異世界なう―No freedom,not a human―
107話 意地っ張りなう
――時は少し遡る。
「少しいいかの?」
「あん? キョースケのところの姉ちゃんじゃねえか」
先日の戦闘の事後処理を終えたマルキムが、酒場で酒を飲んでいるとキョースケの仲間であるキアラという女性が話しかけてきた。
知らない仲ではないが特別親しいわけでもないので、多少酔っぱらっているとはいえ一応それなりの態度で応じる。
「何かあったのかい?」
「ん……お主、キョースケのことをどう思っておる?」
どう、思っている?
唐突な質問に少々驚いたが、取りあえず普通に答える。
「あー……まあ、友達だな」
「友、か。ではお主に頼もう」
そう言って、彼女はすっと頭を下げた。
「キョースケに――火を、付けて欲しいんぢゃ」
「火、を?」
何を言っているか分からず聞き返すと、キアラは頷いてから「すまぬ、エールを二つ」と店員に注文し、前の席に座った。
「あ奴は……覇王に、負けた。AGになってから、初の敗北ぢゃろう」
そういえば、アンタレスでキョースケがAGギルドに登録して以来ボロボロになっているのを見たことが無い。
(オレも駆け出しのころは何度も失敗して、失敗しながら覚えていたものだが……)
たしかに、キョースケにそのプロセスは無かったように感じる。
「それで心が折れる、とは思っておらぬ。しかし――そうは言っても、落ち込んでいるようでな。『死の恐怖を植え付けられた』とも言うべきかの」
「ああ。その感覚は分かるが……大概自分で何とかするもんだぜ、それは」
AGというのは死と隣り合わせの職業だ。いつ死んでもおかしくない。「自分は大丈夫だろう」なんて思っている奴から死んでいく。
キョースケが舐めていたとは言わないが、確かに自分の命について楽観視している節はやや感じていた。
例えるならそう――
「ある種の万能感とも呼ぶべきか。アイツは結構『最後は何とかなる』とは思ってただろうな。とはいえ、そのための準備は怠ってなかったと思うぜ」
そのための準備、というのはキョースケが持っている手札のことだ。
普段から色々な知識を収集しており、まだ新米だというのにベテランのような戦闘運びをする。
あいつは戦闘が始まると『自分が通したい攻撃』を最初から決めて置き、それに向かって自分の手札を切っていく。
熱く無軌道に戦っているように見えて――それでいて、クレバーに計画的に戦う様は見ていてセンスを感じる。カードゲームなどをやらせればかなり強いんじゃないだろうか。
「アイツの戦い方は別の新人に見せたいくらいだ。これから先も修練を積めばいいAGになるだろう」
そう言いながら運ばれてきたエールをグッと飲み干そうとして――
「ぢゃが、いいAG止まりぢゃ。……お主は、そう思っているのではないか?」
ピタ、とその腕を止めた。
「……何が言いたい」
「隠さぬとも良い。お主は実力者ぢゃ。分かっておろう? キョースケは今のままでは――絶対に覇王には勝てぬ」
(……まさか、キョースケの仲間からソレを聞くことになるとはな)
マルキムはジョッキをテーブルに置き、キアラを睨みつける。
「なんでそう思う」
「あ奴は――よく言えば万能、悪く言うならば器用貧乏ぢゃ。滅多に使わんが、槍術だけでなく関節技、剣技、弓矢、投擲、格闘術、その他戦闘に使えるモノは幅広く学んでおる」
「ああ。どこで知ったのか知らないが技が多彩だ。しかもオレですら知らない技を使ったりするからな、あのアイデアがどこから出ているのか知りたいくらいだ」
