異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

59話 声を荒げたなう

「こ、こっちです」


「ああ、こっちか」


 走り出すメローを追って、冬子は先ほどまでの会話を思い出す。


『この首輪には呪いがかかっていて……実は、それはあの盗賊たちがそばにいると苦しくなるのです』


 しどろもどろに説明されながらも、苦しそうにしていたのが分かった。


(――そんな風に、している女の子を放っておけるか!)


 冬子は、グッと自分の剣を握る。


(確かに私は京助よりも弱いが、それでもこの世界に来る前から戦っていた経験がある。対人戦であれば、そうそう遅れをとるつもりはない)


 いくらなんでも、まさかゴーレムドラゴンより強い盗賊なんていまい。むしろ、そんなに強いんだったら最初から女性を襲ったりはしないだろう。
 それに、目の前のメローという女の子からは、武の匂いは感じられない。京助はどうも警戒していたようだが、大丈夫だろう。彼女が戦えるとは思えない。
 目の前を先行しているメローが右に曲がる時に、なぜか少しバランスを崩した。


「おっと」


「だ、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。問題ない」


 地面には、特に何も凹凸は無い。何故、躓いたんだろうか……。


「ん……?」


 フラリ、と頭が揺れる。
 体が、上手く動かない。どうしても、思考が、纏まらない。


「これ、は、いった……い……?」


「へーえ、BランクAGってだけはあるね」


 地面が迫ってくる。というか、地面が顔面にぶつかってきた。


「め、ろー……?」


 メローが、先ほどまでとは違い、物凄く冷たい目でこちらを見てきている。
 一体……何が……


「お休み、いい夢を見てね。――最後に見れる、いい夢だろうから」


 その声を最後に、意識がぶつりと途切れた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「はっ!」


 目が覚めた瞬間、自分の身体が鎖で縛られた状態であることに気づいた。両手を頭の上で縛られ、足も鎖で縛られている。
 一瞬力を込めてみるとすぐにわかる。これは、自力でどうにかなるようなものではない。京助ならどうにかなるかもしれないが、少なくとも冬子の腕力で引きちぎるのは無理だ。せめて剣があれば『職スキル』を使えるんだが。
 しかも、服が無い。いや、下着は着ているが――それでも、ほぼ全裸に近いのは間違いない。体に異常が無いことから、特に何もされていないようだが。
 辺りを見渡すと、ここはどこかの……なんだ? 戸は木だが壁などは土や岩でできている。土魔法か何かで作られているんだろう。
 しかし、部屋のことよりも、重要なのは自分が縛られているという状況だ。一体どうしてこんなことに――


(いや、その前にメローは無事なのか!?)


 慌てて視線を巡らせると、そこには無事そうなメローの姿があった。
 ――ただし、優雅に何かを飲みながら、奴隷だなんてとんでもないような姿の、メローが。


「あれ? 起きたんだ。意外に早かったな。さてはあの薬屋、嘘ついたな」


「め、メロー! これは一体どういうことだ!」


「どういうことって、決まってるじゃない。アンタを薬で眠らせて、こうしてアジトに運んできたんだよ」


「な……ッ!」


 当然のことを話すように言うメローに向かって、思わず叫ぶ。


「何のためにそんなことをする!」


「は? えーと……トーコだっけ? あなた頭悪いの? そんなの、奴隷として売り飛ばすに決まってるじゃない。今度の依頼は、新品のままって話だから、手は出さないけどね。あれ? そういえば、あなたあのキョースケとかいうAGと出来ちゃってる? 困ったなぁ……初物って依頼なのに」


 奴隷――その言葉を聞いた瞬間、一体何を言われてるか分からなかった。
 さらに、新品と、まるで自分をモノのように扱うその態度から、自分がこれからどうなるかというのが、朧げに察せられた。


(まさか――っ!)


「今度の依頼人は、どこぞの領主様なんだけど、この国は王家の威光が届きづらいことが有名でね。そこの領主様は凄く好き勝手してるんだよ。まあ、そのおかげでこうしてお金をいただけるから文句はないんだけどねー」


 ぺらぺらと話すメロー。それを見て、ギリッと奥歯をかみしめる。


(この、外道が……っ!)


