異世界なう―No freedom,not a human―
66話 リューの過去なう
ギシッ、とベッドが軋む。さっきやっとベッドの上から逃げ出したのに、またベッドに戻されてしまった。
このままするのは……違う、だろう。だが、断ることもできない。断れば、リューと二度と会えない気がしてならない。
「キョースケ、さん……」
暗がりの中、リューの顔が俺に近づいてくる。このままキスされるんだろう。頭がいくら冷静でも、考えが思い浮かばない。どうすればいいのか分からない。
「リュー……なんで、今夜死ぬの?」
「先ほども言った通り、それは言えませんデス。キョースケさんを巻き込むわけには――」
「いいから。お願い、言って」
むにゅ、と柔らかいものを掴んで、リューの顔を遠ざける。
……リューの頬っぺた柔らかいな。
「ほーふへはん、はひふるんへふ」
もう、正攻法で行くしかない。後戻りできないというのなら……仕方ない。やるしかない、覚悟を決めよう。男は度胸だ。
リューが獣人で、そして少し前、獣人の奴隷を虐待する男に向けていたリューの目からして――何をしたいのか、なんとなくわかるけどね。
「もしも、テロを起こしたいって言うなら、止める。だけど、奴隷を解放するってだけなら……アンタレスの奴隷だけなら、なんとかしようか」
俺が言うと、リューが猫のような目をまん丸に開いて、俺を見てきた。信じられないというような目で。この反応からして、当たりかな。
「……聞かせてくれる?」
「ど、どうして……デス? キョースケさんは、もっと人に興味が無い方だと思っていましたデス」
人に興味、か――確かに、俺はあまり人に興味が無いかもしれない。ゴゾムを殺した時も何とも思わなかったし、勇者勢が野垂れ死にしようが知ったこっちゃない。
だけど、それはその人が俺の世界にいないからそうなるだけだ。俺は、自分の仲間や友人のためだったら、ちゃんと戦うくらいの覚悟は持ってる。
傲慢だろうけど、俺は自分と、自分に近しい人間以外はどうでもいい。
……って、説明するのも野暮だね。
「俺は付き合う人間を選んでるだけだよ」
「そう、デスか……」
リューはなんとなく納得したような、やっぱり分からないような……顔をしている。
「それに――リューが、俺に情が移っているのと同じように、俺もリューに情は移ってる。それくらいには、仲良くしていたでしょ」
「ヨホホ……そうデスね」
少し寂しげに微笑んだリューに、ローブをかける。
「いつまでもそんな格好だと風邪ひくよ? ……腰を据えて話そう、リュー。俺もだけど、リューもちゃんと落ち着かないと」
頭を冷やして――ってのは、お互いだ。リューは焦りすぎているし、俺は混乱している。情報量が足りないとそうなってしまう。
「取りあえず、下で飲み物をもらってくる。その間に服を着ておいて」
なんとかピンクな空気を霧散させることに成功したので、俺はサッと立ち上がり、活力煙を咥えて扉に手をかける。
「ついでに精がつく料理とお酒もお願いしますデス」
俺を酔わせて襲うつもりか!?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
下で水をもらい、あとはハーブティーのようなものを買い、リューのいる部屋に戻る。いや、本来は俺が借りている部屋なんだけどさ。
リューはちゃんと服を着ていたが……その、ローブは脱ぎ捨てられたままだったので、普通の洋服姿になっている。
ローブの下が直で下着かと思ってたけど、そんなことなかったね。
「さて、と。じゃあ落ち着いて話をしようか。まずは……今夜、何をするの?」
ハーブティーをリューに注ぎ、灰皿も出す。火も出そうとしたら、リューに断られた。俺の師匠だからね、火なんてお手の物か。
俺も活力煙を咥えて、煙を吐き出す。
しばらく何も言わないまま、二人で煙を楽しんでいると、ポツリとリューが呟いた。
「……今夜、領主の館に忍び込みますデス」
忍び込みたい、とか忍び込もうと思っている、ではなく、忍び込みます。
もう、決定事項なんだね。
「それで……どうするの?」
リューは、ハーブティーを飲み(タバコにハーブティーは合うんだろうか)、タバコを灰皿に押し付けると、瞳を真剣なモノに変えた。
「囚われている、弟を助けに行くデス」
――なるほど?
