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異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

83話 いっぱいなう

「今日はどのようなご用件ですか?」


 マックが店員を呼びながら目の前に座る。ここは王都で雰囲気のいいカフェ……ではなく、AG御用達の居酒屋のような場所だ。ただし少し値段が少し高めではあるが。
 マックがコーヒーを頼み、爽やかな笑みを向けてきた。


「美しい女性に呼び出されるといつだってソワソワしてしまいますね」


「嬉しいことを言ってくれる。私のパーティーのリーダーは私を無下に扱うからな。そう言われると私も照れてしまう」


 なんて言いながら咳ばらいをして真剣な表情に戻る。


「用件というのは他でもない。ティアールという男のことを知っているな? あの男から聞いたじゅうじ……亜人による食人衝動について言われてな。そのきっかけとなったティアールの娘と妻が襲われた事件について聞きたい」


 単刀直入に尋ねると、マックはかなり苦い顔をした。思い出したくも無い記憶……とでも言いたいのだろうか。
 しかしすぐに表情を笑顔に戻すと、彼は右手でコーヒーカップを持って一口飲んだ。


「……そう、ですね。あれの話は忘れたくても忘れられません。僕があれ以来ソロで活動している理由でもありますから」


「話しにくい話かもしれないが――どうしても気になるんだ。出来たらその日のことを話していただけないだろうか」


 三十度ほど頭をさげる。AGが頭を下げることは滅多にないのでマックは面喰ったような顔になる。もう一押しだろう。


「私も少し亜人には怨みがある。奴らに対する適切な対処策を知っておきたいのだ。亜人族と交戦して生き残ったのはあなただけということだからな」


 マックは少し考える仕草をした後、やはり笑顔を浮かべた。


「分かりました。では少し昔話になりますが――」


「お待たせいたしました。ダージリンティーです」


 そのタイミングで店員さんが冬子の頼んだ紅茶を持ってきてしまった。……元の世界でもあったが、やはりこういうタイミングで気まずくなるのは全世界共通だな。
 苦笑いをすると、マックも苦笑いを浮かべた後に咳ばらいをした。


「あれは、二年前のことでした」


 ティアールと同じ語り始めで、マックも昔話を語りだした。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「亜人族の攻撃は苛烈を極めました。足から食われたものもいれば、直接肝を食われた者もいましたが……ともかく、奴らは爪で肉を抉り牙で肉を喰らい千切る。まさに獣のごとき戦い。魔物とはまた違うその勢いに僕たちはなすすべもなくやられていきました」


「AランクAGのあなたが?」


 話を少し遮るようにして尋ねると、マックは極まりの悪そうな笑顔を浮かべて「お恥ずかしいことです」と言ってコーヒーを飲んだ。


「あの時ほど、AランクAGという肩書の無力さを思い知らされた時はありませんでした。鍛え直しはしましたが……今の僕でもまだ敵わないでしょうね」


 遠い目をして、つらそうな顔で自分の剣を触るマック。


「それほど……」


「はい……あの日のことは今でも夢に見ます。あれほどの殺気に囲まれた経験はありませんでしたからね。普段は魔物とばかり戦っていたことが仇になりました」


「なるほど……亜人族というのはそれほどまでに悪なんだな」


 マックが好みそうな『悪』という単語を使うと、彼は大きな声で「そうなんです!」と手を握ってきた。鬱陶しい。


「分かっていただけますか……亜人族、奴らはまさに悪魔です。なまじ人族に近い容姿をしているからその脅威が分かり辛いのかもしれませんが、奴らは人を食う……そんなッ、そんな連中を野放しにしておけるはずがない!」


 熱のこもった演説。その容姿と相まってさぞや数多くの女を泣かせたんだろうね。
 しかしそんな冷めた思考をしていることがバレたら逃がしてしまうかもしれない。ここは話を合わせておこう。


