異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

88話 王都ギルドの事情なう

 咄嗟に剣を抜きそうになる冬子の手を止め、俺も槍を出したくなる気持ちを抑える。
 ……この距離でSランク二人、しかも実力が未知数のギルマスまでいるんだ。やり合ったら怪我じゃすまない。
 俺が冬子を抑えたからか、セブンは少し目を細めて「ほう」と感心したような声を出した。


「現状の力量を判断して止めるか。若いのに大したモンだな」


「ぽやぽやぽや。普通はもっと跳ねっかえりなものなんでおじゃるがなぁ。リリリュリー氏は良い弟子を持ったでおじゃる」


「……セブン、お願いだからむやみに挑発するのはやめて。いくら私でも化け物が三人、いえ――」


 ギルマスはちらりと冬子を見るとまたため息をついた。


「――失礼。四人の化け物を止めるなんて不可能よ」


 どうもギルマスは俺たちを害するつもりはないらしい。
 セブンとエースはニヤリと笑うと殺気を収めた。


「――元々、マックはオレたちが追ってる人物だった」


「……へぇ」


 セブンは口から煙を吐きだすと、がりがりと頭を掻く。


「なのにテメェらがかっさらった。……AGの仕事は基本的に早い者勝ち。しかしああいう『大物』は、もう少し慎重に行動してほしかったところだな」


 セブンが『大物』というところを強調するように言った。それが意味するところは……たぶん、ヨダーンが魔族であるということなんだろう。


「もしも失敗して――あいつに逃げられたらどうするつもりだった」


「失敗しないから平気――って言いたいところだけど、そういうことを訊かれてるんじゃないよね」


 俺は少し肩をすくめながら答える。


「なるべく失敗しないように動くつもりだったけど、万一失敗した時は……今ここにいないけど、俺の仲間にアンタレスのギルマス――アルリーフに伝えてもらう手はずにしていた。彼なら悪いようにはしないだろうと思ってね」


 そう言うと、セブンと――王都のギルマス、クラウディアの二人が露骨に嫌そうな顔をした。ひょっとして、アンタレスのギルマスと仲が悪いんだろうか。


「……それはつまり、王都のギルドを信用していなかったってことか?」


 違った、そっちか。
 ユラリとセブンからまたも殺気が立ち上る。いや……さっきは驚いて勘違いしたけど、これは殺気じゃない。ただの怒気だ。
 それなのに……尋常じゃない実力があるから、彼が暴れたら人死にが出る――そう、確信してしまうから殺気と思ってしまうのだろう。
 彼の実力はどうあれ、一応殺すつもりが無いと分かればどうという事は無い。俺も特に臆せず答える。


「言いにくいけど、そうなるね」


「京助!」


「――だって、受付の人すら洗脳されてたんだもの」


 冬子から窘められるが、俺は最後まで言い切る。
 セブンとクラウディアは俺の眼をじっと見るけど……俺はその眼をそらさない。


「……知っていたのか?」


「無論。誰だったか名前までは分からないけど、顔は知ってるから、見せてくれたら誰かは分かるよ」


「そう、ですか……」


 クラウディアの残念そうな声。セブンは苦い顔をしているし、エースは「あーあ」みたいな顔になっている。なるほど、俺がそのことを知らないと思っていたのか。
 職員が洗脳されている――それは十分信用できない理由に値すると思う。なんなら俺は内部の上の方――ギルドマスターも操られているんじゃないかと思ったからね。


「俺が『マックが怪しい』と言っても、俺のことを信用してもらえないだろう、と思ったことが一つ目、そして今言った通り職員が洗脳されていたことが二つ目。三つ目に……マックがAランクAGとして活動していられたこと。この三つの観点から、王都のギルドは頼れないと思った」


 セブンはいまだ納得がいかないという顔をしているが、クラウディアは少し申し訳なさそうな顔をした。


「確かに、彼をずっとAランクAGとして放置していたことは弁解のしようもありません。そもそも、怪しいと思ったのがつい最近のことですから……。また、職員がその……洗脳されていることにも気づけず申し訳ありません」


 クラウディアの様子はまるでギルドマスターという威厳を感じられない。というか、物凄く疲れて見える。
 ……俺がヨダーンを殺したことでやっぱいろいろやることが増えちゃったのかな。


「そもそも……クラウディアがオレたちに依頼したのは三か月前だ。久々に家に帰ってクラウディアと話していた時にな」


 三か月前……確かに、随分最近のことだね。


「嫁からそんなことを言われちゃ黙っていられねえ。オレはエースにも声をかけて調査を始めたってわけだ」


 というか、やっぱ嫁って言ったよね。……ギルドマスターの年齢は60手前くらい、翻ってセブンは四十歳手前くらい。
 ……熟女趣味なのかな?


