異世界なう―No freedom,not a human―
34話 試練の間なう③
「じゃあ行くか」
天川が言ってドアへ向かおうとするので、俺は静止する。
「閉じる気配も無いし、もう少し休ませてよ。というか、魔力が戻るまで待ってくれてもいいでしょ?」
ここはどういうわけか魔力の回復が遅い。
そして、俺は自分の魔力が回復しないうちに進むような真似はしたくない。死ぬかもしれないからね。
「だから休憩にしよう。お腹も空いたし」
急ぐ必要はないと思うしね。
この試練の間に入れたということは、俺たちの誰かは選ばれているはずだ。だったら、ここでドアを閉じることはないだろう。そんなことしたら、せっかくの選ばれし人が絶対に辿り着けなくなってしまうからね。
だからのんびりでもいいはずだ。俺はそう思いながら、活力煙の煙をはき出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~
ドアが開いてから何時間経っただろうか。体感だけど、半日は経ったような気がする。
俺の魔力量は大分回復していた。全快とまではいかないが、9割以上は回復しただろう。
「ん、ごめんね~、皆。待たせちゃって」
「回復したのか? 本当に大丈夫なのか?」
佐野がえらく心配げに訊いてくる。
「大丈夫だよ。それに、これ以上待たせると大変なことになりそうだ」
阿辺と難波のイライラが相当溜まってるみたいだからね。
カルシウムが足りてないのかもしれない。カルシウムが足りていないとイライラするっていうのは俗説らしいけど。
俺はもう大丈夫なことを天川に伝え、槍の準備などを終える。
「佐野、準備は大丈夫?」
「ああ、おかげさまでな」
「それなら結構。備えるに越したことはないからね」
意気揚々とズンズン進む天川たちを追いかけ、俺たちもドアを潜る。
すると、そこには一面の花畑が広がっていた。
「………え?」
「これは……」
花畑、そう、花畑だった。辺り一面、花が敷き詰められている。パンジー、ひまわり、あじさいとかもあるね。節操がないな。
「さてと、これはどういうことかなー……」
アラクネマンティスみたいなのを想像していたからなのか、皆は気の抜けたように辺りをキョロキョロ見渡している。
暫くそうして散策していると、ヒョコン! と背中に羽を生やした……兎? のような真っ白い生き物が現れた。耳が長くて目が赤い。大きさもそれこそ子犬程度で、羽以外は本当に兎にしか見えない。
「なんだありゃ……ウィングラビット?」
外で見たウィングラビットという魔物に似ているが、魔力量が桁違いだ。普通のウィングラビットはFランク程度の魔力量だが、こいつは少なく見積もってもBランク……いや、Aランクはあるだろう。
この小さい体にこれだけの魔力量。怪しい……怪し過ぎる。これ以上ないくらい怪しい。
とりあえず殺すか。Bランク魔物くらいなら魔昇華も使わずに倒せる。
俺が槍を構えて突撃しようとした瞬間――
「か、」
「ん?」
「かっわいぃぃいぃいいい!!!」
目にもとまらぬ速さで木原がウィングラビットに抱きついた!
「ピューピューイ!」
「かわいいいい!!!」
「た、確かにかわいいですっ!」
今度は新井もウィングラビットへ抱きつきに行った。見れば、天川や井川なんかもうずうずしている。
こ、コレは一体?
「た、確かに、可愛いか、可愛くないかと言われたら可愛いかもしれないけど……」
けど、こんなになるまでか?
