異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

87話 Sランカーなう

「さて、腹ごしらえしようか」


「バカ! 京助のバカ! なんでいきなり飛び降りるんだ!? しかも私を抱えて! だ、抱っこして!」


 真っ赤になって文句を言う冬子をスルーしつつ、俺は露店の方へ向かう。今の腹具合は麺類を食べたい気分。
 露店通りは、なかなかの賑わいだね。果物を売っている店、お肉を売っている店、その他には……おお、焼き鳥っぽいものを売っている店もあるね。


「さすがは王都、ってだけはあるね。アンタレスの露店通りよりも品揃えは豊富っぽいし」


 アンタレスの露店通りも品ぞろえが悪いわけじゃないけど、流石にこれとは見劣りする。なんか饅頭みたいなものも売ってる……デザートまで網羅しているとはやるね王都。


「昨日はスルーしたからねぇ」


「京助! 聞いてるのか!」


 冬子がグイッと俺の腕を引っ張ってきたので、流石に振り向く。


「……よし、冬子。何か奢るよ」


「誤魔化されると思うなよ? というか……そもそも、生活費は殆どお前持ちじゃないか……」


「そりゃ、俺の方が高給取りだし」


 そもそも冬子は、実力はあれどDランクAG。しかもなり立てだ。最近はクエストを俺と一緒にこなしていたからそれなりに懐に持っているとはいえ、まだ俺の稼ぎには追い付かない。
 何より忘れちゃいけないのは――この前キアラに言われて自分でも気づいたけど――俺は既に異名持ちのBランクAGという点だ。普通の人よりもはるかに稼げる。死と隣り合わせだから安定しないのは他のAGと変わらないけどね。


「まあ普段から食費なりなんなり俺持ちだから奢られてもあんまりありがたみは無いか」


「い、いやそういうわけじゃないが……その、なんていうか……ふ、夫婦……みたいだなー……って……」


 顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと言う冬子。たまにこうして俯いて俺に聞こえないような声で何か言ってるけど、なんて言ってるんだろうか。
 よく分からないけど、ただ奢るだけじゃ許してはもらえないらしい。


「なら……ああ、そうだ。明日出かける時に冬子の好きなものを何かプレゼントしてあげるね」


「ふぁっ!?」


「あれ、嫌?」


「そ、そんなわけないじゃにゃいかっ!」


 噛みまくりの冬子。最近慌てること多いなーって思うけど、何でだろうか。


「じゃあそれで許して」


 俺が活力煙の煙を吐きながら笑うと、冬子はもじもじとしながら頷いてくれた。


「さて、それにしても急いで行きたいから早く食べられるモノがいいけど……」


 そう言いながら露店を見回すと、どうも焼きおにぎりっぽいものを売っている露店を見付けた。こっちの世界にも米(に似た穀物)があるからそう言った面で日本に恋い焦がれることは無いけど、ポテチとかチョコとかは食べたくなるよね。
 ホントは麺類を食べたかったけど、時間もあまりないし妥協しよう。その代わり夜は麺類食べてやる。


「あれにしよう。冬子はいる?」


 そう言って俺は活力煙を燃やし尽くす。灰すら残さなければポケット灰皿すら必要ないのさ。ポイ捨てはしないって決めてるからね。


「私はいい。そんなにお腹が空いてるわけじゃないしな。ただ少し喉が渇いたから飲み物があるなら貰いたいが」


「OK。ならついでに飲み物も買ってくるよ」


 焼きおにぎりの露店に近づき、焼きおにぎりを二つ、そしてミルクを二つ買った。こっちの世界の衛生観念的にミルクとか大丈夫なんだろうかと思うけど、魔法で殺菌してあるらしい。魔法ってどこまで出来るのか本当に不思議だよね。


「はい、冬子。一応冷えてるよ」


 生活魔法の、氷だそうな。たぶん詠唱を覚えれば使えるんだろうけど、未だに教わる機会が無い。俺の使える生活魔法の殆どを教えてくれたリューは炎の魔法師だったから苦手だったらしくて使えなかったし。


(教えテヤロウカァ?)


