異世界なう―No freedom,not a human―
116話 助ける側……わず
「その……『魔石狩り』の旦那」
案内してくれた男が、アクドーイ商会に行く道すがら俺に声をかけてきた。
「別に旦那なんて呼ばなくていいよ。キョースケで十分さ」
「アクドーイ商会なんかに何の御用が? ……ハッキリ言って、表舞台で生きている人間が行くような場所じゃありませんぜ」
「ま、こんなスラムに立ってるくらいだからねぇ」
たしかに、俺みたいなカタギの人間が来るような場所じゃないのかもしれない。……いや、AGってカタギの仕事なんだろうか? まあ合法的なことで生計を立てているからカタギか。
「忠告はありがたいけど、ちょっと野暮用があるんだ」
「……それと、綺麗どころを連れ歩くのも止めといた方がいいですぜ。いくら腕に自信があっても、ここはスラムだ。何があるか分からねぇ」
……随分と親切に教えてくれる人だ。喧嘩を売ってくるムキムキなおっさんにはあまりいい思い出は無かったけど、今回は血を見ないでいいらしい。
「ありがたいけど、彼女らも俺と同等レベルの強さだ。たぶん今遠巻きに見ている連中が束になってきても敵わないんじゃないかな」
男は冬子たちを見て、ごくりと唾を飲んだ。強そうに見えなかったんだろうか。それとも……
「彼女たちを俺の愛玩奴隷とでも思ってた? だと言うなら血を見るんだけど」
ギラリと睨みつけると、男はぶんぶんと顔を振って顔を真っ青にした。
「め、滅相もありません! ただ……その、あの露出の多い女性からはあまり強さを感じなかったもんで……」
ああ、キアラか。まあ彼女は魔法師だしね。
「そ。……さっきからえらく忠告してくれるけど、特に何も出ないよ」
「……AランクAGと顔つなぎが出来たんなら、こんなごみ溜めから抜け出せるかもしれませんからね。さ、着きましたぜ」
目の前の看板には『アクドーイ商会』と書かれている。こんなスラムに建っている割には普通……というか、随分羽振りがよさそうな外観だ。
「京助、ここか」
「そうみたいだね」
「じゃあ、おれはこの辺で失礼させていただきます。またスラムに用があった時は呼んでください。シザーといいます」
「ありがとう、シザー。……じゃあ行こうか」
案内してくれた男――シザーに礼を言って、俺はアクドーイ商会の扉の前に立つ。さて鬼が出るか蛇が出るか。
「ま、どっちにせよ行くしかないんだけど」
「マスター。私が先に入りましょうか」
狩人の目になっているリャンがそう言って前に出ようとするので、俺は苦笑いしてから活力煙を燃やし尽くした。
「いいよ。まさかいきなり殺しにかかってきたりはしないでしょ。……それにそうしてくれるなら好都合だし」
暴力に訴えてくれる方がやりやすい。むしろ叩き潰せるから話が早くなる。
……今回の敵はそう言う風には来ない気がしてならないんだよねぇ。
俺は扉に手をかけて、中の様子を少し伺う。……魔力が強い人はあまりいないね。ガチャリと扉を開けると、チリンチリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
中にはカウンターと椅子、そして奥にはデスクが置いてある。カウンターやデスクには灰皿が。……なんだか不動産屋さんみたいな内装だね。
デスクの方から出てきたのは……40代前後のニヤついた笑みを張り付けたおっさん。七三分けにした髪をポマードのようなものでなでつけ、銀縁のメガネをかけている。
ティアールとも、領主とも違う嫌らしい笑み。他者を喰い物としか思っていないような笑みだ。アクドーイ商会と言うだけあってあくどい顔をしている。
アクドーイの職員は俺の顔を見ると、目に嘲りの色を浮かべた。ガキが何をしに来た、ってところだろうか。それとも――どう搾り取ってやろうかという目だろうか。
「……俺はキョースケ・キヨタ。少し聞きたいことがあってやってきた」
そう言ってカウンターの前に行くと、職員は目を見開いて俺のつま先からてっぺんまで見てからあんぐりと口を開けた。
「キヨタ様と言いますと……このアンタレス唯一のAランクAGの?」
俺が首肯すると、ニヤついたおっさんはゴマをするようにヘコヘコと頭を下げてきた。
「いやぁ! まさかそんな大物がやって来てくださるとは! さあさ、こちらへどうぞ! 奴隷の買い付けですか? それとも不要な奴隷をお売りですか?」
