異世界なう―No freedom,not a human―
46話 冬子の欠点なう
遮音結界の向こうを見ると、何故か誰もこちらを気にしていなかった。おそらく、この結界のおかげだろう。
音だけじゃなくて気配すら遮断出来るとは……そんなの普通の結界じゃないだろう。冬子がいくら魔法に詳しくないと言っても、これが異常なものであることは流石に分かる。
何より……そんなモノを展開しておいて、なんの疲れも見せていないことが冬子にとっては一番不気味だった。
「ではまず、何故お主とキョースケのことを注目していたか、ぢゃが……」
そんな冬子の動揺を気にせず、キアラが淡々と語り始める。
「まず、お主らの中には、妾としては見込みがあると思った人間は三人おった。分かっておるかもしれんが、キョースケ、トーコ、そしてアマカワぢゃ」
「私と、京助と……天川? さっき、天川に何故渡したのか分からないと言っていたのは?」
「それは、言葉通りの意味ぢゃ。あのアマカワという小僧は――見込みはあれど、まだまだ神器を手にすることができるほど成熟しておらん。なんせ、神器の中でも最強と謳われる『ロック・バスター』を、あの程度にしか使いこなせておらんからのぅ」
「え……じゃ、じゃあ、今天川はどれくらい使いこなせているんですか? ……だ?」
やはり年齢を感じさせる喋り方や、教えてもらっているという状況につい敬語になる冬子。そんな彼女を見てキアラは少し苦笑いを見せた。
「……まあ、無理して馴れ馴れしく話す必要はないぞ。そっちの方が話しやすいなら、敬語でもよい。それで質問の答えぢゃが……まあ、アレでやっと3%くらいかのぅ」
さも当たり前のように言うキアラの言葉に、一瞬脳が理解を拒んだが、すぐに再起動を果たす。
天川の『ロック・バスター』――京助すら戦いたくないと言ったあの武器は、アレでもまだ使いこなせていない。
アレで、まだ3%しか使っていないのだ。
(Bランク魔物を一瞬で葬り去るような攻撃でも、使いこなせていないというのか……!?)
だとしたら。
その力を100%引き出せたとしたならば。
神器というのは、いったいどれほどのことができるのだろうか。
「技量のみならず、心も体もまだまだぢゃしな。まったく、姉上は……未熟者に強力な武器を与えると向上心を失うと口を酸っぱくして言っておいたのに……まあ、なんらかの考えがあってのことかもしれんが」
どうやら、異世界でも心技体とは言われるらしい。戦う者の心構えとしては全世界共通なのかもしれないが。
「それで……その、見込みというのは、具体的にどんなことなんですか?」
「見込みか? 単純な話ぢゃよ。現実を変える力を持っている者のことぢゃ」
「現実を、変える力……?」
思わず自分の手を見る。
現実を変える力……そんなものが自分にあるとは思えない。
京助にあるというのは納得だ。しかし、何故自分に……?
「その、現実を変える力というのは?」
「端的に言うならば、物事を好転させる才能とも言うべきか……ふむ、お主のいた世界には、そうぢゃのぅ、偉人というものがいたか?」
「偉人、それは当然いますけど」
冬子は割と伝記が好きだったので、これでも少しは偉人については詳しい。もっとも、京助の訳の分からない知識には負けるが。
「では……その偉人の功績をまとめ、その偉人の一生を描いた本のようなものはあったか?」
「伝記ですね。当然ありましたけど……」
「では、訊くが。その伝記は作られた物語に、読み物として劣っていると思うか? 登場人物の一生は、単なるお話しとして読んでも面白いものではなかったか?」
「ええ。その通りですね」
むしろ、並大抵の本よりも面白い時がある。
「ぢゃろう。つまり、ぢゃ。この世界には、作り話よりも面白い人生を送ることができる人間がおるんぢゃ。それを、妾はこの世界に選ばれし者――主人公と呼んでおる。そして、キョースケに、トーコに、アマカワには、その片鱗が見えた」
「主人公……」
つまり、それは一昔前に流行った「持ってる」とかいうやつのことだろうか。
「こういう者たちは、最後に必ず面白い世界を見せてくれる。途中で挫折するかもしれぬ、死ぬような目にあうことがあるかもしれぬ。ぢゃが――最後には、素晴らしい物語を紡いでくれると信じておる」