俺は首を傾げつつ、その光景を見つめる。
見れば、なんと佐野までうずうずしていた。
「キャラ的にかわいい物好きとかピッタリだけどさぁ」
「あっ、い、いや、コレは違うぞ!?」
「何が違うのさ。まあいいけど、取り敢えず抱きつくのは待って」
「だ、抱きつきたくなんか無い!」
「――明らかに危険だから、ね」
俺はウィングラビットを睨み付けながら言う。
一つ目の試練で出てきたアラクネマンティスは、明らかにこちらを恐慌状態にする魔物だった。
魔力量で言えばCランクくらいだからそこまで強力な効果じゃなかったんだろうけど、尋常じゃない数だったからか全員が恐慌状態にさせられてしまっていた。
そう考えると、今度はこちらに好意を抱かせる魔物なんじゃないかと推測できる。
「き、危険? だが、そんなことは無いと思うんだが……」
「佐野。よく考えてみてよ。今、ここにいる魔物はアイツだけなんだから。敵というか、試練は間違いなくあのウィングラビットでしょ」
「だが、様子を見たほうがいいだろう」
ふと振り向くと、そこには天川がいた。
「なんで?」
「あの魔物が害の無い魔物だったらどうするんだ? 殺すのはこちらに害意があると判断した後でも――」
「――それだと遅いんだよ。馬鹿なの? 誰かがやられてからじゃなきゃ判断できないの?」
何を言ってるんだコイツは。正気なのかな。
俺が呆れていると、天川は語調を強めて言い返してきた。
「だが! 現状アレに害意が無いのは明らかだろう!」
どうして明らかなんだよ……また感情だけで物を言われると、少し困るね。
少し冷静になってもらわないと俺まで巻き添えを食う。取りあえず、こちらだけでも冷静に対応しよう。
「……いや、なんで分かるの?」
「あんなに触られていても、特に反撃してこないじゃないか」
根拠があいまい過ぎない?
「あのさ……花カマキリって知ってる? チョウチンアンコウでもいいけど。あいつらって油断を誘ってからこっちを襲う系の虫なんだけどさ……そういうタイプとは考えないわけ?」
「そんなわけ無いだろう! あんなに可愛らしいんだぞ!」
ヤバい、話が通じない。ヒルディにテンプテーションをかけられた時みたいになってる。
まあ、間違いなくウィングラビットだよね。こんなことにしてるの。
見れば佐野以外の女子は全員ウィングラビットを愛でているし、男子も遠くからほのぼのとしながらその光景を見ている。
これは……誰一人ここが試練の間であることを覚えてはいないんじゃないかな。
「……しょうがない、殺そう」
殺せば元に戻るはず――そう思って、俺が槍を突き刺そうとウィングラビットの方へ足を向けると、
「――なんの真似かな? 天川。剣が――ああいや、神器が俺の目の前にあるんだけど?」
天川が剣を抜いて俺の前に立ちふさがった。
というか、小さい声で神器開放してたよね。流石に神器の直接攻撃を受けたらいくら俺でもひとたまりもないよ?
「通さんぞ。あの魔物に害は無い」
問答無用って感じのムードな天川。うん、そこまで心を乱されるものなのかね。
試練の間の魔物だ。害が無い訳が無い。
「なんでそこまでウィングラビットに肩入れするの? 今まで絆をはぐくんできた魔物ってわけじゃないでしょ?」
「それは……」
口ごもる天川。
理由が出てこようはずもない。ウィングラビットに(たぶん)操られてるからこんな言動になってるんだろうし。素でコレなら真剣に引く。
だから俺は、魔力を練りつつ天川を少し睨んだ。
「魔物は全て悪だ! 滅すべきだ!」
天川から視線を外してそう言った後、フッと片をすくめる。
「……なんて、いくらなんでもそんな頭の悪いことは言わないよ。でもさ、ここは試練の間。何らかの試練が与えられる……そうでしょ?」
「……ああ」
「そんな場所で、魔物が一体しか出てこないなら……アレが試練であることは十中八九間違いないでしょ」
というか、そうじゃなくても殺すことにデメリットが今のところは感じられない。殺さない方のデメリットは、いくらでも感じられるのに。
じゃあ殺さないと――って、この思考は危ないのかな。日本人としては。この考えを改めて殺されるのも嫌だから、改める気はないけど。
「だ、だが……」
「それとさ――」
俺がトン、と槍で地面を叩く。
その瞬間、ズァッ!! とウィングラビットの下から炎の槍が飛び出し、串刺しにした。
「なっ!」
「「えっ!?」」
「――止めたいなら言葉じゃ無くて行動で示しなよ」
ウィングラビットを貫いた炎の槍がさらに燃え上がり、ウィングラビットを焼き尽くす。
「油断してたら格下にも出し抜かれるよ? こんな風にね」
「え、詠唱も無しに、魔法だと!?」
「詠唱してたよ。口の中で、聞こえないくらい小さくね。そういうのに気づかないのが油断って言ってるんだよ」
ホントは魔法じゃなくて魔術……魔力を練り上げて炎を直接出したわけだから、詠唱が聞こえるわけ無いんだけどね。
「清田、テメェ!!」
ウィングラビットを愛でる筆頭だった木原が、抜刀して俺に斬りかかってきた。
読み通りの行動だったので、俺は冷静にそれを槍で受け止める。
「殺す必要無かっただろうがっ!」
ギリギリと鍔迫り合い――槍にも双剣にも鍔が無いのに鍔迫り合いって言うのかな――をしながら、俺はため息をつく。
「殺さないことにメリットを感じなかったからね。殺してなかったら皆ここで足止めをくらって前に進めなかったでしょ?」
「んなことねぇっ! 魔物が出たらちゃんと対応したさ!」
「その魔物がウィングラビットだったと思うんだけどねぇ……」
見れば、新井を含め他の連中も俺を睨んでいる。
……待てよ? ウィングラビットを殺したはずなのに、何故みんながこんな狂信的に俺に敵対する?
