異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

98話 夜空なう

 あの後、お役人さんが来たり事情聴取されたりして多少はバタバタしたけど、それ以上特に何もなく俺たちは解放された。
 というか料理は凄く美味しかったんだけど、どこがどう美味しいのかは分からなかった。やっぱり庶民は庶民の舌に合った料理を食べるべきなんだろうか。


「それにしても、美味しかったな。京助」


「そうだね。あんな乱入があるとは思わなかったけど」


 ちなみに、乱入してきた男から拝借したネックレスはヨハネスによると『着用した者は破壊衝動に苛まれ、呪いをかけた者を殺した者を殺したくなるが、能力値が上がる』という装備品だった。何この分かりやすい呪いのアイテム。
 発動条件はヨダーンが死ぬことだったらしい。……と、いうことはヨダーンが死んでからずっと俺のことを探していたんだろうか。
 そう考えると、新しい魔法の練習台にしてしまったのは少し酷いことをしたかもしれない。なんら罪悪感は抱かないけど。


「そういえばお前、さっきは何をしたんだ?」


「ん? ああ、『縮地』と『発勁』のこと? 新しい魔法だよ。武道のそれとは全然違うけど」


「……魔法とは凄いな。私ですら一瞬目で追えないような移動をいとも簡単にやってのけるとは」


 冬子は俺から手を離し、ふむと腕を組み俺から一歩離れた。
 何をするんだろう、と俺が想っていると冬子がパチパチ、と二回瞬きをして――スッと、ごく自然な動作で俺へ間合いを詰める。しかしその動きを俺は一切追うことが出来なかった。まるで時間が飛んだかのような動きに、さしもの俺もギョッとする。


「驚いたね、冬子。今のが本物の縮地法?」


「そんなわけないだろう。私の道場で習う歩行法を少しだけアレンジした実戦では使い物にならない技術だ。それでもつめられるのは一歩か二歩分くらいだというのに……。お前は凄いな。私も精進しなくては」


「……いやいや。むしろ魔法無しに今の挙動の方が十分凄いよ」


 相変わらず冬子は達人みたいな動きをする。恐らく本物の達人に比べたらまだまだ未熟なんだろうけど、その分を異世界人特有の驚異的な身体能力で補っている。
 もはや達人の域に片足突っ込んでるんじゃないだろうか。


「俺たちがこの力を持ったまま前の世界に帰ったらどうなるんだろうね」


「お前は前の世界で空を飛ぶ人間を見たことがあるか?」


「年末のオカルト特番でなら何度も」


「……そういう扱いをされて終わりだろう」


 それもそうかな。
 先ほど放した手をもう一度繋ぐ。今日は何度も繋いで放してを繰り返していたからか、もう慣れたものだ。
 ……慣れたけど、この繋いだ手の感触、そのぬくもり。
 あれほど強く激しい斬撃を放つとは思えない程、脆そうで儚くて――それでいて、強くて。俺の手の中にすっぽりと納まっているのに、今にも弾けてしまいそうなほど俺の手の中が熱くて。
 その熱に中てられたのか。俺はポツリと今まで考えていたことを口から漏らす。


「この世界じゃ……俺みたいな能力を持つ人間は珍しくない。前の世界でも俺はそうだった」


 勉強は……出来ない。
 運動も普通。
 顔がいいわけじゃないし、特別話術に優れていたわけでもない。
 たまたま冬子と志村という俺にはもったいない友達がいたからいいけど、下手したら誰も友達じゃなかったかもしれない。
 そんな俺だ、そんな俺だ。


「……それなのに、俺はこの世界で何度感謝されただろうか」


「そうだな。お前がいないと今私もこうして生きていないかもしれない」


 そう言う冬子が握る手に力がこもる。


「いきなりどうしたんだ?」


「んー……キアラにね。この世界をどう思っているのか、この世界で何をしたいのか……聞かれてね」


 この世界で何をしたいのか。
 力の価値っていうのは、手に入れた過程のみではない。その力で何をしたのかということも含まれる。
 俺の力の使い方は今のところ間違っちゃいないのだろう。