「それが、貴方の言う、見込みということですか」
「そうなるのぅ」
要するに――まるで物語の主人公のような人生を送れる者を選ばれていると呼んでいるということか。
「今のところ、キョースケがそれはトップぢゃのぅ。アマカワはどちらかというと、元の世界におった方が現実を変えていたぢゃろう。トーコは、どちらでも大丈夫そうぢゃな」
「……それは、褒め言葉ですか?」
「無論ぢゃ」
いい笑顔で笑うキアラ。
もはや何を訊いてもそれに関しては答えてくれないと悟った冬子は、話を進めることにした。
「……単純な実力として、私よりキョースケの方が優れているのは分かっています。しかし、貴方のさっきの言い方からして、実力のみを判断して選んだわけじゃないでしょう」
今戦えば、まず間違いなく、京助は異世界人の中で最強だ。
冬子はもちろんのこと、天川でも正直敵うのかは分からない。
だが、キアラが選んだ基準は単純な強さではないだろう。それは、分かる。
「だから、何故私ではなくて、京助が選ばれたのかを教えてください」
「ふむ。当然のことぢゃが、心と技と体……その中で何か一つでも欠けると、神器を使いこなすことなぞ出来ぬ。その中でも体に関しては、お主ら異世界の人間は特に問題ないと言えよう。となると、心と技ぢゃな」
「はい」
とはいえ、その中で自分の技が京助に劣っているとは考えられない。客観的に見たとしても、自分の技量が皆と比べて劣っているとは思えない。剣術を習っていたのだから当然だろう。
むしろ、スキルも魔法も抜きで戦えば仮に天川が相手だとしてもそうそう負けるとは思えない。
そうなると、自分に足りないのは心だろうか。
「技――これに関しては、お主も分かっておるぢゃろうが、特に問題ないと言えよう。無論まだまだぢゃが、神器を扱うことに関して、そう問題があるわけではない。むしろ、キョースケの槍の技量と、お主の剣の技量のみを比べるならば……お主の方が技量は上ぢゃろう。あ、もちろん、アマカワの技量は本気で大したことはないがな」
さっきから天川へのあたりが強すぎると思うんだが。
「つまり、お主とキョースケの最大の違いは心というわけぢゃな。ああ、もちろん――」
「――天川のことはもう言及しなくていいですから」
冬子が先んじて言うと、キアラは少し面白くなさそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して続きを話しはじめた。
「それで、心に関してぢゃが……キョースケは見れば分かるぢゃろうが、あ奴は揺るぎない。というか、そんなに周りに左右されるようなメンタルをしておらん。正直な話、あ奴はたった一人でこの世界に放り出されておったとしても、逞しく生きて行けるぢゃろうな」
「そう、ですね……」
というか、京助は一人で城を出て暮らしていたんだ。それが自分に出来たかと問われると、分からない。
「ただまあ、それはキョースケを選んだ理由にはなっても、お主を選ばなかった理由にはならぬ。ぢゃから、お主を選ばなかった理由も教えよう」
その言葉に、無意識のうちにつばを飲み込む。
確かに、自分は未熟だ。しかし、その未熟さを指摘してもらえるならば、これ以上ありがたいこともない。
何を言われるかという期待と、少しの不安を抱えながら話を待つと……キアラの口からは、冬子が一切予想していない答えが返ってきた。
「お主を妾が神器を持つにはまだ早いと思った理由。それは――キョースケに、頼りすぎていることぢゃ」
「――え?」
一瞬、何のことか分からずに呆ける冬子を気に留めず、キアラは話し出した。
「まず、試練の間の一つ目の扉。あそこで戦っていた時、まったく根拠もないのに敵が怖かった覚えはないか?」
そう問われて思い出すと……確かに、アラクネマンティスと戦っていた時、無性に、アラクネマンティスが怖かったことを思い出す。
確か、京助に言われた言葉で落ち着きを取り戻したんだが――
「次の扉では、ウサギがおったぢゃろう。あの、羽の生えたウサギぢゃ」
