異世界なう―No freedom,not a human―
63話 この世界は楽しいか? なう
そうしてしばらく二人で喋っていたら、工房の方からヘルミナが出てきた。
「あら、キョースケさん。いらしてたんですか」
「うん、久しぶり、ヘルミナ。冬子がお世話になったみたいで悪いね。払うついでに、いくつか大き目の魔魂石を渡そうと思って」
「…………ありがとう、ございます……っ!」
俺がいくつか、Dランク以上の魔魂石を渡そうとすると……ヘルミナが、なぜか物凄く感激した声を出した。
「え、ど、どうしたの? ヘルミナ」
「魔魂石の在庫が尽きかけていまして……つい先日、大口の仕事が入ったのはいいんですが、その際に一気に魔魂石が無くなってしまっていたんですよ……」
その顔がやつれている。これはそうとう苦労してるね……。もっとも、だからと言って冬子を厚遇する理由も分からないわけだけど。
そう思って尋ねてみると、ヘルミナは「ああ、そんなことですか」と言って説明してくれた。
「今朝、マルキムさんがいらして、キョースケが連れてきてる女性は二人とも実力者だから、どちらが来ても、装備をしっかり整えてやってくれ、と」
「なるほど」
マルキムは相変わらず面倒見がいいね。値段に関しては俺がいるから平気とそう言う事なのかな。
……やっぱり、こうしてみると、俺とかマルキムは裕福だな、と思うよ。元の世界だとすると住所不定の日雇い労働者なのにね。
まあ、それはさておいて、冬子がこんなにしっかりと防具を作ってもらえた理由は分かった。値段だって法外なものを要求されないだろうから。
あと、問題があるとするならば――
「それで、なんですけど、キョースケさん……」
少し伏し目がちにこちらを覗き込んでくるヘルミナ。……ああ、だいたいそんなことだろうと思っていたよ。
俺は少しため息をつくと、ヘルミナに向かって肩をすくめる。
「なんの魔物の魔魂石? この辺で出るのだったら獲ってくるけど」
ヘルミナは腕がいい。その気になれば、Bランク魔物の固有性質をそのまま防具や武器に付与することだってできる。
ただ、もちろんだけどBランク魔物はそんなにこの界隈に出没しない(していたら、今頃この街は滅んでいるかもしれない)から、ではどんな魔物の魔魂石かというと、特定の魔物の魔魂石同士を……詳しいことは分からないけれど、掛け合わせることで防具の防御力強化の付与や、炎耐性の付与……などを行えるらしい、んだよね。
そのために、よく俺は指名依頼として魔魂石の回収を受けていた。そして、もちろん自分が依頼した時は自分の手で魔魂石をとってきていた。
で、どうせ今回もそうなんだろうと思っていたら、本当にそうだった。さすがに獲りに行くのに何日もかかるような魔物の魔魂石は要求してこないと思うけど……。
「えっと、メイルゴブリンと、グローブオークですね。どちらも二個ずつあれば事足ります。数が多ければ多いほど、防具の値段も勉強させていただきますよ」
メイルゴブリンは、ホーンゴブリンの身体が多少硬くなっている魔物だ。ランクとしてはEだが、これまたホーンゴブリンと同じで群れるので、大勢集まられると厄介になる。しかも、普通のホーンゴブリンよりも硬くなっているから、それなりに修練していないと傷をつけることも難しいため、一般人では対処は困難と言われている。
そして、グローブオークはDランクの魔物で、腕の部分が太く、ごつくなっている豚頭の魔物のことだ。こちらは腕の部分が硬くなっているので他の部分を狙えばDランク魔物の中でも倒しやすい方だが、いかんせんオークである以上、肉体の力が強いので、接近されると厄介な魔物だ。
まあ、どちらもよく狩っているから問題ないだろうけど。
「メイルゴブリンは、確かクエストも出ていたね。じゃあ、ついでにクエストもやりつつ魔魂石を回収しようか。グローブオークは……」
「マルキムさんの話ですと、南の方で目撃情報が最近多くなっているようですよ」
「南ね、わかったよ」
「では、納品され次第完成させるということで。……ついでに、武器もみましょうか?」
そう言って、ヘルミナは俺の武器……即ち神器をちらりと見ると、ごくりと唾を飲んだ。
「なんていうか……師匠の作った物ですら及ばない、格の違うオーラが出ていますね……あうう、世の中にはこんなすごい武器を作れる人がいるとは……」
あ、ヘルミナが初めて会った時のようにシュンとなっている。やはり、ヘルミナはこのオーラの無いくらいがちょうどいい気がする。
じゃなくて、
「あー……これは、出所は言えないけど、オーパーツみたいなもんだからね。そりゃ、なんか凄まじいものにもなるでしょ」
というか、ヘルミナの師匠って王都でも一番の腕前じゃなかったっけ……うーん、神器っていうのは伊達じゃないって改めて思い知らされるね。
(ソリャアナァ! 神器ッテノハ、文字通り神の器! 神の作った器に、神髄を込めるコトデ初めて作ラレルモノ! 人類が到達出来るヨウニナルノハマダマダダゼェ!)
