話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

67話 侵入なう

 ビュウ、と風が吹き荒れる。空は暗く、月すらも出ていない。それどころか雲に覆われていて、雨でも降りだすんじゃないだろうか。
 ……潜入にはもってこいの天候だ、ね。


「ふう……」


 俺と冬子とリューとキアラは、領主の館の上に浮かんでいる。風を操って空を飛んでいるわけだけど、やはり空を飛ぶのは今のところ戦闘には向かないかもね。高速移動なら『天駆』の方が素早く動ける。
 領主の館は、何度か見たことがある通り、成金趣味といった色合いだ。あの眼に痛い金色はこの景観を乱しているだけなんじゃないだろうか、と思う。
 魔力を『視』ると、大きな結界が張られている。簡単な進入禁止と、許可されていない人が入った場合に警報が鳴る結界だね。
 神器で魔力ごと封印してもいいし、そもそも結界をぶち破ってもいいけど……さすがにそんなことをすればバレるね。


「さて、どうする予定だった? リュー」


「ヨホホ。この結界、実は四交代制で張られているんデスが……。その交代の合間の一瞬をついて侵入する予定でしたデス」


 なるほどね。


「しかし、先ほど話していたのが予想以上に時間を取られてしまったデスので……先ほど、交代の時間になってしまったデス。次の交代は6時間後デス」


「そっか……」


 ちらりと腕時計を見る。今は深夜零時ごろ。今から6時間じゃ朝になる。
 じゃあ、テキトーに陽動でもするのが手っ取り早いだろうか。


「炎でドラゴンでも作って門から攻めさせて、そのうちに上空から入ろうか。俺が作るドラゴン、だいたいBランク魔物くらいの強さはあるだろうから」


 自動で動くわけじゃないけど、見えない場所で暴れさせるくらいは出来る。二体もいれば、陽動には十分だろう。


「……きょ、キョースケさん? いつの間にそんな高等な魔法をデス?」


「リューが炎の獅子を作ったりしてたじゃん。あれの応用みたいな。威力は大分下がるけどコントロール重視で」


 まあ、炎のドラゴンは天川に一瞬破壊されたことから分かるように、エネルギーが供給されるわけじゃないから、持続時間はそんなに長くない。せいぜい五分かそこらだ。
 しかし、五分くらい時間を稼げれば充分だろう。


「いえそうでなくて。威力を下げようとBランク魔物クラスの強さだと、それだけで大騒ぎになるデスよ?」


「攻撃の威力はBランクでも、知性を持った行動が出来ないんだからそんなに大騒ぎにはならないと思うよ」


「とはいえ、それでは結局目立つのは同じぢゃろう? キョースケ。おとなしく結界の一部に穴を開ける方がいいと思うぞ」


 簡単に言うキアラだけど、俺の実力は基本力任せ。そんな繊細な穴を開けるとかはできない。


(ヨハネス、今の俺の実力でそんなに器用なこと出来る?)


(カカッ! 結界を解除するナラマダシモ、穴を開けるナンテ芸当はマダ無理ダロウナァ! ソレヲ今習得スルクライナラ、ブチ破って見つかる前に救い出すタイムアタックの方が成功確率は高いゼェ!)


 だよね。


「キアラ、任せられる?」


「いや、私にやらせてくれ」


 キアラの方を見たら、冬子がスッと前に出た。その手は、すでに剣にかけられている。


「……力任せにブチ破るんじゃないんだよ?」


「分かっている。新しく――ゴーレムドラゴンと戦っている時に習得した『職スキル』がある。それを、使ってやってみる。間違いなく、大丈夫なはずだ」


 自信満々の冬子。
 ……ここまで自信があるというのなら任せよう。気づかれてしまった場合は……術者が知らせるのが速いか、俺たちが術者を殺す方が早いかのタイムアタックだ。
 キアラも「任せてみるといい」という顔をしているので、信じることにする。


「一応、何をするか訊いても?」


 俺が問うと、冬子はコクリと頷く。
 もちろん、リューの前で訊いてもいいか? という意味だったんだが、それも理解したうえで頷いたようだ。


「ああ。別に知られて困るものじゃない。新しい『職スキル』である『断魔斬』で結界を切断する。魔力そのものを斬るスキルだから、どんな魔法だろうが魔術だろうが――結界だろうが、触れる前に切断できる」