「え、ええ。いろいろありましたが、結局京助があっさり倒してしまって」
「その時、何故かあのウサギが無性に恋しかったのではないか?」
「ま、まあ……」
木原に至っては抱き着いていたほどだ。
「それらはすべて、妾が魔物を作るときに特性として付与しておいたものぢゃ。そしてそれは――ゴーレムドラゴンにも付与されておった。さて、それはなんぢゃと思う?」
それはなんぢゃと思う? と訊かれても、特に何か目立ったことがあったわけではない。
冬子が少し悩んでいると、キアラは答えを言った。
「それはのぅ、味方が死んでも委縮せぬように――高揚するようにしておいたのぢゃ」
「え……つ、つまり、仲間が死んだように見えた時、誰一人動揺しなかったのは――」
「うむ、そういうことぢゃ。そして、分かるとは思うが――キョースケは、その恩恵を全く受けておらんかった。どうやら、あ奴には精神干渉系の魔法、特性などが効きづらいようぢゃのぅ。もっとも、まったく高揚を受けておらずあの動きぢゃ。さすがと言う他ないが」
言われてみれば――確かに、仲間がやられたというのに、不思議と恐怖や委縮などは感じられなかった。自分を含めて、全員が。
それはゴーレムドラゴンへの怒りがそれらを凌駕したものだとばかり思っていたが……まさかアレの特性だとは。
そう考えてみれば確かに、京助が凄いのは分かった。しかし、それが自分に何の関係があるのだろう。
「……で、では、それが私と何の関係が――?」
「さて、では訊くが――お主は、どう思っていた?」
「へ? な、なにがですか?」
「何を思っておった?」
「何を、って……」
「あの時、付与されていたはずのゴーレムドラゴンの能力は、ゴーレムドラゴンへ抱いた恐怖や委縮、などを怒りや闘争心に変えるものぢゃった。さて、お主はゴーレムドラゴンに怒りを抱いておったか?」
「い、いえ……」
「そうぢゃろうな。お主は一切の恐れや不安を抱いておらんかったぢゃろう。キョースケが何とかしてくれる……と無根拠に思っておったのではないか?」
「う……」
そう言われて思い出す。確かにそう言われてみれば……
しかし、それは妄信と言える程のことだろうか?
「それぢゃよ。頼るのはよい、役割分担するのもよい。お互いの出来ることとできないことを把握して、助け合うのは一切構わん。しかし……お主のように、妄信するのはよくないぢゃろう。もしもあの後、キョースケがやられていたら……お主はどうしていた?」
「ど、どうって……」
「間違いなく、使い物にならなくなっておったぢゃろう。とにかく、お主のキョースケへ対する思いが本当ならば、妄信するな。キョースケは、ただ自分に尻尾を振ってくる女を囲えば満足するような、そんな低俗な男か?」
そう言われて、ハッと気づく。
確かに……その程度の男なわけがない。
「お主が本当にキョースケのことを愛しているならば、しっかりと自分を持って、キョースケが間違っていると思った時に意見することぢゃ。でなくては、おそらくキョースケは一生お主に振り向かんぞ?」
「それは、確かに……」
「まあ、そういう部分ぢゃ。お主の心は、少しキョースケに悪い意味で頼りすぎている。お主が目指すべきは、キョースケからも頼られる女ぢゃ。それができれば、神器を手に入れることも可能ぢゃろう」
「そうか……って! 私は京助のことが好きなわけじゃ!」
「そうやって素直じゃないところもダメぢゃな。あ奴は自分への好意は鈍感ぢゃろうからのぅ……」
いつの間にか京助のことを好きだということにされている!
「隠すのが下手すぎるところもマイナスぢゃのぅ。もう少しポーカーフェイスに気を使ってぢゃな。ツンデレという意味ではいいのかもしれんが、ツンデレはあくまで相手に好意をちゃんと伝えているからよいのであって、まだ付き合う前の段階からそうでは――」
「し、知らない! 知らない! だ、だいたいそもそも私が京助のことを好きとかそういうことじゃなくて第一私はそのくぁwせdrftgyふじこlp」
「まあ、そういうわけぢゃ。そろそろキョースケを呼び戻そうかのぅ」
一切話を聞いてもらえず、キアラが試練の間への扉を開けた。
な、なんか最近こんな扱いが多すぎやしないか!?