「それはつまり……弟さんが、奴隷狩りにあったと?」
「そういうことに、なるデス」
「ふ、む……」
奴隷狩りか……。
虫唾が走るね。
「……少し、昔話を聞いていただいてもよいデスか?」
「うん」
「まず、獣人族が魔法を使えないのは……ご存知デスか?」
亜人族は身体能力が高い代わりに、魔法が使えない。一応、この世界の常識ということになっている。
「うん、有名だよね。……ちなみに、人族の言う亜人族ってのが、獣人族ってことでいい、よね?」
「そうデス。もっとも、その呼び名は好きじゃ無いデスが」
亜人というと……受け取り方はそれぞれだが、人族の下という意識になってしまうのかもしれない。そりゃ、好きになれないか。
「話の腰を折ってごめんね。それで?」
「はい、この耳を見てもらえばわかると思うデスが……ワタシは獣人デス。ただし、純粋な獣人じゃないデス」
「……もしかして、ハーフ?」
俺が問うと、コクリとリューが頷いた。
「ワタシは……獣人の母と、人族の父との間に産まれたデス。母は人族の国で奴隷だったようですが……父が母に一目惚れして、母を身請けした後、二人で駆け落ちしたらしいデス」
凄いね、大恋愛だ。
しかも……種族の垣根を越えた、恋愛。身分と種族が違うのに駆け落ちだなんて、本当に好きだったんだねえ。
「人族の国にはいられなかったらしいので、獣人族の国の、それも誰も来ないような田舎の森で、ひっそりと暮らしていたらしいデス。……条件付きだったらしいデスが」
「条件?」
「子供を産むこと、デス。子供を産んで育てたら、どうなるか。……早死にすることは無いかなどを訊くだけで、どうも人族と獣人族の架橋になって欲しいからとか言われたらしいデス。今となっては詳しい話は知らないデスが……ともかく、父はそれを承諾して、暮らしていました」
リューの吐き出す煙が、輪っかになる。
ふわふわと浮かんで、そして消えていく煙の輪。
「ワタシたちが、幸せに暮らしていられたのは、獣人族の国が……魔法を使える獣人が生まれるのではないかというモデルケースにしていたからだったのデス」
ふむ。
魔法を使える獣人か。
「昔は知らなかったことデスが……男の獣人が、人族の女を孕ませることはよくあったデスが、その逆は無かったようデス」
……ふむ、昔から人族と獣人族がいがみ合っているのだとしたら、男が女に無理やりすることはあっても逆は滅多にない。だから、女の獣人が人族と獣人族のハーフを生むことは無かったと。
「そして、リューが魔法を使える獣人になったから……」
「はいデス。ワタシを本国に連れて行こうと獣人族の国がやってきたデス」
「うん」
「その時、ワタシは、両親と、そして年の離れた弟、あとは父の弟子である元奴隷の男性の五人で暮らしていましたデス」
唐突にお弟子さん出てきた。
「その時の獣人族の国からの要望が、ワタシを実験体として国に差し出せ、そして魔法の仕えない弟はいらないから殺せ、だったデス」
……酷い話だ。
「父は反発したデス。約束が違う、と」
「当然だね」
煙を吐き出すと、自分が貧乏ゆすりをしていることに気づく。
やれやれ……。
「獣人の国は『人族と約束を守るとでも思っていたのか馬鹿め』と言い、襲ってきました」
なんて理不尽な。
一気に煙を吸い込み、吐き出す。こうして深呼吸でもしないと。
「父と、母とお弟子さんと一緒に、ワタシも戦いましたデス。しかし、どうにもならず、父と母は殺され……弟と、父のお弟子さん、そしてワタシだけが人族の国に逃げ延びましたデス」
悲し気に語るリュー。しかし、その瞳には強い殺意が渦巻いている。そりゃあそうか、獣人族の国に両親を殺されたわけなんだし。
「ただ……人族の国に逃げ延びて、しばらくは隠れて暮らしていたんデスが……ワタシと父のお弟子さんがいない時に、弟は奴隷狩りにあってしまい……」
ぐしゃりと灰皿に活力煙を叩きつけ、もう一本新しい活力煙に火をつける。
「そして、弟をずっと探していた、と。そして……やっと見つけた、と」
「そうデス。正確には、もっと前から所在は掴んでいたんデスが……準備をするのに時間がかかり、今まで何も出来ていなかったんデス」
俺は煙を吐き出し、灰皿に灰を落とす。
ふわりと煙が天井へ上り、俺の結界に乗って外へと出ていく。風の結界で換気するのにも大分慣れてきた。
