異世界なう―No freedom,not a human―
28話 塔なう③
みすみすパワーアップさせちゃったけど……さて、どうするか。
腰を落として夜の槍をヒルディに向けるが、相手に隙が無い。接近戦でも勝てるかどうか。
「やるしか無いんだけどねぇ……さて、と!」
俺はノーモーションから『飛槍撃』を放つ。目眩ましにでもなればと思って撃ったが、あっさり黒い塊が受け止める。
余波まで防がれてしまうため、全然ダメージが通らない。
「やれやれ……何その黒い塊。ズルすぎない?」
一瞬ファイヤーエンチャントを使おうか迷ったが、止める。アレは一撃の威力が上がる代わりに魔力が徐々に減っていく、短期決戦向けの魔法だ。今は使うべき時じゃないね。
「あら? これは闇魔術の基礎よ。これを自由に操れなきゃ魔族は名乗れないわ」
「ふうん。……ってことは俺も使えるようになるのかな?」
「貴方は半魔族だから無理ね。どうしても使いたいなら勇者を殺してらっしゃい」
「お断りだよ」
水の刃と炎の矢を同時に生み出し、放つ。勝ち筋が近接戦にしかない以上、距離をつめるしかない。
俺の魔術が黒い塊に防がれるが、それを無視して距離を詰める。
「『飛槍撃・二連』!」
青いエネルギー弾がヒルディに向かって飛んでいくが躱される。やっぱり身のこなしもよくなってるみたいだね。
「あら、これはさっきよりも威力があるわ、ねっ!」
黒い塊がさっきの比じゃ無いほどの速度で飛んでくる。それを水の渦や風の壁で逸らしつつ、火球を生み出す。
ヒルディに直撃した火球が激しく爆発するが……ダメージは無いようだ。闇魔術があまりにも厄介過ぎる。
「じゃあ、今度はこっちからね」
ヒルディが蠱惑的にほほ笑むと、炎が彼女の体を包む。
(闇魔術だけじゃなくて……炎も使えるのか)
黒い塊と共に螺旋を描いて飛来する業火。さっき手加減がどうのと言っていたけど、これは相殺出来なければ間違いなく死ぬ。水魔術で相殺出来るだろうか。
心中で舌打ちしつつ俺は身体の周りに無数の水を生み出し、炎の渦にぶつける!
「ああああああああ熱いぃぃいいい!!」
全力で水に魔力を籠めるが、ぶつかる端から蒸発していく。熱い、死ぬほど熱い!
「ふふふ! これに対抗出来るなんてやるわね。けど、いつまでもつかしら!」
ジリジリと押されてくる。もっと水に魔力を籠めて強力な渦を生み出さないと!
死ぬ気で魔術を生み出す中……ふと、俺の脳内に疑問が浮かぶ。
(無駄が多い気がする。籠めた魔力がそのまま魔術の威力に反映されていないような……って、今はそんなこと考えてる場合じゃないね!)
威力が高すぎて相手の炎を受け流すことすら出来ないので、風の魔術を地面と足の間で爆発させて飛び上がる。そうすると、間一髪、足下を炎が抜けていった。
「危なかった……」
「あら、安堵してる暇なんてあるのかしら?」
「ッ!」
マシンガンのように黒い塊が飛んできた。アレが一発でも掠ればヤバい――直感が俺の脳内に大音量で警鐘を鳴らす。
俺は風を操り、空中で身体を動かして何とかそれを回避して――って、今俺空を飛んでる!?
つたないが、なんとか空中で動けている。それならイケるかもしれない。
ヒルディの黒い塊を躱しきると同時に、足から炎を噴出させて加速する。
「どのみち魔術の撃ち合いじゃ勝てないんだから正面突破!」
「甘いわよ!」
ヒルディの黒い塊が飛んでくるが、俺は自分の身体を風で急激に下に押しつけてそれを回避する。
「なっ!」
地面に勢いよく着地した瞬間、所謂クラウチングスタートみたいな前傾姿勢になる。地面と足の間で水と炎で爆発を起こし――若干足が痛いが――更に加速する。
「チッ!」
焦ったか、ヒルディは舌打ちして炎と黒い塊を鞭のように変化させ、俺に叩きつけてくる。
――けど、
「ここからは槍の距離だよ?」
それが届くよりも速く、俺は『音速突き』を繰り出す。俺の槍を防がないとそのままヒルディの身体に風穴があくので、彼女は防御に回らざるを得ない。
ガシィッ! と俺の攻撃は黒い塊に防がれるが、この距離なら連続で攻撃するのは俺の方が――魔術よりも槍の方が――速い。どっちの手数が多いか勝負だ。
「シッ!」
息もつかせぬ連続突きを繰り出し、ヒルディの綻びを待つ。……しかし、敵も然る者、鞭状にした黒い塊を操ることで、俺の槍を防いでいる。
(動きだけじゃない、反応速度まで速くなっている……っ!)