もしかして、アレで正常だったのか? 魔物を愛でることが? それとも――
「まさか……ッ!」
――ちらりとウィングラビットの方を見てみると、まだ炎が消えていない。
つまり、ウィングラビットがまだ死んでないってことだ。
(見た目に騙されて火力を下げすぎたかっ!)
「チッ……ウィングラビットから離れろ!」
木原の双剣をはじき飛ばし、魔力を練り上げながらバックステップする。
「『我が欲するは敵を焼き尽くす焔の槍! ブレイズランス!』」
テキトーな詠唱と共に炎の槍を生み出し、未だ燃え続けているウィングラビットに狙いを定めたところで――新井が立ちふさがった。
「どいて、新井! じゃなきゃそいつを殺せない!」
思わずこんなセリフが出てきてしまうくらいには焦っている。だって、このままじゃ――俺が皆に敵認定されてしまうかもしれないから。
「どかない! 加藤くん、呼心ちゃん!」
加藤が魔法で水を生み出し、空美がその火傷を治してしまった。
(この、異世界チート共め……っ!)
俺がその光景を睨み付けていると、天川、難波、木原が俺の前に立ちふさがった。
近接では全員俺より強い奴らだね。
「……なんの真似?」
「これ以上あの魔物を害するなら、俺達が相手になるぞ」
そう言って剣を構える三人。うわぁ、面倒くさい……
(マズいね……)
見れば三人だけでなく、佐野以外の全員が俺へ武器を向けている状況になっていた。炎の槍は五本既に発動しているから射出すれば先手はとれるけど、それまでだ。一度の攻撃で全員は倒せない。
「き、清田……とりあえず、武器を降ろしたら、どうだ? な、何か互いに勘違いしているだけで――」
「――武器を降ろした瞬間殺されたらたまらないからね。そんな馬鹿なこと出来ないよ」
「うっ……」
佐野がぬるいこと言っているけど、俺はそれに冷たく返すことしか出来ない。
「ピューイ」
「よかったね……」
後ろでは、ホッとした表情で新井がウィングラビットを抱き締めている。
……ここまでくると、俺まであのウィングラビットに害が無いように思えてきたね。どうしようか。
「……はぁ、分かったよ、そんないきり立たないでよ」
俺は槍を下げ、周囲に浮いている炎の槍で活力煙に火を付けてから口に咥えた。炎の槍も解除し、やれやれと首を振る。
無論、槍は下げただけでいつでも反応出来るような位置に構えてるんだけど(俺流の下段の構えだね)……もう俺にウィングラビットを殺す気が無いと思ったのか、勇者たちも剣を降ろす。
……ここで剣を降ろしちゃうあたりがねぇ、とは思うけどしょうがない。いつでも戦えるように魔力だけは準備しておこう。
「ホントよかったな……」
「ピューイ」
木原もウィングラビットに駆け寄る。ウィングラビットも、木原を迎え入れるように笑顔を見せて――
「えっ……」
「なっ……」
「新井さん!」
――ウィングラビットの爪が、新井の胴体を貫いた!
「ピュ、ピン、ピュー、グ、ゲ、ゲババババババパバババババパババババハァァアァァァァァァァァァァア!!!!!!!」
ウィングラビットは爪を引き抜くと……ドンドン巨大化していく。
その形状はさっきと変わらないが――目が、さっきとはうって変わって禍々しいものになっている。
これはヤバい――
「チッ……『飛槍撃』!」
舌打ちしつつ『飛槍撃』を放つ……が、ウィングラビットの爪で弾き消される。
「なら接近戦だ!」
俺は一気にウィングラビットまで距離を詰め、『音速突き』でウィングラビットの喉を狙う。
……しかしこれは読んでいたようで、ウィングラビットに危なげなく躱された。
(ふぅ……魔昇華を使うか? けど、そんなに魔昇華を見せたくないしな……あと、疲れるし)
ウィングラビットはもう、3メートルくらいになっている。デカい。アックスオークと同じくらいかな?
