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異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

70話 下衆なう

 狭い室内だから、一息で剣の間合いに踏み込める。


「お」


 踏み込むと同時に抜刀――首筋をねらって『飛斬撃』と同時に放つが、ロクマンに『飛斬撃』ごと受け止められてしまった。心の中で舌打ちしつつ、足払いで体勢を崩させようとするがそれもうまく躱されてしまう。
 なればと受け止められている剣に力を込めて鍔迫り合いに持っていく。今の刹那で分かったことだが、どうも冬子の方が筋力に優れているらしい。類い稀なるステータスのおかげだろうか。


「なかなかやるね、お嬢ちゃん」


「死合いの最中に喋ると舌を噛むぞ」


 剣を弾き、体勢が崩れたところをねらって低く踏み込む。ロクマンは剣の柄で冬子の頭を狙ってくるがさらに大きく踏み込むことでそれを躱す。近づきすぎて剣は触れないが、そんな状態でも攻撃できる技もある。


(寸勁――)


 剣をロクマンの身体に密着させた状態から、足と腰の関節と筋肉を連動させて体に衝撃を叩きこむ。父から教わった体術の1つだ。




『職スキル』、『寸勁斬』を習得しました。




 久々に『職スキル』を得た。しかもただの寸勁ではなく『寸勁斬』。何か追加効果があるのかもしれない。
 寸勁の衝撃が通ったロクマンは吹っ飛――ばなかった。


「え」


 完全に決まったと思っていたため、思わず声が出てしまう。そこをめがけてロクマンの剣が冬子の腹に迫る。


(く――ッ!)


 咄嗟に剣の柄で防ぐが――そこで気づく。ロクマンの身体が青く光っていることに。


(スキル光――『職スキル』か!)


 それに気づいたときには遅かった。
 まるでスタンガンで攻撃されたかのように全身にしびれが走り、吹っ飛ばされてしまう。


「ガハッ……!」


 手がしびれる。当たったのが剣でなく体だったら――と考えるとぞっとする。
 なんだったんだ、今のは。


「お嬢ちゃん、あんたちょっと剣がお利口さん過ぎるかな。それと、実戦経験が足りてない。いや、正確には――殺し合いに慣れてない、って感じかな。スキルも警戒せずに突っ込んでくるなんて甘すぎるぜ」


 剣を正中線に構え直し、ロクマンに正対する。


(――スキルか、それは確かに警戒していなかった)


 よく考えたら、自分はこちらの世界に来て「戦える」人と「殺し合い」をした経験は少ない。というか、殆ど無い。
 魔法は見慣れたし、スキルも見慣れている。しかし『職スキル』というものを分かってはいない。
 何ができるのか、何が出来ないのか――


(それなのに、他人のスキルを考慮せずに突っ込んだのは迂闊だった)


 京助ならば今自らに起きた現象からどんなスキルか看破できるのかもしれないが――生憎、冬子にはそんな分析などできない。
 できることは父から習った剣術と、この世界に来て覚えた『職スキル』のみ。


「はぁっ!」


 なりふり構っていられない。『激健脚』を発動させ高速の踏み込みでさらに間合いを詰める。先ほどのスキルが何か分からないため、フェイントを織り交ぜて突きで肩を狙う。
 しかし、肩に当たった剣は――なんの手応えも無く、貫くどころから傷1つつけることが出来なかった。固い鉄を斬ったというよりは、ゴムを斬りつけているような感覚だ。まるで攻撃が吸収されてしまっているかのよう。


「それっ!」


「くっ!」


 先ほどよりは予想していたため、返しの突きには首を傾けて対処する。自分の顔すれすれを通る剣は、真剣であるが故に恐怖心をあおられる。
 冬子はいったん距離を置き、


(チッ――剣がダメなら『職スキル』だ!)


