異世界なう―No freedom,not a human―
22話 小旅行なう
初めて魔法を使えるようになってからさらに二ヶ月経った。
この二ヶ月、面倒ごとは避けたかったのにそれなりに修羅場に巻き込まれてしまい……今や、そこそこ名前が売れてしまった。
何せ街を歩いているといきなり感謝されたり、物を貰ったりととにかく目立つ。好きなようにやっているだけなのにね。
――さて、二ヶ月も経てば当然毎日の流れというか、日々のルーティンみたいな物が存在する。
そのうちの一つで、週に一日――場合によっては二、三日――休日をとるようにしている。その休日を利用して、他の街に行ったり調べ物をしたりするためだ。
他の街へ行くのは主に観光が目的だが(せっかく異世界に来たしね)、調べ物に関しては重要な目的がある。
そう、元の世界に帰る方法を探すという重要な目的が。
(それを知らないと前に進めないからね)
正直、最悪の場合はこちらの世界に永住する覚悟も決めている。
でも一生家族に会えないっていうのは寂しいし、マンガやラノベの新刊が読めないっていうのは辛い。もしも元の世界に帰れる算段が付けば、俺も安心して異世界を満喫出来るし……。
そんな様々な理由のもと、俺は休みをとっては別の街へ旅行しているというわけだ。
そして今日も、ちょっと遠出しようと思っている。
「アレ? よう、キョースケ。今日はどこにも行かねぇのか?」
AGギルドでクエストを受注していると、マルキムから声をかけられた。
「いや? 俺が受けたクエストはこれだよ」
そう言って、クエスト書を見せる。
「なになに? えっと、『護衛依頼、デネブまで』……お前、次はデネブに行くのか」
マルキムはぽんと手を打ち、感心したような声を出す。
「……ってことは」
「そ、塔を見ておこうと思ってね」
――塔。皆さんお忘れかと思うが(というかつい最近まで俺も忘れていた)、俺達が異世界に来た初日に王様が、
『塔とは、その名の通り天までそびえ立つ建造物でして、選ばれし者のみ最上階まで到達出来ると主神様から伺っております。そして最上階までたどり着くと、とてつもない力が手に入るのだとか』
って言ってた、俺なりの解釈だとゲームや漫画で言うところのダンジョンとかそんな感じの場所。
「別の街を観光してた時に『勇者様が塔をとうとう踏破なされた』って話を聞いてね。それでちょっと興味がわいたんだ」
「なんで妙に韻を踏んでるんだ」
「さあ?」
まず勇者って誰だよと思って詳しく聞いてみると、何でも黒髪の剣士『アキラ・アマカワ』が『勇者』の『職』に目覚めたらしい。
それ故、現在アキラ・アマカワとその一行は勇者様と呼ばれている。
さらにその勇者たちは塔に次々と出現する強力な魔物たちを打倒し、踏破した末に神器と呼ばれる強力な武器を手に入れたんだそうだ。
……要するに、救世主連中が今は勇者様と呼ばれてちやほやされているということらしい。
「でも俺もその話なら聞いたな。初めての踏破者だとかで」
「へぇ」
まあ、神器なんてどうでもいい。あと、天川達のこともどうでもいい。
重要なのは、次々と強力な魔物がたくさん出てくる、という点だ。強力な魔物がたくさん出てくるってことは、倒すことが出来ればそれだけ魔魂石も多く採取出来るということになる。
「というわけで、塔に行って一稼ぎしようかと思ってね」
「ああなるほど……魔魂石を手に入れるにはうってつけだって聞くしな」
「最近はCランク魔物も出ないからね。平和でいいんだけど、どうしても収入が減っちゃうから」
「……お前、そうは言いつつもこの前賞金首の盗賊をぶっ殺してたじゃねえか。懐は大分暖まってるもんだと思ってたんだが」
「いやぁ、だから別に金に困ってる分けじゃないんだけどさ。でも、俺達の商売って安定するモンじゃないでしょ? だから、稼げるうちに稼いどきたいんだよ。塔、なんて珍しい物も見れて一石二鳥だしね」
「あわよくば神器? とかいう凄ぇって噂の武器も手に入るしな」
「流石にそれはいらないかなぁ……なんか持ってるだけでいらないトラブルを招きそうだし」
「確かに、それはありそうだ。ハハハ」
「んじゃ、そろそろ俺は行くね。たぶん一週間くらい滞在することになるから。帰ってきたらまたクエスト行こうね」
「おう、気をつけてな」
マルキムに別れを告げてギルドを出る。
出がけにリルラや『三毛猫のタンゴ』の人には挨拶しといたし、マリルにも挨拶した。後は特に挨拶する人もいないな。
――この手の異世界物で『塔』とか『ダンジョン』とか言われる物には、危険がつきものだ。
そんなことは無いと信じたいが、万一帰ってこれなくなったら……そう思うと、つい知り合いには声をかけておきたくなる。
まあ、そんなに危ない所だったらそもそも入らないで帰ってくるんだけどね。
「ん?」
なんて考えていたら、リューを見つけた。そういえば、彼女にはまだ挨拶してなかったね。
「やぁ、リュー」
