異世界なう―No freedom,not a human―
97話 レストランなう
「もう! もう! 気づいていたなら言えばいいじゃないか京助!」
「むしろなんで気づかなかったのかが不思議だよ……。ほら、ついたよ冬子」
異世界にもあんな場所あるんだー、なんて感想とキアラへの殺意しか沸いてこないそんな場所から少し歩いたところで。
俺は当初の予定であったレストランへやってきていた。そのレストランは、見た目はまるで美術館のようで規模自体もだいぶ大きかった。
前の世界で言えば郊外にあるファミレスよりもさらに大きいくらいの大きさと言えば伝わるだろうか。
「しかしまあ……予想以上にいいレストランっぽいね。まさかドレスコードがあるとは思わなかった」
普段着で入ろうとしたら別のお客さんが引き留めて教えてくれた。老夫婦二組と若いカップルが一組だったので、もしかしたら結婚前の両親の顔合わせとかかもしれないね。
「さっきドレスとスーツを買っておいてよかったな……」
というわけで、俺たちは結界の中で先ほど買ったスーツとかに着替えて現れたわけだ。
話によるとお値段も大分ヤバいようだけど、これでも俺はBランクAG。持ち合わせは割とある。まさかコース料理で大金貨100枚とかはなるまい。
なんて思いながらレストランの前まで行く。そこには品のよさそうな執事服を着た男が二人立っていた。
パッと見、武道の心得があるようには見えないけれど、懐に大きな魔力反応がいくつか。どうも攻撃系の魔道具か何かを持っているらしい。ガードマンも兼ねてるのかな。
「失礼いたします。身分を証明できるものはお持ちでしょうか」
身分証の提示か。ティアールのホテルもそうだったけど流石王都。ちゃんとしたお店が多そうだね。
俺は懐から……と見せかけてアイテムボックスからAGライセンスを取り出す。冬子もだ。
執事服の店員二人は俺たちのライセンスを見た後、ニコリと笑ってから手のひらで中を指し示した。
「失礼いたしました。ようこそ『ブルーローズ』へ」
仕草の一つ一つが丁寧で風格がある。流石は高級店ってところだろうか。
俺はついでとばかりに冬子の手をとる。
「エスコート、ってやつの真似事をさせてもらうよ、冬子」
「ふぇ!?」
よく分からないけどレディファーストだったらいいんだよね。ぶっちゃけ、先に何があるか分からない場所に入るのなら男が先に入って安全を確保してからにするべきだと思うけど、英国紳士というのはよくわからない。
冬子の手を引き、案内に従って俺と冬子は店の中に入る。
中は豪華な装飾だが決してくどすぎることはない。また、置かれている調度は品のあるものばかりで、率直に言ってセンスがいい。
例えばあの燭台。単なる銀の燭台に見えるがよく見ると透明な石がはめ込まれている。しかもその石のカットが詳しくない俺でもわかるほど素晴らしい。
「ティアールの部屋でも思ったけど、王都の人はセンスがいいよね」
「私にはよくわからないが、そういうものなのか?」
「うん。俺にも詳しいことは分からないから、『なんかいいな』くらいのものだけど。けど内装にまで拘るのはいいお店の証だよ」
「なるほどな。……うん、私も好きだ」
「でしょ」
そう言いながら廊下を歩いていくと、店員さんが扉を開けてくれた。見ると、中は広くたくさんのテーブルが置かれている。
他にもいくつか扉があるみたいだけど、流石に全部厨房ってことは無いだろうし……。
「ここ以外の部屋は何があるんですか?」
冬子が俺と同じ疑問を抱いたらしく、店員さんに尋ねる。
「他の部屋は、予約されていた方ようの個室などです。個室からはキレイな夜空などが見えますので、是非次の御来店の際にはご予約ください。こちらで結婚式をなさるお客様もいらっしゃいますので、貸し切りなども行えます」
へぇ、流石に広いだけのことはある。
俺たちはそのまま座席に案内される。
「こちらの席でよろしいでしょうか」
スッと差し出された席は白いテーブルクロスが敷かれており、真ん中にはきれいな紋様が描かれている。
俺は冬子のために椅子を引いて先に座らせ、自分も席に座る。
……俺がおままごとみたいなエスコートをしていることを察して、案内してくれた店員さんは目配せだけして自分では椅子を引かなかった。ウインクが似合っていたのが小憎たらしい。