キョースケと模擬戦をすると、たまに知らない技を出されて面喰うことがある。そしてその際にあいつは呟くのだ。「マルキムを驚かせたなら実戦でも使えそうだね」と。
「槍を持っている時はそんなに気づかないが――アイツ、むしろ槍を手放した方が、戦術は多いんじゃないかってくらい出るな」
魔法の幅も多彩だ。そもそも三属性使える魔法師をそんなに見ない。それも『賢者』と呼ばれる魔法系の二段階進化『職』でも無い人間が、となると――片手で数えるくらいで足りるほどだ。
「そして、ぢゃから勝てぬのぢゃ。分かるぢゃろう?」
「……ああ」
そう、その通り。
たしかに、自分の『職』と関係ない戦闘方法をするAGもいる。『剣士』が魔法を扱いながら魔法剣士として戦ったり、『弓兵』という『職』を持つ男が、弓矢では魔物が倒せないと言い剣に持ち替えたこともある。
あまりにも他の術の練度が高くなり、『剣士』の身でありながら『火魔法使い』に『職』が変わったという伝説の男もいる。
「『職』ってのは、必ずしも人生を決定づけるものじゃないしな」
それでもアイツの『職』はあくまで槍術師――槍を上手く扱える『職』なのだ。
それなのに、キョースケと来たら槍を磨くのでなく『槍を主軸にした戦闘方法』をも言うべき戦い方を磨いている。
それが悪いとは言わない。むしろ凄いと思う。
だが――
「それでは足りねぇ、アイツは主軸になる戦い方が存在しねぇんだ。つまり『決定打』がねぇ。平たく言うなら『必殺技』ならぬ『必勝パターン』が存在しねぇ」
そう、戦いにおいて一流の戦士は『必勝パターン』を持っている。ありとあらゆる戦法は全て『そこに持っていくため』にあると言っても過言ではない。
しかし――キョースケにはそれが無い。何故か?
「アイツは基礎スペックが高い。しかも――何らかの力で、二段階進化した『職』と同等レベルかそれ以上の基礎身体能力と魔力を有している。要するに素で強いから、全てが必殺技、全てのパターンが『必勝パターン』になっていたわけだ」
それに加え、異様に多い手札から選ぶことで特定の相手にだけピンポイントで効く技を用いて初見殺しをすることが出来る。それを使えば自分よりも強い敵に一矢報い――そのまま倒すことも出来るだろう。
「ぢゃが――」
「ああ。覇王みたいな異次元にいる強さの奴には敵わねぇ」
覇王には小細工が通用しない。元々の能力が異次元にいるからだ。
「恐らく――これまでのキョースケはあの時最後に見せた技が決め技のつもりだったんだろう」
「ああ。本人が終扉開放状態と呼んでおった状態ぢゃな。……アレは、本当にヤバい技なんぢゃがのぅ」
「……ちなみに、どれくらいヤバいんだ」
「昔は……というか、アレを最初にやった時には三分ほどしか持たなかった。ぢゃが、今は文字通り本人が死ぬまで使うことが出来る」
「本当に命を削る技、なんだな」
過去にも、そんな技を使う男がいた。弓兵だったが――命を矢に乗せて撃つ、という技を持つ男だった。
最後は、五体が四散して死んだ。
「オレは……もう、二度とそんな仲間を見るのはごめんだ。そんなことを言いに来たってことは、やっぱ止めて欲しいってことなんだろう?」
そう言ってニッと笑うと……キアラは悲しげに、しかしどこか誇らしげな表情で首を振った。
止めて欲しいわけでは、無い?
自分の仲間が傷つきながら戦う姿を見たくない――だから止めて欲しい、それなら分かる。しかし他に……?
