異世界なう―No freedom,not a human―

逢神天景@小説家になろう

51話 激おこなう

 訳の分からないことを言い出した天川。


「いきなり、何言ってるの? 天川」


「お前の方が……俺よりも強いだろ!? それなのに、なんで他の奴らを守ろうとしない!? 心配じゃないのか、不安じゃないのか!? 俺たちが――異世界人が死ぬことが! 強者なら、弱者を守るのは義務だろ!」


 またその理屈か。
 以前もぶつけて――そして、結論を出さないでいた議論。
 どちらが正しい、とかはないだろう。だが、天川はこれを譲る気はないらしい。


「俺は! みんなを守るために戦った! だけど、今回の塔で足りないと知った! だから、もっと強いお前に来て欲しいんだよ! 俺は、俺は日本人の皆が! クラスメイトが死ぬのは嫌なんだ!!」


 もう半分泣きそうな声で叫ぶ天川。
 佐野も、空美も心配そうに天川を見ているけど……何を心配するのか。
 こんな訳の分からない暴論を放つ奴に、優しい言葉をかける必要なんてない。
 俺は煙を吸い込み……天井に向けて吐き出す。活力煙の煙が部屋の中に充満するのは嫌なので、風魔術で換気しているんだけど、今だけは換気する気が起きない。


「そんなもの、知ったことか」


「なっ……!」


 我ながら、冷たい声だ。なんだか、天川と話しているといつも冷たい声を出している気がする。
 俺は灰皿に活力煙を押し当てて、天川を睨む。


「その程度のことが理由? それなら、誰も戦わせないでお前だけ戦ってなよ、天川。そうじゃなくてみんなを連れて行ったんなら、お前が守ればいいだけでしょ? 俺にそんなものを背負わせないでくれる?」


「き、京助!」


 佐野が口を挟もうとしてきたけど、俺はそれを無視して天川に続ける。


「そもそも、その理屈ならそれこそ俺じゃなくてもいいはずだ。実力者が欲しいなら――俺のランクはBだけど――AランクのAGも、SランクのAGもいる。そういう人たちを雇えばいいだけの話でしょ? 少し金ははるだろうけど、彼らも仕事だから護衛もしてくれるし、なんなら勝手に魔王と覇王を倒してくれるかもしれない」


 SランクのAG……は生憎見たことは無いけど、元Sランカーなら見たことがある。アンタレスのギルドマスターだ。名前は生憎聞いたことは無いけど。
 あの人は……強い。間違いなく。戦っているところを見たことが無いからわからないけど、少なくともこの天川達じゃ勝てないと思う。
 ああいう人たちが、少ないとはいえ、0ではない人数がいるんだ。王族からの支援でそういう人たちを雇うこともできるかもしれない。


「そもそも、本当に守って欲しいんだったら、城から優秀な兵士でも連れてくればよかったんだよ。そうすれば、少なくとも連携とかそういった基本は学べたはずだ。こんな経験のない人間だけで塔だのなんだのに行こうとしているのが間違ってるよ」


 というか、姫まで来ているのに、護衛の一人もいない方がおかしい。この天川達じゃ、たとえステータスは申し分なくても、それ以外の面でどうしようもないんだから、護衛として不十分であることくらいわかるだろうし。


「し、しかし……そんな赤の他人に頼むなんて」


「赤の他人? 俺だって他の連中とは赤の他人だよ。塔に入るまでは殆ど喋ったことなかったんだから。天川だって、地球にいた時は俺と喋ったりなんてしなかったでしょ?」 


「い、今はそんなことは関係ない! お前は! クラスメイトが仮に死んでもいいのかと聞いてるんだ俺は!」


 とうとう、天川がガシャン! ……と、テーブルを壊してしまった。
 それを見て、俺は活力煙をもう一本だして火をつける。


「……灰皿を壊さないでよ。というか、これは俺の私物でも、お前の私物でもなく、この宿屋の物なんだよ?」


 治す魔法もスキルも使えない。キアラならできるかもしれないけど、今ここにキアラはいないからね。まあ、天川に弁償させるとしようか。


「天川の質問に答えようか。――俺はクラスメイトがどうなろうとどうでもいい。友達だけ、仲間だけ守れればどうなってもいいからね。そして、『ただのクラスメイト』は、仲間でも友達でもない。異世界に来たからと言って、唐突に絆が深まるわけでも、仲良くなるわけでもない。まして、信頼関係なんて作れるわけがない」