今、この距離で決められなきゃ負ける。俺は槍に風を付与して更に速度を上げる。まるで残像が見えるほどの速さで突きが繰り出される。
「その魔昇華? っての、凄い、ね!」
「貴方こそ! 魔術を補助に使うだけで、そんなに速く動けるなんて、ね!」
接近戦になって余裕が無くなってきたのか、黒い塊を腕に巻いて俺の槍を捌く。どう見てもその場しのぎであろうそれがなかなか突破出来ない。
俺もこういうふうに魔術が使えたら……練習するしか無いね。
右、左と連続で斬るが、それにカウンターを合わせるかのように火球も飛んでくる。
ヒルディは炎や黒い塊を鞭というか触手のような形にして操るのが得意みたいだ。さっきからそれの攻撃が鬱陶しい。
「いつまでもタバコ咥えて余裕ぶってるけど、そんなことしてたら負けるわ、よっ!」
上から炎が流星みたいに振ってくるが、俺はそれを同数の水で相殺する。
「ご忠告痛み入るけど……そっちこそ、敵に塩を送るとは、余裕だ、ねっ!」
まだ炎や水を鞭のように扱うことは出来ないけど、風なら出来る。俺は風に炎を乗せて、俺とヒルディの周りを取り囲む。
「あら、これは……」
「槍の圏内から逃がしたく無いんだよね」
更にスピードを上げて槍で突く。一撃一撃に腰を入れて、倒すつもりで……!
右斜め上に斬り上げる俺の槍が黒い塊にいなされるが、そのまま一回転させて石突きでヒルディを突く。
それすら躱されるが、本命はこの後。槍を左斜めに斬り下げると同時に、全身の筋肉を連動させる。手首、肘、腰を同時に動かすことで逆方向に斬り返す――所謂、燕返しってやつだ。
それすらもガチィ、と槍は黒い塊に止められるが――こっちに意識が向いたね?
(――喰らえっ!)
ヒルディの後ろの炎と風の壁から、炎の弾を飛ばす! さっき炎と風で囲んだのはこの瞬間の布石――死角からの攻撃、避けれるもんなら避けてみろ!
当たったことを確信して、俺が顔に笑みを浮かべた瞬間――
「なるほどね」
――ヒルディはまるで後ろに眼があるかのように、俺の火球をあっさりと躱してのけた。
「なっ――くぁっ!」
躱された火球は、ヒルディの正面で戦っていた俺に飛んでくる。咄嗟のことで『円捌き』も使えなかった俺は、それが直撃してしまう。
「ぐはっ!」
吹っ飛ばされ、二度、三度と転がる。
……あー、くそっ。自分の攻撃でダメージ受けるなんて残念過ぎるよ。ていうか、なんで俺の攻撃が分かったんだろう。
それに、今吹っ飛ばされちゃったせいでまたヒルディと距離が開いちゃったし……ヤバいな。さっきので決めたかった。
また槍を構えるけど――やっぱり、近づかないことには話にならない。なら、その隙を作るためにも相手の魔術をどうにかしなきゃいけないんだけど、果たしてどうするか。
(……なんか魔力を魔術に変換するときに非効率な気がするんだよなぁ。こう、魔力が逃げていっちゃうというか……)
「……貴方、本当に凄いわね」
ポツリ、とヒルディが俺に話しかけてきた。
調度いい、こっちも考えを纏める時間が欲しかったんだ。なんの狙いがあるのか知らないけど、話にのってやろうじゃないか。
「なんで? 俺なんて特に才能もない普通の一般人だからね。何が凄いのか分からないよ」
なんで魔力が逃げてる感じがするんだろう。『視』ていると、ヒルディの魔術は凄く綺麗なんだけど……
「貴方、魔力の流れが見えているでしょ? じゃなきゃこんなに綺麗に魔術を混合できないわ」
唐突にそんなことを言ってくる。
え、魔力の流れ?
「皆出来るんじゃないの?」
半魔族になった途端見えるようになったから、魔族なら全員出来るものだとばかり。
しかしヒルディは呆れたように首を振る。
「そんなわけ無いでしょう。普通、なんとなく魔力が多いか、少ないか、ぼんやり分かる程度よ」
「へ?」
今、俺が魔力を簡単に操作できているのは、魔力の流れが見えているからだ。じゃなきゃ、こんなに簡単に操れない。
……なんか、俺って変?
