異世界なう―No freedom,not a human―
105話 人なう
「まず……そうぢゃな。一番重要なことから言おうかの」
キアラは……楽しそうに、歌うように言葉を紡ぐ。
俺のベッドに座り、俺の髪を撫でながら。
「妾は、もう枝神ではない。人ぢゃ」
「――――っ」
やっぱり、か。
想像はしていたものの――想定よりも堪えるね、これは。
思わず起き上がり、ベッドの上に上半身だけ起こした状態でキアラの目を見る。
「それはやっぱり……俺の、せい?」
そう尋ねると、キアラはフッと笑って俺の頭を撫でてきた。くすぐったい。
「お主は可愛いのぅ。ほれ、よしよししてやろうかの」
「ちょっ、やめてよキアラ」
こいつこんなキャラだっけ。
キアラはニヤニヤと――今までのような「愉悦丸出し」な笑顔でなく、とても楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ほっほっほ。すまぬのぅ……嬉しくてな。まあ、良いでは無いか、妾が枝神でなくなっても」
「よく……無いでしょ。っていうか、なんで枝神じゃなくなったのさ」
嬉しそうなキアラの手を止めるわけにもいかず、俺はされるがままになりながら尋ねる。
「ふむ……枝神にはいくつか決まりがあっての。それの一つにして最大の禁忌を破ってしまったのぢゃ」
「最大の、禁忌……?」
枝神がやってはいけないことっていうのは、人を傷つけてはいけない……くらいしか聞いていない。
「うむ。お主に言った『傷つけてはならない』は半分くらいぢゃ。本来は――戦闘の結果を変えてはならない、が禁忌ぢゃ」
「戦闘の結果を……変えてはならない?」
「そうぢゃ。枝神が介入することによって戦闘の結果を変えてはならぬのぢゃ。それは負ける戦いを勝ちにすることも、勝てる戦いを負けにすることも――無論、引き分けにすることもダメぢゃ」
戦闘に介入して戦闘の結果を変えてはならない……。
「バフも、回復も……ってこと?」
「うむ。妾が戦闘中に回復魔法を使うことはあまり無かったぢゃろ?」
たしかに、キアラが俺たちの戦いで積極的にバフをかけたり回復をしてくれることは無かった、無かったけど――。
「そんな……理由だったなんて」
俺の髪をくしゃくしゃにしているキアラは、「ほっほっほ」と楽し気に笑う。
「まあ良いぢゃろう? おかげで修行になったと思うべきぢゃ」
「……別にいいけどさ。それで……」
「そうぢゃよ。お主は覇王との戦いで死ぬはずぢゃった。それは天に定められた運命だったとかいうわけではなく、妾の介入が無ければ覇王に殺されている程度の実力ぢゃったということぢゃ」
覇王との戦いで死ぬはずだった――。
その事実に俺はゾクリと身震いする。
あの時の死の予感――そして『死相』は正しかったのか。
「そして――妾は禁忌を破った罪として、枝神の力を失った、というわけぢゃ」
あっさりと、特に重要でもないという風に言ってのけるキアラ。
そんなキアラの姿を見て――俺、は。
「くそっ……!」
ドスン、と俺はベッドに拳を落とす。腕はまだ痛かったが――それでも、ついやってしまった。
そんな馬鹿なことをしている俺に、キアラは慈しむような笑顔を向ける。
「そんな顔をするでない、キョースケ」
「だけど!」
「妾はそのことを後悔はしておらぬ。それに――どうせ、この世で再び死ねばまた枝神になるからのぅ」
だから気に病む必要はない、と。
そう言われてしまうと……何も言えなくなる。
「そもそも、ぢゃ。枝神は最初から枝神として生まれてきたわけではない。この世界で偉業を為したもの、天才、英雄が死後に記憶を失い、主神様の補佐として天上界へ行く――それが枝神ぢゃ」
そうだったのか。
要するに凄い人の魂を天使として召し上げるとそういうことか。
「枝神の主な仕事は主神様のバックアップ、そして下界に降りてトラブルを解決することぢゃ。そのために様々な力を持っておる。減らない魔力などもその一環ぢゃな」
「そう、だったんだ」
枝神の力を失って――不安は無いのか。
俺は、そう尋ねようと口を開いたところで――
「それにのぅ……キョースケ。妾は本来ならばあそこで庇うつもりは無かったんぢゃ」
「――え?」
――キアラが、そんなことを言いだした。
「塔から出た当初は、もしもお主が死にそうになっても見捨てる気しか無かった。しかし、しかしのぅ……お主の戦いぶりを見て、在り方を見て――お主を喪うことはこの世界にとって損失であると思うようになった」
「…………」
俺を喪うことは、世界の損失。
神から認められるほど、俺は強くなっていた……ということだろうか。
「ぢゃから、妾はお主を庇った。枝神の力を没収されることを承知の上でな。もしかしたら殺されるかもしれなかったが――まあ、そこまでにはならなくて良かったと思うべきぢゃろうな」
なんてことの無いように言うキアラ。
しかし――俺は、それに過剰反応してしまった。
「殺されるかもしれないって……枝神は、主神に生殺与奪を握られてるの?」
口調は、荒げなかったと思う。
それでも――たぶん、相当な殺気は出してしまった。自覚はある。
だが、俺は嫌だった。
キアラが、神の奴隷のように扱われていたのかもしれない、と思うと――!
