異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

103話 アイなう

 ――まるで神話の戦いだ。
 マルキムはよく知る二人の――尋常ならざるぶつかり合いを見ながら、そんなことを思った。


(……くそっ、キョースケ)


 ボロボロの身体を引きずりながら、呼吸を整える。
 深呼吸する度に体のいたるところが痛むが――四の五の言っていられない。『こん』を身体回復に全て回し、一秒でも速く戦線復帰するしかない。
 それにしても……。


「なんて……なんてパワーだ。キョースケも、覇王も」


 全盛期の自分ならあるいは――と思うが、今考えても意味のないことだ。
 現在、覇王とキョースケは空中でぶつかり合っている。まるでドラゴンとドラゴンのぶつかり合い――いやそれ以上だ。


「Aaaaaaaaaaaaaaa!!!! Oooooooooo!!!!」


「クハッ、クハハハハハハハハハハ!!! いいぜ、いいぜいいぜいいぜ!!! さいっこうだぜキョースケェ!!!!!」


 お互いが腕を一振りするごとに、衝撃波で空間が揺れる。尋常ならざるそれは嘗ての戦争でも滅多に拝めなかったものだ。


「ふぅ……はは、流石に葉巻は全部おじゃんか……」


 先ほどの戦いで懐に入れていた葉巻は殆ど吹っ飛んでいた。というか上半身に付けていた鎧が全壊している。覇王の前では鎧も紙切れも一緒ということだろう。
 キョースケの槍は相変わらず覇王が躱しているが――時折、覇王が受けに回らざるを得ない場面が出てきている。
 ――それでも押しているのは覇王だが。


「くそっ……もう少し、もう少しなんだ……」


 プルプルと疲労で動かない足に鞭を打ち、無理やり一歩前に出る。一歩ごとに激痛が走るが――キョースケはこれ以上の重傷で戦っているのだ。おちおち休んでなんかいられない。


(それにしても……)


 アレは……先ほどまでのキョースケでは考えられない動きだ。
 それはそう……まるで……。


「クハッ! クハハ! キョースケ! テメェ、最初は不思議だった。おれが完膚なきまで叩き潰したにも関わらず! なんでこんな力を得て蘇ったのか!」


「Aaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」


 ギィィィィィィンンンンッッッッ!! とキョースケの槍と覇王の拳が交錯する。先ほどと打って変わって、キョースケだけが吹き飛ばされるという事はない。お互い弾かれ、空中で体勢を立て直す。
 キョースケが二度攻撃する間に覇王は、四度は攻撃している。手数も威力も段違い――それでも、戦い・・にはなっている。一方的な蹂躙にはなっていない。
 キョースケは数度魔法を覇王に打ち込んでいるが、覇王はそれらを全て躱すか防ぐかして効いている様子は無い。それでも防いでいることから、当たりさえすればダメージになるのだろうということは推測される。
 覇王は楽しそうに――それはそれは楽しそうに笑いながら、キョースケへ攻撃を繰り出す。


「テメェには速さが足りねぇ、パワーが足りねぇ、技術も、狂い方も足りねぇ、何もかも足りねぇ! そんなんじゃ己に追いつけねぇ!」


 ガガガ、と覇王の拳がキョースケにクリーンヒットする。しかしキョースケも負けてはおらず、攻撃を受けた瞬間――受けた力をそのまま体を回転扉にするようにして覇王へカウンターとして返す。


「Ooooooooooooo!!!!」


「それなのに! この己に対抗するにはどうするか! 一瞬で成長出来るわけが無い。だけど今の力じゃ足りない――それじゃあ! 命を・・燃やす・・・しかねえ・・・・よな・・!」


 命を燃やす――まあ、そうだろう。
 キョースケは今――限界を超えた力を引き出している。そう、引き出しているのだ。それはどこから引き出しているのか?
 限界を超えた力だ。生半な所からは引き出せない。
 そう、自分の全ての源から引き出すのだ。
 命、という己の全ての根源から。
 それはどうやったのかは分からない。だがそれでもこれだけは分かる。
 寿命を削って――体も、魂も、己の命すら削って、あの姿を維持しているんだ。


「AaaaOooooo!!!!」


 狂ったような声を上げ、精度の高い攻撃を繰り返すキョースケ。それでも技術は未熟、しかし圧倒的な身体能力と魔法による狂ったようなブーストで世界最強格である覇王と渡り合っている。
 厳密には渡り合えていない、が――。