「こちら、メニューでございます」
渡されたメニューにはいくつかのコース料理が書いてある。こういうお店に来たことはないから雰囲気だけでいいかな。
「俺はこれにするよ。冬子は?」
「私は……じゃあ、京助と同じやつに」
「畏まりました。果実酒はどうされますか?」
ワイン……まあこの前の冬子の様子からしてお酒は飲ませない方がよさげだよね。
「ん……彼女がお酒に弱くてね。果実酒はいいから、代わりに何か紅茶とかもってきてもらえると嬉しいな」
「畏まりました。もし何か御用がございましたら遠慮なくお申し付けください」
恭しく礼をして店員さんは奥へと引っ込んでいった。
俺はそれを見届けてから……ふと、灰皿がテーブルに無いことに気づいた。
(……これはアレだね。このレストランは禁煙らしいね)
郷に入っては郷に従え……とは違うだろうけど、流石にそんなところで吸うほど俺も愚かではない。
「どうも、活力煙はご飯の後にお預けだね」
「むしろ、私としてはお前が選んだレストランなのに吸えないことが驚きだ」
冬子は周囲をキョロキョロしながら俺にそう言うけど、正直事前情報なしに来たとは言えない空気だね。
「まあ、こういうのは雰囲気だからね。上品な店を選んだらたまたまそうなったってだけだよ」
「そういうものか」
「そういうものさ」
ふと横に目をやると、少し離れた席に先ほど俺たちにいろいろ教えてくれた老人たちが座っていた。六人で仲良さげに歓談している。
「あの二人は新婚さん、なのかな」
「あの二人? ……ああ。いや、新婚という風には見えないな。この世界の常識はお前の方が詳しいと思うが、結婚適齢期は前の世界よりも若い。なのにあの二人は30代手前に見えるし、距離間も新婚と言うよりは家族と言った雰囲気だ。結婚何年目かの記念日に互いの両親と食事、とかじゃないか?」
珍しく推論を口にする冬子。そう言われるとそう見えてくるから不思議だ。
というか冬子から解説されるなんて珍しいね。彼女もそう思ったのか、少し不敵な笑みを浮かべた。
「お前が私に解説されるとは珍しいじゃないか」
「俺にだってわからないことはあるよ」
肩をすくめる俺。この世は分からないことばかりだ。特に、人と人の距離感とか感情とか。
正解のある話ならまだいいんだけど……『雰囲気で』とか言われても分からないよ。
勝ち誇った表情をしている冬子を可愛いと思いながら見ていると、先ほどの席から女性が一人立ちあがった。恐らくトイレだろう。
「そろそろ一品目が来る頃かな」
「しかし今さらだが、何を頼んだんだ? 京助。殆ど即決だったが」
「んー。コース料理の良しあしなんてわからなかったから、値段が真ん中のやつにしただけだよ。あんまり高いと『高いだけの食材』が使われてる可能性があるかなーと思ったし、あんまり安いと今度はもっと美味しいのがあるかもしれない。だから間をとって中間さ」
「……テキトーだな」
「まあ、人から勧められた場所だからマズいってことは無いでしょ」
現に、他の席から料理に対する文句は聞こえてこない。もしも値段だけのお店だったら「まあ仕方ないよね」的な声が聞こえてくるはずだ。
高いだけの物をありがたがる趣味は無いから、ちゃんと美味しいモノが出てくることをのぞむよ。
そんなことを考えていると……突然、ガシャーン! という何かが割れる音、そして明らかに人の肉が斬り裂かれる音がした。
「ッ!?」
冬子が咄嗟に腰の剣に手をかけようとして――今は清楚なドレス姿だったことを思いだしたのか舌打ちする。
俺は俺でアイテムボックスから『パンドラ・ディヴァー』を抜こうとして――さすがに衆目につきすぎることを思いだした。客の数はそんなに多くないとはいえ、決して少なくも無い。みだりにアイテムボックスも使わない方がいいだろう。
「……京助」
「下手に動かない方がいい。……見たところ、従業員の殆どが魔道具を携帯していた。余程のことが無い限り制圧されることも少ないでしょ」
言いならが、この手のセリフは即座に裏切られるというのがこの世界のお約束――そう思い、魔力を練る。
まだ誰も入ってこないけれど、大きな魔力は『視』えない。たぶん入ってきたとして武闘派だ、ろ……。
「……嘘でしょ」
