異世界なう―No freedom,not a human―
35話 試練の間なう④
「ギャオオォォオオォ!!!」
鋭い爪が俺を襲うが、ステップで回避して身体から爆発するかのように炎を噴出する。
「グギャッ!?」
炎が目に入ったのか、ウィングラビットは顔を抑えるようにして仰け反った。その隙に地面の中にいくつか炎の罠をセットしておく。
ウィングラビットの懐に入り――全身の筋肉を一気に連動させた。
「『音速突き』!!」
つま先からすべてのエネルギーが流れるように槍の先へと集中する。それに加えてインパクトの瞬間、ジェット噴射のように穂先から炎を爆発させた。
『職スキル』、『音速突き・改』を習得しました
槍の切っ先から三角錐の形に衝撃波が発生し、音なんて遥か彼方に置き去りにする。
ウィングラビットは右腕を突き出して防ごうとするが――俺の突きはそれを押し返し、腕に槍を突き刺した。しかしそうなっても俺の槍の勢いは止まらない。そのまま肘まで抉り、右肩ごと腕を吹き飛ばした!
「ギャオオォォオオォ!?!?」
「あぐっ!」
――だが、相手の右腕を吹き飛ばした代償は俺の右腕だった。
筋肉が断裂したのか――よくわからないが腕が傷だらけになって、血が噴き出している。しかも、折れたのか変な方向に曲がっていた。……威力に耐えられなかったか?
自己治癒力も痛みへの耐性も、前の世界にいた時よりもはるかに上がっているが、流石に痛い。頑丈になったと思ってたんだけどね。
ヒーラーの空美は新井に手一杯だから……くそ、片手で戦うしかないか。
槍を持っていないと『職』の恩恵を受けられないが、夜の槍は片手じゃ振れない。短槍を買っておけばよかったね、ホント。
「清田! 大丈夫か!」
心配そうに声をかける佐野にヒラヒラと左手を振ってから、怪我回復役を右腕にぶちまける。
そして魔力を右腕に集め、風を巻きつけて即席のギプスにした。
(よし)
無茶苦茶痛いけど、なんとか槍を操れる。
「なんとかねぇ。それより、くるよ!!」
「ギァアォォォァアォォォ!!!!」
ウィングラビットが羽をバサリと広げ、空へ飛び上がった。そういえば羽が生えてたね、ちくしょう……。
右腕からドバドバ血が流れているウィングラビットだが、それを気にした様子も無く俺に風の刃をぶつけてくる!
「チッ!」
風の魔法……いや、魔術も使えるのかアイツ。本能でやってるっぽいから、どちらかというと『職スキル』って感じなのかもしれないけど。
俺は風の刃を炎で相殺し、『飛槍撃・炎』を地面から撃つ。
「ギャオッアッ!」
しかし、真っ直ぐにしか飛ばない『飛槍撃』では空を飛ぶ相手には中々当たらない。二発、三発と撃つが、全て避けられてしまう。
(……そういや、空を飛ぶ相手と戦うのは初めてだね)
鳥系の魔物を『狩った』ことはあるけど、『戦った』ことは無い。
足からジェット噴射のように炎を出すと出力の制御がしづらいので、代わりに足に風を巻き付けて俺は空へと飛び上がる。
螺旋のように巻き付いた風は、バネのように俺を空に押し上げる。ゲームでよく見る二段ジャンプのようなものだ。
「空中戦なんて初めてだけど……ウィングラビット、俺の経験値になってくれよ?」
宙を踏みしめ、俺はウィングラビットに肉迫する。
俺が吹きとばした右腕を見ると、生えてきてはいないが、既に血は止まっている。やっぱAランク魔物は化け物だね。
そんな化け物とは真剣に戦わないとヤバそうなので、俺は全力で魔術を行使する。
「ふぅ、『ブレイズランス』っ!」
炎の槍をウィングラビットに向かって飛ばすが、風の刃で叩き落されてしまう。厄介だね、魔術を扱う魔物ってのは。
基本的な魔物の防御手段は回避するか、耐えるかの二つしかない。けれど、魔術で防御されるとなると途端に厄介だ。戦術を根本から組みなおさなきゃいけなくなる。
……と、そこで下から斬撃が飛んできた。
「おーい、佐野、天川。ちゃんと抑えててよ!」
天を駆け、俺は簡単に躱す。空を飛んでいると地上からの攻撃は容易に回避出来るね。
「すまん! 今のは天川の斬撃なんだ! 私じゃ止められなかった!」
嘘でしょ。
「……躱せてよかった」
天川、佐野の攻撃は洒落にならないからね。
というか、やっぱ天川の攻撃は止められないか……あいつの攻撃が来るときは気を引き締めてやらなきゃ。
ウィングラビットの爪を槍でさばきつつ、俺は下に向かって叫ぶ。
「佐野! 天川の攻撃はもう防がなくていいから、来た時に教えて!」
「わ、分かった!」
そんな会話の間にも、ウィングラビットの攻撃は俺を襲う。片腕しかない爪は簡単に防げるが、風の刃が厄介だ。炎で風の刃を燃やすという荒業でなんとか防いでいるけど、いつまでもつかわからない。
「しょうがない」
距離をおくと風の刃が来て鬱陶しいので……俺は近距離で戦いながら、魔力を練り上げる。
「ギャアァァァァォォァオァオアアアア!!!!」
ウィングラビットが風の刃を構築した瞬間、俺は練り上げていた魔力を使って、上空で大爆発を起こす!
