異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

85話 初めて? なう

「やれやれ……二人とも、ごめんね」


 よく彼女らを見ると淡く光っている。……キアラの補助魔法だね。俺がやられたのを見て即座に魔術を看破、二人を守ったってことか。
 キアラにまで厄介をかけちゃったみたいだね。


「……みんな、ありがとう」


 俺が礼を言うと、冬子とリャンは少し驚いた顔をした。


「……京助が素直に礼を言うなんて」


「マスター、今夜はお疲れを癒してさしあげますね」


 ……二人とも、俺のことを何だと思ってるのさ。というかリャンは今夜俺に何をするつもりなんだろうか。マッサージなら嬉しいけど。
 俺は後で二人の頭をポカリとやることを心の中で決めつつ、ヨダーンを睨みつける。


『カカカッ、テメェに精神攻撃耐性が無きゃアレデヤラレテタナァッ!』


「だね……まったく、恐ろしいよ」


 そう言いながら俺は周囲に魔力を放出する。


「……何が恐ろしい、ですか。『黒呪閻偽・夢幻に現を奪われる者ミスト・プリズン・ワンダーランド』が、あんなに完璧に決まったのに正気を取り戻すなんて」


 へぇ、カッコいい名前の魔術だったんだね、それ。というか中二が過ぎる気がするんだけど。
 まあ、いいか。


「五里霧中――いや、五里夢中とでも言おうか。さすがに困ったよ。あれを狙っていたんだね……もっと速攻で倒すべきだった。だから」


 コーン……と木と木を打ち合わせたかのような音が響く。それは遠くまで反響し、それと同時にビリビリとした殺気を相手に放つことにもなる。
 周囲の魔力を制御し、引き寄せるようにして自分の周囲に纏っていく。


「……しかも、それは……ははっ、ヒルディはとんでもない化け物と戦ってたんですね」


 剣を構えたヨダーン。その顔にはある種の覚悟が浮かんでいる。


「魔昇華……」


 轟ッ!!!
 辺りの木々が爆風でざわめく。引きちぎれんばかりに暴れた木々が、葉が宙に舞った。
 俺の頭から片側にだけ角が生え、そして周囲を緑がかった紫色の魔力で囲まれる。自分で言うのもおかしな話だが、美しい色だと思う。


「だから――本気でやる」


 ざぁ……と風が吹いた。
 ヨダーンと対峙するのは、俺と冬子とリャンの三人。


「行くよ、ヨダーン」


 俺がそう言った瞬間、ヨダーンが鋭く俺の方へ突っ込んできて右手一本で剣を振り上げ、左手に黒い水を纏わせる。俺はその光景を見て若干バックステップ、冬子とリャンは左右に別れて飛んだ。
 さらに踏み込んでくると同時に、黒い水が鞭のように俺の方へ飛んできたが――その刹那、ヨダーンの足元――地面が爆発した。俺がさっき仕込んでおいた『エクスプロードファイヤ』が地雷のように爆発したのだ。


「ッ!」


 ヨダーンの顔が驚愕に歪むとほぼ同時だった。リャンのナイフが彼の右手の甲を正確に打ち貫き彼は剣を落としてしまう。


「『飛竜一閃』」


 さらに左からきた冬子が斬ッ! と『断魔斬』で魔術ごと左手を斬り落とした。術者がいなくなった魔術が魔力となり空気に消えると同時に、左手が弧を描く。
 そして俺は自分の身体そのものを一条の槍と化すようなイメージで――左足の下を爆発させて高速を作り出し、膝、腰の回転を連動させることでヨダーンの踏み込みをさらに超える速度で踏み込み、音速で彼の心臓を穿った。


「ぐふっ……!」


 口から血を吐くヨダーン。その口の端に浮かんでいる笑みは――果たしてどんな感情で浮かべているのだろうか。
 お互いの顔がお互いの横にある状態。そこで俺はヨダーンの耳元で囁く。


「今なら、その傷を癒すことが出来る。……もちろん、相応のことを話してもらうけどね」


 心臓を貫いたとはいえ、キアラがいる。まだ意識がある状態ならば蘇生は可能だろう。
 情報を引きずり出すため――そう思って問いかけるが、ヨダーンは弱弱しく首を振った。


「ははは……お断わりです。僕にも意地がある、プライドがある」


 プライド、の部分を強く発音するヨダーン。そりゃあ男には譲れないものがあるよね。
 ヨダーンは口もとに笑みを浮かべたままその瞳だけを別の物に変えた。浮かべているのはどす黒く、邪悪な――それでいて純粋な信念。
 また洗脳の魔法を発動しようとしているのだろうか。