「ぽやぽやぽや。一応お二人の名誉のために言うでおじゃるけど、二人とも同い年でおじゃるよ。少し複雑な事情があるんでおじゃるよ」


「……そう」


 まあギルマスも見た目年齢の割には少し若い口調だもんね。
 セブンはコホンと咳ばらいすると「話を戻すぞ」と言ってタバコを灰皿に押し付けた。


「そもそもクラウディアがオレたちに依頼したのは、ここ最近……ってほど最近でもないが、亜人族による食人衝動、なんて噂が出回っていたからだ」


 まあそうだろうな、と思う。


「特に、そう言っている連中は否定されると狂ったようになるのも特徴でな。その犯人を突き止めた結果……マックに辿り着いたわけだ」


「なるほどね」


 さすがはSランクAG……と言うほどでもないか。俺たちがあっさり辿り着いたんだから。


「そうやってずっとマークしてるうちに一つマックについて分かってな。……気づいていてぶっ殺したんだろう? お前も」


「うん。彼は――魔族だったね」


 俺がそう言うとセブンはコクリと頷く。


「そう、あいつは魔族だった。だからお前がマックを殺したと聞いた時に……相当な手練れかつ人族の味方であると考えた。だから今こうしていろいろ話している」


 ――なるほど。
 俺がヨダーンを殺したのに何もお咎めなしだったのは……こういう背景があったのか。
 ヨダーンが魔族であることが分かっていたから、それを殺すという事は人族側の人間である、と。
 ……本当は獣人側なんじゃって疑われる可能性を考慮してたんだけど、一応人族側として扱ってくれるらしい。


「奴が魔族だったってことが分かったのはいいんだが、そのせいで一つ問題が浮上してきてな……この辺はエースの方が詳しいから説明を任せる」


 セブンがエースの方を見ると、エースは細い目をさらに細くしながら「ぽやぽやぽや」と笑った。


「貴方も知っているかもしれないでおじゃるが、彼は精神汚染の魔法が使えたでおじゃる。その条件は接触すること……と見ていたんでおじゃるが、それ以外でも彼は洗脳を行っていたようでおじゃるからこちらからアクションを起こしづらかったんでおじゃるよ」


 たしかに、俺も結局洗脳……というか精神的に何か干渉されちゃったものね。いくらSランクAGでもその辺はキツかったのかもしれない。


「なるほどねぇ」


 俺が暢気な声を出すと、エースとセブンははぁとため息をついた。


「俺たちがどうするか必死に考えていたあの洗脳を躱す方法を先に見付けられてあいつを仕留められたってのは、悔しくもあるがよくやった、とも思う」


「それは光栄だね」


 SランクAGから褒められるなんて滅多にあることじゃないからね。というかそもそもSランクAGと出会うことすら殆ど無いけど。


「それに……テメェの言い分も分からなくもねぇ。ねぇからこそ、余計に腹立たしいがな、クソッ」


 なんか随分怒っているね。まあギルドそのものをバカにしていると捉えられても仕方が無かったのかな。
 そんなセブンの話を少し遮るように、クラウディアが話を進めた。


「とまあ……セブンは立腹していますが、こちらとしては脅威を排除していただいたので感謝いたします。ありがとうございました」


 そう言って美しい所作で礼をするクラウディア。


「まあこちらも手を出されたから殴り返しただけだけですからね」


「――それでも、ギルドはあなたに対して報酬を出します」


 クラウディアがパチンと指を鳴らすと、扉が開いて大量の金貨を持った人々が現れた。
 途端にクラウディアの雰囲気がギルマスのそれに変わる。……さっきまでのはなんだったんだろうか。