「シッ!」
風の刃を槍で叩き落し、上空の爆発で体制を崩したウィングラビットの翼を『亜音速斬り』でぶった切る!
「ギャッ!?」
「かつて神話の時代、イカロスは太陽に近づきすぎて墜とされた。ウィングラビット、お前が空を飛ぶのは……まだ早いんじゃないかな」
片翼を切られたウィングラビットは、地面へと真っ逆さまに落ちていく。
そして、そこにあるのは――
「さっき俺が設置しておいた炎だ。ウサギの丸焼き、おいしそうだね」
――ウィングラビットが墜落すると同時に、ボンッ! と地面から出た炎の槍がウィングラビットを貫く。
そして動きが鈍った瞬間、俺は上空から落下の加速をつけて槍で頭を突き刺す!
「燃えろ」
さらに槍から炎を流し込み、ウィングラビットを燃やし尽くす。魔魂石は回収できないけどしょうがない。
案外あっさり倒せたなー。いや、拍子抜けにも程がある。
たぶん洗脳とかそういう精神系能力値が高いから、純粋な戦闘は苦手だったんだろう。じゃなきゃ、片翼を斬られたくらいであんな真っ逆さまに落ちることも無いだろうし。
「清田! そ、その腕は大丈夫なのか!」
佐野が駆け寄ってきて、俺の右腕にすがりつく。
「痛っ! ちょっ、佐野。痛いから触らないで……」
「あっ、す、すまん! だが……血塗れ、だぞ」
無理矢理風のギプスで動かしてた右腕は、今や痛すぎて逆に感覚が無くなってきた。こんな派手に怪我したのは、この世界に来て以来初かもしれない。そう考えると、ウィングラビットは強敵だったのかもね。
「けど、これくらいの怪我なら治るでしょ。空美もいるんだし」
「空美さんは今忙しいから、僕が治すよ」
にゅっ、と賢者こと加藤が現れて、俺の腕に回復魔法を施してくれた。
みるみるうちに傷が塞がり、なんとか動くようになる。へぇ、オールマイティなんだね、加藤は。
「……加藤は回復魔法も使えるんだね」
「うん。本職である空美さんには敵わないけど、今の傷くらいならなんとか」
腕がボロボロになったくらいなら治せるって……うん、チートだね。
正直な話、戦闘系の能力よりもこういうサポート系の能力の方がチートっぷりが目立つね。
城に残ってる奴らは、さぞやウハウハなチートっぷりを見せつけてることだろう。
「ただ……」
加藤が、チラリと目線を向ける。
そこでは、空美が泣きながら新井の胸を――正確には穴の開いた場所を――手で押さえ、何度も魔法を唱えていた。
「『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』! 『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』! 『天の威よ……」
アレがどうやら、空美の持ってる中で一番回復力のある魔法らしい。
けど……その効果は微妙そうだ。一応延命にはなっているみたいだけど、根本的な傷が治っていない。
というか、アレは普通即死だぞ。腹に穴が開いたってだけじゃなく、胴体が千切れかけている。R15なんてレベルじゃないね、R18だね、グロの方で。
異世界人である新井本人のチートな身体スペックと、空美の魔法があるからまだなんとか生きてる、ってだけだ。
「あれは死ぬね」
俺が一言呟くと、加藤と佐野が黙り込んでしまった。どうやら、2人もそう思っているようだ。
「なぁ……清田、どうにか、ならないのか……?」
懇願するように佐野が俺を見るけど、俺はもう肩をすくめるしかない。
「ならない。俺の専門は槍と炎魔法だけだよ。回復は専門外だ。加藤は? せめて、一緒に回復魔法かけるとか」
「感覚だけど、回復魔法は重ねがけしても、無駄なんだ。こう……強い魔法で、弱い魔法は上書きされるんだ」
「全く同じ魔法をかけたら?」
「無理。僕と空美さんが同じ魔法をかけたら、回復特化である空美さんの魔法の方が強くなるから」
ため息。もはや打つ手は無しか。
……いや、もう一つだけあるな。確実性なんて無いし、正直、上手くいくかは知らないけど。
「そういえば、一つだけ手はある」
「ほ、本当か!?」
目を輝かせる佐野。
「けど、出来るかどうか分からないし、そもそも俺はアイツを助ける義理は無い」