リューが淡々と話していたせいで、あまり感じられないが……この話、だいぶ重い上に、領主の館に行くのは相当覚悟がいる。
しかも準備をしていたってことは……綿密な作戦の上で行われるのだろう。
……でも、それならこうまで死の覚悟を決めたりしない、よな。
「で、準備が終わったため、今夜襲撃をかける、と。……人数は?」
俺の問いに、リューは苦笑いを浮かべる。
「一人デス」
また、灰皿に活力煙を押し付ける。これで何本目だ。
「やっぱり」
二人してハーブティーを飲みながら、天を仰ぐ。
「話をまとめると――リューの弟が領主の館にいる、そしてそれを奪還するために今夜、というか今から領主の館に突っ込む、と。しかしその人員は一人だけ」
領主の館は、腐っても領主。それなりに警備体制が敷かれている。しかも……奴隷狩りした奴隷が、いるということは……。
「それなりに闇ともつながっているだろう、ね」
「ヨホホ……ワタシが調べた限りでは、この辺りの奴隷狩りの元締めをしているようデス」
「ふむ……」
実際問題、領主の奴隷を解放するというだけなら――そう、難しいことじゃない、だろう。
奴隷がいないわけじゃないが……公式な奴隷というか、いわゆる「合法奴隷」には獣人はほぼいない。いなくはないが、そう悪い待遇なわけじゃない。こちらの国で罪を犯したから犯罪奴隷になっているだけだしな。
合法奴隷は、いなくなるとアンタレスは困る。しかし一方、違法奴隷は――いなくなって困るのは、犯罪スレスレのことをしている悪徳商人くらいのものだ。そんな奴らがいくら迷惑を被ろうと知ったこっちゃない。
「こっそり忍び込んで、一人拉致ってくるだけでしょ?」
「いえ……実はデスね」
リューが話してくれたことによると、どうもこの世界には……「三国不可侵」な領域が存在するらしい。そこに、ひっそりと「獣人と人族のハーフ」が集まる村のようなものがあるんだそうな。
そして、リューはそこに協力を頼んでいる、とのこと。自分と彼女の弟の身柄を保証してもらう代わりに――
「囚われている、他の獣人たちの助け出せ、と。……そりゃキツイ」
乾いた笑いを浮かべながら、活力煙を新しく咥えて、火をつける。
トン、トン、と音が聞こえると思ったら、俺が指でテーブルを叩いていた。
ああ、くそ、気に食わない。
「本音では、ワタシたちを受け入れたくないんデス。だから、そんな無理難題を吹っ掛けてきたのでしょうデス」
だろうね、と俺も思う。
リューが一人でそれだけの人数を奪還出来る凄腕なら、その集まりの護衛に出来る。そうでないのなら、自分たちの村の存在を知っている人間を一人始末できる。
「……いいの? リュー。俺にそんな村の存在を教えちゃって」
「構いませんデス。キョースケさんは言わないでしょうデスし」
随分と信頼されたものだね。
……俺は活力煙を灰皿に押し付け、別の活力煙を咥え、火をつける。
(うーん……)
イライラ、する。
リューの両親を襲った連中にもだし、リューがこれから頼るであろう集落にもそうだし、もちろん奴隷狩りなんぞの元締めをしている領主にもイライラする。
これは……このイライラは、半ば八つ当たりなのかもしれない。だって、俺には本来なら関係のない話なのだから。
リューの話を聞いたのは、リューを止めるため、のつもりだった。けど、考えが変わった。
こっから先は、俺の我がままだ。
「リュー、八つ当たりしていい?」
「ふぇ?」
俺が問うと、リューは間抜けな声を出した。
「自由が無いなら人じゃない。人の自由を奪う奴は――自分が奪われたって文句は言えない」
ぼっ、と活力煙が燃え尽き、俺の周囲に風が巻く。
「リュー、悪いけど、ここから先は俺の我がままだ。だから、むちゃくちゃにするよ。最悪、リューはアンタレスに入れなくなるかも」
俺が真剣なまなざしで、言い切る。
「腹が立ってるんだよ、俺。なんていうか、理不尽が詰め込まれたみたいな状況に」
そして、ガチャリと部屋の扉を開ける。
「ど、どこへ行くんデスか?」
「冬子とキアラも呼ぶ。冬子には領主の館を襲撃するってことを伝えておかなきゃいけないし」
俺が言うと、リューは慌てて立ち上がった。
「ちょっ、キョースケさん! ダメデスよ! ここまで話しておいて今さらデスが、ワタシは誰も巻き込む気は――」
「――魔法を教えてもらった、借り。返すよ」
さて――冬子、ごめんね?
