異世界なう―No freedom,not a human―
86話 周囲に気を配るべきなう
「き、き、きき……キアラさん!!」
冬子は失ったハイライトを取り戻し、顔を真っ赤にしてキアラを睨みつけながら叫んだ。
キアラはそれをニヤニヤと面白いモノでも見るように眺めたかと思ったら――ピトりと俺にくっつきやがった。
驚いて振りほどこうとすると、キアラは上手く俺にのしかかるようにして動きを阻害してくる。
「キアラ、どいてくれない? 重いんだけど」
「嫌ぢゃ」
ちらりと冬子を見ると、怒りなのかなんなのか……さらに顔を真っ赤にしている。いや確かに部屋の中で男女がいちゃついているシーンに出くわしたら気まずいだろうけど……別に怒るような案件だろうか。
なんて考えていると、冬子はつかつかと俺によってきて、バサッとなにかを投げ付けてきた。
「と、取りあえず服を着ろ京助!」
そう言いつつ冬子はキアラを羽交い絞めにして俺から引きはがしてくれる。やれやれ、女性は女性に強く出られるからありがたいね。
なんとかキアラが離れてくれたので、俺は冬子に謝りつつ服を着る。
「あー、うん。ごめんね」
パンツは履いたままだったので、俺はズボンとシャツだけ着てベッドから立ち上がった。
首をまわし、肩をまわし、少しストレッチする。うん、問題ないね。
なんて身体の具合をチェックしていたら、冬子からガシッと肩を掴まれた。
「京助! 前々から思っていたが、お前は隙だらけ過ぎる!」
「隙だらけって……冬子。最近は近接戦闘も少しずつ学んでいるし、昔ほど構えなどに隙は無いと思うんだけど」
憮然とした表情で言うと、しかし冬子はそれ以上に機嫌が悪そうな声で叫んだ。
「そういう意味じゃないッ!」
……なんか、いつもと様子が違う冬子に困惑する。えっと、なんでこんなに怒っているんだろう。
たしかに空気読めよって話ではある。それは分かるんだが……そもそも俺は押し倒されていた側であって。いや……だが、あの状況的にもしかして俺がキアラを襲ったとか思われているのか?
だとしたら怒られるのも分からなくもないが……しかし隙だらけっていうのはなんだろう。
「そもそもだ!」
冬子は俺に指を突き付け、さらに怒りのボルテージを上げる。
「この前のリューさんの時もそうだ! 簡単に唇を奪われるし、ピアさんにだってすぐに腕を組まれたり。今だってそうだ! キアラさんにそうやって押し倒されて! お前は女性へ対する警戒心が足りないんだ!」
……女性へ対する警戒心、か。
「うーん……殺気があるときや敵意があるときはちゃんと躱してるよ?」
「そういう問題じゃない! 貞操の話をしているんだ!」
そんなこと言われても。
珍しく――そう珍しくも無いかな?――冬子が感情的になっている。なんだか話が通じていない。
……いや、これは俺側に問題があるんだろうか。冬子の言っていることがさっぱり分からない。
「えっとさ、冬子。落ち着いて話を聞いて欲しい」
「私は落ち着いていりゅっ!」
うん、だいぶ焦ってるね。
思いっきり舌を噛んだのか少しプルプルと震えながら唇を抑えていた冬子だけど、少し涙目になりながら再び俺を強い目で睨んできた。
「お前は、もっと自分がその……か、かか……カッコいい……ことを、自覚しろっ!」
途中で何故かごにょごにょと小さい声で呟いた冬子だったが、それではいけないと思い直したのか――おそらく怒りによるものだろう――真っ赤になって再度怒鳴ってきた。
「お、お前はたくさんの女性に好意を向けられていることを自覚しろ! そんな隙だらけでは、その……き、既成事実を作られても仕方ないぞ! 今みたいに!」
たくさんの女性に……好意?