「けど、やらないよりマシだろう! というか、この問答が無駄な時間だ! 何か出来ることがあるならやってくれ!」
「……一つだけ条件」
俺は指を一本立てる。
佐野は頭の上に「?」マークを出しているのを構わずに、要求を突きつける。
「後で、佐野が俺の言うことを一つ、なんでも聞くこと。いい?」
「な、なんでも……ええ!?」
目を見開いて驚く佐野に、俺はたたみかける。
「いいでしょ?」
「いやっ、そのっ、そういうことはっ! ま、まだはやっ!」
「……了承したと見なすよ? じゃ、加藤、来て」
「うん?」
「早く」
俺は赤面してショートしている佐野を置いておいて、加藤を連れて新井を治している空美たちに近づく。
木原は新井の手を握り、ずっと呼びかけている。
やらないよりマシ、というくらいかもしれないが、王女様が空美の疲労を回復させ続けている。
周りでは、難波も阿辺も天川も白鷺も井川も、誰もが言葉を失っている。
空美は当然、もはや泣きながら回復魔法をかけている。そして新井は――もう、顔から血の気が引いていて、命の灯火が尽きようとしていた。
その光景はとても痛々しくて、とてもじゃないが見ていられなくて――
「空美」
「『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』!『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』!『天の……」
「空美!」
俺はグイッと空美を新井から引き離す。
「加藤、ありったけの回復魔法を。死ぬ気でつなぎ止めて」
「僕じゃ空美さんのようにはいかないと思うけど……」
「いいから」
「……分かったよ」
加藤が新井の延命を始めたのを見て、俺は空美に向き直る。
「離して! じゃなきゃ、じゃなきゃ美紗ちゃんが! 美紗ちゃんが!」
「落ち着いて」
「離してよぉ!」
「いいから、落ち着いて! ったく……」
俺は魔力を体内で高め、放出!
轟! と魔力が吹き荒れ、空気が震える。
こうやって魔力を放出するのは威嚇以外の何物でもないけど、効果はあったようだ。
「ひぅっ!?」
空美は身を縮こまらせ、そしてはっとしたような表情を浮かべる。
「空美、今のままじゃ新井は治せない。それは分かるでしょ? それなのに、無駄に魔力を使ってどうするつもりなのさ」
「でも! でも!」
やはりすぐに取り乱す空美。確かにクラスメイトが目の前で風穴開けられたらビビるとは思う。
けど、それじゃあダメなんだよ。
魔力を『視』ると、もうあと数回分くらいしか魔力量が残されていない。やっぱり、止めて正解だったね。
俺はアイテムボックスから魔力回復薬を取り出し、空美に無理やり飲ませる。
「んむっ?」
「これがラストチャンスだと思って聞いて。今から、新井を助ける方法が一つだけある」
「!?」
魔力回復薬の瓶を咥えたまま、驚きに目を見開く。
「というか、これは空美にしかできないと思う」
「ぷはっ、な、なに!?」
縋るような目で見てくる空美をジッと見返し――俺のキャラに合わないなぁ、と思いつつもさっき思いついたことを彼女に伝える。
「この中で回復魔法が一番得意なのはお前、空美でしょ? だから、やることは一つ。今ここで――新しい魔法に目覚めろ」
「え……?」
「今までの魔法じゃ新井を治せない。だったら、新しく魔法を覚えるしかないでしょ。今、ここで。限界を超えて」
精神論、なんてホントに俺の趣味じゃない。
けど、もう今はこれしかない。精神論は俺の専門外だけど、回復魔法はもっと専門外だ。
それに――勝機が無いってわけじゃないしね。
魔法ってのは、基本的にはイメージ力だ。魔力をエネルギーにしてイメージを現実にする。それが魔法……のような気がする。
それに、魔力を指先に集めるってのも、ある。こうすれば魔法の効果も上がる。水鉄砲のイメージだ。
ともかく、このことを伝える。後は気持ちだ。
「死ぬ気でやるだけだよ」
「で、でも、そんな……む、無理だよ、そんなの、出来ないよ……」
怖気づく空美に、俺は首を振る。