奴隷には関わらないって言っておきながらこれだよ。
けどまあ、許して。
俺はフラグブレイカーだから。
たぶん、普通には終わらない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リューに話した結果、冬子とキアラにもリューが獣人であることは話していいとのことだったので(本人曰く、もう自棄)、かくかくしかじかと説明した。
「というわけで、俺はリューと一緒にリューの弟、およびその他の獣人奴隷を助けに行くよ」
「ま、待て京助! 私も付いていく」
「ダメだよ、冬子。危ないし、何より防衛役がいないと俺たちが帰ってくる場所が無くなってしまう」
「防衛役も何も、そもそも拠点なんてないんだから、防衛役は必要あるまい」
「妾がおらぬと、奴隷魔法を解除することもままなるまい」
キアラに言われて、確かにと思う。キアラは連れて行くか。どうせ死なないだろうし。
「けど、冬子。危険だから――」
「その話を聞いて、私が黙っていられるとでも思ってるのか? お前と同様に、私だって腹を立てているんだ」
このままだと、放っておいたら一人でも領主の館に突っ込みそうな勢いの冬子。……一人で別々に突っ込まれるよりは、このまま一緒に連れて行った方が安心か。
溜息と共に……活力煙の煙を吐き出し、俺は立ち上がる。
「分かったよ。じゃあ、リュー。俺と冬子とキアラで加勢することになるけど、いいよね」
「……み、皆さん……よ、よいのデスか? 失敗したら、もうアンタレスどころか下手したらこの国に……」
オロオロとしているリュー。どうも、状況を読み込めていないようだね。
「まず、俺は友人が理不尽な目にあっていると聞いてイライラしている。だから、八つ当たりも兼ねて、奴隷たちを助ける。ついでに、領主の悪事を洗いざらい引き出してばら撒いてもいいかな」
活力煙が、今日だけで何本燃え尽きたことか。
いつもは美味しい煙も、今はストレスを緩和するだけにしかならない。
「私は――単純に、そんなことがこの世に憚ってはならないと思うからです。奴隷狩りだなんて許せないし、まして……その被害者が、京助の友達だというのなら、助けるのに否は無いです」
冬子はいつも通り、まっすぐな瞳でリューを見据える。
やれやれ、相変わらず人がいいというか。
「妾はまあ、キョースケのやることに従うだけぢゃ」
肩をすくめるキアラ。まあ、俺が『パンドラ・ディヴァー』を悪用しないか見張る意味もあるのだろう。
「まったく、京助。素直に『友達を助けたいからだ』とか言ったらどうだ?」
「俺はそんなにまっすぐ生きていないからね」
肩をすくめて、煙を吐く。
「友達を助けたいなら、このままリューを危険にさらさない方がよっぽどリューのことを守ることにつながるよ。俺は、憂さ晴らしのためにやるんだよ」
憂さ晴らし、そう憂さ晴らしだ。
「だいたい、これからもアンタレスで生活していくつもりだったから、ちょうどいいよ。あんなにムカつくものをもう見なくてすむ」
俺がそう言って、活力煙を燃やし尽くす。灰皿にだいぶ灰がたまってしまったね……。
そう思っていると、後ろで女性陣がひそひそと話し出した。
「別にそんなに言い訳せんでものぅ」
「素直じゃない、というよりもかっこつけたいんだろう。こう『自分のためだけに戦う俺カッコいい』みたいな」
「ヨホホ……お、お二人とも容赦ないデスね」
「二人とも、言いたいことがあるならハッキリ言えば?」
俺が問うと、冬子がフッと口元に笑みを浮かべてどや顔をした。
「ブーメランだぞ京助」
くっ……。
「とにかく、行こうか。リュー、侵入経路は考えてるの?」
俺が空気を変えるように言うと、リューはコクリと頷いた。
「これでも、準備は整っているデス。どこに囚われているかも、調べがついているデスよ」
「……うん、OK」
俺は頷いて、ひゅるりと風を巻く。
そして風で冬子とリュー、そしてキアラを持ち上げ、窓から外へ飛び出す。
「キアラ、認識阻害結界を頼むよ」
「よいぞ」
こうしておけば、誰にも気づかれないはずだし。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