「待て待て……。キョースケ。そんなに魔力を荒ぶらせるでない。お主は覇王と戦う前よりも今は魔力量が増大してしまっておるんぢゃから」
「そんなことよりも、答えてよキアラ」
力の有無だけなら、まだいい。いやそれでも嫌だけど。
命の有無まで握っているなんて――そんなの、絶対におかしい。
「ほっほっほ。お主は……優しい、のう」
キアラは俺の頭を抱き締めると……ぽん、ぽん、と俺の背を軽くたたいた。
「枝神にはルールがあるんぢゃ。その禁を破った場合、天界に強制送還されるか、力を奪われるか、もしくは殺されるか、後は封印されるかぢゃ。ルールも無く暴れられたら困るぢゃろう?」
「それでも! いつでもいついかなる時でも命を握られてるなんて、そんなの自由じゃないじゃないか! 気分で殺せるってことじゃないの!?」
つい、語気が荒くなってしまう。
ああ、ダメか。
俺は、キアラのことを――。
「主神がどんな奴か分からない。それでも、それでも――」
「ぢゃから、落ち着けキョースケ。妾はそういう契約で下界へ来ているんぢゃから。それに、ルールとして殺されると言っても主神様が『はい死刑』と言って殺せるわけではない。天界に強制送還され、枝神から……ただの魂に還される、そんな風かの」
「…………」
「そもそも、枝神の力を使って下界の人間を大量虐殺したりせねばそんなことにはならぬ。というか、そういう場合は他の枝神に討伐されることが多いからの。滅多にないことぢゃ」
キアラの説明を聞いて、少しだけ落ち着く。
「ルールは必要ぢゃろう? いつものお主はそれも弁えておろう。妾は別に主神様の奴隷ではない。自分で考え、行動する人ぢゃ。そもそも――」
キアラは俺の頭を放し、まっすぐと目を見ながらにっこりとほほ笑んだ。
「自分で考え、行動し――結果、お主を助けたくて助けられたんぢゃ。これ以上の自由はあるまい? 行動に責任が伴うのは普通ぢゃよ。犯罪と分かっていても己の正義のために戦う――今回のもそういうことぢゃ」
妾は、十分自由ぢゃ、と――。
キアラは今まで見せなかったようなまっすぐな笑みでそう言ってくれる。
「それに、その結果――たとえ弱体化したとしても、もっとお主を助けられるようになった。妾はもっと出来ることが増えた。枝神とは完璧な生命ぢゃ。ぢゃが、その完璧性を棄てることで出来ることもある」
そこで、キアラはニヤリと笑い――キャラ崩壊していた今までとは打って変わって、今まで通りの『神』としての笑顔を見せた。
「誇れ、キョースケ。お主は妾に本当に認められた。お主は妾を戦力として使うことが出来る。それは明らかにお主の力ぢゃ。お主の人柄ぢゃ。お主は妾という絶世の美女にして最強の魔法師にして史上最高の女を仲間として扱うことが出来るのぢゃ。光栄に思うがいい!」
――ああ。
今までずっと拭えなかったキアラへの不信感の原因が……今、分かった気がする。
キアラはどこまでも人間臭いのに――どこまでも、超越者としての雰囲気しか無かった。俺には理解できないものとしてしか俺は見ていなかったんだ。
だけど、今は違う。今なら分かる。キアラもまた、人なんだ。
不合理的なことをし、感情で動き、そして時折ルールを破る。
自由を求め、戦える――抗える、人なんだ、と。
「……キアラ。まあ、それならよろしくね」
「うむ。ほれもっとうれしそうにせんか」
「…………別に嬉しくないからね。けど、ありがとうとは言っておくよ」
「ほっほっほ」
ああ、くそっ。自分の感情制御が上手くいかない。
……まあ、いいか。
「あれ? でも枝神じゃなくなったってことは、いろんな制限が取っ払われたってことだよね」
「うむ。ぢゃから諸々について話すことも出来る。冬子たちにはお主に話してから……と思っての」
なるほど。
「もっとも、枝神の力を抜かれた際に何らかの記憶、記録を抜かれたかもしれぬが……ふむ、取りあえず重要な欠落は無いぢゃろうな」
「そんなことまで出来るの? 神様ってのは」
「主神様はこの世界の創世神ぢゃ。枝神の時の妾よりも凄いくらいに思っておくが良い」
それは……凄いな。
あのキアラよりも、か。そうなってくると俺では手も足も出ないことになる。戦う気はあんまりないけど。
……そして、そのキアラを一撃でノックアウトした覇王か。