聞き慣れない、というかよく分からないことを冬子が言い出した。今日の冬子は本当にどうしたんだろう。
「えっと……その、冬子。本格的に落ち着いて? ほら、リャンに紅茶でも淹れてもらおう? というか、中で座ってくれないと俺話聞かないよ?」
俺が話を聞かないと言ったからか、冬子は少し耳をピクリとさせて一つ深呼吸をした。
「む……ふぅ……確かに少し熱くなりすぎていたかもしれないな。それに……京助の朴念仁っぷりはいつものことだった」
誰が朴念仁だよ。
朴念仁というのは勘違い系主人公、および難聴系主人公に送られるべき称号だ。俺みたいに誰からも好意を向けられていない場合は該当しない。
……誰がなんと言おうと該当しない。リューのだってファーストキスじゃないし。
そのファーストキスの相手はプリプリと怒りながら自分で紅茶を淹れてくれている。リャンに任せればよかったのに……と言いかけて、彼女は俺の服とかを選択してくれていたことを思いだした。
(……そういえば、あの時のことは覚えてるんだろうか)
まあ、もしも忘れてるんなら今さら言うことじゃないだろう。割と前のことだし。
「それで? 冬子。結局何が言いたいの?」
俺が問うと、冬子は紅茶を口に含んでから少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「その……その、だな。私はお前がよくキスされたり、キアラさんから迫られたりしているのを見ているわけだが……」
「……その、それら殆ど不可抗力なんだけど」
「お前の身のこなしなら躱せるはずだ。それをやらないのは何故だ」
「俺だって突然のことで驚いたら体は固まるよ。まして、敵意も殺意も無いのにいきなり強襲されたら俺だって太刀打ちできない」
彼女らは俺に対してなんの殺意も敵意も持っていない状態で攻撃してくるからね。そうなってくると俺にはそれらを察知したりは出来ない。
そう思って言うと、冬子は俺に指を突き付けてきた。
「それのことを言っているんだ、京助。お前、もしもそうやって敵意や殺意を出さずにお前を殺しに来れるアサシンが来たらどうするんだ? もっと周囲の動きに気を配るべきだ」
それは確かに。
世の中の暗殺者というのは気配のみならず殺気や敵意すら消し去るという。もっと周囲の動きに気を配るべきだという冬子の意見は真っ当であると言える。
「そうだね……そこは俺の落ち度かもしれないね」
俺がそのことを認めると、冬子はさらに顔を真っ赤にして「……そうだぞ」と立ち上がった。
そして何故か俺の方へ歩いてきて――
「お前は……隙だらけだから、こんなこと、されるんだ……っ」
――何故か、頭をギュッと抱きしめられた。
(……!?)
(カカカっ! キョースケはホント女に弱ェナァ!)
唐突なことにパニックになっていると、俺よりもさらにパニクっていそうな声で冬子が捲し立ててくる。
「そ、そのだなっ! これはお前の隙の多さを示すためであって決して他意があるわけではなくいやそもそもお前が私にすらこうして急所をとられるほど周囲の動きに気を配っていないのが悪いんであって私に気を許してくれているのは嬉しいがそれは私だけにして欲しいというかそもそも私にとってお前はどういう存在かと言うとそれは言及しづらいんだがしかしお前にとって私はどんな存在なのかは是非聞いておきたいないやそれも別に他に何か意味があるわけではなくただ単純な好意としてそれがあってだながががぴっぃ」
「落ち着いて冬子。なんかわけわかんなくなってるから。落ち着……いや、その、ホント落ち着いて俺の、頭を締めるのは……やめ……く、苦しいから!」
腕を必死叩いてその旨を伝えるが、なかなか冬子が気づいてくれない。異世界人の腕力で締め上げられると……さ、流石に俺も……落ち……る……。
「ぷはっ」
やっと放してくれた冬子は、首を絞め落とされかけていた俺と同レベルで顔が真っ赤になっていた。もう何がしたいのさ冬子。
