異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

54話 負けたくない、なう

 キアラさんに、「今からお主に結界を張る。その中でこそこそとガールズトークでもしようではないか」と言われたので、冬子は静かにしておく。


『ほっほっほ。そんなにキョースケはアマカワと仲が悪かったのか?』


 キアラさんの楽しそうな声。そんなにキョースケに興味があるのか。
 そう思うと――認めたくないことではあるが、ライバルが増えるということだ。
 そのことを念頭に置いて、ちらりとキアラさんの恰好を見てみる。
 ……女は顔でも胸でもない。心だ、心意気だ。


『仲が悪かったわけじゃありません。ですが、天川の意見が通るたびに、かなり不服そうな顔をしていました。なぜか、気が合わないみたいなんです』


『そうぢゃろうな。アレは同族嫌悪のようなものぢゃろう』


 そう言って笑うキアラさん。


『同族嫌悪ですか?』


 ちらりと京助を確認すると、なにやらヨハネスと話している。今なら、こちらに興味を持つことも無いだろう。
 それなら遠慮なく聞かせてもらおう。


『そうぢゃ。アマカワとキョースケ――一見、正反対のように見えるが、どちらも主張は同じぢゃろう? 仲間を守りたいと言う。ただ、そこに自己犠牲が含まれるか否か、そしてその仲間の範囲が広いか狭いか、それだけの違いしかないぢゃろう?』


 言われて、考えてみる。
 確かに、京助の主張は「自分も含めて、自分の手の届く範囲の仲間を守る」ということであり、それ以外の人間に対しては割と興味は薄い。
 一方、天川は「自分はいいから、目の前にいる人間すべてを守りたい」だ。それは、強者の義務だとも言っていた。
 どちらがいい、悪いは無いんだろう。だけど、だからこそお互いが相容れないんだろう。


『妾は、キョースケの考え方の方が好きぢゃがのう。現実的で、そして本人なりの信念や考え方を感じられる』


 キアラさんが言い、妖艶な笑みを浮かべる。


『ぢゃから、妾はキョースケのことが好きなんぢゃ』


『……そうですか』


 なんでそうなるんだか。


『同族嫌悪と言っても、根っこの部分はまた別の物から来ているのぢゃろう。それなのに、結果が似ていることになるから、なんとなく嚙み合わんのぢゃろう』


『……協力すればいいのに』


 苦笑しつつため息をつくと、キアラさんはほっほっほ、と笑いだした。


『強情ぢゃろう? キョースケは』


『はい……むちゃくちゃアイツは強情ですね』


 しかも負けず嫌いだ。
 口ではいろいろ言っておきながら、結局は心の中が熱い。
 ……ちょっと、というかかなり鈍いところはあるが。


『あの鈍さはどうにかならないのか』


『トーコ。お主が奥手なのもよくないぞ?』


 ぐうの音も出ない。


『……大和撫子はお淑やかなんです』


『お淑やかなことと、奥手なことはイコールではあるまい。下品な攻め方をするのは確かにお淑やかではないかもしれんが、ただ気持ちを伝えることがお淑やかでないわけではあるまい? それとも何か? お主は告白は男からするもの、金は全部男が払うもの、女は遅刻しようが浮気しようが、全て男が悪いとでも言うのか? それではキョースケもなびかんぢゃろうに』