「まあ取りあえず最も大事なことを言おうかの。魔族の国――妾たちは魔国と呼んでおる――が、唐突に天上界から観測できなくなったのぢゃ」
「ふむ」
「それは即ち異常事態であることを示すわけぢゃ。ぢゃから枝神が魔国へ派遣されることになったのぢゃが――なんと、枝神すら降りることが出来ない」
つまり、魔族の国は完全に神様の手から離れてしまっていた、と。
「となると、別の国に降りてから行かねばならぬ。そのためにまず獣人族へアプローチをかけた。すると、ぢゃ」
キアラはニヤリと笑うと、煙管の煙を吐きだした。
「すぐにその枝神と連絡が取れなくなった。そして――お主も知っておる、あの男が唐突に現れた」
俺も知っているあの男……。獣人で知り合い、しかも男なんて一人しかいない。
「覇王?」
「そう、覇王ぢゃ。恐らく――獣人族に送り込まれた枝神が、妾と同じように禁忌を犯したのぢゃろうな。覇王があれほどの実力を身に付けた背後に、枝神がおらぬとは考えづらいからのぅ」
そういえば……俺たちがこの世界に召喚された時に言っていたっけ、王様が。唐突に現れた魔王、そして唐突に現れた覇王によって人族は劣勢に立たされている、と。
真面目に聞いて無かったから思い出すまで時間がかかったけど、彼は在位期間が長い王ではないんだね。
「……枝神によってってことは、彼もなんらかの神器を使っていた可能性があると?」
「話しか聞いておらん故、詳しいことは分からぬが……その可能性はあるのぅ。もしくは、全く別の――妾ですら知らん技術を、その枝神が教えたのかもしれぬがの」
キアラですら知らない技術……。
そうか、さっき枝神は間違いを犯した際に討伐されると言っていた。自分の術を隠すのは当然の帰結か。
敵になりうる相手に――自らの手の打ちを晒すなんて愚の骨頂にもほどがあるもんね。
「覇王は――明らかに、この世界の水準を超えた力を有しておるようぢゃ。……あの戦いをしっかり見れなかったのは悔まれるのぅ」
そう言ってため息をつくキアラ。
……若干、あの状態でも見れていたんじゃないかなーって思わなくもないけど、流石のキアラも無理だったか。
「ということは……魔国の調査、及びその問題の解決のために俺たちは呼び出されたってことなのかな?」
「そうぢゃな。……元々、人族の国王は『職』の関係上天上界と話をすることが出来るからのぅ。無論、主神様と直接アクセスは出来ぬが、数人の枝神と話すことが出来るわけぢゃ。だから王を通じて――お主らを召喚した、というわけぢゃな」
俺たちが召喚された秘密って物凄く重要な気がするんだけど――それよりも気になることがある。
「王様、枝神と会話できるの?」
「うむ。あ奴の『職』は『魂術師』といってのぅ。無論二段階進化した『職』ぢゃ。お主らは『職』の二段階進化など呼んでいたかの?」
そういえば、そんなことを言っていたね。
俺はまだ『槍術師』で――冬子たちみたいなオンリーワンの『職』になってないんだよね。どんな風になるんだろうか。
「で――その『魂術師』ってのはどんなことが出来るの?」
「その名の通り。魂と会話することが出来るんぢゃ。そして魂を降ろして戦闘能力を得たり、有能な――英雄の魂などを現世に召喚して一時的に使役できる。平たく言うなら無限に湧き出る死霊の兵を扱えるとでも言ったらよいかのぅ」
………………。
何そのチート能力。
「そういう能力ぢゃからの、妾たちは危険視しておったし、そもそも本人の能力で枝神にアクセスしておったのぢゃ。ハッキリ言って、あ奴は種類は違えど覇王などと同レベルで危険な能力を持つ男ぢゃぞ」
あのおっさんは……なんつーか、凄い人(小並感)だったんだなぁ。
「っていうか、そんな能力があるなら一人でどうにか出来たんじゃないの?」
俺たちを呼ぶ必要無かったでしょ、そんな能力。
「力押しでは流石にあ奴の魔力も『職エネルギー』も保たぬ。そもそも、いくらあ奴が強力な魂を呼び出せると言っても所詮個人ぢゃ。1人で軍団並みの力を持つと言っても――向こうにも同レベルの男がおったぢゃろう」
覇王のことか。
「お主らを呼んだ最大の理由は、戦力差を埋めるため。そして――妾たち枝神が大手を振って現世に降りるためぢゃ」
なるほど、ね。
最悪の場合を想定しての――塔か。