ニヤニヤとした笑顔が気持ち悪い。しかも後ろの――リャンを見てそんなことを言い出した。どいつもこいつもリャンのことを奴隷としてしか見ていないことに腹が立つ。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。俺はため息をついてからカウンターの椅子に座った。
「そのどちらでも無いよ。……というか、ここは金貸しじゃないの?」
「ええ。馬鹿に金を貸して搾取し、奴隷を仕入れて高貴な方々に売る――それが私どもの仕事でございます」
……なかなかぶっちゃけるタイプだね。
俺はイライラしているのを隠さずに、職員に向かって要求を突き付ける。
「先日、マリルさん――マリル・ハイネがこちらで借金したはずだ。……彼女は騙されただけなので、出来れば返して欲しいんだけど」
もちろん、こんな程度で返すはずもない。しかし分かっていても一応は聞くものさ。
俺の問いに一瞬キョトンとした職員は、しかしすぐに苦笑するような顔になった。
「申し訳ございません。返すも返さないも……彼女は既に我々の所有物でございます。どうしても……と仰るのでしたら競売に参加していただけませんでしょうか」
ニタリ……といやらしい笑みを浮かべる職員。
所有物、という表現にイラッとするがそこで感情的になるほど俺もバカじゃない。俺は一つため息をついてから奥を見た。
「……じゃあ、借金を払うなら返してくれたりする?」
俺がそう言うと、職員は「食いついた」みたいな顔をする。んー……やっぱり俺らのこともどうにか食い物にしようとしているんだろう。
予想の範疇だが、ここまで見下されるのも嫌な気分だ。
「ええ、ええ。それでしたらまだ競売にかけられてはいませんので。確かマリル……さん、でしたね。少々お待ちください」
そう言って一旦奥へ引っ込む職員。確認しに行ったんだろう。
冬子がちょいちょいと俺の袖を引っ張ってから、俺の耳に顔を近づけてきた。
「……胡散臭いな」
「そりゃね。……ここまで胡散臭いと逆に清々しい」
「マスターにあのような目線をむけるとは……なんと不愉快な」
「ほっほっほ。……まあ自分たちは食い物にする側ぢゃという自負があるのぢゃろう。可愛いものではないか」
まあ本気を出せば、一秒でミンチに出来る。俺だけじゃなくて冬子たちも全員。
けど今回の戦いはそういうものじゃない。それは分かっているつもりなんだけどね。
数分待っていると、後ろから職員が「やっとありました」と書類のようなものを数枚出してきた。
「マリル・ハイネさんでしたね? えーと……彼女は確かネイト・ソーンさんの連帯保証人になっており、ネイトさんに支払い能力が無かったため彼女に請求がいきました。しかし彼女にも支払い能力が無かったため、ご契約の通り借金奴隷となっていただきました」
借金奴隷は、こうした借金をして落ちたり、身売りをしたりなどで奴隷になる人たちの通称で、場合によっては解放されることもあるパターンだ。犯罪奴隷や強制奴隷に比べればまだ救いがある。
……その書類を持っているのが国なら、だが。
「それで? マリルさんの借金は大金貨400枚だったよね」
「いえ? 4000枚ですが」
「……は? 俺、400枚って聞いたんだけど。……ああ、小金貨とか大銀貨で4000枚かな?」
「いえ、大金貨4000枚です」
……暴利にもほどがあんだろ。
うちわけを聞くよりも書類を見た方が早い――と思って書類を見ると、そこには信じられないようなことが書いてあった。
「……向こうじゃ闇金といえば十一――十日で一割ってもんだったけど、これは酷い」
「ど、どうしたんだ? 京助」
冬子が俺の後ろから覗き込むようにして書類を見ると――「うっ」と顔をひきつらせた。
「十日で五割……? これ返金させる気が無いだろ……」
というか十倍に膨れ上がるって、結構長い期間経ってたんだね。
「貧乏人から搾り取るよりもさっさと奴隷にして富裕層に売る方が儲かるんぢゃろ」
なるほど、前の世界じゃ――「真綿で首を締めるように、生かさず殺さず延々払わせ続ける」のが闇金の仕事だったけど、こっちの世界じゃ簡単に奴隷を生み出すためのシステムってわけか――。
まことに腹立たしいけど、前の世界とこっちの世界とでは常識も法律も違う。こっちの世界では一応これはギリギリセーフだ。