「ヨホホ」
「行こうかのぅ」
領主の館へ。
このままするのは……違う、だろう。だが、断ることもできない。断れば、リューと二度と会えない気がしてならない。
「キョースケ、さん……」
暗がりの中、リューの顔が俺に近づいてくる。このままキスされるんだろう。頭がいくら冷静でも、考えが思い浮かばない。どうすればいいのか分からない。
「リュー……なんで、今夜死ぬの?」
「先ほども言った通り、それは言えませんデス。キョースケさんを巻き込むわけには――」
「いいから。お願い、言って」
むにゅ、と柔らかいものを掴んで、リューの顔を遠ざける。
……リューの頬っぺた柔らかいな。
「ほーふへはん、はひふるんへふ」
もう、正攻法で行くしかない。後戻りできないというのなら……仕方ない。やるしかない、覚悟を決めよう。男は度胸だ。
リューが獣人で、そして少し前、獣人の奴隷を虐待する男に向けていたリューの目からして――何をしたいのか、なんとなくわかるけどね。
「もしも、テロを起こしたいって言うなら、止める。だけど、奴隷を解放するってだけなら……アンタレスの奴隷だけなら、なんとかしようか」
俺が言うと、リューが猫のような目をまん丸に開いて、俺を見てきた。信じられないというような目で。この反応からして、当たりかな。
「……聞かせてくれる?」
「ど、どうして……デス? キョースケさんは、もっと人に興味が無い方だと思っていましたデス」
人に興味、か――確かに、俺はあまり人に興味が無いかもしれない。ゴゾムを殺した時も何とも思わなかったし、勇者勢が野垂れ死にしようが知ったこっちゃない。
だけど、それはその人が俺の世界にいないからそうなるだけだ。俺は、自分の仲間や友人のためだったら、ちゃんと戦うくらいの覚悟は持ってる。
傲慢だろうけど、俺は自分と、自分に近しい人間以外はどうでもいい。
……って、説明するのも野暮だね。
「俺は付き合う人間を選んでるだけだよ」
「そう、デスか……」
リューはなんとなく納得したような、やっぱり分からないような……顔をしている。
「それに――リューが、俺に情が移っているのと同じように、俺もリューに情は移ってる。それくらいには、仲良くしていたでしょ」
「ヨホホ……そうデスね」
少し寂しげに微笑んだリューに、ローブをかける。
「いつまでもそんな格好だと風邪ひくよ? ……腰を据えて話そう、リュー。俺もだけど、リューもちゃんと落ち着かないと」
頭を冷やして――ってのは、お互いだ。リューは焦りすぎているし、俺は混乱している。情報量が足りないとそうなってしまう。
「取りあえず、下で飲み物をもらってくる。その間に服を着ておいて」
なんとかピンクな空気を霧散させることに成功したので、俺はサッと立ち上がり、活力煙を咥えて扉に手をかける。
「ついでに精がつく料理とお酒もお願いしますデス」
俺を酔わせて襲うつもりか!?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
下で水をもらい、あとはハーブティーのようなものを買い、リューのいる部屋に戻る。いや、本来は俺が借りている部屋なんだけどさ。
リューはちゃんと服を着ていたが……その、ローブは脱ぎ捨てられたままだったので、普通の洋服姿になっている。
ローブの下が直で下着かと思ってたけど、そんなことなかったね。
「さて、と。じゃあ落ち着いて話をしようか。まずは……今夜、何をするの?」
ハーブティーをリューに注ぎ、灰皿も出す。火も出そうとしたら、リューに断られた。俺の師匠だからね、火なんてお手の物か。
俺も活力煙を咥えて、煙を吐き出す。
しばらく何も言わないまま、二人で煙を楽しんでいると、ポツリとリューが呟いた。
「……今夜、領主の館に忍び込みますデス」
忍び込みたい、とか忍び込もうと思っている、ではなく、忍び込みます。
もう、決定事項なんだね。
「それで……どうするの?」
リューは、ハーブティーを飲み(タバコにハーブティーは合うんだろうか)、タバコを灰皿に押し付けると、瞳を真剣なモノに変えた。
「囚われている、弟を助けに行くデス」
――なるほど?