「本来――枝神が現世に降りることは禁じられておる。それは『世界』の在り方が損なわれるからのぅ。この世界に今生きている人間がしかし、非常事態なら別ぢゃ。まして――異世界からの客人を持て成さぬわけにはいかぬぢゃろう?」
という理屈で、無理やり大量の枝神を下界に降ろすため、その口実のために俺たちは召喚されていたのか。
「はた迷惑だね、神様ってのは」
「お主の世界でははた迷惑ではないのか? 神というのがはた迷惑なのは妾を見ていても分かっていたぢゃろうに」
それは確かに。
「俺たち異世界人やその他の人間が問題を解決出来たらよし、そうでない場合は枝神が自ら問題を対処する――ってとこ?」
「そうぢゃ。今回の敵が下界の人間だけで対処できるか分からなかったからのぅ」
「それなら、なんで枝神に誓約なんてかけてるの?」
「主神様が天上界から許可を出せば誓約を取り払えるが――それは本当に最後の手段ぢゃからの。要するに、保険のために塔を建設し枝神を下界に降臨させた。その口実のためにお主らをこの世界に召喚した――そんなところぢゃ」
なるほど。
なんとなく納得できない部分も多々あるけど、だいたいは分かった。
「肝心の俺たちが元の世界に戻る方法は?」
「魔国の問題を解決したら、妾たち枝神はこの世界にはおれぬ。そして枝神を天上界に還すならばお主らも用済みぢゃ。残りたいと言っても元の世界に還されるぢゃろう」
……本当に、神様ってのは身勝手だね。勝手に呼び出して勝手に帰れってか?
「一度、主神ってのに文句を言いに行きたいね」
「ほっほっほ。お主は物怖じせんのぅ。まあ主神様に直接文句を言う機会もそのうちあるのではないかの?」
そんなにほいほい会えるもんなの主神様って。
俺は新しい活力煙を咥え、火をつける。
煙を吸い込んで吐きだし……その紫煙をぼんやりと見つめながらキアラに問いかけた。
「ねぇ……キアラ」
力を失ったことは、恐くないのだろうか。
俺は今持っている力を失うのは、恐い。もし明日起きたら全ての力が無くなっているんじゃないか――そう思う時期はとうに通り過ぎたが、それでも偶に思うことはある。
もしも今、この力を失くしたら――俺に何が出来るんだろうかと。
「なんぢゃ?」
「……本当に、後悔してないの?」
そう問われたキアラの顔は――とても、嬉しそうで。
「さっきも言ったぢゃろう? 妾は今――幸せぢゃ」
そんな顔で、そんなことを言われたら――もう、何も言えなくて。
俺はアイテムボックスから果実酒を取り出した。
「……珍しいのぅ、キョースケ。お主が酒を出すなど」
「ちょっと前に、仲が良かったAGから貰ったんだ。俺も普段は飲まないけど、今夜くらいならいいでしょ」
アレはいつだったか。クエストで手助けをした時に瓶でもらったんだ。俺は飲まないからと言って断ったんだけど、酒はサバイバルでも役立つから持っておくべきだ……って言われてもらっておいたんだよね。
安酒……とくれた男は言っていたけど、まあいいでしょ。
懐から野営ようの木のカップを取り出し、キアラの分と俺の分の酒を注ぐ。
「キアラの新しい門出? に――乾杯」
「お主が無事ぢゃったことに、乾杯ぢゃ」
カツン、と安酒の入った安いカップが安っぽい音を立てる。
――今度ちゃんとしたお酒を御馳走しよう。
「~~~~~~~くはぁっ! やっぱり酒はいいのぅ!」
そんな初めてのお酒は。
苦くて辛くて、喉がカーッと熱くなるだけでした。
キアラは……楽しそうに、歌うように言葉を紡ぐ。
俺のベッドに座り、俺の髪を撫でながら。
「妾は、もう枝神ではない。人ぢゃ」
「――――っ」
やっぱり、か。
想像はしていたものの――想定よりも堪えるね、これは。
思わず起き上がり、ベッドの上に上半身だけ起こした状態でキアラの目を見る。
「それはやっぱり……俺の、せい?」
そう尋ねると、キアラはフッと笑って俺の頭を撫でてきた。くすぐったい。
「お主は可愛いのぅ。ほれ、よしよししてやろうかの」
「ちょっ、やめてよキアラ」
こいつこんなキャラだっけ。
キアラはニヤニヤと――今までのような「愉悦丸出し」な笑顔でなく、とても楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ほっほっほ。すまぬのぅ……嬉しくてな。まあ、良いでは無いか、妾が枝神でなくなっても」