「その程度で止まる男ではないし――妾も、その程度で止まられてしまっては困るんぢゃ。しかし、今新しい何かを学べばそれが『小手先の技術』で収まってしまうぢゃろう。何故なら、今回の負けであ奴は『もっと、手札を増やさなくちゃ』と思うからのぅ」
「……まあ、そりゃそうだろうな。だから止めて欲しいんじゃねえのか?」
「違うのぢゃ。あ奴が今から学ぶことは『小手先の技術』ではなく『磨き上げて己の必勝スタイルを完成させるための技術』であり『その必勝スタイルまで繋ぐ技術』であってほしいのぢゃ。ぢゃから――最初に言ったぢゃろう」
「と、言うと……?」
そう尋ねると、キアラは肩をすくめた。
「あ奴に火を付けてやって欲しいんぢゃ。覇王に負けてしょぼくれているキョースケに、死を意識して気持ちが萎縮しているキョースケに。妾たちを守るため――なんて言って強がらなくてはならんキョースケに」
――なるほど。どうやらキョースケは想像以上に参っているらしい。
男の癖に――女を心配させてどうするんだ。
「…………ああ、そういうことか。だが、どうしてオレなんだ?」
自慢じゃないが、別に口が上手いなんて思っていない。むしろ口下手な方だ。
「……残念ぢゃが、これは男にしか出来んのぢゃ。妾には分からんが――お主なら、分かる、のぢゃろう? 妾の――記憶の底にあるのぢゃ。男が女の前で強がるのは理屈じゃなくて本能だ――と、言った男の姿がの」
「……そいつはまた、不器用な生き方をしてる男もいたもんだな」
だが、その気持ちが分かる自分がいる。
「意地ってのは――張り通してこそ、意地だからな」
「妾には分からんがのぅ……ぢゃが、妾たちでは最後まで意地を張り通すぢゃろう。ぢゃから、お主がぶつかってやってくれ」
そう言って、キアラは伝票を持って会計に行った。恐らく礼にここの食事代を奢ってくれるつもりなのだろう。……その金の出所は恐らくキョースケの財布なので、間接的にキョースケに奢られたことになるんだろうか。
「うーむ……」
マルキムは頭を掻きながら背もたれに体重を預ける。
(…………)
キョースケが、凹んでいて――立ち上がれないようなら、もう諦めさせるつもりだった。それほどに――最後の姿は痛ましかった。
命を削りながら戦う、なんてあんな若い奴がやっていいことじゃない。
キョースケには未来がある。マリトンも上手いし、敬語も使える。戦い以外の道で生計を立てていくなんて余裕だろう。どうも文字は書けないようだが、読める以上すぐに書けるようになるはずだ。
仲間を守る――そう思っているのであれば、田舎にでも引っ込んで静かに暮らせばいい。あの実力があれば魔物に襲われて殺されるなんてこともないだろう。
だから、だからこれ以上戦う必要など無い。
いや、むしろ戦わないで欲しいというのに――
「なのに……火を付けろと来たか」
何にせよ、キョースケの真意を聞いてからだ。
マルキムはグッとエールを飲み干してから席を立った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先に仕掛けてきたのはキョースケだった。
「はっ!」
ドンッッッッッッッッ! と轟音を立てながら踏み込み、マルキムの顎を狙って右アッパーを繰り出してくる。
後ろに少し反って躱し、キョースケの股間を蹴り上げる。
が、それはいとも簡単に避けられ、裏拳が飛んできた。
「――ッ!」
裏拳と同時にキョースケは踏み込み、そのまま肘を打ちおろしてくる。武道ではなくいわゆる喧嘩術とでもいうような荒々しい攻撃。しかしそれが読みづらくよけづらい。
バックステップで大きく回避するが、それを見透かされていたのか風弾を放ってきた。
(こいつ、魔法も撃ってきやがったか……ッ!)
マルキムはそれらを腕に纏わせた魂で防ぎ、前蹴りでキョースケを吹っ飛ばした。
「キョースケ! 命を削る戦いなんてオレは認めない!」
「だったらどうすればいいのさ!」
キョースケは前蹴りを喰らいつつも地面を踏ん張り、思いっきり頬を殴りつけてくる。
「俺は皆を守んなきゃいけないんだよ!」
「みんなを守って自分が死んでちゃ意味ねえだろうが!」
わざとキョースケのパンチを貰いつつ、マルキムもキョースケの顔面に拳をめり込ませる。
「命を削る戦いなんか、する必要はねえ! どうしても守りてえなら、あの嬢ちゃんたちと田舎に隠居でもしてろ!」
ドカッ、バキッ、とキョースケの顔面、腹に拳を入れるが、キョースケもそれをわざともらいつつ――肘をマルキムの鼻っ柱に叩き込んできた。
「そんなこと、出来るわけないでしょ!」
「なんでだっ!」
お互い足を止めて踏ん張りながらの殴り合いだ。
マルキムが殴ったら、今度はキョースケがパンチを入れる。マルキムの蹴りが入れば、キョースケも蹴りを返してきた。
お互いがお互いの攻撃を避けず、殴られながら殴り返す。
「そんなことをして――敵がおってきたらどうするのさ!」
「うぬぼれんなキョースケ! だったらオレら、大人がお前らを守る! まだお前は十七だろうが! ガキが、一人前に守るだの言ってるんじゃねえ!」
「――うるさいっ!」
ゴッ、とキョースケの頭突きがマルキムの顎をとらえ、ガクガクと膝が震える。しかしキョースケもノーダメージでは無いらしく、ぶるぶると足を震わせていた。
「俺は――俺は! みんなを守るために、そのために戦わなくちゃいけないんだよ!」
「だからさっきから言ってるだろうがっ!」
大きく振りかぶり、渾身の右ストレートを叩きつける!