「さっきも簡単に火と風の混合魔術を使っていたし……しかも、炎と水と風の三つの属性を使っているし」
まあ魔力の流れが見えているからといって、この魔力の変換効率の悪さはどうにもならない。さて、どうしたものか。
「ねぇ、本当に魔王様の元に来る気は無い?」
「しつこいよ。いくら美人でも、しつこい女性はモテないよ?」
もっとも、ヒルディはモテそうだけどね。チッ、リア充爆ぜろ。
「……そう。なら、貴方はここで確実に消す必要があるわね。このままいくと、確実に魔王様を害する存在になる」
ヒルディが少し俯いて何やら呟いたかと思ったら、ゾンッ! と、背筋に冷たいモノが走った。
(……殺気!)
それも、さっきとは比べものにならない程の。くそっ、まだ上があるのかよ、こいつ!
「今、殺せるうちに確実に殺す!」
眼が本気になっている。さっきまでは俺と戦っていてもまだ余裕の表情をしていた。だけど、今それは無い。これはマズいかもね。
「俺が魔王を害する? そんなわけ無いじゃん。それなら勇者を殺した方がいいよ?」
俺はそう言いつつ、さらに思考を巡らせる。魔力量だけなら俺の方がヒルディよりも上かもしれないが、魔力の操り方や魔術の使い方はヒルディが明らかに上。
だかといって今のように魔術と魔術の撃ち合いで負けていたら戦いにならない。
ではどうする? あの魔力の操り方……一朝一夕で追いつけるものじゃないし……。
「そもそも、テンプテーションが効かない時点でおかしいと思うべきだったわね……」
轟! と魔力が一瞬吹き荒れたかと思うと、ドンドンヒルディの周りに圧縮されていっている。さっき言ってた魔昇華ってのをもう一回やったのかな?
(――待てよ?)
俺は、自分の周りの魔力を『視』る。ヒルディの制御されたそれと違い、ただ吹き荒れているだけの魔力を。
(もしかして――この垂れ流している魔力が原因?)
だとしたら。
俺は放出している魔力の流れをジッと観察する。そしてそれが自分のコントロールを離れるその瞬間を認知し、離れないよう手繰り寄せた。
手繰り寄せた魔力によって膜のようなものを形成し、その内部で放出していった魔力がどんどん高まっていく。イメージは、ピストンで空気を圧縮するあの感じ。
「行くわよ!」
まだ来ないで!
「くそっ!」
俺は水と風を混合させたドーム状の壁を張り、一時的にヒルディの攻撃を防ぐ。と言っても、あの黒い塊を防げるかと聞かれたら謎だが。
「へぇ、中々の壁ね。でもいつまで保つかしら!」
ドドドドド! と黒い塊が降ってくる。それをなんとか抑えてるけど、保って……あと五秒くらいか。
その間に、この垂れ流している魔力をどうにかしないと!
(もっと、もっと、こっちに来い!)
魔力をグイグイと圧縮する。よくよく考えたら、垂れ流すなんて勿体ないんだよ。だったら、こうして自分の周りに留めて……纏うイメージで……
(ッ!)
ガチン、と俺の中で歯車が噛み合った音がした。その瞬間、垂れ流していた魔力がドンドン俺の周りに集まってくる。
よし、よし! この感覚だ! もっと来い。
バシャァン! と一際大きな音がして、俺の水風壁が破られた。
けどね。
(――もう遅い!)
雨あられのように飛来する黒い塊を、俺はさっきヒルディが見せたように鞭状にした炎でその全てを迎撃する。
「くっ!」
「は、はは……出来た」
今――俺は体内と周囲の魔力が一致していて、身体に魔力のパワードスーツを着ているような状態になっている。纏っている魔力の色は透明感のある綺麗な赤紫。俺が感じ取っている魔力の『イメージ』と同じ色だ。
さっきまでの、無駄に垂れ流している感覚とは違う。今度こそしっかり魔力を操れている感覚がする。
どうやら、魔力を練り上げると身体がそれについて行かずに、体外へと放出されていたみたいだ。沸騰して水が溢れるように。
だから魔力を圧縮することで周囲に出て行かないように蓋をしている感じだ。
中の圧力はドンドン高まり、そして何処かに穴を開けると――つまり魔術を使うと――勢いよく飛び出る。結果、魔術の威力が上がる。
当然、そんなことをすれば魔術の制御は難しくなるはずだが、割と上手く行っている。魔力の純度が上がったからか、はたまた圧縮している状態で制御が既に出来ているからなのかは分からないが。
まあなにが言いたいかって言うと――
「これで、同じ土俵かな」
ニヤリと笑いふぅ~、と煙を吐き出して見せる。
ヒルディはそんな俺を見て、信じられない物を見る眼になった。
「そんな……貴方、それ……」
そう言ってヒルディが指さすのは、俺の頭。何かついているのかと思って頭を触ってみると……
「なにこれ」
つ、角が生えてる……えっ、ナニコレ!?