「よく……無いでしょ。っていうか、なんで枝神じゃなくなったのさ」
嬉しそうなキアラの手を止めるわけにもいかず、俺はされるがままになりながら尋ねる。
「ふむ……枝神にはいくつか決まりがあっての。それの一つにして最大の禁忌を破ってしまったのぢゃ」
「最大の、禁忌……?」
枝神がやってはいけないことっていうのは、人を傷つけてはいけない……くらいしか聞いていない。
「うむ。お主に言った『傷つけてはならない』は半分くらいぢゃ。本来は――戦闘の結果を変えてはならない、が禁忌ぢゃ」
「戦闘の結果を……変えてはならない?」
「そうぢゃ。枝神が介入することによって戦闘の結果を変えてはならぬのぢゃ。それは負ける戦いを勝ちにすることも、勝てる戦いを負けにすることも――無論、引き分けにすることもダメぢゃ」
戦闘に介入して戦闘の結果を変えてはならない……。
「バフも、回復も……ってこと?」
「うむ。妾が戦闘中に回復魔法を使うことはあまり無かったぢゃろ?」
たしかに、キアラが俺たちの戦いで積極的にバフをかけたり回復をしてくれることは無かった、無かったけど――。
「そんな……理由だったなんて」
俺の髪をくしゃくしゃにしているキアラは、「ほっほっほ」と楽し気に笑う。
「まあ良いぢゃろう? おかげで修行になったと思うべきぢゃ」
「……別にいいけどさ。それで……」
「そうぢゃよ。お主は覇王との戦いで死ぬはずぢゃった。それは天に定められた運命だったとかいうわけではなく、妾の介入が無ければ覇王に殺されている程度の実力ぢゃったということぢゃ」
覇王との戦いで死ぬはずだった――。
その事実に俺はゾクリと身震いする。
あの時の死の予感――そして『死相』は正しかったのか。
「そして――妾は禁忌を破った罪として、枝神の力を失った、というわけぢゃ」
あっさりと、特に重要でもないという風に言ってのけるキアラ。
そんなキアラの姿を見て――俺、は。
「くそっ……!」
ドスン、と俺はベッドに拳を落とす。腕はまだ痛かったが――それでも、ついやってしまった。
そんな馬鹿なことをしている俺に、キアラは慈しむような笑顔を向ける。
「そんな顔をするでない、キョースケ」
「だけど!」
「妾はそのことを後悔はしておらぬ。それに――どうせ、この世で再び死ねばまた枝神になるからのぅ」
だから気に病む必要はない、と。
そう言われてしまうと……何も言えなくなる。
「そもそも、ぢゃ。枝神は最初から枝神として生まれてきたわけではない。この世界で偉業を為したもの、天才、英雄が死後に記憶を失い、主神様の補佐として天上界へ行く――それが枝神ぢゃ」
そうだったのか。
要するに凄い人の魂を天使として召し上げるとそういうことか。
「枝神の主な仕事は主神様のバックアップ、そして下界に降りてトラブルを解決することぢゃ。そのために様々な力を持っておる。減らない魔力などもその一環ぢゃな」
「そう、だったんだ」
枝神の力を失って――不安は無いのか。
俺は、そう尋ねようと口を開いたところで――
「それにのぅ……キョースケ。妾は本来ならばあそこで庇うつもりは無かったんぢゃ」
「――え?」
――キアラが、そんなことを言いだした。
「塔から出た当初は、もしもお主が死にそうになっても見捨てる気しか無かった。しかし、しかしのぅ……お主の戦いぶりを見て、在り方を見て――お主を喪うことはこの世界にとって損失であると思うようになった」
「…………」
俺を喪うことは、世界の損失。
神から認められるほど、俺は強くなっていた……ということだろうか。
「ぢゃから、妾はお主を庇った。枝神の力を没収されることを承知の上でな。もしかしたら殺されるかもしれなかったが――まあ、そこまでにはならなくて良かったと思うべきぢゃろうな」
なんてことの無いように言うキアラ。
しかし――俺は、それに過剰反応してしまった。
「殺されるかもしれないって……枝神は、主神に生殺与奪を握られてるの?」
口調は、荒げなかったと思う。
それでも――たぶん、相当な殺気は出してしまった。自覚はある。
だが、俺は嫌だった。
キアラが、神の奴隷のように扱われていたのかもしれない、と思うと――!
