異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

109話 取り合い? なう

「というわけでマルキムが戻り次第修行開始だよ。それまでは各々自由に過ごすように」


 俺は『三毛猫のタンゴ』に集まっていた皆にそう言いながら正座させられていた。
 ……キアラと一緒に。


「キアラさん、私たちはマルキムさんに説得をお願いしてくる……と聞いていたんですが」


「う、うむ。妾もヒートアップするのは覚悟しておったんぢゃがまさかここまでの惨事になるとは読み切れず……」


 シュンとしているキアラというのも珍しい。


「あ、あそこまで言われたら仕方ないでしょ」


 俺が反論しようとすると、リャンからものすごく冷めた目を向けられた。


「言いたくはないですが、マスターは案外短気ですよね」


「い、いや俺は短気じゃなくて――」


「口調を荒げなければ怒ってないことになる……なんてことは無いからな」


 ぐうの音も出ない。


「さっきも言ったが……私もピアさんも、凄く心配していたんだぞ? やっと元気になって退院したと思ったら……いきなり喧嘩してまた治癒院に戻る? お前は私たちを心配させないと気がすまないのか?」


「その件に関しては誠に申し訳ないと思っているというか……」


 冬子は隣の椅子に、リャンはベッドに腰掛けながら俺の方を睨んでいる。……足が綺麗だなーとか思って無い。


「キョースケ……お主も男子ぢゃの」


「まだ何も言ってないよ俺」


「ガン見していたらバレバレぢゃからな? 見るならチラッとぢゃ。ガン見したくなったら妾の脚にせよ」


 呆れ顔のキアラ。よし死にたい。


「こら、二人で何をこそこそ話しているんだ」


 冬子からジロリと睨まれる。


「と、ともかく」


 俺は咳ばらいをしてから、三人に説明する。


「ここから先は恐らくアンタレスで活動することが今まで以上に多くなると思う。だからそろそろアンタレスに家を買うことを検討しようかと思ってね」


「い、家か?」


 冬子が少し驚いたような声をあげた。


「うん。家だよ。前の世界だったら大金貨何千枚必要になるんだって話だけど、この世界の家ってのはそんなに高くないからね」


 それなりの身分が無いと家を売ってはもらえないけど、逆にそれなりの身分があれば家はそこまで高い買い物じゃない。
 これは魔物にすぐに建物が破壊されるため建設技術が発達しているからなんだけど、人が住む程度の家なら魔法、『職スキル』との併用で割と簡単に建てられるからね。


「ま、すぐにじゃないけどね。どうせ仕事だってしながらだし。ただ他の街に行くことは少なくなるよ」


 AGとしての仕事的に――この地のみに留まるわけには行かないけど、そういう場合もなるべくこの地に戻ってこれるように。
 ……っていうか、全力出せば近い街くらいなら日帰りで行ける。護衛依頼くらいだね、絶対に日帰り出来ない仕事なんて。


「まあそれは分かったが、それはそれとしてお仕置きだぞ京助」


 ダメだ話が流れなかった。


「……お仕置きってそんなガキじゃないんだから」


「なんぢゃ? オトナのお仕置きをして欲しいと? ほっほっほ。キョースケ、お主も好きモノよのぅ」


「いきなりいかがわしくなるから止めようか」


 キアラが喋るといつもこうだ。


「マスター、取りあえず石抱きでもしますか?」


「それまた治癒院に逆戻りだよね」


「というわけで京助は私と一日遊ぶの刑だ」


「トーコさん、勝手に自分に都合がいい刑を執行しないでください。というかそれじゃ刑になってませんが」


「でも俺冬子に甘いモノご馳走する約束してるから……」


 俺がそう言うと、キアラが「ほう」というような顔、そしてリャンが「なん……だと……」みたいな顔をした。


「トーコよ、お主もなかなか積極的になってきたのぅ」


「う……そ、そういうわけじゃ……」


「トーコさん、マスターが無茶をしないように……という話をしているんですよ? ちゃんと罰にならないと意味がないじゃないですか。というわけでマスター、明日から私と二日間くらいダンジョンアタックに行きませんか? 最初は簡単な所からスタートしますから」