「お前が戦う必要はねえんだ! お前が戦わなくちゃいけない理由はどこにもない! お前が狙われるっていうなら、SランクAGを護衛にでもすればいいだけのことだろうが!」
「でも!」
「でもじゃねえ! なんで、そんなに戦いてえんだよ! 命を削る意味なんかどこにもねえだろうが!」
キョースケはギリッと歯を食いしばったかと思うと――左右拳を連続で叩きつけてきた。
「俺が戦う理由は……あるっ!」
「ねえ!」
「あるっ!」
「少なくとも――嬢ちゃんたちを守るだけなら、お前が前線に出る必要はねえよ!」
だから――命を削る戦いなんてするな。
そう、続けようとしたその時だった。
「あるんだよっ!」
バキィッ! とひときわ強い一撃が顎に入る。完全に貰ってしまった、視界が歪む。
それを根性で押しとどめながらキョースケの方を見ると――キョースケは、マルキムを睨みつけながら見たこと無いような表情で叫んだ。
「負けたまんま終われるかっ!」
「――ああ?」
その一言を聞いた瞬間、ストンと納得してしまった。
なるほど、なるほど。
それは確かに――
(譲れねえよな)
「こんな感情産まれて初めてだよ……ッ! あんなボコボコにされて引き下がれるかっ! あんなに殴られて殴り返さずにいられるかっ! 負けたまんまでいられるわけないっ! あんなにやられて――悔しくないわけが無い!」
魂の叫び、かっこつけてないキョースケの姿なんて初めて見た。
キョースケのパンチの回転が上がっていく。
「何が命を削るだ! 何が危険な戦いだ! 何が才能が無いだ! そんなもん、どうだっていい! みんなを守りたい、この気持ちに嘘偽りはない! でも、だけど! それと同じくらいに! あいつに――覇王に勝ちたい!」
くさいセリフや回りくどい言い回しをするキョースケにしては、珍しく直接的に出た言葉。
覇王に勝ちたい。
「あんな風にあしらわれて終われるか! あんなに舐められて終われるか! 負けたまま、それで泣き寝入りするなんて――男じゃない!」
一撃一撃が重くなってくる。
これほどの拳を放ってくる男が――ここで治癒院送りにしたところで止まるわけが無い。いやむしろ――今ここでこっちがやられてしまいそうだ。
「だったらキョースケ!」
「なんだ!」
「地獄だぞ!」
「構わない!」
「死ぬかもしれないんだぞ!」
「二度と負けない!」
「寿命が縮まるかもしれないんだぞ!」
「別にいい!」
「アイツに勝つってことは――世界で一番強くなる必要があるかもしれないんだぞ! その覚悟があるか!」
「当り前だ!」
ゴッ! とお互いの拳が同時に相手の顔面にめり込む。
――くそっ。
(死なせたくねえ、死なせたくねえのに)
だが同時に。
(こいつに――二度と負けて欲しくねえとも思う)
「キョースケ! お前は――意地でも覇王に勝ちてえんだな!?」
「勝ちたいじゃない。勝つんだよ!」
「そうか! だったら!」
そう叫びながら、全身の力を籠めて――思いっきりキョースケの顔面に叩きつける。
同時に、キョースケの拳もマルキムの顔面に突き刺さった。
「…………女の前で、しょぼくれた顔すんじゃねえ」
「…………さては、キアラだね」
ずるり、とキョースケが地面に倒れ込む。
「……まだまだ、修行が足りねえな」
そう言いながら、マルキムも地面に膝をついた。
(だから言ったんだよ――)
口下手だから、説得は苦手なんだ。
「少しいいかの?」
「あん? キョースケのところの姉ちゃんじゃねえか」
先日の戦闘の事後処理を終えたマルキムが、酒場で酒を飲んでいるとキョースケの仲間であるキアラという女性が話しかけてきた。
知らない仲ではないが特別親しいわけでもないので、多少酔っぱらっているとはいえ一応それなりの態度で応じる。
「何かあったのかい?」
「ん……お主、キョースケのことをどう思っておる?」
どう、思っている?