「待て待て……。キョースケ。そんなに魔力を荒ぶらせるでない。お主は覇王と戦う前よりも今は魔力量が増大してしまっておるんぢゃから」
「そんなことよりも、答えてよキアラ」
力の有無だけなら、まだいい。いやそれでも嫌だけど。
命の有無まで握っているなんて――そんなの、絶対におかしい。
「ほっほっほ。お主は……優しい、のう」
キアラは俺の頭を抱き締めると……ぽん、ぽん、と俺の背を軽くたたいた。
「枝神にはルールがあるんぢゃ。その禁を破った場合、天界に強制送還されるか、力を奪われるか、もしくは殺されるか、後は封印されるかぢゃ。ルールも無く暴れられたら困るぢゃろう?」
「それでも! いつでもいついかなる時でも命を握られてるなんて、そんなの自由じゃないじゃないか! 気分で殺せるってことじゃないの!?」
つい、語気が荒くなってしまう。
ああ、ダメか。
俺は、キアラのことを――。
「主神がどんな奴か分からない。それでも、それでも――」
「ぢゃから、落ち着けキョースケ。妾はそういう契約で下界へ来ているんぢゃから。それに、ルールとして殺されると言っても主神様が『はい死刑』と言って殺せるわけではない。天界に強制送還され、枝神から……ただの魂に還される、そんな風かの」
「…………」
「そもそも、枝神の力を使って下界の人間を大量虐殺したりせねばそんなことにはならぬ。というか、そういう場合は他の枝神に討伐されることが多いからの。滅多にないことぢゃ」
キアラの説明を聞いて、少しだけ落ち着く。
「ルールは必要ぢゃろう? いつものお主はそれも弁えておろう。妾は別に主神様の奴隷ではない。自分で考え、行動する人ぢゃ。そもそも――」
キアラは俺の頭を放し、まっすぐと目を見ながらにっこりとほほ笑んだ。
「自分で考え、行動し――結果、お主を助けたくて助けられたんぢゃ。これ以上の自由はあるまい? 行動に責任が伴うのは普通ぢゃよ。犯罪と分かっていても己の正義のために戦う――今回のもそういうことぢゃ」
妾は、十分自由ぢゃ、と――。
キアラは今まで見せなかったようなまっすぐな笑みでそう言ってくれる。
「それに、その結果――たとえ弱体化したとしても、もっとお主を助けられるようになった。妾はもっと出来ることが増えた。枝神とは完璧な生命ぢゃ。ぢゃが、その完璧性を棄てることで出来ることもある」
そこで、キアラはニヤリと笑い――キャラ崩壊していた今までとは打って変わって、今まで通りの『神』としての笑顔を見せた。
「誇れ、キョースケ。お主は妾に本当に認められた。お主は妾を戦力として使うことが出来る。それは明らかにお主の力ぢゃ。お主の人柄ぢゃ。お主は妾という絶世の美女にして最強の魔法師にして史上最高の女を仲間として扱うことが出来るのぢゃ。光栄に思うがいい!」
――ああ。
今までずっと拭えなかったキアラへの不信感の原因が……今、分かった気がする。
キアラはどこまでも人間臭いのに――どこまでも、超越者としての雰囲気しか無かった。俺には理解できないものとしてしか俺は見ていなかったんだ。
だけど、今は違う。今なら分かる。キアラもまた、人なんだ。
不合理的なことをし、感情で動き、そして時折ルールを破る。
自由を求め、戦える――抗える、人なんだ、と。
「……キアラ。まあ、それならよろしくね」
「うむ。ほれもっとうれしそうにせんか」
「…………別に嬉しくないからね。けど、ありがとうとは言っておくよ」
「ほっほっほ」
ああ、くそっ。自分の感情制御が上手くいかない。
……まあ、いいか。
「あれ? でも枝神じゃなくなったってことは、いろんな制限が取っ払われたってことだよね」
「うむ。ぢゃから諸々について話すことも出来る。冬子たちにはお主に話してから……と思っての」
なるほど。
「もっとも、枝神の力を抜かれた際に何らかの記憶、記録を抜かれたかもしれぬが……ふむ、取りあえず重要な欠落は無いぢゃろうな」
「そんなことまで出来るの? 神様ってのは」
「主神様はこの世界の創世神ぢゃ。枝神の時の妾よりも凄いくらいに思っておくが良い」
