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異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

118話 男の器なう

 結局ティアールからの連絡が来たのは朝早くだった。
 俺は眠い目をこすりながら彼からの電話に出る。


『こんな時間にすまない』


 ティアールの声はしゃっきりしているがどこか疲れている。もしかすると徹夜かもしれない。


「いや大丈夫。結局何か分かった?」


『取りあえず不当な奴隷狩りの証拠も、獣人奴隷の売買も、まして魔族の奴隷に関しても出てこない。奴隷売買で禁忌とされるのはこの辺だけになる。つまり……』


「アクドーイ商会は真っ当でクリーンな商売をしている、と」


『残念だがそう結論づけるしかないようだ』


 チッ、と思わず舌打ちが出る。まあティアールはその道のプロではないのだから、むしろ調べてくれただけでもありがたい。
 俺は活力煙を咥えて火をつけて一旦落ち着く。


「取りあえず調べてくれてありがとう。助かる」


『いやこちらもアクドーイ商会については知っておいて損は無かったからいい機会だったと思っている。……ただ、相手取るのは難しいぞ。お得意の暴力が通用しないかもしれない』


 お得意の暴力って……否定しづらいところが俺のいけないところかな?


「なんで?」


『向こうに用心棒がいるんだが……それがAG崩れらしい』


「AG崩れか……正直、それがどんなもんか知らないけど騎士崩れよりは役に立つかもね」


『……皮肉は寄せ』


 はぁ、とティアールのため息が聞こえる。それにしてもティアール電話に馴染んでるね。


『Aランク崩れだぞ。しかも暴力事件を起こさなければSランクも可能だったかもしれないとかいう実力者だ』


「うわ……」


 ああ、それは厄介だ。
 厄介だけど――


『名前をスターブ・ベムーラというらしい。だから万が一戦闘になった場合もそいつとの戦いは避けて――』


「ティアール」


 俺はティアールの言葉を遮って、強い言葉で返す。


「残念だけどそれくらいじゃもう俺は止まれないんだ」


 止まれない、止まらない。
 別に暴力で解決しようってわけじゃない。
 けど――強い敵がいるから、という理由で戦いを避けたくはない。


『非効率的だぞ』


 ティアールが『不可解だ』とでも言いたげな声を出すが――ここは曲げられない。


「俺が誰と戦ったか――知ってるでしょ」


 そう言うと、電話の向こうでティアールがかすかに呻いたのが分かった。


『……覇王か』


 勝ち取りたい物があるわけじゃない。
 だけど敗けたくない。二度と、絶対に。


「俺は――アイツより弱い奴との戦いから逃げるつもりはない」


 逃げて逃げて逃げ続ければ、俺はきっとみんなを守ることは出来るだろう。
 だけどきっと――それは自由じゃない。
 誰かに、何かに怯え続けて生きる人生なんて自由な生き方とは到底言えない。


「だから、それを理由に戦いを避けることはしないよ。……まあ別に戦いたいわけじゃないから戦わずに事件を収束出来るならそれが一番だけどね」


 俺は肩をすくめる。覇王と戦うまでは絶対に負けたくないし、逃げたくもない。
 ……けどそれで冬子たちを危険にあわせるわけにはいかないから、塩梅が大切だね。


『……私はお前のキャラを見誤っていたかもしれないな』


「? 何の話?」


 ティアールは声を少し楽し気に弾ませると、電話の向こうで鼻を鳴らした。


『バカだバカだと思っていたが――大バカだったようだ』


「むぅ……」


 こういう時、大人って奴は卑怯だと思う。
 なんでそんな優し気な声で酷いことを言うんだか。


「まあいいよ、取りあえず俺はマリルを詐欺にハメた男を探すつもり。ちなみに力技は却下されたんだけど……何かアイデアはある?」


 今現時点で分かっている情報を伝えるが、ティアールは渋い声を返してくる。


『この国がどれだけ広いと思ってるんだ。顔と名前……それも偽名かもしれない名前だけでどこに向かったかもわからない……なんて状況で分かると思っているのか』


 それはまさにその通り……。


『だが』


 俺がため息をつこうとしたら、ティアールが通りのいい声で遮った。


『方法が無いわけじゃない。……というか、これは恐らくAランクAGである貴様にしか出来ないことだろう』


「というと? ってかその言いかただと頼る組織は一つしかないよね」


『ああ。どこの街も必ず見張りを置いている。そして見張りからの情報は必ずAGギルドに送られるわけだ。街の治安維持も担っているからな、ギルドは。治安維持にギルドがいらない都市は数えるほどしかかない。……話がそれた。つまりギルドに尋ねれば高確率で潜伏している街くらい分かるかもしれない』