「それはつまり……弟さんが、奴隷狩りにあったと?」
「そういうことに、なるデス」
「ふ、む……」
奴隷狩りか……。
虫唾が走るね。
「……少し、昔話を聞いていただいてもよいデスか?」
「うん」
「まず、獣人族が魔法を使えないのは……ご存知デスか?」
亜人族は身体能力が高い代わりに、魔法が使えない。一応、この世界の常識ということになっている。
「うん、有名だよね。……ちなみに、人族の言う亜人族ってのが、獣人族ってことでいい、よね?」
「そうデス。もっとも、その呼び名は好きじゃ無いデスが」
亜人というと……受け取り方はそれぞれだが、人族の下という意識になってしまうのかもしれない。そりゃ、好きになれないか。
「話の腰を折ってごめんね。それで?」
「はい、この耳を見てもらえばわかると思うデスが……ワタシは獣人デス。ただし、純粋な獣人じゃないデス」
「……もしかして、ハーフ?」
俺が問うと、コクリとリューが頷いた。
「ワタシは……獣人の母と、人族の父との間に産まれたデス。母は人族の国で奴隷だったようですが……父が母に一目惚れして、母を身請けした後、二人で駆け落ちしたらしいデス」
凄いね、大恋愛だ。
しかも……種族の垣根を越えた、恋愛。身分と種族が違うのに駆け落ちだなんて、本当に好きだったんだねえ。
「人族の国にはいられなかったらしいので、獣人族の国の、それも誰も来ないような田舎の森で、ひっそりと暮らしていたらしいデス。……条件付きだったらしいデスが」
「条件?」
「子供を産むこと、デス。子供を産んで育てたら、どうなるか。……早死にすることは無いかなどを訊くだけで、どうも人族と獣人族の架橋になって欲しいからとか言われたらしいデス。今となっては詳しい話は知らないデスが……ともかく、父はそれを承諾して、暮らしていました」
リューの吐き出す煙が、輪っかになる。
ふわふわと浮かんで、そして消えていく煙の輪。
「ワタシたちが、幸せに暮らしていられたのは、獣人族の国が……魔法を使える獣人が生まれるのではないかというモデルケースにしていたからだったのデス」
ふむ。
魔法を使える獣人か。
「昔は知らなかったことデスが……男の獣人が、人族の女を孕ませることはよくあったデスが、その逆は無かったようデス」
……ふむ、昔から人族と獣人族がいがみ合っているのだとしたら、男が女に無理やりすることはあっても逆は滅多にない。だから、女の獣人が人族と獣人族のハーフを生むことは無かったと。
「そして、リューが魔法を使える獣人になったから……」
「はいデス。ワタシを本国に連れて行こうと獣人族の国がやってきたデス」
「うん」
「その時、ワタシは、両親と、そして年の離れた弟、あとは父の弟子である元奴隷の男性の五人で暮らしていましたデス」
唐突にお弟子さん出てきた。
「その時の獣人族の国からの要望が、ワタシを実験体として国に差し出せ、そして魔法の仕えない弟はいらないから殺せ、だったデス」
……酷い話だ。
「父は反発したデス。約束が違う、と」
「当然だね」
煙を吐き出すと、自分が貧乏ゆすりをしていることに気づく。
やれやれ……。
「獣人の国は『人族と約束を守るとでも思っていたのか馬鹿め』と言い、襲ってきました」
なんて理不尽な。
一気に煙を吸い込み、吐き出す。こうして深呼吸でもしないと。
「父と、母とお弟子さんと一緒に、ワタシも戦いましたデス。しかし、どうにもならず、父と母は殺され……弟と、父のお弟子さん、そしてワタシだけが人族の国に逃げ延びましたデス」
悲し気に語るリュー。しかし、その瞳には強い殺意が渦巻いている。そりゃあそうか、獣人族の国に両親を殺されたわけなんだし。
「ただ……人族の国に逃げ延びて、しばらくは隠れて暮らしていたんデスが……ワタシと父のお弟子さんがいない時に、弟は奴隷狩りにあってしまい……」
ぐしゃりと灰皿に活力煙を叩きつけ、もう一本新しい活力煙に火をつける。
「そして、弟をずっと探していた、と。そして……やっと見つけた、と」
「そうデス。正確には、もっと前から所在は掴んでいたんデスが……準備をするのに時間がかかり、今まで何も出来ていなかったんデス」
俺は煙を吐き出し、灰皿に灰を落とす。
ふわりと煙が天井へ上り、俺の結界に乗って外へと出ていく。風の結界で換気するのにも大分慣れてきた。