「? どうした、京助」
ああもう、面倒ごとは勘弁してほしい。
お客さんを見渡すけれど、荒事に精通している人がいるように見えない。ほとんどの人がお忍びで来ている貴族、もしくは中~上流階級の人のようだ。
余程あくどいことをしている人じゃない限り、恨みを買いそうな職業をしている人がいるように見えない。
そんな職業なんて――AGである俺たちくらいのものだろう。
「そもそも、だ。俺たちがたまたまレストランに来て、たまたまテロにあうとでも思う? 冬子」
「……いや、それは確かに不思議だが――ッ!」
さらにもう一度、肉を斬り裂く音。流石に殆どのお客さんが何事かとざわざわし始めた。どうも、部屋の中にいる店員さん達もどうすべきか決めあぐねているらしい。
「――扉の前に魔力が二つ。両方ともそんなに大きくないけどね。……たぶん入ってくる」
「いざとなったら……アイテムボックスから武器を出すからな」
もはやドレスを破いて飛び掛かろうとせんばかりの眼光で俺に言う冬子。まあ、既に犠牲者が出ている状況であることは間違いなさそうだからね。
「やむを得ないね。俺がそうならないように何とか収めるつもりだけど――」
そう、言いかけたところでバン! と大きな音とともに剣を握った男が入ってきた。禍々しい魔力を纏ったネックレスをつけ、もう片方の腕で先ほどトイレに立った女性を動けないようにロックしながら。
剣には既に血が付いている。咄嗟に数人の店員が懐に手を伸ばしたが、
「う、うううう、動くなァっ!!」
という声に動きを止める。そりゃそうだ、相手は人質を取っているんだから。
その剣は女性の首筋に突き付けられており、一瞬でも腕を引けばお陀仏だろう。
「い、いいか、動くんじゃねえ! 動いたらこの女がどうなるか分かるなぁっ?!」
「ひ、ひいいいい! た、助けて、やめ、て」
「う、うるせえ!!! だ、だだだ黙れぇっ! つ、つ次に喋ったら殺すぞぉ!」
「ひいい!」
「だから喋るなぁッ!」
目が血走っている。まさに狂乱――それもそうだろう。
何せ、あれは明らかに正常じゃない。
「……京助、まさかとは思うが……」
「よく気付いたね、冬子。そうだよ、アイツはヨダーンによって操られてる。……厳密には、ヨダーンの呪いがかかっているネックレスを付けているから、だけどね」
あのネックレスから、あのヨダーンの魔力が感じられる。まったく、どこまでも俺たちの邪魔をしてくるね。
「詳しい効果は解析……というか、ヨハネスなりキアラなりに聞かないと分からないだろうけど、あれのせいであんな風になっているのは間違いないよね」
眼が血走っている男は、ぶるぶると腕を振るわせながら俺たちに向かって叫ぶ。
「う、動くなよ!? いいか? お、おおおオレが今から一人ずつ殺していく……オレはこう見えても騎士だったんだ。いや! 今でも騎士なんだ! 陥れられなければ今でも騎士だったんだ! それが、あの貴族野郎が!」
なるほど、元騎士。それじゃただ攻撃用魔道具を持っているだけの店員だけじゃ対応できないよね。
それにしても、要求が皆殺しと来たか。
(……人質とったところでそんなの出来ないに決まってるだろ)
と、いうことも考えられないんだろうね。
俺は魔力を指先に集めて――
「(……京助。分かってると思うが殺すなよ?)」
――冬子から機先を制されてしまった。
「(ふぅ……まあ、このタイミングで殺したら、死ぬ前の悪あがきであの女性は殺されそうだ。この場で殺すのは流石に得策じゃないね)」
頭部を一撃で粉砕すればそんなことも出来ないかもしれないが、あの距離だ。最も速度が速い風の刃でも0.1秒くらいは与えてしまうだろう。そしてそれだけの時間があれば剣を引くだけなら問題ない。
――あの女性を見殺しにするのも寝覚めが悪い。助けられるときに助けられる人を見殺しにすることほど、後悔することはない。それが簡単であれば簡単であること――って、これ昔王女様に言ったセリフだったね。
魔力を『視』たからわかるけど、どうも廊下とかで斬られた人たちはまだ生きてるみたいだ。それもギリギリのようだけど。
なら早く対処しないと――
「ま、まずはそこの男だァっ! た、立てよ!」
――と、何故かその男はいきなり俺を指名してきた。
「きょ……ッ!」
