異世界なう―No freedom,not a human―
消えたあの日わず
これは、ギギギとの戦いから数日経ったある日のこと――
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ある日の午後。俺は今日の分のクエストを終え、時間つぶしにマルキムから教えてもらった酒場で、喧騒を楽しんでいた。
異世界に来てからこうした場所へ来ることも増えたけど、未だに酒は飲まない。
(どうにも……お酒を飲んでいる酔っ払いが見苦しいと思ってしまう)
なんというか……こういう場所で弾けられないんだよね。ある種、ノリが悪いと言ってもいいかもしれない。
とはいえ、こういう場で静かに飲みたいというのも野暮だ。空気が読めないと言われてしまう。
喧騒に身を任せながら活力煙を吹かす――それも悪くない楽しみ方だって、マルキムも言っていたしね。
「よう、キョースケ。今日はもう上がりなのか?」
俺がいつものを頼んで一息ついていると、青い鎧をつけた、とある青年が話しかけてきた。優し気な風貌だが、金髪と、耳につけているピアスのせいで、一見チャラそうな印象を受ける。
しかし、持っている剣はよく手入れがされていて、170センチくらいしかない小柄な彼だが、鋭い目つきと相まって、実力があることが分かる。
「やあ、クライル」
クライルは、俺がこちらに来て間もない頃に、一緒にパーティを組んで、護衛依頼を受けたCランクのAGだ。
以前はCランクのチームを組んでいたんだけど、その時に襲ってきた魔物のせいで仲間を失ってしまい、現在はソロで活動しているらしい。
マルキムと同じで、面倒見がいい人だ。そのせいか、よくいろいろ教えてくれる。具体的には、ソロでやりやすいクエストを教えてくれたり、マル秘情報とかを教えてくれたり。
「しけた面してるな。今日はクエストがダメだったのか?」
「いいや。ちょっと考え事をしていてね。ちなみに、今日の稼ぎは大金貨一枚」
「……相変わらず魔魂石をとるのが上手いんだな、お前は。マリルが言ってたぞ? お前のおかげでアンタレスのAGギルドは、本部に魔魂石を納める数が跳ね上がっていて、近々監査が入るとかなんとか」
「……不正してないか、ってことか。うーん、少し迷惑をかけているのかもね。自前で他の人に売ろうかな」
「お、だったら俺に売ってくれよ。最近武器がちと物足りなくなってきてな。切れ味だけじゃなくて、別の物も付与してもらおうと思ってよ」
「ああ、血のりがついても切れ味が落ちにくくなる付与だっけ」
最近、ヘルミナが新しい技(?)を覚えたらしく、彼女の店が大繁盛しているんだとか。なんでも、今までの切れ味強化だけではなくて、手入れの回数を減らしたりできるらしい。
「だけど今日の分は売っちゃったし」
「じゃあまた今度でいいさ。Cランクの魔魂石とか手に入れたら頼むぜ」
「いいよ。……それにしても、今日はえらくご機嫌だね。何かあったの?」
俺の席に着いて、多少鼻歌混じりでエールを注文するクライルに、少し苦笑交じりで尋ねてみる。すると、途端にクライルがパァッ! と花が咲いたかのような笑顔を向けてきた。
「ああ! 聞いてくれよ! 今度俺に子供が生まれるんだ!」
なるほど、この浮かれようはそれか。だから、いつもの安酒じゃなくて今日はエールなんだね。
「へぇ! それは凄い。おめでとう、クライル」
彼が結婚していたのは知っていたけど、まさか子供が生まれるとは。というか、やっぱりこっちの世界でも子供は生まれるんだなぁ……と当り前のことを思ってしまう。
「ああ。ありがとよ! キョースケ。いやぁ、子供はいいもんだな。なんていうかこう……頑張ろうって気になれる。親になるって、こんな感じなんだな」
「俺はまだ子供どころか、彼女すらいないけど……それでも、なんとなくわかるよ。守りたいものがあると、生活の張りが違うって俺の父親も言っていたからさ」
「その通りだなぁ」
クライルは、そう言いながら、グイッと酒をあおる。いい飲みっぷりだけど、今日は大分ペースが早いね。もう三杯目だ。
「あんまり飲み過ぎないようにね? 明日に響くよ」
「――大丈夫さ。明日は嫁さんが実家から帰ってくる日だからな。薬草採取のクエストくらいしか受けるつもりはないからよ」
「そうなんだ」
「それに」
ゴソゴソと、懐から何か、小箱を取り出すクライル。
「こうして、目的の物も買えたからな。しばらくはリスクの少ない仕事をするさ。……ぷはーっ! もう一杯!」
俺はクライルの飲みっぷりに少し刺激されて、ジュースをもう一杯頼む。おつまみも追加……ああいや、一度してみたかったことがある。
「ねぇ、クライル。今、このお店に何人くらいいると思う?」
「あん? なんだ唐突に。……そうさな、ざっと数えて20人くらいか?」
「知り合いはいる?」
「まあ、この街のAGなんか殆ど顔見知りみたいなもんだよ。特に、俺はCランクAGだからな。いろんなクエストに顔を出している。自慢じゃないが、BランクAGのお前よりも顔が売れている自信はあるぜ」
そりゃまあ、君はベテランだからね、クライル。俺みたいなぽっと出AGとはワケが違う。
俺はそれを聞いてから、がたりと立ち上がり、懐から大金貨を一枚取り出す。
「ねえ、店員さん。このお金でここにいる全員にエールを配ってくれない?」
エールはそんなに値段はしない。だから、大金貨一枚で足りるはずだ。
……足りなかったときが困るから、もう一枚渡しておこう。