「対魔法特化だね。触れる前に、か。それなら確かに結界にも引っかからないのかもしれない。……じゃあ、頼んだよ」


 というか、ゴーレムドラゴンと戦っていた時にそんな『職スキル』を手に入れていたんだね。冬子もだんだんと人外じみていくね。


「では、行くぞ」


 冬子はゆっくりと息を吸い込み、体に力を漲らせていく。


「『断魔斬』――!!」


 鋭い息を吐くと同時に、抜刀。
 俺でも眼で追うのが難しい速度で、滑らかに剣が結界に吸い込まれていく。そして結界に接触した瞬間に……接触した部分だけが結界内部に食い込み、そして切断されていく。
 ……魔力の流れを見ると、これがいかに凄まじい技か分かる。刃が当たった部分の魔力が消滅していっている。
 対魔法特化と言ったが、これ……体の殆どが魔力で出来ている魔物の場合、何の抵抗も無く切断してしまえるわけだね。魔力を消滅させるわけだから。つまり、ゴーレムドラゴンのように体が異常に硬い魔物でも、グリーンスライムのように物理攻撃が効きにくい相手でも、問題なく倒せるってことだ。これは凄い。
 そんなことに気を取られている間に、人が四人分入れそうな大穴が結界に開く。


「今だ!」


 冬子が剣を振りぬいた姿勢で俺たちに叫ぶ。


「ん」


 それに応えるように俺は風を操って四人で中に入る。全員が入りきった瞬間に、結界が穴を修復してしまった。なかなか再生速度が早いね。


「さて、内部の様子は……」


 魔力を『視』る目で中を見てみるけど、大きな魔力が慌てふためいているような様子は無い。ふむ、気づかれてはいないようだね。とはいえ、楽観視するのは危険か。
 俺は風の結界を、ヨハネスの力も借りて光を屈折させ、姿を消す結界に変える。これで、地面からは姿も見えないし、音も聞こえないはずだ。さすがに『遮音』と『透明化』を同時に結界として張るのは面倒だね。
 こうして魔術的側面を除けば誰にも察知できないようにしたうえで、地面に降りていく。


「内部は静かだね」


「ヨホホ……まさかこんなにスムーズに潜入出来るとはデス」


 驚いているリューだけど、その眼は嬉しそうだ。ただ、それと同時に少し複雑そうな表情も浮かべている。
 それもそうだ。今から領主の館に侵入し、彼女の弟を連れ出す。奴隷を解放すると言えば綺麗だが、見方を変えるなら略奪だ。つまり、その過程で死者が出ないとも限らないし、傷つくものはほぼ間違いなく出るだろう。
 だから、さっきの表情は俺たちを巻き込んだことに対する後悔や、不安なども混じっているんだろうな。


「ま、いいか。取りあえず入って……地下、だろうね。魔力の数的には」


 じっと目を凝らすと地下の方に魔力が集中している場所がある。そこに、監禁されていると見て間違いないだろう。
 まあ、このまま気配を消す結界を張って進めば見つかることも――


「……キアラ、この結界って魔力を『視』ることが出来たら見えちゃう、よね」


「そうぢゃな。なるべく薄く、薄~く魔力を張り巡らせるようにして結界を張らねば、簡単に見破られてしまうぞ」


 そう言ってキアラが結界を張り直すと……確かに、魔力の流れがほとんど見えない。むしろ、キアラの魔力そのものすら感じられなくなっている。
 けど……


「だいぶ狭くない? その結界」


 一人分しかない、というか周囲を覆っているような大きさだ。


「これ以上ぢゃと、魔力を悟られるからのぅ」


 そして、その結界はキアラにしかできない、と……。
 いやまあ、俺にも出来なくはないが、ここまで精密な魔力の調整はなかなかに難しい。


「こうなったら、悟られないように隠密行動するか」


 実は、念のため顔をマスクで隠している。俺も冬子もキアラも。正直、泥棒にしか見えない。まあ、似たようなことをしているからいいだろう。
 俺は、ふーっ……と呼吸を吐き、頭の中のスイッチを切り替える。この感情が冷めないうちに、頭を無理やり冷静にもっていく。
 防音結界を張るよりも、普通に抜き足差し足で進んだ方がいいだろうということで、俺たちは音を立てずに建物に近づいていく。
 館の前に辿り着くと、やる気満々の冬子がまたも剣に手をかける。