頭の中で叫ぶヨハネス。なるほど、いいことを聞いたね。神様謹製なのか。
(モットモ、人類が作った武器デモ、出来のイイモノハ後で神が回収して神髄を込めるコトデ神器にシテシマウ場合もアルガナァ!)
……この『パンドラ・ディヴァー』はどっちなんだろう。
まあ、俺には関係ないことか。業物で、俺の扱える最強の武器であるということと、そしていつ消えてもいいように頼り切りになってはいけない武器であるということだけをちゃんと理解しておけばいいでしょ。
それに、いくら優れた武器であるからといって、手入れをしなくていい理由にはならない。ヘルミナに軽く見てもらおう。
「というわけで、冬子も見てもらう?」
「ああ」
そう言って冬子がヘルミナに渡して、数秒後には手入れが完璧に終わってしまった。
……なんていうか、基本的なことしかしてないのは分かるけど、ここまであっさりやられると達人なんだっていうことを心根に叩き込まれるね。
「す、凄いな」
冬子も、だいぶ驚いた声を出している。王都にはヘルミナの師匠がいるという話だけど、その人とは会っていないのかもしれない。
「はい、出来ましたよ。トーコさんの剣はキチンとお手入れされていますね。キョースケさんは……」
「わかってるよ。もう少し気を付ける」
俺は肩をすくめて答える。
「ちゃんと毎日お手入れしていますか?」
「してるんだけどねぇ……」
根が雑なせいか、それとも別の要因があるのか、俺はどうも武器の手入れが苦手だ。最初にここに来て教えてもらって以降、教えられた通りしてるんだけどね……。
「というか、以前の槍はどうされたんですか? 夜の槍でしたっけ」
「ああ、アレは……残念なことに、壊されたよ。代わりに手に入ったのがこの槍だったんだけどさ。強化自体はされてるから、割り切ってる」
未だに残念な気持ちは拭えないけどね。こちらの世界に来てからはずっと戦ってきた槍だ。一緒にいた時間は短いけれども、それでもアックスオークやヒルディを葬ってきた文字通り相棒だったんだ。悲しまないわけがない。
……ゲームとかでも、序盤で使っていた武器とかを何時まで経っても捨てられないしね、俺。倉庫のスロットを圧迫するだけだってわかってるんだけどね……。
「そうそう、それに加えてだけど、俺も防具がボロボロだからさ。預けておくから修理しておいてくれないかな」
「そうだったんですね。あ、壊れた武器はちゃんと供養しましたか? でないと魔力が集まって魔物と化してしまいますから」
「知性のある武器みたいな感じ?」
「どちらかというと……ゴーストが武器を装備している、みたいな感じですかね。生前……壊れる前に使われていた使い手の実力をコピーしますから、強い人の武器であればあるほど、厄介な魔物になります。魔物としての分類名は『ウェポンゴースト』です」
なるほど、それは面倒なコトになるね。まあ、跡形も無く粉々になったから関係ないんだけどさ。
……自分と同じ技量の魔物か。少し、戦ってみたくはあるね。もっとも、そうしたら魔物のランクはいかほどになるんだろう。
まあ、それはさておき。
「じゃあ、冬子。予定変更だけど狩りに行こうか。どちらもそんなに強い魔物じゃないから、いろいろと説明しながら出来ると思うから」
「そうか、それは嬉しいな」
そう言った冬子は、本当に嬉しそうだ。別にただの狩りなのに、何が嬉しいんだろう。まあ、嫌がれるよりはマシかと思って、俺はヘルミナの店を出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それで? まずはどうするんだ?」
