異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

61話 アンタレスにリターンなう

 さて――
 なんだかんだいろいろあったデネブだったが、それらを乗り越えた俺たちはなんとかアンタレスに戻ってきていた。メロー事件のせいで少し進みが遅れてしまったため、途中で一度野宿したが、それ以外はおおむね問題無く俺たちはアンタレスに戻ってこれた。
 もっとも、戻ってきたという感覚なのは俺だけで、冬子は初めて来た場所だし、キアラに至っては「昔とあまり変わっておらんのぅ」とか言っているけど。キアラ、やっぱり君何歳なのさ……。


「じゃあ、取りあえずAGギルドに行こうか。実は冬子、この国では許可の無い人間が武装するのは違法だからね。……と言っても守っている人の方が少ないけど、街中で武器をぶら下げている一般人がいたら、危険人物扱いされてもおかしくないからね」


「それは聞いていたが……一応、私は王国付きの騎士という身分を今まで貰っていたからあまり気にしたことは無かったな。やはり、何か言われるものか?」


 何か言われるか、と聞かれると……正直、何もとしか言いようがないが、それでもこれから他の街に行くときにいちいち何か訊かれるのも面倒だからね。


「というわけで、アレがアンタレスの門だよ。一応、門番の人とは人見知りだから、先に俺が言って話をつけてくるよ」


 そう言って、俺はキアラと冬子を置いて門番のおじさんのところに向かう。


「やぁ、ヤマサ。元気かい?」


「ん? おう、キョースケの旦那か。久しぶりじゃのう、どこ行っとったんじゃ」


 門番であるヤマサは、気さくなお年寄りだ。もう60は過ぎているんじゃなかったかな。白髪頭に顎髭を生やしていて、ぱっと見はどこにでもいる老人といった風体だ。もっとも、こう見えても昔はAランクAGだったらしいから、人は見かけによらない。


「ちょっと野暮用でね、デネブに行っていたんだ。それはそうと、今から身分証の無い二人を通すんだけど、いいかな。俺の責任にしちゃっていいからさ」


 そう言って、俺は後ろのキアラと冬子を親指でさす。この爺さんは地味に眼光が鋭いから、悪人は大概見抜いてしまうらしいが……逆に悪人以外だとだいぶ緩い。ここは通してもらえるだろう。
 そう思いながら答えを待っていると、ヤマサは俺の方にこそこそと耳打ちしてきた。


「通すのは構わん。どうせ旦那の知り合いならそうそう悪人ではないじゃろ。それよりも一つ教えて欲しいんじゃが……」


 ふむ、キアラが何も武装していないことに関してだろうか。確かに、身分を証明することのできない魔法師は、街に入ることを拒まれるという。武装無しでも人を傷つけてしまうからだそうな。もっとも身分の無い魔法師の方が珍しいだろうが。
 その辺を突かれたらテキトーに村娘とか言ってごまかそうかな……と思っていたら、ヤマサはニッとゲスい笑顔を浮かべた。


「それで? どっちが旦那のコレなんじゃ?」


 小指を立てるな小指を。


「……どっちでもないよ。別に、彼女たちとはそんな関係じゃない」


「ほう、まだ体だけの関係、と。ちなみに儂はあの不思議な服を着ている姉ちゃんがええの。腰つきとかがセクシーじゃ」


「へぇ……今言ったことを全部奥さんにばらしてもいいんだけど? 俺は」


「やっ、そ、それはいかんぞ!」


 途端に狼狽えるヤマサ。まったく、いつものこととはいえ、どうしてこうも下世話な話ばかりするのか。
 取りあえず通ってもいいという言質をとったので、俺は二人を呼び寄せて――冬子には武器を仕舞わせて――アンタレスの中に入る。
 中は、相変わらずそこそこにぎわっている。露店でテキトーに腹ごしらえしてからギルドに向かってもいいかもしれない。


「冬子、キアラ、お腹空いた?」


「妾は何か食べたいのぅ。向こうでいい匂いもしておるしな」


「私はまだそうでもないが、二人が食べに行くというのなら行くぞ」


 ちなみに俺は、割と空いている。ふむ、燃費が悪いのかな。


「じゃあ、何か食べてから向かおうか。今日はギルドに登録したら、宿だけ決めて自由時間にするつもりだから、時間はあるし。あ、けど晩御飯は一緒に食べよう。俺が行きつけにしている宿屋のご飯は美味しいからね」