唐突な質問に少々驚いたが、取りあえず普通に答える。
「あー……まあ、友達だな」
「友、か。ではお主に頼もう」
そう言って、彼女はすっと頭を下げた。
「キョースケに――火を、付けて欲しいんぢゃ」
「火、を?」
何を言っているか分からず聞き返すと、キアラは頷いてから「すまぬ、エールを二つ」と店員に注文し、前の席に座った。
「あ奴は……覇王に、負けた。AGになってから、初の敗北ぢゃろう」
そういえば、アンタレスでキョースケがAGギルドに登録して以来ボロボロになっているのを見たことが無い。
(オレも駆け出しのころは何度も失敗して、失敗しながら覚えていたものだが……)
たしかに、キョースケにそのプロセスは無かったように感じる。
「それで心が折れる、とは思っておらぬ。しかし――そうは言っても、落ち込んでいるようでな。『死の恐怖を植え付けられた』とも言うべきかの」
「ああ。その感覚は分かるが……大概自分で何とかするもんだぜ、それは」
AGというのは死と隣り合わせの職業だ。いつ死んでもおかしくない。「自分は大丈夫だろう」なんて思っている奴から死んでいく。
キョースケが舐めていたとは言わないが、確かに自分の命について楽観視している節はやや感じていた。
例えるならそう――
「ある種の万能感とも呼ぶべきか。アイツは結構『最後は何とかなる』とは思ってただろうな。とはいえ、そのための準備は怠ってなかったと思うぜ」
そのための準備、というのはキョースケが持っている手札のことだ。
普段から色々な知識を収集しており、まだ新米だというのにベテランのような戦闘運びをする。
あいつは戦闘が始まると『自分が通したい攻撃』を最初から決めて置き、それに向かって自分の手札を切っていく。
熱く無軌道に戦っているように見えて――それでいて、クレバーに計画的に戦う様は見ていてセンスを感じる。カードゲームなどをやらせればかなり強いんじゃないだろうか。
「アイツの戦い方は別の新人に見せたいくらいだ。これから先も修練を積めばいいAGになるだろう」
そう言いながら運ばれてきたエールをグッと飲み干そうとして――
「ぢゃが、いいAG止まりぢゃ。……お主は、そう思っているのではないか?」
ピタ、とその腕を止めた。
「……何が言いたい」
「隠さぬとも良い。お主は実力者ぢゃ。分かっておろう? キョースケは今のままでは――絶対に覇王には勝てぬ」
(……まさか、キョースケの仲間からソレを聞くことになるとはな)
マルキムはジョッキをテーブルに置き、キアラを睨みつける。
「なんでそう思う」
「あ奴は――よく言えば万能、悪く言うならば器用貧乏ぢゃ。滅多に使わんが、槍術だけでなく関節技、剣技、弓矢、投擲、格闘術、その他戦闘に使えるモノは幅広く学んでおる」
「ああ。どこで知ったのか知らないが技が多彩だ。しかもオレですら知らない技を使ったりするからな、あのアイデアがどこから出ているのか知りたいくらいだ」
キョースケと模擬戦をすると、たまに知らない技を出されて面喰うことがある。そしてその際にあいつは呟くのだ。「マルキムを驚かせたなら実戦でも使えそうだね」と。