(カカカッ……そんな様子はネェケドナァ)


(……だね)


 ヨハネスとそう言い合っていると、ヨダーンは眼を虚ろにしながら呪いを籠めたかのような声を絞り出す。


「……一つ、嘘をついていました。彼女をいい同僚だったと言いましたが――」


 ごふっ、と血を吐いたヨダーンはさらに瞳を昏く、昏く……光らせる。生気を失いつつある眼にどんどん憎悪が深まっていく。
 昏く煮えたぎった憎悪は――魔力という形で彼の中に集中していく。


「あの人は……私の、太陽だったんです……ッ!」


 もはや怒りからか血の涙を流しながら震える右腕で首を掻き切る真似をした。


「あなた……を……殺す……」


 そう言ったヨダーンの心臓に……何やら、魔力が集まっていっている。
 こ、これは……ッ! あの時、ゴーレムドラゴン戦で何度も見た『捨て身の魔力』!
 俺はつま先、膝、腰と力を加えていき、心臓から袈裟斬りにヨダーンの身体を真っ二つにする。
 斬! と綺麗に二つに別れるもののそれでも止まらなかった。集まった魔力はもはやヨダーンの制御すら離れどんどん膨れあがり力技で抑え込むことは出来そうにも無い。


「チッ――冬子、リャン! 離れろ!」


 二人に指示を出すと同時に、俺は『パンドラ・ディヴァー』を展開させて七本の封印帯を全てヨダーンに向ける。


「お、おそ、い、ですよ――『冥穴アビス』!」


 ヨダーンが満ち足りた顔で呟いた瞬間だった。膨れ上がっていたエネルギーが一気に収束し、同時にグン! と尋常じゃないエネルギーで中心に向かって引き寄せられる。吸い寄せ、圧し潰すつもりなのだろう。まるでブラックホールのように。
 だがそうはいかない。俺は『パンドラ・ディヴァー』でそれらを逆に喰らい尽くしてしまおうと敢えてそれに近づく。
 何もかもを破壊しようとするエネルギー。それを全て封じ込めようと『パンドラ・ディヴァー』と魔術がせめぎ合う。
 永遠に続きそうな一瞬、全てのエネルギーを喰らい尽くした俺は――あまりの頭痛にその場に倒れこんだ。くそっ……魔力を取り込みすぎた。


『カカカッ――敵ナガラ、天晴ダナァ!』


 全くだよ。
 俺は遠くから聞こえる冬子とリャンの声に安堵しながら――意識を手放した。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 目が覚めたのは、それから数時間もしないうちだったらしい。あまりにも大きなエネルギーを封印して魔力に変換……なんてしていると頭痛が発生するわけだが、今回のは特に凄かったな。
 ベッドの上で眼を覚ましたら、キアラが俺の顔を覗きこんでいた。


「おはよ、キアラ」


「起きたか、キョースケ」


 体を起こし、手足を軽く動かしてみる。特に問題なく動けるな。
 そこでぱさりと毛布が落ち、俺の上半身があらわになる。……俺、服着てないのか。


「どうぢゃ、調子は」


「問題ないね。冬子とリャンは?」


「冬子はお主の代わりにギルドに報告ぢゃな。ピアは妾の代わりにお主の鎧などの手入れをしてくれておるぞ。お主が今裸の理由は洗濯しているからぢゃな」


 キアラが親指で指した方向はシャワールーム。なるほど洗濯とかしてくれてるんだね。
 俺は活力煙を取り出して咥えて煙を吐きだす。輪になった煙が天井に溶けていく様子をぼんやりと眺める。


「……大丈夫かの、キョースケ」


 少し心配そうな顔になるキアラ。俺はそれに苦笑いで返すしかない。


「人を封印するのなんて初めてだったからね。しかも殆ど魔力になってた……んだけど、それでも少しは記憶とかが流れ込んできたよ」


 先ほどヨダーンの『アビス』という魔法を封印した時、一緒にヨダーンも封印しなくてはならなくなった。そう、ヨダーンという人物ごと、俺は魔力に変換してしまったのだ。
 途切れ途切れな記憶の流入。ヨハネスが気を遣って有用な情報だけ抜き取ろうとしてくれていたみたいだけど、それも完璧じゃなかったらしい。