……魔力量も上がっているね、Aランク中位くらいかな? 塔の初日で戦ったアックスオークよりは強い。
「けど、ヒルディほどじゃない!」
今まで戦った中で一番の強敵、ヒルディ。アイツを除けば、今目の前にいるウィングラビットは間違いなく最強の魔物だろう。
だからといって、負ける気は毛頭無いけど。
「『飛槍撃・三連』!」
ボヒュッ! と飛槍撃がウィングラビットに当たるが、そんなにダメージが入っている様子が無い。何故だろうか……
考えている暇はない。とりあえず遠距離攻撃は有効じゃ無いと判断して、俺は近接戦に切り替える。
数歩で間合いを詰めて、ウィングラビットの目に向かって夜の槍を突くが――ガチィ! と爪が俺の槍を防いだ。……あれ? もしかしてコイツかなり厄介?
(……しょうがない。こうなったら魔昇華を使って一気に決めるか)
そう思って魔力を操作しようとしたところで、後ろから唐突に斬撃が飛んできた。
「――ッ!? 『円捌き』!」
急いで『職スキル』を発動させ、円を描くように槍を回してその斬撃を受け流す。
しかしそちらに気をとられた瞬間、ウィングラビットの爪が俺の背を切り裂いた!
「あぐっ!?」
ぶっ飛ばされ、二度、三度とバウンドする俺。……あー、くそっ。革の鎧がぶっ壊れたな。
「ギャォオオオオオオオオ!!!!」
勝ち誇ったかのように叫ぶウィングラビット。確かに鎧は壊れたが……逆に言えばそれだけだ。咄嗟に風のクッションで緩和したから致命傷は無い。……流石に今のがまともに直撃していたら、死にはしなくても重傷を負ってただろうが。
見れば、空美はほぼ泣きながら新井の傷を治そうと必死になっている。あのチート治癒術が使える空美の援護が期待できない以上、こっちが傷を受けるのは避けたい。
俺は視線をウイングラビットに向けたまま、斬撃を飛ばしてきた犯人に殺気を向ける。
「何してるの? 難波」
「し、知らねぇよ! け、けど、体が勝手に動いてたんだ!」
ウィングラビットの魔力量は、Aランク中位くらいはある。もしかしたら、ただ魅了するだけじゃ無くてある程度人の心を操れるのかもしれない。
ウィングラビットをにらみ据えながら、俺は確認をとる。
「今は?」
「あ、あのウサギが凄い好きだけど……体は普通に動く」
「上等。――佐野、天川」
「な、なんだ?」
「どうした? 清田」
「俺がウィングラビットを倒す。その代わり、他の皆が俺に攻撃を加えようとしたら防いで」
「分かったが……大丈夫なのか?」
「まともに戦えないでしょ。お前ら。今だって、誰もウィングラビットに飛びかかってないじゃん」
魔物が出たら真っ先に(考え無しに、とも言う)飛びかかる天川たちが、一歩も動いてないからね。
だからまあ……しょうがない。面倒だけど、俺が倒そう。
「それと……佐野。お前が一番理性で動けてる」
「え?」
「だから、もし完全に操られるようなことがあったら……殺さなくてもいい。斬って」
「なっ! き、清田! それは!」
「頼んだよ。――炎鬼化!」
魔昇華し、夜の槍にファイヤーエンチャントを発動。そして炎を轟! とこの身に纏う。
さて、と。
「ギャォォォオオオオォォォオ!!!」
ウィングラビットが俺を睨み付けると、一瞬俺の体が強張るような感覚がする。
――が、俺はそれを気合で振り切り、『飛槍撃・炎』をぶちかます!