「槍を持っている時はそんなに気づかないが――アイツ、むしろ槍を手放した方が、戦術は多いんじゃないかってくらい出るな」
魔法の幅も多彩だ。そもそも三属性使える魔法師をそんなに見ない。それも『賢者』と呼ばれる魔法系の二段階進化『職』でも無い人間が、となると――片手で数えるくらいで足りるほどだ。
「そして、ぢゃから勝てぬのぢゃ。分かるぢゃろう?」
「……ああ」
そう、その通り。
たしかに、自分の『職』と関係ない戦闘方法をするAGもいる。『剣士』が魔法を扱いながら魔法剣士として戦ったり、『弓兵』という『職』を持つ男が、弓矢では魔物が倒せないと言い剣に持ち替えたこともある。
あまりにも他の術の練度が高くなり、『剣士』の身でありながら『火魔法使い』に『職』が変わったという伝説の男もいる。
「『職』ってのは、必ずしも人生を決定づけるものじゃないしな」
それでもアイツの『職』はあくまで槍術師――槍を上手く扱える『職』なのだ。
それなのに、キョースケと来たら槍を磨くのでなく『槍を主軸にした戦闘方法』をも言うべき戦い方を磨いている。
それが悪いとは言わない。むしろ凄いと思う。
だが――
「それでは足りねぇ、アイツは主軸になる戦い方が存在しねぇんだ。つまり『決定打』がねぇ。平たく言うなら『必殺技』ならぬ『必勝パターン』が存在しねぇ」
そう、戦いにおいて一流の戦士は『必勝パターン』を持っている。ありとあらゆる戦法は全て『そこに持っていくため』にあると言っても過言ではない。
しかし――キョースケにはそれが無い。何故か?
「アイツは基礎スペックが高い。しかも――何らかの力で、二段階進化した『職』と同等レベルかそれ以上の基礎身体能力と魔力を有している。要するに素で強いから、全てが必殺技、全てのパターンが『必勝パターン』になっていたわけだ」
それに加え、異様に多い手札から選ぶことで特定の相手にだけピンポイントで効く技を用いて初見殺しをすることが出来る。それを使えば自分よりも強い敵に一矢報い――そのまま倒すことも出来るだろう。
「ぢゃが――」
「ああ。覇王みたいな異次元にいる強さの奴には敵わねぇ」
覇王には小細工が通用しない。元々の能力が異次元にいるからだ。
「恐らく――これまでのキョースケはあの時最後に見せた技が決め技のつもりだったんだろう」
「ああ。本人が終扉開放状態と呼んでおった状態ぢゃな。……アレは、本当にヤバい技なんぢゃがのぅ」
「……ちなみに、どれくらいヤバいんだ」
「昔は……というか、アレを最初にやった時には三分ほどしか持たなかった。ぢゃが、今は文字通り本人が死ぬまで使うことが出来る」
「本当に命を削る技、なんだな」
過去にも、そんな技を使う男がいた。弓兵だったが――命を矢に乗せて撃つ、という技を持つ男だった。
最後は、五体が四散して死んだ。
「オレは……もう、二度とそんな仲間を見るのはごめんだ。そんなことを言いに来たってことは、やっぱ止めて欲しいってことなんだろう?」
そう言ってニッと笑うと……キアラは悲しげに、しかしどこか誇らしげな表情で首を振った。
止めて欲しいわけでは、無い?
自分の仲間が傷つきながら戦う姿を見たくない――だから止めて欲しい、それなら分かる。しかし他に……?