「まずは、AGギルドに行ってクエストをとってくる。そうじゃないとタダ働きになっちゃうからね。いや、正確にはただメイルゴブリンか……出来たら、リューがいて欲しかったところかな」
俺が少しぼやくと、冬子がキョトンとした顔を見せてきた。
「リュー?」
「ん? ああ。俺がよくパーティーを組んでた魔法師の人だよ。女性の魔法師なんだけど、優秀な人でね。特に火力は高いから、防御力特化の魔物とか、スライム系統の魔物を倒す時とかはとても助かるんだ」
グリーンスライムと戦った時とか、俺だけじゃ倒せなかっただろうしね。
リューがいないと、そもそも俺は魔法を使えていないわけだし、彼女のおかげで広がった人脈もある。俺がアンタレスでAGをやれているのは、リューとマルキムのおかげであるところが大きい。
特にマルキムは勇者勢なんかよりも強いと思うし。俺がこの世界で結局なんとなく調子に乗れていないのって、マルキムのせいでありおかげであると思う。
マルキムがいたおかげで、俺は自分より強い人がいるってのを実感していたわけだし、同時に、だからこそ自分が惨めだった部分もあるんだけどね。
活力煙を咥え、火をつける。
「ふ~……まあ、先輩ってのはありがたいよ。どうしようもないクズもいるけど」
この世界に来て初の殺し。完全に忘れているんだけど、たまに思い出す。そして、やっぱり何にも思わない自分を不思議に思う。
ドライなのかな。
「……そうか。それはそうと、そのリューという人は……美人、か?」
唐突に冬子が聞いてきたから、はてと思う。
「どうしてそんなことを? リューはいっつも帽子をかぶってるから、よくわからないね。顔に火傷とかは無いと思うから、普通の顔はしてるんじゃない?」
そんな風に答えると、冬子はなんだか憮然とした表情だ。
「お前は、ヘルミナさんといい、マリルさんといい、なんでああも美人とばかり出会っているんだ」
いや、そんなこと言われても。
「……さあ、なんかめぐりあわせじゃない? 別に、俺だって美人とばかり出会ってるわけじゃないし、何より……別に彼女らが美人だからと言って不都合はないでしょ」
特に俺に何かがあるわけでもない。
まあ、確かに……たまにだけど、マリルとかとお酒を飲んでいると絡まれることがないわけじゃない。
だけど、そういうのは酒場のおふざけだ。そんなに困るようなことなわけじゃない。
それなのに、冬子はなんだか浮かない顔だ。
「その……京助は、この世界は、楽しいか?」
「……唐突だね」
俺は活力煙の煙を空に溶かしつつ、考えてみる。
この世界が楽しいか、か――。
「まず、死ぬ危険性のある仕事をしないと生きていられないっていうのはマイナスポイントだよね。社会福祉も無いし」
AGなんてのは、要するに日雇い労働者だ。剣一本で成り上がれる、なんて言えば聞こえはいいが、それは前の世界で言うところの頭がよければ成り上がれる、に通ずるものがある。
結局上には上がいるし、しかも前の世界みたいに挫折したらそこそこで止まる、なんてことは出来ない。挫折――つまり、敗北した瞬間死が訪れるかもしれない。
「ペンを槍に持ち替えたけど、負けたら死ぬとかやってられないよ」
「だが、こっちの世界は自由だぞ? 今日、お前が暮らしていた街や、交友があった人達を見たが、お前も楽しそうに過ごしていたじゃないか」
まあ、確かに……こっちの世界に、アンタレスに、俺は大分馴染んでいると思う。そして、その生活は確かに楽しいものではある。
だけど、