「ギャォ!?」
「効かないよ、そんなの。じゃあ、覚悟してよ」
そもそも、クラスメイトたちは友達じゃ無いし仲間じゃない。
だから別に怒ってないんだけど――
「目の前で人が傷つけられるのは、良い気分しないからね」
――俺は魔力を練り上げ、ウィングラビットの懐に高速で飛び込んだ。
天川が言ってドアへ向かおうとするので、俺は静止する。
「閉じる気配も無いし、もう少し休ませてよ。というか、魔力が戻るまで待ってくれてもいいでしょ?」
ここはどういうわけか魔力の回復が遅い。
そして、俺は自分の魔力が回復しないうちに進むような真似はしたくない。死ぬかもしれないからね。
「だから休憩にしよう。お腹も空いたし」
急ぐ必要はないと思うしね。
この試練の間に入れたということは、俺たちの誰かは選ばれているはずだ。だったら、ここでドアを閉じることはないだろう。そんなことしたら、せっかくの選ばれし人が絶対に辿り着けなくなってしまうからね。
だからのんびりでもいいはずだ。俺はそう思いながら、活力煙の煙をはき出した。
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ドアが開いてから何時間経っただろうか。体感だけど、半日は経ったような気がする。
俺の魔力量は大分回復していた。全快とまではいかないが、9割以上は回復しただろう。
「ん、ごめんね~、皆。待たせちゃって」
「回復したのか? 本当に大丈夫なのか?」
佐野がえらく心配げに訊いてくる。
「大丈夫だよ。それに、これ以上待たせると大変なことになりそうだ」
阿辺と難波のイライラが相当溜まってるみたいだからね。
カルシウムが足りてないのかもしれない。カルシウムが足りていないとイライラするっていうのは俗説らしいけど。
俺はもう大丈夫なことを天川に伝え、槍の準備などを終える。
「佐野、準備は大丈夫?」
「ああ、おかげさまでな」
「それなら結構。備えるに越したことはないからね」
意気揚々とズンズン進む天川たちを追いかけ、俺たちもドアを潜る。
すると、そこには一面の花畑が広がっていた。
「………え?」
「これは……」
花畑、そう、花畑だった。辺り一面、花が敷き詰められている。パンジー、ひまわり、あじさいとかもあるね。節操がないな。
「さてと、これはどういうことかなー……」
アラクネマンティスみたいなのを想像していたからなのか、皆は気の抜けたように辺りをキョロキョロ見渡している。
暫くそうして散策していると、ヒョコン! と背中に羽を生やした……兎? のような真っ白い生き物が現れた。耳が長くて目が赤い。大きさもそれこそ子犬程度で、羽以外は本当に兎にしか見えない。
「なんだありゃ……ウィングラビット?」
外で見たウィングラビットという魔物に似ているが、魔力量が桁違いだ。普通のウィングラビットはFランク程度の魔力量だが、こいつは少なく見積もってもBランク……いや、Aランクはあるだろう。
この小さい体にこれだけの魔力量。怪しい……怪し過ぎる。これ以上ないくらい怪しい。
とりあえず殺すか。Bランク魔物くらいなら魔昇華も使わずに倒せる。
俺が槍を構えて突撃しようとした瞬間――
「か、」
「ん?」
「かっわいぃぃいぃいいい!!!」
目にもとまらぬ速さで木原がウィングラビットに抱きついた!
「ピューピューイ!」
「かわいいいい!!!」
「た、確かにかわいいですっ!」
今度は新井もウィングラビットへ抱きつきに行った。見れば、天川や井川なんかもうずうずしている。
こ、コレは一体?
「た、確かに、可愛いか、可愛くないかと言われたら可愛いかもしれないけど……」
けど、こんなになるまでか?