 灰皿が無いので、俺は咥えていた活力煙を放り投げ、空中で燃やし尽くす。
 そして新しい活力煙を咥えて、また火をつける。


「信頼っていうのは、年月を重ねてできるものだよ。逆に言うなら、こうしてたかだか世界が変わった程度で、態度や扱いが変わるくらいの関係性なんて、信頼も何もない」


「ふざけるな! なんでみんなを守ろうとしないんだ! お前は、皆が死んでもいいと言うのか!?」


「……話を聞いてくれない?」


 相変わらず人の話を聞かない人だ。
 というか、みんなを守りたいと言うのなら、王様からちゃんと護衛とかをついてこさせるべきだっただろうに。


「その……というか、割とマジで疑問なんだけど、なんで城の人たちがついてきてないの?」


 と、思って俺が言うと、空美が少しため息をつきながら肩をすくめた。


「明綺羅君が王国にいる騎士の中で一番強い人に勝っちゃった夜に、阿辺君と難波君が『もうこんなところにいる必要はない。一刻も早く抜け出して塔に行くべきだ』って言いだしてね。その夜に、城の人に無言で抜け出したんだよ。ティアー王女が付いて来たいって言ったから、彼女だけ連れてね」


「なん、だって……?」


 俺は空美の言葉を聞いて、天川を見る。


「……その話は、本当? 天川」


 スッと立ち上がり、天川を見つめる。


「この、何があるか分からない異世界に、自分一人ならまだしも、全員を連れて、飛びだしたっていうこと……?」


「それは……」


 自分でも知らず、風と炎が俺の周りを巻く。
 まるで、俺の怒りに呼応するかのように、それはだんだんと勢いを増していく。


「ねぇ、天川は日本人を――異世界人を守るために戦ったって言ったよね。それなのに、なんの保証もない世界に飛び出したの……?」


 一歩、天川に向かって歩く。
 天川は、ガタン、と椅子を蹴って立ち上がり、一歩後ずさる。


「そ、それは……」


「ねぇ、なんで……? 言ってよ、俺の仲間を危険にさらした理由を」


「お、おい! 京助! 私だって、いや、一緒に付いてきたみんなは、自分の意思で来たんだ! 決して天川のせいじゃない!」


「そうだよ、清田君。明綺羅君だけのせいじゃない」


 二人に宥められるが、それでも俺は収まらない。


「けど、それが早計な判断だってことは、天川だけじゃなくてみんなも分かるよね? 天川、みんなを守りたいって言うなら、そこはちゃんととどめるべきだったはずだった」


 早計とか、そういう問題じゃない。
 俺は、城から追い出された。だから、仕方なくこの世界に出た。そして、決して一人ではないけど、まあそれなりにやってきた。
 先輩であるマルキムに教えてもらいつつ、クエストとかをこなして、この世界の常識や知識なんかを教わった。
 そうやって割と必死にこの世界のことを勉強して、ここまでやってきているんだ。
 なのに、そんな無責任なことをして、準備不足の状態でこの世界に足を踏み入れていたのか。
 ありえない。


「俺は、城から出た。その時点で、お前らに何かを言う資格はない。けど……そんなに考え無しだとは思ってなかった」


 轟! と、俺の意思を離れて風が巻く。
 その光景に、全員がじりっと後ずさりをする。
 天川と空美は身をすくませ、佐野だけはその状態でも剣に手をかけた。
 ……この時点で、いろいろとお察しだよ。


「もう、そんな奴らのところに佐野は心配でおいていけない。佐野、俺はお前の意思を尊重するつもりだったけど――ごめん、ちょっとこんなところに置いておくのは無理だ」


 仲間が、俺の友達が、俺の知らないところで死ぬ。そんなの、俺には耐えられない。
 できたら、このまま一度城に戻るなりなんなりして、志村も回収したいところだけど、今は佐野だけだ。


「異論は挟ませない。佐野も含めてね。……どうしてもこいつらと一緒にいたいっていうなら、俺のところから逃げ出してね」


 自分でも身勝手なことを言っていることは自覚しているけど、この状況で佐野を置いていくことは俺が許せない。
 甘く見てた。天川たちと一緒にいる方が安全だと思ってた。それと、自分のことに必死過ぎて、殆ど何も考えてなかった。1人旅にワクワクしていたあの頃の自分を殴り倒したい。……今の俺に殴られたら、当時の俺は死ぬな。やめておこう。


「し、しかし……きょ、京助。お前が天川達と――みんなと一緒に行けばいいだけの話じゃないのか?」


「何度も言うけど、このパーティで佐野以外の人間に信用が置けない」


 特に阿辺と難波。アイツら、何かしでかしそうで怖い。
 怖いというか……面倒事に巻き込まれたり、寝首を掻かれそうだ。
 だから、嫌なんだよ。


「き、キアラさんは……」


 佐野が声を震わせながら、そう言う。
 確かに、キアラは俺の中でも懸念事項だけど――


「――アレは俺の実力で排除することができないから、やむを得ず諦めているだけ。話を聞く限り、俺の機嫌を損ねない方がキアラの益にもなるみたいだし……それに、だからこそ佐野を連れて行きたいってところもある。二人なら、キアラも何とかできそうだし」