「まさか、たった十数分で魔昇華を会得したっていうの……」
ヒルディが驚愕しているみたいだけど、俺はそんな場合じゃ無い。
角が! なんか角が生えてるっぽい! 見てないから分かんないけど! 右に一本! どうせなら左右対称がよかった! 片方だけなんてダサい! って、そうじゃない!
「嘘でしょ……」
「なんかよく分かんないけど、今俺、ヒルディと同じ角が生えてる?」
「……ええ。赤紫の、綺麗な角よ」
おお、俺が今纏っている魔力の色と一緒か。
「本当に、ここで殺さなきゃいけないのが残念だわ。魔王の血族に入れば、一番の強者になれるかもしれないのに……」
そう言うヒルディの額には汗が浮かんでいる。
「誰かに仕える気も使われる気も無いからね。まあ、褒め言葉として受け取っておくけど」
ニッと笑って、煙を吐き出す。
さて、そろそろ決めるか。俺は活力煙を地面に捨てて、踏みつける。
「さっきも言ったけど、もう一度言うよ。俺を強化したのは失敗だったね。負ける気がしない」
「…………」
ヒルディは沈黙するけど、それは俺の言葉への反論を探しているからじゃなく、なにも言い返せないからのように見えた。
「今のヒルディは小さく見える。さて……じゃあ、行くよ」
無数の火球を生み出し、ヒルディに目掛けて撃ち出す。無論、一撃一撃がさっきまでの火球とは比べものにならないくらいの高火力だ。
一日――いや十数分間の間に二度もパワーアップするなんて、どこのジャンプ漫画だよと思わなくもないけど、弱くなるよりはマシだね。
「くっ!」
ヒルディは焦った声をあげると、黒い塊で俺の火球を迎撃する。
流石に俺を遥かに上回る技量を持っているだけあって、一つ一つの威力は負けていても捌き、逸らし、いなして俺の攻撃を凌ぎ切る。
けど無駄だ――俺は足に螺旋状の風を生み出し、それをバネみたいに使ってヒルディの方へ跳躍して一足で距離を詰める。
ヒルディは驚いた表情になりつつも俺を撃ち落としにかかるが、俺はさっきよりも滑らかな空中移動でそれらすべてを躱す。
空中で体勢を立て直し、炎を纏わせた槍を思いっきりヒルディの脳天に振り下ろす!
ドォォォオン! と派手な音を立てて、ヒルディの黒い塊と俺の槍がぶつかり、炎が爆発した。よし、狙い通り。
爆風が吹き荒れるが、俺はそれを風と水で受け流す。
「っと!」
しかしヒルディはそんな余裕が無かったのか、爆風をモロにくらったようだ。
「ぁっ!」
「まだだ!」
短い悲鳴を上げてのけぞるヒルディに、俺は風と炎を連続で叩き込む。もはや魔術でガードすら出来なかったヒルディが高速で吹っ飛ぶと……俺たちを包んでいた闇に亀裂が走った。
ヒルディが空間を維持することが出来なくなったのか、それとも空間へのダメージが限界を突破したのか。
そして、ガシャーン! と窓を割るかのように空間に入った亀裂から、ヒルディが吹っ飛ぶ。
「きゃぁーっ!」
ヒルディが吹っ飛んだ場所は、さっきまでの闇の空間じゃなく――塔の中、さっき俺がアックスオークと戦っていた場所だ。
――そう、異世界チート共が全員揃っている、ね。
闇の空間の亀裂から連中が全員そろっていることを確認し、慌てて魔昇華を解除する。
そのままだと角が生えたと思われちゃうからね。
さりげなく頭に手を触れて角が消えていることも確かめてから、闇の中から出てにっこりと笑う。
ヒルディにとっては死の宣告となる言葉と共に。
「やれやれ……あー、天川、それに皆。ちょうどいいところに。こいつ魔族なんだ――俺、虐められてるから仕返ししてよ❤」
腰を落として夜の槍をヒルディに向けるが、相手に隙が無い。接近戦でも勝てるかどうか。
「やるしか無いんだけどねぇ……さて、と!」
俺はノーモーションから『飛槍撃』を放つ。目眩ましにでもなればと思って撃ったが、あっさり黒い塊が受け止める。
余波まで防がれてしまうため、全然ダメージが通らない。