「けど、そのおかげで有益な情報も少しは手に入った。……いらない情報も少し手に入っちゃったけどね」


 ヨダーンの半生……ってほど多くも無いけど流れ込んできた記憶は、少し俺も気が滅入るような内容だった。
 こうして少しぼさっとするくらいにはね。


「キョースケ、今回はお疲れぢゃったのぅ」


 キアラが俺の寝ていたベッドの上に座ってニコリとほほ笑む。
 その笑顔がいつものそれと違い純粋なものだったため、面喰ってしまい俺は目をそらした。
 ……なんだろう。調子狂うな。


「まあ……力不足を実感したよ」


 ちょっと前までは、自分の力なんて矮小なモノでしかないって知っていたはずなのになんで思いあがっていたんだろうか。
 さっきだって最初から魔昇華しておけばよかったものを、情報を得ようとか欲張るからああやってピンチに陥った。


「自分の頭をもっと使わないといけないって思ったよ。取りあえずは暫く……もっと清貧に凄そうかな」


 自分の実力を見誤ってはいけない。俺が今まで上手くやれていたのはチートのおかげであるということを忘れちゃいけないね。


「今回はたまたま勝てたけど……今後、勝てない敵が出てきたらどうすればいいんだろ」


「ふむ……そうぢゃのぅ」


 俺が問うとキアラは少し考え込む風な仕草をしてから、ぽんと手を打った。


「逃げるしかないぢゃろうな」


「だよね。その時のためにももっと人脈を増やしたりしないといけないな」


 一人じゃ勝てない敵は囲んで棒で殴る。それが――人類が編み出した究極にして最強の戦法。それをするためにもちゃんと人脈は増やしておかないとね。
 パーティーメンバーを増やすつもりはないけど、繋ぎは作っておくべきだろう。そういう意味では……冬子が今ギルドに報告に行っているのは良いかもね。
 あの子は基本的に人から嫌われないから。


「お主が行くと拗れそうぢゃからのぅ。とはいえ、このパーティーのリーダーはキョースケぢゃ。また後でギルドに顔を出すことになるぢゃろう」


「うん」


 煙を吸い込み、大きく吐く。窓を風の魔術で開けて室内の換気をしていると、キアラがのんびりとした声を出す。


「それにしても……魔王の血族だったかの? 強いのぅ」


「そうだね。……前は勇者全員でかかってやっと倒したし、今回だってあっさり倒したように見えて、その実三対一で囲んでいたから出来たことだ」


 俺たちの実力が上がっていたこともあっただろうが、それでもまだ一対一ですんなり倒せるほど甘い相手じゃない。
 現に、今回だって一対一で戦っていたら俺が操られておしまいだったかもしれないからね。


「洗脳系能力は強いね」


 ヒルディもそうだったし、魔族はその手の能力を得意としているようだ。
 ……ていうかホント、よくまだ国として機能してるな人族。あんなに魔族に好き放題されてるっていうのに。
 表向きは、どうも人族は獣人族と対立している部分が多いように思えるのは……そういう誘導があるのかもしれないね。


「すんでのところで踏みとどまったようで何よりぢゃ。妾も解呪しようと思ったのぢゃが、その前に出てきたからのぅ」


 キアラが対処する前に俺は自力で復帰したのか。


「どれくらい沈黙してたの?」


「30秒ほどかの」


 30秒。もっと長かったように感じたけどそんなものか。
 でも戦闘中に30秒も無防備だったってのは恐ろしいね。


「トーコやピアの支援が忙しくての。……あやつの持っておった剣にも洗脳の効果があったのぢゃ」


「ああ……だから打ち合っていたせいでジワジワと洗脳されちゃっていたわけか」


 厄介な魔剣を持っていたものだね。それをヘルミナに渡したらいい感じの武器に変えてくれるだろうか。
 俺は煙を吹かしながらキアラに礼を言う。


「とはいえ、彼女らを助けてくれてありがとう、キアラ」


「ほっほっほ、仲間なのぢゃから当然ぢゃろう?」


 艶めかしい目を向けてくるキアラ。そしてゆっくりと俺の顎に指を這わせてくる。


「それに……礼を言うくらいなら態度で示してほしいのぅ」


「何が欲しいのさ」


 そう尋ねると、キアラは俺の口からさっと活力煙を奪って自分の口に咥えた。
 活力煙を咥えたキアラの姿はあまりに様になっており、まるで一枚の絵画のようだ。普段の印象とは全く別のそれに思わず俺は息をのむ。