 そして、ガチャガチャと揺すったりして見るが、やはりびくともしない。腕力だって以前――異世界に来る前――に比べると異常と言える程に上がっているが、それでもやはり無理だ。


(ふぅ~……『激健脚』)


 ボゥ……っと自分の足が青白く光る。強化すれば、足だけでも引きちぎれるかもしれない。


「ああ、わかってると思うけど、『職スキル』を使ったところで、それは引きちぎれないよ。魔道具だから……Bランク魔物くらいの腕力が無いと無理だったかな」


 切ろうとしても、どんどん力が抜けていく。魔道具というものを体験したことは少ないが、だいぶこれはマズいのかもしれない。
 だったら、地面に鎖を打ち付けてぶち壊してやる――


「クソッ」


 ガッ、と地面を抉るだけで終わってしまう。なんて頑丈なんだろうか。


(なんという失態……クソッ)


 ギリッと歯を食いしばる。自分の迂闊さを呪う。
 京助の言う通り――彼女は、自分を騙していた。
 彼の忠告を聞かなかったことに対する申しわけなさが自分を襲う。


(京助……すまない)


 とはいえ、後悔ばかりしていても話は始まらない。どうやってこの状況を切り抜けるべきか考えねば。


「ホント、トーコが魔法師じゃなくてよかったよ。それをくれた領主が言ってたけど、腕利きの魔法師だと解いちゃうらしいからね」


 だとするのなら、逆に京助さえ来てくれればこれをどうにかしてくれるということだ。自分で騙されておいて虫のいい話かもしれないが――とにかく時間を稼がないと。


「その領主とは……誰だ?」


「名前言ってもいいけど、どうせトーコはこれから売られて精神も摩耗するくらいのことをされるんだよ? 知る必要も無いと思うけど」


 やれやれ、と肩をすくめるメローは、こちらに何かを投げてきた。
 チャリン! と地面に落ちたそれは、大金貨。


「トーコは、それのために売られるの。お金よ、お金。それがどういう意味か分かる?」


 唐突な問答に、冬子は一瞬「?」と思う。
 しかし、問答で時間を稼げば、京助が間に合うかもしれない。だとするなら、ここで問答をしない理由はあるまい。


「……労働の対価だろう。私を売ることでそれを得る――何の問題がある?」


「ふうん、なんか落ち着いてるね。普通、もっと慌てふためくものだけど」


「慌てふためいてもどうしようもあるまい。私だってどうしようもないということは分かるからな。それに、誰に売られようと、そうそう心までは売らんぞ」


「へぇ……奴隷ってのがどういうものか分かってないの?」


「む?」


 メローはやれやれといったような顔をして、首を振った。


「ま、知らないならそれでいいんじゃない? 奴隷になるって意味を、体に刻み込まれなよ」


「ふん、私はそんな安い女ではないぞ」


 少し強がって見せるとメローは、興味ない、と言った顔で冬子の頭に何かを――匂いからして紅茶のようなもの――をかけてきた。


「あのさ、その態度がムカつくんだよ。普通は慌てふためいて泣きわめく場面じゃないの? ああ、あのBランクAGが助けに来てくれるって思ってるんだ。言っておくけど、ここには少なくともCランクAG並みの人間だっているんだよ? たった一人のBランクAGくらいじゃどうにもならないよ」


 さらに、今度は熱湯のようなものをかけてくる――が、冬子のステータスが高いからか、全く火傷すら負うことは無い。熱さは感じるが。だから、フンと鼻で嗤う。
 それがまたメローの癇に障ったのか、さらに苛立ちを見せた顔になる。


「もういいや。わかったよ。新品って言われてたけど、他の人に売ろう」


 そう言うと、メローは立ち上がって、パチリと指を鳴らした。


「ヤっちゃえ」


 キィと木戸が開き、そこから現れたのは屈強な大男。京助よりも背が高く、筋肉もついている。なかなか、やるということだけは――


「……ん? なんであなたそんなところで突っ立ってるの? ほら、ヤっていいって言ってんだから、早くし――」


 ――どさり、とその男が前のめりに倒れる。気絶……いや、死んで、いる?
 胸が上下しているところから見て、ギリギリ生きているようだ。


「え……ちょっ、な、何が?」


「……やっぱりここにいたんだね。冬子、迎えに来たよ」


「京助!」


 その後ろから現れたのは、気だるげな眼をしている、タバコを咥えた槍使い――京助、だった。
 入ると同時に先ほどの男にトドメを刺す京助。一度、ヒルディを殺しているところを見ているはずなのに――妙に、心臓がざわつく。
 京助は、そんな簡単に人を殺せるのか……? 