「やれやれ……何その黒い塊。ズルすぎない?」
一瞬ファイヤーエンチャントを使おうか迷ったが、止める。アレは一撃の威力が上がる代わりに魔力が徐々に減っていく、短期決戦向けの魔法だ。今は使うべき時じゃないね。
「あら? これは闇魔術の基礎よ。これを自由に操れなきゃ魔族は名乗れないわ」
「ふうん。……ってことは俺も使えるようになるのかな?」
「貴方は半魔族だから無理ね。どうしても使いたいなら勇者を殺してらっしゃい」
「お断りだよ」
水の刃と炎の矢を同時に生み出し、放つ。勝ち筋が近接戦にしかない以上、距離をつめるしかない。
俺の魔術が黒い塊に防がれるが、それを無視して距離を詰める。
「『飛槍撃・二連』!」
青いエネルギー弾がヒルディに向かって飛んでいくが躱される。やっぱり身のこなしもよくなってるみたいだね。
「あら、これはさっきよりも威力があるわ、ねっ!」
黒い塊がさっきの比じゃ無いほどの速度で飛んでくる。それを水の渦や風の壁で逸らしつつ、火球を生み出す。
ヒルディに直撃した火球が激しく爆発するが……ダメージは無いようだ。闇魔術があまりにも厄介過ぎる。
「じゃあ、今度はこっちからね」
ヒルディが蠱惑的にほほ笑むと、炎が彼女の体を包む。
(闇魔術だけじゃなくて……炎も使えるのか)
黒い塊と共に螺旋を描いて飛来する業火。さっき手加減がどうのと言っていたけど、これは相殺出来なければ間違いなく死ぬ。水魔術で相殺出来るだろうか。
心中で舌打ちしつつ俺は身体の周りに無数の水を生み出し、炎の渦にぶつける!
「ああああああああ熱いぃぃいいい!!」
全力で水に魔力を籠めるが、ぶつかる端から蒸発していく。熱い、死ぬほど熱い!
「ふふふ! これに対抗出来るなんてやるわね。けど、いつまでもつかしら!」
ジリジリと押されてくる。もっと水に魔力を籠めて強力な渦を生み出さないと!
死ぬ気で魔術を生み出す中……ふと、俺の脳内に疑問が浮かぶ。
(無駄が多い気がする。籠めた魔力がそのまま魔術の威力に反映されていないような……って、今はそんなこと考えてる場合じゃないね!)
威力が高すぎて相手の炎を受け流すことすら出来ないので、風の魔術を地面と足の間で爆発させて飛び上がる。そうすると、間一髪、足下を炎が抜けていった。
「危なかった……」
「あら、安堵してる暇なんてあるのかしら?」
「ッ!」
マシンガンのように黒い塊が飛んできた。アレが一発でも掠ればヤバい――直感が俺の脳内に大音量で警鐘を鳴らす。
俺は風を操り、空中で身体を動かして何とかそれを回避して――って、今俺空を飛んでる!?
つたないが、なんとか空中で動けている。それならイケるかもしれない。
ヒルディの黒い塊を躱しきると同時に、足から炎を噴出させて加速する。
「どのみち魔術の撃ち合いじゃ勝てないんだから正面突破!」
「甘いわよ!」
ヒルディの黒い塊が飛んでくるが、俺は自分の身体を風で急激に下に押しつけてそれを回避する。
「なっ!」
地面に勢いよく着地した瞬間、所謂クラウチングスタートみたいな前傾姿勢になる。地面と足の間で水と炎で爆発を起こし――若干足が痛いが――更に加速する。
「チッ!」
焦ったか、ヒルディは舌打ちして炎と黒い塊を鞭のように変化させ、俺に叩きつけてくる。
――けど、
「ここからは槍の距離だよ?」
それが届くよりも速く、俺は『音速突き』を繰り出す。俺の槍を防がないとそのままヒルディの身体に風穴があくので、彼女は防御に回らざるを得ない。
ガシィッ! と俺の攻撃は黒い塊に防がれるが、この距離なら連続で攻撃するのは俺の方が――魔術よりも槍の方が――速い。どっちの手数が多いか勝負だ。
「シッ!」
息もつかせぬ連続突きを繰り出し、ヒルディの綻びを待つ。……しかし、敵も然る者、鞭状にした黒い塊を操ることで、俺の槍を防いでいる。
(動きだけじゃない、反応速度まで速くなっている……っ!)
