異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

89話 Sランカーと模擬戦なう

 激しい金属音をさせた後、冬子はバックステップで距離をとる。大剣の間合いの外だというのに、セブンは冬子が着地するタイミングで大剣を大きく横に薙いだ。
 そんな遠いところから何故――と思った瞬間、


「――――ッ!」


 大剣が一回り大きくなって、冬子の腹に剣が迫ってきた。
 咄嗟に剣の柄の部分でガードするが、勢いを殺しきることは出来ず吹き飛ばされる。


「くっ!」


 冬子は一回、二回と転がって勢いを削ぎ、すぐさま立ち上がった。体のダメージは少ない……加減されたようだ。


「いい反応だ。次、行くぜ」


 ズン! と大きな音を立ててセブンが高速で間合いを詰めてくる。速い――そう思った瞬間には既にセブンの大剣は眼前にあった。
 冬子はサイドステップで振り下ろされたそれを躱し、セブンが剣を振り上げる前に彼の喉を狙って突きを繰り出す。
 セブンがそれを先ほど冬子がやったように大剣の柄で受け止めてニヤリと笑った。意趣返しのつもりだろうか……そのくらい自分でも出来るぞというアピールだろうか。


(なかなか、自信があるみたいだなっ!)


 しかしSランクAGが自分を見て戦ってくれているという事実に少し嬉しさを覚える。やはり自分よりも強い相手との戦いはいい。


(京助は……なんだかんだ言って手加減するからな)


 そう考えると、操られてしまっていたことが悔まれる。京助が魔昇華してまで戦ってくれていたと後で聞いて凄く残念だった。


「おらっ!」


 横なぎに振るわれる大剣を跳躍して躱す。あの大剣はどういう理屈か分からないが、ともかく伸びたり縮んだりするらしいから、間合いはあてにならない。確実に躱す。


「跳んだのは――マズかったんじゃねえか嬢ちゃん」


 避けられないタイミングで飛んでくる上からの斬り下ろし。
 たしかに――冬子は空中で動くスキルを持たない。京助のように空を飛ぶことは出来ない。こうして空中に躱すことは下策かもしれない。
 しかし……だからと言って空中で無様に攻撃を受けるほど弱くも無い。


「ふっ!」


 斬り下ろされた大剣を剣で受け止め――ずに、横から叩くことによって軌道をそらす。さらに勢い余って地面に叩きつけられた大剣の上に着地し、セブンの顔面を狙う。


「ははっ!」


 獰猛に笑ったセブンはなんと――自分の右腕を巨大化させて・・・・・・冬子の剣を受け止めてしまった。


「「なっ!?」」


 京助の驚いた声も聞こえる。なるほど、これがセブンの真骨頂か。
 ガギィ、という鈍い音がしながら冬子の剣とセブンの腕が拮抗する。この手応えからしてエースの魔法で刃を潰して無くても斬れなかっただろうと思い知る。
 これが……SランクAG。
 ゴクリ、と唾を飲む。もはや人じゃなくて魔物じゃないのかこの男は。


「冬子!」


 一瞬、ほんの一瞬セブンの凄さに怯んだ瞬間、巨大化した左腕で殴りつけられた。


「がっ!」


 吹っ飛ばされながらも、冷静に体勢を立て直す。そして距離をとってからセブンの身体を見据えると……なるほど、腕だけじゃなく体全部が大きくなっている。先ほどの1.5倍ほどだろうか。
 冬子は一つ呼吸を置いて、セブンに向かって走り出す。


「はっ!」


 巨体から繰り出される大剣の一撃を受け止め、流し、なんとか懐にもぐりこむ。この巨体ならば小回りが利いた攻撃は繰り出せまい。
 冬子は右下から斬り上げるが、なんと膝で剣を弾かれてしまった。


(絶妙なタイミングで……っ!)