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて。
「このゴーレムのランクはいくらぐらいかなぁ」
目の前の水晶で出来たゴーレムを見上げながら俺は呟く。
高さは5メートルってところか、一度も外で見たことが無い魔物だ。
『アァ? アー……ザットAッテトコロカ。マァ、今のテメェナラ、『パンドラ・ディヴァー』を使ワナクテモ勝テルヨウナ強サダナァ』
「……そりゃ、一体一体なら、ね」
俺はキアラに言ってもらって試練の間へ行ったのはいいけど、壮絶に困っていた。
「うーん……何体いる? これ」
『マァ、百体ッテ所カァ?』
「Aランク魔物百体かぁ……」
ぼやいていても始まらない。そもそも、ここには神器の――『パンドラ・ディヴァー』の使い心地を確かめに来ただけだしね。
軽く使ってみようか。
ダンっ! と俺は地面を蹴って、大量にいるゴーレムの一体に向かって駆けだす。
「『三連突き』」
そしてスキルを使ってゴーレムに攻撃するが……ガチン! と弾かれる。
「うーん、魔昇華しないと無理か……」
倒せないことは無いだろうけど、少々骨が折れることはまちがいない。
『トイウカマァ、流石に通常のスキルダケジャア、スグニハ倒セネェヨ。コイツラAはランクの中デモ割と上位ダゼェ? 固有性質は炎耐性。ソンデ魔法で体を固クシテイル。神器無し、ソンデ……テメェの隠シテイル力無シジャァ倒スのは難シイゼ?』
「なんでそんなにいろんなことを知ってるの?」
というか炎耐性が本気で厄介だね。そりゃ、神器を使う……というか試すために用意してもらったんだから、ある程度厄介な方がありがたいけどさ。
『ソリャア当然、俺サマが知リタガリノ悪魔ダカラダゼェ!』
「何が当然なんだろうね……まあ、いいけどさっ!」
それはそれとして――俺は『パンドラ・ディヴァー』の能力を起動させる。
この神器の能力は単純明快。封印する能力だ。その力を使ってヨハネスを封印しているわけだが……それは置いておいて。使い方、その欠点も全部分かっているから、あとは実践してみよう。
俺は、『パンドラ・ディヴァー』の石突から出ている透明なヒラヒラとした……エネルギーの塊のようなものに力を籠める。
そして――七本出ているそれの一本を穂先に纏わせて、渾身の力を籠め――ずに、軽くゴーレムをついてみる。
すると、なんの抵抗もなくゴーレムの体を『パンドラ・ディヴァー』が貫通した。
それは、切れ味というわけではない。
穂先に纏わせたエネルギー体の部分――それが、ゴーレムの体を中に封印したのだ。
そして、それだけでは終わらない。
『ヒャッハァ! 久シブリに魔物の体ダゼェ!』
そうヨハネスが言うと、封印したゴーレムの体が魔力に溶けていき……そして、俺の体に流れてくる。
それを俺は魔力操作で上手く体の各部に流し……その時、ゴーレムの炎耐性が獲得できていることに気づく。
しかし、その代償として……
(ぐっ……覚悟してはいたけど、凄い頭痛だ、ね……)
頭痛だけでなく、身体の各部も物凄い痛みに襲われる。
これが『パンドラ・ディヴァー』――否、『パンドラ・ディヴァー』とヨハネスの能力。封印したモノを魔力に変換して使用者に流すというものだ。
(慣れれば……まあ、大丈夫かな)
そもそも『パンドラ・ディヴァー』の能力は封印だ。今、俺が分かる限りは。
では一体なぜそうなるのかというと、ヨハネスのせいだ。ヨハネスは封印したモノを魔力に変換し、それに関する情報を蒐集しているらしい。そして知った後の魔力に用は無いので、持ち主に流すわけだ。
ただその時に流れ込む魔力は自分の物ではないため、拒絶反応を起こしてしまう。それを今のように無理矢理抑え込み、制御して初めて自分の力として使いこなすことが出来る。
つまり持ち手の実力によってこの槍の強さは変わってしまうのだ。
「これは……本当に、使い勝手の悪い神器だね……」
『マァ、ソウダナァ! 正直ヨォ。お前が、コンナニスグニ使イコナセテイルコトが異常ダゼェ!』
「そうかなっ……!」
今度は、そのエネルギーの部分――封印帯とでも呼ぼうか――を刃状にして飛ばしてみる。弾速が遅い、実戦ではそう使えないね。