今、この距離で決められなきゃ負ける。俺は槍に風を付与して更に速度を上げる。まるで残像が見えるほどの速さで突きが繰り出される。
「その魔昇華? っての、凄い、ね!」
「貴方こそ! 魔術を補助に使うだけで、そんなに速く動けるなんて、ね!」
接近戦になって余裕が無くなってきたのか、黒い塊を腕に巻いて俺の槍を捌く。どう見てもその場しのぎであろうそれがなかなか突破出来ない。
俺もこういうふうに魔術が使えたら……練習するしか無いね。
右、左と連続で斬るが、それにカウンターを合わせるかのように火球も飛んでくる。
ヒルディは炎や黒い塊を鞭というか触手のような形にして操るのが得意みたいだ。さっきからそれの攻撃が鬱陶しい。
「いつまでもタバコ咥えて余裕ぶってるけど、そんなことしてたら負けるわ、よっ!」
上から炎が流星みたいに振ってくるが、俺はそれを同数の水で相殺する。
「ご忠告痛み入るけど……そっちこそ、敵に塩を送るとは、余裕だ、ねっ!」
まだ炎や水を鞭のように扱うことは出来ないけど、風なら出来る。俺は風に炎を乗せて、俺とヒルディの周りを取り囲む。
「あら、これは……」
「槍の圏内から逃がしたく無いんだよね」
更にスピードを上げて槍で突く。一撃一撃に腰を入れて、倒すつもりで……!
右斜め上に斬り上げる俺の槍が黒い塊にいなされるが、そのまま一回転させて石突きでヒルディを突く。
それすら躱されるが、本命はこの後。槍を左斜めに斬り下げると同時に、全身の筋肉を連動させる。手首、肘、腰を同時に動かすことで逆方向に斬り返す――所謂、燕返しってやつだ。
それすらもガチィ、と槍は黒い塊に止められるが――こっちに意識が向いたね?
(――喰らえっ!)
ヒルディの後ろの炎と風の壁から、炎の弾を飛ばす! さっき炎と風で囲んだのはこの瞬間の布石――死角からの攻撃、避けれるもんなら避けてみろ!
当たったことを確信して、俺が顔に笑みを浮かべた瞬間――
「なるほどね」
――ヒルディはまるで後ろに眼があるかのように、俺の火球をあっさりと躱してのけた。
「なっ――くぁっ!」
躱された火球は、ヒルディの正面で戦っていた俺に飛んでくる。咄嗟のことで『円捌き』も使えなかった俺は、それが直撃してしまう。
「ぐはっ!」
吹っ飛ばされ、二度、三度と転がる。
……あー、くそっ。自分の攻撃でダメージ受けるなんて残念過ぎるよ。ていうか、なんで俺の攻撃が分かったんだろう。
それに、今吹っ飛ばされちゃったせいでまたヒルディと距離が開いちゃったし……ヤバいな。さっきので決めたかった。
また槍を構えるけど――やっぱり、近づかないことには話にならない。なら、その隙を作るためにも相手の魔術をどうにかしなきゃいけないんだけど、果たしてどうするか。
(……なんか魔力を魔術に変換するときに非効率な気がするんだよなぁ。こう、魔力が逃げていっちゃうというか……)
「……貴方、本当に凄いわね」
ポツリ、とヒルディが俺に話しかけてきた。
調度いい、こっちも考えを纏める時間が欲しかったんだ。なんの狙いがあるのか知らないけど、話にのってやろうじゃないか。
「なんで? 俺なんて特に才能もない普通の一般人だからね。何が凄いのか分からないよ」
なんで魔力が逃げてる感じがするんだろう。『視』ていると、ヒルディの魔術は凄く綺麗なんだけど……
「貴方、魔力の流れが見えているでしょ? じゃなきゃこんなに綺麗に魔術を混合できないわ」
唐突にそんなことを言ってくる。
え、魔力の流れ?
「皆出来るんじゃないの?」
半魔族になった途端見えるようになったから、魔族なら全員出来るものだとばかり。
しかしヒルディは呆れたように首を振る。
「そんなわけ無いでしょう。普通、なんとなく魔力が多いか、少ないか、ぼんやり分かる程度よ」
「へ?」
今、俺が魔力を簡単に操作できているのは、魔力の流れが見えているからだ。じゃなきゃ、こんなに簡単に操れない。
……なんか、俺って変?