 さらに近接での斬り合いを行うが、大きさが元に戻っているせいで強引に攻め込めない。元の大きさでも冬子よりも力が強く、技術もあるのだ。


(さすがは人族の頂点だな)


 思わず笑みがこぼれる。そしてセブンも獰猛に笑った。
 さらに爆音を響かせながら剣と大剣で切り結ぶ。勿論真正面から強引に打ち合っているわけではない。上手く力加減をしながら相手の威力を殺しつつ打ち合う。
 左から来た剣をかがんで躱し、伸びあがる反動で顎を切りつける。セブンがそれを反って躱し、蹴り上げてきた。
 その蹴りは右にステップすることで避け、軸足を狙って剣で突き刺したが足だけ巨大化させることでそれを弾いた。
 ――巨大化と同時に防御力まで上がるみたいだな。
 感触としては巨大なタイヤを叩いた時のようだ。硬いわけでなく弾力があり剣が押し戻されてしまう。
 そして――足が巨大化するということはセブンの背が高くなるということだ。


「そらっ!」


 かなり高い位置から声が聞こえてくる。上を見上げると、四メートル近い巨人がそこにはいた。
 そんな長身から放たれた斬撃を避けるため、咄嗟に冬子はその場を離れるが――しかし地面に大剣が叩きつけられた衝撃で吹き飛ばされてしまった。


「くっ――え?」


 ガシッ、と――空中で体勢を立て直そうとしたところで、誰かに抱き留められた。そのままふわりと相変わらず慣れない浮遊感が冬子を襲う。


「冬子、そろそろバトンタッチ」


 耳元で囁かれる京助の声。その声に含まれているのは――多分の苛立ちと少しの期待。おそらく、セブンに向けてのものだろう。


「うん――ちょっと、ぶっ飛ばしてくるよ」


 京助は一方的にそう言うと、冬子を地面に降ろしてから飛び上がって――セブンに向かって斬りかかった。


「ほう! 次はお前か!」


「胸を貸してもらうよ、セブン」


 ギリリリリィンンン!! と先ほど冬子がセブンと切り結んだ時よりもさらに大きな音を立てながら京助の槍とセブンの大剣が激突する。
 その光景を見ながら冬子は――ぼそりと呟いた。


「……私はまだ、守られるだけの存在か?」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 冬子とセブンが戦いだしてすぐ、エースが隣に来て一緒に見学しだした。


「ぽやぽやぽや。奥さんと一緒に旅とは羨ましいでおじゃるなぁ」


「……別に彼女は妻じゃないよ。ただの仲間、友達だよ」


 俺がそう答えると、エースは何が楽しいのか「ぽやぽやぽや」と上半身を揺すって笑った。


「そうでおじゃるか。いや、それは失敬でおじゃる」


「…………」


 魔法師ってのは変なのが多いって知ってはいたけど、ここまで強烈なのも初めて見たね。


(さて……危なくなったら止めるつもりだけど)


 そう思いながら見ていた冬子とセブンの戦いの最中――セブンの剣がいきなり伸びたので、俺が「ハンマーオークの魔魂石かな?」と呟いたら、エースが「正解でおじゃる」とさらに話しかけてきた。


「ハンマーオークだけではないでおじゃるけど、あの魔剣に使われている魔魂石の一つはハンマーオークでおじゃるよ」


「……そういうこと、言っていいの?」


 魔剣の根幹にかかわってくる、魔魂石。それの正体をこうしてあっさり明かしてもいいのだろうか。
 そう思って俺がエースの方を見ると……。


「ッ!」


 SランクAGにふさわしい――ゾッとするような残酷な目をしていた。


「ぽやぽやぽや。……流石に、驕りが過ぎるというものでおじゃるよ。その程度のことを知ったくらいで、某たちをどうにか出来るとでも思っているのでおじゃるか?」


 ビリビリとした威圧感――いや、これは魔力だ。それも指向性の。
 ああ、ああ。
 さっき詠唱したから失念していたけど……エースは魔力を操作できる。あれって魔族の特権じゃないみたいだね……ッ!
 エースが魔力を操ることが出来ることに俺が気づいた――ことに気づいたエースが魔力を纏いながら嗤う。


「よいでおじゃるねぇ、本当に……君を見出した師匠にお礼を言いたいくらいでおじゃるよ。この業界……某たちSランクAGというのはそうそう増えるモノではないでおじゃる。いやぁ、本当によかったでおじゃるよ。こんな原石と出会えるなんて」


 彼は笑顔のまま冬子の方へと視線を向ける。そして指を上げると、魔力が変な風に流れ出した。具体的には――


「本当に悪い癖でおじゃるけど……そういう大きな原石を見ると」


(――カカカッ! コイツ、セブンの剣だけ無効化を解除する気ミタイダゼェ!)