「……な、何、活力煙が欲しかったの?」


 思わず声が上ずる。二人きりの空間で、相手を美人と意識してしまうと――ついつい、俺の心拍数も上がってしまう。
 そんな俺の姿が楽しいのか、キアラはクスクスと微笑わらって煙を吐きだした。


「そういうわけではない。まあお主の慌てふためく姿を見るのは楽しいがの」


「……からかうだけなら出て行ってもらうよ」


 そっぽを向きながらそう言うと、キアラはさらに近寄ってきてベッドに身を起こしている俺の上にのっかる。
 って、ちょっ。重い。


「な、何するのキアラ」


「ふっふっふ。お主に少しサービスをしてやろうと思ってのぅ。安心せい……来たるトーコとの本番の時に恥をかかない様に特訓してやろう」


 そう言ってキアラが俺をベッドの上に押し倒してきた!


「ま、マジで何してるのっ!」


 振りほどこうとしたところで――な、なんだ。体が動かないッ!
 なんか魔法を使われている!


「大丈夫ぢゃよ。男は初めてでないほうがありがたがられる」


「何の話だッ!」


 俺は風を発生させてキアラを吹っ飛ばそうとして――魔法を打ち消された。なんかよく分からないけど魔法がキャンセルされた!?
 相変わらずのデタラメさにいよいよ俺は慌ててアイテムボックスから『パンドラ・ディヴァー』をとりだそうとして――腕をガシリと掴まれた。


「……な、なにをする……つもりだ……ッ」


 チロリと艶めかしく――というかぶっちゃけエロく自分の唇を舐めるキアラ。そしてさっき俺から盗った活力煙をまた俺に咥えさせてきた。
 俺はそれに――ここ最近で一番の恐怖を覚える。さっきのヨダーンが作り出した幻覚に出てきた魔物よりも怖い!


「ふふ……大丈夫ぢゃよ、キョースケ。最初は優しくしてやるからのぅ」


「何も大丈夫じゃないよねそれ」


 リアルにヤバい。
 必死に魔力の出所とどこにつながっているかを探るが、なかなか分からない。さすがキアラ……とか感心している場合じゃない。


「では……お主の初めてを……」


「一応どういう意味で初めて……なのか訊いてもいいかな……?」


 キスは既にしたことがあるよ? 俺は。女の子と同じベッドに入ったことは……生憎、まだないけどね。
 というかそういう意味の初めてだよね!?


「は、初めては大好きな人とって決めてるんだッ!」


「案外お主、乙女ぢゃのぅ」


「うるさいっ!」


 誰が乙女か。


(テメェは見た目トカ普段のキャラに反して案外純情ナンダヨナァ)


(黙っててヨハネス。というか、聞いてたんだったらこの魔法を解くのを手伝ってよッ!)


(カカカッ! ダイブ焦っテンナァ)


 ダメだ、ヨハネスは面白がってる。
 俺はキッとキアラを睨み返す。


「……キアラ、これは信頼、信用の問題だよ? ここで俺に何をするつもりか知らないけど……行為によっては俺と冬子、そしてリャンの信頼を失うことになる。それをちゃんと考えてる?」


 真剣にそう伝えてみたんだが……キアラはフッと口の端で笑った。


「ほぅ……お主は、女の子に押し倒されて『いろいろ』されたことを皆に言いふらすのかの? ほっほっほ。出来るモノなら……やってみぃ」


 ニィ……と悪い顔で笑うキアラ。そしてふと何かに気づいたような顔をすると、邪悪な笑みを今度は悪戯っ子のそれに変えた。よく表情が変わるね。


「ほっほっほ。ちょうどよかったのぅ。では、キョースケよ」


 そしてキアラはバッと毛布をめくった。そう――ほぼ裸の俺の身体を隠していた最後の布一枚を。そしてそのタイミングで何故か動けるようになった。


「ちょっ、キアラ。返し――」


 それを奪い返そうと体を起こしキアラにむかって手を伸ばしたところで――


「京助。諸々は終わったんだが最後にお前に来て欲しいとギルドマスターが――」


 ――ガチャリ、とホテルの扉が開いた。


「――呼んでい、るん……だが……」


 呆然とした顔の冬子、落ちるリンゴ、愉快そうなキアラ。


「……京、助?」


 ……冬子の目からハイライトが消えてるんだけど。
 俺はどういったものか考えつつ……若干現実逃避の意味も兼ねて活力煙の煙を深く吸い込んだ。



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