「……えっと、つまり?」
「その……もっと、お前は周囲に気を配って生きるべきだ」
その一言でいろいろ終わったと思うんだけどな。
冬子は言い終わって満足したのか腕を組むと深呼吸をして顔の火照りを覚まそうとしている。
「……」
それがなんとなく気に食わなかった俺はふうと一つ息を吐いてから、冬子の頭を撫でてみる。
「ふぇ!?」
再びシュボッと真っ赤になる冬子。なんとなく満足。
「ダメでしょ、冬子。ちゃんと周囲の動きに気を配らないと」
「む、むぅ……京助は卑怯だ……」
真っ赤になる冬子はなかなか可愛い。
俺は冬子から手を離して懐から活力煙を取り出し、口に咥えて火をつける。
「まあ、今度っから気を付けるよ」
冬子は、納得はしていないようだが俺が気を付けると言ったからかさっきまでの剣幕は納めてくれた。
そしてキアラの方へ冬子は行くと少し不満そうな顔になった。
「それに、キアラさん。京助と合意のうえでなら……私も文句は言いません。しかし、ああして無理やり迫るのはどうかと思います」
まあ、正論だよね。
そう言われたキアラは「むぅ」と少し唸ったかと思うと、ぽんと手を打った。
「……そうぢゃのぅ。ではこうしよう。今日ギルドに行ってきた後――お主ら、デートせい」
「はっ?」
「えっ!?」
冬子が素っ頓狂な声をあげ、俺は持っていた活力煙を落としかける。
「なんでそうなるのさ」
俺が尋ねるけど、キアラは俺に構わず冬子の方を見てニヤニヤとした笑みを浮かべた。そしてガシッと冬子に肩を組むようにしてボソボソと話し始める。
「要するに、最近お主がキョースケを独り占め出来ておらんのが嫌なんぢゃろう?」
「な、なんでそうなるんですかっ!」
「ほっほっほ。誤魔化さずともよい。本来ならば二人きりのらぶらぶいちゃいちゃ旅だったはずが、妾とリャンのせいで出来なくなってしまったことが残念なんぢゃろう?」
口に手を当てて上品に笑うキアラ。詳しい内容は聞こえてないけど、どうせろくでもないことを言っているんだろう。
……仕草はとても上品なのに、そこはかとなくダメさを感じる女性だよねぇ、キアラって。
「それに、お主らは最近少し戦いが続いておろう? 普通に休暇と思って動いたらどうぢゃ。どうせ――もう少し王都におらねばならぬのぢゃろう?」
「う……まあ、確かに」
冬子とキアラのひそひそ話は続く。
「ここで一つ、お主が『女』であることをキョースケにしらしめてやらねばなるまい? でないといつまでも『友達』のままぢゃぞ」
「く……しかし……」
「幸い、ここは王都ぢゃ。デートコースには事欠かまい?」
「そ、そんなデートコースなんて知りませんし」
「ぢゃから明日デートにするんぢゃ。今日中にデートコースを決定すれば問題あるまい?」
……女の子、しかも美人が二人で顔を近づけて延々喋っているのってなんか変な妄想してしまいたくなるよね。片方の性格に致命的な難があるってのが分っていてもさ。
「う、うう……」
「……勝負所、ぢゃぞ」
冬子は……なんだか顔を真っ赤にして何かを悩んだかと思うと、キアラから頭を離して意を決したような表情で俺の方を向いた。
「――京助にも言おうと思っていたんだが、どうも数日はこちらに滞在してもらいたいらしい。王都に魔族がいたということで今いろいろと調査が入っているようだからな」
「まあ、そうだろうね」
そもそもAランクAGが殺されたことが既に異常事態なわけだし、場合によっては俺にAG殺しの容疑がかかってもおかしくなかった。俺が異名持ちのAGだったから信用してもらえてるって状態らしい。
ヨダーン自身は粉々に吹っ飛んじゃったしね。
「ヨダーンがせめて生きていたら……ってそんな余裕も無かったし。まあそれならしばらく王都でのんびりしようか」
別に勇者勢と会うわけじゃない……だろうし。観光する場所もアンタレスよりはあるだろうしね。いやアンタレスに観光名所的な場所は無いけどさ。