「割ってみたくなる」


「チッ!」


 俺はエースが出そうとしていた魔力を、ヨハネスの力を借りてインターセプトする。バチッ! と不気味な音がして魔力の流れが途切れた。


「ほう?」


 エースの顔が楽しそうに歪む。……自分でやっておいてなんだけど、これ相手が流した魔力に自分の魔力を乗せて魔力過多で魔法を暴走させて無力化したのか。
 結界を無効にするときとやっていることは似たようなものだけど……我ながら本当に人間離れしてきた気がする。


「なかなかやるでおじゃるねぇ……では、これはどうでおじゃるか?」


 今度はさらにか細く、しかし物凄く精密にコントロールされている魔力をセブンに向かって放った。
 俺はまたもインターセプトするが……先ほどよりもだいぶ魔力を使わされた。
 涼しい顔でニヤニヤと笑うエース。


「いいでおじゃるねぇ。その魔力操作、まるで魔族でおじゃるよ」


 さらっと俺の強さの根幹を言い当てるエース。俺はそのことを聞かなかったことにしてセブンと冬子の戦いに目を向ける。


「速さは五分、冬子の方が少し速いかな」


「ぽやぽやぽや。しかしパワーと技術はセブンでおじゃるなぁ」


「……そりゃそっちは人類最高峰なんだか――」


 俺はため息をつきながらそう言って……次の瞬間、セブンの・・・・魔法が・・・解除されている・・・・・・・ことに気づいた。


「――――――ッ!」


「ぽやぽやぽや……油断大敵でおじゃるなぁ」


 俺はエースの声をしり目に、冬子の方へ向かって駆けだす。
 まさに俺が駆けだした瞬間、冬子がセブンの剣の余波を受けて後ろへ吹き飛ばされたので――後ろに回り、俺はその体をしっかりと抱き留めた。


「冬子、そろそろバトンタッチ」


 俺は冬子の耳元でそう言いいながら空中で体勢を立て直し、セブンの方を見据える。


「うん――ちょっと、ぶっ飛ばしてくるよ」


 一方的にそう言って、俺は冬子をその場に置いてセブンに向かって斬りかかる。


「ほう! 次はお前か!」


「胸を貸してもらうよ、セブン」


 ギギギギイィィィィィィン!! と、普通に打ち合った時と同じ音が響き渡る。どうも俺の分まで魔法は解除されているみたいだね。


「はははっ! なかなかいい戦いになるんじゃねえか?」


「――お断りだね。『紫色の力よ。はぐれのキョースケが命じる。この世の理に背き、全ての刃に毀れを。ウインド・ディナイ・ソード』」


 俺はそう言いながら、セブンと俺の槍に風を巻く。これくらいならヨハネスの力を借りなくても出来るようになってきた。
 たぶんエースのモノほど完全じゃないだろうけど、多少はマシになるだろう。


「ほう? なかなか器用なことが出来るじゃねえか」


「……まあね」


 そう言いながら横から振るわれるセブンの大剣を槍で受け流す。間合いを取ったつもりだったけど届く……やはり自由自在に長さが変わる剣ってのはやりづらい。
 上から振り下ろされる大剣を横にステップして躱し、首元を狙って突きを繰り出す。


「っは! 刃引きしたうえで急所を狙うとは――いい根性してんじゃねえか!」


「ちょっとイライラしてるからね。八つ当たりも兼ねてる、よ!」


 さらに『三連突き』。セブンが大剣を盾にして防ぎ、俺に蹴りを放ってきた。右手で蹴りを防ぎ、後ろへ跳んで威力を殺す。
 踏み込まずその場から大剣で攻撃してくるセブン。……よく見たら、冬子と戦った時からあんまり動いてないね、こいつ。
 当たる瞬間に急激に伸びる大剣――いや、伸びるだけじゃなくて全体の大きさが大きくなってるのか。
 大きくなると一撃が重くなる。質量も大きくなるというのは……どう見ても脳筋な彼の戦闘スタイルに噛み合っているんだろうね。


「ふっ!」


 突きでセブンの眼を狙うが、セブンは首を傾けてそれを躱す。さらに石突で足元を攻撃するが、今度は巨大化されて弾かれた。


「巨大化するって……なんていうか、見た目通りの『職スキル』だよね。セブン」


「ああ? 見た目通りってどういうことだ」


「脳筋?」


「はっはー……ぶっ殺す」


 ガン! と地面が揺れるほどの踏み込みと同時にセブンがこちらに突っ込んできた。
 ――速い。
 下から振り上げられる大剣を間一髪屈んで避け、伸びあがりながら右肩を狙って突き刺すがそれは簡単に躱される。
 その場で踏ん張りながらセブンの一撃を槍で弾き返すが、思いっきり地面を踏みしめないと吹き飛ばされてしまいそうなほど重い。
 そして俺の重心が右足にある時にその右足を狙って大剣の斬撃が飛んでくる。流石に躱せないので槍で受け止めるが……止めきれずに後方へ吹き飛ばされる。