「私がやろう」


 しかしそれを押しとどめ、俺が槍を持って前に出る。


「京助?」


「いや、この建物に魔法的防御や、防犯装置は無い普通の館だ。だから、俺が侵入用の入り口は作るよ」


 今は人の気配も周囲に無いし、ちょうどいいだろう。


「そうか。――なら、任せよう」


 冬子も一歩引いてくれたので、俺は槍をクルリと回して館に向かって正対する。


「ヨホホ……これまた警備の交代の時間を調べていたんデスけどね……」


 後ろからぼそりと聞こえる。……ご、ごめんってリュー。拗ねないでよ。
 口元に多少の苦笑を浮かべつつ、俺はスーッと深呼吸して、


「さて、と」


 そう小声でつぶやき、槍に炎を付与する。ただし、以前までのように炎が槍を巻くような感じではない。炎を出さず、熱だけを籠める感じだ。ヒートブレードって感じだね。
 ゆっくりと槍を押し当てていくと、ズズズ……と確かな手ごたえを感じながら、刃が壁の向こうへ抜けた。そしてちょうど抜けたところで壁の向こう側へ伸ばすのをやめ、今度は縦にゆっくりと振り下ろす。
 下まで行ったなら、次は上だ。俺の身長よりも高いくらいのところで槍を止めて、今度は横に切断していく。
 そうやってゆっくりと四角く館の壁を切断した。


「そして」


 その壁を水で薄く包み、その水ごと壁を引っこ抜く。
 こうして、音もなく壁は人が一人通れるくらいの大きさに穴が開いた。もっとも、壁からはじゅうじゅうと音が鳴っているけど。


「よし、じゃあ内部に侵入しようか。――行くよ」


 全員で中に入り、壁を一応元の場所に戻しておく。一瞬見ただけでは不自然なところは無いから、これで少しは時間が稼げるだろう。
 俺たちは俺とリューが『視』た魔力の位置を頼りに、内部をひっそりと進んでいく。


「領主の寝所は上層階デス。主に一階は使用人たちの部屋や、物置などデスね」


「地下へ行く階段とかは分かる?」


「ワタシが調べた建物の見取り図によると……あちらの方向に、階段のようなものがあったはずデス」


「了解」


 俺が言って、そちらへ無効とした時に、ピタリと佐野が立ち止まった。


「どうしたの?」


「いや、なんていうか……妙にスムーズに進みすぎていると思ってな」


「……そう? まあ、確かに人の気配が無いね」


 大きい魔力の反応はおそらく地下だ。結界を張っていた魔法使いも地下に隠れているのかもしれない。
 とはいえ、本当に人気が無い。……不気味ですらある。


「けど、今さら立ち止まるわけにはいかないでしょ。特にリューは今日を選んだ理由があるんだろうし」


 ちらりとリューを見ると、リューは頷いた。


「明日の夜、領主はこの屋敷にいる奴隷を売るつもりらしいデス。弟も一緒に売られてしまったらまた居場所を探すところからしなくてはならないデスから」


 なるほど、そりゃ今夜決行にもなるか。
 極力音を出さないように移動してリューが言っていた地下に続く階段があるというところに辿り着く。
 ……テンポよく行き過ぎだなとは思うけど、そんな訳はないだろう。


(ヨハネス)


(カカカッ、アイヨ)


 俺は風を生み出し、ヨハネスの力も借りてその階段の向こうに薄~く広げていく。風の結界の応用で、内部の様子が形くらいは分かる。内部の様子を探ると……普通に階段があって、そしてその階段の向こうはすぐに行きどまりだった。


「この階段、行き止まりだね」


 俺が言うと、冬子は少し肩から力を抜いた。


「ふむ、罠か」


 まあ、さっきまでみたいにピリピリと張り詰めすぎるのはよくないからいい具合に緊張がほぐれて良かったかな。
 それにしても、少し肩透かしを食らったような気がして、俺まで気が抜けてしまう。