 それはお金儲けにもなるからいいかもね。


「ぴ、ピアさんこそ! それ罰になってませんよね!?」


「二人きりでダンジョンアタックは大変なんですよ。充分罰になると考えられますが」


「っていうかそんな二人きりになる必要ありますか!?」


「ええ。そうでないと逃げ出すか否か見張れないじゃないですか」


 やれやれ……みたいなポーズをするリャン。……リャンってこんな感じだったっけ。
 そして冬子は冬子で譲れないらしく、顔を真っ赤にして言い返している。


「それはピアさんが二人きりになりたいからそんなこと言っているんでしょう!?」


「そんなわけありません。私はあくまでマスターのモノですから。ただ二日間もストレスの溜まる状況下に置かれた男性が、何をしてもいい女性と二人っきりだった場合……何が起こるのかは分かりませんが」


「ピアさん!? な、なななな、なにをするつもりですか!?」


「私は何もしませんが、マスターはどうでしょうかね。私の方がどことは言いませんがありますので」


「い、今私のどこを見て言いました?」


「……そういえば、新しいまな板が欲しいんでした。後で買いに行かないといけませんね」


 ピシっ、と空気が凍った。冬子の動きが止まる。
 ……チラリとキアラの方を見ると、多少呆れた色を顔に浮かべつつニヤニヤと笑っている。止める気は無いらしい。
 っていうかさっきまで俺が怒られる話だったんじゃ……?


「そういえばキョースケ。冷えた水でも持ってきてくれないか? 熱くなってしまってな。ピアさんもいりますか? あっ、少しぬるめの方が良かったですねピアさんは」


 ……分かりにくいけど「年寄りの冷や水」って言いたかったんだろうか。リャンの動きが止まっているところからして、しっかり理解したらしい。


「壁面に欲情する方はいませんよ?」


 そういえば壁と結婚した人いたよね。


「この世界での平均結婚年齢は大分若いと聞きましたが……ピアさん、いくつでしたっけ」


 そういえばリャンの年齢聞いたこと無いな。見た目は二十代前半だけど。


「貧乳」


 ゆらりと冬子から殺気が立ち上る。怖い。


「年増」


 いやリャン年増っていう程の年齢じゃ……むしろ世間一般なら若い方かと……。


「ペチャパイ」


 その言葉を初めて聞いたの、『ジョジョ〇奇妙な冒険』だったなぁ。


「……年下に欲情する変態」


「欲情すらしてもらえない絶壁」


 二人とも目が怖い。っていうか室内温度がどんどん下がっている気がする……。


「貧乳など……キョースケは脚派だからそんなモノ関係ない!」


「脚なら私も自信がありますが」


 おっと、いきなり何を言いだしてるんだこの二人は。


「もう許さん……ッ! この剣の錆に変えてくれる。ピアさん、表に出ろ!」


「いいでしょう。戦いにおける経験の差を見せつけてくれます」


 ビリビリとした殺気が部屋中に充満する。だからなんでさ。
 俺のことそっちのけで喧嘩を始めた二人から距離をとりつつ、キアラに尋ねる。


「っていうか、リャンのキャラがなんか違わない?」


 もっと余裕あったよね。


「この前のでお主に惚れ直したんぢゃろ」


 俺に惚れたなんていう妄言はさておき。


「それよりもキョースケよ、この状況を作ったのはお主が原因ぢゃぞ」


「さっぱり分からないんだけど」


 俺が何をしたって言うんだ。


「まあ良かろう。キョースケよ、止めぬと死人が出るぞ」


 そう言えばそうだった。
 二人は今にも武器を抜きそうな雰囲気で睨み合っている。っていうかこの二人が本気で暴れたらいくらなんでも一人で止めるのは無理だ。実力者が暴れられると困るんですよ。