俺は首を傾げつつ、その光景を見つめる。
見れば、なんと佐野までうずうずしていた。
「キャラ的にかわいい物好きとかピッタリだけどさぁ」
「あっ、い、いや、コレは違うぞ!?」
「何が違うのさ。まあいいけど、取り敢えず抱きつくのは待って」
「だ、抱きつきたくなんか無い!」
「――明らかに危険だから、ね」
俺はウィングラビットを睨み付けながら言う。
一つ目の試練で出てきたアラクネマンティスは、明らかにこちらを恐慌状態にする魔物だった。
魔力量で言えばCランクくらいだからそこまで強力な効果じゃなかったんだろうけど、尋常じゃない数だったからか全員が恐慌状態にさせられてしまっていた。
そう考えると、今度はこちらに好意を抱かせる魔物なんじゃないかと推測できる。
「き、危険? だが、そんなことは無いと思うんだが……」
「佐野。よく考えてみてよ。今、ここにいる魔物はアイツだけなんだから。敵というか、試練は間違いなくあのウィングラビットでしょ」
「だが、様子を見たほうがいいだろう」
ふと振り向くと、そこには天川がいた。
「なんで?」
「あの魔物が害の無い魔物だったらどうするんだ? 殺すのはこちらに害意があると判断した後でも――」
「――それだと遅いんだよ。馬鹿なの? 誰かがやられてからじゃなきゃ判断できないの?」
何を言ってるんだコイツは。正気なのかな。
俺が呆れていると、天川は語調を強めて言い返してきた。
「だが! 現状アレに害意が無いのは明らかだろう!」
どうして明らかなんだよ……また感情だけで物を言われると、少し困るね。
少し冷静になってもらわないと俺まで巻き添えを食う。取りあえず、こちらだけでも冷静に対応しよう。
「……いや、なんで分かるの?」
「あんなに触られていても、特に反撃してこないじゃないか」
根拠があいまい過ぎない?
「あのさ……花カマキリって知ってる? チョウチンアンコウでもいいけど。あいつらって油断を誘ってからこっちを襲う系の虫なんだけどさ……そういうタイプとは考えないわけ?」
「そんなわけ無いだろう! あんなに可愛らしいんだぞ!」
ヤバい、話が通じない。ヒルディにテンプテーションをかけられた時みたいになってる。
まあ、間違いなくウィングラビットだよね。こんなことにしてるの。
見れば佐野以外の女子は全員ウィングラビットを愛でているし、男子も遠くからほのぼのとしながらその光景を見ている。
これは……誰一人ここが試練の間であることを覚えてはいないんじゃないかな。
「……しょうがない、殺そう」
殺せば元に戻るはず――そう思って、俺が槍を突き刺そうとウィングラビットの方へ足を向けると、
「――なんの真似かな? 天川。剣が――ああいや、神器が俺の目の前にあるんだけど?」
天川が剣を抜いて俺の前に立ちふさがった。
というか、小さい声で神器開放してたよね。流石に神器の直接攻撃を受けたらいくら俺でもひとたまりもないよ?
「通さんぞ。あの魔物に害は無い」
問答無用って感じのムードな天川。うん、そこまで心を乱されるものなのかね。
試練の間の魔物だ。害が無い訳が無い。
「なんでそこまでウィングラビットに肩入れするの? 今まで絆をはぐくんできた魔物ってわけじゃないでしょ?」
「それは……」
口ごもる天川。
理由が出てこようはずもない。ウィングラビットに(たぶん)操られてるからこんな言動になってるんだろうし。素でコレなら真剣に引く。
だから俺は、魔力を練りつつ天川を少し睨んだ。
「魔物は全て悪だ! 滅すべきだ!」
天川から視線を外してそう言った後、フッと片をすくめる。
「……なんて、いくらなんでもそんな頭の悪いことは言わないよ。でもさ、ここは試練の間。何らかの試練が与えられる……そうでしょ?」
「……ああ」
「そんな場所で、魔物が一体しか出てこないなら……アレが試練であることは十中八九間違いないでしょ」
というか、そうじゃなくても殺すことにデメリットが今のところは感じられない。殺さない方のデメリットは、いくらでも感じられるのに。
じゃあ殺さないと――って、この思考は危ないのかな。日本人としては。この考えを改めて殺されるのも嫌だから、改める気はないけど。
「だ、だが……」
「それとさ――」
俺がトン、と槍で地面を叩く。
その瞬間、ズァッ!! とウィングラビットの下から炎の槍が飛び出し、串刺しにした。
「なっ!」
「「えっ!?」」
「――止めたいなら言葉じゃ無くて行動で示しなよ」
ウィングラビットを貫いた炎の槍がさらに燃え上がり、ウィングラビットを焼き尽くす。
「油断してたら格下にも出し抜かれるよ? こんな風にね」
「え、詠唱も無しに、魔法だと!?」
「詠唱してたよ。口の中で、聞こえないくらい小さくね。そういうのに気づかないのが油断って言ってるんだよ」
ホントは魔法じゃなくて魔術……魔力を練り上げて炎を直接出したわけだから、詠唱が聞こえるわけ無いんだけどね。
「清田、テメェ!!」
ウィングラビットを愛でる筆頭だった木原が、抜刀して俺に斬りかかってきた。
読み通りの行動だったので、俺は冷静にそれを槍で受け止める。
「殺す必要無かっただろうがっ!」
ギリギリと鍔迫り合い――槍にも双剣にも鍔が無いのに鍔迫り合いって言うのかな――をしながら、俺はため息をつく。
「殺さないことにメリットを感じなかったからね。殺してなかったら皆ここで足止めをくらって前に進めなかったでしょ?」
「んなことねぇっ! 魔物が出たらちゃんと対応したさ!」
「その魔物がウィングラビットだったと思うんだけどねぇ……」
見れば、新井を含め他の連中も俺を睨んでいる。
……待てよ? ウィングラビットを殺したはずなのに、何故みんながこんな狂信的に俺に敵対する?
