異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

56話 幸楽亭なう

「さて」


 俺は――何故か――佐野のことを冬子と呼ぶことになったわけだけど、まあそれはそれでいいとして。


「この部屋に三人で入るのは狭いね」


「そう考えると、さっき天川達がいる時は相当な狭さだったんだな……」


 俺と冬子が椅子に座りながら言うと、キアラは笑いながらベッドに腰掛けた。


「まあよいではないか。トーコも部屋がとれたんぢゃろう? 寝る時に狭くなければよいぢゃろう。あ、妾の部屋になら来てもよいぞ? キョースケ」


「キアラの戯言はおいといて」


「すっぱり言い切ったな」


 現在、俺と冬子とキアラは、幸楽亭に戻ってきていた。せっかくとった部屋も勿体なかったし、そもそも壊したテーブルの処理もしてなかったから、仕方がないと言えば仕方がないけど、勇者たちがまた来たらどうしようか。ま、その時は逃げようか。


「で、だ。邪魔が入ったせいで出来てなかったこと……具体的には、俺の目とか、ゴーレムドラゴンを倒した時の力とか、そういうことについて説明するね」


 そう言って、俺は塔に入ってから起きた出来事――ヒルディにされたことや、諸々について説明する。その際に、半魔族になったことも。


「だから、魔族は、そうとうな実力を持ってるかもしれないね」


「なるほど……」


 そう話を締めくくり、冬子の反応を見る。


「どうやら、俺は精神系の魔法とか能力に少し耐性があるみたいで、どうにかなったんだけど……ああいう魅了系の技を使ってくるのと戦うことになったら、対処が大変だね」


「そうぢゃのう。妾も魅了解除の魔法くらい使えるが、その妾自体が魅了されてはどうしようもないからのぅ」


「じゃあ魔族と戦うときは、心を強くもつことが大切なんだな」


「心の強さと比例するんだったら、俺なんかはすぐに魅了されてしまいそうなものだけど」


「お前の心が弱いんだったら、この世界に心が強い人間はいなくなる」


 なんか心外な気がする。
 俺は一つ咳払いをしてから、冬子とキアラを見渡す。


「まあ、そんなわけで。大丈夫? ついてきてくれる? 冬子」


「何を今さら。ああして出てきた以上、お前と共に行くさ」


「そう。で、キアラ」


「なんぢゃ? 妾もともに行くぞ?」


「……それに関しては諦めてるんだけどさ」


 俺は少しため息をつきながら、キアラの方を向く。


「キアラの使える魔法とか、ある程度把握させてくれない? 戦闘も出来るんでしょ?」


 あの時天川に向けた殺意。あれほどの物を出せる人間(神かもしれないけど)が、一切の実力がないなんて思わない。
 キアラが、顎に手を当てて少し考えるしぐさをした後、とんでもないことを言い出した。


「体術以外は、全てぢゃのう」


「は?」


「ぢゃから、魔法で妾に出来んことは基本的に無いんぢゃよ。無論、アマカワの『終焉』や、イガワの『チェンジザワールド』のような、『職魔法』は使えんがのぅ」


 似たようなことは出来るが、と余計な一言を付け加えるキアラ。
 ……なんていうか。


「人間?」


「枝神ぢゃよ」


「化け物じゃなくて?」


「京助、それはお前が言ってはいけないと思うんだが」


 失敬な。


「ということは……魔法系はすべて任せてもいいの?」


「魔族のみに使える闇属性――魅了や、堕落、魔力強奪などの魔法だけは、使えるだけで、魔族には遠く及ばんから、その辺は期待されても困るぞ」


「――その辺は使う機会はそんなにないと思うから大丈夫」


 とはいえ、予想以上。
 むしろ――凄まじい戦力を手に入れたことになる。
 しかし、ヘリアラスさんは一切前に出て戦っていなかった。それはつまり、枝神は積極的に戦ってはいけないとかルールがあるんだろうか。
 気になったからキアラに聞いてみると、少し肩をすくめた。


「そうぢゃのぅ。基本的に、現世において、意思、考えを持つ者――要するに、人族、亜人族、魔族の命を奪ってはならん決まりになっておる。だからまあ、魔物くらいは殺しても構わんが、戦闘は殆どお主らに任せることになるかのぅ」