「本屋さんでも巡って面白そうな本とかを探すのもいいかもねぇ」
美味しいご飯を食べるでもいい。とにかくのんびりするというのはいいアイデアだ。ぶっちゃけ、疲れた。
「だから、その……暫く王都で遊びに行ったり、しないか?」
「うん、いいよ」
この前、塔から戻った時にアンタレスにしばらく在住してくれって言われていたけど、一週間も二週間も開けるわけじゃないから大丈夫でしょ。
……まさかアンタレスにこんなに長くいることになると思わなかったな。いっそ家でも建ててしまおうか。
とはいえ、それも仕事を終えてからだ。
「――まあ、なんにせよそれも俺が一度ギルドに顔を出してからでしょ。取りあえず行こうか」
冬子の怒りも収まったようだし、さっさと用事はすませるに限る。
待てよ、ギルドからの呼び出しってことは……王都のギルドマスターと会う羽目になるのかもしれないのか。
それに革鎧……ってのは、どうなんだろうか。アンタレスではいいと言われたけど王都ではどうなんだろう。
まあ仕事着だから許してもらえるとは思うけどね。
「……そういえば、服が欲しいね」
革鎧をつけながら、ぽつりとつぶやく。
「どうしたんだいきなり」
活力煙を咥えた俺の呟きを聞いていた冬子が少し不思議そうな顔をした。
「いや、俺一着もフォーマルな服を持ってないからさ。向こうの世界じゃ制服で良かったけど、こっちの世界じゃそうもいかないでしょ」
こっちの世界に召喚された時に来ていた制服くらいしかその手の服は持ってない上に、制服じゃこっちの世界のフォーマルにはならない。
かといってスーツはいままで必要になることが無かったので買ったことは無かった。アンタレスにも普通の服屋はあれど高級スーツ店的なモノは無かったからね。
「だから……まあこの暇を利用してそういうモノを買いに行こうかなってね」
昨日、情報収集をしていた時にそういう店があったのは確認しているから、そっち方向をあたってみよう。
「そ、そうなのか。……な、なら京助。早速明日、私と一緒に行かないか?」
活力煙の煙を吐きだしていると、冬子が恥ずかしそうにそんなことを言ってきた。
この程度の買い物は一人で行こうと思っていたけど……女性の冬子の方が身だしなみに関しては詳しいだろう。一緒に来てもらった方がいいかもしれない。
「そう……だね。なら、一緒に来てもらおうかな」
「っ! そ、そうか!」
凄く嬉しそうな冬子。まるで期せずして計画が第一段階進んでしまった時のような顔だ。
なんでそんな顔になっているのか分からないが、冬子が嬉しそうな顔になるのは喜ばしいことだ。
「マスター。起きられていたんですね。そしてトーコさん、お帰りなさいませ」
そのタイミングでリャンが別室から出てきた。その手には俺の服がある。
「リャン、洗濯してくれてたんだね。ありがとう」
「いえ、これも私の仕事ですから。それで……お出かけですか?」
「うん。ギルドに行ってくるよ。やっぱ俺も行かないと話にならないんだろうし」
冬子が無事に帰ってきているところから見て、ヨダーンの洗脳は解けていると考えてもいいしね。
「私もお供いたしましょうか?」
「いや……いいや。キアラとこっちで待機しておいて。なんなら遊びに行っててもいいよ。……ちなみに、今何時くらい?」
「三時過ぎくらいだぞ、京助」
ああ、お昼過ぎているのか。道理で腹が減ったと思ったよ。
「みんなお昼は食べた?」
「私は食べてからギルドに行ったからな」
「妾とリャンはルームサービスで済ませたぞ」
「……それ、いくらしたのかは後で追及するからね」
というかそしたら俺だけか。
「行く前に露店で何か買って食べるか。じゃあちょっと行ってくるね。晩御飯は祝勝会も兼ねて一応皆で食べよう」
今度こそ外に出ようと、俺は部屋のドア――でなく窓に手をかける。
「うむ、では気を付けるのぢゃぞ」
「……なぁ。京助。そろそろ玄関から出るっていう日本の常識を思い出さないか?」