「クハッ。クハハハハハハハハハハ!! いいぜ、いいぜ――もっと楽しませろ、もっと己を楽しませてくれキョースケ! 己に――あの頃を取り戻させてくれ!」


 先ほど自分と戦っていた時よりも――さらに、楽しそうな声。
 そのことに少し妬ける自分がいることに苦笑いしつつ――フッと、体が軽くなる感覚を味わった。
 決して傷が治ったわけではない。しかし楽になった。小さい傷なら塞がりつつある。これは……治癒魔法。
 と、いうことは、だ。


「……来て、くれたか。遅せえぞ、アル」


 ニィと口元に笑みを浮かべた瞬間――ドスン、と隣に誰かが現れた。


「遅い? 何言うてんねん。お前と違ってこっちはギルドマスターやぞ。なんで前線で戦わなあかんねん。うちのエースが全く……えっらい情けない姿やの」


「はっ……否定はしねぇ。にしても、いい回復術師だな。こんな奴魔法師ギルドにいたか?」


 動けるほど回復したマルキムが首をゴキリと鳴らしながら言うと――後ろから苦々しい顔をしたアフロ男が現れた。


「アルリーフ叔父さん……俺、ただの楽器屋やねんけど……」


「ロッコリー! 支援は任せたで。他の支援職の連中と一緒に支援魔法をかけまくれ」


 後ろを見ると、なんとAGの大軍勢が出来ている。その殆どがビビッて手出しが出来ないでいるようだが……抜け目のないアルのことだ。王都へも援軍を頼んでいるだろう。


「せやから俺楽器屋ですねんって!」


「喧しい! ええからさっさと回復させんかい!」


「ああもう……『音符の力よ! 楽器屋ロッコリーが命令する! この世の理に背き、彼らに癒しと素早さ、そして攻撃を! ヒーリングユアソング!』」


 ヤケクソ気味に叫んだ彼は、手に持っていた楽器――ギーターだったか――をかき鳴らし、魔法を使った。
 するとさらに体が軽くなる。なかなかいい支援魔法だ。


「アル。彼は? なかなかいい才能を持ってるみたいだが」


「甥や。ええモン持ってるくせして楽器好きの困りもんや」


「堪忍してくださいよ……」


 ロッコリーと呼ばれた青年は、上空で戦っているキョースケと覇王を見ると、ぶるっと身震いをした。


「そもそもAGてあんなバケモンが闊歩するようなところで戦わなあきませんのやろ? そんなん俺には無理ですって!」


「それでもキョースケのピンチっつったら助けに来たやろうが。結局は気の持ちようや」


「そりゃご贔屓にしてもろてますし……ああもう! ええから、さっさとぶっ飛ばしてきてくださいよ!?」


 完全にヤケクソになったロッコリーが叫んだ瞬間――マルキムの身体から金色の『魂』がオーラとなって現れ、そしてアルリーフが真っ青なオーラ――『職スキル』を発動させた。


「言われるまでもね――行くぞアル!」


「おう!」


 ――勝負は一瞬で決まる。
 キョースケがいいのを入れた瞬間に二人の最大火力を叩きこむ。それしかない。
 二人とも地面でしか戦えないので――まずは地面に打ち落とす。
 キョースケと覇王の打ち合いを見ながら――タイミングを見計らう。
 覇王を地面に叩きつけられるタイミングを――。


(まだだ……まだだ……)


 悟られてはならない。悟られたら確実に躱されてしまう。
 瞬きはするな。
 一瞬を見抜け。
 刹那を見抜け。
 奴を確実に墜とせる瞬間を!


「……あんな若造が頑張ってんだ」


「せやな。人生の先輩として――カッコええとこ見せたらんとなぁ」


 槍の石突が覇王の額を掠め、覇王が一瞬空中でバランスを崩した。その好機を逃さずキョースケが追撃しようとした――


「今だ!」


「おう!」


 ドッ! と二人して地面を蹴って戦っている二人へと肉薄する。


(オレの身体よ……今一度でいい! もってくれ!)


「あ?」


 突如現れたマルキムたちに、覇王の顔が少し歪む。面倒くさそう――いや、怒っているのだろうか、あの顔は。
 ――楽しんでるのに邪魔するなってところか。


「悪いが――」


「ここでやられるわけにはいかへんからな!」


「ぬっ!」


「Aaaaaaaaaaaa!!!!」


 キョースケが降り降ろした槍にあわせるようにして――マルキムは剣を、アルリーフは踵を振り下ろした。
 さすがの覇王も三人同時攻撃には対処できなかったのか、それとも驚いただけなのかは分からないが、ともかく攻撃を喰らうと地面へと一直線に落下していった。


「チッ!」


 チャンスは今しかない。
 覇王が地面で背中をしたたかに打ち――しかし何事も無かったように立ちあがった瞬間、マルキムは地面を思いっきり踏み込んだ。
 ズンッ! という踏み込みだけで衝撃波が奔る。強く、強く踏み込み……短く息を吐く。
 そしてそんな踏み込みよりも――さらに、強く、強く念じる!
 己の限界を超えるために!