「あなたの話を聞いていてそれがよくわかった。ティアールに聞いた話とは少し違っていたが……それほどまでに絶望的な戦いを繰り広げていたんだな」


「はい……あの時ティアールさんに話した内容は少し脚色してグロテスクさを抑えましたからね。女性とはいえAGですから大丈夫だと思ったんですが……」


「大丈夫だ。伊達や酔狂でAGをやっているわけじゃない。それよりもやはり食人衝動というのが気になるな。本当に食べていたのか? 戦闘方法の一環としてバイティングや」


 言いかけたところでスッと手をあげられて言葉を遮られた。


「ただ殺すためならば喉を食いちぎるなり致命傷になる部分に噛みつけばいいだけです。わざわざ足や腕を噛み千切り、それを食すことになんの戦闘的意味があるでしょうか」


 そりゃ確かに無いかもしれないが。
 なおも熱く語るマックの話を聞きながら、自分の中に考えを巡らせる。


(大丈夫だ――まだ、洗脳はされていないはずだ)


 呪いなんてものを使うのだから魔力の動きを『視』ているのだが、特に怪しい魔力は見えないし、自分の魔力を『視』てもいつもと変わらない。
 大丈夫だ、と自分に言い聞かせながらマックの動きを注意深く観察する。


「彼等亜人族にとって人間は食料でしかないのです。そんな凶悪な生き物をのさばらせておくわけにはいきません。我々は被食者では無いのです」


「そうですね……やはり、うちのパーティーのリーダーも勘違いしていたようだ。やはり亜人族は危険だと言わなければ」


「……分かっていただけるようで何よりです」


 そう言うとおもむろにマックは立ちあがると、伝票を持った。


「……僕から話せることは以上です。ここのお支払いはしておきますよ」


 そしてイケメンスマイル。……なるほど、これは惚れる。


「ではお言葉に甘えよう。ただ、今度酒場などで私を見かけたら声をかけてくれ。一杯奢ろう」


「はは、それは楽しみですね」


 マックがすっと右手を差し出してくる。どうやら握手を求められているらしい。
 AGは警戒心が高い人が多いので、こうして握手を――しかも利き手で――求めてくるというのは非常に珍しい。
 その出来事に少し驚きながらも手を出して彼の右手を握りかえした。


「今日はありがとうございます。……実は先日も会っているんですけどね」


「え?」


 マックは先ほどまでのイケメンスマイルをいきなり邪悪なものに変えた。


「あなたは……いい餌になってくれますね、本当に」


 瞬間、その握られた手から膨大な魔力が流れ込んできた。


(これは……ッ!)


 グワンと世界が反転するかのように頭が痛む。自分の中にそれが入り込んできてぐちゃぐちゃにしようと掻きまわしてきた。
 まずい、マズいマズい。まずいマズいマズい!


「もう遅いですよ。『黒呪閻偽』」


 接触して発動するタイプの呪いだったのか。


「あ、あああああ!」


「ははは! 本当に素直で与しやすいですね、あなた方は!」


 得意満面のマック。膝から崩れ落ちて、それでも敵意をむき出しにして睨みつける。


「あ、ああああ! あぐ、ぐああああ! う、ううあ……」


「無駄ですよ。それを防ぐことはできませんから。僕の最大にして最高の魔術――『黒呪閻偽』は誰にも破られたことはない」


 そうして勝ちを確信している様子のマックを見て――


「う、ぐああああ! ……なんてね」


 ――苦しむふりをやめて、俺は・・変身を解除して魔力を押し返す。


「へっ?」


(まあ――予想通りなんだけどね)


 拮抗する魔力。それを押し返すようにしながら俺はニイッと笑うと、その手を握りつぶすほど強く握った。
 虚を突かれたような顔になったマック。その隙をついて俺は『パンドラ・ディヴァー』をとりだす。


「喰らい尽くせ――『パンドラ・ディヴァー』」


 凝縮した『力』が俺の手元に形作られる。それは一条の槍の形として顕現した。神器、『パンドラ・ディヴァー』として。


『カカカッ! 久しぶりの出番ダナァ!』


 ヨハネスにその呪いを食わせる。いくらある程度俺に精神攻撃に耐性があるとはいえ、流石にヤバいレベルだった。『パンドラ・ディヴァー』で封印しないと俺も呪われていたかもしれない。


「なっ……ば、バカな! 何故!? 何者です!?」


「何者……? なんだ、敵のことも調べてなかったのか。それとも、敵とすら思っていなかったのか……ま、知らないなら名乗ろうか」


 俺は慇懃無礼にお辞儀をする。


「改めて。俺の名前はキョースケ・キヨタ。はぐれの救世主だよ」


 はぐれの救世主……って言いかた。久しぶりにしたよね。
 ただ、魔族は俺が勇者どもと同じ救世主であることを知っている。だからこの名乗りで間違いないだろう。
 ヒュンと槍を一回転させ構えをとる。