「あのね、空美。出来る、出来ないじゃないんだよ。お前が出来なきゃ新井が死ぬ。それだけだよ。それが嫌なら、やるしかないんだよ」
今こうしている間にも、新井の命は刻一刻と失われている。加藤の魔法じゃ、命をとどめるのは難しいみたいだ。
「やるかやらないか、だよ。さあ、空美」
「わ、分かった」
「それに、俺たちは救世主らしいじゃん? 世界一つ救えるはずなのに、クラスメイト一人救えないはずはないよ。だから空美、安心して」
というか、そう信じてもらわなきゃ出来るはずもない。
覚悟は決まったのか、空美は強い光を眼に宿して新井へ近づく。
「……お願い、戻ってきて、美沙ちゃん!」
空美の人差し指が輝き、凄まじい魔力がそこに集まっていく。
(って、これ、空美の本来の魔力を超えているような……)
魔力の流れを『視』てみると、普通は全身から満遍なく集まっていくはずの魔力が、いったん心臓に集まり、増幅されてから指先へと集まっていっている。
……なるほど? こうすることで、死ぬギリギリまで魔力を絞っていっているようだ。
大丈夫か、この魔力。暴走したらマズいことになるぞ……ッ!
俺が心配に思っていると、空美がハッと何かに気づいたかのような表情をして魔法が発動した。
「うううう……帰ってきて、美沙ちゃん! 『天の威よ、我が同胞に、全ての災厄を消し去る、奇跡を現せ! ミラクルディバインリバース』!」
空美の指先から出た光が、新井の体を包む。パァッ……と煌いたかと思うと、なんと風穴がふさがった。……というよりも、傷なんてなかったと言っても過言ではない程、綺麗に傷が治っていた。
これは凄い。欠損を再生させるなんて。
自分でけしかけておいてなんだけど、正直ここまで出来るとは思わなかった。
皆で見守っていると、新井がもぞもぞと動いてから目を覚ました。
「ん……ううん……ハッ、あ、あの魔物は!?」
「美沙!」
ガバッ! と木原が新井に抱きつく。周りの皆も、一斉に新井へと向かう。
「よかったな!」
「やったぜ空美!」
そんな微笑ましい光景を見届けて、ふらり、と空美が倒れた。
「呼心!」
空美が倒れて地面に当たる寸前、天川が抱きかかえた。
「呼心! しっかりしろ!」
「大丈夫だよ、天川。ただの魔力切れ」
ただ、ギリギリ限界まで魔力を振り絞ったみたいだから、体内に魔力が殆ど残ってないけど。
顔色は、真っ青を通り越して真っ白。ここまでなってる人を見たことが無いけど、一応は呼吸しているから死にはしないでしょ。
俺はアイテムボックスから魔力回復薬を取り出して、天川に渡す。
「それ、魔力回復薬だから、空美に飲ませて。そうすれば早く魔力回復するから」
「……あ、ああ、分かった」
瓶の口を開け、天川が空美の口の中に流し込む。意識が無いから飲まないかな、と思ったけどちゃんと飲み込めたようだ。
魔力回復薬を飲んでから、空美の顔色も多少はよくなった。今は、寝ているのとあまり変わらないように見える。
「よかった……」
天川がホッと胸をなで下ろしていたので、俺はその肩をポンと叩いて一言だけ伝えた。
「よかったね。今回はなんとかなって」
「ッ!」
どうやら天川が此方を睨んでいるようだけど関係ない。これで多少甘ちゃんが治るならいいけどね。
俺は活力煙を咥え、花畑に灰を落とした。
鋭い爪が俺を襲うが、ステップで回避して身体から爆発するかのように炎を噴出する。
「グギャッ!?」
炎が目に入ったのか、ウィングラビットは顔を抑えるようにして仰け反った。その隙に地面の中にいくつか炎の罠をセットしておく。
ウィングラビットの懐に入り――全身の筋肉を一気に連動させた。
「『音速突き』!!」
つま先からすべてのエネルギーが流れるように槍の先へと集中する。それに加えてインパクトの瞬間、ジェット噴射のように穂先から炎を爆発させた。
『職スキル』、『音速突き・改』を習得しました
槍の切っ先から三角錐の形に衝撃波が発生し、音なんて遥か彼方に置き去りにする。
ウィングラビットは右腕を突き出して防ごうとするが――俺の突きはそれを押し返し、腕に槍を突き刺した。しかしそうなっても俺の槍の勢いは止まらない。そのまま肘まで抉り、右肩ごと腕を吹き飛ばした!