借りる方が悪い――と言われたら言葉もない。
「お言葉でございますが、これらは全てマリルさんも納得されてサインしていただいたものです。契約書もございますよね?」
「しかし、これはいくらなんでもおかしいだろう!」
冬子が食って掛かる。机を叩いて書類を叩きつけた。
しかし職員はしれっと肩をすくめるだけだ。
「申しわけありませんが何も我々は違反しておりませんので」
「だが!」
ヒートアップする冬子。止めるべきかとも一瞬思ったが、相手がボロを出すかもしれない。もう少し冬子には突っ込んでもらおう。
「こんな暴利じゃ返せるはずがないだろう!」
「しかしですねぇ」
慇懃な笑みを少し困った風なものに変えて……職員は俺の方を向いた。
「申し訳ありません、キヨタ様。奴隷を黙らせてはいただけませんか? 私は愛玩奴隷と長々と話す趣味はございませんし、そもそも彼女はこの世界のルールを分かっていないようなので……」
「な……ッ!」
「…………」
どうしてどいつもこいつも冬子のことを奴隷と勘違いするかな……。
俺は目の前のこいつを殺したい衝動にかられながら、スッと机に手を置く。
「まず一つ。彼女は俺のパートナーでAGだ。……それもランクもDじゃない。Cランクだ。これ以上暴言を吐くつもりなら――命を賭けてもらう」
部屋の中のモノが風によってコトコトと動き出す。……ギリギリまで抑えたんだけど、やっぱりちょっと漏れたか。
そういえばキアラが俺の魔力は高まっているとかなんとか言っていた。……それのせいかもね。
職員は――見たところ戦いに慣れている様子はないが、流石にこのレベルの殺気は分かるようでビビりまくっている。
(カカカッ! 暴力ハ無しナンジャネェノカァッ?)
(なしだよ。けど別に何も暴力は振るってないでしょ?)
俺は思いっきり睨みつけてから、どうにか魔力を抑え込む。
「二つ目。俺もこの暴利には納得がいかない。ただ確かにこの契約書を見る限り――合法であることは間違いないみたいだ」
「でしょうでしょう!」
俺が肯定したからか一気に元気を取り戻す職員。しかし俺はもう一度睨みつけて黙らせる。
「――これが彼女が騙されていないなら、だけど」
「え……」
「確かに、金を貸すこと、また利息の率を決めること――この二つは、この国では犯罪じゃない。そして払えなかった人を奴隷にすることも」
だけど、と俺は一度区切ってからさらに続ける。
「彼女が詐欺にあっていたなら別だ。そしてそれがここと繋がっていたとしたら? 詐欺は立派な犯罪だ。充分罰に値する」
ピクリ、と職員の眉が動いた。そして汗もかいているようだ。
――ビンゴだね。
「……そ、そうですが……ま、まさか我々が詐欺を働いているとでも? 滅相もございませんとも! 私どもは乞われた場合のみ施すだけであって――」
「利息をとっておいて施しもへったくれもないよ」
俺は活力煙を取り出して咥える。そこに灰皿があるから別にここは禁煙ってわけじゃないんだろう。
火をつけて煙を一つ吐く。
「まあ、取りあえずこの書類は持って行っていいよね? どうせコピーを用意してるんだろうから」
そう言って書類を懐にしまうと、職員が何か言いたそうな顔をするが――俺が睨みつけると大人しくなった。さっき脅したのが効いたかな。
……ホント、なんで冬子を見て奴隷と思うのか理解が出来ない。美人だからだろうか。
もう一度契約書を見ると、そこには、『大金貨400枚を借りた』ことと、『十日で五割の利息』を支払うことが書かれている。借りた金額は大金貨400枚で相違ないってことだ。
……もしも、もしもだけどこの金貸し屋が違法を働いていて処分になれば、全ての借金や奴隷などの財産は国に没収となる。マリルさんは大金貨400枚の借金奴隷として国のものになるわけだ。
つまり――この商会を潰せば、後は大金貨400枚用意すれば万事OKという寸法だね。
「ここに書いてあることは間違いないよね」
「は、はい」
チラリとキアラを見ると――『大丈夫ぢゃろう』みたいな顔になっている。嘘はついてないみたいだ。
「……OK、じゃあ最後にマリルさんに会えないかな」
職員に訊いてみるが、流石にフルフルと首を振られた。
「も、申し訳ございません。今現状で彼女は我々の『所有物』になっていますので――不用意にお見せすることは憚れます。また、競売に出品されることは決定事項ですので」