店員さんはすこしキョトンとした後……今までの俺たちの会話を聞いていたんだろう。すぐ気づいてくれて、急いでこのお店にいる人全員にエールを配ってくれた。
「な、何してるんだ? キョースケ」
至る所で聞こえる「あちらのお客様からです」という声。うん、人生で一度は言ってみたい――ああいや、言われてみたいに入るのかな?――セリフランキングでも上位入賞間違いなしのセリフが聞けて、俺は満足だよ。
そして全員にいきわたったところで――エールをもらった人は必然的に俺の方を見ていたから――俺は立ち上がり、全員に声が届くように大きな声を出す。
「唐突にごめんね。俺はキョースケ。BランクAGだ。実は今度、ここにいるクライルに子供が生まれるらしい。だから、少し祝ってあげたいんだけど……一人で祝うのも味気ないでしょ? クライルのことは、たぶんみんな一度は聞いたことがあると思う。その彼が今度一児の父になるんだ。めでたいだろう?」
俺が言うと、いたるところで「マジか!」とか「おめでとうございます!」なんて声が飛んでくる。
クライルは、少し照れくさそうに「お、おいキョースケ、やめろよ!」とか言っているけど……無視。
「だから、みんなほんの少しだけでいいから、彼を祝ってほしい。では……父親になるクライルを祝って。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
カチン! カチン! とグラスが打ち付けられる音が響く。それと同時に、いろんな人がクライルの周りに集まってきて、祝福の言葉を投げかけている。
「お、おい! キョース……お前ら、ちょっ、やめっ! 変なとこさわんなこら!」
「何言ってるか分からないよ、クライル。ああ、お礼はまた今度でいいよ?」
「てめっ! お、覚えてろよ!」
クライルが祝福半分、妬み半分で皆からもみくちゃにされている光景を見て、思う。
こういうことができるようになったと思うと――異世界での生活も、悪くないのかもしれないね。
~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日、俺はいつものようにギルドへ行こうと、宿からでた。
「ん……なんか雨が降りそうな天気だね」
どんよりとした曇天。なんていうか、今にも降りだしそうだ。
軽いクエストにして、今日早く帰ってきた方がよさそうだね。
そう思いながら、クエストの欄を見ていると……
「んー?」
注意喚起の張り紙が張られている。どうやら、Bランク相当と思われる魔物が付近に出たようだ。目撃したのは一体らしいが、複数体出てくる可能性もあるとのこと。
「厳重注意、か……マルキムと見つけたほうがいいかもしれないね」
現状、アンタレスのギルドでBランク魔物に対応できるのは俺とマルキムだけ。この前の戦いでマルキムはBランク魔物複数も難なく倒せることが分かってるけど――いくらなんでも、偶然出会って対処するという方法じゃ、確実性にかける。
たぶん、彼も俺の魔力を『視』る目のように、魔物をある程度感知することは出来るんだろうけど……そもそも、この知らせを見てない可能性がある。
「というわけで、マルキムを知らない? マリルさん」
「今日は、確か別の街に行っているはずですよ。昨日、護衛依頼を受けていらしたようですから」
「そうなんだ」
ということは、帰ってくるのは早くても今夜とかだろうし、しばらくは俺しかBランクがいないのか。
(一体ならなんとかなるけど、複数体現れたらかなりきついしね……)
実際、ギギギとの戦いじゃギリギリだった。魔物の生態は勉強しているけど、そもそもこの世界の人間でも分かっていない部分が大きい。魔物の幼体が存在する個体としない個体があるし、子供を産むのか卵生なのか分からないし……繁殖するかもわからない。
だから、複数体になっているかどうかが分からない以上、俺単独で挑むのは早計だと思われる。
「明らかに一体だけしかいなければ、特に問題ないんだけどね」
積極的に探さず、見つけたら討伐って感じでいいだろう。もっと詳しくわかれば、討伐隊が組まれるかもしれないし――
「――あ、調査系のクエストが出ているかも」
マリルによると、今回のBランク魔物の情報は、あくまで民間人である商人が見つけて、ギルドに報告してきたらしい。
その商人は――詳しくは教えてくれなかったけど――昔、AGをやっていた人で、しかもCランクになっていた実力者。その人がもたらした情報ということで、信憑性が高いと判断され、今回注意喚起の張り紙が張られたらしい。
だけど――この商人が、肝心の特徴を上手く伝えてくれなかったらしい。どうも、慌てて逃げかえってしまったために、その魔物の特徴を把握できなかったとのことだ。
「だから魔物の情報を持ち帰るだけの――クエスト、これは持っていかれてるね……」
じゃあ仕方ない。普通に討伐系のクエストを受けよう。
俺はテキトーに……選ぼうと思ったけど、どうやら討伐系のクエストが今日は少ないようだ。
じゃあしょうがない、俺は採取のクエストを受けることに決めて、マリルのところへ持っていく。
「そうだ、マリルさん。クライルは今日、どんなクエストを受けたか知ってる?」
「クライルさん、ですか。クライルさんなら……ああ、この辺りで出たBランク魔物の調査のクエストを受けていかれました。クライルさんくらいの実力者が調査をしてくれるということだったので、私たちも安心してお任せできます」
そう言ってマリルが笑った瞬間、ゾッ! と、俺の背を冷たいものが通り過ぎて行った。
これは……