「落下した方が速いし。ほら、行くよ冬子」
俺は冬子をヒョイと抱え上げ、窓から飛び降りた。
「きょ、キョースケぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「相変わらず冬子は軽いねぇ」
さてさて、ギルドマスターさんはどんな人かな。
冬子は失ったハイライトを取り戻し、顔を真っ赤にしてキアラを睨みつけながら叫んだ。
キアラはそれをニヤニヤと面白いモノでも見るように眺めたかと思ったら――ピトりと俺にくっつきやがった。
驚いて振りほどこうとすると、キアラは上手く俺にのしかかるようにして動きを阻害してくる。
「キアラ、どいてくれない? 重いんだけど」
「嫌ぢゃ」
ちらりと冬子を見ると、怒りなのかなんなのか……さらに顔を真っ赤にしている。いや確かに部屋の中で男女がいちゃついているシーンに出くわしたら気まずいだろうけど……別に怒るような案件だろうか。
なんて考えていると、冬子はつかつかと俺によってきて、バサッとなにかを投げ付けてきた。
「と、取りあえず服を着ろ京助!」
そう言いつつ冬子はキアラを羽交い絞めにして俺から引きはがしてくれる。やれやれ、女性は女性に強く出られるからありがたいね。
なんとかキアラが離れてくれたので、俺は冬子に謝りつつ服を着る。
「あー、うん。ごめんね」
パンツは履いたままだったので、俺はズボンとシャツだけ着てベッドから立ち上がった。
首をまわし、肩をまわし、少しストレッチする。うん、問題ないね。
なんて身体の具合をチェックしていたら、冬子からガシッと肩を掴まれた。
「京助! 前々から思っていたが、お前は隙だらけ過ぎる!」
「隙だらけって……冬子。最近は近接戦闘も少しずつ学んでいるし、昔ほど構えなどに隙は無いと思うんだけど」
憮然とした表情で言うと、しかし冬子はそれ以上に機嫌が悪そうな声で叫んだ。
「そういう意味じゃないッ!」
……なんか、いつもと様子が違う冬子に困惑する。えっと、なんでこんなに怒っているんだろう。
たしかに空気読めよって話ではある。それは分かるんだが……そもそも俺は押し倒されていた側であって。いや……だが、あの状況的にもしかして俺がキアラを襲ったとか思われているのか?
だとしたら怒られるのも分からなくもないが……しかし隙だらけっていうのはなんだろう。
「そもそもだ!」
冬子は俺に指を突き付け、さらに怒りのボルテージを上げる。
「この前のリューさんの時もそうだ! 簡単に唇を奪われるし、ピアさんにだってすぐに腕を組まれたり。今だってそうだ! キアラさんにそうやって押し倒されて! お前は女性へ対する警戒心が足りないんだ!」
……女性へ対する警戒心、か。
「うーん……殺気があるときや敵意があるときはちゃんと躱してるよ?」
「そういう問題じゃない! 貞操の話をしているんだ!」
そんなこと言われても。
珍しく――そう珍しくも無いかな?――冬子が感情的になっている。なんだか話が通じていない。
……いや、これは俺側に問題があるんだろうか。冬子の言っていることがさっぱり分からない。
「えっとさ、冬子。落ち着いて話を聞いて欲しい」
「私は落ち着いていりゅっ!」
うん、だいぶ焦ってるね。
思いっきり舌を噛んだのか少しプルプルと震えながら唇を抑えていた冬子だけど、少し涙目になりながら再び俺を強い目で睨んできた。
「お前は、もっと自分がその……か、かか……カッコいい……ことを、自覚しろっ!」
途中で何故かごにょごにょと小さい声で呟いた冬子だったが、それではいけないと思い直したのか――おそらく怒りによるものだろう――真っ赤になって再度怒鳴ってきた。
「お、お前はたくさんの女性に好意を向けられていることを自覚しろ! そんな隙だらけでは、その……き、既成事実を作られても仕方ないぞ! 今みたいに!」
たくさんの女性に……好意?