「ほぅ、それは楽しみぢゃのぅ」


「うむ。では何を食べようか」


「そうだね……」


 そう言って、俺はマルキムから教えてもらった屋台街に行く。そこは、まるでどこぞの国の夜市のようにいつも賑わっていて、昼間は主にファストフードを出す店が多く開店していて、夜はもっぱら酒のおつまみになりそうものや、そのものずばり酒を売っている店とかが多く出店している。
 小腹がすいたのならここに来れば大概何か食えるし、夜なんかは暇な時に顔を出すだけで顔なじみが結構いたりする。酒場は割とみんな行きつけを見つけるから酒場では巡り合えない友人とも、ここでは一緒に酒を酌み交わすこともある……とマルキムは言っていた。
 そうやって、出会った人もいたっけ。何人かはこの世にいないけど。


「俺はこのポテト……もどきと、タコ焼きもどきでも買おうかな。ああ、二人はお金持ってる?」


「妾はお主から渡されたお金がまだ少し残っておるぞ。もっとも、多少心もとないが」


 キアラには渡すと全部お酒に変わりそうだからなぁ……まあ、昼間はお酒を売ってる店も少ないし、いいか。
 追加でキアラにお金を渡して、冬子の方を見る。


「冬子は? 持ってないなら、昨日の事件の山分け分として今まとまった額を渡すけど」


 ちなみにメロー事件では、冬子は被害者扱いだったため、報奨金も何も出なかった。まあ、当然といえば当然だけどさ。AGじゃないし。
 だけどアレは冬子の働きも一部あったといえるのでその旨を伝えるが、冬子は首を振った。


「一応、ではあるけど、私はお金を持っている。それはお前の働きで手に入れたものだろう。なに、これからAGとして稼ぐんだから大丈夫だ」


「――そう」


 そう言うなら俺は何も言うまい。
 俺はタコ焼きもどき――中にはタコじゃなくて、ソーセージのようなものが入っている――を買って、冬子とキアラも同じものを買ったので三人でほおばる。


「美味しいものだな」


「でしょ? たまにこれを食べたくなっちゃうんだよね」


「本当ぢゃのう」


「けど、これは何の肉なんだ?」


「さぁ……? 食べれるから気にしてなかったけど、たぶん地球で言うところの牛や豚に該当する生き物だと思う」


 ちなみに、当然ながらこの世界にも家畜のようなものはいる。要するに、体内に魔魂石がある動物を魔物、そうでないものは前の世界と変わらず動物という感じだ。もっとも、動物でも魔物を殺せるような体躯を持っていたり、素早さを持っていたりするものもいるので、こちらの世界でも猛獣はやはり危険な生き物として認識されている。まあ、前の世界とまったく同じ生き物はそんなにいないけどね。


「なんで唐突にそんなことを?」


「いや、中に入ってるものの成分が分からんと……志村は大変だろうと思ってな」


「ああ、そういえばアレルギーだっけ、志村」


 食物アレルギー……確か小麦と卵、だったかな。パン類とか洋菓子類が全滅でいつも嘆いてたっけ。だから、あいつとご飯を食べに行ったりするときは少し気を使っていた。もっとも、本人が注意しているからあからさまなケーキ屋さんとかそういうのを避けているだけだったけど。


「確かに、志村はこっちの世界じゃ大変だろうね……何にアレルギーが反応するか分からないし」


「いや、案外こっちの世界では食べれるものが増えているんじゃないか? 小麦と似てはいても、成分は違うだろうし」


「その逆も考えられるよ。……こっちの世界に来て、一番生きにくいのはもしかしたら志村かもね」


 自分にアレルギーが無いから忘れがちだけど、志村は毎度かなり気にしていたからね。本人曰く「人間には食べられないものがたくさんある。その数が拙者は一つか二つ多いだけでござるよ」とは言っていたけど。
 ふむ……やっぱり、早急に志村は連れ戻したいね。こっちの世界にアレルギーなんて概念があるかどうかも分からないし。
 俺が決意を新たにしていると、ふらりと特徴的なはげ頭が現れた。


「やぁ、マルキム。久しぶりだね」


「ん? おお、キョースケか。久しぶりだな。というか、今お前何か失礼なこと考えなかったか?」


「気のせいだよ、行き過ぎた薄毛」


「テメェ遠まわしにハゲっつったな!? 俺のこれはオシャレスキンヘッドだ!」


「はいはい、ハゲてないハゲてない、スキンヘッドスキンヘッド。毛根が全滅したスキンヘッド」


「全滅はしてねぇ! ちょっと旅に出てるだけだ!」


 どっかで聞いたようなセリフだね、それ。
 俺は口の中で「くっくっく」と笑いながら、冬子とキアラの方を振り向く。


「紹介するよ、こいつはマルキム。BランクAGの腕利きで、このアンタレスでもかなり顔が広い男だ。戦闘から探索からなんでもこなせる頼りになる人だよ。毛髪は頼りないけど」