「ちょっとばっかり美人だからっていい気にならないでくださいね! ピアさん!」


「そちらこそ。知り合ってからの期間が私よりも長いというだけで優先権を主張されるのは困ります。この前は譲ったのですから次は私の番です」


「えーと……」


 よく分からない理屈で怒っている二人。


「これどうやって止めるのさ」


「面白いからそのままでもいいんではないかの?」


 なんでだよ。
 俺は立ち上がり、取りあえず二人の間に入る。


「全く、二人ともよくわからないけど殺し合いはダメだよ?」


「お前のせいだろうが、京助!」


「冷静になってみて、間違いなく俺のせいじゃない」


 俺は一つため息をつき、冬子の頭に手を乗せた。
 撫でながら、俺は冬子の目を見る。


「冬子とはちゃんと甘いモノ食べに行くから。ちゃんと二人で行こうね。なんなら泊まりで行ってもいいからさ」


「……撫でたら私が許すと思って無いか」


 そう言った冬子は殺気と怒気を消し、俺の手を握った。


「約束だぞ」


「うん。……で、リャン」


 俺はリャンの方を向き、やっぱり頭を撫でてみる。ケモ耳だ……。
 少しの間だけケモ耳を堪能してから、苦笑を浮かべながらリャンを説得する。


「ダンジョンに行きたいなら付き合ってあげるけど、一日だけね。二日以上なら皆で行かないとツラいものがある」


 主に見張りとか警戒もしなくちゃいけないし。


「……トーコさんがチョロすぎるだけかと思っていましたが、これはこれで悪くありませんね。いいでしょう、これに免じて許して差し上げます」


 なんか上から目線だけど許してもらえた。
 取りあえずはお互いが殺気を収めてくれたのでホッとしていると、キアラがくいくいと俺の服を引っ張った。


「何?」


「妾には無いのかの?」


 えー……。キアラ、焚きつけた側じゃん。


「……確かに焚きつけた側ぢゃが、これでも心配しておったんぢゃぞ?」


 少し拗ねたような顔をするキアラ。まあ彼女も俺のことを心配しての行動だったのかもしれないし……。
 俺はため息をついてからキアラの頭を撫でてみる。


「じゃあお酒に付き合ってあげる。いいお酒でも飲みに行こうか」


「ならよし!」


 満足げなキアラ。


「じゃあ冬子は甘味、リャンはダンジョン、キアラはお酒ね。OK?」


 俺が尋ねると、皆がコクリと頷いた。よし、取りあえず平和に収まったみたいで何より。今度こそホッとして立ち上がると、コンコンと部屋のドアがノックされた。


「はーい」


 冬子がそう言って扉を開けると……そこには、『三毛猫のタンゴ』の看板娘ことリルラが立っていた。


「どうしたんだ?」


「えっと……その、キヨタさんにお客さんです」


「俺に?」


 誰かと待ち合わせをしていただろうか。


「なんて人?」


「えっと……とにかくお会いしたいとかで」


 誰かと約束なんてしていたっけ……。マルキムとかならリルラも分かるだろうし、他のAG仲間だとしたらそもそも俺の宿を尋ねないでギルドに行くだろう。


「ちなみに女性か? 男性か?」


 冬子がリルラに訊くと、リルラは「あ、それは男性です」と素直に答えてくれた。男か。そうなるとヘルミナの線も消えたな。


「カリッコリーかな。アフロだった?」


「いえ。まあとにかく下でお待ちいただいているので」


 ふむ。カリッコリーでもないのか。っていうか、彼にもお礼言いに行かなきゃね。この話が終わったら行こうかな。


「まあいいか。それじゃあ行くけど……冬子たちも来る?」


「私は行こう。ピアさんはどうしますか?」


「私は買い物がありますので、先に済ませてしまおうかと」


 ちなみにリャンはアンタレスだと割と自由に歩けているようだ。「キョースケのとこの人でしょ? ならまあ安心だろ」みたいな空気らしい。


「妾は寝ておるー」


「最初っからキアラが来るとは思って無かったけど」


 俺はちらりとキアラの方を見ると、キアラは「大丈夫ぢゃろう」みたいな顔をしてきた。ふむ、敵でもなさそうだね。
 名刺代わりの少し上等な活力煙を一応用意し、俺は冬子を伴って階下へ降りる。するとそこには……。


「貴方が、BランクAG、『魔石狩り』のキョースケさんですか?」


 理知的な顔をしている、青い髪の……少年、だろうね。見た目年齢的に。ただ俺とか冬子とそんなに変わらない気がする。
 取りあえず、俺に用があることと――殺気が無いことは分かったので、仕事の依頼かと思い俺はニコリと営業スマイルを浮かべる。


「そうだよ。ただAGとしての依頼なら悪いんだけどギルドを通してから――」


 そう言いかけたところで、目の前の少年はガバッといきなり土下座しだした。


「おれの……おれの姉貴を救ってください!」


 えっ?
 なんかよくわからない土下座をされて怯んでいると、少年はさらに畳みかけてきた。


「このままじゃ姉貴が奴隷になってしまうんです! お願いします! 何でもしますから!」


「ん?」


 俺と冬子は目を見合わせると……


「と、取りあえずここじゃ目立つから部屋に行かないか?」


 と言って彼を部屋に連れ込んだ。




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「申し遅れました。おれはギルドで受付嬢をやっているマリル・ハイネの弟、スカパ・ハイネと申します。キョースケさんを男の中の男と見込んでお願いに参りました」