「――そ、そうなんだ。じゃあ、俺はもう行くね」
「はい」
背を駆け抜けていったあの感覚、俺は覚えがある。
アレは――この世界に来た時と同じ。嫌な感覚。
(まさかとは思うけどね)
凄く、嫌な予感がする。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「さて、とはいえどうしようもないんだけど」
俺は目撃証言があった、場所の近くまでやってきていた。もしもクライルがいるんだとしたらこの付近のはずだけど……
取りあえず、その魔物を探してみようか。
「ん……」
魔力を『視』る目を発動して、周りを確認する。俺の目も大分よくはなったけど……
「少なくとも、近くにはいないみたいだね……」
思い過ごしならいいんだけど。
一旦魔物を探すのはやめて、俺は、槍を構えつつ、採取クエストを達成するために、薬草とかを採取しに行く。
今回のクエストで採取を依頼されているのは、無明の薬草。魔物の目を潰すための魔法薬を作る材料になるらしい。確か、魔法師ギルドの依頼だったかな。
こういう依頼は簡単なようで、実は意外と難しい。採取の依頼は、ちゃんと薬草とかに関する知識がないと達成不可能だからだ。
俺も……こうして、採取の依頼をこなせるようになったのは、つい最近のことだった。
「ああ、やっと見つけた。まったく、本当に採取のクエストは時間がかかるね……」
時給換算すると、討伐系のクエストに比べると凄く効率が悪い。ただ、戦闘はそこまでしなくてすむから、一長一短かもね。少なくとも、死の危険と隣り合わせになることは少ない。
少ないけれど……
「こうして、襲いかかってくる魔物はいるんだよねぇ」
「キキィッ!」
俺は、後ろから襲いかかってきたホーンゴブリンの攻撃を躱し、ズシャッ! っという、肉を断つ音と同時に、首を飛ばした。
そして、魔力を『視』る目で、魔魂石の位置を探り、魔魂石を取り出す。
……Fランク魔物の魔魂石じゃ、流石に足りないよね、付与に使うには。
「クライルに売れば、普通に売るよりもいい値段になるだろうからね」
こちらの世界に来てから、つくづくお金にこだわるようになったな、と思う。もっとも、他に信用できるものが少ないからっていうのはあるけど……
「これなら、佐野と志村と一緒に来るべきだったかな」
あの二人を無理やり連れてくる方法が分からなかったっていうのもあるけど、一番は、全員がいる方に残しておいた方が安全だと思っていたからだ。
今の俺のように――信用できるものが自分と金だけ、なんて状況に俺のわがままで放り込むっていうのは、良くないだろうしね。
「マルキムとか、リューとか、知り合いも増えたし、放り出されてすぐよりはまだ状況はマシなんだけど」
俺は薬草を摘みながら、そんな益体もないことを思う。
その二人だけではなく、クライルや、マリルなんかもいる。
アンタレスなら、そうピリピリしなくてもいい。
「……もしも、二人と会えたら、今なら連れていけるかもね」
まあ、彼らが一緒に来てくれるなら、だけど。
なんて考えながら、俺が魔力を『視』る目で辺りを警戒していると、ふと、目の端に大きな魔力が映った。
それに加えて、今にも消えそうな魔力も。
「ッ!」
咄嗟に、駆けだす。善人になるつもりはないけれど、さっき感じた嫌な予感が、どんどん膨れ上がってくる。
「まさか……」
いつの間にか雨が降ってきた。しかし、そんなことはお構いなく、俺は全力で、夜の槍を構えて魔力の方向へ急ぐ。
すると……そこでは、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「クライル!」
「きょ、キョースケ、か……?」
右腕はもう無く、武器は砕けている。
足も変な方向に曲がっているし、木にもたれかかっている姿からは、生気が感じられない。
……これは。
「へ、へへ……ドジっちまったよ」
「喋らないでいいから」
俺はありったけの回復薬をクライルに振りかけるが……もはや意味を成しているようには思えない。
(回復系の魔法が使えたら……)
無いものねだりをしていても仕方がない。取りあえず止血を……そう思って、懐から布を出して傷口に当てようとすると、クライルにそれを止められた。
「もう……俺は、助からない……」
「喋らないで、クライル。今からアンタレスの回復魔法を使える人のところへ――」
「いい、んだ……これを……」
そう言って、クライルが俺に何かを手渡してきた。
これは……
「今日……の、午後……嫁さんが、アンタレスに戻ってくるんだ……その時、AGギルドに来るように言ってある……これ……を……渡して……くれ……」
彼から手渡されたのは、昨日の小箱。中には……指輪が入っている。
「実は……な、今日、嫁さんの……誕生日なんだよ……だから、この指輪を……」
「クライル、喋らないで。傷口が広がる」
俺が必死に血止めをしようとしていても、クライルはお構いなくしゃべる。
「それと……魔物は、Bランク。クローベアーだ……俺が、片手は斬ってやったぜ、へへへ……」
「もう、喋るなって……!」
魔物名前を言った瞬間、クライルは――認めたくないけれど――最後の力を振り絞るようにして、俺の手を握った。
「アイツは、昔俺のチームの仲間を殺した奴だ……ッ! 頼む、キョースケ、お前なら、お前なら、勝てるはずだ……ッ! 仇を、仇をとってくれ……ッ! ガハッ!」
そこまで言って、せき込むと同時に、血の塊を吐き出す。
「クライルっ!」
「へへ……くそっ……自分の子供っていうのを、この手に抱いてみたかったなぁ……」