「ヨホホ? おやおや、キョースケさんじゃないデスか。どうされたんデスか?」
「デネブに行くからさ。しばらく会えないからちょっと挨拶を、と思って」
ちなみに、俺は基本的にリューかマルキムと一緒にクエストをこなしている。一人でやることもあるが、基本的に彼ら二人のどちらかとやることが多い。
他にも仲良くなったAGや街の人もいることにはいるのだが、どうもこの二人とは気が合うんだよね。
「ヨホホ! デネブ、デスか。と、いうことは塔へデス?」
「そ。まあ、ヤバそうだったら普通に観光だけして帰るつもりだけど、いけそうならある程度稼いでくるつもり」
「それはそれは。土産話を楽しみにしていますデスよ」
「ははは。なんか面白い話があったら教えるから楽しみに……ん?」
リューと話しているととある光景が目に入った。それは――
「オラァ! とっとと動け! ったく、だから亜人族ってのはな、劣等民族なんだよ!」
バキィ! と髪が薄く太った男が、肌が白くヒョコンと猫耳が頭に生えている少年を殴りつけた。少年の着ている服はボロボロで、何日も着替えていないことが丸わかりだ。
(やれやれ、嫌なもの見ちゃったね……)
こっそりとため息をつく。
おそらくあの少年は奴隷だろう。歳からして犯罪奴隷とも考えにくいから……まぁ、奴隷狩りにでもあったんだろうね。
こういう光景は、この平和でのどかな街、アンタレスでも普通に見る光景だ。
どうやら……人族は心の底から本気で、魔族や亜人族には何をしても良いと思っているらしい。
だから、奴隷狩りするのも当然、奴隷として扱うのも当然、そして虐待するのも当然……なんて頭の湧いたことでも当然と思っているらしい。
(はぁ……やっぱ好きになれないねぇ、ああいうのは、さ)
俺はそう思っていくらか険しい顔でその光景を見ていたが、ふとリューを見ると彼女は俺よりも凄い形相でその太った男を睨んでいた。
その眼差しに籠められたのは、敵意なんて生温い物じゃ、無い。そこには、控えめに言っても殺意に似た何かが込められていた。
「ね、ねえ、リュー?」
俺が声をかけると、ハッとした顔になって、リューが笑顔を作った。
笑顔を、作っていた。
「ヨホホ、す、すみません、少しボーッとしてしまったデス。だ、大丈夫デスよ。ヨホホ!」
「……そっか、ならいいけどさ」
「ヨホホ、それでは、ワタシはこれから魔法師ギルドのクエストがあるのデス。では、失礼しますデス」
「じゃあ、俺も行くかな。またね」
俺はリューに手を軽く振り、街の外へ続く道へと足を向ける。
――リューの瞳に籠められた思いが、果たしてどんなモノだったのかは俺には想像はつかない。
けど、俺がそれを知るとき、もう俺はリューとは会えないかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「えーっと……ここかな?」
クエストに指定された集合場所へ行くと、そこには既に二台の馬車と、十数人の男達がいた。
そのうち四人はいかにも商人とった風体で、少し上等な衣服に身を包みにこやかに談笑している。そしてもう二人は馬車の御者さんかな。
他の人達は鎧姿だ。たぶん、俺以外でこのクエストを受けたAG達だろう。
「すみません、デヴィッド商会の方ですか?」
俺が声をかけると、商人風の人たちが振り向き笑顔を見せてきた。
「おや……おぉ、その槍は。貴方はキョースケさん、ですね?」
「はい。キョースケ・キヨタ、BランクAGです」
俺が笑顔とともに言葉を返すと、商人風の人たちの中から一人こちらへ歩み出てきた。この人が代表なんだろうね。
「やはりそうでしたか。申し遅れました、私はカルク・テヲヒネル。デヴィッド商会の者です。今日、この荷馬車の責任者を任されております」
「カルクさん、ですか。今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。しかし……今回はそう長い旅では無いですが、道中は魔物や盗賊の危険も少なくは無いですからね。キョースケさんのように高名な方に護衛していただけるのは心強いですな」
「高名って、そんな……」
俺が謙遜すると、カルクさんは「なにを仰いますか!」と笑顔をさらに強める。
「アンタレスの『魔石狩』と言えば有名ですよ。その年で異名持ちとは恐れ入ります」
カルクさんが言った、『魔石狩』という言葉に苦笑しつつも、俺は右手を差し出す。
「はは、そんなこっぱずかしいあだ名に見合うだけの働きが出来るかは分かりませんが、精一杯護衛を務めさせていただきますよ」
「そんな、ご謙遜を。では、改めてよろしくお願いいたします」
カルクさんと握手し、俺は他のAGにも声をかけるためにそちらへ向かう。
「どうも」
俺はとりあえず一番近くにいた、ふさふさの口髭を生やして斧を担いでいる、かなり背の低いおっさんに声をかける。