「誰の毛髪が頼りないだ! ……ったく。俺はマルキム。ここにいるキョースケが来るまではこのアンタレスで最強のAGをやっていた。キョースケも言った通り、AGとしては一通りなんでも出来るから、もし分からないことがあったら聞いてくれ。戦闘力はまだしも、キョースケは他が抜けてるからな」


「マルキムの髪の毛ほどじゃないけどね」


「だから俺はハゲじゃねえ!」


 そうして、マルキムに向かって冬子とキアラを紹介する。


「彼女はトーコ。俺の旧友で、同郷なんだ。剣の腕前はかなりのものだよ。もっとも、それ以外では天然な部分があるけど」


「誰が天然だ。まったく。ご紹介にあずかった通り、私は冬子といいます。京助の言った通り、剣術にはそれなりに自信はありますが……まだAGとしての登録すらしていないからなんとも言えません。これからはお世話になることも多いと思うので、その時はよろしくお願いします」


 スッと頭を下げる冬子。AGは、本来は同業者にはあまり頭を下げたり敬語を使ったりしないけど、まあその辺は後で教えておこう。というか、日本人の感覚として年上にいきなりため口をきくのは抵抗があるだろう。


「マルキム、こちらはキアラ。見ての通り変態だよ」


「誰が変態ぢゃ誰が。マルキムと言ったかの、妾はキアラという。ここにいるキョースケと同郷で、師匠のようなものぢゃ。厳密には違うがの」


 そう言ってニヤリと笑い、右手を差し出すキアラ。
 マルキムはそれを握り返し、キアラのことを値踏みするような目を向けるが……すぐにいつもの笑顔に戻った。


「そうか、よろしくな、つーかキョースケ。テメェ、女っ気がねぇとかほざいておきながら、こんなベッピン二人も連れてるとかふざけてんのか、爆発しろ」


 そのセリフは、こっちの世界では洒落にならないからやめて欲しいところだけど。俺は現実的に出来るしね……。
 相変わらず自分がいる世界は物騒だなと思いつつ、俺は肩をすくめる。


「別にそんな関係じゃないよ? ただの友人と……まあ、師匠さ」


 別に認めてはいないけどね。俺の魔法の師匠はリューだし。
 俺の答えに納得がいかないのかお気に召さないのか、マルキムは冬子とキアラに葉巻を渡してから俺の肩を殴る。


「バカ野郎、AGなんて男ばっかりしかいねえのに、女と旅できる――それだけでどれほど羨ましいことか。俺なんざ、女のおの字も無いんだぞ?」


「男のおの字はあるんだからいいじゃん」


「そういう問題じゃねえ! ……ったく、俺はこれからクエストだ。お前はどうするんだ?」


「今日は俺はお休みだよ。冬子は登録にいったりしないといけないからね」


「――そうか。また今度一緒にクエストに行こうぜ。今度は負けねぇぞ」


 マルキムはそう言って笑うと、踵を返して雑踏の中に消えて行った。
 やれやれ、相変わらず、マルキムは変わらないね。
 俺はマルキムの方に一度手を振ってから、キアラと冬子の方に向き直る。


「マルキムはいい奴だからね。そこそこ信用できるよ」


「まあ、いい人そうだったな。何度か一緒に仕事をしてるのか?」


「うん、デネブに行く前は週に一度くらいは一緒に仕事をしていたかな。世間知らずの俺への教育も踏まえて。おかげで、今や一人で採取クエストをこなせるようになったよ」


 俺がそう言うと、冬子は少し驚いたような顔をした。


「珍しいな、お前が友達を作るなんて」


「……冬子の中で俺がどういう風に見られてるのかわかったよ。というか、酷くない?」


 少し抗議をするけど、冬子は笑って受け流してしまう。まったく、俺は友達が少ないんじゃなくて付き合う人間を選んでいるだけだというのに。
 俺が冬子とそんなやり取りをしていると、キアラは何故かマルキムが消えたほうを向いて何か思案するような顔になっていた。


「どうしたの? キアラ」


「ふむ……なかなか、面白い人間じゃのう、と思っての」


 キアラの顔は少し笑っている。面白い、っていうのは、おそらく人となりとかそういうものじゃないんだろうな、ということは容易に想像がついた。


(カカッ、アレは強ェナァ! キョースケ!)