 なるほど、それならやみくもに探すよりも圧倒的に探しやすい。
 俺は活力煙の煙を吐きだしながらニヤリと笑う。


「なるほど、それは俺しか出来ないね」


『ああ。しかも捜査権も貰っているのだろう? 恐らくギルド側も断らないはずだ。しかしもう一つここで問題が出てくる』


「何?」


『アクドーイ商会側がその詐欺師との関わりを否定した場合だ。そうなると証拠が一つじゃ足りなくなる』


「あー……まあ知恵が出たらまた言って」


『人任せだな……』


「戦闘以外で知恵を絞るのは苦手なんだよ」


 特にこういう駆け引きとか腹の探り合いとかは苦手だ。


「腹の探り合いと言えば……アンタレスに新しい領主が来たことは知ってる?」


『む? ……ああ、オルランド様だろう。ハイドロジェン家の。どうかしたのか?』


「実はかくかくしかじかで」


 先日の話し合いの内容をティアールに伝えると、彼から意外そうな声が返ってきた。


『……それは本当にオルランド様か?』


「間違いなく本人だと思うけど」


 身にまとう雰囲気……というか『格』といったものが常人のそれじゃなかった。間違いなく様々な死線を潜り抜けてきた猛者だと思う。
 しかも彼の纏うそれは『戦士』のものでもなかった。アレは間違いなく領主本人だろう。


『そうか……いや、あの方は確かに一見腹黒く見えるが――まあ実際に腹黒いんだが――必ずお互いがWin―Winになるような取引しかしない方だ。何か考えがあったのやもしれんぞ』


「ふむ……」


 ティアールの人を見る目は間違いない。そんな彼がオルランドのキャラに合わないと断定するのか。
 何かあるのかもしれない。


『確かに自分に得にならないこと以外しない人だが、大局を見据えている人だ。むしろ損して得取れという言葉の意味をしっかり理解している人ともいえるだろう』


 その言葉、異世界にもあるんだ。
 なんて若干本筋から離れたことを思いながら、俺はティアールに尋ねる。


「じゃあ普通はああいうこと言わない人なの?」


『ああ。取り込みにかかっているとしたらそんな直接的なやり方は使わない。もっと遠大で分かりにくいやり方をするだろう。それこそお前なぞいつの間にか取り込まれていた、なんて状況に陥りかねん』


 ……話聞く前よりもさらに脅威度が上がったけどまあそれはそれ。
 とにかくあんな頭の悪いことをしてくるような人間じゃない……ということか。
 俺はふむと頷いてからティアールにお礼を言う。


「分かった。本当に今回はありがとう、また力を頼りにすると思う」


『気にするな。私も何かあったら頼ることになるだろう』


「はは、ティアールが俺に頼ることなんて無いでしょ」


 俺が笑いながら言うと、ティアールは呆れたようなため息をついた。


『自分の価値を自覚しろ。お前はAランクAGだ。気に障る言いかただろうが――対人においてはこれ以上ない『力』なんだぞ。お前をけしかけるだけで街一つ消し炭に出来るんだからな』


 ああ、まあ……それは確かに。
 そう言う意味では確かに俺は価値があるかもしれない。


『そうでなくとも、AランクAGに個人的につながりがあるというのは悪くない。欲しい素材を融通してもらったり、護衛依頼も頼みやすいしな』


 そうか、普通にAGとしての仕事も頼みたくなるわけか。
 俺は何回か頷いてから、今度こそお礼を言って電話を切った。


「さて……」


 領主との対談か。
 気合を入れて頑張ろう。








「ふむ……ティアールさんがそう言っていたのか」


 ギルドに寄り、マリルを騙した男――ソーンについてのことを言ってから、俺たちは領主の館に向かっていた。
 取りあえず調査の結果待ちなので、やれることが少ない。……じりじりと時間だけ失う感覚は焦燥感を生むけど、手掛かりが無いと動くに動けない。
 マリルの心が壊れないか……それが心配だ。
 取りあえず今朝のティアールとの話を皆に聞かせながら活力煙を吹かす。