冬子が俺の名前を呼ぼうとしたので、俺は唇に指を当てて静かにするようにジェスチャーする。ヨダーンの呪いだ。何がトリガーになって暴れ出すか分からない。前の呪いは獣人族の話題がトリガーだったけど、今回もそうとは限らないからね。
もしも、ヨダーンを殺した奴の名前――とかだったらマズいことになる。
俺は黙って立ちあがり、両手を上げる。
「よ、よよよ、よし! こ、こっちへ来い。……い、いや待てよ? そうだ、服を脱げ。いひひ! 全員! この場にいる全員服を脱げ! そこにいる女もだ! ちゃ、ちゃちゃ、ちゃんと武装してねえことを見せろ!」
……トンデモナイことを要求しだしたな。
「ねぇ、脱がなきゃどうするつもり?」
俺は相手を怒らせないように――いやむしろ、俺にだけ怒りを向けるように言葉を選びながら語り掛ける。
「は? そ、そんなもん! こ、このおお、女を殺して――!」
「殺した瞬間、お前は身を護る物が何もなくなるわけだけど?」
「お、おい君!」
女性の旦那さんと思しき人が思わず立ち上がりかけるが、俺は右手でそれを制す。
そして右手で制すと同時に、あの剣に剣を鈍らせる魔法をかける。エースのモノ真似の魔法だけど、こんな時に役立つとはね。
「一応言っておくけど、俺はBランクAGだ。お前如き、素手で制圧することくらい容易いよ」
敢えて挑発。
すると、その男はぶるぶると震えたかと思うと同時に俺へ向かって剣を突き出してきた。
そしてその瞬間、俺は男の前に『縮地』を使って一瞬のうちに移動する。
「う、うるせぇ! そんな、そんなことできるわ――え?」
そして腕でガッチリとホールドされている女性を強引に奪い返し、呆れた顔を向ける。
「そう思うならそれがお前の限界だ」
何が起きたか分からない、と言った顔をしている男の胸に俺は手のひらを置く。そしてネックレスに指を引っ掛けた後に『発勁』を発動。ドッ! ……と物凄い音とともに、ヨダーンの呪いを受けた男は壁に叩きつけられた。
たぶん――周囲で見ていた人は何が起きたか分からなかっただろう。傍目から見れば、俺が一瞬で移動したと同時に男が吹っ飛んだ。……ってところかな。
「か、ふ……」
そしてこれまた皆にばれないように、男から一瞬のうちにすり取っておいたネックレスをアイテムボックスへしまう。流石に千切れてたけど。
――今、俺が何をしたかと言うと。
まず俺は新しく開発した魔法、『縮地』を発動して男までの間合いを詰めた。これは端的に言うなら『なんの動作もせずに近距離を高速移動する』魔法で、具体的に言うなら足の裏を水魔法で滑らせて、風魔法で滑って移動することによって体の筋肉を一切動かさず、体重移動もせずに動く魔法である。
人間は、基本的に相手の動きの予備動作を見てその後の行動を予測する。しかし、この魔法は予備動作無しで動くから一瞬何が起きたか把握できないわけだ。
もう一つの『発勁』はもっと簡単。相手に手を密着させた状態で、肘の部分から高圧噴射した風魔法で腕を撃ちだし、相手の腹部を強打。とどめに相手の内臓に直接水の弾丸を叩きこむ……んだけど、今回は殺しちゃうからやめといた。
普通はこんな技を使う必要は無いが――これは密着した状態で打つため躱しにくく、しかも手で相手に触れているから直接内臓に水魔法を叩きこめるという利点がある。実力が伯仲していた場合は不意を突かないと入らないだろうけど、こんな雑魚相手なら簡単に決まる。
そもそも、どちらかと言うと装甲が固いタンク役を相手にする用に作った魔法だ。鎧が固いならその内部に攻撃すればいいじゃない。
初めて使ったにしては上々の成果だろうね。
「京助!」
冬子が小走りで俺によってくるけど、俺はその前に男から強引にむしり取った女性を立たせてあげる。
「ケガはない?」
「え? あ、は、はい……」
かなり強引に引っ張ったからどこか痛めたかと思ったがそんなことは無いらしい。
そんなやり取りをしていると、冬子がグイッと俺の腕をとって引き寄せた。ちょっ、胸が――当たらないから慌てない。いやホントは当たってるけどギリギリ平静を保てる。
「どうですか? 私の男はカッコイイでしょう」
「え、えっと……そ、そうです、ね」
何故か冬子がどや顔をかまし、女性は困った顔をしている。