「ギャオオォォオオォ!?!?」
「あぐっ!」
――だが、相手の右腕を吹き飛ばした代償は俺の右腕だった。
筋肉が断裂したのか――よくわからないが腕が傷だらけになって、血が噴き出している。しかも、折れたのか変な方向に曲がっていた。……威力に耐えられなかったか?
自己治癒力も痛みへの耐性も、前の世界にいた時よりもはるかに上がっているが、流石に痛い。頑丈になったと思ってたんだけどね。
ヒーラーの空美は新井に手一杯だから……くそ、片手で戦うしかないか。
槍を持っていないと『職』の恩恵を受けられないが、夜の槍は片手じゃ振れない。短槍を買っておけばよかったね、ホント。
「清田! 大丈夫か!」
心配そうに声をかける佐野にヒラヒラと左手を振ってから、怪我回復役を右腕にぶちまける。
そして魔力を右腕に集め、風を巻きつけて即席のギプスにした。
(よし)
無茶苦茶痛いけど、なんとか槍を操れる。
「なんとかねぇ。それより、くるよ!!」
「ギァアォォォァアォォォ!!!!」
ウィングラビットが羽をバサリと広げ、空へ飛び上がった。そういえば羽が生えてたね、ちくしょう……。
右腕からドバドバ血が流れているウィングラビットだが、それを気にした様子も無く俺に風の刃をぶつけてくる!
「チッ!」
風の魔法……いや、魔術も使えるのかアイツ。本能でやってるっぽいから、どちらかというと『職スキル』って感じなのかもしれないけど。
俺は風の刃を炎で相殺し、『飛槍撃・炎』を地面から撃つ。
「ギャオッアッ!」
しかし、真っ直ぐにしか飛ばない『飛槍撃』では空を飛ぶ相手には中々当たらない。二発、三発と撃つが、全て避けられてしまう。
(……そういや、空を飛ぶ相手と戦うのは初めてだね)
鳥系の魔物を『狩った』ことはあるけど、『戦った』ことは無い。
足からジェット噴射のように炎を出すと出力の制御がしづらいので、代わりに足に風を巻き付けて俺は空へと飛び上がる。
螺旋のように巻き付いた風は、バネのように俺を空に押し上げる。ゲームでよく見る二段ジャンプのようなものだ。
「空中戦なんて初めてだけど……ウィングラビット、俺の経験値になってくれよ?」
宙を踏みしめ、俺はウィングラビットに肉迫する。
俺が吹きとばした右腕を見ると、生えてきてはいないが、既に血は止まっている。やっぱAランク魔物は化け物だね。
そんな化け物とは真剣に戦わないとヤバそうなので、俺は全力で魔術を行使する。
「ふぅ、『ブレイズランス』っ!」
炎の槍をウィングラビットに向かって飛ばすが、風の刃で叩き落されてしまう。厄介だね、魔術を扱う魔物ってのは。
基本的な魔物の防御手段は回避するか、耐えるかの二つしかない。けれど、魔術で防御されるとなると途端に厄介だ。戦術を根本から組みなおさなきゃいけなくなる。
……と、そこで下から斬撃が飛んできた。
「おーい、佐野、天川。ちゃんと抑えててよ!」
天を駆け、俺は簡単に躱す。空を飛んでいると地上からの攻撃は容易に回避出来るね。
「すまん! 今のは天川の斬撃なんだ! 私じゃ止められなかった!」
嘘でしょ。
「……躱せてよかった」
天川、佐野の攻撃は洒落にならないからね。
というか、やっぱ天川の攻撃は止められないか……あいつの攻撃が来るときは気を引き締めてやらなきゃ。
ウィングラビットの爪を槍でさばきつつ、俺は下に向かって叫ぶ。
「佐野! 天川の攻撃はもう防がなくていいから、来た時に教えて!」
「わ、分かった!」
そんな会話の間にも、ウィングラビットの攻撃は俺を襲う。片腕しかない爪は簡単に防げるが、風の刃が厄介だ。炎で風の刃を燃やすという荒業でなんとか防いでいるけど、いつまでもつかわからない。
「しょうがない」
距離をおくと風の刃が来て鬱陶しいので……俺は近距離で戦いながら、魔力を練り上げる。
「ギャアァァァァォォァオァオアアアア!!!!」
ウィングラビットが風の刃を構築した瞬間、俺は練り上げていた魔力を使って、上空で大爆発を起こす!