(まぁね……)


 ヨハネスが話しかけてきたので、俺は心の中で返事をする。なるほど、やっぱりキアラやヨハネスにはわかるんだね、彼の強さが。


「ちなみに、キョースケよ。アレと戦ったことがあるか?」


「模擬戦なら何度か、真剣勝負は無いよ」


 というか、マルキムは……BランクAGというには、強すぎる気がするんだよね。以前、同じクエストを受けた時に……ギギギが出てきた時に、あっさりとBランク魔物を葬っていたから。
 今の俺なら分からないけど、昔の……来たばかりの俺では少なくとも全然勝てないことはすぐわかるくらいの強さだった。


「ふむ……一度、真剣に手合わせしておいた方がよかろう。勉強になると思うぞ?」


「そうだね。けど、よく彼に教えてもらっているよ? 戦い方を」


「そうではないんぢゃよ。まあ、彼が隠しているのならこちらから無理に詮索することはあるまい」


 キアラの目からすると、何か隠しているらしい。俺も同感だけど。


「冬子の目から見てどうだった?」


「剣の腕前でも普通の戦いでも、どちらでも敵わないだろうな。私も修行が足りないか」


「本来、俺たちは駆け出しの若造だからね。あんなベテランと比べる方がおかしいのさ。……さて、まだ何か食べる?」


 冬子とキアラが頷いたので、俺ももう少し食べようか。市場はまだまだ遠くまで続いているしね。
 雑踏の中へ消えて行ったマルキムの方をもう一度だけ振り返って……俺もまた、市場の雑踏の中に紛れて行った。




~~~~~~~~~~~~~




「やぁ、マリルさん」


「あ、お久しぶりです、キヨタさん!」


 アンタレスのAGギルドも久しぶりな気がする。マリルが元気に挨拶してくれて、俺も笑顔で挨拶を返す。


「アンタレスで変わりはない?」


 少し世間話でもしようと声をかけると、マリルは少し顔を曇らせた。ふむ、もしかして……また、強力な魔物でも出たのかな。


「基本的には平和なんですが……ついこの間、Bランク魔物が出現しまして、マルキムさんが到着するまでに……二人ほど」


「あー……」


 やはり、Bランク魔物がでたりはしているのか。そして、そのせいで数人のAGが死んでしまった、と。
 ……分かっているとはいえ、やるせないことだ。クライルが死んだのも、Bランク魔物との戦いだったし、Bランクともなるともう俺やマルキムのようなAGじゃないと対処できない。そして、今まではマルキムがいれば問題なかったことが、Bランク魔物の多発によってその数が足りなくなっているってことか。


「ほかのギルドに応援を頼めないの?」


「なにぶん、あまり大きくない街ですから……」


「慣れると居心地がいいのにね」


 とはいえ、目玉の観光施設も無ければ、塔も無い。居心地がいいと言っても、実は領主がAGの邪魔をしてきたりすることもあるアンタレスだ。この世界ではだいぶ領地ごとの自治が認められているらしく、好き放題する領主はいるのだ。そして、このアンタレスで亜人族の奴隷が認められているのもその一つ。
 そんなところに長居するAGは、やはり物好きなんだろう。俺は、割と気に入っているけどね。それと、俺のことを異世界人って知っている人間が二人もいる街だから、その辺も少し融通が利くし。


「そして、その件でマスターからしばらくこの街にとどまって欲しいと。功績によってはAランクへの昇進や、もしくは礼金が出るとのことで」


 金をやるからしばらくアンタレスを守ってくれ、と。まあ、この地にとどまる予定である以上、それはなかなか魅力的な提案と言えるかもしれない。


「へぇ……まあ、しばらくはとどまるつもりだから大丈夫だよ。ここにいるトーコにAGとしての勉強もさせたいところだからね」


 そう言って、冬子をカウンターの前に立たせる。


「どうも、佐野冬子と言います。ここにいる京助と同郷で、長く親しくさせてもらっている者です。今日はAGとして登録に来ました」


 ……ん? なんで少し強い口調なんだろう。疑問に思って冬子の顔を覗くと、ぎろりと睨まれた。なんでさ。マリルも少し困ってるじゃん。
 まあ……いいか。マリルも気にしないようにするみたいだし。


「では、登録を始めますね」


 にっこり笑うマリルと、少し憮然とした顔をしている冬子が対照的だった。

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