斬! っと綺麗にゴーレムの腕が切断されて――そして、また魔力が流れ込んでくる。
(くっ――)
それを俺は体に異変が出る前に水に変換。そのまま水の刃として発射する。
その後――俺は、少し考えてから、自分の周りの空間を封印帯で封印してみた。
すると、やっぱり俺に魔力が流れ込んでくる。
「これ、無限魔力ってこと、かな……」
『ソウナルナァ!』
やれやれ、流石神器……恐ろしいね。
その後、俺が100体のゴーレムを討伐するのに五分とかからなかった。
音だけじゃなくて気配すら遮断出来るとは……そんなの普通の結界じゃないだろう。冬子がいくら魔法に詳しくないと言っても、これが異常なものであることは流石に分かる。
何より……そんなモノを展開しておいて、なんの疲れも見せていないことが冬子にとっては一番不気味だった。
「ではまず、何故お主とキョースケのことを注目していたか、ぢゃが……」
そんな冬子の動揺を気にせず、キアラが淡々と語り始める。
「まず、お主らの中には、妾としては見込みがあると思った人間は三人おった。分かっておるかもしれんが、キョースケ、トーコ、そしてアマカワぢゃ」
「私と、京助と……天川? さっき、天川に何故渡したのか分からないと言っていたのは?」
「それは、言葉通りの意味ぢゃ。あのアマカワという小僧は――見込みはあれど、まだまだ神器を手にすることができるほど成熟しておらん。なんせ、神器の中でも最強と謳われる『ロック・バスター』を、あの程度にしか使いこなせておらんからのぅ」
「え……じゃ、じゃあ、今天川はどれくらい使いこなせているんですか? ……だ?」
やはり年齢を感じさせる喋り方や、教えてもらっているという状況につい敬語になる冬子。そんな彼女を見てキアラは少し苦笑いを見せた。
「……まあ、無理して馴れ馴れしく話す必要はないぞ。そっちの方が話しやすいなら、敬語でもよい。それで質問の答えぢゃが……まあ、アレでやっと3%くらいかのぅ」
さも当たり前のように言うキアラの言葉に、一瞬脳が理解を拒んだが、すぐに再起動を果たす。
天川の『ロック・バスター』――京助すら戦いたくないと言ったあの武器は、アレでもまだ使いこなせていない。
アレで、まだ3%しか使っていないのだ。
(Bランク魔物を一瞬で葬り去るような攻撃でも、使いこなせていないというのか……!?)
だとしたら。
その力を100%引き出せたとしたならば。
神器というのは、いったいどれほどのことができるのだろうか。
「技量のみならず、心も体もまだまだぢゃしな。まったく、姉上は……未熟者に強力な武器を与えると向上心を失うと口を酸っぱくして言っておいたのに……まあ、なんらかの考えがあってのことかもしれんが」
どうやら、異世界でも心技体とは言われるらしい。戦う者の心構えとしては全世界共通なのかもしれないが。
「それで……その、見込みというのは、具体的にどんなことなんですか?」
「見込みか? 単純な話ぢゃよ。現実を変える力を持っている者のことぢゃ」
「現実を、変える力……?」
思わず自分の手を見る。
現実を変える力……そんなものが自分にあるとは思えない。
京助にあるというのは納得だ。しかし、何故自分に……?
「その、現実を変える力というのは?」
「端的に言うならば、物事を好転させる才能とも言うべきか……ふむ、お主のいた世界には、そうぢゃのぅ、偉人というものがいたか?」
「偉人、それは当然いますけど」
冬子は割と伝記が好きだったので、これでも少しは偉人については詳しい。もっとも、京助の訳の分からない知識には負けるが。
「では……その偉人の功績をまとめ、その偉人の一生を描いた本のようなものはあったか?」
「伝記ですね。当然ありましたけど……」
「では、訊くが。その伝記は作られた物語に、読み物として劣っていると思うか? 登場人物の一生は、単なるお話しとして読んでも面白いものではなかったか?」
「ええ。その通りですね」
むしろ、並大抵の本よりも面白い時がある。
「ぢゃろう。つまり、ぢゃ。この世界には、作り話よりも面白い人生を送ることができる人間がおるんぢゃ。それを、妾はこの世界に選ばれし者――主人公と呼んでおる。そして、キョースケに、トーコに、アマカワには、その片鱗が見えた」
「主人公……」