「シッ!」
風の刃を槍で叩き落し、上空の爆発で体制を崩したウィングラビットの翼を『亜音速斬り』でぶった切る!
「ギャッ!?」
「かつて神話の時代、イカロスは太陽に近づきすぎて墜とされた。ウィングラビット、お前が空を飛ぶのは……まだ早いんじゃないかな」
片翼を切られたウィングラビットは、地面へと真っ逆さまに落ちていく。
そして、そこにあるのは――
「さっき俺が設置しておいた炎だ。ウサギの丸焼き、おいしそうだね」
――ウィングラビットが墜落すると同時に、ボンッ! と地面から出た炎の槍がウィングラビットを貫く。
そして動きが鈍った瞬間、俺は上空から落下の加速をつけて槍で頭を突き刺す!
「燃えろ」
さらに槍から炎を流し込み、ウィングラビットを燃やし尽くす。魔魂石は回収できないけどしょうがない。
案外あっさり倒せたなー。いや、拍子抜けにも程がある。
たぶん洗脳とかそういう精神系能力値が高いから、純粋な戦闘は苦手だったんだろう。じゃなきゃ、片翼を斬られたくらいであんな真っ逆さまに落ちることも無いだろうし。
「清田! そ、その腕は大丈夫なのか!」
佐野が駆け寄ってきて、俺の右腕にすがりつく。
「痛っ! ちょっ、佐野。痛いから触らないで……」
「あっ、す、すまん! だが……血塗れ、だぞ」
無理矢理風のギプスで動かしてた右腕は、今や痛すぎて逆に感覚が無くなってきた。こんな派手に怪我したのは、この世界に来て以来初かもしれない。そう考えると、ウィングラビットは強敵だったのかもね。
「けど、これくらいの怪我なら治るでしょ。空美もいるんだし」
「空美さんは今忙しいから、僕が治すよ」
にゅっ、と賢者こと加藤が現れて、俺の腕に回復魔法を施してくれた。
みるみるうちに傷が塞がり、なんとか動くようになる。へぇ、オールマイティなんだね、加藤は。
「……加藤は回復魔法も使えるんだね」
「うん。本職である空美さんには敵わないけど、今の傷くらいならなんとか」
腕がボロボロになったくらいなら治せるって……うん、チートだね。
正直な話、戦闘系の能力よりもこういうサポート系の能力の方がチートっぷりが目立つね。
城に残ってる奴らは、さぞやウハウハなチートっぷりを見せつけてることだろう。
「ただ……」
加藤が、チラリと目線を向ける。
そこでは、空美が泣きながら新井の胸を――正確には穴の開いた場所を――手で押さえ、何度も魔法を唱えていた。
「『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』! 『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』! 『天の威よ……」
アレがどうやら、空美の持ってる中で一番回復力のある魔法らしい。
けど……その効果は微妙そうだ。一応延命にはなっているみたいだけど、根本的な傷が治っていない。
というか、アレは普通即死だぞ。腹に穴が開いたってだけじゃなく、胴体が千切れかけている。R15なんてレベルじゃないね、R18だね、グロの方で。
異世界人である新井本人のチートな身体スペックと、空美の魔法があるからまだなんとか生きてる、ってだけだ。
「あれは死ぬね」
俺が一言呟くと、加藤と佐野が黙り込んでしまった。どうやら、2人もそう思っているようだ。
「なぁ……清田、どうにか、ならないのか……?」
懇願するように佐野が俺を見るけど、俺はもう肩をすくめるしかない。
「ならない。俺の専門は槍と炎魔法だけだよ。回復は専門外だ。加藤は? せめて、一緒に回復魔法かけるとか」
「感覚だけど、回復魔法は重ねがけしても、無駄なんだ。こう……強い魔法で、弱い魔法は上書きされるんだ」
「全く同じ魔法をかけたら?」
「無理。僕と空美さんが同じ魔法をかけたら、回復特化である空美さんの魔法の方が強くなるから」
ため息。もはや打つ手は無しか。