 二人がかりで警戒していれば、そうそう寝首を掻かれることもないだろうし、そもそも、ヨハネスは不眠不休だ。アイツが警戒してくれることだろう。
 ヨハネスに信用がおけるかどうかにしては、俺とアイツは何かがリンクしているようで……だいたい、考えていることが俺に伝わってくる。その感情に間違いがなければ、ヨハネスは信用していてもまず大丈夫だ。


「だから、悪いけど佐野は連れて行くよ。俺の身勝手だから、お前らが恨むのは勝手だけど――」


「――ふざけるなぁ!!!」


「――このまま行かせてもらう、って嘘だろ……?」


 いきなり、部屋の中に勇者どもが勢ぞろいした。
 人口密度がやばい。天川がさっきテーブルを壊してなかったら、絶対に足の踏み場が無かった。
 というか、どうやって入ってきた?


「……俺のテレポートを甘く見るなよ? 清田」


「僕だって、あの程度の遮音結界で中の情報を読み取れなくなるとでも? 攻撃の魔法に関しては君の方が上だろうけど、それ以外に関しては僕の方が上手みたいだね」


「へぇ……これだからチートどもは……」


 加藤が俺たちの会話を盗み聞きして、井川の力で入り込んできたってところか。というか、狭い狭い。


(……ヨハネス、分からなかったの?)


(聞かれてることは分カッテイタガ、マサカツッコンデクルトハナァ)


(……聞かれてることが分かってるなら、言ってくれてもいいんじゃない?)


(何言ッテヤガル。お前ダッテ気ヅイテタダロウガ)


 うーん……言われてみれば、確かに気づいていたかもしれない。聞かれてマズい会話をするつもりが無かったから、自分でも無意識に気にしないようにしていたのかもしれない。


「……狭い。井川、どっか手ごろな場所に転移できない?」


「俺はこの辺の地理に明るくないんだ。座標を指定してくれ」


「……じゃあ、メートルで言っていい?」


「構わんぞ」


 俺は頭の中でこの街の地図を思い出して……うん、あそこなら大丈夫かな。


「じゃあ、この扉を背にして、右に900メートル、前に500メートルで、空中に15メートルお願い。……みんな15メートル上空から放り出されても大丈夫でしょ?」


 俺が、全員を部屋が狭いながら見渡すと、みんな頷いた。
 ……こんな会話が普通に交わされる辺り、みんなだいぶ異世界に染まってるね。


「では、行くぞ」


 ふおん……と妙な浮遊感の後に、空中に放り出された。
 俺は『天駆』の魔術を使い、空中で体勢を立て直し、ついでに佐野の足元にも風で足場を作る。


「……こ、これは?」


「まあ、気にしないで」


 佐野も別にこのくらいの高さで落ちたくらいじゃ特に何もないと思うけどね。
 俺と佐野はゆっくりと降りて、辺りを見渡す。
 ここは、この街に来てすぐ、マリトンを弾いて小銭をもらえた場所。
 それなりに人はいるかと思ったけど――うん、少ないね。というか、いない。
 そして、ここには結界が薄く張られているのが分かる。これは……見たことないけど、たぶん、


「……人払い、の結界かな」


 キアラの仕業だろうね、こんなことができるのは。
 魔力の流れを『視』ると……向こうの方に続いている。
 うん、たぶんキアラだろう。


「さて、誰かさんが手際よく準備してくれているみたいだけど、ここなら存分に話し合いが出来るね。……まあ、話し合う気なんてないけど」


 俺は風を視に纏い、そのまま暴風とともにさらに上空へ上がっていく。


「ひゃっ、ちょっ、き、京助!?」


「ああ、ごめんね佐野」


 佐野を横抱きにして、俺は足にさらに風を巻く。足を一歩踏み締め、さらに上空へ飛び上がる。
 ……神器を発動すれば、魔力が切れる心配はない。このまま、アンタレスまで走り抜けられるかな。


「さっ! せるっ! かぁぁぉあぁっァァァっァァァっァぁあああああああああああああ! おっあらっしゃい!!!!!!!!!」


 阿辺の絶叫が響き渡った瞬間、俺はゴチンと頭をぶつけてしまった。……目の前に、結界かな? これは。


「この程度で俺を邪魔できるとでも?」


 早かったね、キアラから習ったことが役に立つのが。
 俺は目の前の結界の魔力の流れを『視』て、元を見て、それを断つ。神器で無理やり食い散らかしてもよかったけど、それだと
 パキィインとガラスが割れるような音がして、結界が砕ける。