(……必要に迫られたらね)


 俺は焼きおにぎりを食べながら、ミルクを飲んでいる冬子の横顔を眺める。


「……どうした? そんなに見つめて」


 恥ずかしさ二割、不思議さ八割くらいな顔になる冬子。


「んー……いや、なんかこうして二人で歩いてると、元の世界のことを思い出してね。ムーンフロントコーヒー……ムンフロ、また行きたいね」


 アニ〇イトも。ラノベだって続きが気になってる作品がいくつもある。ジャ〇プなんて何週読み飛ばしているんだろうか。
 俺がそんなことを言ったからか、冬子も寂しげな笑みを浮かべる。


「そうだな……また、他愛ないことを喋りながら本屋巡りでもしたいな」


「うん。そろそろ狩人×狩人も連載再開してるかもよ」


「ははは。そして私たちが戻ったらまた連載停止するんだろう?」


 焼きおにぎりを一口含む。独特の塩味が口の中に広がり、すぐに二口目を食べたくなる。これはミルクじゃなくて麦茶のようなものを一緒に売っていて欲しかったね。


「そういえば、英語の福田先生、そろそろ子ども産まれたかな」


「私たちがこちらの世界に来る直前くらいに産休に入っていたからな……こっちの世界に来てからの正確な日数が分からないからなんとも言えないが、まだじゃないか?」


「そっか」


 ミルクを飲んで口の中をリセットし、二つ目の焼きおにぎりに手をつける。こっちは塩味じゃなくてオリジナルソースらしい。
 食べてみると……なんだろう、これは。野菜ベースのソース……ってやつなんだろうか。料理には詳しくないから分からないが。
 野菜の甘味と酸味が絶妙にマッチしていて美味い。……この程度の食レポしか出来ない自分の味に対するボキャブラリーの無さが悲しくなるな。


「彦〇呂に弟子入りすべきだろうか」


「味の宝石を連呼しておけばそれっぽいんじゃないか?」


「いやもっとアホそうでしょそれ」


 しかし肉も食いたくなってくるね。いやそんなことしてないでさっさとギルドに行かないと。


「今夜は焼き肉で決定だね」


 そして〆はラーメンだ。


「太っ腹だな、京助」


「うん。お酒は飲まないからガッツリ食べよう」


「ピアさんとキアラさんは……飲むんだろうなぁ」


「キアラがザルなのは知ってるけど、果たしてリャンはどれくらい飲むんだろうか」


 本人はお酒が好きだって言っていたし、それなりに強いのかな。


「ピアさんもうわばみなんだろうか」


「飲んで暴れたりしないよね」


「……そうなったら無傷でおさめる自信は無いぞ」


「俺もだよ」


 そうならないように必死に監督しないとね。


「父さんもよく飲んでは愚痴ってたなぁ」


 食べ終わり、包み紙をこれまた燃やし尽くす。……こっちの世界って地球温暖化とか大丈夫だろうか。あれだけ森があるから平気だとは思うが。


「うちは両親もそんなに飲まないからな」


 冬子もミルクを飲み終えたらしい。しかしずぼらな俺と違い、ちゃんとゴミは持ち帰るようだ偉いね冬子は。


「そうなの? 俺のところは二人ともがぶ飲みしてたよ。母さんの方が強くて大概父さんが先に酔いつぶれてた」


 活力煙を取り出し、咥えてから火をつけた。甘い煙を肺の中に思いっきり吸い込み、吐き出す。


「ふぅ~……」


 落ち着く煙だ。こっちの世界に来て、数少ない良かったことと思えることは活力煙に出会えたことだね。
 俺が活力煙を吸っていると、たまに冬子がこちらを見ている気がする。今もだけど、なんか手を見られているみたいだ。


「どうしたの、冬子」


「いや? ……こっちの世界に来て、良かったことと思えることがいくつかあってな。そのうちの一つを今見れたところだ」


「へぇ、それはいいね。なあに、それは」


 俺が尋ねると、冬子は俺の手元と顔を交互に見てから花が咲くような笑顔を俺に向けた。


「お前に――タバコが似合うって知れたことだ」


「……ふぅん、そりゃよかった」


 向こうの世界に行っても――吸おうかな。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「――畏まりました。少々お待ちください」


 ギルドに行くとこの前応対してくれた受付嬢の人ではなく、別の人が対応してくれた。
 受付で待たされること数分、中からでっぷりと肥えた男とがっしりとした髭の男が現れた。パッと見てみると、太った方は魔法師、がっしりとした方は剣士かな。