聞き慣れない、というかよく分からないことを冬子が言い出した。今日の冬子は本当にどうしたんだろう。
「えっと……その、冬子。本格的に落ち着いて? ほら、リャンに紅茶でも淹れてもらおう? というか、中で座ってくれないと俺話聞かないよ?」
俺が話を聞かないと言ったからか、冬子は少し耳をピクリとさせて一つ深呼吸をした。
「む……ふぅ……確かに少し熱くなりすぎていたかもしれないな。それに……京助の朴念仁っぷりはいつものことだった」
誰が朴念仁だよ。
朴念仁というのは勘違い系主人公、および難聴系主人公に送られるべき称号だ。俺みたいに誰からも好意を向けられていない場合は該当しない。
……誰がなんと言おうと該当しない。リューのだってファーストキスじゃないし。
そのファーストキスの相手はプリプリと怒りながら自分で紅茶を淹れてくれている。リャンに任せればよかったのに……と言いかけて、彼女は俺の服とかを選択してくれていたことを思いだした。
(……そういえば、あの時のことは覚えてるんだろうか)
まあ、もしも忘れてるんなら今さら言うことじゃないだろう。割と前のことだし。
「それで? 冬子。結局何が言いたいの?」
俺が問うと、冬子は紅茶を口に含んでから少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「その……その、だな。私はお前がよくキスされたり、キアラさんから迫られたりしているのを見ているわけだが……」
「……その、それら殆ど不可抗力なんだけど」
「お前の身のこなしなら躱せるはずだ。それをやらないのは何故だ」
「俺だって突然のことで驚いたら体は固まるよ。まして、敵意も殺意も無いのにいきなり強襲されたら俺だって太刀打ちできない」
彼女らは俺に対してなんの殺意も敵意も持っていない状態で攻撃してくるからね。そうなってくると俺にはそれらを察知したりは出来ない。
そう思って言うと、冬子は俺に指を突き付けてきた。
「それのことを言っているんだ、京助。お前、もしもそうやって敵意や殺意を出さずにお前を殺しに来れるアサシンが来たらどうするんだ? もっと周囲の動きに気を配るべきだ」
それは確かに。
世の中の暗殺者というのは気配のみならず殺気や敵意すら消し去るという。もっと周囲の動きに気を配るべきだという冬子の意見は真っ当であると言える。
「そうだね……そこは俺の落ち度かもしれないね」
俺がそのことを認めると、冬子はさらに顔を真っ赤にして「……そうだぞ」と立ち上がった。
そして何故か俺の方へ歩いてきて――
「お前は……隙だらけだから、こんなこと、されるんだ……っ」
――何故か、頭をギュッと抱きしめられた。
(……!?)
(カカカっ! キョースケはホント女に弱ェナァ!)
唐突なことにパニックになっていると、俺よりもさらにパニクっていそうな声で冬子が捲し立ててくる。
「そ、そのだなっ! これはお前の隙の多さを示すためであって決して他意があるわけではなくいやそもそもお前が私にすらこうして急所をとられるほど周囲の動きに気を配っていないのが悪いんであって私に気を許してくれているのは嬉しいがそれは私だけにして欲しいというかそもそも私にとってお前はどういう存在かと言うとそれは言及しづらいんだがしかしお前にとって私はどんな存在なのかは是非聞いておきたいないやそれも別に他に何か意味があるわけではなくただ単純な好意としてそれがあってだながががぴっぃ」
「落ち着いて冬子。なんかわけわかんなくなってるから。落ち着……いや、その、ホント落ち着いて俺の、頭を締めるのは……やめ……く、苦しいから!」
腕を必死叩いてその旨を伝えるが、なかなか冬子が気づいてくれない。異世界人の腕力で締め上げられると……さ、流石に俺も……落ち……る……。
「ぷはっ」
やっと放してくれた冬子は、首を絞め落とされかけていた俺と同レベルで顔が真っ赤になっていた。もう何がしたいのさ冬子。
「……えっと、つまり?」
「その……もっと、お前は周囲に気を配って生きるべきだ」
その一言でいろいろ終わったと思うんだけどな。