(もう一度――もう一度だけ放たせてくれ、オレの身体!)


 三人で作り出したチャンスを無駄には出来ない!
 今一度、渾身の力を籠めろ、心を籠めろ、燃えるたましいをありったけ! 注ぎ込め!
 ただこの一撃に!


「『斬命雷桜閃』――――ッッッッッッッ!!!!」


 アルリーフもまた――彼の最強の『職スキル』を発動させていた。
 重く鋭い踏み込みに加え、『職スキル』のオーラを拳へと集中させている。


「天に絶界、地に地獄。我が拳のみがあらゆる困難を打ち払う! 苦悶して眠れ! 『虎口王遮那撃拳』!」


 全てを粉砕する拳と、ありとあらゆるものを斬る剣。
 マルキムの剣が右から、そしてアルリーフの拳が左から迫り――


「ぬるい!」


 ――ガッッッッッッッッッ!!!
 覇王の右腕がマルキムの剣を。そして左腕がアルリーフの拳を止めた。
 二人の――元SランクAG達の必殺技を受けてなお、平然と止めきった。


「今のは……己でも多少、焦ったぜ。多少だがな」


 ニィ……と獰猛な笑みを浮かべる覇王。笑顔、呆れ、怒りと様々な表情を見せてくれるが――。


「そうか、焦ったか」


 そのセリフを聞いて――確信した。


「……ああ?」


 覇王の注意が完全に。


「なら、それで終いやクソッたれ!」


 マルキムたちに向いているということを!


「AaaaaaaaaaaaOooooooooooooo!!!!」


 瞬間――上空から一直線に落下してきていたキョースケの槍が、真上から覇王の肩口を斬り裂いた!


「なぁっ!?」


 ブシュッ! と鮮血が噴き出る。額にクリーンヒットした時すら血がにじむ程度だった覇王の身体から血が噴き出た。
 そのことにガッツポーズをしたい衝動に駆られながらも――そんなことをしている暇はない。さらにもう一撃食らわせようとして剣に力を籠めたところで――ガクッ、と膝から崩れ落ちてしまう。そしてそのまま血を吐いた。
 ――くそっ、流石に限界が来たか。
 隣を見ると、アルリーフは腕を掴まれて関節を極められてしまっている。あの武術に長けたアルリーフが……と思うとぞっと背筋が凍る。
 キョースケももはや限界らしい。血を吐き、膝をついている。しかしそれでもその相貌は諦めているようには見えない。一瞬でも隙が出来たら突っ込むつもりだろう。その姿はさながら、喉を食いちぎろうとしている猟犬のようだ。


(なら……死ぬ気で、その隙を作らねえと……)


 覇王はニィィィ……先ほどまでの憤怒の表情から一転、楽しそうな笑みを浮かべる。
 なんとか、なんとか隙を作れないか――と思って再び足に力を入れようとしたところで、覇王が心底上機嫌に笑い出した。


「クハッ、クハッ! クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 轟々と覇王が纏っている『魂』がうなりを上げてさらに強まっていく。こいつ、まだ強くなるつもりなんだろうか。


「クハハッ! いいな、いいぞテメェら。さいっこうにいい! このままだったら己は『王』であることを忘れられる! このままじゃ狂っちまいそうだ!」


 ――こいつ、自分が狂ってないつもりだったのか。


「さぁ、もっとだ! もっと来い! このまま己を――」


 そこまで覇王が叫んだ瞬間だった。唐突に覇王の笑い声が止み――フッと『魂』を収めた。しかしその身からあふれ出る殺気は先ほどまでの比ではない。
 それに反応してキョースケが飛びだそうと体勢を低くしたが――今度は、覇王がドスンと地団太を踏み天へ向かって叫びだした。


「……クソッ、クソッ! ああそうだよ、分かったから黙れ! ……チッ。ああくそっ! だからテメェらに担がれた時に嫌な予感がしたんだよ!」


 覇王は本当に――情緒不安定なんだろうか、というくらい感情の起伏が激しい。まあ昔からそうだったが。
 覇王はこちらへの殺気を消すと――キョースケに向かって指を突き付けた。