そう言われるだろうと思った。
職員は俺が暴れるのではないかとびくびくしているようだけど、流石にそんな愚はおかせない。俺は活力煙の煙とともにため息を一つ吐いて踵を返した。
「じゃあ今日のところは出直すよ。……競売の日時を教えてくれる?」
「は、はい。一週間後、会館で行われます」
こいつらが言う会館というのは――合法と非合法の境をうろうろしている連中が使う場所のところだ。国家運営じゃなくて、どっかの会社が運営しているデカいホールだと思えばいい。
そして俺が来るとなると、非合法な奴隷を競売にかけることはしないだろう。そこまでコイツらはバカじゃない。
(方策は決まったな)
俺は脳筋だけど別に考える頭が無いわけじゃないってところをキアラたちに見せてやる。
「――分かった。今度こそじゃあね。一週間後、お金を集めていくよ」
そう言って俺は扉を開けて出ていく。
冬子たちを連れて、煙だけを部屋に残して。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
牢獄につながれて何日経っただろう。動きが完全に制限されるほどではないが――そうは言っても、鎖で壁につながれるというのはあまり歓迎したいものじゃない。
「あーあ……バカしましたね」
ぼんやりと、元カレのことを思い出す。
……夢を語っている彼の目はキラキラと輝いていた。アレを嘘だとは思いたくなかった。それだけのこと――ただそれだけのことで、マリルは保証人になってしまった。
半ば騙されていると分かりながら。
彼の持っている(と思い込みたかった)瞳の輝きは、マリルは持ちたくても持てなかったものだったから。
「……まあ、スカパ君が働ける年齢になっているので大丈夫でしょう、家は」
それだけが心残りだったが……問題ないだろう。スカパの稼ぎは徐々に上がっていた。そして何かあればキヨタやマルキムを頼るように言っている。自らが持つ彼らとのコネは、スカパにとって有用なものになるはずだ。彼らは、甘いから。
(…………)
ふと、思う。彼を愛さなかったら――自分はキヨタを愛していたかということを。
きっと、キヨタが甘い言葉を囁いてきたらころっと落ちていたんじゃないだろうか、自分の惚れっぽさのことだから無いとは言い切れない。
そしてそうだったなら――今頃自分は、まだギルドの受付にいたはずだろう。
「いくらキヨタさんでも、大金貨400枚は厳しかったですねー」
しかも十日で五割だ。今頃いくらくらいに膨れ上がっていることやら。
あの日、きっと泣いて喚いて、恥も外聞もかなぐり捨てて縋っていれば彼は助けてくれただろう。お人好しだから。しかしそれをしなかった。なんでだろうか。
「カッコつけたかったんでしょうねー」
――あり得ない仮定を何度も何度も脳内で繰り返す。虚しくなると分かっていながら、それくらいしかすることが無いから。
「……孫の顔、両親に見せたかったですねー」
さて、誰に買われるのだろうか。出来れば良心的な人に買われたい。料理も、裁縫も出来るし、計算も出来る、文字も書ける。いわゆる「高級奴隷」として扱われていいはずだ。それなりの貴族のところへ行けば――
「でも、奴隷であることに変わりはないんですよねー」
――自分はこれから一生、背負い続ける。馬鹿なことの代償を。
「ま、仕方ないですね」
そう言ってこつんと牢の壁に体重を預けた瞬間だった。
「確かに――マリルさんの男運の悪さは仕方ない」
聞こえるはずの無い声が耳に届く。思わず跳ね上がって辺りを見回すが……誰もいない。限界が来て幻聴でも聞こえたのだろうか。
「マリルさん……そんなに探しても見えないよ。見えたら困る」
呆れた声。苦笑まで聞こえる。
ポロリ、と――頬を何かがつたった。それが何かは確認しなくても分かる。けど何で流れたんだろうか。
スーッ……と、自分の目の前に一人の男が現れる。
「あ……え……」
「……依頼、されたからね」
「キヨタ……さん……」
「うん。AランクAG『魔石狩り』のキョースケ・キヨタ。依頼を受けて参上した」
(――ずっと、ずっと私は助ける側だった)
家族も、彼氏も――誰もかれも、支えてきた。だから忘れていた。自分だって――助けられていいんだってことを。
「よく頑張ったね。だけどもう少しだけ頑張って。俺が必ず――助けるから」
――そう微笑む彼はまるで、王子様だった。