「お前は俺の仲間に手を出した。依頼の分もあるけど、私怨もたっぷりあるんだ」


 マックは忌々し気に俺を睨むが、仕掛けてはこない。呪いに能力のほとんどをとられて直接戦闘が苦手なのか、それとも別の意図があるのか。
 ……どうせ周りにいる奴らは皆洗脳済みだろうからな。こんな騒ぎなのにこゆるぎもしない。


「最初から……僕を騙すつもりだったんですか?」


 マックは一度頭を振って冷静さを取り戻したのか、それとも無理やり抑え込んだのか落ち着いた口調で問い直してきた。
 騙すとは人聞きの悪い。俺はキアラに幻術をかけてもらって冬子のように見えるように変身していただけだというのに。
 それに、


「先制攻撃してきたのはそっちでしょ? 俺にならまだしも冬子に手出すとかさ……マジでキレてるんだけど俺」


 こちらも睨みつけながら言うと、マックは自分の剣を抜いた。


「……言っておくけど、君が魔族だってのは分ってるからね? 洗脳系、魅了系などの精神攻撃が出来る闇魔術は魔族の専売特許ってのは常識だからね」


 ギギギは魔物を操り、ヒルディは魅了の魔術を使った。キアラの言っていた通り魔族が精神系の魔法が得意だっていうのは正しいのだろう。
 マックはフッと口元に笑みを浮かべると、剣を構えた。


「だとしても――この状況で僕が一声かければ、取り押さえられるのはあなたですよ?」


 見れば、周囲もなかなか剣呑な雰囲気になっている。マックの手駒ばかりなんだろうということは最初から思考のうちだったから驚きはないが、それでも面倒であることに変わりは無い。


「ただ、俺は街中で戦ってもデメリットは無いよ。何せ俺は正真正銘人族だから。だけど君は、全力を出さないで俺に勝てると思ってるの? 魔族の姿に戻らないで俺に勝てると思ってるの?」


 活力煙を咥えて火をつける。一気に煙を吸い込むと肺の中に甘い風味が広がった。
 俺のその行動を余裕と受け取ったのか、マックの眉がピクリと動く。


「たぶん無理じゃない? ……大勢の前で戦うことがデメリットになるのは君だけだ」


 そう言ったところで、マックがパチンと指を鳴らした。その途端、店の中にいたほとんどの人間が立ちあがり俺の方を睨む。マックの協力者たちかな?


「話が噛み合いませんね。僕はこの人数に勝てるのか? って聞いてるんですよ?」


「この人数? 何言ってるの? 俺と・・マックの・・・・一対一・・・でしょ・・・?」


 俺はそう言った刹那、自分の魔力を解放する。魔昇華する時レベルの魔力を制御もしないで放射するように垂れ流す。
 その魔力に中てられた・・・・・人たちは少しも抵抗できずにバタバタと倒れて行った。ふうん、このレベルで出すとCランクAGクラスでもなかなか耐えられないんだね。


「烏合の衆……というか雑魚がどれだけ集まっても無駄だよ。せめてBランクくらい連れてくればよかったのに」


 それともBランクAG以上は警戒心が強くて呪いが通用しなかったんだろうか。なんにせよBランクAGがいなくて助かったといえる。
 マックが唇をかむ。さすがに予想外だったんだろう。


「……じゃあ、ここで今からやる? それとも、場所を変える? 俺はどっちでもいいけど逃がすつもりはないよ」


 ここでこいつを逃がして、獣人族の悪評を流されるのをやめて欲しいというリャンの願いを叶えることが一つ。
 そして敵対勢力である魔族が人族の――しかも王都で――勢力を広げつつあることを憂慮することが一つ。
 最後に――冬子が傷付けられたことに対する怒りが一つ。


「俺は君を殺すなり喋るのが不可能な状況なりに追い込めれば勝ちだ。魔族であろうがなかろうが、人を呪おうとしていたことは確実だ。大義は我にあり……ってね」


 この件に関しては志村に伝えてあるので、根回しもバッチリと言えばバッチリだ。本当は王都のAGギルドのギルマスにも話を通したかったけど、これでもしもギルドマスターが操られていたら厳しいから直接王様の方だ。無論、密告者は俺じゃないことにしておいては貰ってるけどね。
 ひゅんひゅんと槍をまわす。辺りの椅子や机が壊れると困るのでそれらは風でどかしておいた。