 どんな悪女だ。
 というか、そんな女がいるものなんだろうか。


『……そんな女、いませんよ』


 冬子が少し呆れ気味に言うと、キアラが「若いのぅ」なんて言いながら肩をすくめた。
 ……京助じゃないけれど、確かにこの行動にはなんとなく苛立つ。


『若い若いって言いますけれど、キアラさんは何歳なんですか?』


 キアラさんは、見た目としてはそんなに歳をとっているようには見えない。せいぜい二十代くらいだろう。もっとも、言動は完全におばさんだが。


『女に年齢を聞くもんではないぞ』


『女同士なんだからいいでしょう』


『女は秘密がある方が魅力的なんぢゃよ』


 どこの峰不○子なんだ。
 相変わらず話していて疲れる。


『というか、話を逸らすでない。お主がアタックせん理由はなんぢゃ?』


『それは……』


 好きになったはいいものの、告白して友達としての関係が壊れるのが怖いから今更言い出せない……とは言えないな。


『まさか、好きになったはいいものの、告白して友達としての関係が壊れるのが怖いから今更言い出せない、とかではないぢゃろうな』


『そんなわけないぢゃないでひゅかっ!』


『……図星を突かれたからって慌て過ぎぢゃろう』


 突かれてない。


「というか、さ」


「え?」


「おや」


『カッカッカ、キョースケ! テメェ腕を上げたナァ!』


 なんと、目の前に京助が立っていた。
 ……き、キアラさんが結界を張っていたのに。


「何をこそこそとしてるのさ」


「女同士の会話に口を出すもんでもないぞ? キョースケよ。女には男に話せぬ秘密がいくらでもあるのぢゃ」


「言っておくけど、秘密のある女の方が魅力的、なんてセリフをほざいていいのは峰○二子その人だけだからね?」


 はぁ、とため息をつく京助。
 ……ど、どこから聞かれていたんだ!? まさか、最後の方が聞かれていたんじゃ……。
 こ、こういう時はさっさと話を逸らして気づかせなくする戦法で!


「きょ、京助! さ、さっきの天川との戦いで見せた、召喚獣というのはなんだ? その、私も使えるのなら使いたいのだが……」


「ああ、アレ? ……アレか。いいよ、その話も含めていろいろ佐野には話すつもりだし。ああ、それと」


 京助は少し、というかかなり不思議そうな顔をしてから、冬子の顔を覗き込んできた。


「なんで、俺のこと京助って呼びだしたの? 前までは普通に苗字で呼んでたよね」


 心底なぜかわからないという顔をする清田。
 冬子はそれを見て、本当にこいつは鈍い……と思いつつも、ちらりとキアラさんを見る。すると、


「ほっほっほ、どうでもいいではないか。妾だってお主のことをキョースケと呼んでおるぢゃろう? 呼び方など関係あるまい」


 ……なんて言いながら、京助の腕に絡みついた。


「ちょっ、離れてください!」


「なんぢゃ? 大和撫子はお淑やかなんぢゃろう? それとも、そんなに大きな声を出して、自分からは何もせずに人さまの恋路の邪魔をするのがお淑やかなのかの?」


「そっ、それは……」


 明らかな挑発。
 ……しかし、キアラさんの言う通りかもしれない。
 人の邪魔ばかりしていても、結局自分から振り向かせようとしなくては意味が無い。
 だったら、精一杯のことをやろう! キアラさんに負けたくない!


「そ! それは……その……ま、前から、名前で呼んでほしかったから……」


 か細い声になってしまった。というか、名前で呼びたかったからじゃなくて、名前で呼んでほしかったからってなんなんだ。関係ない気がする。確かに名前で呼んでほしかったが……
 案の定、京助はキョトンとしている。ああ、穴があったら入りたい……笑われるかもしれない……
 冬子が落ち込んでいると、京助はふうと肩をすくめた。