もう、目が焦点を結んでいない。虚空を見上げたクライルは、ふふふ、と笑いだした。
「んだよ、お前ら迎えに来てくれたのか……悪いな。今、行くぜ……」
ふっ、とクライルの手から力が抜ける。
ずっと発動していた、魔力を『視』る目で見ても……クライルからは、魔力を感じることが出来なくなってしまった。
「…………」
俺は、彼から受け取った小箱をアイテムボックスに仕舞い、彼の目を閉じる。
「……別に、クライルを凄い信頼していたわけでも、仲間だったわけでもないよ」
ギシリ、と握りしめた槍から、軋む音が聞こえる。
「けどさ――友達、ではあったと思う。じゃなきゃ、こんな気持ちにはならないだろうから」
そして、クルリと槍をまわし、辺りを見回す。
「何が言いたいかっていうとさ――俺、今かなりキレてるんだよね」
魔力を『視』る目で見まわす。さっき、クライルが倒されてからすぐに駆け付けたから、そう遠くへは行っていないはずだ。
俺はこれ以上ないくらいに真剣に辺りの気配を探る。
「ははは……最初から、こうして探しておけばよかった」
心のどこかで楽観視していた。
クライルだって、Cランク。まさかやられるとは思っていなかった。
「……あ」
視界の端に、先ほどと俺が感じた魔力と同じくらいの大きさの魔力を発見した。
それはそんなに素早い速度では動いていない。
「これならすぐに見えてくる……」
そして、辺りの木々が数本薙ぎ倒されている所に出た。
その中心にいるのは――片手の無い、クローベアー。
クライルの、仇だ。
「――ッ!」
それを見た瞬間、俺の頭の中で何かが弾ける音がした。
「ああああああああああ!!!!!」
叫び、クローベアーに駆ける。
ハッと我に返った時――俺は血まみれになり、右手に魔魂石を持ちながら、雨の中で立ち尽くしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「すみません、クライルの奥さんですか?」
ギルドで待っていると、何故か槍を持った、黒髪の……少年と言ってもいいくらいの、槍を持った若い子が話しかけてきた。
「はい、そうですけど……」
彼女は、重いお腹を持ち上げ、目の前の少年の顔を覗き込む。やはり、知らない顔だ。彼女がこの街から離れる前には、いなかったと思う。
ただ……なぜか、彼の顔は、とても深い悲しみの色で彩られていた。
「ごめんね、これ、クライルから」
彼は、懐から一つの小箱を取り出しました。
「え、あ、ありがとうございます……それで、貴方は?」
そう、彼女が尋ねた瞬間、少年の顔が僅かに歪んだのが見えた。
その表情を見た刹那、彼女は悟ってしまった。
「あ、その……」
声が震える。最悪の想像が、浮かんでは消えていく。
それでも、聞かなくてはならない。ここで勇気を振り絞らなくてはならない。
「クライルは……どこに、いるんですか?」
少年は、彼女から目を逸らし、全く関係ないことを話す。
「誇り高い、AGだったよ。仲間の仇を討つために、一人戦った」
AGだった――過去形で言われたその言葉に、彼女は今度こそ、全てを悟った。
ポロポロと、涙があふれる。
少年は、彼女の涙を拭うようにハンカチを出してから、申し訳なさそうな声を出す。
「顛末は、マリルに全部伝えておいた。もし詳しいことを聞きたかったら、マリルから聞いて。……本当は俺の口から話すべきなんだろうけど」
少し儚げな笑みを浮かべる少年。
「は……ぐすっ、は、はい……うっ」
「それと――」
少年は、ごとりと目の前に、かなりの大きさの魔魂石を取り出した。
「なんの慰めにもならないだろうけど、仇はとったよ。売ってもいいし、壊してもいい。好きにして」
「ッ!」
もう、我慢できなかった。人前だとしても、そんなことを考慮できないほどの悲しみが押し寄せてくる。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
いつの間にか、目の前に少年はいなかった。
けれどもお構いなしに、泣き続けた。
お腹の中の命のことも、しばし忘れて。
~~~~~~~~~~~~~~~~
にわか雨だったらしく、雨は既に上がっていた。
透き通るような青空が、俺の上空に広がっている。みんな、雨のせいで出来なかった用事を済ませようとするかのように、せわしなく動いている。
ある人は、いつも通り食料を売っている。
ある人は、いつも通り飲み物を売っている。
ある人は、いつも通り酒場で酒を飲んでいる。
ある人は、いつも通り武器を売っている。
誰もかれも、いつも通りの暮らしをしている。
水たまりを飛び越える少年少女が、追いかけっこをしている。
その親なんだろうか、少し歳のいった女性たちが、井戸端会議をしている。
「……人ひとり死んだくらいじゃ、何も変わらないんだね」
口に出した途端胃がズシンと重くなるような気がした。
お金を落とした男性が、慌てたように地面を這いつくばっている。
手に食べ物を持って歩いている人は、忙しそうだ。たぶん、商人か、その弟子か。とにかく、商品を扱っている人なんだろう。
「俺が最初から真剣に探していれば……」
いや、俺がもっと早くギルドに付いていれば。クライルと今日、クエストに行く約束をしていれば。
頭に出てくるのは、俺が出来たはずで、しなかった可能性。
そのどれも、していておかしくない選択肢だった。
ほんの少し、ほんの少し俺が簡単なことをしていれば、クライルは死ななかったかもしれない。
「ははは……」
世界は、今日も変わらず回っている。