……冬子、何してるのさ。
「むしろなんで気づかなかったのかが不思議だよ……。ほら、ついたよ冬子」
異世界にもあんな場所あるんだー、なんて感想とキアラへの殺意しか沸いてこないそんな場所から少し歩いたところで。
俺は当初の予定であったレストランへやってきていた。そのレストランは、見た目はまるで美術館のようで規模自体もだいぶ大きかった。
前の世界で言えば郊外にあるファミレスよりもさらに大きいくらいの大きさと言えば伝わるだろうか。
「しかしまあ……予想以上にいいレストランっぽいね。まさかドレスコードがあるとは思わなかった」
普段着で入ろうとしたら別のお客さんが引き留めて教えてくれた。老夫婦二組と若いカップルが一組だったので、もしかしたら結婚前の両親の顔合わせとかかもしれないね。
「さっきドレスとスーツを買っておいてよかったな……」
というわけで、俺たちは結界の中で先ほど買ったスーツとかに着替えて現れたわけだ。
話によるとお値段も大分ヤバいようだけど、これでも俺はBランクAG。持ち合わせは割とある。まさかコース料理で大金貨100枚とかはなるまい。
なんて思いながらレストランの前まで行く。そこには品のよさそうな執事服を着た男が二人立っていた。
パッと見、武道の心得があるようには見えないけれど、懐に大きな魔力反応がいくつか。どうも攻撃系の魔道具か何かを持っているらしい。ガードマンも兼ねてるのかな。
「失礼いたします。身分を証明できるものはお持ちでしょうか」
身分証の提示か。ティアールのホテルもそうだったけど流石王都。ちゃんとしたお店が多そうだね。
俺は懐から……と見せかけてアイテムボックスからAGライセンスを取り出す。冬子もだ。
執事服の店員二人は俺たちのライセンスを見た後、ニコリと笑ってから手のひらで中を指し示した。
「失礼いたしました。ようこそ『ブルーローズ』へ」
仕草の一つ一つが丁寧で風格がある。流石は高級店ってところだろうか。
俺はついでとばかりに冬子の手をとる。
「エスコート、ってやつの真似事をさせてもらうよ、冬子」
「ふぇ!?」
よく分からないけどレディファーストだったらいいんだよね。ぶっちゃけ、先に何があるか分からない場所に入るのなら男が先に入って安全を確保してからにするべきだと思うけど、英国紳士というのはよくわからない。
冬子の手を引き、案内に従って俺と冬子は店の中に入る。
中は豪華な装飾だが決してくどすぎることはない。また、置かれている調度は品のあるものばかりで、率直に言ってセンスがいい。
例えばあの燭台。単なる銀の燭台に見えるがよく見ると透明な石がはめ込まれている。しかもその石のカットが詳しくない俺でもわかるほど素晴らしい。
「ティアールの部屋でも思ったけど、王都の人はセンスがいいよね」
「私にはよくわからないが、そういうものなのか?」
「うん。俺にも詳しいことは分からないから、『なんかいいな』くらいのものだけど。けど内装にまで拘るのはいいお店の証だよ」
「なるほどな。……うん、私も好きだ」
「でしょ」
そう言いながら廊下を歩いていくと、店員さんが扉を開けてくれた。見ると、中は広くたくさんのテーブルが置かれている。
他にもいくつか扉があるみたいだけど、流石に全部厨房ってことは無いだろうし……。
「ここ以外の部屋は何があるんですか?」
冬子が俺と同じ疑問を抱いたらしく、店員さんに尋ねる。
「他の部屋は、予約されていた方ようの個室などです。個室からはキレイな夜空などが見えますので、是非次の御来店の際にはご予約ください。こちらで結婚式をなさるお客様もいらっしゃいますので、貸し切りなども行えます」
へぇ、流石に広いだけのことはある。
俺たちはそのまま座席に案内される。
「こちらの席でよろしいでしょうか」
スッと差し出された席は白いテーブルクロスが敷かれており、真ん中にはきれいな紋様が描かれている。
俺は冬子のために椅子を引いて先に座らせ、自分も席に座る。
……俺がおままごとみたいなエスコートをしていることを察して、案内してくれた店員さんは目配せだけして自分では椅子を引かなかった。ウインクが似合っていたのが小憎たらしい。
「こちら、メニューでございます」