「だけど、まだ分からない。この世界で何を為したいのか」


「……いいんじゃないか? まだ、分からなくて」


 そんなことを言う冬子。


「私も分からないんだ、京助が分からないのも仕方がないだろう。なんせ他人に一切興味が無い男だ」


 ニヤリと笑ってそう言う冬子は――月明かりの下だからか、それとも今日はおめかししているからか――とても、綺麗で。
 そう、冬子にを感じてしまって。握っている手が一気に燃え上がった。そう感じるほどにさらに、さらに熱くなって。
 俺がいつも出している炎なんか比べ物にならない程熱くって――。


「……ハッキリ言うね。俺だって他人に興味がある時もあるんだよ?」


 ――そう言って、手を離してしまった。懐の中のアレを取り出すために。


「冬子、今日は何日か分かる?」


「……? 今日がか? 生憎私は前の世界からこっちへ来て以来一切数えていなくてな。ただ、三か月くらいは経っていたと思うが……」


「そう、三か月だ。三か月も経ってる。そして――俺は、こちらの世界に来てからずっと日記を付けてたんだ」


 最初は、『元の世界に戻れた時に、小説のネタになるだろう』。それくらいの気持ちで始めた日記。
 いろんなことがあって、書くことが実は毎日溢れていて。
 だから気づくのが遅れた。今日が、前の世界で言う何日だったかということを――


「今日は、前の世界で言うところの10月10日。もう、分かるよね」


 そう言いながら取り出した、ネックレス……が、入っている箱。
 この前、魔道具店で買ったあのネックレスだ。
 冬子はポカンとした顔になり……そして、頬を紅潮させた。


「ハッピーバースデー! 冬子。17歳おめでとう」


「覚えていて……いや、数えていてくれたのか・・・・・・・・・・!?」


 瞳をキラキラさせて俺に飛びついてくる冬子。夜空に輝く星よりも、今は冬子の瞳の方が輝きを放っているだろう。
 もうじき天文台につく。そこで渡そうと思っていたんだけど――少し早いくらい、いいだろう。


「あ、開けても……いいか?」


「ん? んー……せっかくだし、天文台で開けようよ。もうすぐなんだから」


「そ、そうか? そうだな」


 なんかふわふわと落ち着きのない様子になる冬子。こんなに喜んでもらえるなら、プレゼントを用意した甲斐があったってものだよ。


「……嬉しい、ぞ。京助。プレゼントを用意してくれるなんて……」


 もじもじとしながらそう言う冬子。
 俺は少しだけ笑いながら繋いだ手に力を籠める。


「そりゃよかったよ。なんていうか初めてだからね、こういうの」


「そうだったか? 前の世界でも私に誕生日プレゼントをくれたりもしていただろう」


「あれはお互い知ってる上で、でしょ? こうしてサプライズは……ってことだよ」


 というかこっちの世界でも別にサプライズにするつもりはなかったんだけど……なんかタイミングを逃したりしてたし。
 ただ、こうして二人きりで遊ぶことになったんだから。


「――着いたよ、冬子」


「天文台か……。そういえば、地球でも行ったことは無かったな」


「そういえばそうだね。まあ……前の世界で俺たちは高校生だったからね。こんな遅くに出歩くことも無かったし」


 天文台についたけど、誰か人がいるような様子は無い。本当に星を見るだけの場所で、他に何も置いていないのかもしれない。
 階段を上り、天文台の最上階に行くと――


「わぁ……」


「へぇ……」


 真っ黒なキャンパスにちりばめられた色とりどりの宝石――なんて、少し気取った言いかただろうか。
 現代日本じゃ見られない光景。地面からでも割と見えていた星空だが、それでもやはり光によってかき消されていたらしい。


「本当に……綺麗な星空だな。京助」


 月明かりでなく、星明りに照らされた冬子の顔。
 キレイ――と言うよりも、幻想的なその光景。


「ああ。……そうだね」


 ああ悔しい。
 俺の語彙力じゃぁ……彼女の美しさと、この夜空の綺麗さ。どちらも上手く表現できる自信が無い。
 文明が初めて生み出した火よりも、貴重な光。
 そしてそれに彩られた、もの言う花。
 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……だったっけ。
 ならば、幻想的な光に彩られたその花は、一体なんと形容すればよいのだろうか。