それは……凄いな。
あのキアラよりも、か。そうなってくると俺では手も足も出ないことになる。戦う気はあんまりないけど。
……そして、そのキアラを一撃でノックアウトした覇王か。
「まあ取りあえず最も大事なことを言おうかの。魔族の国――妾たちは魔国と呼んでおる――が、唐突に天上界から観測できなくなったのぢゃ」
「ふむ」
「それは即ち異常事態であることを示すわけぢゃ。ぢゃから枝神が魔国へ派遣されることになったのぢゃが――なんと、枝神すら降りることが出来ない」
つまり、魔族の国は完全に神様の手から離れてしまっていた、と。
「となると、別の国に降りてから行かねばならぬ。そのためにまず獣人族へアプローチをかけた。すると、ぢゃ」
キアラはニヤリと笑うと、煙管の煙を吐きだした。
「すぐにその枝神と連絡が取れなくなった。そして――お主も知っておる、あの男が唐突に現れた」
俺も知っているあの男……。獣人で知り合い、しかも男なんて一人しかいない。
「覇王?」
「そう、覇王ぢゃ。恐らく――獣人族に送り込まれた枝神が、妾と同じように禁忌を犯したのぢゃろうな。覇王があれほどの実力を身に付けた背後に、枝神がおらぬとは考えづらいからのぅ」
そういえば……俺たちがこの世界に召喚された時に言っていたっけ、王様が。唐突に現れた魔王、そして唐突に現れた覇王によって人族は劣勢に立たされている、と。
真面目に聞いて無かったから思い出すまで時間がかかったけど、彼は在位期間が長い王ではないんだね。
「……枝神によってってことは、彼もなんらかの神器を使っていた可能性があると?」
「話しか聞いておらん故、詳しいことは分からぬが……その可能性はあるのぅ。もしくは、全く別の――妾ですら知らん技術を、その枝神が教えたのかもしれぬがの」
キアラですら知らない技術……。
そうか、さっき枝神は間違いを犯した際に討伐されると言っていた。自分の術を隠すのは当然の帰結か。
敵になりうる相手に――自らの手の打ちを晒すなんて愚の骨頂にもほどがあるもんね。
「覇王は――明らかに、この世界の水準を超えた力を有しておるようぢゃ。……あの戦いをしっかり見れなかったのは悔まれるのぅ」
そう言ってため息をつくキアラ。
……若干、あの状態でも見れていたんじゃないかなーって思わなくもないけど、流石のキアラも無理だったか。
「ということは……魔国の調査、及びその問題の解決のために俺たちは呼び出されたってことなのかな?」
「そうぢゃな。……元々、人族の国王は『職』の関係上天上界と話をすることが出来るからのぅ。無論、主神様と直接アクセスは出来ぬが、数人の枝神と話すことが出来るわけぢゃ。だから王を通じて――お主らを召喚した、というわけぢゃな」
俺たちが召喚された秘密って物凄く重要な気がするんだけど――それよりも気になることがある。
「王様、枝神と会話できるの?」
「うむ。あ奴の『職』は『魂術師』といってのぅ。無論二段階進化した『職』ぢゃ。お主らは『職』の二段階進化など呼んでいたかの?」
そういえば、そんなことを言っていたね。
俺はまだ『槍術師』で――冬子たちみたいなオンリーワンの『職』になってないんだよね。どんな風になるんだろうか。
「で――その『魂術師』ってのはどんなことが出来るの?」
「その名の通り。魂と会話することが出来るんぢゃ。そして魂を降ろして戦闘能力を得たり、有能な――英雄の魂などを現世に召喚して一時的に使役できる。平たく言うなら無限に湧き出る死霊の兵を扱えるとでも言ったらよいかのぅ」
………………。
何そのチート能力。
「そういう能力ぢゃからの、妾たちは危険視しておったし、そもそも本人の能力で枝神にアクセスしておったのぢゃ。ハッキリ言って、あ奴は種類は違えど覇王などと同レベルで危険な能力を持つ男ぢゃぞ」
あのおっさんは……なんつーか、凄い人(小並感)だったんだなぁ。
「っていうか、そんな能力があるなら一人でどうにか出来たんじゃないの?」
俺たちを呼ぶ必要無かったでしょ、そんな能力。