 縦から振り下ろしの『飛斬撃』を飛ばす。


「こりゃまずい!」


 ロクマンは苦笑いすると同時に横っ飛びで冬子の『飛斬撃』を躱した。『職スキル』は先ほどのように無効化出来ないのかもしれない。
 なれば、と冬子は『刀剣乱舞』を発動させる。剣を一振りするごとに攻撃力が上がっていき、十度目で最高威力となる。その十度目に合わせて『飛竜一閃』をするしかない。


「シッ!」


 冬子はサイドステップしてロクマンの左側から切り込む。『飛斬撃・二連』を発動させると同時、剣を振り上げる。さらに『飛斬撃』、そして足からも飛斬撃が出る『剣蹴激』も同時に発動する。
 ロクマンは『飛斬撃・二連』をまた何か別の『職スキル』で弾き、さらに『飛斬撃』と『剣蹴激』を躱し、冬子へ斬りかかってくる。
 絶妙な場所に放たれた剣は体重移動などの関係で受け止めるしか冬子には出来ない。
 受け止めると同時に痺れる腕。やはり、先ほどと同じ感覚だ。
 一体……なんだろう。


「くっ!」


「そう来なくっちゃ!」


 しかも接近されてしまうと、冬子の剣は当たらない。水平に斬り、さらに間髪入れずに刀を振り下ろすがそれも躱される。受け止められるよりも躱される方が体力を持っていかれる。
 ロクマンが足を斬ろうとしてくるので跳躍してそれを躱し、さらに斬り上げられる剣を受け止めようとして――慌てて躱す。


「勘がいいね!」


「ああ何度も見せられてはな!」


 跳躍した状態から剣を振り下ろす。地面まで砕こうかという勢いで振り下ろされた剣はしかし躱される。


「力もあるなぁ、速さもあるなぁ」


 惜しむようなロクマンの声。それに苛立ち、勢い良く踏み込んでロクマンに振り下ろす。
 その時だった。冬子の剣は音もなく、ただ吸い込まれるようにして受け止められる。青く輝くロクマンの身体に。それはまるで、ゴムを殴りつけているかのような感覚。
 そして……冬子は全力で踏み込んでしまったため、ほんの一瞬だけ動くコースが限定される。


「悪くねえんだ、威力も、速度も。そりゃあさぞやどこのパーティーでも引く手あまただろうよ。ただなあ、お嬢ちゃん……人を殺すのに威力なんかいらないんだわ」


 ゾッとするようなロクマンの声。冬子の剣を受け止めたままのロクマンが、鋭い目で――冬子の足を踏んだ。鋭く引いて立て直そうと思い、最初に動かそうと思っていた右足を。


「ッ!」


「お利口さん、って言ったろ? ったく、これだから若いのは。勝ち方に綺麗も汚ねぇもないんだ、ぜっ!」


 地面に縫い留められ、動けなくなった足に気を盗られた刹那、冬子の身体にまたも痺れるような衝撃が襲う。いや、実際に体が痺れている。


「あっ、がっ……」


 足に力が入らず、思わず片膝をつく。
 完全に貰ってしまった――速度や、力では確実に自分の力が勝っている。しかし、それなのに――自分の攻撃は届かない。
 技が足りない、鍛練が足りない……ッ!


「俺の不幸は、ステータスが低かったことだ。んでもって、俺の幸運は俺の戦い方と異常な程相性のいい『職スキル』を覚えられたことだ」


 独り言をつぶやきだすロクマン。


「お嬢ちゃん、ホントに筋は悪くねぇ。剣術の鍛練も大分積んでるんだろう。それでも、足りねぇんだ」


 足は動かないが、まだ手は動く。それを知っているのか、それとも警戒しているのかは分からないがロクマンは動かない。


「さっき、俺ァ最強の剣士って言われてただろ。あれ正確に言うならな、対人最強の剣士、って意味なんだよ。それも嬢ちゃんみたいな中距離攻撃の出来る『職スキル』も無いからこうして接近して斬り合うしかねぇ」


 少し自嘲気味に言うロクマン。


「でもよ、い~い気味だぜ? 明らかに自分より強くなるような若いやつを、こうして見下ろすってのはよ!」


 肩をすくめてロクマンが笑う。


(つ……強い)


 どういう理屈かは分からないが、冬子の斬撃が無効にされてしまう。『飛斬撃』などは通用するようだが、冬子はあまり『飛斬撃』などを使ってこなかったせいでまったく当たらない。
 隠し玉にしようと思っていた『飛竜一閃』も、おそらく当たらないだろう。
 悔しさに歯噛みし――そしてどうにか倒せないかと頭を回転させていると、リューさんとピーシーの戦いの声が聞こえてきた。