渡されたメニューにはいくつかのコース料理が書いてある。こういうお店に来たことはないから雰囲気だけでいいかな。
「俺はこれにするよ。冬子は?」
「私は……じゃあ、京助と同じやつに」
「畏まりました。果実酒はどうされますか?」
ワイン……まあこの前の冬子の様子からしてお酒は飲ませない方がよさげだよね。
「ん……彼女がお酒に弱くてね。果実酒はいいから、代わりに何か紅茶とかもってきてもらえると嬉しいな」
「畏まりました。もし何か御用がございましたら遠慮なくお申し付けください」
恭しく礼をして店員さんは奥へと引っ込んでいった。
俺はそれを見届けてから……ふと、灰皿がテーブルに無いことに気づいた。
(……これはアレだね。このレストランは禁煙らしいね)
郷に入っては郷に従え……とは違うだろうけど、流石にそんなところで吸うほど俺も愚かではない。
「どうも、活力煙はご飯の後にお預けだね」
「むしろ、私としてはお前が選んだレストランなのに吸えないことが驚きだ」
冬子は周囲をキョロキョロしながら俺にそう言うけど、正直事前情報なしに来たとは言えない空気だね。
「まあ、こういうのは雰囲気だからね。上品な店を選んだらたまたまそうなったってだけだよ」
「そういうものか」
「そういうものさ」
ふと横に目をやると、少し離れた席に先ほど俺たちにいろいろ教えてくれた老人たちが座っていた。六人で仲良さげに歓談している。
「あの二人は新婚さん、なのかな」
「あの二人? ……ああ。いや、新婚という風には見えないな。この世界の常識はお前の方が詳しいと思うが、結婚適齢期は前の世界よりも若い。なのにあの二人は30代手前に見えるし、距離間も新婚と言うよりは家族と言った雰囲気だ。結婚何年目かの記念日に互いの両親と食事、とかじゃないか?」
珍しく推論を口にする冬子。そう言われるとそう見えてくるから不思議だ。
というか冬子から解説されるなんて珍しいね。彼女もそう思ったのか、少し不敵な笑みを浮かべた。
「お前が私に解説されるとは珍しいじゃないか」
「俺にだってわからないことはあるよ」
肩をすくめる俺。この世は分からないことばかりだ。特に、人と人の距離感とか感情とか。
正解のある話ならまだいいんだけど……『雰囲気で』とか言われても分からないよ。
勝ち誇った表情をしている冬子を可愛いと思いながら見ていると、先ほどの席から女性が一人立ちあがった。恐らくトイレだろう。
「そろそろ一品目が来る頃かな」
「しかし今さらだが、何を頼んだんだ? 京助。殆ど即決だったが」
「んー。コース料理の良しあしなんてわからなかったから、値段が真ん中のやつにしただけだよ。あんまり高いと『高いだけの食材』が使われてる可能性があるかなーと思ったし、あんまり安いと今度はもっと美味しいのがあるかもしれない。だから間をとって中間さ」
「……テキトーだな」
「まあ、人から勧められた場所だからマズいってことは無いでしょ」
現に、他の席から料理に対する文句は聞こえてこない。もしも値段だけのお店だったら「まあ仕方ないよね」的な声が聞こえてくるはずだ。
高いだけの物をありがたがる趣味は無いから、ちゃんと美味しいモノが出てくることをのぞむよ。
そんなことを考えていると……突然、ガシャーン! という何かが割れる音、そして明らかに人の肉が斬り裂かれる音がした。
「ッ!?」
冬子が咄嗟に腰の剣に手をかけようとして――今は清楚なドレス姿だったことを思いだしたのか舌打ちする。
俺は俺でアイテムボックスから『パンドラ・ディヴァー』を抜こうとして――さすがに衆目につきすぎることを思いだした。客の数はそんなに多くないとはいえ、決して少なくも無い。みだりにアイテムボックスも使わない方がいいだろう。
「……京助」
「下手に動かない方がいい。……見たところ、従業員の殆どが魔道具を携帯していた。余程のことが無い限り制圧されることも少ないでしょ」
言いならが、この手のセリフは即座に裏切られるというのがこの世界のお約束――そう思い、魔力を練る。
まだ誰も入ってこないけれど、大きな魔力は『視』えない。たぶん入ってきたとして武闘派だ、ろ……。
「……嘘でしょ」
「? どうした、京助」
ああもう、面倒ごとは勘弁してほしい。