「その程度で止まる男ではないし――妾も、その程度で止まられてしまっては困るんぢゃ。しかし、今新しい何かを学べばそれが『小手先の技術』で収まってしまうぢゃろう。何故なら、今回の負けであ奴は『もっと、手札を増やさなくちゃ』と思うからのぅ」
「……まあ、そりゃそうだろうな。だから止めて欲しいんじゃねえのか?」
「違うのぢゃ。あ奴が今から学ぶことは『小手先の技術』ではなく『磨き上げて己の必勝スタイルを完成させるための技術』であり『その必勝スタイルまで繋ぐ技術』であってほしいのぢゃ。ぢゃから――最初に言ったぢゃろう」
「と、言うと……?」
そう尋ねると、キアラは肩をすくめた。
「あ奴に火を付けてやって欲しいんぢゃ。覇王に負けてしょぼくれているキョースケに、死を意識して気持ちが萎縮しているキョースケに。妾たちを守るため――なんて言って強がらなくてはならんキョースケに」
――なるほど。どうやらキョースケは想像以上に参っているらしい。
男の癖に――女を心配させてどうするんだ。
「…………ああ、そういうことか。だが、どうしてオレなんだ?」
自慢じゃないが、別に口が上手いなんて思っていない。むしろ口下手な方だ。
「……残念ぢゃが、これは男にしか出来んのぢゃ。妾には分からんが――お主なら、分かる、のぢゃろう? 妾の――記憶の底にあるのぢゃ。男が女の前で強がるのは理屈じゃなくて本能だ――と、言った男の姿がの」
「……そいつはまた、不器用な生き方をしてる男もいたもんだな」
だが、その気持ちが分かる自分がいる。
「意地ってのは――張り通してこそ、意地だからな」
「妾には分からんがのぅ……ぢゃが、妾たちでは最後まで意地を張り通すぢゃろう。ぢゃから、お主がぶつかってやってくれ」
そう言って、キアラは伝票を持って会計に行った。恐らく礼にここの食事代を奢ってくれるつもりなのだろう。……その金の出所は恐らくキョースケの財布なので、間接的にキョースケに奢られたことになるんだろうか。
「うーむ……」
マルキムは頭を掻きながら背もたれに体重を預ける。
(…………)
キョースケが、凹んでいて――立ち上がれないようなら、もう諦めさせるつもりだった。それほどに――最後の姿は痛ましかった。
命を削りながら戦う、なんてあんな若い奴がやっていいことじゃない。
キョースケには未来がある。マリトンも上手いし、敬語も使える。戦い以外の道で生計を立てていくなんて余裕だろう。どうも文字は書けないようだが、読める以上すぐに書けるようになるはずだ。
仲間を守る――そう思っているのであれば、田舎にでも引っ込んで静かに暮らせばいい。あの実力があれば魔物に襲われて殺されるなんてこともないだろう。
だから、だからこれ以上戦う必要など無い。
いや、むしろ戦わないで欲しいというのに――
「なのに……火を付けろと来たか」
何にせよ、キョースケの真意を聞いてからだ。
マルキムはグッとエールを飲み干してから席を立った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先に仕掛けてきたのはキョースケだった。
「はっ!」
ドンッッッッッッッッ! と轟音を立てながら踏み込み、マルキムの顎を狙って右アッパーを繰り出してくる。
後ろに少し反って躱し、キョースケの股間を蹴り上げる。
が、それはいとも簡単に避けられ、裏拳が飛んできた。
「――ッ!」
裏拳と同時にキョースケは踏み込み、そのまま肘を打ちおろしてくる。武道ではなくいわゆる喧嘩術とでもいうような荒々しい攻撃。しかしそれが読みづらくよけづらい。
バックステップで大きく回避するが、それを見透かされていたのか風弾を放ってきた。
(こいつ、魔法も撃ってきやがったか……ッ!)
マルキムはそれらを腕に纏わせた魂で防ぎ、前蹴りでキョースケを吹っ飛ばした。
「キョースケ! 命を削る戦いなんてオレは認めない!」
「だったらどうすればいいのさ!」
キョースケは前蹴りを喰らいつつも地面を踏ん張り、思いっきり頬を殴りつけてくる。
「俺は皆を守んなきゃいけないんだよ!」
「みんなを守って自分が死んでちゃ意味ねえだろうが!」
わざとキョースケのパンチを貰いつつ、マルキムもキョースケの顔面に拳をめり込ませる。
「命を削る戦いなんか、する必要はねえ! どうしても守りてえなら、あの嬢ちゃんたちと田舎に隠居でもしてろ!」
ドカッ、バキッ、とキョースケの顔面、腹に拳を入れるが、キョースケもそれをわざともらいつつ――肘をマルキムの鼻っ柱に叩き込んできた。
「そんなこと、出来るわけないでしょ!」
「なんでだっ!」
お互い足を止めて踏ん張りながらの殴り合いだ。
マルキムが殴ったら、今度はキョースケがパンチを入れる。マルキムの蹴りが入れば、キョースケも蹴りを返してきた。
お互いがお互いの攻撃を避けず、殴られながら殴り返す。
「そんなことをして――敵がおってきたらどうするのさ!」
「うぬぼれんなキョースケ! だったらオレら、大人がお前らを守る! まだお前は十七だろうが! ガキが、一人前に守るだの言ってるんじゃねえ!」
「――うるさいっ!」
ゴッ、とキョースケの頭突きがマルキムの顎をとらえ、ガクガクと膝が震える。しかしキョースケもノーダメージでは無いらしく、ぶるぶると足を震わせていた。
「俺は――俺は! みんなを守るために、そのために戦わなくちゃいけないんだよ!」
「だからさっきから言ってるだろうがっ!」
大きく振りかぶり、渾身の右ストレートを叩きつける!