 なんと、マリルの弟だったのか。
 ……姉を救ってって。


「マリルさん……結局にっちもさっちもいかなくなったんだね……」


 大金貨400枚なんてすぐに用意できる金額じゃない。Bランク以上の魔物を何体も倒してやっともらえる額だ。そしてそんなにほいほい現れるもんじゃない、Bランク魔物ってのは。
 まして彼女は受付嬢。命の危険が少ない代わりにもらえる金額もそれなりだ。大金貨400枚なんてすぐに用立てできるような額じゃない。


「それで、彼女の現状はどうなの?」


「一週間後に闇市で奴隷の競売にかけられます」


「デッドラインがすぐ過ぎるんだけど」


 っていうか……闇市って。


「まさか彼女……」


「はい……姉は非合法組織からお金を借りていたようで……。おれが気づいた時には……」


 悔し気に拳を握りしめ、プルプルと震わせているスカパ。マリルはこんなしっかり者の弟がいるのになんでダメ男に騙されるのか……。


「ちなみにスカパ、君は何歳?」


「おれは16歳です。キョースケさんの一つ下ですね」


 俺の年齢を知ってるのか。


「マリルから聞いたの?」


「はい。よく姉がキョースケさんの話をしてくれていたので」


 何言ってるのさマリル。いやいいけど。
 それにしても16歳か。たしかに学校が無いこの世界ではそれくらいの年齢から働くものだけど、それにしちゃしっかりしている気がする。っていうか俺よりしっかりしてるよねスカパ。


「マリルさんとは仲良かったの?」


「はい。姉はずっとうちに仕送りをしてくれていて……昨年からおれも働けるようになったので今は二人で仕送りをしつつ働いています。家にはまだ小さい弟と妹がたくさんいるので」


 ……仕送りしながら働いているのか。立派なんだね。
 見れば、ズボンには何度もつくろった後がある。貧乏くささを感じさせるほどではないが、それでもだいぶ切り詰めて生活しているんであろうことは容易に察しがつく。


「なのになんで騙されてるのさ……マリルさん……」


「姉は……昔から騙されやすい人でして……。流石にこんな額をだまし取られたのは初めてですが」


「だろうな。流石にこれが何度もだったら首をいくつくくっても足りない」


 冬子も呆れ声を出す。


「先日、姉の仕送りが途絶えたと母から手紙が来まして……それで姉を問い詰めたところそんなことになっていまして……」


「……マリルさん」


「それで今は奴隷商にいます」


「一週間後に競売ならそうだろうね!」


 マリルは美人だし、先輩AGサリル曰く巨乳。文字の読み書きが出来る上に巨乳美人ともなれば欲しがるバカは多いだろう。となると闇市に出されたらほぼ間違いなく買われるに違いない。
 となると……その前に返済しないといけないんだけど……


「大金貨400枚か……」


 この前の騒動で大分お金は貰っているけど……。


「俺が入院とかしなければ足りてたかな」


「ヨダーンの騒動で大金貨500枚とか貰っていなかったか?」


「それを充てられるっちゃ充てられるけど、そうなったら俺らの生活費が/zeroだよ」


「文字列で見ないと分かり辛いボケはやめろ、キョースケ。……しかしどうする?」


 そうなんだよなぁ。
 俺と冬子が悩んでいると、スカパはもう一度土下座をすると、大きな声で叫んだ。


「あんな姉ですが……貧乏な我が家を13の時からずっと支えてくれている姉なんです! なんだってしますから、お願いです、キョースケさん! 姉を助けてください!」


 ゴッ! と床に頭突きをしてまで頭を下げるスカパ。


「……なんだってする、か」


「はい! 俺に出来ることならなんだって!」


「そう。じゃあさ――」


 俺はスッと片膝をつき、スカパに手を差し出す。


「俺のことを信じてて、必ず彼女を助けるってさ。『魔石狩り』の名にかけて、必ず彼女を救い出すよ」


「きょ、キョースケさん……ッ!」


「俺も彼女には世話になってるんだ。何とかできないか考えてみる。……どうしようも無い場合は実力行使だ」


「結局それか」


「そうならないように頑張るけどね」


 俺と冬子がそう言っていると……スカパは目に涙をためながら俺の手に縋りついた。


「ありがとうございます……ありがとうございます……ッ!」


「いいよ。こっちはもっとデッカイ目標があるからね。それに比べれば些細なことさ」


 ニッと笑うと、スカパは涙をこぼしながら笑顔を浮かべた。


「姉を……お願いします」


「うん、任せて」


 さて……やるか。
 俺は頭の中で金策について考えを巡らせる。
 ――いくらか伝手もコネも出来たしね。

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