「確かに楽しいか楽しくないかと言われたら、それなりに楽しいよ。楽しく暮らせるようにつとめているからね」
「なら――」
「だけど、俺は元の世界に帰るよ。元の世界に帰らないと、ダメだ」
やっぱり、この世界は楽しいかもしれないが、愛着は無い。それに――いつ、死ぬか分からない世界。そんなところに、冬子は置いておけない。
俺がいつでも守れるわけじゃないんだ。
……って言うのは恥ずかしいかな、少し。
だから誤魔化しておこう。
「だって、こっちの世界、本が無いんだもん」
活力煙の煙を吹かし、肩をすくめる。
そんな俺の姿を見て拍子抜けしたのか冬子はへにゃっとした顔になり、小さく笑った。不覚にも、少し可愛かった。
「確かに、それはお前にとっては重大なことだな」
「でしょ?」
「ああ――少し、安心した」
ぼそりと呟く冬子。何か不安にさせるようなことがあっただろうか。まあ、確かに今までいたコミュニティから抜けてさせられた上に、他人のコミュニティを見せられたら尻込みもするか。
「大丈夫だよ、ちゃんと元の世界に戻るために頑張るから」
「ああいや、そういうわけじゃないんだが――」
「へ?」
「な、なんでもない!」
そう言うと、冬子はフンと顔をそらしてしまう。
なんでだろう、とは思ったけど、いつものことかと考え直して、俺は周囲の警戒に戻った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――先ほどは、つい言葉が漏れてしまった。アンタレスに来た京助が、思いのほか生き生きとしていたことに驚いたからだ。
そんなことなら、冬子に付き合わせて元の世界に帰ろうと言っているのではないのか、そう思って、不安になって言ってしまった。
とはいえ、京助が元の世界に戻るつもりがあることを確認できて、よかった。
元の世界に戻らないと……その、満足に恋愛も出来ないだろうからな。一度、男性は「自分の生活に余裕が無いと恋は出来ない」と書いてあった。つまり、京助を落とすためには京助にも余裕が無いといけない。
京助は余裕綽々と言った風に見せて、水面下で努力するタイプのかっこつけだ。おそらく、今の状況にも余裕があるわけではないんだろう。
だったら、元の世界に戻って余裕を取り戻せばいい。そのためにも、こっちの世界にいる間に京助とは関りを持とう。いろんな意味で助け合おう。そして絆を深めるんだ。
そう、前向きになった思考をしていると、京助が動きを止めた。
「どうしたんだ?」
「んー……その辺にいるね。魔物が」
「何っ」
すぐさま戦闘態勢をとる。しかし、京助は自然体のままだ。
「そんなに慌てる必要はないよ、というか――そうやって殺気を出している方が、魔物は寄ってこない場合がある。存在は示すけど、殺気は出さない、らしいよ」
マルキムに習ったんだけどねー、と言ってから、京助はタバコを地面に投げ捨てる。
まあ確かに、冬子が魔物だとして――京助のような殺気を感じたら、迷わず逃げるだろう。殺気をまき散らしている京助と戦うくらいなら、まだ魔王や覇王と戦った方が勝算は高いだろう。なんせこいつは容赦がない。
言われてることは分かったので、冬子は殺気を消し、しかし周囲への警戒は怠らない。要するに、魔物がいるということを変に意識しなければいいのだ。
「あ、来た」
そう京助が言った瞬間、キキーッ! という鳴き声が聞こえてくる。
「ッ!」
冬子がそちらの声に振り向くと――
「そっちじゃない」
――逆方向から、数体の魔物が現れた。
(何故――っ!?)