……ひょっとしたら百五十㎝くらいしかないんじゃないかな? まあ、その分(?)横には広く、腕なんかは女性のウエストくらいある。
そんな種族がいるって聞いたことはないけど、ドワーフみたな見た目だね。
「ん? おお、アンタは『魔石狩』じゃねえか。噂は聞いてるぜ」
またも飛び出る『魔石狩』という単語に、俺は再び苦笑を浮かべてしまう。
(やれやれ……)
元々……金になるからという理由で、俺は魔魂石をかなりの数ギルドに持って行っていた。
そして、そんな姿を見ていたAGの連中から――最初は冗談半分に――『魔魂石の狩人』なんて呼ばれていた。
かなり恥ずかしかったけど、AGにとって『異名』とは仕事をする上でかなり役立つ。『異名』があると名前が売れやすくなるし、自然と指名依頼も増えるし、絡んでくる奴も少なくなるからね。
そう思って『異名』を放っておいたら、いつの間にか『魔石狩』と縮められ、かなりの人に広まっていた。いいんだけどね。
「しかしアンタはかなり若そうに見えるんだけどな……まあ、人は見かけによらないって言うしな。おっと、俺はサリル・ソルティ。一応、この『白い尾翼』っつーチームのリーダーをしている」
チームというのは、文字通り複数人のAGが組んで名前を登録したパーティーのことだ。俺も最近知ったんだけどね。
ソロと違って常に複数人でクエストに当たることになるため、負傷率や死亡率がグンと減る。だからギルドはチームを組むことを推奨しているらしい。
チームのランクはリーダーのそれに合わせられるので、メンバーはランクが低くても高ランクのクエストを受けられるようにもなる。そのため、効率よく稼いだり、ランクを上げたりすることも出来るらしい。
運が悪くて中々ランクが上がらない人も、チームに入ったおかげで適正のランクに上がった例もある。非常にメリットの多いシステムだ。
俺やマルキムなんかはソロな上に(自分で言うのもなんだけど)ランクの高いAGなので、頻繁にチーム入りの勧誘が来る。
まあ俺は隠し事(異世界人であることとか)が多いから断ってるんだけどね。
「で、こいつらは俺のチームメンバー。皆気の良い奴だから、仲良くしてやってくれ」
「ああ、よろしく」
他の人達ともちゃんと自己紹介をすませ、俺は馬車に目をやる。
「……こりゃあ、魔物よりも盗賊に狙われそうだね。まあ、いいけどさ」
中にはいくらかの魔魂石と食料。それと、武器も入っている。うん、これ確実に盗賊に狙われるよね。
盗賊は確かに金目の物を狙う。だけど、一番狙われやすいのは武器だ。売れば金になるし、基本的に武器は消耗品な上、彼らにとっては生命線でもあるからね。
(今回はたった一日しかかからないし、そう出くわさないだろう……って、これフラグかな)
アレだね、とりあえずいつでも戦えるように準備しておこうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~
ゴトゴトと歩く馬車の横で、周囲を警戒しながら歩く。
あの後、もう一つチームが加わり、結局AG十二人の大所帯で護衛をすることになった。
その二つのチームは集団の、つまり数の戦力として。俺は個の、つまり強者への戦力として準備している。
……アックスオークとか出たらどうしよう。普通に勝てるけど、被害をゼロで抑えきる自信は無い。
「そろそろ日没か」
歩き始めてから結構経って、日が落ちてきた。魔物に関しては心配無いと思うけど、盗賊が襲ってくるとしたらそろそろだろう。
昼間より警戒を深めて、俺は周りを見やると……
(ん……? この感じ……)
他のAG達も身構える。あーあ、来たみたいだね。
「カルクさん、馬車の中に」
俺がカルクさんに告げた瞬間、ピゥッ! と闇の中から矢が飛んできた。
舌打ち混じりにそれを槍で叩き落とし、飛んできた方向へ向かって『ファイヤーバレット』をぶち込む。
「ギャァァァア!」
火球が当たった所から叫び声が聞こえる。よし、手応えあり。
「やれやれ、来たね。……盗賊団、かな」
周囲からかなりの『殺気』が漏れてくる。思ったよりも数がいるね。
「白い尾翼、鈍色の槙葉の二チームは馬車の防衛をお願い。俺はあいつらを倒してくるから」
「お、おい、『魔石狩』。それは危険じゃあ……」
「俺は魔法も使うんだよね。チームプレイは難しいと思うからさ。さて……俺の経験値になってくれよ?」
詠唱しつつ、盗賊団に向かって駆けていく。
「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、爆発する火の玉を打ち出せ! エクスプロードファイヤー』!」
火球が真っ直ぐ盗賊連中に飛んでいき、爆ぜた。
「「「ギャァィァァァァ!」」」
その爆破によって隊列が乱れたので、盗賊共の首を飛ばしていく。ふむ、そこまで実力者はいないみたいだね。
「さ、さすがは『魔石狩』だな……よし、俺達もやるぞ!」
後ろからサリルの声が聞こえる。いや、馬車をちゃんと防衛してよ?