「おう……キョースケ。聞こえてるかどうか知らねえが、言っておくぞ」


 覇王はアルリーフの腕を放し、足に力を籠めてから笑みを浮かべた。


「テメェは……己を楽しませろ。己が持つ『王』へ挑戦して来い。期待してるぜ」


 そして物凄い速度で――ジャンプした。
 それはマルキムでも追えない程の速度であり、文字通り『神速』の域にある跳躍だった。


「ま、待て覇王!」


 手を伸ばしたが時すでに遅し。
 その場に覇王の姿は無かった。


「くっ……おい! 魔法師ギルド! 索敵だ!」


 後ろにいる魔法師ギルドの集団にそう叫ぶが、悲痛な声が返ってくる。


「だ、ダメです! 索敵魔法には一切引っかかりません! 私たちの魔力が届く範囲内に覇王はいません!」


 流石に生物の膂力じゃない。
 ――魔法、か?
 ふとそんな考えがマルキムをよぎった。獣人には魔法が使えない――そんな常識なんて、既に・・破壊・・されている・・・・・ことは・・・誰よりも・・・・自分が・・・よく知っている・・・・・・・
 しかし、その謎はさておいて……覇王が、戦域から離脱した。
 それはつまり……。


「取りあえず……助かった、と考えるのがいいんだろう、な」


 ふぅ、と息を吐く。
 安心したから力が抜けたのか――地面にへたり込んだところで。
 ゾッ、と。
 戦争の時すら感じたことが無いような殺気に襲われた。


(――――ッ!?)


 咄嗟にそちらを振り向く。すると……。


「Aaaaaaaaaaaaa……OOooooooooooooooooo……」


 ビリビリと……凄まじい殺気。鬼でも喰らおうかという程の狂気。
 そこでマルキムは思い出した。今のキョースケは――狂っているのだということを。
 咄嗟にマルキムは剣を構えてしまう。


「ま――待て、キョースケ! 覇王は去った! 助かったんだ! 落ち着け!」


 そう言ったところで、止まるわけが無い。
 暴走したキョースケが魔力を膨らませる――ッ!


「くそっ!」


 覇王が去ったと思ったら次はキョースケか。
 そもそもこうなったのは――助けに来たにも関わらず、無様な姿を晒した己のせいだ。
 であればこの身を挺して止めるしかない――そう、思った瞬間だった。


「京助!」


「マスター!」


 後ろから二人の女性が現れ、キョースケへと走っていった。誰かと思ったら、キョースケとパーティを組んでいる、トーコとピアだ。
 その二人が脇目もふらずキョースケの元へと走っていく。


「馬鹿、止まれ! 今のキョースケは明らかにまともじゃねえ!」


 マルキムがそう言って止めようとするが――明らかにピンピンしている二人をボロボロのマルキムで止めることは出来ない。


「Aaaaaaaaaaaaaaa……Oooooooooooooooo……ッ!!!」


 キョースケが槍を持ち、空へと叫ぶ。それは悲しみなのか、それとも――怒りなのか。
 マルキムには分からない、分からないが――今のキョースケに理性があるように見えない。
 止めなくては――トーコたちが殺されるかもしれない!


「嬢ちゃんたち! やめ――」


「京助!」


「マスター!」


 ガシッ! と二人はキョースケに抱き着いた。トーコは正面から。ピアは背後から。


「京助! 京助京助京助! 生きてた生きてた生きてた生きてた生きてた! 良かった、よかったよかった! 生きててよかった!」


「マスター……マスターを守れずに、申し訳ございませんでした……。本当に、本当に……生きていてくださり、ありがとうございます……ッ!」


 泣きながら――泣きながら、笑いながら、キョースケに抱き着く彼女たち。
 そんな彼女らに抱き着かれたキョースケは空へと叫びながら――フッと力を失ったように倒れ込んだ。


「え……?」


 辺りを包み込むのは、戦闘の余波で燃え盛る木々と少女たちの嗚咽。
 あれほど暴走していたキョースケがいきなり収まったことに戸惑っていると、アルリーフが後ろから声をかけてきた。


「おう……マルキム。終わったみたいやな」


「アル……か。いや……どーなってんだ、あれ」


 マルキムがそう尋ねると、アルリーフは「あ? そんなことも分からへんのか」と呆れた顔をした。


「そんなんやからお前は独身なんや」


「るせえ。……で、なんなんだよ」


「んなもん、当然やろう。まあありきたりやけどな」


 そう言ってアルリーフはタバコを咥え、煙を吐いた。


「愛っちゅう奴や」


「……あー」


 たしかに、それは苦手な分野だ。
 マルキムは頭を掻きながらその場に寝っ転がった。



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