咄嗟に剣を構える。
「めんどくさいな……Bランク魔物が出るとはねぇ」
京助が、ひゅんと槍を回転させて構えた。声が固くなっているのはおそらく、冬子の聞き間違いではないだろう。
Bランク魔物――今まで、何度か狩ってきたことはある。しかし、京助が緊張感を持っているという事は……普通の、Bランク魔物じゃないのかもしれない。
「さて……見たことがない魔物だね。ただ、音が変な方向から聞こえてきたってことは……音を操る、系統の固有性質を持ってるのかな……?」
さらに、別方向からは無音でさらに数体魔物が現れる。それらは、オークとゴブリンに見える。ただ、見たことが無い魔物だ。
「さて、メイルゴブリンにグローブオーク。そして……見たことはないけど、音を誤魔化す、魔物。初めて戦う魔物とは、今でもやっぱり緊張するね」
冬子が京助の方を見ると――彼は、塔でも何度か言っていたあのセリフを言った。本気で戦うつもりなのか。
「さて、俺の経験値になってくれよ?」
「あら、キョースケさん。いらしてたんですか」
「うん、久しぶり、ヘルミナ。冬子がお世話になったみたいで悪いね。払うついでに、いくつか大き目の魔魂石を渡そうと思って」
「…………ありがとう、ございます……っ!」
俺がいくつか、Dランク以上の魔魂石を渡そうとすると……ヘルミナが、なぜか物凄く感激した声を出した。
「え、ど、どうしたの? ヘルミナ」
「魔魂石の在庫が尽きかけていまして……つい先日、大口の仕事が入ったのはいいんですが、その際に一気に魔魂石が無くなってしまっていたんですよ……」
その顔がやつれている。これはそうとう苦労してるね……。もっとも、だからと言って冬子を厚遇する理由も分からないわけだけど。
そう思って尋ねてみると、ヘルミナは「ああ、そんなことですか」と言って説明してくれた。
「今朝、マルキムさんがいらして、キョースケが連れてきてる女性は二人とも実力者だから、どちらが来ても、装備をしっかり整えてやってくれ、と」
「なるほど」
マルキムは相変わらず面倒見がいいね。値段に関しては俺がいるから平気とそう言う事なのかな。
……やっぱり、こうしてみると、俺とかマルキムは裕福だな、と思うよ。元の世界だとすると住所不定の日雇い労働者なのにね。
まあ、それはさておいて、冬子がこんなにしっかりと防具を作ってもらえた理由は分かった。値段だって法外なものを要求されないだろうから。
あと、問題があるとするならば――
「それで、なんですけど、キョースケさん……」
少し伏し目がちにこちらを覗き込んでくるヘルミナ。……ああ、だいたいそんなことだろうと思っていたよ。
俺は少しため息をつくと、ヘルミナに向かって肩をすくめる。
「なんの魔物の魔魂石? この辺で出るのだったら獲ってくるけど」
ヘルミナは腕がいい。その気になれば、Bランク魔物の固有性質をそのまま防具や武器に付与することだってできる。
ただ、もちろんだけどBランク魔物はそんなにこの界隈に出没しない(していたら、今頃この街は滅んでいるかもしれない)から、ではどんな魔物の魔魂石かというと、特定の魔物の魔魂石同士を……詳しいことは分からないけれど、掛け合わせることで防具の防御力強化の付与や、炎耐性の付与……などを行えるらしい、んだよね。
そのために、よく俺は指名依頼として魔魂石の回収を受けていた。そして、もちろん自分が依頼した時は自分の手で魔魂石をとってきていた。
で、どうせ今回もそうなんだろうと思っていたら、本当にそうだった。さすがに獲りに行くのに何日もかかるような魔物の魔魂石は要求してこないと思うけど……。
「えっと、メイルゴブリンと、グローブオークですね。どちらも二個ずつあれば事足ります。数が多ければ多いほど、防具の値段も勉強させていただきますよ」
メイルゴブリンは、ホーンゴブリンの身体が多少硬くなっている魔物だ。ランクとしてはEだが、これまたホーンゴブリンと同じで群れるので、大勢集まられると厄介になる。しかも、普通のホーンゴブリンよりも硬くなっているから、それなりに修練していないと傷をつけることも難しいため、一般人では対処は困難と言われている。
そして、グローブオークはDランクの魔物で、腕の部分が太く、ごつくなっている豚頭の魔物のことだ。こちらは腕の部分が硬くなっているので他の部分を狙えばDランク魔物の中でも倒しやすい方だが、いかんせんオークである以上、肉体の力が強いので、接近されると厄介な魔物だ。
まあ、どちらもよく狩っているから問題ないだろうけど。
「メイルゴブリンは、確かクエストも出ていたね。じゃあ、ついでにクエストもやりつつ魔魂石を回収しようか。グローブオークは……」
「マルキムさんの話ですと、南の方で目撃情報が最近多くなっているようですよ」
「南ね、わかったよ」
「では、納品され次第完成させるということで。……ついでに、武器もみましょうか?」
そう言って、ヘルミナは俺の武器……即ち神器をちらりと見ると、ごくりと唾を飲んだ。
「なんていうか……師匠の作った物ですら及ばない、格の違うオーラが出ていますね……あうう、世の中にはこんなすごい武器を作れる人がいるとは……」
あ、ヘルミナが初めて会った時のようにシュンとなっている。やはり、ヘルミナはこのオーラの無いくらいがちょうどいい気がする。
じゃなくて、
「あー……これは、出所は言えないけど、オーパーツみたいなもんだからね。そりゃ、なんか凄まじいものにもなるでしょ」
というか、ヘルミナの師匠って王都でも一番の腕前じゃなかったっけ……うーん、神器っていうのは伊達じゃないって改めて思い知らされるね。
(ソリャアナァ! 神器ッテノハ、文字通り神の器! 神の作った器に、神髄を込めるコトデ初めて作ラレルモノ! 人類が到達出来るヨウニナルノハマダマダダゼェ!)