リューが淡々と話していたせいで、あまり感じられないが……この話、だいぶ重い上に、領主の館に行くのは相当覚悟がいる。
しかも準備をしていたってことは……綿密な作戦の上で行われるのだろう。
……でも、それならこうまで死の覚悟を決めたりしない、よな。
「で、準備が終わったため、今夜襲撃をかける、と。……人数は?」
俺の問いに、リューは苦笑いを浮かべる。
「一人デス」
また、灰皿に活力煙を押し付ける。これで何本目だ。
「やっぱり」
二人してハーブティーを飲みながら、天を仰ぐ。
「話をまとめると――リューの弟が領主の館にいる、そしてそれを奪還するために今夜、というか今から領主の館に突っ込む、と。しかしその人員は一人だけ」
領主の館は、腐っても領主。それなりに警備体制が敷かれている。しかも……奴隷狩りした奴隷が、いるということは……。
「それなりに闇ともつながっているだろう、ね」
「ヨホホ……ワタシが調べた限りでは、この辺りの奴隷狩りの元締めをしているようデス」
「ふむ……」
実際問題、領主の奴隷を解放するというだけなら――そう、難しいことじゃない、だろう。
奴隷がいないわけじゃないが……公式な奴隷というか、いわゆる「合法奴隷」には獣人はほぼいない。いなくはないが、そう悪い待遇なわけじゃない。こちらの国で罪を犯したから犯罪奴隷になっているだけだしな。
合法奴隷は、いなくなるとアンタレスは困る。しかし一方、違法奴隷は――いなくなって困るのは、犯罪スレスレのことをしている悪徳商人くらいのものだ。そんな奴らがいくら迷惑を被ろうと知ったこっちゃない。
「こっそり忍び込んで、一人拉致ってくるだけでしょ?」
「いえ……実はデスね」
リューが話してくれたことによると、どうもこの世界には……「三国不可侵」な領域が存在するらしい。そこに、ひっそりと「獣人と人族のハーフ」が集まる村のようなものがあるんだそうな。
そして、リューはそこに協力を頼んでいる、とのこと。自分と彼女の弟の身柄を保証してもらう代わりに――
「囚われている、他の獣人たちの助け出せ、と。……そりゃキツイ」
乾いた笑いを浮かべながら、活力煙を新しく咥えて、火をつける。
トン、トン、と音が聞こえると思ったら、俺が指でテーブルを叩いていた。
ああ、くそ、気に食わない。
「本音では、ワタシたちを受け入れたくないんデス。だから、そんな無理難題を吹っ掛けてきたのでしょうデス」
だろうね、と俺も思う。
リューが一人でそれだけの人数を奪還出来る凄腕なら、その集まりの護衛に出来る。そうでないのなら、自分たちの村の存在を知っている人間を一人始末できる。
「……いいの? リュー。俺にそんな村の存在を教えちゃって」
「構いませんデス。キョースケさんは言わないでしょうデスし」
随分と信頼されたものだね。
……俺は活力煙を灰皿に押し付け、別の活力煙を咥え、火をつける。
(うーん……)
イライラ、する。
リューの両親を襲った連中にもだし、リューがこれから頼るであろう集落にもそうだし、もちろん奴隷狩りなんぞの元締めをしている領主にもイライラする。
これは……このイライラは、半ば八つ当たりなのかもしれない。だって、俺には本来なら関係のない話なのだから。
リューの話を聞いたのは、リューを止めるため、のつもりだった。けど、考えが変わった。
こっから先は、俺の我がままだ。
「リュー、八つ当たりしていい?」
「ふぇ?」
俺が問うと、リューは間抜けな声を出した。
「自由が無いなら人じゃない。人の自由を奪う奴は――自分が奪われたって文句は言えない」
ぼっ、と活力煙が燃え尽き、俺の周囲に風が巻く。
「リュー、悪いけど、ここから先は俺の我がままだ。だから、むちゃくちゃにするよ。最悪、リューはアンタレスに入れなくなるかも」
俺が真剣なまなざしで、言い切る。
「腹が立ってるんだよ、俺。なんていうか、理不尽が詰め込まれたみたいな状況に」
そして、ガチャリと部屋の扉を開ける。
「ど、どこへ行くんデスか?」
「冬子とキアラも呼ぶ。冬子には領主の館を襲撃するってことを伝えておかなきゃいけないし」
俺が言うと、リューは慌てて立ち上がった。
「ちょっ、キョースケさん! ダメデスよ! ここまで話しておいて今さらデスが、ワタシは誰も巻き込む気は――」
「――魔法を教えてもらった、借り。返すよ」
さて――冬子、ごめんね?