つまり、それは一昔前に流行った「持ってる」とかいうやつのことだろうか。
「こういう者たちは、最後に必ず面白い世界を見せてくれる。途中で挫折するかもしれぬ、死ぬような目にあうことがあるかもしれぬ。ぢゃが――最後には、素晴らしい物語を紡いでくれると信じておる」
「それが、貴方の言う、見込みということですか」
「そうなるのぅ」
要するに――まるで物語の主人公のような人生を送れる者を選ばれていると呼んでいるということか。
「今のところ、キョースケがそれはトップぢゃのぅ。アマカワはどちらかというと、元の世界におった方が現実を変えていたぢゃろう。トーコは、どちらでも大丈夫そうぢゃな」
「……それは、褒め言葉ですか?」
「無論ぢゃ」
いい笑顔で笑うキアラ。
もはや何を訊いてもそれに関しては答えてくれないと悟った冬子は、話を進めることにした。
「……単純な実力として、私よりキョースケの方が優れているのは分かっています。しかし、貴方のさっきの言い方からして、実力のみを判断して選んだわけじゃないでしょう」
今戦えば、まず間違いなく、京助は異世界人の中で最強だ。
冬子はもちろんのこと、天川でも正直敵うのかは分からない。
だが、キアラが選んだ基準は単純な強さではないだろう。それは、分かる。
「だから、何故私ではなくて、京助が選ばれたのかを教えてください」
「ふむ。当然のことぢゃが、心と技と体……その中で何か一つでも欠けると、神器を使いこなすことなぞ出来ぬ。その中でも体に関しては、お主ら異世界の人間は特に問題ないと言えよう。となると、心と技ぢゃな」
「はい」
とはいえ、その中で自分の技が京助に劣っているとは考えられない。客観的に見たとしても、自分の技量が皆と比べて劣っているとは思えない。剣術を習っていたのだから当然だろう。
むしろ、スキルも魔法も抜きで戦えば仮に天川が相手だとしてもそうそう負けるとは思えない。
そうなると、自分に足りないのは心だろうか。
「技――これに関しては、お主も分かっておるぢゃろうが、特に問題ないと言えよう。無論まだまだぢゃが、神器を扱うことに関して、そう問題があるわけではない。むしろ、キョースケの槍の技量と、お主の剣の技量のみを比べるならば……お主の方が技量は上ぢゃろう。あ、もちろん、アマカワの技量は本気で大したことはないがな」
さっきから天川へのあたりが強すぎると思うんだが。
「つまり、お主とキョースケの最大の違いは心というわけぢゃな。ああ、もちろん――」
「――天川のことはもう言及しなくていいですから」
冬子が先んじて言うと、キアラは少し面白くなさそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して続きを話しはじめた。
「それで、心に関してぢゃが……キョースケは見れば分かるぢゃろうが、あ奴は揺るぎない。というか、そんなに周りに左右されるようなメンタルをしておらん。正直な話、あ奴はたった一人でこの世界に放り出されておったとしても、逞しく生きて行けるぢゃろうな」
「そう、ですね……」
というか、京助は一人で城を出て暮らしていたんだ。それが自分に出来たかと問われると、分からない。
「ただまあ、それはキョースケを選んだ理由にはなっても、お主を選ばなかった理由にはならぬ。ぢゃから、お主を選ばなかった理由も教えよう」
その言葉に、無意識のうちにつばを飲み込む。
確かに、自分は未熟だ。しかし、その未熟さを指摘してもらえるならば、これ以上ありがたいこともない。
何を言われるかという期待と、少しの不安を抱えながら話を待つと……キアラの口からは、冬子が一切予想していない答えが返ってきた。
「お主を妾が神器を持つにはまだ早いと思った理由。それは――キョースケに、頼りすぎていることぢゃ」
「――え?」
一瞬、何のことか分からずに呆ける冬子を気に留めず、キアラは話し出した。
「まず、試練の間の一つ目の扉。あそこで戦っていた時、まったく根拠もないのに敵が怖かった覚えはないか?」
そう問われて思い出すと……確かに、アラクネマンティスと戦っていた時、無性に、アラクネマンティスが怖かったことを思い出す。
確か、京助に言われた言葉で落ち着きを取り戻したんだが――