「面倒ぢゃのぅ」


 キアラも少しうんざりとした顔をしている。そういえば、キアラは働いてないな……枝神のすることじゃないのかもしれないけど、もう少し働いてくれてもいいんじゃないかと思うけど……まあ、いいか。


「ヨホホ……では、少しソナーを試してみるデス」


 リューはそう言うと、地面にペタリと手をついて、集中した表情になる。そして、息を短く吐いたかと思うと、魔力だけを周囲に広げた。おお、凄い。ヨハネスが一度、魔力だけを弾丸にして飛ばすことも出来るが効率が悪いと言ってたけど……攻撃じゃなくて、こんな使い方があるのか。
 じっと手を突いたまま動かなかったリューだったが、集中を解くと別の場所を指さした。


「あちらに、地下の空洞があると思われる場所があるデス。たぶん、地下につながっているデス」


「ん、わかった。案内して」


 リューが先頭に立って歩き始めたので俺も追おうと歩きだそうとしたら、


「なかなか腕の良い魔法師ぢゃのぅ、キョースケ。なかなか顔もかわいらしいしの」


 するりと腕に絡みつきながらキアラがニヤニヤと話しかけてきた。
 それを躱しつつ、俺は肩をすくめる。


「腕はいいよ、確かに。アレでもBランク魔法師、アンタレスでも指折りの魔法師だ。実戦経験があるという意味ではおそらくアンタレスでも一番だよ」


 実際問題、純粋な魔法の撃ち合いにでもなれば、俺はリューにそう勝てないだろう。炎魔法以外ならまだしも、炎魔法同士ではリューに一日の長がある。
 そう言うと、聞こえたのかリューが少しはにかんだ表情を浮かべた。


「ありがとうございますデス、キョースケさん」


 いつも帽子を目深に被っていたせいで分からなかったが、リューは笑うと……女性なんだな、ということを強く意識させられてしまう。


「……フン」


「ど、どうしたの? 冬子」


 何故か、冬子がむすっとした顔でそっぽを向いた。


「何でもない」


 漫画だったら「つーん」なんて擬音語がでそうなくらいにそっぽを向く冬子。


「いや、なんでもないことないでしょ」


 ツンとそっぽを向いたまま、冬子は俺の前を歩きだした。なんなんだろうか。


「鈍いデスね」


「鈍いのぅ」


 ……キアラとリューが何か言ってたけど、無視。
 地下に空洞があるとリューが言ったところで立ち止まり、槍の石突で床を叩いてみる。
 コォォォン……と、音が響く。リューの言う通り、この下に空間があるね。


「さて、行ってみますか」


 下から、魔力も『視』える。間違いないだろう。


「どこか、開ける場所は……」


「そこにレバーのようなものがあるぞ、キョースケ」


 キアラが言った方を見ると、確かにレバーがあった。
 ……これ、押したら警報とか鳴らないかな。


「よし、冬子。斬ろう」


 だんだん面倒くさくなってきたため、そう言ってみると、冬子は顔に手を当てて呆れたような声を出した。


「そんな脳筋な……」


 いや、さっき結界をスキルでぶった切った人に言われたくはないかな。


「レバーを引いたら警報とか鳴りそうじゃない?」


「まあ、そうだが……」


 しぶしぶ、と言った様子で冬子が刀を抜く。それを上段に構えると、床に向かって一気に振り下ろした。
 ひゅん、と風を斬る音とともに、冬子の剣が床の扉を切り裂く。さすがは冬子、叩き切るのではなく、技術で斬ると言った感じだ。
 そこには、階段が顔を覗かせている。ふむ……。


「ん……『フレアバード』」


 炎で鳥を作り、階段の方へと飛ばす。
 下に魔力が『視』えなかったから送ったが、どうやら燃え尽きずに戻ってきたようだ。ということは、下に酸素があるってことだろうね。


「下に酸素はあるだろうから、このまま確認せずに行くよ」


「酸素、デスか?」


 リューが少し不思議そうな貌をしている。……この世界、酸素って概念は無かったっけ。


「要するに、下は息が出来るよって話し」


「なるほど、了解デス」


 リューは得心が言ったという顔をしたので、冬子とキアラの方を見る。


「了解」


「了解ぢゃ」

「異世界なう―No freedom,not a human―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く