奴隷には関わらないって言っておきながらこれだよ。
けどまあ、許して。
俺はフラグブレイカーだから。
たぶん、普通には終わらない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リューに話した結果、冬子とキアラにもリューが獣人であることは話していいとのことだったので(本人曰く、もう自棄)、かくかくしかじかと説明した。
「というわけで、俺はリューと一緒にリューの弟、およびその他の獣人奴隷を助けに行くよ」
「ま、待て京助! 私も付いていく」
「ダメだよ、冬子。危ないし、何より防衛役がいないと俺たちが帰ってくる場所が無くなってしまう」
「防衛役も何も、そもそも拠点なんてないんだから、防衛役は必要あるまい」
「妾がおらぬと、奴隷魔法を解除することもままなるまい」
キアラに言われて、確かにと思う。キアラは連れて行くか。どうせ死なないだろうし。
「けど、冬子。危険だから――」
「その話を聞いて、私が黙っていられるとでも思ってるのか? お前と同様に、私だって腹を立てているんだ」
このままだと、放っておいたら一人でも領主の館に突っ込みそうな勢いの冬子。……一人で別々に突っ込まれるよりは、このまま一緒に連れて行った方が安心か。
溜息と共に……活力煙の煙を吐き出し、俺は立ち上がる。
「分かったよ。じゃあ、リュー。俺と冬子とキアラで加勢することになるけど、いいよね」
「……み、皆さん……よ、よいのデスか? 失敗したら、もうアンタレスどころか下手したらこの国に……」
オロオロとしているリュー。どうも、状況を読み込めていないようだね。
「まず、俺は友人が理不尽な目にあっていると聞いてイライラしている。だから、八つ当たりも兼ねて、奴隷たちを助ける。ついでに、領主の悪事を洗いざらい引き出してばら撒いてもいいかな」
活力煙が、今日だけで何本燃え尽きたことか。
いつもは美味しい煙も、今はストレスを緩和するだけにしかならない。
「私は――単純に、そんなことがこの世に憚ってはならないと思うからです。奴隷狩りだなんて許せないし、まして……その被害者が、京助の友達だというのなら、助けるのに否は無いです」
冬子はいつも通り、まっすぐな瞳でリューを見据える。
やれやれ、相変わらず人がいいというか。
「妾はまあ、キョースケのやることに従うだけぢゃ」
肩をすくめるキアラ。まあ、俺が『パンドラ・ディヴァー』を悪用しないか見張る意味もあるのだろう。
「まったく、京助。素直に『友達を助けたいからだ』とか言ったらどうだ?」
「俺はそんなにまっすぐ生きていないからね」
肩をすくめて、煙を吐く。
「友達を助けたいなら、このままリューを危険にさらさない方がよっぽどリューのことを守ることにつながるよ。俺は、憂さ晴らしのためにやるんだよ」
憂さ晴らし、そう憂さ晴らしだ。
「だいたい、これからもアンタレスで生活していくつもりだったから、ちょうどいいよ。あんなにムカつくものをもう見なくてすむ」
俺がそう言って、活力煙を燃やし尽くす。灰皿にだいぶ灰がたまってしまったね……。
そう思っていると、後ろで女性陣がひそひそと話し出した。
「別にそんなに言い訳せんでものぅ」
「素直じゃない、というよりもかっこつけたいんだろう。こう『自分のためだけに戦う俺カッコいい』みたいな」
「ヨホホ……お、お二人とも容赦ないデスね」
「二人とも、言いたいことがあるならハッキリ言えば?」
俺が問うと、冬子がフッと口元に笑みを浮かべてどや顔をした。
「ブーメランだぞ京助」
くっ……。
「とにかく、行こうか。リュー、侵入経路は考えてるの?」
俺が空気を変えるように言うと、リューはコクリと頷いた。
「これでも、準備は整っているデス。どこに囚われているかも、調べがついているデスよ」
「……うん、OK」
俺は頷いて、ひゅるりと風を巻く。
そして風で冬子とリュー、そしてキアラを持ち上げ、窓から外へ飛び出す。
「キアラ、認識阻害結界を頼むよ」
「よいぞ」
こうしておけば、誰にも気づかれないはずだし。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
「ヨホホ」
「行こうかのぅ」
領主の館へ。
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