「次の扉では、ウサギがおったぢゃろう。あの、羽の生えたウサギぢゃ」
「え、ええ。いろいろありましたが、結局京助があっさり倒してしまって」
「その時、何故かあのウサギが無性に恋しかったのではないか?」
「ま、まあ……」
木原に至っては抱き着いていたほどだ。
「それらはすべて、妾が魔物を作るときに特性として付与しておいたものぢゃ。そしてそれは――ゴーレムドラゴンにも付与されておった。さて、それはなんぢゃと思う?」
それはなんぢゃと思う? と訊かれても、特に何か目立ったことがあったわけではない。
冬子が少し悩んでいると、キアラは答えを言った。
「それはのぅ、味方が死んでも委縮せぬように――高揚するようにしておいたのぢゃ」
「え……つ、つまり、仲間が死んだように見えた時、誰一人動揺しなかったのは――」
「うむ、そういうことぢゃ。そして、分かるとは思うが――キョースケは、その恩恵を全く受けておらんかった。どうやら、あ奴には精神干渉系の魔法、特性などが効きづらいようぢゃのぅ。もっとも、まったく高揚を受けておらずあの動きぢゃ。さすがと言う他ないが」
言われてみれば――確かに、仲間がやられたというのに、不思議と恐怖や委縮などは感じられなかった。自分を含めて、全員が。
それはゴーレムドラゴンへの怒りがそれらを凌駕したものだとばかり思っていたが……まさかアレの特性だとは。
そう考えてみれば確かに、京助が凄いのは分かった。しかし、それが自分に何の関係があるのだろう。
「……で、では、それが私と何の関係が――?」
「さて、では訊くが――お主は、どう思っていた?」
「へ? な、なにがですか?」
「何を思っておった?」
「何を、って……」
「あの時、付与されていたはずのゴーレムドラゴンの能力は、ゴーレムドラゴンへ抱いた恐怖や委縮、などを怒りや闘争心に変えるものぢゃった。さて、お主はゴーレムドラゴンに怒りを抱いておったか?」
「い、いえ……」
「そうぢゃろうな。お主は一切の恐れや不安を抱いておらんかったぢゃろう。キョースケが何とかしてくれる……と無根拠に思っておったのではないか?」
「う……」
そう言われて思い出す。確かにそう言われてみれば……
しかし、それは妄信と言える程のことだろうか?
「それぢゃよ。頼るのはよい、役割分担するのもよい。お互いの出来ることとできないことを把握して、助け合うのは一切構わん。しかし……お主のように、妄信するのはよくないぢゃろう。もしもあの後、キョースケがやられていたら……お主はどうしていた?」
「ど、どうって……」
「間違いなく、使い物にならなくなっておったぢゃろう。とにかく、お主のキョースケへ対する思いが本当ならば、妄信するな。キョースケは、ただ自分に尻尾を振ってくる女を囲えば満足するような、そんな低俗な男か?」
そう言われて、ハッと気づく。
確かに……その程度の男なわけがない。
「お主が本当にキョースケのことを愛しているならば、しっかりと自分を持って、キョースケが間違っていると思った時に意見することぢゃ。でなくては、おそらくキョースケは一生お主に振り向かんぞ?」
「それは、確かに……」
「まあ、そういう部分ぢゃ。お主の心は、少しキョースケに悪い意味で頼りすぎている。お主が目指すべきは、キョースケからも頼られる女ぢゃ。それができれば、神器を手に入れることも可能ぢゃろう」
「そうか……って! 私は京助のことが好きなわけじゃ!」
「そうやって素直じゃないところもダメぢゃな。あ奴は自分への好意は鈍感ぢゃろうからのぅ……」
いつの間にか京助のことを好きだということにされている!
「隠すのが下手すぎるところもマイナスぢゃのぅ。もう少しポーカーフェイスに気を使ってぢゃな。ツンデレという意味ではいいのかもしれんが、ツンデレはあくまで相手に好意をちゃんと伝えているからよいのであって、まだ付き合う前の段階からそうでは――」
「し、知らない! 知らない! だ、だいたいそもそも私が京助のことを好きとかそういうことじゃなくて第一私はそのくぁwせdrftgyふじこlp」
「まあ、そういうわけぢゃ。そろそろキョースケを呼び戻そうかのぅ」
一切話を聞いてもらえず、キアラが試練の間への扉を開けた。
な、なんか最近こんな扱いが多すぎやしないか!?