 やっぱりそういうルールはあるのか。
 となると、今後もしも亜人族や魔族と戦うときは……あまり期待できないか。


「空美の使っていた、回復魔法、使える?」


「なにも無いところから腕をはやすような芸当は出来んが、まあ材料さえあれば即死せん限りはどんな怪我でもたちどころに治すぞ」


「――OK、それさえ聞ければ問題ない」


 戦闘で使えないのは残念だが、まあ支援くらい出来るんだろう。


「エンチャントも余裕?」


「キョースケ、お主がしている程度であればのぅ」


「よし」


 そこまで聞いて、俺は冬子に向き直る。


「じゃ、今度は敵のことについてだけど……まず、これを見て欲しい」


「なんだ? 京助」


 俺は懐から、かなり久々にステータスプレートを取り出す。ちらりと数値を見ると……うお、凄いことになってるね。
 自分のステータスに苦笑いしつつ、それを冬子に見せる。


――――――――――――――――――――――――――――


名 前:清田 京助
『職』:槍術士
職 業:AG
攻 撃:1800
防 御:1200
敏 捷:1800
体 力:1500
魔 力:4000


職スキル:三連突き、飛槍激、飛槍激・二連、飛槍激・三連、ファングランス、投槍突、音速突き、亜音速斬り、音速斬り、砲撃刺突、流水捌き、円捌き


使用魔法:火、水、風


――――――――――――――――――――――――――――――――


 勇者である天川のステータス……正確な数値は覚えていないけど、下手したら、この数値はアイツのそれを越えているのかもしれない。
 特に魔力。尋常じゃないほどの上がり方をしている。


「これ、このステータスの上がり具合は、異常でしょ? ヒルディが言っていた『魔王の血』ってやつのおかげで半魔族になったって言ったけど、もしも完全な魔族化していたら――どれほど強化されるか分からない。そんなドーピングアイテムをアイツらは使えるってことになる」


 回数制限があったり、作るのが難しい物だったら、俺にほいほいと飲ませたりはしないだろう。つまり、量産化されていると考えられる。


「つまり、魔族は俺とか天川並みのステータスを持っている……と仮定するなら、相当マズい相手であることが予想される。実際、ヒルディは勇者全員の猛攻を受けてもなんとかしていたしね」


「ふむ……」


「魔族は、俺に接触してきたところからして、今後も接触があるかもしれないから、その辺は気を付けておいてね」


「分かった」


「了解ぢゃ」


 少し緊張感を滲ませた声音の冬子と、気楽な感じのキアラ。
 俺がヒルディの誘いに乗らなかったことはいずれ向こうの耳にも入るだろう。そうすると『懐柔できない』と判断して、殺しにかかられるかもしれない。
 それに、逆に『魔王の血』を奪うことで、こちらの戦力を増強できるかもしれない。
 基本的に俺は魔族とは関わり合いになりたくないスタンスだけど……まあ、守るものが増えたからね。襲われる可能性について考慮しておくのも悪くない。


「ついでに、亜人族に関しても言いたいところだけど……俺は出会ってないんだよね。冬子は?」


 俺が冬子の方を見ると、少し申し訳なさそうな顔をしてから、首を振った。


「いや……街中で働いている奴隷を見たことはあるが、戦闘をしている亜人族は見たことが無いな」


「そっか。キアラは? 何か知ってるんじゃないの?」


「妾が知っていることは、お主らが現時点で手に入れられる情報と大差ないぞ? 主神様に話せないようにされているのもあるが、単純に妾があまり亜人族と関わりが無かったからあまり知らんのぢゃ」


 キアラなら、何か有益なことを知っているかと思ったけど、残念だね。


「そうなると、亜人族に関する情報が少ないね」


 ヨハネスなら何か知ってるだろうけど、アイツに何かを聞くと、何かこちらも教えなくちゃならない。
 なんとなく、ホントになんとなくだけど……ヨハネスには、なるべく頼らない方がいい気がする。
 今はなんでか話に入ってこないから、取りあえずはいいだろう。


「まあ、仕方あるまい。それで、今後どうするんぢゃ? 魔族と亜人族の情報でも集めて、魔王と覇王を倒しに行くのか?」


 キアラが少し不思議そうな顔をして俺に言うので、俺は肩をすくめてから、フッと笑う。


「冗談よしてよ。そんな面倒なコトしないで、ふつうに行くさ。最終的な目標は今までと変わらず、元の世界に戻る方法を見つけること。そして、当面の目標は、冬子のAG登録と、志村を連れてくること、かな」


