同士の良さを教えてあげましょうか?」
「心の底から全力で遠慮させていただきます」
流石にそれは嫌だ。
「あら? あの子に押し倒されたんじゃないの? あの子のテクニックはなかなかよ?」
愉悦丸出しの顔でそう尋ねてくるオルランド。……あの子って、まあ誰か分かるけど。一気に下世話な話になったね。
「何のことでしょうか。誰にも押し倒されてませんよ?」
「そう? ……ああ、女の子たちも終わったみたいね」
オルランドがそう言うと、ガチャリと鍵が開いて三人が入ってきた。リャンと冬子はフラフラに、キアラだけが何故か艶々としている。
……何があったんだ。
「……冬子、リャン、大丈夫?」
「あ、ああ……。ふっ……数字で見せつけられるというのはツラいものがあるな……」
「……いいんです、私は獣人なのですから……少しくらいお尻が大きくても……」
「お主らよ、別にそんなこと気にする必要はないぢゃろう」
「「完璧なプロポーションしてる人に言われたくはありません!」」
半泣きでキアラにつめよる二人。取りあえずキアラが悪いんだろうね。
冬子とリャンは目を合わせると、少し悲し気に頷き合っていた。うん、まあ仲良くなったなら何より。
「……キアラ、何したの?」
「妾は何もしておらぬ。妾はただ大声で二人のサイズを読み上げただけぢゃ」
うん、地獄だね。最悪なことをしたと思う、キアラは。
「キアラ、取りあえず二人にごめんなさいをしようか」
「む? ……ほっほっほ。嫌ぢゃ」
パチリとウインク、語尾はハートが付きそうなほど弾んでいる。しばこうかな。
俺はため息をついてから、オルランドに向き直る。
「それで……今日はもうこれでよろしいですか?」
「いいえ。……もう一つ、貴方たちにいい話があるわ。これは私のメリットがだいぶ大きいけど」
そしてオルランドの眼が鋭いものに変わる。先ほどまでとは一変した空気に冬子とリャン、キアラも表情を引き締める。
「まず、広告塔の件を引き受けてくれてありがとう。私はこれから貴方たちに出来る限り協力を惜しまないわ」
まずは挨拶、それを受けて俺も軽く会釈する。
「さて――まず、貴方たちが抱えている問題、マリルという女性の問題だけど……どういう攻め方をするのかしら?」
それに関して、取りあえずこの契約金を返済にあてること、詐欺の方から攻めて行こうと思っていることを話した。
オルランドはふむと腕を組むと、少しだけ眉間にしわを寄せた。
「それ一つじゃ弱いわね……」
「……確かにそうかもしれないですが、複数人集めれば何とか」
「いえ、そうじゃないのよ。罪状として弱いのよ。営業停止くらいよ、せいぜい」
オルランドはさらに眉間にしわを寄せて何かブツブツと考え出した。……黙っているとホントにイケメンだね、この領主。オカマだけど。
そして一分ほど考えた後、オルランドは不敵な笑みを携えて顔をあげた。
「いえ……発想の転換ね、いけるわ。これなら権利を剥ぎ取れる……ッ!」
「……アクドーイ商会に何か恨みでも?」
「ふふ。大人の世界はいろいろあるのよ」
指を一本立ててニヤリと笑うオルランドの顔は――所謂『勝負師』の顔になっていた。
「私に一つ案があるわ。乗る? 乗らない?」
そう言う様は、まるでショーダウン寸前のギャンブラーのようで。
つい――何故かつい、俺も口もとに笑みを浮かべてしまった。
「……乗り、ます」
「決断力のある男は好きよ」
この決断――吉と出るか凶と出るか。
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