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて。
「このゴーレムのランクはいくらぐらいかなぁ」
目の前の水晶で出来たゴーレムを見上げながら俺は呟く。
高さは5メートルってところか、一度も外で見たことが無い魔物だ。
『アァ? アー……ザットAッテトコロカ。マァ、今のテメェナラ、『パンドラ・ディヴァー』を使ワナクテモ勝テルヨウナ強サダナァ』
「……そりゃ、一体一体なら、ね」
俺はキアラに言ってもらって試練の間へ行ったのはいいけど、壮絶に困っていた。
「うーん……何体いる? これ」
『マァ、百体ッテ所カァ?』
「Aランク魔物百体かぁ……」
ぼやいていても始まらない。そもそも、ここには神器の――『パンドラ・ディヴァー』の使い心地を確かめに来ただけだしね。
軽く使ってみようか。
ダンっ! と俺は地面を蹴って、大量にいるゴーレムの一体に向かって駆けだす。
「『三連突き』」
そしてスキルを使ってゴーレムに攻撃するが……ガチン! と弾かれる。
「うーん、魔昇華しないと無理か……」
倒せないことは無いだろうけど、少々骨が折れることはまちがいない。
『トイウカマァ、流石に通常のスキルダケジャア、スグニハ倒セネェヨ。コイツラAはランクの中デモ割と上位ダゼェ? 固有性質は炎耐性。ソンデ魔法で体を固クシテイル。神器無し、ソンデ……テメェの隠シテイル力無シジャァ倒スのは難シイゼ?』
「なんでそんなにいろんなことを知ってるの?」
というか炎耐性が本気で厄介だね。そりゃ、神器を使う……というか試すために用意してもらったんだから、ある程度厄介な方がありがたいけどさ。
『ソリャア当然、俺サマが知リタガリノ悪魔ダカラダゼェ!』
「何が当然なんだろうね……まあ、いいけどさっ!」
それはそれとして――俺は『パンドラ・ディヴァー』の能力を起動させる。
この神器の能力は単純明快。封印する能力だ。その力を使ってヨハネスを封印しているわけだが……それは置いておいて。使い方、その欠点も全部分かっているから、あとは実践してみよう。
俺は、『パンドラ・ディヴァー』の石突から出ている透明なヒラヒラとした……エネルギーの塊のようなものに力を籠める。
そして――七本出ているそれの一本を穂先に纏わせて、渾身の力を籠め――ずに、軽くゴーレムをついてみる。
すると、なんの抵抗もなくゴーレムの体を『パンドラ・ディヴァー』が貫通した。
それは、切れ味というわけではない。
穂先に纏わせたエネルギー体の部分――それが、ゴーレムの体を中に封印したのだ。
そして、それだけでは終わらない。
『ヒャッハァ! 久シブリに魔物の体ダゼェ!』
そうヨハネスが言うと、封印したゴーレムの体が魔力に溶けていき……そして、俺の体に流れてくる。
それを俺は魔力操作で上手く体の各部に流し……その時、ゴーレムの炎耐性が獲得できていることに気づく。
しかし、その代償として……
(ぐっ……覚悟してはいたけど、凄い頭痛だ、ね……)
頭痛だけでなく、身体の各部も物凄い痛みに襲われる。
これが『パンドラ・ディヴァー』――否、『パンドラ・ディヴァー』とヨハネスの能力。封印したモノを魔力に変換して使用者に流すというものだ。
(慣れれば……まあ、大丈夫かな)
そもそも『パンドラ・ディヴァー』の能力は封印だ。今、俺が分かる限りは。
では一体なぜそうなるのかというと、ヨハネスのせいだ。ヨハネスは封印したモノを魔力に変換し、それに関する情報を蒐集しているらしい。そして知った後の魔力に用は無いので、持ち主に流すわけだ。
ただその時に流れ込む魔力は自分の物ではないため、拒絶反応を起こしてしまう。それを今のように無理矢理抑え込み、制御して初めて自分の力として使いこなすことが出来る。
つまり持ち手の実力によってこの槍の強さは変わってしまうのだ。
「これは……本当に、使い勝手の悪い神器だね……」
『マァ、ソウダナァ! 正直ヨォ。お前が、コンナニスグニ使イコナセテイルコトが異常ダゼェ!』
「そうかなっ……!」
今度は、そのエネルギーの部分――封印帯とでも呼ぼうか――を刃状にして飛ばしてみる。弾速が遅い、実戦ではそう使えないね。
斬! っと綺麗にゴーレムの腕が切断されて――そして、また魔力が流れ込んでくる。
(くっ――)
それを俺は体に異変が出る前に水に変換。そのまま水の刃として発射する。
その後――俺は、少し考えてから、自分の周りの空間を封印帯で封印してみた。
すると、やっぱり俺に魔力が流れ込んでくる。
「これ、無限魔力ってこと、かな……」
『ソウナルナァ!』
やれやれ、流石神器……恐ろしいね。
その後、俺が100体のゴーレムを討伐するのに五分とかからなかった。
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