「どこでやりますか? ギルドの修練場なんてどうでしょう」


 実に悔しそうな顔でマックが提案してくる。ここでギルドを出すってことは、やっぱある程度までギルドは浸食されてるんだろう。


「近くに森があるよ。そこでやろう」


 マックの提案を無視して俺が言うと同時に、フッと景色が変わった。キアラが俺とマックを転移させたのだ。


「…………ははは。なにをしたのかわかりませんが、僕は君を殺す以外で逃げることは出来なさそうだ」


 キアラの魔法ってのは魔族でもビビるものらしい。マックが諦めたように改めて俺に殺気を向けてきた。
 俺も魔力をただ放出するのでなく、徐々に自分の身体に集めてゆく。魔昇華はまだ使わないけどいつでもそれになれるようには準備しておく。
 互いの殺気が充満し空気がピリピリと震えだした頃、ふとマックが何かを思い出したかのように目を見開いた。


「……待てよ。紅と黒のオッドアイズ、異常な魔力、キョースケ・キヨタ……まさか」


 そこまで言って、今まで一切の魔力を放出していなかったマックがいきなり強大な魔力を噴出した。
 なんだ? と思う間も無く、怒りに満ちた声をあげるマック。


「貴方が――貴方がヒルディを殺した、キョースケ・キヨタですか!」


 ヒルディと知己か。


「そうだよ。俺がヒルディを殺した」


 認めると、轟々と可視化した藍色を深く黒くしたような色の魔力がマックの元に集まり……収束しその身に纏った。そして生えてくる――禍々しい角。捻じれ、尖っているその角は、マックの黒き深い藍色の魔力と同じ色をしていた。
 さらに、マックの身体がボロボロと崩れていく。どうやら変身を解いているようだ。
 変身が剥がれたその中から出てきたのは、外側と同じくらいイケメンな顔だった。ただしマックだった時よりもたれ目で幾分か意思も弱そうだ。


「魔昇華か……」


 久々に見た他人のそれに、思わず呟くとマックは意外そうな顔をした。


「よく……知っていますね。魔王の血族のこの姿を見て生きていられる方が稀だと思うのですが」


 ――魔王の血族。ヒルディも言っていたね。
 文字通り魔王の親族なのか、それとも魔王の親衛隊的な立ち位置なのかは判明しないけど取りあえず強者の集団ではあるんだろうね。


「かたき討ち?」


 尋ねてみると、マックはフルフルと弱く首を振った。


「いいえ? 貴方が彼女の仇であることにすぐ気づけなかった僕にかたき討ちをするつもりはありませんよ」


 マックは剣を正眼に構えると先ほどよりもさらに鋭い殺気をぶつけてくる。


「ですが、彼女はいい同僚でした。ですから彼女の無念を代わりに晴らすくらいは許されるでしょう。あの人が負けるんですから……どんな汚い手を使ったんですか?」


 そんなものは使っていない。ただ普通に彼女が俺のことを強化してくれただけだ。
 ……もっとも、そんなことを言うつもりはないけどね。


「……そういうのをかたき討ちって言うと思うんだけどなぁ」


 苦笑いしながら、俺は魔力を右手に集めていく。それと同時に活力煙も燃やし尽くすと、マックにむかって右手を突き出した。


「マックってのは、その外側の時の名前でしょ? 本名はなんていうの?」


「……今から死にゆく貴方にお答えする意味が?」


「今から殺す相手の名前くらい知りたいでしょ」


 マックは鼻で笑うと、足元から黒い塊を出しながら堂々と名乗りを上げた。


「……ならば改めて名乗りましょう。僕の名はヨダーン。キョースケ、貴方を倒すものです!」


 マック改めヨダーンはさらに魔力を高める。臨戦態勢ってやつだね。


「OK……ヨダーン」


 俺も『パンドラ・ディヴァー』の封印帯をユラリと展開しながら答える。


「俺は『魔石狩り』のキョースケ。ヨダーン……俺の経験値になってくれよ?」


 次の瞬間、森の中に大きな金属音が鳴り響いた。

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