「君がキョースケ・キヨタかね」


「そうだよ」


 太った方がそう尋ねてきたので答えると、二人はくるっと振り返り「ついてこい」と言ってさっさと歩きだした。
 冬子と顔を見合わせるが、彼女も少し不思議そうな顔をしている。


「あれはギルマスじゃないの?」


「いや……ギルドマスターの人は初老の女性だったぞ。あんな人たちはさっき見ていない」


 ギルマスは初老の女性なのか。
 ……ならばさっきの二人はなおのこと誰なんだろうか。明らかに――明らかに他のAGとは一線を画す実力の持ち主だった。
 そのことは冬子も気づいているようで、少し冷や汗を浮かべている。


「まあついてこいって言ってるんだからついていこうか」


 特に闘気も殺気も感じられないし、俺たちを害すことは無いだろう。彼らが入っていった部屋にも特に結界などがあるようには見えないからね。


「とはいえ部屋はさっき私が連れられた部屋と同じだな」


「ふぅん……なら平気かな」


 俺は「失礼します」と言って部屋の中に入る。そこには先ほどのデブとがっしり、それと初老の女性がソファに座っていた。年齢は60歳手前くらいだろうか。白髪を後ろで一つにくくっており、背筋がピンと伸びている。あー……仕事できそうな人だね。


「来ましたか」


「どうも。BランクAG、『魔石狩り』のキョースケ・キヨタと言います」


 ギルドマスターに軽く会釈をする。そしてチラリと横に座っている二人を見ると、ギルドマスターが紹介してくれた。


「彼らは私の知己のSランクAGです。そちらの剣士がセブン・ディアベル。そして魔法師がエース・ファットンです」


 SランクAG――その言葉を聞いた俺の背にゾワリとしたものが奔る。冬子の表情を見る限り彼女も何か感じるものがあるらしい。
 この人たちが人族でも最高峰である……SランクAGか。
 俺が出会ったSランクAGはアンタレスのギルドマスターだけだし、彼も引退した後だった。


(……そうか、この二人が)


 ガタイがいい方が立ちあがると、スッと俺に右手を差し出してきた。


「オレのことはセブンって呼んでくれ。『巨体』のセブン・ディアベルだ。紹介にあずかった通りSランクAGだ」


 フッと片頬で笑うセブンを改めて観察する。
 右目には魔物にでも引っかかれたのか大きな爪痕があり、立派な顎髭は歴戦の強者って感じがするね。
 鍛え上げられた筋肉は鎧の下ではち切れんばかりのエネルギーを放っており、むしろこんなの鎧はいらないでしょって思う。
 そして何よりも目を引くのが――背中に背負っている大剣。たぶん俺よりもデカいんじゃないだろうか。
 鋭い眼光が俺を射抜く。俺が相手の力量を図っているのと同様に、向こうも俺の力を図っているんだろう。


「よろしく」


 AGとして、利き腕で握手はしたくない。しかしこの握手を断ることは出来ない。俺がこれを拒否したらそこで「格付け」がすんでしまうだろう。
 目の前にいる相手に利き腕を渡すことすら躊躇する雑魚、と――。


「ふっ」


「ん」


 ガッッッッッ! と物凄い力で握りつぶされる……ッ! このゴリラ……ッ!
 表面上は涼しい顔を崩さず、俺も握りかえす。ミシミシと骨が鳴っている気がするが気にしている場合じゃない。
 何秒くらい握手していただろうか。セブンが突然力を緩めたため、俺もフッと力を抜く。無論気を抜いてもう一度握りつぶされたらたまらないので警戒は怠らないが。


「がはははは! なかなか、いい面構えのガキだな。こりゃ将来大物になるぜクラウディア」


「……だから職場でその呼び方はやめてって言ってるでしょ、セブン」


 ギルドマスターに話しかけるセブンの口調は気安い。ギルドマスターの方もさっきまでのキリッとした感じじゃなくて親しみの籠ったものになっている。
 ……そういう関係なのかな。
 太った男――エースは「ぽやぽやぽや」となんだか独特な笑い声をあげた。