「ああ、やはり私はAGになった方がよいのか?」


「うん。やっぱり、なんだかんだ言って身分を証明できるものがあるのと無いのとではえらい違いだからね。今までは王女様がいたから顔パスだったのかもしれないけど、今後はそんなことも無いからね。AGにはなっておかないと。で、キアラは……AG、登録しておく?」


 なんとなく、枝神であるキアラがAGになれるか分からなかったのでキアラに訊くと、キアラも少し含みを持たせたような顔をしてから、首を振った。


「いや、妾は公的な機関に足跡を残さん方がよいのぢゃ。今後、何かマズいことがあったら魔法で誤魔化すつもりぢゃ」


「……チートなほど魔法使えるって便利だよね」


「それよりも、志村とは誰ぢゃ?」


 この中で唯一、志村のことを知らないキアラが、当然のように俺に訊いてくる。むしろ、冬子の話題よりも、先にこのことを話した方が良かったかもしれない。
 とはいえ、志村について話すことは特にないから、俺も少しテキトーに答える。


「俺の友達だよ。FPSとか、ストラテジーが得意で、囲碁とか将棋とかも得意なやつだったからね。頭脳の面では頼りになるよ。それに、冬子も知ってると思うけどアイツの『職』は生産系だからね。異世界人として、身体能力は強化されてるはずだし、異世界人の『職』は戦闘系じゃない方がチートっぷりが凄い。きっと、かなり便利なものも作ってくれるはずだ」


「ほぅ……」


 少し感心したような声を漏らすキアラ。
 まあ、キアラも反対する様子が無いなら、その予定で動こうかな――


「キョースケ、お主は友達がおったんぢゃな」


「俺のことをなんだと思ってるのさ」


 物凄い失礼なことを俺は感心されていた。
 というか、俺だって友達くらいはいる。高校の、今こっちに来ているクラスの中に知り合いが少ないだけだ。


「現に、こっちでも友達はいるし」


「女じゃないぢゃろうな」


「……なんでキアラにそんなこと聞かれてるの、俺は。普通に男だよ。なかなか腕が立つ人でね」


 マルキムの顔を思い浮かべながら、俺はキアラに話す。
 リューの顔や、その他の顔も浮かんだが、一番話すのは彼だから、取りあえずそういうことにしておく。
 ……全員が生きてるわけじゃないしね。


「マルキムって言うんだけど、まあ紹介するよ。じゃあ、そういうことで、今夜は寝ようか。明日のお昼頃出発しよう」


「分かった」


「分かったのぢゃ」


 俺がそう言うと、冬子とキアラは立ち上がって、部屋を出て行った。
 パタン、と閉められた扉を見ながら、俺は風を操って自分の部屋の窓を開ける。
 そして、懐から、というかアイテムボックスから活力煙を取り出し、咥えてから火をつける。


「ふぅ~……さて、と」


 口から出る薄桃色の煙が、夜空に溶けていく。
 部屋の空気の入れ替えをするとともに、外の景色をぼんやりと眺める。


「……久しぶりにマリトンでも弾こうかな」


 俺がアイテムボックスからマリトンを取り出し、さてと構えたところで、


(ヨォ、ナンデソンナ顔シテンダ? キョースケ)


「……ヨハネス、今まで黙ってたのに唐突にどうしたのさ」


(イヤァ、お前らがなんかオレ様に頼る気がナサソウダカラナァ。話しやすいヨウニ黙ってヤッテタンジャネエカ)


「そんな建前はどうでもいいんだよ、ヨハネス。ホントは?」


(……ナンテイウカ、ナァ)


 ヨハネスが、少し歯切れが悪く答える。
 今日会ったばかりだけど、ヨハネスがこんな風な答え方をするようなタイプには見えない。
 俺はマリトンを適当にかき鳴らしながら、ヨハネスが何かを言うのを待つ。


(嫌な予感がスルンダヨ、オレ様)


「奇遇だね、俺もだよ」


 こっちの世界に来てしまった日ほどではないが、嫌な予感がする。
 たぶん、近いうちに何かが起こる。


(ダカラコソ、キョースケ、オマエはオレ様に何も訊かねえノカ?)