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ある日の午後。俺は今日の分のクエストを終え、時間つぶしにマルキムから教えてもらった酒場で、喧騒を楽しんでいた。
異世界に来てからこうした場所へ来ることも増えたけど、未だに酒は飲まない。
(どうにも……お酒を飲んでいる酔っ払いが見苦しいと思ってしまう)
なんというか……こういう場所で弾けられないんだよね。ある種、ノリが悪いと言ってもいいかもしれない。
とはいえ、こういう場で静かに飲みたいというのも野暮だ。空気が読めないと言われてしまう。
喧騒に身を任せながら活力煙を吹かす――それも悪くない楽しみ方だって、マルキムも言っていたしね。
「よう、キョースケ。今日はもう上がりなのか?」
俺がいつものを頼んで一息ついていると、青い鎧をつけた、とある青年が話しかけてきた。優し気な風貌だが、金髪と、耳につけているピアスのせいで、一見チャラそうな印象を受ける。
しかし、持っている剣はよく手入れがされていて、170センチくらいしかない小柄な彼だが、鋭い目つきと相まって、実力があることが分かる。
「やあ、クライル」
クライルは、俺がこちらに来て間もない頃に、一緒にパーティを組んで、護衛依頼を受けたCランクのAGだ。
以前はCランクのチームを組んでいたんだけど、その時に襲ってきた魔物のせいで仲間を失ってしまい、現在はソロで活動しているらしい。
マルキムと同じで、面倒見がいい人だ。そのせいか、よくいろいろ教えてくれる。具体的には、ソロでやりやすいクエストを教えてくれたり、マル秘情報とかを教えてくれたり。
「しけた面してるな。今日はクエストがダメだったのか?」
「いいや。ちょっと考え事をしていてね。ちなみに、今日の稼ぎは大金貨一枚」
「……相変わらず魔魂石をとるのが上手いんだな、お前は。マリルが言ってたぞ? お前のおかげでアンタレスのAGギルドは、本部に魔魂石を納める数が跳ね上がっていて、近々監査が入るとかなんとか」
「……不正してないか、ってことか。うーん、少し迷惑をかけているのかもね。自前で他の人に売ろうかな」
「お、だったら俺に売ってくれよ。最近武器がちと物足りなくなってきてな。切れ味だけじゃなくて、別の物も付与してもらおうと思ってよ」
「ああ、血のりがついても切れ味が落ちにくくなる付与だっけ」
最近、ヘルミナが新しい技(?)を覚えたらしく、彼女の店が大繁盛しているんだとか。なんでも、今までの切れ味強化だけではなくて、手入れの回数を減らしたりできるらしい。
「だけど今日の分は売っちゃったし」
「じゃあまた今度でいいさ。Cランクの魔魂石とか手に入れたら頼むぜ」
「いいよ。……それにしても、今日はえらくご機嫌だね。何かあったの?」
俺の席に着いて、多少鼻歌混じりでエールを注文するクライルに、少し苦笑交じりで尋ねてみる。すると、途端にクライルがパァッ! と花が咲いたかのような笑顔を向けてきた。
「ああ! 聞いてくれよ! 今度俺に子供が生まれるんだ!」
なるほど、この浮かれようはそれか。だから、いつもの安酒じゃなくて今日はエールなんだね。
「へぇ! それは凄い。おめでとう、クライル」
彼が結婚していたのは知っていたけど、まさか子供が生まれるとは。というか、やっぱりこっちの世界でも子供は生まれるんだなぁ……と当り前のことを思ってしまう。
「ああ。ありがとよ! キョースケ。いやぁ、子供はいいもんだな。なんていうかこう……頑張ろうって気になれる。親になるって、こんな感じなんだな」
「俺はまだ子供どころか、彼女すらいないけど……それでも、なんとなくわかるよ。守りたいものがあると、生活の張りが違うって俺の父親も言っていたからさ」
「その通りだなぁ」
クライルは、そう言いながら、グイッと酒をあおる。いい飲みっぷりだけど、今日は大分ペースが早いね。もう三杯目だ。
「あんまり飲み過ぎないようにね? 明日に響くよ」
「――大丈夫さ。明日は嫁さんが実家から帰ってくる日だからな。薬草採取のクエストくらいしか受けるつもりはないからよ」
「そうなんだ」
「それに」
ゴソゴソと、懐から何か、小箱を取り出すクライル。
「こうして、目的の物も買えたからな。しばらくはリスクの少ない仕事をするさ。……ぷはーっ! もう一杯!」
俺はクライルの飲みっぷりに少し刺激されて、ジュースをもう一杯頼む。おつまみも追加……ああいや、一度してみたかったことがある。
「ねぇ、クライル。今、このお店に何人くらいいると思う?」
「あん? なんだ唐突に。……そうさな、ざっと数えて20人くらいか?」
「知り合いはいる?」
「まあ、この街のAGなんか殆ど顔見知りみたいなもんだよ。特に、俺はCランクAGだからな。いろんなクエストに顔を出している。自慢じゃないが、BランクAGのお前よりも顔が売れている自信はあるぜ」
そりゃまあ、君はベテランだからね、クライル。俺みたいなぽっと出AGとはワケが違う。
俺はそれを聞いてから、がたりと立ち上がり、懐から大金貨を一枚取り出す。
「ねえ、店員さん。このお金でここにいる全員にエールを配ってくれない?」
エールはそんなに値段はしない。だから、大金貨一枚で足りるはずだ。
……足りなかったときが困るから、もう一枚渡しておこう。
店員さんはすこしキョトンとした後……今までの俺たちの会話を聞いていたんだろう。すぐ気づいてくれて、急いでこのお店にいる人全員にエールを配ってくれた。
「な、何してるんだ? キョースケ」