「さっきも簡単に火と風の混合魔術を使っていたし……しかも、炎と水と風の三つの属性を使っているし」
まあ魔力の流れが見えているからといって、この魔力の変換効率の悪さはどうにもならない。さて、どうしたものか。
「ねぇ、本当に魔王様の元に来る気は無い?」
「しつこいよ。いくら美人でも、しつこい女性はモテないよ?」
もっとも、ヒルディはモテそうだけどね。チッ、リア充爆ぜろ。
「……そう。なら、貴方はここで確実に消す必要があるわね。このままいくと、確実に魔王様を害する存在になる」
ヒルディが少し俯いて何やら呟いたかと思ったら、ゾンッ! と、背筋に冷たいモノが走った。
(……殺気!)
それも、さっきとは比べものにならない程の。くそっ、まだ上があるのかよ、こいつ!
「今、殺せるうちに確実に殺す!」
眼が本気になっている。さっきまでは俺と戦っていてもまだ余裕の表情をしていた。だけど、今それは無い。これはマズいかもね。
「俺が魔王を害する? そんなわけ無いじゃん。それなら勇者を殺した方がいいよ?」
俺はそう言いつつ、さらに思考を巡らせる。魔力量だけなら俺の方がヒルディよりも上かもしれないが、魔力の操り方や魔術の使い方はヒルディが明らかに上。
だかといって今のように魔術と魔術の撃ち合いで負けていたら戦いにならない。
ではどうする? あの魔力の操り方……一朝一夕で追いつけるものじゃないし……。
「そもそも、テンプテーションが効かない時点でおかしいと思うべきだったわね……」
轟! と魔力が一瞬吹き荒れたかと思うと、ドンドンヒルディの周りに圧縮されていっている。さっき言ってた魔昇華ってのをもう一回やったのかな?
(――待てよ?)
俺は、自分の周りの魔力を『視』る。ヒルディの制御されたそれと違い、ただ吹き荒れているだけの魔力を。
(もしかして――この垂れ流している魔力が原因?)
だとしたら。
俺は放出している魔力の流れをジッと観察する。そしてそれが自分のコントロールを離れるその瞬間を認知し、離れないよう手繰り寄せた。
手繰り寄せた魔力によって膜のようなものを形成し、その内部で放出していった魔力がどんどん高まっていく。イメージは、ピストンで空気を圧縮するあの感じ。
「行くわよ!」
まだ来ないで!
「くそっ!」
俺は水と風を混合させたドーム状の壁を張り、一時的にヒルディの攻撃を防ぐ。と言っても、あの黒い塊を防げるかと聞かれたら謎だが。
「へぇ、中々の壁ね。でもいつまで保つかしら!」
ドドドドド! と黒い塊が降ってくる。それをなんとか抑えてるけど、保って……あと五秒くらいか。
その間に、この垂れ流している魔力をどうにかしないと!
(もっと、もっと、こっちに来い!)
魔力をグイグイと圧縮する。よくよく考えたら、垂れ流すなんて勿体ないんだよ。だったら、こうして自分の周りに留めて……纏うイメージで……
(ッ!)
ガチン、と俺の中で歯車が噛み合った音がした。その瞬間、垂れ流していた魔力がドンドン俺の周りに集まってくる。
よし、よし! この感覚だ! もっと来い。
バシャァン! と一際大きな音がして、俺の水風壁が破られた。
けどね。
(――もう遅い!)
雨あられのように飛来する黒い塊を、俺はさっきヒルディが見せたように鞭状にした炎でその全てを迎撃する。
「くっ!」
「は、はは……出来た」
今――俺は体内と周囲の魔力が一致していて、身体に魔力のパワードスーツを着ているような状態になっている。纏っている魔力の色は透明感のある綺麗な赤紫。俺が感じ取っている魔力の『イメージ』と同じ色だ。
さっきまでの、無駄に垂れ流している感覚とは違う。今度こそしっかり魔力を操れている感覚がする。
どうやら、魔力を練り上げると身体がそれについて行かずに、体外へと放出されていたみたいだ。沸騰して水が溢れるように。
だから魔力を圧縮することで周囲に出て行かないように蓋をしている感じだ。
中の圧力はドンドン高まり、そして何処かに穴を開けると――つまり魔術を使うと――勢いよく飛び出る。結果、魔術の威力が上がる。
当然、そんなことをすれば魔術の制御は難しくなるはずだが、割と上手く行っている。魔力の純度が上がったからか、はたまた圧縮している状態で制御が既に出来ているからなのかは分からないが。
まあなにが言いたいかって言うと――
「これで、同じ土俵かな」
ニヤリと笑いふぅ~、と煙を吐き出して見せる。
ヒルディはそんな俺を見て、信じられない物を見る眼になった。
「そんな……貴方、それ……」
そう言ってヒルディが指さすのは、俺の頭。何かついているのかと思って頭を触ってみると……
「なにこれ」
つ、角が生えてる……えっ、ナニコレ!?