「貴方たちは下がっていなさい」


「「ハッ!」」


 金貨を持ってきてくれた人たちを下がらせ、クラウディアが書類を取り出す。


「ここに大金貨が500枚あります。これを貴方にマック――いえ、魔族討伐の報酬として進呈します」


「ありがとうございます」


 俺は一礼して目の前の金貨の数をザッと数える。……確かに500枚ほどありそうだ。


「(その……京助、この大金は……)」


「(うん、普通に報酬ってわけじゃないだろうね)」


 少しだけひそひそと冬子と会話してから、クラウディアが何を言うか待つ。
 クラウディアは少し目をつぶると、書類を俺に手渡してきた。


「これを受け取ったというサインをお願いします」


 渡された書類を読むと……なるほど。


(マックが魔族だったことを黙っていること、職員が洗脳されていたことを黙っていること、そして魔族か獣人族と戦う時は必ずギルドに報告すること……なるほど、口止め料もあるってわけね)


 そう考えると、彼らは最悪の場合の口封じとしても呼ばれたってわけもあるのかな。
 たぶん、この職員が洗脳されて……っていうのは後から付け足した文言だろう。この書類は出来立てって感じがするからね、インクのにおいとか。
 元々はマックが魔族だったことの口止めの意味もあったんだろうね。


「ちなみに、これを受け取らないという選択肢は?」


「そうなると、オレとエースと戦ってもらうことになる。事故が起きるかもしれんがな」


 だろうね。


「もっとも」


 セブンは少し苛立ったように俺を睨みつける。


「どっちが事故を起こされるか分かったもんじゃねえ」


「さすがにそれは買いかぶりすぎだと思うけど……」


 それでも腕を一本くらいならとる自信はある。彼らもやり合いたくはないだろう。素の状態じゃ絶対に勝てないだろうけど、こちらも死に物狂いになれば、ね。


「というわけで、受け取っていただけますね?」


「うん。ありがとう。……ギルドに預けておいてもらってもいいよね」


 俺が言うと、クラウディアは頷いてくれた。ギルドの銀行システム――お金を預けるだけだけど――は本当に便利だよね。
 ……俺はアイテムボックスがあるからいいけど、他のAGはお金を置いておくところが無いし。


「では、これからもAGとしての活動をよろしくお願いします」


「はい」


 俺はぺこりと礼をして立ちあがる。


「じゃあ失礼します」


 そう言って冬子を連れて外に出ようとしたところで――


「待ちな」


 ――セブンに呼び止められた。


「何?」


「せっかくだ。やっていけよ」


 立ち上る闘気。ユラリと周囲の空間が歪むほどのそれは、なかなかお目にかかれるものじゃないね。
 これだから……脳筋は。


「……聞きたくはないけど、何を?」


「決まってるだろ、模擬戦だよ。付き合え。そっちの嬢ちゃんもどうだ」


 闘気、は感じるけど……殺気は感じない。怒気も無い。
 模擬戦と言っている以上危険は少ないだろう。……事故はあるかもしれないけどさ。
 とはいえ、理由は分からない。


「理由は?」


 素直に尋ねてみると、彼も素直に答えてくれた。


「お互いの手の内を見れるんだ――お前だって悪い提案じゃねえだろ」


 ふむ。
 俺は少し顎に手を当てて考える。


(どう思う? ヨハネス)


(カカッ! オレ様が見レバ相手の能力は分かるダロウケドヨォ――アイツノ狙いハ他にアルダロウナァ。ヤルカドウカハテメェ次第ダゼェ)


(だよねぇ)


 チラリと冬子の方を見ると……ああ、やっぱり少しうずうずしてるね。さっき尋ねられた時も嬉しそうにしていたし。
 自分よりも強い相手との模擬戦……っていうのは、自分の実力を試すいい機会だし冬子がやりたいのも分かる。
 分かる、けど……いや、まあいいだろう。