「うん、だから取りあえずは見極めないといけないね」


 ただでさえオカマなのにこれ以上キャラを盛るつもりだろうか。活力煙の煙が空に溶けている様をぼんやりと眺めながら俺はそんなことを思う。


「そういえば京助。冷静に考えたら私たちは引っ越すと言っても荷物は特にないだろう。どうするんだ?」


「この事件が終わったら家具買いに行ったりするかなー」


「妾はまず大理石の像が欲しいぞ」


「何に使うのさ」


「眺めるのぢゃ」


「絶対に買わない」


 というかアレ高いよ、だいぶ。大金貨何枚必要だと思ってるのか。


「修練場とか地下に欲しいですね」


「それは予算の都合的に厳しいかなー」


 作れるなら作りたいところだけど、流石に地下施設を作るのは不可能に近い。庭をどうにか改装すればそれっぽくは出来るかもしれないけど。


「風呂はあるのか?」


「それが一番楽しみだよね。あるよ」


 日本にいる時は別に風呂が好きでも何でもなかったんだけど――こうしてシャワーばっかりの世界にいると無性にお風呂に入りたくなる。
 湯船に浸かって歌いたくなるよね。


「取りあえずここが領主の館だね」


「前の領主が住んでいた館よりは大きいな」


 冬子の感想の通り、確かに大きい。働いている人の人数も多いのだろう。
 あの時は夜襲をかけたうえに最終的に館は全部壊れたから正確な大きさは覚えていないけど。


「……前の領主か。今頃どうしているかな」


「さぁ? ただまあ、悲惨な目にあってるでしょ」


 ちらりとリャンを見ると、少し悲し気な顔を浮かべている。前領主の話題が出たから離れ離れの妹のことを思い出しているのだろう。
 それの捜索もしなくちゃいけない。奴隷を扱っている所を潰していけばいつかは手掛かりを掴めるだろうか。


「キョースケよ、ここからどうするのぢゃ?」


 門の前に辿り着くとキアラが俺に聞いてきた。


「俺らを呼びだしたのは向こうなんだからすぐに迎えが出てくるでしょ」


 と言いつつ俺は軽く魔力を放出する。指向性を持たせて、領主の館全体を包むように。尋常ならざる魔力が広がりピシっ、と空気が震える。自分が思っていた以上に出し過ぎてしまった。覇王戦以降、魔力の調整が極めて難しい。


「何をしておるんぢゃキョースケ。魔力の調整が上手くいっておらぬぞ」


 そっちかい、と思いつつ俺は肩をすくめて活力煙の煙を吐く。


「インターホン……もしくはノックの代わり。これですぐ出てくるでしょ」


 取りあえず暫く待つと……なんか悲壮な表情を浮かべた兵士たちっぽい人々が、館の中から出てきた。全部で五十人ほど。はて、戦争にでも行くんだろうか。


「……ねぇ、いきなりうちの使用人たちをビビらせるのはやめてもらえないかしら」


 そしてその先頭に立っていたのは領主、オルランド。相変わらずセンスがあるんだか無いんだかわからない格好をしている。
 取りあえず俺は肩をすくめてから門に向かって歩く。


「ビビらせるつもりなんて無かったんだけどね。ただ来たことを知らせたかったけどインターホンが無かったから」


「……そこで名乗ってくれれば誰か気づいたわ。今度からはそうしてちょうだい」


 そう言うとオルランドがスッと手をあげた。


「貴方たちは元の職務に戻りなさい」


 後ろの兵士たちに声をかけているが、兵士たちは口々にオルランドに食って掛かる。


「し、しかしオクタヴィア様!」


「あのような――いきなり魔力で威嚇してくるような野蛮人と話をするのにオクタヴィア様を一人にするわけにはいきません!」


 自分で呼びつけておいてえらい言われようだ。


「……京助」


 小声で冬子が俺に話しかけてくる。


「その……ホント、なんであんなことしたんだ?」


「……ティアールからあの領主についての話を聞いてね。もしも俺をビビらせたくてあんなことをやってたんなら――それはお門違いだ、と見せたくてさ。まあ見栄だよ」


 冬子の問いに答えながら、俺はオルランドから目を離さない。
 ――Win―Winになるように取引をする、と。
 昨日の対話で俺を試した……というのならまだいい。だけど、俺を格下だと判断して搾取しても問題ないと思ったが故の行動だとするならば、それは間違いだと突き付けたい。
 俺の力を認めてくれた人たち――それら全員も同時に舐められているということになる。それだけは嫌だから。