至る所で聞こえる「あちらのお客様からです」という声。うん、人生で一度は言ってみたい――ああいや、言われてみたいに入るのかな?――セリフランキングでも上位入賞間違いなしのセリフが聞けて、俺は満足だよ。
そして全員にいきわたったところで――エールをもらった人は必然的に俺の方を見ていたから――俺は立ち上がり、全員に声が届くように大きな声を出す。
「唐突にごめんね。俺はキョースケ。BランクAGだ。実は今度、ここにいるクライルに子供が生まれるらしい。だから、少し祝ってあげたいんだけど……一人で祝うのも味気ないでしょ? クライルのことは、たぶんみんな一度は聞いたことがあると思う。その彼が今度一児の父になるんだ。めでたいだろう?」
俺が言うと、いたるところで「マジか!」とか「おめでとうございます!」なんて声が飛んでくる。
クライルは、少し照れくさそうに「お、おいキョースケ、やめろよ!」とか言っているけど……無視。
「だから、みんなほんの少しだけでいいから、彼を祝ってほしい。では……父親になるクライルを祝って。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
カチン! カチン! とグラスが打ち付けられる音が響く。それと同時に、いろんな人がクライルの周りに集まってきて、祝福の言葉を投げかけている。
「お、おい! キョース……お前ら、ちょっ、やめっ! 変なとこさわんなこら!」
「何言ってるか分からないよ、クライル。ああ、お礼はまた今度でいいよ?」
「てめっ! お、覚えてろよ!」
クライルが祝福半分、妬み半分で皆からもみくちゃにされている光景を見て、思う。
こういうことができるようになったと思うと――異世界での生活も、悪くないのかもしれないね。
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翌日、俺はいつものようにギルドへ行こうと、宿からでた。
「ん……なんか雨が降りそうな天気だね」
どんよりとした曇天。なんていうか、今にも降りだしそうだ。
軽いクエストにして、今日早く帰ってきた方がよさそうだね。
そう思いながら、クエストの欄を見ていると……
「んー?」
注意喚起の張り紙が張られている。どうやら、Bランク相当と思われる魔物が付近に出たようだ。目撃したのは一体らしいが、複数体出てくる可能性もあるとのこと。
「厳重注意、か……マルキムと見つけたほうがいいかもしれないね」
現状、アンタレスのギルドでBランク魔物に対応できるのは俺とマルキムだけ。この前の戦いでマルキムはBランク魔物複数も難なく倒せることが分かってるけど――いくらなんでも、偶然出会って対処するという方法じゃ、確実性にかける。
たぶん、彼も俺の魔力を『視』る目のように、魔物をある程度感知することは出来るんだろうけど……そもそも、この知らせを見てない可能性がある。
「というわけで、マルキムを知らない? マリルさん」
「今日は、確か別の街に行っているはずですよ。昨日、護衛依頼を受けていらしたようですから」
「そうなんだ」
ということは、帰ってくるのは早くても今夜とかだろうし、しばらくは俺しかBランクがいないのか。
(一体ならなんとかなるけど、複数体現れたらかなりきついしね……)
実際、ギギギとの戦いじゃギリギリだった。魔物の生態は勉強しているけど、そもそもこの世界の人間でも分かっていない部分が大きい。魔物の幼体が存在する個体としない個体があるし、子供を産むのか卵生なのか分からないし……繁殖するかもわからない。
だから、複数体になっているかどうかが分からない以上、俺単独で挑むのは早計だと思われる。
「明らかに一体だけしかいなければ、特に問題ないんだけどね」
積極的に探さず、見つけたら討伐って感じでいいだろう。もっと詳しくわかれば、討伐隊が組まれるかもしれないし――
「――あ、調査系のクエストが出ているかも」
マリルによると、今回のBランク魔物の情報は、あくまで民間人である商人が見つけて、ギルドに報告してきたらしい。
その商人は――詳しくは教えてくれなかったけど――昔、AGをやっていた人で、しかもCランクになっていた実力者。その人がもたらした情報ということで、信憑性が高いと判断され、今回注意喚起の張り紙が張られたらしい。
だけど――この商人が、肝心の特徴を上手く伝えてくれなかったらしい。どうも、慌てて逃げかえってしまったために、その魔物の特徴を把握できなかったとのことだ。
「だから魔物の情報を持ち帰るだけの――クエスト、これは持っていかれてるね……」
じゃあ仕方ない。普通に討伐系のクエストを受けよう。
俺はテキトーに……選ぼうと思ったけど、どうやら討伐系のクエストが今日は少ないようだ。
じゃあしょうがない、俺は採取のクエストを受けることに決めて、マリルのところへ持っていく。
「そうだ、マリルさん。クライルは今日、どんなクエストを受けたか知ってる?」
「クライルさん、ですか。クライルさんなら……ああ、この辺りで出たBランク魔物の調査のクエストを受けていかれました。クライルさんくらいの実力者が調査をしてくれるということだったので、私たちも安心してお任せできます」
そう言ってマリルが笑った瞬間、ゾッ! と、俺の背を冷たいものが通り過ぎて行った。
これは……
「――そ、そうなんだ。じゃあ、俺はもう行くね」
「はい」
背を駆け抜けていったあの感覚、俺は覚えがある。
アレは――この世界に来た時と同じ。嫌な感覚。