もしかして、アレで正常だったのか? 魔物を愛でることが? それとも――
「まさか……ッ!」
――ちらりとウィングラビットの方を見てみると、まだ炎が消えていない。
つまり、ウィングラビットがまだ死んでないってことだ。
(見た目に騙されて火力を下げすぎたかっ!)
「チッ……ウィングラビットから離れろ!」
木原の双剣をはじき飛ばし、魔力を練り上げながらバックステップする。
「『我が欲するは敵を焼き尽くす焔の槍! ブレイズランス!』」
テキトーな詠唱と共に炎の槍を生み出し、未だ燃え続けているウィングラビットに狙いを定めたところで――新井が立ちふさがった。
「どいて、新井! じゃなきゃそいつを殺せない!」
思わずこんなセリフが出てきてしまうくらいには焦っている。だって、このままじゃ――俺が皆に敵認定されてしまうかもしれないから。
「どかない! 加藤くん、呼心ちゃん!」
加藤が魔法で水を生み出し、空美がその火傷を治してしまった。
(この、異世界チート共め……っ!)
俺がその光景を睨み付けていると、天川、難波、木原が俺の前に立ちふさがった。
近接では全員俺より強い奴らだね。
「……なんの真似?」
「これ以上あの魔物を害するなら、俺達が相手になるぞ」
そう言って剣を構える三人。うわぁ、面倒くさい……
(マズいね……)
見れば三人だけでなく、佐野以外の全員が俺へ武器を向けている状況になっていた。炎の槍は五本既に発動しているから射出すれば先手はとれるけど、それまでだ。一度の攻撃で全員は倒せない。
「き、清田……とりあえず、武器を降ろしたら、どうだ? な、何か互いに勘違いしているだけで――」
「――武器を降ろした瞬間殺されたらたまらないからね。そんな馬鹿なこと出来ないよ」
「うっ……」
佐野がぬるいこと言っているけど、俺はそれに冷たく返すことしか出来ない。
「ピューイ」
「よかったね……」
後ろでは、ホッとした表情で新井がウィングラビットを抱き締めている。
……ここまでくると、俺まであのウィングラビットに害が無いように思えてきたね。どうしようか。
「……はぁ、分かったよ、そんないきり立たないでよ」
俺は槍を下げ、周囲に浮いている炎の槍で活力煙に火を付けてから口に咥えた。炎の槍も解除し、やれやれと首を振る。
無論、槍は下げただけでいつでも反応出来るような位置に構えてるんだけど(俺流の下段の構えだね)……もう俺にウィングラビットを殺す気が無いと思ったのか、勇者たちも剣を降ろす。
……ここで剣を降ろしちゃうあたりがねぇ、とは思うけどしょうがない。いつでも戦えるように魔力だけは準備しておこう。
「ホントよかったな……」
「ピューイ」
木原もウィングラビットに駆け寄る。ウィングラビットも、木原を迎え入れるように笑顔を見せて――
「えっ……」
「なっ……」
「新井さん!」
――ウィングラビットの爪が、新井の胴体を貫いた!
「ピュ、ピン、ピュー、グ、ゲ、ゲババババババパバババババパババババハァァアァァァァァァァァァァア!!!!!!!」
ウィングラビットは爪を引き抜くと……ドンドン巨大化していく。
その形状はさっきと変わらないが――目が、さっきとはうって変わって禍々しいものになっている。
これはヤバい――
「チッ……『飛槍撃』!」
舌打ちしつつ『飛槍撃』を放つ……が、ウィングラビットの爪で弾き消される。
「なら接近戦だ!」
俺は一気にウィングラビットまで距離を詰め、『音速突き』でウィングラビットの喉を狙う。
……しかしこれは読んでいたようで、ウィングラビットに危なげなく躱された。
(ふぅ……魔昇華を使うか? けど、そんなに魔昇華を見せたくないしな……あと、疲れるし)
ウィングラビットはもう、3メートルくらいになっている。デカい。アックスオークと同じくらいかな?