案内してくれた男が、アクドーイ商会に行く道すがら俺に声をかけてきた。
「別に旦那なんて呼ばなくていいよ。キョースケで十分さ」
「アクドーイ商会なんかに何の御用が? ……ハッキリ言って、表舞台で生きている人間が行くような場所じゃありませんぜ」
「ま、こんなスラムに立ってるくらいだからねぇ」
たしかに、俺みたいなカタギの人間が来るような場所じゃないのかもしれない。……いや、AGってカタギの仕事なんだろうか? まあ合法的なことで生計を立てているからカタギか。
「忠告はありがたいけど、ちょっと野暮用があるんだ」
「……それと、綺麗どころを連れ歩くのも止めといた方がいいですぜ。いくら腕に自信があっても、ここはスラムだ。何があるか分からねぇ」
……随分と親切に教えてくれる人だ。喧嘩を売ってくるムキムキなおっさんにはあまりいい思い出は無かったけど、今回は血を見ないでいいらしい。
「ありがたいけど、彼女らも俺と同等レベルの強さだ。たぶん今遠巻きに見ている連中が束になってきても敵わないんじゃないかな」
男は冬子たちを見て、ごくりと唾を飲んだ。強そうに見えなかったんだろうか。それとも……
「彼女たちを俺の愛玩奴隷とでも思ってた? だと言うなら血を見るんだけど」
ギラリと睨みつけると、男はぶんぶんと顔を振って顔を真っ青にした。
「め、滅相もありません! ただ……その、あの露出の多い女性からはあまり強さを感じなかったもんで……」
ああ、キアラか。まあ彼女は魔法師だしね。
「そ。……さっきからえらく忠告してくれるけど、特に何も出ないよ」
「……AランクAGと顔つなぎが出来たんなら、こんなごみ溜めから抜け出せるかもしれませんからね。さ、着きましたぜ」
目の前の看板には『アクドーイ商会』と書かれている。こんなスラムに建っている割には普通……というか、随分羽振りがよさそうな外観だ。
「京助、ここか」
「そうみたいだね」
「じゃあ、おれはこの辺で失礼させていただきます。またスラムに用があった時は呼んでください。シザーといいます」
「ありがとう、シザー。……じゃあ行こうか」
案内してくれた男――シザーに礼を言って、俺はアクドーイ商会の扉の前に立つ。さて鬼が出るか蛇が出るか。
「ま、どっちにせよ行くしかないんだけど」
「マスター。私が先に入りましょうか」
狩人の目になっているリャンがそう言って前に出ようとするので、俺は苦笑いしてから活力煙を燃やし尽くした。
「いいよ。まさかいきなり殺しにかかってきたりはしないでしょ。……それにそうしてくれるなら好都合だし」
暴力に訴えてくれる方がやりやすい。むしろ叩き潰せるから話が早くなる。
……今回の敵はそう言う風には来ない気がしてならないんだよねぇ。
俺は扉に手をかけて、中の様子を少し伺う。……魔力が強い人はあまりいないね。ガチャリと扉を開けると、チリンチリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
中にはカウンターと椅子、そして奥にはデスクが置いてある。カウンターやデスクには灰皿が。……なんだか不動産屋さんみたいな内装だね。
デスクの方から出てきたのは……40代前後のニヤついた笑みを張り付けたおっさん。七三分けにした髪をポマードのようなものでなでつけ、銀縁のメガネをかけている。
ティアールとも、領主とも違う嫌らしい笑み。他者を喰い物としか思っていないような笑みだ。アクドーイ商会と言うだけあってあくどい顔をしている。
アクドーイの職員は俺の顔を見ると、目に嘲りの色を浮かべた。ガキが何をしに来た、ってところだろうか。それとも――どう搾り取ってやろうかという目だろうか。
「……俺はキョースケ・キヨタ。少し聞きたいことがあってやってきた」
そう言ってカウンターの前に行くと、職員は目を見開いて俺のつま先からてっぺんまで見てからあんぐりと口を開けた。
「キヨタ様と言いますと……このアンタレス唯一のAランクAGの?」
俺が首肯すると、ニヤついたおっさんはゴマをするようにヘコヘコと頭を下げてきた。
「いやぁ! まさかそんな大物がやって来てくださるとは! さあさ、こちらへどうぞ! 奴隷の買い付けですか? それとも不要な奴隷をお売りですか?」