(まさかとは思うけどね)
凄く、嫌な予感がする。
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「さて、とはいえどうしようもないんだけど」
俺は目撃証言があった、場所の近くまでやってきていた。もしもクライルがいるんだとしたらこの付近のはずだけど……
取りあえず、その魔物を探してみようか。
「ん……」
魔力を『視』る目を発動して、周りを確認する。俺の目も大分よくはなったけど……
「少なくとも、近くにはいないみたいだね……」
思い過ごしならいいんだけど。
一旦魔物を探すのはやめて、俺は、槍を構えつつ、採取クエストを達成するために、薬草とかを採取しに行く。
今回のクエストで採取を依頼されているのは、無明の薬草。魔物の目を潰すための魔法薬を作る材料になるらしい。確か、魔法師ギルドの依頼だったかな。
こういう依頼は簡単なようで、実は意外と難しい。採取の依頼は、ちゃんと薬草とかに関する知識がないと達成不可能だからだ。
俺も……こうして、採取の依頼をこなせるようになったのは、つい最近のことだった。
「ああ、やっと見つけた。まったく、本当に採取のクエストは時間がかかるね……」
時給換算すると、討伐系のクエストに比べると凄く効率が悪い。ただ、戦闘はそこまでしなくてすむから、一長一短かもね。少なくとも、死の危険と隣り合わせになることは少ない。
少ないけれど……
「こうして、襲いかかってくる魔物はいるんだよねぇ」
「キキィッ!」
俺は、後ろから襲いかかってきたホーンゴブリンの攻撃を躱し、ズシャッ! っという、肉を断つ音と同時に、首を飛ばした。
そして、魔力を『視』る目で、魔魂石の位置を探り、魔魂石を取り出す。
……Fランク魔物の魔魂石じゃ、流石に足りないよね、付与に使うには。
「クライルに売れば、普通に売るよりもいい値段になるだろうからね」
こちらの世界に来てから、つくづくお金にこだわるようになったな、と思う。もっとも、他に信用できるものが少ないからっていうのはあるけど……
「これなら、佐野と志村と一緒に来るべきだったかな」
あの二人を無理やり連れてくる方法が分からなかったっていうのもあるけど、一番は、全員がいる方に残しておいた方が安全だと思っていたからだ。
今の俺のように――信用できるものが自分と金だけ、なんて状況に俺のわがままで放り込むっていうのは、良くないだろうしね。
「マルキムとか、リューとか、知り合いも増えたし、放り出されてすぐよりはまだ状況はマシなんだけど」
俺は薬草を摘みながら、そんな益体もないことを思う。
その二人だけではなく、クライルや、マリルなんかもいる。
アンタレスなら、そうピリピリしなくてもいい。
「……もしも、二人と会えたら、今なら連れていけるかもね」
まあ、彼らが一緒に来てくれるなら、だけど。
なんて考えながら、俺が魔力を『視』る目で辺りを警戒していると、ふと、目の端に大きな魔力が映った。
それに加えて、今にも消えそうな魔力も。
「ッ!」
咄嗟に、駆けだす。善人になるつもりはないけれど、さっき感じた嫌な予感が、どんどん膨れ上がってくる。
「まさか……」
いつの間にか雨が降ってきた。しかし、そんなことはお構いなく、俺は全力で、夜の槍を構えて魔力の方向へ急ぐ。
すると……そこでは、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「クライル!」
「きょ、キョースケ、か……?」
右腕はもう無く、武器は砕けている。
足も変な方向に曲がっているし、木にもたれかかっている姿からは、生気が感じられない。
……これは。
「へ、へへ……ドジっちまったよ」
「喋らないでいいから」
俺はありったけの回復薬をクライルに振りかけるが……もはや意味を成しているようには思えない。
(回復系の魔法が使えたら……)
無いものねだりをしていても仕方がない。取りあえず止血を……そう思って、懐から布を出して傷口に当てようとすると、クライルにそれを止められた。
「もう……俺は、助からない……」
「喋らないで、クライル。今からアンタレスの回復魔法を使える人のところへ――」
「いい、んだ……これを……」
そう言って、クライルが俺に何かを手渡してきた。
これは……
「今日……の、午後……嫁さんが、アンタレスに戻ってくるんだ……その時、AGギルドに来るように言ってある……これ……を……渡して……くれ……」
彼から手渡されたのは、昨日の小箱。中には……指輪が入っている。
「実は……な、今日、嫁さんの……誕生日なんだよ……だから、この指輪を……」
「クライル、喋らないで。傷口が広がる」
俺が必死に血止めをしようとしていても、クライルはお構いなくしゃべる。
「それと……魔物は、Bランク。クローベアーだ……俺が、片手は斬ってやったぜ、へへへ……」
「もう、喋るなって……!」
魔物名前を言った瞬間、クライルは――認めたくないけれど――最後の力を振り絞るようにして、俺の手を握った。
「アイツは、昔俺のチームの仲間を殺した奴だ……ッ! 頼む、キョースケ、お前なら、お前なら、勝てるはずだ……ッ! 仇を、仇をとってくれ……ッ! ガハッ!」
そこまで言って、せき込むと同時に、血の塊を吐き出す。
「クライルっ!」
「へへ……くそっ……自分の子供っていうのを、この手に抱いてみたかったなぁ……」
もう、目が焦点を結んでいない。虚空を見上げたクライルは、ふふふ、と笑いだした。