お客さんを見渡すけれど、荒事に精通している人がいるように見えない。ほとんどの人がお忍びで来ている貴族、もしくは中~上流階級の人のようだ。
余程あくどいことをしている人じゃない限り、恨みを買いそうな職業をしている人がいるように見えない。
そんな職業なんて――AGである俺たちくらいのものだろう。
「そもそも、だ。俺たちがたまたまレストランに来て、たまたまテロにあうとでも思う? 冬子」
「……いや、それは確かに不思議だが――ッ!」
さらにもう一度、肉を斬り裂く音。流石に殆どのお客さんが何事かとざわざわし始めた。どうも、部屋の中にいる店員さん達もどうすべきか決めあぐねているらしい。
「――扉の前に魔力が二つ。両方ともそんなに大きくないけどね。……たぶん入ってくる」
「いざとなったら……アイテムボックスから武器を出すからな」
もはやドレスを破いて飛び掛かろうとせんばかりの眼光で俺に言う冬子。まあ、既に犠牲者が出ている状況であることは間違いなさそうだからね。
「やむを得ないね。俺がそうならないように何とか収めるつもりだけど――」
そう、言いかけたところでバン! と大きな音とともに剣を握った男が入ってきた。禍々しい魔力を纏ったネックレスをつけ、もう片方の腕で先ほどトイレに立った女性を動けないようにロックしながら。
剣には既に血が付いている。咄嗟に数人の店員が懐に手を伸ばしたが、
「う、うううう、動くなァっ!!」
という声に動きを止める。そりゃそうだ、相手は人質を取っているんだから。
その剣は女性の首筋に突き付けられており、一瞬でも腕を引けばお陀仏だろう。
「い、いいか、動くんじゃねえ! 動いたらこの女がどうなるか分かるなぁっ?!」
「ひ、ひいいいい! た、助けて、やめ、て」
「う、うるせえ!!! だ、だだだ黙れぇっ! つ、つ次に喋ったら殺すぞぉ!」
「ひいい!」
「だから喋るなぁッ!」
目が血走っている。まさに狂乱――それもそうだろう。
何せ、あれは明らかに正常じゃない。
「……京助、まさかとは思うが……」
「よく気付いたね、冬子。そうだよ、アイツはヨダーンによって操られてる。……厳密には、ヨダーンの呪いがかかっているネックレスを付けているから、だけどね」
あのネックレスから、あのヨダーンの魔力が感じられる。まったく、どこまでも俺たちの邪魔をしてくるね。
「詳しい効果は解析……というか、ヨハネスなりキアラなりに聞かないと分からないだろうけど、あれのせいであんな風になっているのは間違いないよね」
眼が血走っている男は、ぶるぶると腕を振るわせながら俺たちに向かって叫ぶ。
「う、動くなよ!? いいか? お、おおおオレが今から一人ずつ殺していく……オレはこう見えても騎士だったんだ。いや! 今でも騎士なんだ! 陥れられなければ今でも騎士だったんだ! それが、あの貴族野郎が!」
なるほど、元騎士。それじゃただ攻撃用魔道具を持っているだけの店員だけじゃ対応できないよね。
それにしても、要求が皆殺しと来たか。
(……人質とったところでそんなの出来ないに決まってるだろ)
と、いうことも考えられないんだろうね。
俺は魔力を指先に集めて――
「(……京助。分かってると思うが殺すなよ?)」
――冬子から機先を制されてしまった。
「(ふぅ……まあ、このタイミングで殺したら、死ぬ前の悪あがきであの女性は殺されそうだ。この場で殺すのは流石に得策じゃないね)」
頭部を一撃で粉砕すればそんなことも出来ないかもしれないが、あの距離だ。最も速度が速い風の刃でも0.1秒くらいは与えてしまうだろう。そしてそれだけの時間があれば剣を引くだけなら問題ない。
――あの女性を見殺しにするのも寝覚めが悪い。助けられるときに助けられる人を見殺しにすることほど、後悔することはない。それが簡単であれば簡単であること――って、これ昔王女様に言ったセリフだったね。
魔力を『視』たからわかるけど、どうも廊下とかで斬られた人たちはまだ生きてるみたいだ。それもギリギリのようだけど。
なら早く対処しないと――
「ま、まずはそこの男だァっ! た、立てよ!」
――と、何故かその男はいきなり俺を指名してきた。
「きょ……ッ!」
冬子が俺の名前を呼ぼうとしたので、俺は唇に指を当てて静かにするようにジェスチャーする。ヨダーンの呪いだ。何がトリガーになって暴れ出すか分からない。前の呪いは獣人族の話題がトリガーだったけど、今回もそうとは限らないからね。