「飛ばすか――」


「落ち着いて話を聞け」


 ひゅん、と浮遊感がもう一度あったかと思うと、いつの間にか地上に転移させられていた。転移ってことは、井川の仕業か。
 ……異世界人チートは凄いね、こうも俺が逃げるのを邪魔されるとは。


「あー……まあ、落ち着けって、清田。ちょっと話をするくらいいいだろ? な?」


 白鷺が、俺の肩を叩いて肩をすくめる。


「俺は、加藤とかと違ってあんまり話を聞いてなかったからよ。もうちょっと話を聞かせてくれよ」


 苦笑い気味の白鷺に、毒気を抜かれてしまい、俺は取りあえず風をおさめる。


「きょ、京助……その、だな。さすがに逃げるのは……」


「まあ、逃げ切るのも難しそうだしね……」


 嘆息。実際問題として、この場で神器を解放して魔昇華でもすれば力技で突破することも能うかもしれないけど……失敗したとき、さらに悪い状況になりそうなのでやめておく。
 改めて、全員に向き直り、俺は活力煙に火をつける。


「歩きたばこはよくないぞ、清田」


「歩いてないからいいでしょ。それに、タバコじゃない」


 ふぅ~……と煙を吐き出して、一度落ち着く。


(さて、どうすべきか)


 まあ、こうなった以上全員を納得させるしかないんだけど、


「テメェ、清田!」


 ――こうして、俺の胸ぐらを掴んでくる阿辺に、理屈が通じるとは思えないんだよね。


「お、おい、やめろ阿辺」


「うるせえ! なんでこんな奴なんかに気を使うんだよ! 天川! 連れて行きたいなら無理やり連れて行けばいいだろ! 俺は連れて行く必要を感じねぇけどな!」


 俺を連れて行く必要はない? なら、何をそんなに怒っているんだろう。


「おい、阿辺。いったい何を」


「おい清田! なんで嫌がる佐野さんを無理やり連れて行こうとしてるんだ! テメエみたいな奴と一緒にいたいわけがねえだろうが! 佐野さんが!」


「は?」


 なにやら訳の分からないことを言っている阿辺。まあ、彼が支離滅裂なのは今に始まったことじゃないけど。
 俺も、他の周りの皆もポカンとしている中、相変わらず空気の読めていない阿辺が叫ぶ。


「お前みたいな奴と一緒に行きたくないに決まってる! そうだろ? 佐野さん!」


 阿辺の矛先が佐野に向くけど、佐野は「何を言っているんだこいつ」という表情のまま変わらない。
 ……まあ、そうだろうね。


「絶対に、そんなわけない! なあ、そうだろ?」


 俺を振りほどいて、今度は佐野の両肩を掴みに行く。
 しかし、その手を佐野はパシン! と払った。


「え……」


「すまない、みんな。私は、清田に付いていこうと思う」


「なっ……」


「「「えっ……」」」


 みんながポカンとしている中、佐野は俺の方へと歩いてくる。


「いいの?」


 さしもの天川も、佐野本人が行くと言うと、納得せざるを得ないのか、何も言わずに見守っている。


「ああ。……私なりに考えた、というわけでもないが、お前が一緒に行きたくないんだろう? だが、私もお前を一人で送り出すのは心配だ。だから私も一緒にいってやる。感謝するんだな!」


 少し照れたのか、最後はかなり早口になりつつ佐野が俺の方へ歩いてきてから、異世界人どもの方を向いてから頭を下げた。


「途中で離脱してしまって、すまない。しかし、私は京助が心配でな……その、もし何かあったらすぐに助けに行く。その時は京助も無理やり引っ張っていくからな!」


「そうか……」


「うーん……なら仕方ないな……」


「まあ、仕方ないのか?」


「無理やりじゃねーんならいいんじゃねえの?」


「すまない……」


 やれやれ、なんだか丸く収まりそうだね。
 ……俺が抜けることに関しては納得してるのかな。天川がさっきから何も言ってこないけど。
 もっとも、こうして抜け出せそうな雰囲気を見逃すわけにはいかない。
 俺はこの空気のまま抜け出そうとして――


「ふざけんな!」


 ――阿辺が怒鳴った。


「佐野さんがそんなことを思うはずがない! ……まさか、そうか! 清田! 佐野さんを脅してるんだな!? そうだ、そうに違いない! ふざけやがって……!」


「お、おい、阿辺、落ち着けよ」


 難波が阿辺の後ろから肩を叩くが、「うるせえ!」とその腕を振り払った。


「……何が言いたいの? 阿辺」


 みんながうんざりしている中、ここまで騒げるのは驚嘆に値する。
 俺がそう思いながら訊くと、阿辺は俺に指を突き付けて言い放った。


「俺と決闘だ!」

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