ニヤニヤとした笑顔が気持ち悪い。しかも後ろの――リャンを見てそんなことを言い出した。どいつもこいつもリャンのことを奴隷としてしか見ていないことに腹が立つ。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。俺はため息をついてからカウンターの椅子に座った。
「そのどちらでも無いよ。……というか、ここは金貸しじゃないの?」
「ええ。馬鹿に金を貸して搾取し、奴隷を仕入れて高貴な方々に売る――それが私どもの仕事でございます」
……なかなかぶっちゃけるタイプだね。
俺はイライラしているのを隠さずに、職員に向かって要求を突き付ける。
「先日、マリルさん――マリル・ハイネがこちらで借金したはずだ。……彼女は騙されただけなので、出来れば返して欲しいんだけど」
もちろん、こんな程度で返すはずもない。しかし分かっていても一応は聞くものさ。
俺の問いに一瞬キョトンとした職員は、しかしすぐに苦笑するような顔になった。
「申し訳ございません。返すも返さないも……彼女は既に我々の所有物でございます。どうしても……と仰るのでしたら競売に参加していただけませんでしょうか」
ニタリ……といやらしい笑みを浮かべる職員。
所有物、という表現にイラッとするがそこで感情的になるほど俺もバカじゃない。俺は一つため息をついてから奥を見た。
「……じゃあ、借金を払うなら返してくれたりする?」
俺がそう言うと、職員は「食いついた」みたいな顔をする。んー……やっぱり俺らのこともどうにか食い物にしようとしているんだろう。
予想の範疇だが、ここまで見下されるのも嫌な気分だ。
「ええ、ええ。それでしたらまだ競売にかけられてはいませんので。確かマリル……さん、でしたね。少々お待ちください」
そう言って一旦奥へ引っ込む職員。確認しに行ったんだろう。
冬子がちょいちょいと俺の袖を引っ張ってから、俺の耳に顔を近づけてきた。
「……胡散臭いな」
「そりゃね。……ここまで胡散臭いと逆に清々しい」
「マスターにあのような目線をむけるとは……なんと不愉快な」
「ほっほっほ。……まあ自分たちは食い物にする側ぢゃという自負があるのぢゃろう。可愛いものではないか」
まあ本気を出せば、一秒でミンチに出来る。俺だけじゃなくて冬子たちも全員。
けど今回の戦いはそういうものじゃない。それは分かっているつもりなんだけどね。
数分待っていると、後ろから職員が「やっとありました」と書類のようなものを数枚出してきた。
「マリル・ハイネさんでしたね? えーと……彼女は確かネイト・ソーンさんの連帯保証人になっており、ネイトさんに支払い能力が無かったため彼女に請求がいきました。しかし彼女にも支払い能力が無かったため、ご契約の通り借金奴隷となっていただきました」
借金奴隷は、こうした借金をして落ちたり、身売りをしたりなどで奴隷になる人たちの通称で、場合によっては解放されることもあるパターンだ。犯罪奴隷や強制奴隷に比べればまだ救いがある。
……その書類を持っているのが国なら、だが。
「それで? マリルさんの借金は大金貨400枚だったよね」
「いえ? 4000枚ですが」
「……は? 俺、400枚って聞いたんだけど。……ああ、小金貨とか大銀貨で4000枚かな?」
「いえ、大金貨4000枚です」
……暴利にもほどがあんだろ。
うちわけを聞くよりも書類を見た方が早い――と思って書類を見ると、そこには信じられないようなことが書いてあった。
「……向こうじゃ闇金といえば十一――十日で一割ってもんだったけど、これは酷い」
「ど、どうしたんだ? 京助」
冬子が俺の後ろから覗き込むようにして書類を見ると――「うっ」と顔をひきつらせた。
「十日で五割……? これ返金させる気が無いだろ……」
というか十倍に膨れ上がるって、結構長い期間経ってたんだね。
「貧乏人から搾り取るよりもさっさと奴隷にして富裕層に売る方が儲かるんぢゃろ」
なるほど、前の世界じゃ――「真綿で首を締めるように、生かさず殺さず延々払わせ続ける」のが闇金の仕事だったけど、こっちの世界じゃ簡単に奴隷を生み出すためのシステムってわけか――。
まことに腹立たしいけど、前の世界とこっちの世界とでは常識も法律も違う。こっちの世界では一応これはギリギリセーフだ。
借りる方が悪い――と言われたら言葉もない。
「お言葉でございますが、これらは全てマリルさんも納得されてサインしていただいたものです。契約書もございますよね?」