「それならそうと最初から言ってくれたらよかったのに。俺の名前を下の名前で呼んでアピールする……なんて回りくどいことしないでさ。行こうか、冬子」


「え……」


 あっさりと、本当にあっさりと、京助が「冬子」と呼んでくれた。


「若いのぅ……」


 キアラが後ろで苦笑いしているような雰囲気を醸し出しているが、気にしない。
 冬子は、かなりのルンルン気分で京助の隣を歩くのであった。




~~~~~~~~~~~~~~




「―――――クソッ!」


 ガン! と天川は地面を叩く。すると、地面には大きな穴が開いた。
 天川のステータスのなせる技だ。異世界人の中でも飛び抜けている、天川の尋常ならざるステータスの。
 けれど、清田には通用しなかった。天川のステータスは、スキルは、戦い方は、この世界に来てから積み上げた、経験は、通用しなかった。
 決闘の際の、清田が天川に放った最後のセリフ。


『だからムカつくんだよ、人に頼ろうとばっかりしやがってさ』


 どういう意味かと問うと、言葉通りの意味だ――という、答えになっていない答えが返ってきた。
 だから清田の真意がつかめずに天川が、四つん這いで這いつくばっていると、


「よかったわねぇ、相手があの子で」


 ……ヘリアラスが、いつもの気怠げな表情で近づいてきた。


「……どういう?」


「えぇ……? そんなの、決まっているじゃない。相手があの子じゃ無かったらぁ、アキラがやられた時点で、皆死んでいたのよぉ?」


「――っ!?」


 その言葉を聞いた途端、天川の頭に電流が走る。


(そうだ)


 その通りだ。
 天川は、清田を除けば、異世界人の中でも最高の戦力。
 その天川がやられるということは――他の誰も勝てない、ということだ。


「アキラぁ? アンタがやられるってことは――ただの一兵卒がやられるのとはワケが違うのよぉ? 隊長が、指揮官が、将軍がやられる――それほどの、絶望感を他の皆に与える。自分が倒されるということはぁ、それがそのまま敗北に繋がるかもしれない、ってことを、覚えておきなさいねぇ?」


 天川の両肩に、ずしりと何かがのしかかるような気がした。


「いや、そんなに背負い込むなよ、確かにお前がやられるってなると恐いけどよ」


 のしかかるような気がしたわけじゃなかった、普通に白鷺がのしかかってきていた。


「俺も、清田にやられたけどさ、次は勝つぜ? だって、悔しいからよ」


 屈託の無い笑みを浮かべる白鷺。


「ただまあ、俺らは、正直――清田じゃなくて、お前を頼ってるんだ。そんなお前がすぐに負けてひざをつくようじゃ、確かに困るよな。だからさ、次は勝ってくれよ、大将。ああいや、勇者サマ」


 ヘラヘラとした白鷺だが、その目には、確かな悔しさが宿っている。
 あれ程強い清田に負けたというのに、白鷺は悔しがっていた。


「……ねぇ、明綺羅くん」


 呼心が、そっと天川の頭を抱きしめる。


「悔しくない? 清田君に、叩きのめされて、負けて、その上であんなこと言われて」


 そう言われてから、清田の言葉を思い出すと、腹の底から、マグマが煮えたぎるほどの気持ちがわき上がる。
 悔しい、と。
 悔しい、悔しい、悔しい。
 お前に何が分かる、何が分かる何が分かる何が分かるんだ!!
 ギリッ! と歯を食いしばる。
 そして、悔しい、負けたくない、という気持ちを認めると、今度はいろいろなことが見えてくる。


(そうだ――俺は、みんなを守りたいんだ)


 そう、皆を守りたい。それが天川の第一の願い。
 その目標のためには、なんでもすると思っていた。塔で思い知らされた、自分は弱いと言うことも。だからこそ、誰かに頼ることが強さだとはき違えていた。
 けど、それは違う。逃げていただけだ。
 ヒルディ、清田、ゴーレムドラゴン――圧倒的に強い敵を見て、無意識下に負けを認めていた。けれど、それを認めたくなかったから。
 認めたら、実力で劣っていただけじゃなく、自分の心が負けたことを認めてしまうようだったから。だから、認めたくなかった。


(俺が弱いんだったら、強くなればいい、それだけのことだったのに!!)


 逃げていたからこそ、自分から土俵を降りていたからこそ、悔しさを感じなかった。
 だけど、全てに気づき、認めた今は――もう、他の何も考えられないくらいに、悔しい。
 悔しい、二度と負けたくない。
 清田だけじゃない、他の誰にも。
 皆を、守るために。


「明綺羅君」


「……ああ」


「強く、なろうよ」


「……ああっ!」


 もう負けない、もう逃げない。
 天川は、清田が去っていった方向を向いて、思いっきり息を吸い込む。


「清田ァァァァァァア!!!!! 今に!!! 今に見ていろ!!! 次に出会ったときは!!! お前が!!! 頭を下げてでも戻ってきたいと!!! そう思えるような!!! そう思えるような力を!! 実力を!!! つけてみせる!!!!」


 そしてその時は、もう一度戦う。戦って、清田から認めさせる。
 清田が最後に天川に向けた、目。明らかな失望の目。
 そんなものを、二度とさせない。


「俺の名前は天川明綺羅!! この世界を救う救世主! そして勇者だ!!」


 勇者は、折れない、諦めない、そして負けない。


「俺は二度と! 折れない! 諦めない! そして負けない!」


 絶対に聞こえないと知っておきながら、どうしても叫びたかった。心が叫びたがっていた。
 そうして決意して、やっと前を向ける。


「勇者ってのは、自分で名乗るもんじゃないぜ? 天川」


「ああ、分かっている」


 だから、今になってみせる。
 誰からも、勇者と呼ばれる存在に。




~~~~~~~~~~~~~~




「ふいー……」


 どさっと、テントの中に敷いた布団の上に寝転ぶ。
 こういった、元の世界にしかないような物品は、城にいた生産系のチートを持つ異世界人たちが作ってくれた。
 白鷺たち――魔王、覇王と戦うことを決意した者たちのために。


「あー、くそっ!」


 ――悔しい。
 まさか自分が対人戦で負けるとは思っていなかった。
 白鷺は、自分で言うのもなんだが、それなりの強さのボクサーだ。
 ボクシングを始めた理由はごく単純なもの。中学生の時に、少々トラブルを起こした。自分の学校のやつがヤンキーと思しき人間にカツアゲされていたのを助けたのだ。
 そしたらその中にボクシングジムの息子がいて、そいつの兄貴――今でも憧れだが――が出てきた。
 そして、白鷺はこういわれた。