「……貴方たち、大丈夫よ。確かにアレは歩く災害でしょうけど、無差別に暴れまわる無遠慮な男じゃないわ。少なくとも、後ろにいる可愛い女の子たちのいる前ではね」


「ぐ……し、しかし……」


「なに? アンタたち――私の言う事が信じられない? 私を誰だと思っている?」


「――ッ、も、申し訳ございません!」


 ゾッ、と。ここまで届くほどの殺気と『圧』を出して兵士たちに語り掛けているオルランド。その瞬間、後ろの兵士たちは全員動きを止め、敬礼してから散っていった。
 その様を見ていた冬子の目が鋭いものに変わり、キアラは感心したような目つきでオルランドを見て、リャンは何故か俺の腕にくっついてきた。


「……どうしたのリャン」


 何をしているのか理解しかねそう尋ねると、リャンはオルランドの方を見ながら棒読みで俺の左腕にすりすりと頬をこすりつけてきた。


「キャーコワーイ」


 オルランドの出した『圧』を全く意に介さないどころか訳の分からないことを言いだすリャンに流石の俺も戦慄する。


「リャン、今割とシリアスな場面なんだけど?」


「そうですか? トーコさんも抱き着いてはどうです? マスターの器を見せつける場面です」


 何を言ってるんだ、リャンは。
 俺がそう思った瞬間、キアラはニヤリと笑って俺の背中に引っ付いてきた。


「ほっほっほ。お主ら本当に面白いのぅ。そしてトーコよ、お主もキョースケの右腕に引っ付くのぢゃ。男の器の見せあいぢゃぞ?」


 冬子は顔を真っ赤にして文句を言う……かと思いきや、合点がいったというような表情で俺の右腕に縋りついてきた。


「へ? ちょ、三人とも?」


「オルランドは部下の手綱をきっちりと握っていることをお主に見せつけた。ならばお主は堂々と妾たちを侍らせておれ。舐められたくは無いのぢゃろう?」


 そこでようやく意図に気づく。なるほど……いや俺はこういうタイプの人間じゃないんだけどね。
 男の器を見せる――まあ女性三人侍らせていれば十分男の器が大きいんじゃないだろうか。嫌いだけど、そういうの。
 オルランドは「フン」と鼻を鳴らして門の外にいる俺たちの方へ近づいてきた。


「随分モテモテね、AランクAG『魔石狩り』のキョースケさん」


「いえいえ。私なぞはまだまだです。アンタレス領主、オルランド様」


 オルランドはニヤリと笑うと、踵を返した。


「ついてきてちょうだい。ああ、そこの三人のカワイ子ちゃんたちも一緒にね」


「分かりました」


 そう言って四人で歩き出す。オルランドは何故だか『おかしくて仕方ない』と言った雰囲気だ。


「――誇っていいわよ、貴族以外に私が玄関まで出迎えることなんて無いんだから」


「それは光栄です」


 テキトーに返答すると、やはりおかしそうにオルランドは笑う。
 さて、何がおかしいのだろうか。


「なんだかキアラと同じ雰囲気を感じるね」


「失敬ぢゃの、キョースケ。妾の方が美しいぞ」


「――それは割と否定しないけどさ」


 俺は肩をすくめてキアラの頭に手を乗せる。


「正確には、覇王と戦う前のキアラ、かな? 一つ上の視点から俺を見てる感覚」


 とはいえ、キアラほどではないか。超越者というよりも違う土俵の人に見られている感覚というか。


「まあ……何にせよ、オルランドが考えてることは分からないってことさ」


 だけどこれでもし、大金貨400枚の目途が立てばマリルの救助へ大きく進む。
 ティアールの言葉を信じて……話し合ってみるか。



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