「うん、分かった。俺が先にやるから冬子は後ね。……エースもやるの?」


「ぽやぽやぽや。某は後方職でおじゃるからなぁ。見学しておくでおじゃるよ」


 どう見てもそりゃ後方支援系だもんね。見た目が。さすがにその体で……前線を飛び回るわけにはいかないだろう。


「冬子、というわけで少し彼らと戦おうか。模擬戦だから事故が起きないことを祈ろう」


「そうだな。いや……あの様子は武人だ。私たちにそんな無体なことはしないさ」


 なるほど、武人。
 そういう『武』の道を志すものとして、何か感じるものがあるんだろうか。


「おら、こっちだ」


 セブンが歩いていく方向に、俺と冬子は付いていく。
 ……何も言わずにエースとクラウディアも付いてくるけど。


「(やっぱ彼女も見学するんだね)」


「(そうだな。……どこまでやっていい、京助)」


 どこまでやっていい、というのはどこまで手の内を見せていいかってことだろう。
 俺は少し考えてから口を開く。


「(……うん、『断魔斬』さえ見せなければ大丈夫だと思う。ああ、あと『刀剣乱舞』もダメかな)」


 その二つは冬子の切り札だ。切り札……というか、他に使っている人を見たことが無い。そういう『職スキル』は出さない方がいいだろう。
 俺の場合は、『魔昇華』と魔術関連は全部無し。『職スキル』は逆に積極的に使っていこうかな。
 なんて頭の中で考えながら歩いていると、修練場についた。王都のギルドでは地下には無いらしい。


「着いたぜ。武器はそこにある……が、普通に自前のを使え」


 おっと、いきなり事故を起こすつもりだろうか。


「俺の武器は生憎刃引きしてなくてね。それで事故でも起きたら目も当てられない。普通に木刀とか使おうよ」


 どうせここにも木槍もあるだろうし。一度、棒を使ったことがあるけど棒とはまた取り回しが違って使いづらかったんだよね。


「いや……おい、エース! あの魔法を使ってくれ!」


 セブンがエースの方を振り向いて何かの魔法を頼むと、エースは「よいでおじゃるよー」とか暢気な声を出した。


「ぽやぽやぽや。分かったでおじゃる。『響きの力よ。『轟音』のエースが命じる。この世の理に背き、全ての刃に不殺の誓いを。ボイス・ディナイ・ソード』」


 そう言った瞬間、『パンドラ・ディヴァー』がすこし重くなった。


(ん?)


(カカカッ! コイツァスゲエ! 音の結界を纏わセルコトニヨッテ――剣や槍を斬れナクスル魔法ダァ!)


 ……それは厄介な魔法だね。
 見れば、冬子の方も剣を確認している。振ってみたり刃の部分を触ってみたり。
 俺も刃の部分を触ってみると……うわ、本当に斬れない。


「ちなみに威力もだいぶ減る。それでも当たり所が悪けりゃ骨折くらいはするかもしれねぇが、お前らクラスの実力者なら問題ねえだろ」


「買いかぶりだと思うけど……。だって結局鉄の棒で殴っているようなもんだからね」


 とはいえ、それは木刀とか木槍でも似たようなものだ。致命傷を積極的に狙いにでも行かない限りは、大丈夫だろう。
 俺は『パンドラ・ディヴァー』をヒュンと振ってみると……少し重く感じること以外大して違いは感じない。これなら致命傷を避けることも出来るだろう。


「ん……まあ、これならいいでしょ。じゃあやろうか」


 そう言って足を踏み出そうとしたところで――何故か、冬子が俺の前に出てきた。


「私が先にやろう」


 妙にやる気満々の冬子。
 俺は活力煙を咥えて火を付けながら、冬子の肩に手を置く。


「んー……それじゃ危ないでしょ。俺から先にやるよ」


 冬子に先にやらせて事故でも起こされたらたまらない。
 そう思って言ったのに、冬子は首を振った。


「いいや、私がやる」


 何故か冬子が譲らない。


「……ちなみに理由は?」


「京助じゃ相性が悪そうだからな」


 たしかに。どう見てもパワータイプ……どちらかというと力押しが多い俺は、魔昇華を使わない且つ魔術を使わないなら相性が悪いだろう。


「だが逆に、相手がパワータイプなら私の方が相性はいい。だから私が先に戦っている間に少しでも動きを見ておけ。それに……」


 冬子は俺の前に出てから、ニッと笑って振り返る。


「偶には、お前の前で戦いたい」


「……そう。ならお先にどうぞ」


 俺は活力煙の煙を吸い込んで、吐き出す。


「確かに、万が一怪我でもした時にキアラのところに連れていきやすいもんね」


 それと……俺が仕返しもやりやすい。


「決まったか? まあ、あんま固くなんねえでいいぞ。いつでもギブアップしていいからな」


「ふん……では、お言葉に甘えて胸を借りるとしよう」


 冬子はいつも通り、抜刀の構えをとる。
 対してセブンは……背中の大剣を抜いて正眼の構えをとった。


「「行くぞ!」」


 次の瞬間、修練場に爆音が響き渡った。



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