頭の中で叫ぶヨハネス。なるほど、いいことを聞いたね。神様謹製なのか。
(モットモ、人類が作った武器デモ、出来のイイモノハ後で神が回収して神髄を込めるコトデ神器にシテシマウ場合もアルガナァ!)
……この『パンドラ・ディヴァー』はどっちなんだろう。
まあ、俺には関係ないことか。業物で、俺の扱える最強の武器であるということと、そしていつ消えてもいいように頼り切りになってはいけない武器であるということだけをちゃんと理解しておけばいいでしょ。
それに、いくら優れた武器であるからといって、手入れをしなくていい理由にはならない。ヘルミナに軽く見てもらおう。
「というわけで、冬子も見てもらう?」
「ああ」
そう言って冬子がヘルミナに渡して、数秒後には手入れが完璧に終わってしまった。
……なんていうか、基本的なことしかしてないのは分かるけど、ここまであっさりやられると達人なんだっていうことを心根に叩き込まれるね。
「す、凄いな」
冬子も、だいぶ驚いた声を出している。王都にはヘルミナの師匠がいるという話だけど、その人とは会っていないのかもしれない。
「はい、出来ましたよ。トーコさんの剣はキチンとお手入れされていますね。キョースケさんは……」
「わかってるよ。もう少し気を付ける」
俺は肩をすくめて答える。
「ちゃんと毎日お手入れしていますか?」
「してるんだけどねぇ……」
根が雑なせいか、それとも別の要因があるのか、俺はどうも武器の手入れが苦手だ。最初にここに来て教えてもらって以降、教えられた通りしてるんだけどね……。
「というか、以前の槍はどうされたんですか? 夜の槍でしたっけ」
「ああ、アレは……残念なことに、壊されたよ。代わりに手に入ったのがこの槍だったんだけどさ。強化自体はされてるから、割り切ってる」
未だに残念な気持ちは拭えないけどね。こちらの世界に来てからはずっと戦ってきた槍だ。一緒にいた時間は短いけれども、それでもアックスオークやヒルディを葬ってきた文字通り相棒だったんだ。悲しまないわけがない。
……ゲームとかでも、序盤で使っていた武器とかを何時まで経っても捨てられないしね、俺。倉庫のスロットを圧迫するだけだってわかってるんだけどね……。
「そうそう、それに加えてだけど、俺も防具がボロボロだからさ。預けておくから修理しておいてくれないかな」
「そうだったんですね。あ、壊れた武器はちゃんと供養しましたか? でないと魔力が集まって魔物と化してしまいますから」
「知性のある武器みたいな感じ?」
「どちらかというと……ゴーストが武器を装備している、みたいな感じですかね。生前……壊れる前に使われていた使い手の実力をコピーしますから、強い人の武器であればあるほど、厄介な魔物になります。魔物としての分類名は『ウェポンゴースト』です」
なるほど、それは面倒なコトになるね。まあ、跡形も無く粉々になったから関係ないんだけどさ。
……自分と同じ技量の魔物か。少し、戦ってみたくはあるね。もっとも、そうしたら魔物のランクはいかほどになるんだろう。
まあ、それはさておき。
「じゃあ、冬子。予定変更だけど狩りに行こうか。どちらもそんなに強い魔物じゃないから、いろいろと説明しながら出来ると思うから」
「そうか、それは嬉しいな」
そう言った冬子は、本当に嬉しそうだ。別にただの狩りなのに、何が嬉しいんだろう。まあ、嫌がれるよりはマシかと思って、俺はヘルミナの店を出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それで? まずはどうするんだ?」
「まずは、AGギルドに行ってクエストをとってくる。そうじゃないとタダ働きになっちゃうからね。いや、正確にはただメイルゴブリンか……出来たら、リューがいて欲しかったところかな」
俺が少しぼやくと、冬子がキョトンとした顔を見せてきた。
「リュー?」