「ちょ、誰か! 誰か来なさいよ! 侵入者よ!」


 メローが慌てた声で叫ぶが――しかし、辺りは静まり返ったままだ。


「どうなってんのよ! 誰か、誰か来なさいよ!」


 かなりヒステリックに叫ぶが、もちろん誰も来たりはしない。
 京助はその姿を見て、ポンと手を打った。


「ああ、ごめんね。誰も来ないと思うよ? 全員殺したから」


「はぁっ!? そ、そんなわけないじゃない! この中には、CランクAG並みの強さを持った人も――」


「ふうん」


 京助がそう呟いた瞬間、ゴッ! と部屋の中の圧力が増した。


「ひっ!」


 冬子すら、息を詰まらせる。
 ビリビリと空気が震え、部屋の中が殺気で満ちる。
 そして、スッと京助が腕を上げたと思ったら、そこから巨大な火柱が飛び出て……轟! という音と共に、物凄い熱風が吹き荒れる。


「あのさ、俺今怒ってるんだ。そろそろ静かにしてくれない?」


「何を――グッ!」


 京助が腕を横に振った瞬間、メローが横に吹き飛ばされた。
 物凄い速度で壁にたたきつけられ、ピクリとも動かない。
 ……い、生きているか? アレ。


「冬子、遅くなっちゃったね。怪我はない?」


「あ、ああ……」


 助けられたことは素直にうれしいし、今もすぐにでも抱き着きたいが――それが出来ない理由がある。
 それは――


「そ、その、京助……出来たら、見ないでくれると助かるんだが……」


「え? あ、ああ……その、ごめん」


「い、いや」


 かぁっ、と顔が赤くなるのが分かる。そして、京助の顔が赤くなっていることも。


「ただ、その……鎖が、切れないから。少しだけ我慢して」


「あ、ああ」


 冬子が返事をすると、京助はかなり恥ずかしそうな顔をしてこちらを向くと――一瞬で、鎖を断ち切ってくれた。


「ありがとう、京助」


「うん、どういたしまして。それより――冬子、なんで自分一人で行っちゃったの?」


 ジロリ、と睨まれる。やはり、怒っているというのは嘘ではないらしい。声音が……かなり、苛立っている時のものになっている。


「そ、その……メローが苦しみだして、心配だったから……」


「心配なら、キアラに言うなり、街で治療するなり。そもそも、俺がいなくなった瞬間に痛がりだすなんて不自然でしょ?」


 京助がため息をつきながら言う。その姿は呆れというよりも、怒りを無理に抑えているようなため息だ。
 冬子が自分の剣を受け取ると、立ち上がる。


「体は問題無く動くみたいだ」


「そりゃそうだよ。俺がすぐに追ってきたんだもん。むしろ、あんなに強い薬だったのに、良く目覚めることが出来たね」


「昔から薬の効きづらい体質でな……どうも、こちらの世界でも回復薬とかは効きにくい。難点でしかないと思っていたが、まあこういう時に役に立つんだな」


 自分の拳を握ったり開いたりしながら、冬子が言うと、京助は「ふぅん……」と言って、神器に――ヨハネスに声をかけた。


「どう思う? ヨハネス」


『カカッ! お前と同様の進化が――薬物耐性トイウ形で発現シテイルミタイダナァッ!』


「やっぱりそうか」


「進化?」


 聞きなれない単語だったので冬子は聞き返すが、


「いや、後で説明するよ。今は取りあえず、こいつらのステータスプレートを回収しようか。ある程度のお金になるはずだから。稼げるときに稼いでおかないと」


 京助はそう言って槍を仕舞って、ステータスプレートをメローから取るために彼女に近づく。
 すると、メローが目覚めたのか、「うぅ」と呻いてから、ハタと目を覚ました。


「ん? おかしいな。殺す気で撃ち込んだんだけど」


 少し意外そうな声を出す京助。確かに、京助の一撃を受けて耐えているのは驚いた。というか、京助は殺す気で撃ったのか……。
 そのことに再び言いようのない不安感に襲われつつメローの方を見ると……呆然とした顔で京助の方を見上げていた。その手には、なぜか胸から吊り下げられていたペンダントが握られている。壊れているようだが。 