……いや、もう一つだけあるな。確実性なんて無いし、正直、上手くいくかは知らないけど。
「そういえば、一つだけ手はある」
「ほ、本当か!?」
目を輝かせる佐野。
「けど、出来るかどうか分からないし、そもそも俺はアイツを助ける義理は無い」
「けど、やらないよりマシだろう! というか、この問答が無駄な時間だ! 何か出来ることがあるならやってくれ!」
「……一つだけ条件」
俺は指を一本立てる。
佐野は頭の上に「?」マークを出しているのを構わずに、要求を突きつける。
「後で、佐野が俺の言うことを一つ、なんでも聞くこと。いい?」
「な、なんでも……ええ!?」
目を見開いて驚く佐野に、俺はたたみかける。
「いいでしょ?」
「いやっ、そのっ、そういうことはっ! ま、まだはやっ!」
「……了承したと見なすよ? じゃ、加藤、来て」
「うん?」
「早く」
俺は赤面してショートしている佐野を置いておいて、加藤を連れて新井を治している空美たちに近づく。
木原は新井の手を握り、ずっと呼びかけている。
やらないよりマシ、というくらいかもしれないが、王女様が空美の疲労を回復させ続けている。
周りでは、難波も阿辺も天川も白鷺も井川も、誰もが言葉を失っている。
空美は当然、もはや泣きながら回復魔法をかけている。そして新井は――もう、顔から血の気が引いていて、命の灯火が尽きようとしていた。
その光景はとても痛々しくて、とてもじゃないが見ていられなくて――
「空美」
「『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』!『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』!『天の……」
「空美!」
俺はグイッと空美を新井から引き離す。
「加藤、ありったけの回復魔法を。死ぬ気でつなぎ止めて」
「僕じゃ空美さんのようにはいかないと思うけど……」
「いいから」
「……分かったよ」
加藤が新井の延命を始めたのを見て、俺は空美に向き直る。
「離して! じゃなきゃ、じゃなきゃ美紗ちゃんが! 美紗ちゃんが!」
「落ち着いて」
「離してよぉ!」
「いいから、落ち着いて! ったく……」
俺は魔力を体内で高め、放出!
轟! と魔力が吹き荒れ、空気が震える。
こうやって魔力を放出するのは威嚇以外の何物でもないけど、効果はあったようだ。
「ひぅっ!?」
空美は身を縮こまらせ、そしてはっとしたような表情を浮かべる。
「空美、今のままじゃ新井は治せない。それは分かるでしょ? それなのに、無駄に魔力を使ってどうするつもりなのさ」
「でも! でも!」
やはりすぐに取り乱す空美。確かにクラスメイトが目の前で風穴開けられたらビビるとは思う。
けど、それじゃあダメなんだよ。
魔力を『視』ると、もうあと数回分くらいしか魔力量が残されていない。やっぱり、止めて正解だったね。
俺はアイテムボックスから魔力回復薬を取り出し、空美に無理やり飲ませる。
「んむっ?」
「これがラストチャンスだと思って聞いて。今から、新井を助ける方法が一つだけある」
「!?」
魔力回復薬の瓶を咥えたまま、驚きに目を見開く。
「というか、これは空美にしかできないと思う」
「ぷはっ、な、なに!?」
縋るような目で見てくる空美をジッと見返し――俺のキャラに合わないなぁ、と思いつつもさっき思いついたことを彼女に伝える。
「この中で回復魔法が一番得意なのはお前、空美でしょ? だから、やることは一つ。今ここで――新しい魔法に目覚めろ」
「え……?」
「今までの魔法じゃ新井を治せない。だったら、新しく魔法を覚えるしかないでしょ。今、ここで。限界を超えて」
精神論、なんてホントに俺の趣味じゃない。
けど、もう今はこれしかない。精神論は俺の専門外だけど、回復魔法はもっと専門外だ。
それに――勝機が無いってわけじゃないしね。