……魔力量も上がっているね、Aランク中位くらいかな? 塔の初日で戦ったアックスオークよりは強い。
「けど、ヒルディほどじゃない!」
今まで戦った中で一番の強敵、ヒルディ。アイツを除けば、今目の前にいるウィングラビットは間違いなく最強の魔物だろう。
だからといって、負ける気は毛頭無いけど。
「『飛槍撃・三連』!」
ボヒュッ! と飛槍撃がウィングラビットに当たるが、そんなにダメージが入っている様子が無い。何故だろうか……
考えている暇はない。とりあえず遠距離攻撃は有効じゃ無いと判断して、俺は近接戦に切り替える。
数歩で間合いを詰めて、ウィングラビットの目に向かって夜の槍を突くが――ガチィ! と爪が俺の槍を防いだ。……あれ? もしかしてコイツかなり厄介?
(……しょうがない。こうなったら魔昇華を使って一気に決めるか)
そう思って魔力を操作しようとしたところで、後ろから唐突に斬撃が飛んできた。
「――ッ!? 『円捌き』!」
急いで『職スキル』を発動させ、円を描くように槍を回してその斬撃を受け流す。
しかしそちらに気をとられた瞬間、ウィングラビットの爪が俺の背を切り裂いた!
「あぐっ!?」
ぶっ飛ばされ、二度、三度とバウンドする俺。……あー、くそっ。革の鎧がぶっ壊れたな。
「ギャォオオオオオオオオ!!!!」
勝ち誇ったかのように叫ぶウィングラビット。確かに鎧は壊れたが……逆に言えばそれだけだ。咄嗟に風のクッションで緩和したから致命傷は無い。……流石に今のがまともに直撃していたら、死にはしなくても重傷を負ってただろうが。
見れば、空美はほぼ泣きながら新井の傷を治そうと必死になっている。あのチート治癒術が使える空美の援護が期待できない以上、こっちが傷を受けるのは避けたい。
俺は視線をウイングラビットに向けたまま、斬撃を飛ばしてきた犯人に殺気を向ける。
「何してるの? 難波」
「し、知らねぇよ! け、けど、体が勝手に動いてたんだ!」
ウィングラビットの魔力量は、Aランク中位くらいはある。もしかしたら、ただ魅了するだけじゃ無くてある程度人の心を操れるのかもしれない。
ウィングラビットをにらみ据えながら、俺は確認をとる。
「今は?」
「あ、あのウサギが凄い好きだけど……体は普通に動く」
「上等。――佐野、天川」
「な、なんだ?」
「どうした? 清田」
「俺がウィングラビットを倒す。その代わり、他の皆が俺に攻撃を加えようとしたら防いで」
「分かったが……大丈夫なのか?」
「まともに戦えないでしょ。お前ら。今だって、誰もウィングラビットに飛びかかってないじゃん」
魔物が出たら真っ先に(考え無しに、とも言う)飛びかかる天川たちが、一歩も動いてないからね。
だからまあ……しょうがない。面倒だけど、俺が倒そう。
「それと……佐野。お前が一番理性で動けてる」
「え?」
「だから、もし完全に操られるようなことがあったら……殺さなくてもいい。斬って」
「なっ! き、清田! それは!」
「頼んだよ。――炎鬼化!」
魔昇華し、夜の槍にファイヤーエンチャントを発動。そして炎を轟! とこの身に纏う。
さて、と。
「ギャォォォオオオオォォォオ!!!」
ウィングラビットが俺を睨み付けると、一瞬俺の体が強張るような感覚がする。
――が、俺はそれを気合で振り切り、『飛槍撃・炎』をぶちかます!
「ギャォ!?」
「効かないよ、そんなの。じゃあ、覚悟してよ」
そもそも、クラスメイトたちは友達じゃ無いし仲間じゃない。
だから別に怒ってないんだけど――
「目の前で人が傷つけられるのは、良い気分しないからね」
――俺は魔力を練り上げ、ウィングラビットの懐に高速で飛び込んだ。
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