「嘘……これ、Bランク魔物の魔魂石を使って作った防御ペンダントよ……? これを破壊できるなんて……な、何者……?」


「そんなモノだったんだ。何か防御壁みたいなのが展開してるのは分かってたけど……ただの風弾で壊れたから、てっきり安物かと」


 京助はそう言うと、左の掌に風を集め出した。先ほどのように無造作にではなく、しっかりと風を圧縮されているのが分かる。たぶん、先ほどとは比べ物にならない威力だろう。


「壊さないで、鹵獲すればよかったかもね――それとも、魔力を流したら再び機能するかな」


『カカッ、キアラに言うナリ、キョースケが手を加えるナリスリャア元に戻るとは思うゼ? モットモ、お前が風で防壁を展開した方がよほど強ェダロウガナァ!』


「ま、そうかもね」


 そうして、京助は風の塊を完成させた。先ほどの防御壁も無く、ただの女の子になってしまったメローに、それを防ぐ術はないだろう。そして、先ほどよりも威力が高い攻撃を食らってしまえば、今度こそ彼女は死んでしまうだろう。京助の手によって。
 不思議と、すぐに足が動いた。今にも風の弾を撃とうとしている京助の手を止めようとして。
 ――が、それよりもさらに速くメローは動く。素早く動いて……自らの服を脱いだ。上着を脱ぎ、中の服も脱ぎ、さらに下着まではぎ取ってしまう。
 ギョッとする冬子が何か口を挟むよりも速く、メローは必死な表情で京助に縋りついた。


「お、お願い! 殺さないで! 殺さないで! なんでもする、奴隷にもなる、この体に何をしてもいい! だから、殺さないで! 殺さないでお願い!」


 その眼にありありと浮かんでいるのは、恐怖。死の恐怖を前にした必死さは、誰も何も口をはさめそうにないほどの迫力があった。
 さしもの京助も服を脱がれたことに驚くか――と思ったら、苛立った表情でメローを蹴り飛ばした。


「ぁっ」


「随分と虫のいいことを言うんだね。メロー……だっけ? まあ、本名かどうかは知らないけど」


 裸のメローがまたも縋りつこうとしたところで……京助は、今度は風の弾丸で吹き飛ばす。声音からして、苛立ちが加速していっているらしい。
 京助は――自分では認めようとはしないが――いわゆる「かっこつけ」なので、激情を表に出すことは少ない。声も滅多に荒げない。
 それなのに、


「お前は、俺の仲間を傷つけようとしたんだよ? ――許されるなんて、そんな虫のいいことがあるか!」


 京助が叫んだ。口からタバコが落ちることも気にしないで。
 怒号とともに、京助の周りに炎が舞う。その光景は美しく、一瞬見とれてしまいそうになるが――それは必殺の意思が込められている炎。向けられたものの恐怖はどれほどのものか。
 メローはガクガクと、前を隠すことすら忘れて震えている。裸で南極に放り出されてもアレほど震えないんではなかろうか。


「助……け、て……」


「そう言った人間を、今まで何度見逃した?」


 京助が問うと、メローは飛び上がるようにして京助に向かって訴える。


「ひ、一人も殺してない! 私は! 私は一人も殺してない! 私は攫って奴隷にしていただけ! 本当に、私が手をくだしたことはない! 私は――」


「――奴隷ってことは、他人の自由を奪うってことだ」


 メローの言葉を遮り、轟! と炎が威力を増して京助の周りを巻く。さらに怒りのボルテージが上がったらしい。もはや、近づくことさえ躊躇われるほどの熱さだ。熱すぎて、肌が痛い。熱湯をかけられても火傷一つ負わなかったこの肉体が痛いと感じるなんて。


「自由を奪うってことは――人間の自由を奪うってことは、殺すことに等しい! 他人の尊厳を奪っておいて、生き地獄に放り込んでおいて! 『私は攫って奴隷にしていただけ』? ――ハッ! どこまでおめでたいんだ! 他者の意思を、尊厳を、全てを奪っておいて! それだけのことをして、自分は助けろと!? 何もしていない人たちから全てを奪っておきながら! 悪事をしていた自分だけは見逃せと!? ふざけるのもいい加減にしろッ!!!!!」


 今までにない、怒り。抑えることすらしない、感情の発露。二重に逆鱗に触れられた京助が、ここまで怒るとは。
 ああ――


「もういいよ」


 ――メローは、死ぬ。



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