「『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが……』」


「遅いですネ! 『ウィンドバレット!』」


 リューさんの詠唱に割り込むようにして、ピーシーの風の魔法が完成する。先ほどからそれの繰り返しだ。
 ピーシーは、相手の詠唱よりも速く詠唱を終え魔法を放つ。威力は低いが素早いそれは口もとや杖などを狙っていて、相手に詠唱をさせないようにしている。
 ピーシーが放った風の弾丸は、リューさんのローブに当たるが……大した威力があるようには見えない。あれなら圧倒的にリューさんの魔法の方が威力が高いだろう。
 しかし、速度が段違いに違う。リューさんが1つの魔法を完成させるまでに、ピーシーは二つ魔法を撃てる。速度ではまるで勝負にならない。
 嬲るように、いたぶるようにピーシーはギリギリ躱せたりするようなところに魔法を撃つ。リューさんは魔法師にしては動けるとはいえ、ああも連続で繰り出されてはさすがに動きが鈍くなっていく。


「ああ! ワターシは貴方をこうしていたぶりたかったんですネ! ワターシの方が強いのに! たまたま弟子に恵まれたというだけネ、貴方が先にBランク魔法師になれたのは! ワターシこそは対魔法師最強の魔法師――ピーシー! 『奇の力よ、風のピーシーが命令する。この世の理に背き、敵を切り裂く風の刃を! ウィンドカッター!』」


 ピーシーが高笑いとともに放った風の刃が、リューさんのローブをビリビリに切り裂いた。


「リューさん!」


「あははははあは! いいい姿ですネ、無様ですネ、最高ですネ!」


 さらに風の刃を放つピーシー。その度にリューさんの服が破けていく。それも、ちょっとエロい感じに。
 ……この、下衆が!!!


「『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが命令する。この世の理に背き、我が敵を射抜く炎の槍を! ファイヤランス』!」


 リューさんがやっと魔法を完成させて、業火の槍がピーシーに向かって飛んでいく。その炎に込められた威力は、到底普通の人間では耐えることは出来そうにないほどの火力だ。


(たしかにリューさんの方が詠唱は遅い。しかし――威力はリューさんの魔法の方が上だ!)


 これで倒したか――と冬子が思った瞬間、ピーシーがニヤリと笑った。


「ふははははははは! 『奇の力よ、風のピーシーが命令する。この世の理に背き、敵の刃を削る渦を! スパイラルウインド』!」


 ピーシーの前に現れる風の渦。大して力は感じないが、炎の槍がそれに吸い込まれていく。燃え盛る炎の槍が渦を破壊しようと荒れ狂う。しかし風の渦はそれをあざ笑うかのように真正面からはぶつからず、撫で、逸らし、躱し、削っていき――炎の槍の威力を削っていく。
 そして最後にはピーシーの風の壁で防げるほどの威力まで下がってしまっていた。