「そうだ、プレゼントを開けていいか?」


 思わず見惚れてしまっていた俺を現実の世界に戻す一言。
 俺はいつもの調子に戻り、彼女から箱をネックレスの箱を受け取る。


「うん。――付けてあげるよ」


「つ、付ける?」


 少し戸惑った様子の冬子に「後ろを向いて」と言い、俺はネックレスを取り出す。
 そしてそっと首にかけてあげて……肩を掴んで正面を向かせる。


「うん、似合うよ。鏡はホテルで確認して」


 ああ、やはり似合う。
 ……こっちの世界に来てからというもの、冬子を『女』と意識してしまうことが多い。
 俺と彼女はただの友達なのに――


「ネックレスか……ありがとう、京助。私のガラではないかもしれないが――」


「そんなこと無いよ」


 綺麗だ――とは、何故か言えず。
 だからと言って他に何か気の利いたセリフを言う事も出来ずに。
 仕方がないから活力煙を取り出して沈黙を埋める。いつも通り箱から取り出し、咥えて吸いながら火をつける。
 煙は口の中に含んで味を感じてから、外に吐き出す。
 ふ~……と長く煙を吐きだしてから……


「あ……吸っちゃった」


 と、情けない声をあげてしまった。
 冬子はそんな俺を見てプッと笑いながら、俺の活力煙を右手からとった。


「別に構わないぞ。どうせ晩御飯までという約束だった」


 そりゃそうだけどさ。
 そう言いながら冬子は活力煙を咥えて……また、むせた。


「ゲホゲホっ!」


「だからどうして冬子はそう無理をするのさ。……吸いたいんだったら今みたいに思いっきり吸ったらだめだよ」


 そう言いながら、俺は新しい活力煙を取り出してから火をつける。


「吸い込むときはゆっくり。一気に吸い込むと鼻の方へいったりして変にむせるから」


 吸い込み、吐く。口の中で漂わせた煙を味わった後、それを天に溶かす。


「肺まで吸い込むのはあんまり褒められたものじゃないらしい。俺はたまにやるけど……肺まで吸い込むとこういう風に」


 今度は肺までしっかりと吸い込む。そうやって吐きだすと煙が少し薄くなるんだよね。


「取りあえず、ゆっくり吸いなよ。まあ吸えたとしても冬子には吸ってほしくないけど」


 冬子は俺の話を聞きながらゆっくりと吸って……吐いた、ようだ。何とかむせずに吸えたらしい。
 しかし冬子は少し顔を顰めると、また笑い出した。


「初めて吸えた。初めて吸えたが……私には合わないな。煙というのはどうにも苦手だ」


 苦手、と言いながら凄く嬉しそうな冬子。なんとなく予想と違う表情だったので、俺は少し驚く。
 冬子はなおも嬉しそうにしながら小首をかしげる。


「ところで、どうして私に吸って欲しくないんだ?」


「そんなの決まってるでしょ。煙草の煙は――残念だけど冬子には似合わない」


「……そうか。それなら仕方が無いな」


 ニコニコと笑いながら、俺に活力煙を返す冬子。いや一気に二本も吸えないよ。


「京助。今日はいい日だな」


 もう一本の活力煙をどうしたらいいものかと思いながら片手で弄んでいると、唐突に冬子がそんなことを言いだした。


「いい日――そう言ってもらえるなら良かった。俺も、今日は素晴らしい日だったと思う」


 こうして過ごしてみると、元の世界に戻る必要が無いんじゃないかと思ってしまうから不思議だ。
 みんなでクエストをこなしたり、ご飯を食べに行ったり、たまに冬子と遊びに行ったり――
 たしかに、こっちの世界には『前の世界には無かった』自由がある。
 けどそれは、あくまで俺が持つ『力』が、こっちの世界に合致しただけに過ぎない。それは本当の自由じゃないんじゃないだろうか。
 じゃあ。


(本当の自由ってなんだよ)


 俺にとっての『自由』とは、自ら選択し、動くことが出来る環境のこと……だと思っている。ただし、その選択肢は他者の自由を奪うモノであってはならない。
 だから、自由を奪う奴は嫌いだ。奴隷を扱う奴も同様に嫌い。


「ノーフリーダム、ノ―ライフ……ってところかな」


 そう言ってみると、あまりしっくりこない。


「自由じゃ無ければ人じゃない、か? なんか訳が間違っていそうな気がするが」


「また天川と出会う時があれば聞いてみようか。彼は英語が得意だったでしょ」


「英語なら……確か、井川が得意だったぞ。彼は小さい頃外国にいたとか」


「へぇ。帰国子女だったんだ」


 そもそも井川って誰だっけ。
 ……あー、なんかロン毛の人かな?