「んだよ、お前ら迎えに来てくれたのか……悪いな。今、行くぜ……」
ふっ、とクライルの手から力が抜ける。
ずっと発動していた、魔力を『視』る目で見ても……クライルからは、魔力を感じることが出来なくなってしまった。
「…………」
俺は、彼から受け取った小箱をアイテムボックスに仕舞い、彼の目を閉じる。
「……別に、クライルを凄い信頼していたわけでも、仲間だったわけでもないよ」
ギシリ、と握りしめた槍から、軋む音が聞こえる。
「けどさ――友達、ではあったと思う。じゃなきゃ、こんな気持ちにはならないだろうから」
そして、クルリと槍をまわし、辺りを見回す。
「何が言いたいかっていうとさ――俺、今かなりキレてるんだよね」
魔力を『視』る目で見まわす。さっき、クライルが倒されてからすぐに駆け付けたから、そう遠くへは行っていないはずだ。
俺はこれ以上ないくらいに真剣に辺りの気配を探る。
「ははは……最初から、こうして探しておけばよかった」
心のどこかで楽観視していた。
クライルだって、Cランク。まさかやられるとは思っていなかった。
「……あ」
視界の端に、先ほどと俺が感じた魔力と同じくらいの大きさの魔力を発見した。
それはそんなに素早い速度では動いていない。
「これならすぐに見えてくる……」
そして、辺りの木々が数本薙ぎ倒されている所に出た。
その中心にいるのは――片手の無い、クローベアー。
クライルの、仇だ。
「――ッ!」
それを見た瞬間、俺の頭の中で何かが弾ける音がした。
「ああああああああああ!!!!!」
叫び、クローベアーに駆ける。
ハッと我に返った時――俺は血まみれになり、右手に魔魂石を持ちながら、雨の中で立ち尽くしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「すみません、クライルの奥さんですか?」
ギルドで待っていると、何故か槍を持った、黒髪の……少年と言ってもいいくらいの、槍を持った若い子が話しかけてきた。
「はい、そうですけど……」
彼女は、重いお腹を持ち上げ、目の前の少年の顔を覗き込む。やはり、知らない顔だ。彼女がこの街から離れる前には、いなかったと思う。
ただ……なぜか、彼の顔は、とても深い悲しみの色で彩られていた。
「ごめんね、これ、クライルから」
彼は、懐から一つの小箱を取り出しました。
「え、あ、ありがとうございます……それで、貴方は?」
そう、彼女が尋ねた瞬間、少年の顔が僅かに歪んだのが見えた。
その表情を見た刹那、彼女は悟ってしまった。
「あ、その……」
声が震える。最悪の想像が、浮かんでは消えていく。
それでも、聞かなくてはならない。ここで勇気を振り絞らなくてはならない。
「クライルは……どこに、いるんですか?」
少年は、彼女から目を逸らし、全く関係ないことを話す。
「誇り高い、AGだったよ。仲間の仇を討つために、一人戦った」
AGだった――過去形で言われたその言葉に、彼女は今度こそ、全てを悟った。
ポロポロと、涙があふれる。
少年は、彼女の涙を拭うようにハンカチを出してから、申し訳なさそうな声を出す。
「顛末は、マリルに全部伝えておいた。もし詳しいことを聞きたかったら、マリルから聞いて。……本当は俺の口から話すべきなんだろうけど」
少し儚げな笑みを浮かべる少年。
「は……ぐすっ、は、はい……うっ」
「それと――」
少年は、ごとりと目の前に、かなりの大きさの魔魂石を取り出した。
「なんの慰めにもならないだろうけど、仇はとったよ。売ってもいいし、壊してもいい。好きにして」
「ッ!」
もう、我慢できなかった。人前だとしても、そんなことを考慮できないほどの悲しみが押し寄せてくる。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
いつの間にか、目の前に少年はいなかった。
けれどもお構いなしに、泣き続けた。
お腹の中の命のことも、しばし忘れて。
~~~~~~~~~~~~~~~~
にわか雨だったらしく、雨は既に上がっていた。
透き通るような青空が、俺の上空に広がっている。みんな、雨のせいで出来なかった用事を済ませようとするかのように、せわしなく動いている。
ある人は、いつも通り食料を売っている。
ある人は、いつも通り飲み物を売っている。
ある人は、いつも通り酒場で酒を飲んでいる。
ある人は、いつも通り武器を売っている。
誰もかれも、いつも通りの暮らしをしている。
水たまりを飛び越える少年少女が、追いかけっこをしている。
その親なんだろうか、少し歳のいった女性たちが、井戸端会議をしている。
「……人ひとり死んだくらいじゃ、何も変わらないんだね」
口に出した途端胃がズシンと重くなるような気がした。
お金を落とした男性が、慌てたように地面を這いつくばっている。
手に食べ物を持って歩いている人は、忙しそうだ。たぶん、商人か、その弟子か。とにかく、商品を扱っている人なんだろう。
「俺が最初から真剣に探していれば……」
いや、俺がもっと早くギルドに付いていれば。クライルと今日、クエストに行く約束をしていれば。
頭に出てくるのは、俺が出来たはずで、しなかった可能性。
そのどれも、していておかしくない選択肢だった。
ほんの少し、ほんの少し俺が簡単なことをしていれば、クライルは死ななかったかもしれない。
「ははは……」
世界は、今日も変わらず回っている。
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