冬子は言い終わって満足したのか腕を組むと深呼吸をして顔の火照りを覚まそうとしている。
「……」
それがなんとなく気に食わなかった俺はふうと一つ息を吐いてから、冬子の頭を撫でてみる。
「ふぇ!?」
再びシュボッと真っ赤になる冬子。なんとなく満足。
「ダメでしょ、冬子。ちゃんと周囲の動きに気を配らないと」
「む、むぅ……京助は卑怯だ……」
真っ赤になる冬子はなかなか可愛い。
俺は冬子から手を離して懐から活力煙を取り出し、口に咥えて火をつける。
「まあ、今度っから気を付けるよ」
冬子は、納得はしていないようだが俺が気を付けると言ったからかさっきまでの剣幕は納めてくれた。
そしてキアラの方へ冬子は行くと少し不満そうな顔になった。
「それに、キアラさん。京助と合意のうえでなら……私も文句は言いません。しかし、ああして無理やり迫るのはどうかと思います」
まあ、正論だよね。
そう言われたキアラは「むぅ」と少し唸ったかと思うと、ぽんと手を打った。
「……そうぢゃのぅ。ではこうしよう。今日ギルドに行ってきた後――お主ら、デートせい」
「はっ?」
「えっ!?」
冬子が素っ頓狂な声をあげ、俺は持っていた活力煙を落としかける。
「なんでそうなるのさ」
俺が尋ねるけど、キアラは俺に構わず冬子の方を見てニヤニヤとした笑みを浮かべた。そしてガシッと冬子に肩を組むようにしてボソボソと話し始める。
「要するに、最近お主がキョースケを独り占め出来ておらんのが嫌なんぢゃろう?」
「な、なんでそうなるんですかっ!」
「ほっほっほ。誤魔化さずともよい。本来ならば二人きりのらぶらぶいちゃいちゃ旅だったはずが、妾とリャンのせいで出来なくなってしまったことが残念なんぢゃろう?」
口に手を当てて上品に笑うキアラ。詳しい内容は聞こえてないけど、どうせろくでもないことを言っているんだろう。
……仕草はとても上品なのに、そこはかとなくダメさを感じる女性だよねぇ、キアラって。
「それに、お主らは最近少し戦いが続いておろう? 普通に休暇と思って動いたらどうぢゃ。どうせ――もう少し王都におらねばならぬのぢゃろう?」
「う……まあ、確かに」
冬子とキアラのひそひそ話は続く。
「ここで一つ、お主が『女』であることをキョースケにしらしめてやらねばなるまい? でないといつまでも『友達』のままぢゃぞ」
「く……しかし……」
「幸い、ここは王都ぢゃ。デートコースには事欠かまい?」
「そ、そんなデートコースなんて知りませんし」
「ぢゃから明日デートにするんぢゃ。今日中にデートコースを決定すれば問題あるまい?」
……女の子、しかも美人が二人で顔を近づけて延々喋っているのってなんか変な妄想してしまいたくなるよね。片方の性格に致命的な難があるってのが分っていてもさ。
「う、うう……」
「……勝負所、ぢゃぞ」
冬子は……なんだか顔を真っ赤にして何かを悩んだかと思うと、キアラから頭を離して意を決したような表情で俺の方を向いた。
「――京助にも言おうと思っていたんだが、どうも数日はこちらに滞在してもらいたいらしい。王都に魔族がいたということで今いろいろと調査が入っているようだからな」
「まあ、そうだろうね」
そもそもAランクAGが殺されたことが既に異常事態なわけだし、場合によっては俺にAG殺しの容疑がかかってもおかしくなかった。俺が異名持ちのAGだったから信用してもらえてるって状態らしい。
ヨダーン自身は粉々に吹っ飛んじゃったしね。
「ヨダーンがせめて生きていたら……ってそんな余裕も無かったし。まあそれならしばらく王都でのんびりしようか」
別に勇者勢と会うわけじゃない……だろうし。観光する場所もアンタレスよりはあるだろうしね。いやアンタレスに観光名所的な場所は無いけどさ。
「本屋さんでも巡って面白そうな本とかを探すのもいいかもねぇ」
美味しいご飯を食べるでもいい。とにかくのんびりするというのはいいアイデアだ。ぶっちゃけ、疲れた。
「だから、その……暫く王都で遊びに行ったり、しないか?」
「うん、いいよ」