「お前が戦う必要はねえんだ! お前が戦わなくちゃいけない理由はどこにもない! お前が狙われるっていうなら、SランクAGを護衛にでもすればいいだけのことだろうが!」
「でも!」
「でもじゃねえ! なんで、そんなに戦いてえんだよ! 命を削る意味なんかどこにもねえだろうが!」
キョースケはギリッと歯を食いしばったかと思うと――左右拳を連続で叩きつけてきた。
「俺が戦う理由は……あるっ!」
「ねえ!」
「あるっ!」
「少なくとも――嬢ちゃんたちを守るだけなら、お前が前線に出る必要はねえよ!」
だから――命を削る戦いなんてするな。
そう、続けようとしたその時だった。
「あるんだよっ!」
バキィッ! とひときわ強い一撃が顎に入る。完全に貰ってしまった、視界が歪む。
それを根性で押しとどめながらキョースケの方を見ると――キョースケは、マルキムを睨みつけながら見たこと無いような表情で叫んだ。
「負けたまんま終われるかっ!」
「――ああ?」
その一言を聞いた瞬間、ストンと納得してしまった。
なるほど、なるほど。
それは確かに――
(譲れねえよな)
「こんな感情産まれて初めてだよ……ッ! あんなボコボコにされて引き下がれるかっ! あんなに殴られて殴り返さずにいられるかっ! 負けたまんまでいられるわけないっ! あんなにやられて――悔しくないわけが無い!」
魂の叫び、かっこつけてないキョースケの姿なんて初めて見た。
キョースケのパンチの回転が上がっていく。
「何が命を削るだ! 何が危険な戦いだ! 何が才能が無いだ! そんなもん、どうだっていい! みんなを守りたい、この気持ちに嘘偽りはない! でも、だけど! それと同じくらいに! あいつに――覇王に勝ちたい!」
くさいセリフや回りくどい言い回しをするキョースケにしては、珍しく直接的に出た言葉。
覇王に勝ちたい。
「あんな風にあしらわれて終われるか! あんなに舐められて終われるか! 負けたまま、それで泣き寝入りするなんて――男じゃない!」
一撃一撃が重くなってくる。
これほどの拳を放ってくる男が――ここで治癒院送りにしたところで止まるわけが無い。いやむしろ――今ここでこっちがやられてしまいそうだ。
「だったらキョースケ!」
「なんだ!」
「地獄だぞ!」
「構わない!」
「死ぬかもしれないんだぞ!」
「二度と負けない!」
「寿命が縮まるかもしれないんだぞ!」
「別にいい!」
「アイツに勝つってことは――世界で一番強くなる必要があるかもしれないんだぞ! その覚悟があるか!」
「当り前だ!」
ゴッ! とお互いの拳が同時に相手の顔面にめり込む。
――くそっ。
(死なせたくねえ、死なせたくねえのに)
だが同時に。
(こいつに――二度と負けて欲しくねえとも思う)
「キョースケ! お前は――意地でも覇王に勝ちてえんだな!?」
「勝ちたいじゃない。勝つんだよ!」
「そうか! だったら!」
そう叫びながら、全身の力を籠めて――思いっきりキョースケの顔面に叩きつける。
同時に、キョースケの拳もマルキムの顔面に突き刺さった。
「…………女の前で、しょぼくれた顔すんじゃねえ」
「…………さては、キアラだね」
ずるり、とキョースケが地面に倒れ込む。
「……まだまだ、修行が足りねえな」
そう言いながら、マルキムも地面に膝をついた。
(だから言ったんだよ――)
口下手だから、説得は苦手なんだ。
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