「なっ……」


「威力がネ、強ければいいってもんじゃないんですよネ」


 どや顔のピーシー。風の渦で威力を弱めてから防ぐとは……。
 リューさんも悔しそうな顔をしているが、すぐに杖を構え直す。


「人と戦う時に大事なのはスピードですネ。威力が高かろうが当たらないと意味が無いですからネ」


 ピーシーはまたも風の刃でリューさんのローブを切り裂く。今度は足の部分を切り裂かれすらっとした綺麗な足が見えてしまう。


「くっ……」


「はははははっは! いいですネ! 最高ですネ!」


 さらに飛んでくる風の刃。リューさんもなんとかかわそうとするが、それよりも手数が多い。
 次々と破られていくリューさんのローブ。中の服まで斬られて――


「この下衆が! 何故服ばかり狙う!」


 たまらず、ピーシーに怒鳴ってしまう。自分はロクマンに剣を突き付けられている状況だと言うのに。
 ピーシーはニヤニヤとした顔のまま、リューさんにむかって叫ぶ。


「いつもいつもワターシを見下して! ずっとずっとこの手でその衣服を剥ぎ取ってやりたかったのネ!」


 最低な発言とともに、鋭い攻撃を繰り返すピーシー。人間としてはクズだが、魔法師としての腕前は本物のようだ。


「俺とピーシーはな、AGとしても、魔法師としてもあんまり評価されてねぇ」


 ロクマンがぼそりと呟いた。


「俺はステータスが低く、そして破壊力のある『職スキル』を覚えられなかった。ピーシーは威力のある属性である炎や土、雷なんかに適性が無かった」


「だからどうした……」


 冬子が聞き返すと、ロクマンはフッと自嘲気味に笑った。


「だから対人戦を磨いたんだ。俺もピーシーもな」


「ははははは! 『奇の力よ、風のピーシーが命令する。この世の理に背き、敵を切り裂く風の刃を! ウインドカッター』!」


 一発一発の威力が大したことが無いからリューさんはまだ倒れてはいないが、それも時間の問題かもしれない。


「人間相手なら、俺らの威力の弱い攻撃でも殴り続ければ倒せるしな」


 ピーシーの攻撃がさらに速度を増す。リューさんも炎で反撃することも出来ず、なされるがままになってしまっている。


「や~れやれ、あいつは強いのに相手をいたぶる癖があるのがねえ」


 ロクマンが目の前でぼやく。ロクマンが何もしなかったおかげで、だいぶ回復してきた。これならばすぐにでも飛びかかることができる。
 そのための力を溜めていると……ロクマンが呆れたようなため息とともに、剣を振り上げた。


「ま、とりあえず殺さねえからよ、お嬢ちゃん。ちょっくら寝ていてくれ」


「くっ……!」


「あははははははははははははははは!! さあ! リュー! もっとワターシを楽しませてくださいネ! 『奇の力よ、風のピーシーが命令する』」


「くっ……『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが命令する』」


 背後で何か力が高まるような感じがする。おそらく、ピーシーが何か大きな魔法を使おうとしているのだろう。その隙をついてリューさんも詠唱を始めるが、おそらく間に合わないだろう。


「くそっ」


 咄嗟に冬子はバックステップでロクマンから距離をとろうとすると――なんとリューさんも同じことを考えていたようで、リューさんの背中とぶつかった。
 万事休すかと思った瞬間、何故か耳元で叫び声が聞こえた。


『入れ替われ!』


 その声に導かれるように、冬子の体が反応した。
 背中を合わせたリューさんと同時にクルリと周り、自分たちの目の前の相手を入れ替える。
 そう――対魔法師最強ならば剣士を。
 対近接最強ならば魔法師をあてればいい!


「いっ!?」


「『この世の理に背き、我が眼前の敵を薙ぎ払い燃やし尽くす、紅蓮の獅子を! ブレイズ・レオ・ファング』!」


 完成したリューさんの魔法が、ロクマンの身体を焼き尽くす。紅蓮の獅子が大きな口を開けてロクマンを飲み込むさまは、さながら大怪獣と虫けら。とても相手になるようなこともなくあっさりと飲み込まれていった。


「なっ……くっ! 『この世の理に背き、敵を切り裂き吹き飛ばす天空の覇者を! ウィング・ガルーダ・スラッシュ』!」


 風の大鷲――暴風を纏った全てを吹き飛ばすような荒々しいそれが、冬子に向かってすさまじい速度で飛んでくる。
 しかし――


「おおおおおおおおおお!!! 『断魔斬』!」


 ――京助の風の方がもっと凄まじかった!
 踏み込みと同時に『断魔斬』で上から真っ二つに切断する。そして、これで九回目。


「なっ、ばっ、そっ!」


 一瞬で間合いを詰めると同時に、風の結界を発動させようとしているピーシーにむかって力を溜める。


「黙れ! 『飛竜一閃』!」


 そして十度目――最大威力の『飛竜一閃』でピーシーを吹き飛ばす。生身に当てたら殺してしまうので、ギリギリ外すぐらいではあるが……それでも、余波だけで気を失ってしまったようだ。
 その姿を一瞥もせず、冬子は剣を領主に向ける。
 同時に、リューさんも杖を掲げた。……破れたせいでポロリしそうになっている部分を隠しながら、ではあるが。


「残りは貴様だけだ、領主」


「ヨホホ、逃がしませんデスよ?」


 二人して睨みつけると――領主は、フッと口元に笑みを浮かべた。


「素晴らしい、素晴らしい。どうだ? 貴様ら。私の愛人にしてやろう。なに、金ならいくらでも出そうじゃないか。どうだ、なかかなか魅力的な提案だろう?」


 下卑た笑みを浮かべる領主。その顔を殴りつけてやりたいが、冷静になって相対しなくてはならない。


「舐めたことを言わないでいただきたい。そんなものは何も魅力的ではない!」


 毅然と言い返す。しかし――


(なるほど、強いな……)


 先ほどリューさんが言っていた意味が分かった。これは確かに強い。
 ピーシーとの戦いで疲弊しているリューさんや、まだ若干体のしびれが抜けない冬子では少し厳しいものがあるだろう。
 しかし、負けるわけにはいかない。


「リューさん、私が壁になります」


「ヨホホ! お願いします」


 さあ領主。


(私の剣の錆にする)

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