「ん? ああ。俺がよくパーティーを組んでた魔法師の人だよ。女性の魔法師なんだけど、優秀な人でね。特に火力は高いから、防御力特化の魔物とか、スライム系統の魔物を倒す時とかはとても助かるんだ」
グリーンスライムと戦った時とか、俺だけじゃ倒せなかっただろうしね。
リューがいないと、そもそも俺は魔法を使えていないわけだし、彼女のおかげで広がった人脈もある。俺がアンタレスでAGをやれているのは、リューとマルキムのおかげであるところが大きい。
特にマルキムは勇者勢なんかよりも強いと思うし。俺がこの世界で結局なんとなく調子に乗れていないのって、マルキムのせいでありおかげであると思う。
マルキムがいたおかげで、俺は自分より強い人がいるってのを実感していたわけだし、同時に、だからこそ自分が惨めだった部分もあるんだけどね。
活力煙を咥え、火をつける。
「ふ~……まあ、先輩ってのはありがたいよ。どうしようもないクズもいるけど」
この世界に来て初の殺し。完全に忘れているんだけど、たまに思い出す。そして、やっぱり何にも思わない自分を不思議に思う。
ドライなのかな。
「……そうか。それはそうと、そのリューという人は……美人、か?」
唐突に冬子が聞いてきたから、はてと思う。
「どうしてそんなことを? リューはいっつも帽子をかぶってるから、よくわからないね。顔に火傷とかは無いと思うから、普通の顔はしてるんじゃない?」
そんな風に答えると、冬子はなんだか憮然とした表情だ。
「お前は、ヘルミナさんといい、マリルさんといい、なんでああも美人とばかり出会っているんだ」
いや、そんなこと言われても。
「……さあ、なんかめぐりあわせじゃない? 別に、俺だって美人とばかり出会ってるわけじゃないし、何より……別に彼女らが美人だからと言って不都合はないでしょ」
特に俺に何かがあるわけでもない。
まあ、確かに……たまにだけど、マリルとかとお酒を飲んでいると絡まれることがないわけじゃない。
だけど、そういうのは酒場のおふざけだ。そんなに困るようなことなわけじゃない。
それなのに、冬子はなんだか浮かない顔だ。
「その……京助は、この世界は、楽しいか?」
「……唐突だね」
俺は活力煙の煙を空に溶かしつつ、考えてみる。
この世界が楽しいか、か――。
「まず、死ぬ危険性のある仕事をしないと生きていられないっていうのはマイナスポイントだよね。社会福祉も無いし」
AGなんてのは、要するに日雇い労働者だ。剣一本で成り上がれる、なんて言えば聞こえはいいが、それは前の世界で言うところの頭がよければ成り上がれる、に通ずるものがある。
結局上には上がいるし、しかも前の世界みたいに挫折したらそこそこで止まる、なんてことは出来ない。挫折――つまり、敗北した瞬間死が訪れるかもしれない。
「ペンを槍に持ち替えたけど、負けたら死ぬとかやってられないよ」
「だが、こっちの世界は自由だぞ? 今日、お前が暮らしていた街や、交友があった人達を見たが、お前も楽しそうに過ごしていたじゃないか」
まあ、確かに……こっちの世界に、アンタレスに、俺は大分馴染んでいると思う。そして、その生活は確かに楽しいものではある。
だけど、
「確かに楽しいか楽しくないかと言われたら、それなりに楽しいよ。楽しく暮らせるようにつとめているからね」
「なら――」
「だけど、俺は元の世界に帰るよ。元の世界に帰らないと、ダメだ」
やっぱり、この世界は楽しいかもしれないが、愛着は無い。それに――いつ、死ぬか分からない世界。そんなところに、冬子は置いておけない。
俺がいつでも守れるわけじゃないんだ。
……って言うのは恥ずかしいかな、少し。
だから誤魔化しておこう。
「だって、こっちの世界、本が無いんだもん」
活力煙の煙を吹かし、肩をすくめる。
そんな俺の姿を見て拍子抜けしたのか冬子はへにゃっとした顔になり、小さく笑った。不覚にも、少し可愛かった。
「確かに、それはお前にとっては重大なことだな」