「まさか、たった十数分で魔昇華を会得したっていうの……」
ヒルディが驚愕しているみたいだけど、俺はそんな場合じゃ無い。
角が! なんか角が生えてるっぽい! 見てないから分かんないけど! 右に一本! どうせなら左右対称がよかった! 片方だけなんてダサい! って、そうじゃない!
「嘘でしょ……」
「なんかよく分かんないけど、今俺、ヒルディと同じ角が生えてる?」
「……ええ。赤紫の、綺麗な角よ」
おお、俺が今纏っている魔力の色と一緒か。
「本当に、ここで殺さなきゃいけないのが残念だわ。魔王の血族に入れば、一番の強者になれるかもしれないのに……」
そう言うヒルディの額には汗が浮かんでいる。
「誰かに仕える気も使われる気も無いからね。まあ、褒め言葉として受け取っておくけど」
ニッと笑って、煙を吐き出す。
さて、そろそろ決めるか。俺は活力煙を地面に捨てて、踏みつける。
「さっきも言ったけど、もう一度言うよ。俺を強化したのは失敗だったね。負ける気がしない」
「…………」
ヒルディは沈黙するけど、それは俺の言葉への反論を探しているからじゃなく、なにも言い返せないからのように見えた。
「今のヒルディは小さく見える。さて……じゃあ、行くよ」
無数の火球を生み出し、ヒルディに目掛けて撃ち出す。無論、一撃一撃がさっきまでの火球とは比べものにならないくらいの高火力だ。
一日――いや十数分間の間に二度もパワーアップするなんて、どこのジャンプ漫画だよと思わなくもないけど、弱くなるよりはマシだね。
「くっ!」
ヒルディは焦った声をあげると、黒い塊で俺の火球を迎撃する。
流石に俺を遥かに上回る技量を持っているだけあって、一つ一つの威力は負けていても捌き、逸らし、いなして俺の攻撃を凌ぎ切る。
けど無駄だ――俺は足に螺旋状の風を生み出し、それをバネみたいに使ってヒルディの方へ跳躍して一足で距離を詰める。
ヒルディは驚いた表情になりつつも俺を撃ち落としにかかるが、俺はさっきよりも滑らかな空中移動でそれらすべてを躱す。
空中で体勢を立て直し、炎を纏わせた槍を思いっきりヒルディの脳天に振り下ろす!
ドォォォオン! と派手な音を立てて、ヒルディの黒い塊と俺の槍がぶつかり、炎が爆発した。よし、狙い通り。
爆風が吹き荒れるが、俺はそれを風と水で受け流す。
「っと!」
しかしヒルディはそんな余裕が無かったのか、爆風をモロにくらったようだ。
「ぁっ!」
「まだだ!」
短い悲鳴を上げてのけぞるヒルディに、俺は風と炎を連続で叩き込む。もはや魔術でガードすら出来なかったヒルディが高速で吹っ飛ぶと……俺たちを包んでいた闇に亀裂が走った。
ヒルディが空間を維持することが出来なくなったのか、それとも空間へのダメージが限界を突破したのか。
そして、ガシャーン! と窓を割るかのように空間に入った亀裂から、ヒルディが吹っ飛ぶ。
「きゃぁーっ!」
ヒルディが吹っ飛んだ場所は、さっきまでの闇の空間じゃなく――塔の中、さっき俺がアックスオークと戦っていた場所だ。
――そう、異世界チート共が全員揃っている、ね。
闇の空間の亀裂から連中が全員そろっていることを確認し、慌てて魔昇華を解除する。
そのままだと角が生えたと思われちゃうからね。
さりげなく頭に手を触れて角が消えていることも確かめてから、闇の中から出てにっこりと笑う。
ヒルディにとっては死の宣告となる言葉と共に。
「やれやれ……あー、天川、それに皆。ちょうどいいところに。こいつ魔族なんだ――俺、虐められてるから仕返ししてよ❤」
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