魔法ってのは、基本的にはイメージ力だ。魔力をエネルギーにしてイメージを現実にする。それが魔法……のような気がする。
それに、魔力を指先に集めるってのも、ある。こうすれば魔法の効果も上がる。水鉄砲のイメージだ。
ともかく、このことを伝える。後は気持ちだ。
「死ぬ気でやるだけだよ」
「で、でも、そんな……む、無理だよ、そんなの、出来ないよ……」
怖気づく空美に、俺は首を振る。
「あのね、空美。出来る、出来ないじゃないんだよ。お前が出来なきゃ新井が死ぬ。それだけだよ。それが嫌なら、やるしかないんだよ」
今こうしている間にも、新井の命は刻一刻と失われている。加藤の魔法じゃ、命をとどめるのは難しいみたいだ。
「やるかやらないか、だよ。さあ、空美」
「わ、分かった」
「それに、俺たちは救世主らしいじゃん? 世界一つ救えるはずなのに、クラスメイト一人救えないはずはないよ。だから空美、安心して」
というか、そう信じてもらわなきゃ出来るはずもない。
覚悟は決まったのか、空美は強い光を眼に宿して新井へ近づく。
「……お願い、戻ってきて、美沙ちゃん!」
空美の人差し指が輝き、凄まじい魔力がそこに集まっていく。
(って、これ、空美の本来の魔力を超えているような……)
魔力の流れを『視』てみると、普通は全身から満遍なく集まっていくはずの魔力が、いったん心臓に集まり、増幅されてから指先へと集まっていっている。
……なるほど? こうすることで、死ぬギリギリまで魔力を絞っていっているようだ。
大丈夫か、この魔力。暴走したらマズいことになるぞ……ッ!
俺が心配に思っていると、空美がハッと何かに気づいたかのような表情をして魔法が発動した。
「うううう……帰ってきて、美沙ちゃん! 『天の威よ、我が同胞に、全ての災厄を消し去る、奇跡を現せ! ミラクルディバインリバース』!」
空美の指先から出た光が、新井の体を包む。パァッ……と煌いたかと思うと、なんと風穴がふさがった。……というよりも、傷なんてなかったと言っても過言ではない程、綺麗に傷が治っていた。
これは凄い。欠損を再生させるなんて。
自分でけしかけておいてなんだけど、正直ここまで出来るとは思わなかった。
皆で見守っていると、新井がもぞもぞと動いてから目を覚ました。
「ん……ううん……ハッ、あ、あの魔物は!?」
「美沙!」
ガバッ! と木原が新井に抱きつく。周りの皆も、一斉に新井へと向かう。
「よかったな!」
「やったぜ空美!」
そんな微笑ましい光景を見届けて、ふらり、と空美が倒れた。
「呼心!」
空美が倒れて地面に当たる寸前、天川が抱きかかえた。
「呼心! しっかりしろ!」
「大丈夫だよ、天川。ただの魔力切れ」
ただ、ギリギリ限界まで魔力を振り絞ったみたいだから、体内に魔力が殆ど残ってないけど。
顔色は、真っ青を通り越して真っ白。ここまでなってる人を見たことが無いけど、一応は呼吸しているから死にはしないでしょ。
俺はアイテムボックスから魔力回復薬を取り出して、天川に渡す。
「それ、魔力回復薬だから、空美に飲ませて。そうすれば早く魔力回復するから」
「……あ、ああ、分かった」
瓶の口を開け、天川が空美の口の中に流し込む。意識が無いから飲まないかな、と思ったけどちゃんと飲み込めたようだ。
魔力回復薬を飲んでから、空美の顔色も多少はよくなった。今は、寝ているのとあまり変わらないように見える。
「よかった……」
天川がホッと胸をなで下ろしていたので、俺はその肩をポンと叩いて一言だけ伝えた。
「よかったね。今回はなんとかなって」
「ッ!」
どうやら天川が此方を睨んでいるようだけど関係ない。これで多少甘ちゃんが治るならいいけどね。
俺は活力煙を咥え、花畑に灰を落とした。
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