この前、塔から戻った時にアンタレスにしばらく在住してくれって言われていたけど、一週間も二週間も開けるわけじゃないから大丈夫でしょ。
……まさかアンタレスにこんなに長くいることになると思わなかったな。いっそ家でも建ててしまおうか。
とはいえ、それも仕事を終えてからだ。
「――まあ、なんにせよそれも俺が一度ギルドに顔を出してからでしょ。取りあえず行こうか」
冬子の怒りも収まったようだし、さっさと用事はすませるに限る。
待てよ、ギルドからの呼び出しってことは……王都のギルドマスターと会う羽目になるのかもしれないのか。
それに革鎧……ってのは、どうなんだろうか。アンタレスではいいと言われたけど王都ではどうなんだろう。
まあ仕事着だから許してもらえるとは思うけどね。
「……そういえば、服が欲しいね」
革鎧をつけながら、ぽつりとつぶやく。
「どうしたんだいきなり」
活力煙を咥えた俺の呟きを聞いていた冬子が少し不思議そうな顔をした。
「いや、俺一着もフォーマルな服を持ってないからさ。向こうの世界じゃ制服で良かったけど、こっちの世界じゃそうもいかないでしょ」
こっちの世界に召喚された時に来ていた制服くらいしかその手の服は持ってない上に、制服じゃこっちの世界のフォーマルにはならない。
かといってスーツはいままで必要になることが無かったので買ったことは無かった。アンタレスにも普通の服屋はあれど高級スーツ店的なモノは無かったからね。
「だから……まあこの暇を利用してそういうモノを買いに行こうかなってね」
昨日、情報収集をしていた時にそういう店があったのは確認しているから、そっち方向をあたってみよう。
「そ、そうなのか。……な、なら京助。早速明日、私と一緒に行かないか?」
活力煙の煙を吐きだしていると、冬子が恥ずかしそうにそんなことを言ってきた。
この程度の買い物は一人で行こうと思っていたけど……女性の冬子の方が身だしなみに関しては詳しいだろう。一緒に来てもらった方がいいかもしれない。
「そう……だね。なら、一緒に来てもらおうかな」
「っ! そ、そうか!」
凄く嬉しそうな冬子。まるで期せずして計画が第一段階進んでしまった時のような顔だ。
なんでそんな顔になっているのか分からないが、冬子が嬉しそうな顔になるのは喜ばしいことだ。
「マスター。起きられていたんですね。そしてトーコさん、お帰りなさいませ」
そのタイミングでリャンが別室から出てきた。その手には俺の服がある。
「リャン、洗濯してくれてたんだね。ありがとう」
「いえ、これも私の仕事ですから。それで……お出かけですか?」
「うん。ギルドに行ってくるよ。やっぱ俺も行かないと話にならないんだろうし」
冬子が無事に帰ってきているところから見て、ヨダーンの洗脳は解けていると考えてもいいしね。
「私もお供いたしましょうか?」
「いや……いいや。キアラとこっちで待機しておいて。なんなら遊びに行っててもいいよ。……ちなみに、今何時くらい?」
「三時過ぎくらいだぞ、京助」
ああ、お昼過ぎているのか。道理で腹が減ったと思ったよ。
「みんなお昼は食べた?」
「私は食べてからギルドに行ったからな」
「妾とリャンはルームサービスで済ませたぞ」
「……それ、いくらしたのかは後で追及するからね」
というかそしたら俺だけか。
「行く前に露店で何か買って食べるか。じゃあちょっと行ってくるね。晩御飯は祝勝会も兼ねて一応皆で食べよう」
今度こそ外に出ようと、俺は部屋のドア――でなく窓に手をかける。
「うむ、では気を付けるのぢゃぞ」
「……なぁ。京助。そろそろ玄関から出るっていう日本の常識を思い出さないか?」
「落下した方が速いし。ほら、行くよ冬子」
俺は冬子をヒョイと抱え上げ、窓から飛び降りた。
「きょ、キョースケぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「相変わらず冬子は軽いねぇ」
さてさて、ギルドマスターさんはどんな人かな。
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