『うちの弟は、こんなことをしてはいるが、そこそこ鍛えている。それを三対一で倒すとはなかなか見所がある』


 その人は、もうプロのライセンスを持っている、ガチのプロボクサーだった。
 だが、だからこそ喧嘩はしないと言われ、半ば強制的にジムに連れていかれ、スパーリングをすることになった。


『俺に勝ったら、なんでも言うことを聞いてやろう。しかし、負けたらうちのジムに入れ』


 なんでそんなことを――とは思ったが、なんと両腕を縛って、一度でもパンチを当てられたら白鷺の勝ちだと言う。
 舐めやがって――そう思った白鷺は、その勝負を受けた。そして、見事に完敗してしまった。
 人間とは思えないような速度で動く鷲村さんに、掠ることすらできなかった。……ちなみに、鷲村さんはその時すでに日本チャンピオンだった。
 当然のように勝てなかったので、白鷺はジム入りすることになった。
 ほぼ毎日通って、毎日のように鷲村さんに挑戦した。それでも、ただの一度も掠ることすらできなかったけど。


『いいか、常気。お前はもう二度と負けるな。俺以外の誰にも』


 スパーリングをするときに、何度もそう言われていた。
 そして、その度にボコボコにされていた。


「負けるな、か……」


 そう言われてから、確かに負けなかった。あのジムでは、鷲村さん以外には負けたことは無いはずだ。
 なのに、こっちの世界に来てから、清田に負けてしまった。


(さーせん、鷲村さん……負けちまいました)


 苦笑してから、白鷺は布団の上にむくりと起き上がる。


「……まだ、寝てねえよな」


 この時間は、いつも天川のテントでイチャイチャしている時間帯だ。あのエロい姉ちゃんもちゃんとイチャイチャしてるだろう。


「……ちゃんとイチャイチャって変な日本語だな」


 白鷺は少し苦笑してから、テントを出る。
 ここは、近くの森。デネブから少しのところだ。お金がもったいないからと言って、いつも宿には泊まっていない。まあ、大概のことは魔法だの異世界人の作ったものでなんとかなるし、阿辺の結界があれば問題なく夜の番も必要ないからな。
 天川達のテントは、四人で寝るから少し大きい。いつもヘリアラスさんが天川に夜這いを仕掛け、そしてそれを空美とティアー王女が止めるという流れだからだ。
 そして、外で待っていればそろそろ……


「「出て行ってください(まし)!」」


 ポーンと天川のテントから放り出されるヘリアラスさん。相変わらずの展開なようでなにより。
 白鷺はその放り出されたヘリアラスさんに近づく。


「あー、大丈夫ッスか?」


「あらぁ? ……ああ、シラサギね、アンタ。どうしたのかしらぁ? またおっぱい揉ませろ、とか言うのぉ?」


「それは魅力的なんすけど、今はそれじゃないんすよね」


「ふぅん……」


 ヘリアラスさんはいつも通りのけだるげな眼を白鷺に向ける。
 なんか観察されているみたいだなー……と思いつつも、白鷺はヘリアラスさんの手を引いて立たせる。


「別に大したことじゃないんすよ。ちょっと、組手してくれません?」


「それはぁ、稽古をつけてくれってことぉ?」


 ナチュラルに自分が稽古をつける側、においてるな。まあ、その通りなんだけど。
 白鷺はニヤリと笑って、頷く。


「そうっすよ。ちょっとでいいんで」


「……あたし、あんまり運動したくないんだけどなぁ……」


 そう言うと、ヘリアラスさんはクルリと振り返って、伸びをする。なんか、エロいな、伸びをするだけで。


「あんまり長くはヤりたくないからぁ、さっさと済ませるわよぉ?」


「ヤるってヘリアラスさんが言うと、なんか卑猥ッスね」


「……やめてもいいのよぉ?」


「サーセン! オネシャス!」


 ついつい、思ったことを言う癖をやめないと。
 ヘリアラスさんは歩いて、少し開けたところにまで来てから、白鷺に振り返った。


「じゃあ、いつでも来ていいわよぉ?」


 そう言って、構えた。ただそれだけ。
 それなのに、今の白鷺じゃどうあがいても勝てそうにない迫力を見せつけてくる。


(はは……鷲村さんと最初にやりあったときもこんな感じだったっけ)


 ビリビリと、辺りの空気が震えている気がする。
 口元が歪む。なんだかんだ言って、自分は戦闘狂なのかもしれないと白鷺は考えてから、バッと頭を下げる。


「よろしくお願いします!」

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