「そりゃそうだけど、ヨハネス、お前に何かを尋ねると何かを教えないといけないんでしょ? ……冷静に考えたら、それってすごくマズいんじゃないかな、と思ってね」


(オレ様は、オマエの味方ダゼ?)


「それは疑わないよ」


 ヨハネスの考えは、なんとなくわかる。だから、ヨハネスが裏切ることは無いってことは、知っている。
 そして、ヨハネスを強化することが、俺の強くなる道だってのは分かるんだけど。


「なんで、お前がそんなに知識を欲するのか、って思ってね」


(……ソレハ、マダ言えねえナァ)


「そっか」


 俺はマリトンを鳴らしつつ、苦笑いしてから煙を吐き出す。


「ふぅ~……それは、いつ頃言ってもらえるのかな?」


(キョースケ、オメエガ自分ノコトヲ話す気にナッタラ考エルゼ)


 痛いところをつく。
 それからは、俺は何も言わずにただマリトンを弾いて夜空を眺めていた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 翌日、俺はいつもの時間に目を覚ましてから、伸びをする。
 こっちの世界に来てから、目覚ましなんてモンが無いから、自分で起きるようになった。だからか、最近は凄く目覚めがいい。
 頭を軽く振って眠気を覚ましてから、俺は空中に水塊を浮かべ、それで顔を洗う。


「ふぅ、スッキリしたね」


 ベッドから起き上がり、咥えた活力煙に火をつけ、煙を灰の中いっぱいに吸い込む。
 よく考えたら、そろそろ活力煙も切れる。アンタレスに付いたら、真っ先に買いに行こうかな。
 取りあえず一服してから、いつもの通りトレーニングに出かけようとして――
 コンコン、と部屋がノックされた。


「どちらさん?」


「冬子だ。起きてるか?」


「うん」


 扉まで行くのが若干めんどくさかったけど、だからと言って追い返すのも忍びない。
 俺が立ち上がって、ガチャリと部屋の扉を開ける。


「おはよう、冬子」


「おはよう、京助。お前も朝が早いんだな」


「冬子こそ」


 今の時間は、ほぼ夜明けすぎくらいの時間だ。こちらの世界ではみんな朝が早いが、それでもそこそこ早起きしている方だろう。


「いや……私は、いつもはこんなに早くは起きないんだ。なんとなく、目が覚めてしまってな。お前は、なんでこんなに早く起きたんだ?」


「俺は、いつもの通りトレーニングだよ。朝に筋トレとランニングをするようにしてるんだ。技術的なものは『職』のおかげで身に付いたとしても、体力や筋力はついてるとは限らないからね」


「なるほど、だからあんなに締まった体つきをしていたのか。前までは、文化部にしては引き締まっている、程度だったのに、今は運動部と遜色ない体つきをしてるからな」


「そうかな」


 自分としては、毎日見ている体だから特に違いは分からないんだけど……そうか、しばらくぶりに見た人にとっては、結構変化しているのかもしれない。
 ……って、よく自分で見てみたら、腹筋が見事に六つに割れている。これは確かに変化しているね。まあ、毎日鍛えて、さらにこんなに槍を振り回して入れば、こんな風にもなるか。


「じゃあ、今からそれに行くのか?」


「そのつもり。一緒に行く?」


「ああ、じゃあお供しようか。ついでに、キアラさんも起こすか?」


「いや、いいでしょ。どうせすぐに戻ってくるんだし。じゃ、着替えるから下で待ってて」


「ああ、分かった」


 俺は冬子を部屋から出して、ささっと着替える。と言っても、寝間着から普段着に着替えるだけだけど。


「あ、そうだ。ついでに洗濯してくれるかな、この宿は」


 三毛猫のタンゴじゃ、追加料金を払うと服も何もかも洗ってくれたからね。こっちでもやってくれてるといいんだけど。
 ササッと着替えて、俺は下にいるはずの冬子のところに向かう。


「お待たせ、冬子」


「いや、待っていないぞ?」


「そう? じゃ、行こうか」


 そうして宿屋から出ると、少し朝もやが外にはかかっていた。


「なかなか清々しい朝だね」


「そうだな」


 活力煙を燃やし尽くし、軽くストレッチをする。
 さて、冬子は付いてこられるかな?

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