「お二人とも、まだ職務中なのですからいちゃつくのはやめて欲しいですぞ。さて、次は某の番でおじゃるなぁ」


 ……これはまたキャラの濃いやつが来たね。
 立ち上がったエースは、セブンほどではないがかなりの巨体だ。俺と同じくらいの身長に、俺の倍はありそうな体重。
 顔立ちはAGとは思えないほど優しそうな細目。色白な肌。そしてまん丸とした体形。なんかぱっと見は鏡餅みたいだね。
 でも――纏っている魔力量は尋常じゃない。これでも隠してるんだとしたらやっぱり普通の魔法師じゃない。


「某はエース・ファットン。一応これでも『轟音』のエースと呼ばれているでおじゃるよ。ぽやぽやぽや。まあよろしくでおじゃる」


 今度は握手を求められず、頭を下げられたので俺も頭を下げ返す。……その瞬間、膨大な量の魔力が俺の方に飛んできた。
 咄嗟に俺も魔力を放出して防いだが……一般人なら一発で気絶するよ? 今の。


「ぽっやぽっやぽっや! いいでおじゃるなぁ! これは是非とも某が育てたいレベルでおじゃるよ! 時に、魔法師の師匠は誰でおじゃるか!?」


 めっちゃテンションが上がっているエース。なんていうか……出会ってきた魔法師でまともな笑い方をしてる奴って元領主ことマースタベだけなんじゃないかって気がしてきたよ。


「えーと……俺の師匠はリリリュリー。アンタレスにいたBランク魔法師だよ」


「ほう! 魔法師ギルドの方では噂を聞いていたでおじゃるよ。若いのに見込みのある魔法師だということで。炎のオリジナル攻撃魔法を編み出したということでリストに載っていたはずでおじゃる。ということは……炎の魔法が得意なんでおじゃるね」


 なんだ、リューって結構有名人なんだね。そして……俺の得意な魔法がバレちゃったと。エースの細い目がさらにほそまった気がする。


「一つアドバイスでおじゃるよ。リストに載るほど魔法師として活動しているならばまだしも、AGの方に比重を置いているのでおじゃったら、師匠の名前を明かすことはそのまま得意魔法がバレるということでおじゃる。気を付けた方がいいでおじゃるよ」


「……アドバイス感謝するよ」


 俺は少し苦虫をかみつぶしたような声になっていただろうなと自覚する。なんていうか……SランクAGってのは伊達じゃないんだなって思うよね。
 それにしても、なんでここにSランクAGがきたんだろうか。まさか俺の実力を確認するためだけに現れたわけじゃあるまい。
 そう思っていると、ギルドマスターのクラウディアさんがコホンと咳ばらいをした。


「さて、お二人から見て――彼、キヨタさんの実力はどうですか? マックを――AランクAGを正面から殺せるほどですか?」


「おうよ。こいつは間違いなく俺らの付近まで来てるぜ。たしか主武装は槍だったよな? そしたら槍一本でも十分やり合えるだろうさ」


「ぽやぽやぽや。某も同じ意見でおじゃるよ。少し魔法師としては迂闊でおじゃるが、それでも十二分に素質と実力はあるでおじゃるよ」


 二人のSランクAGが太鼓判を押してくれる。なるほど、俺の実力でヨダーンを殺れたかどうかの確認がしたかったのか。
 俺が一人で納得していると、冬子がこそっと耳打ちしてきた。


「(……大丈夫か、京助。正直私は大分ツラいんだが)」


 さっきのエースの魔力か。たしかに咄嗟のこと過ぎて冬子を守るまでできなかったからな。


「(俺は平気。……冬子は外で待っていた方がいいかもね)」


「(いや……一応、最後までいる)」


「(……そう?)」


 そう言うなら止めはしない。俺がもっと警戒するだけだ。
 俺と冬子がそう話をつけていると、クラウディアがこちらをじっと睨みつけていることに気づいた。
 よく見ると……なんとなく不穏な空気を全員が漂わせている。


「では本題に入りましょうか。――セブン?」


 セブンが懐から何か……太いタバコかな? ……を、取り出してから火をつける。そして次の瞬間、俺すら冷や汗が止まらないほどの殺気をぶつけられた。


「おう、ガキ。テメェ――よくもやってくれやがったな?」





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