「力押しでは流石にあ奴の魔力も『職エネルギー』も保たぬ。そもそも、いくらあ奴が強力な魂を呼び出せると言っても所詮個人ぢゃ。1人で軍団並みの力を持つと言っても――向こうにも同レベルの男がおったぢゃろう」
覇王のことか。
「お主らを呼んだ最大の理由は、戦力差を埋めるため。そして――妾たち枝神が大手を振って現世に降りるためぢゃ」
なるほど、ね。
最悪の場合を想定しての――塔か。
「本来――枝神が現世に降りることは禁じられておる。それは『世界』の在り方が損なわれるからのぅ。この世界に今生きている人間がしかし、非常事態なら別ぢゃ。まして――異世界からの客人を持て成さぬわけにはいかぬぢゃろう?」
という理屈で、無理やり大量の枝神を下界に降ろすため、その口実のために俺たちは召喚されていたのか。
「はた迷惑だね、神様ってのは」
「お主の世界でははた迷惑ではないのか? 神というのがはた迷惑なのは妾を見ていても分かっていたぢゃろうに」
それは確かに。
「俺たち異世界人やその他の人間が問題を解決出来たらよし、そうでない場合は枝神が自ら問題を対処する――ってとこ?」
「そうぢゃ。今回の敵が下界の人間だけで対処できるか分からなかったからのぅ」
「それなら、なんで枝神に誓約なんてかけてるの?」
「主神様が天上界から許可を出せば誓約を取り払えるが――それは本当に最後の手段ぢゃからの。要するに、保険のために塔を建設し枝神を下界に降臨させた。その口実のためにお主らをこの世界に召喚した――そんなところぢゃ」
なるほど。
なんとなく納得できない部分も多々あるけど、だいたいは分かった。
「肝心の俺たちが元の世界に戻る方法は?」
「魔国の問題を解決したら、妾たち枝神はこの世界にはおれぬ。そして枝神を天上界に還すならばお主らも用済みぢゃ。残りたいと言っても元の世界に還されるぢゃろう」
……本当に、神様ってのは身勝手だね。勝手に呼び出して勝手に帰れってか?
「一度、主神ってのに文句を言いに行きたいね」
「ほっほっほ。お主は物怖じせんのぅ。まあ主神様に直接文句を言う機会もそのうちあるのではないかの?」
そんなにほいほい会えるもんなの主神様って。
俺は新しい活力煙を咥え、火をつける。
煙を吸い込んで吐きだし……その紫煙をぼんやりと見つめながらキアラに問いかけた。
「ねぇ……キアラ」
力を失ったことは、恐くないのだろうか。
俺は今持っている力を失うのは、恐い。もし明日起きたら全ての力が無くなっているんじゃないか――そう思う時期はとうに通り過ぎたが、それでも偶に思うことはある。
もしも今、この力を失くしたら――俺に何が出来るんだろうかと。
「なんぢゃ?」
「……本当に、後悔してないの?」
そう問われたキアラの顔は――とても、嬉しそうで。
「さっきも言ったぢゃろう? 妾は今――幸せぢゃ」
そんな顔で、そんなことを言われたら――もう、何も言えなくて。
俺はアイテムボックスから果実酒を取り出した。
「……珍しいのぅ、キョースケ。お主が酒を出すなど」
「ちょっと前に、仲が良かったAGから貰ったんだ。俺も普段は飲まないけど、今夜くらいならいいでしょ」
アレはいつだったか。クエストで手助けをした時に瓶でもらったんだ。俺は飲まないからと言って断ったんだけど、酒はサバイバルでも役立つから持っておくべきだ……って言われてもらっておいたんだよね。
安酒……とくれた男は言っていたけど、まあいいでしょ。
懐から野営ようの木のカップを取り出し、キアラの分と俺の分の酒を注ぐ。
「キアラの新しい門出? に――乾杯」
「お主が無事ぢゃったことに、乾杯ぢゃ」
カツン、と安酒の入った安いカップが安っぽい音を立てる。
――今度ちゃんとしたお酒を御馳走しよう。
「~~~~~~~くはぁっ! やっぱり酒はいいのぅ!」
そんな初めてのお酒は。
苦くて辛くて、喉がカーッと熱くなるだけでした。
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