もしも、ヨダーンを殺した奴の名前――とかだったらマズいことになる。
俺は黙って立ちあがり、両手を上げる。
「よ、よよよ、よし! こ、こっちへ来い。……い、いや待てよ? そうだ、服を脱げ。いひひ! 全員! この場にいる全員服を脱げ! そこにいる女もだ! ちゃ、ちゃちゃ、ちゃんと武装してねえことを見せろ!」
……トンデモナイことを要求しだしたな。
「ねぇ、脱がなきゃどうするつもり?」
俺は相手を怒らせないように――いやむしろ、俺にだけ怒りを向けるように言葉を選びながら語り掛ける。
「は? そ、そんなもん! こ、このおお、女を殺して――!」
「殺した瞬間、お前は身を護る物が何もなくなるわけだけど?」
「お、おい君!」
女性の旦那さんと思しき人が思わず立ち上がりかけるが、俺は右手でそれを制す。
そして右手で制すと同時に、あの剣に剣を鈍らせる魔法をかける。エースのモノ真似の魔法だけど、こんな時に役立つとはね。
「一応言っておくけど、俺はBランクAGだ。お前如き、素手で制圧することくらい容易いよ」
敢えて挑発。
すると、その男はぶるぶると震えたかと思うと同時に俺へ向かって剣を突き出してきた。
そしてその瞬間、俺は男の前に『縮地』を使って一瞬のうちに移動する。
「う、うるせぇ! そんな、そんなことできるわ――え?」
そして腕でガッチリとホールドされている女性を強引に奪い返し、呆れた顔を向ける。
「そう思うならそれがお前の限界だ」
何が起きたか分からない、と言った顔をしている男の胸に俺は手のひらを置く。そしてネックレスに指を引っ掛けた後に『発勁』を発動。ドッ! ……と物凄い音とともに、ヨダーンの呪いを受けた男は壁に叩きつけられた。
たぶん――周囲で見ていた人は何が起きたか分からなかっただろう。傍目から見れば、俺が一瞬で移動したと同時に男が吹っ飛んだ。……ってところかな。
「か、ふ……」
そしてこれまた皆にばれないように、男から一瞬のうちにすり取っておいたネックレスをアイテムボックスへしまう。流石に千切れてたけど。
――今、俺が何をしたかと言うと。
まず俺は新しく開発した魔法、『縮地』を発動して男までの間合いを詰めた。これは端的に言うなら『なんの動作もせずに近距離を高速移動する』魔法で、具体的に言うなら足の裏を水魔法で滑らせて、風魔法で滑って移動することによって体の筋肉を一切動かさず、体重移動もせずに動く魔法である。
人間は、基本的に相手の動きの予備動作を見てその後の行動を予測する。しかし、この魔法は予備動作無しで動くから一瞬何が起きたか把握できないわけだ。
もう一つの『発勁』はもっと簡単。相手に手を密着させた状態で、肘の部分から高圧噴射した風魔法で腕を撃ちだし、相手の腹部を強打。とどめに相手の内臓に直接水の弾丸を叩きこむ……んだけど、今回は殺しちゃうからやめといた。
普通はこんな技を使う必要は無いが――これは密着した状態で打つため躱しにくく、しかも手で相手に触れているから直接内臓に水魔法を叩きこめるという利点がある。実力が伯仲していた場合は不意を突かないと入らないだろうけど、こんな雑魚相手なら簡単に決まる。
そもそも、どちらかと言うと装甲が固いタンク役を相手にする用に作った魔法だ。鎧が固いならその内部に攻撃すればいいじゃない。
初めて使ったにしては上々の成果だろうね。
「京助!」
冬子が小走りで俺によってくるけど、俺はその前に男から強引にむしり取った女性を立たせてあげる。
「ケガはない?」
「え? あ、は、はい……」
かなり強引に引っ張ったからどこか痛めたかと思ったがそんなことは無いらしい。
そんなやり取りをしていると、冬子がグイッと俺の腕をとって引き寄せた。ちょっ、胸が――当たらないから慌てない。いやホントは当たってるけどギリギリ平静を保てる。
「どうですか? 私の男はカッコイイでしょう」
「え、えっと……そ、そうです、ね」
何故か冬子がどや顔をかまし、女性は困った顔をしている。
……冬子、何してるのさ。
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