「お前、井川のことを忘れてるだろ」


 滅相も無い。


「……どうも、サモアから帰ってきたらしいが」


「……サモアって公用語は英語なの?」


「さぁ……本人に聞いてみてくれ」


 うーん、地理は苦手だからなぁ。いやじゃあ何が得意だったんだって言われたらどの教科も苦手だけどさ。


「なんにせよ――こっちの世界も、そんなに悪くない気がしてくるから困るよね」


「別に困らないだろう? 今過ごしているのはこの世界なんだ。前の世界に帰ることは諦めるつもりはないが――それでも、今を必死に生きねばならないんだ。生きている世界が過ごしやすいならそれに越したことはないだろう」


「住めば都……いや、住む場所を都に、って?」


「そうだ。そこにいる人が――その、す、すすす……ゴニョゴニョ……な、人なら! その人がいるなら! い、いや! その、好きなことがあるなら! ……どこだって都だ!」


 どん! と胸を張ってそう力説する冬子。
 好きなことがあるなら――どこだって都。


「それなら、こっちの世界で小説を書いてみようか。上手くいけば大儲けかもよ」


 製紙技術はあるらしいし、活版印刷のようなものもあると聞いた。ちゃんと書けばワンチャンあるかもしれない。


「……取りあえずは、こっちの世界ではそれを目標にしようかな」


「そうだな。超えるべきハードルは多いぞ? 大量製紙、それの安定供給」


「活版印刷の精度の増加に、何よりこっちの世界の文字の習得」


 こちらの世界の文字は読める。そして何故か書けるんだが……長文を書くことはぶっちゃけ出来ていない。せいぜい、名前と単語、あとはI am boy.みたいな短文くらいのものだ。
 小説を書くにはその辺のハードルを越えなくてはならない。


「少しだけワクワクしてるだろう、京助」


「うん、久々にマリトンを弾いてもいいくらい」


「いいじゃないか! 私の誕生祝に引いてくれ!」


 しまった、藪蛇だ。
 でもまあ、いいだろう。
 俺はアイテムボックスからマリトンを取り出すと、ニヤリと笑う。


「たった三か月くらいしか練習していない腕だけど、楽しんで」


 さて、即興で――と、言いつつ。
 実は多少練習していた、Happy Birthday to You! を歌おう。


「はっぴばーすでー とぅー ゆー はっぴばーすでー とぅー ゆー


 はっぴばーすでー でぃーあ とうこー


 はっぴばーすでー とぅー ゆー」


 我ながらへたくそな歌だと思う。けれど、冬子は嬉しそうに聞いてくれる。
 それに報いるために――最後に、少しだけ大きな魔法マジックを見せよう。
 ひゅるりと風が巻き――


「ッ!」


 ――出来る限り、俺と冬子の上空にある空気を薄くした。大気の流れを読み、風魔法でそれを操作して一瞬にして真空に近くする。
 さらに空気中にある水分を操り、どかす。冬場の空が綺麗に見えるのは、空気中の水分が少ないからだという。ならばそれらを殆どなくせばどうなるか。
 ……天候を操作するような大魔法だ。当然、そんなに長くは持たない。
 だけどそんな一瞬でも。とても綺麗な星がさらに綺麗に見えた。
 どんな美術品よりも美しく、どんな宝石よりも煌びやかな夜空が。
 煌く星々がさらに輝きを増し、言葉では言い表せないほどの麗しさだ。


「――っ。京助」


「何?」


「……ありがとう」


 満天の星空の下、満面の笑みの冬子。
 そんな顔が見れるなら、今日一日頑張った甲斐があったっていうものだよ。


「最後にもう一度。十七歳の誕生日おめでとう。冬子」


「ああ!」






 ――ここで俺は失念していた。
 俺たちがいた場所は王都……つまり人がたくさん集まる場所だ。そんな場所で尋常ならざる魔法を使ったらどうなるか?
 当然、気づかれる。王都にいたたくさんの魔族や獣人族のスパイたちに。
 ああ、人族のヤバいやつが増えたぞ、と――。


 だからこの魔法がとある出来事の引き金となった。


 後に三種族大戦と呼ばれる。地獄のような暗黒時代。
 多くの青年が、女子供が歴史に名を刻む。
 歴史上最悪にして、最大の戦争の――。



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