「でしょ?」
「ああ――少し、安心した」
ぼそりと呟く冬子。何か不安にさせるようなことがあっただろうか。まあ、確かに今までいたコミュニティから抜けてさせられた上に、他人のコミュニティを見せられたら尻込みもするか。
「大丈夫だよ、ちゃんと元の世界に戻るために頑張るから」
「ああいや、そういうわけじゃないんだが――」
「へ?」
「な、なんでもない!」
そう言うと、冬子はフンと顔をそらしてしまう。
なんでだろう、とは思ったけど、いつものことかと考え直して、俺は周囲の警戒に戻った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――先ほどは、つい言葉が漏れてしまった。アンタレスに来た京助が、思いのほか生き生きとしていたことに驚いたからだ。
そんなことなら、冬子に付き合わせて元の世界に帰ろうと言っているのではないのか、そう思って、不安になって言ってしまった。
とはいえ、京助が元の世界に戻るつもりがあることを確認できて、よかった。
元の世界に戻らないと……その、満足に恋愛も出来ないだろうからな。一度、男性は「自分の生活に余裕が無いと恋は出来ない」と書いてあった。つまり、京助を落とすためには京助にも余裕が無いといけない。
京助は余裕綽々と言った風に見せて、水面下で努力するタイプのかっこつけだ。おそらく、今の状況にも余裕があるわけではないんだろう。
だったら、元の世界に戻って余裕を取り戻せばいい。そのためにも、こっちの世界にいる間に京助とは関りを持とう。いろんな意味で助け合おう。そして絆を深めるんだ。
そう、前向きになった思考をしていると、京助が動きを止めた。
「どうしたんだ?」
「んー……その辺にいるね。魔物が」
「何っ」
すぐさま戦闘態勢をとる。しかし、京助は自然体のままだ。
「そんなに慌てる必要はないよ、というか――そうやって殺気を出している方が、魔物は寄ってこない場合がある。存在は示すけど、殺気は出さない、らしいよ」
マルキムに習ったんだけどねー、と言ってから、京助はタバコを地面に投げ捨てる。
まあ確かに、冬子が魔物だとして――京助のような殺気を感じたら、迷わず逃げるだろう。殺気をまき散らしている京助と戦うくらいなら、まだ魔王や覇王と戦った方が勝算は高いだろう。なんせこいつは容赦がない。
言われてることは分かったので、冬子は殺気を消し、しかし周囲への警戒は怠らない。要するに、魔物がいるということを変に意識しなければいいのだ。
「あ、来た」
そう京助が言った瞬間、キキーッ! という鳴き声が聞こえてくる。
「ッ!」
冬子がそちらの声に振り向くと――
「そっちじゃない」
――逆方向から、数体の魔物が現れた。
(何故――っ!?)
咄嗟に剣を構える。
「めんどくさいな……Bランク魔物が出るとはねぇ」
京助が、ひゅんと槍を回転させて構えた。声が固くなっているのはおそらく、冬子の聞き間違いではないだろう。
Bランク魔物――今まで、何度か狩ってきたことはある。しかし、京助が緊張感を持っているという事は……普通の、Bランク魔物じゃないのかもしれない。
「さて……見たことがない魔物だね。ただ、音が変な方向から聞こえてきたってことは……音を操る、系統の固有性質を持ってるのかな……?」
さらに、別方向からは無音でさらに数体魔物が現れる。それらは、オークとゴブリンに見える。ただ、見たことが無い魔物だ。
「さて、メイルゴブリンにグローブオーク。そして……見たことはないけど、音を誤魔化す、魔物。初めて戦う魔物とは、今でもやっぱり緊張するね」
冬子が京助の方を見ると――彼は、塔でも何度か言っていたあのセリフを言った。本気で戦うつもりなのか。
「さて、俺の経験値になってくれよ?」
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