「おいおい、こんなもんかぁ?」


 セブンの煽るような声。人がイライラしている時に、余計にイライラさせてくれるね。


「だったら……魔族を瞬殺した俺の力、少しだけ見てみる?」


 俺はそう言いながら、エースやセブンにも分かるように魔力を練り上げる。


「えー……『紫色の力よ。はぐれのキョースケが命じる。この世の理に背き、この身に暴風と業火の加護を。テンペスト・フレア・アーマー』」


 そう言いながら、俺は自分の肉体に風魔法と炎魔法のエンチャントをかける。ウイングラビットにやって以来だけど、今この場ではちょうどいいだろう。
 ……身体強化の『職スキル』があればこんな面倒なことしなくてすむんだけどね。


「ほう」


 ニヤリと、興味深そうに笑うセブン。俺はその魔法のついでにとある魔法も発動しておきながら……低く構えた。


「行くよ」


 ドッ! と先ほどとは段違いの速度で――速度だけなら魔昇華している時ともさほど変わらない――セブンの懐に入る。


「シッ!」


 ギギギギイィィィィィィン!! と先ほどよりもさらに大きな轟音が修練場に響く。そりゃそうだ、俺の馬力が上がったんだから。
 右手一本で振り払った俺の槍をセブンが受け止め、俺は開いた左手で『ファイヤーバレット』を発動。セブンの頭を狙う。
 セブンは危なげなくそれを躱すが、驚いた顔をしている。


「はっ!」


 しかしすぐにそれを嬉しそうな顔に変え、真上から大剣を振り下ろしてくる。それを躱さずに横から槍で叩き逸らし、石突で横からセブンの頭を殴りつける。
 しかしセブンはそれを巨大化させた左腕でガードして、そのまま左腕で殴ってきやがった。
 俺はそれを額で受けて――勢いを殺すように後ろに跳んで距離をとる。セブンの嬉しそうな顔にさらに苛立ちが加速していくけど、狙った位置に行ってくれて嬉しいよ。


「ふ~……」


 低く、低く構え――纏わせた炎を足元から噴出することでジェット噴射の如き加速でセブンの下腹部を狙う。要するに体当たりだ。


「ッ!?」


 さすがに体当たりが来ることは予想の範疇から漏れていたのか、咄嗟に腰を落として踏ん張るセブン。
 ――踏ん張ったね?


「え?」


 足元が・・・濡れて・・・いることに・・・・・気づいていなかったセブンはそのまま後ろへ倒れこんでしまい、一瞬困惑した表情を浮かべる。
 その隙をついてマウントをとった俺はセブンの喉元を狙って槍を突き刺そうとして――


「そこまででおじゃる!」


 ガクン、と俺の動きを止められた。……エースの魔法か。セブンに夢中で気づかなかったよ。見れば……周囲に振動の結界のようなモノがはられている。
 俺は魔力の供給元を『視』てその結界を解くが、既にセブンは俺の足元からエースの横まで移動していた。なんだよそのスピード。
 ……ま、手をぬいていたのは俺だけじゃないってことだよね。


「どうだ? SランクAGに勝った気分は」


 セブンが俺の方を見てニヤニヤと笑っている。そちらの方を見ずに俺は懐から活力煙を取り出し、咥えてから火をつけた。


「ふ~……父親と腕相撲をしたとして」


 肺の中に煙を吸い込み、吐き出す。このプロセスが俺の脳を戦闘モードから通常モードに引き戻してくれる。
 俺は魔法を解除して冬子の方へ向かいながら、セブンの方をちらりと見て尋ねる。


「勝った時、純粋に喜べる?」


「ラッキー、って思うぜ」


「……そ。なら俺も『ラッキー』で」


 俺はギルドマスターの方を向き、「今日はもう帰っても?」と尋ねた。


「はい。どうせこれは……あそこにいる脳筋が暴走して始めたことですので」


「……そうですか。じゃあ失礼します」


「し、失礼します」


 俺と冬子は挨拶してから修練場を出る。
 エースから冬子に何かされていないか確認しながら。

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