「しかし、これはいくらなんでもおかしいだろう!」
冬子が食って掛かる。机を叩いて書類を叩きつけた。
しかし職員はしれっと肩をすくめるだけだ。
「申しわけありませんが何も我々は違反しておりませんので」
「だが!」
ヒートアップする冬子。止めるべきかとも一瞬思ったが、相手がボロを出すかもしれない。もう少し冬子には突っ込んでもらおう。
「こんな暴利じゃ返せるはずがないだろう!」
「しかしですねぇ」
慇懃な笑みを少し困った風なものに変えて……職員は俺の方を向いた。
「申し訳ありません、キヨタ様。奴隷を黙らせてはいただけませんか? 私は愛玩奴隷と長々と話す趣味はございませんし、そもそも彼女はこの世界のルールを分かっていないようなので……」
「な……ッ!」
「…………」
どうしてどいつもこいつも冬子のことを奴隷と勘違いするかな……。
俺は目の前のこいつを殺したい衝動にかられながら、スッと机に手を置く。
「まず一つ。彼女は俺のパートナーでAGだ。……それもランクもDじゃない。Cランクだ。これ以上暴言を吐くつもりなら――命を賭けてもらう」
部屋の中のモノが風によってコトコトと動き出す。……ギリギリまで抑えたんだけど、やっぱりちょっと漏れたか。
そういえばキアラが俺の魔力は高まっているとかなんとか言っていた。……それのせいかもね。
職員は――見たところ戦いに慣れている様子はないが、流石にこのレベルの殺気は分かるようでビビりまくっている。
(カカカッ! 暴力ハ無しナンジャネェノカァッ?)
(なしだよ。けど別に何も暴力は振るってないでしょ?)
俺は思いっきり睨みつけてから、どうにか魔力を抑え込む。
「二つ目。俺もこの暴利には納得がいかない。ただ確かにこの契約書を見る限り――合法であることは間違いないみたいだ」
「でしょうでしょう!」
俺が肯定したからか一気に元気を取り戻す職員。しかし俺はもう一度睨みつけて黙らせる。
「――これが彼女が騙されていないなら、だけど」
「え……」
「確かに、金を貸すこと、また利息の率を決めること――この二つは、この国では犯罪じゃない。そして払えなかった人を奴隷にすることも」
だけど、と俺は一度区切ってからさらに続ける。
「彼女が詐欺にあっていたなら別だ。そしてそれがここと繋がっていたとしたら? 詐欺は立派な犯罪だ。充分罰に値する」
ピクリ、と職員の眉が動いた。そして汗もかいているようだ。
――ビンゴだね。
「……そ、そうですが……ま、まさか我々が詐欺を働いているとでも? 滅相もございませんとも! 私どもは乞われた場合のみ施すだけであって――」
「利息をとっておいて施しもへったくれもないよ」
俺は活力煙を取り出して咥える。そこに灰皿があるから別にここは禁煙ってわけじゃないんだろう。
火をつけて煙を一つ吐く。
「まあ、取りあえずこの書類は持って行っていいよね? どうせコピーを用意してるんだろうから」
そう言って書類を懐にしまうと、職員が何か言いたそうな顔をするが――俺が睨みつけると大人しくなった。さっき脅したのが効いたかな。
……ホント、なんで冬子を見て奴隷と思うのか理解が出来ない。美人だからだろうか。
もう一度契約書を見ると、そこには、『大金貨400枚を借りた』ことと、『十日で五割の利息』を支払うことが書かれている。借りた金額は大金貨400枚で相違ないってことだ。
……もしも、もしもだけどこの金貸し屋が違法を働いていて処分になれば、全ての借金や奴隷などの財産は国に没収となる。マリルさんは大金貨400枚の借金奴隷として国のものになるわけだ。
つまり――この商会を潰せば、後は大金貨400枚用意すれば万事OKという寸法だね。
「ここに書いてあることは間違いないよね」
「は、はい」
チラリとキアラを見ると――『大丈夫ぢゃろう』みたいな顔になっている。嘘はついてないみたいだ。
「……OK、じゃあ最後にマリルさんに会えないかな」
職員に訊いてみるが、流石にフルフルと首を振られた。
「も、申し訳ございません。今現状で彼女は我々の『所有物』になっていますので――不用意にお見せすることは憚れます。また、競売に出品されることは決定事項ですので」
そう言われるだろうと思った。
職員は俺が暴れるのではないかとびくびくしているようだけど、流石にそんな愚はおかせない。俺は活力煙の煙とともにため息を一つ吐いて踵を返した。
「じゃあ今日のところは出直すよ。……競売の日時を教えてくれる?」
「は、はい。一週間後、会館で行われます」
こいつらが言う会館というのは――合法と非合法の境をうろうろしている連中が使う場所のところだ。国家運営じゃなくて、どっかの会社が運営しているデカいホールだと思えばいい。
そして俺が来るとなると、非合法な奴隷を競売にかけることはしないだろう。そこまでコイツらはバカじゃない。
(方策は決まったな)
俺は脳筋だけど別に考える頭が無いわけじゃないってところをキアラたちに見せてやる。
「――分かった。今度こそじゃあね。一週間後、お金を集めていくよ」
そう言って俺は扉を開けて出ていく。
冬子たちを連れて、煙だけを部屋に残して。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
牢獄につながれて何日経っただろう。動きが完全に制限されるほどではないが――そうは言っても、鎖で壁につながれるというのはあまり歓迎したいものじゃない。
「あーあ……バカしましたね」
ぼんやりと、元カレのことを思い出す。
……夢を語っている彼の目はキラキラと輝いていた。アレを嘘だとは思いたくなかった。それだけのこと――ただそれだけのことで、マリルは保証人になってしまった。
半ば騙されていると分かりながら。
彼の持っている(と思い込みたかった)瞳の輝きは、マリルは持ちたくても持てなかったものだったから。
「……まあ、スカパ君が働ける年齢になっているので大丈夫でしょう、家は」
それだけが心残りだったが……問題ないだろう。スカパの稼ぎは徐々に上がっていた。そして何かあればキヨタやマルキムを頼るように言っている。自らが持つ彼らとのコネは、スカパにとって有用なものになるはずだ。彼らは、甘いから。
(…………)
ふと、思う。彼を愛さなかったら――自分はキヨタを愛していたかということを。
きっと、キヨタが甘い言葉を囁いてきたらころっと落ちていたんじゃないだろうか、自分の惚れっぽさのことだから無いとは言い切れない。
そしてそうだったなら――今頃自分は、まだギルドの受付にいたはずだろう。
「いくらキヨタさんでも、大金貨400枚は厳しかったですねー」
しかも十日で五割だ。今頃いくらくらいに膨れ上がっていることやら。
あの日、きっと泣いて喚いて、恥も外聞もかなぐり捨てて縋っていれば彼は助けてくれただろう。お人好しだから。しかしそれをしなかった。なんでだろうか。
「カッコつけたかったんでしょうねー」
――あり得ない仮定を何度も何度も脳内で繰り返す。虚しくなると分かっていながら、それくらいしかすることが無いから。
「……孫の顔、両親に見せたかったですねー」
さて、誰に買われるのだろうか。出来れば良心的な人に買われたい。料理も、裁縫も出来るし、計算も出来る、文字も書ける。いわゆる「高級奴隷」として扱われていいはずだ。それなりの貴族のところへ行けば――
「でも、奴隷であることに変わりはないんですよねー」
――自分はこれから一生、背負い続ける。馬鹿なことの代償を。
「ま、仕方ないですね」
そう言ってこつんと牢の壁に体重を預けた瞬間だった。
「確かに――マリルさんの男運の悪さは仕方ない」
聞こえるはずの無い声が耳に届く。思わず跳ね上がって辺りを見回すが……誰もいない。限界が来て幻聴でも聞こえたのだろうか。
「マリルさん……そんなに探しても見えないよ。見えたら困る」
呆れた声。苦笑まで聞こえる。
ポロリ、と――頬を何かがつたった。それが何かは確認しなくても分かる。けど何で流れたんだろうか。
スーッ……と、自分の目の前に一人の男が現れる。
「あ……え……」
「……依頼、されたからね」
「キヨタ……さん……」
「うん。AランクAG『魔石狩り』のキョースケ・キヨタ。依頼を受けて参上した」
(――ずっと、ずっと私は助ける側だった)
家族も、彼氏も――誰もかれも、支えてきた。だから忘れていた。自分だって――助けられていいんだってことを。
「よく頑張ったね。だけどもう少しだけ頑張って。俺が必ず――助けるから」
――そう微笑む彼はまるで、王子様だった。
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