「ふぅ。そもそもこの程度の戦力で俺達に喧嘩売るって……ちょっと、考え足らずでしょ」
こちらはAG十二人、向こうは軽く数えても二十人いないくらい。普通ならこっちが不利だ。
けど、こちらには魔法使いが俺も含めて数人いる。魔法使いはこと集団戦においては数人分の働きをするから、人数差を埋めるどころか俺達の方が有利と考えていいだろう。
「ぐっ……そこの槍使い! 俺と一騎打ちで勝負だ!」
なかなか強そうな男が、片手剣を持って躍り出てきた。一対一を所望とは……なかなか男気があるね。
けど、
「いいよ。『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、火の玉を打ち出せ! ファイヤーバレット』!」
「ガハッ!」
火球が腹のド真ん中にぶち当たり、男が吹っ飛ぶ。その隙を逃さず一気に距離を詰め、首を刎ねた。まあ、こんなもんか。
「頭ぁぁぁぁぁあ! くそぉ! 殺す!」
更に殺気が俺に集中する。初めの頃はビビってた殺気だけど、もう慣れたよ。
それに……『殺す』なんて単語を使うって事は、殺される覚悟も出来てるってことだよね?
「やれやれ……結構減ってきたね。さて、もう一踏ん張りかな」
コキンと首を鳴らして、また駆け出す。
あー、活力煙を吸いたい。
この二ヶ月、面倒ごとは避けたかったのにそれなりに修羅場に巻き込まれてしまい……今や、そこそこ名前が売れてしまった。
何せ街を歩いているといきなり感謝されたり、物を貰ったりととにかく目立つ。好きなようにやっているだけなのにね。
――さて、二ヶ月も経てば当然毎日の流れというか、日々のルーティンみたいな物が存在する。
そのうちの一つで、週に一日――場合によっては二、三日――休日をとるようにしている。その休日を利用して、他の街に行ったり調べ物をしたりするためだ。
他の街へ行くのは主に観光が目的だが(せっかく異世界に来たしね)、調べ物に関しては重要な目的がある。
そう、元の世界に帰る方法を探すという重要な目的が。
(それを知らないと前に進めないからね)
正直、最悪の場合はこちらの世界に永住する覚悟も決めている。
でも一生家族に会えないっていうのは寂しいし、マンガやラノベの新刊が読めないっていうのは辛い。もしも元の世界に帰れる算段が付けば、俺も安心して異世界を満喫出来るし……。
そんな様々な理由のもと、俺は休みをとっては別の街へ旅行しているというわけだ。
そして今日も、ちょっと遠出しようと思っている。
「アレ? よう、キョースケ。今日はどこにも行かねぇのか?」
AGギルドでクエストを受注していると、マルキムから声をかけられた。
「いや? 俺が受けたクエストはこれだよ」
そう言って、クエスト書を見せる。
「なになに? えっと、『護衛依頼、デネブまで』……お前、次はデネブに行くのか」
マルキムはぽんと手を打ち、感心したような声を出す。
「……ってことは」
「そ、塔を見ておこうと思ってね」
――塔。皆さんお忘れかと思うが(というかつい最近まで俺も忘れていた)、俺達が異世界に来た初日に王様が、
『塔とは、その名の通り天までそびえ立つ建造物でして、選ばれし者のみ最上階まで到達出来ると主神様から伺っております。そして最上階までたどり着くと、とてつもない力が手に入るのだとか』
って言ってた、俺なりの解釈だとゲームや漫画で言うところのダンジョンとかそんな感じの場所。
「別の街を観光してた時に『勇者様が塔をとうとう踏破なされた』って話を聞いてね。それでちょっと興味がわいたんだ」
「なんで妙に韻を踏んでるんだ」
「さあ?」
まず勇者って誰だよと思って詳しく聞いてみると、何でも黒髪の剣士『アキラ・アマカワ』が『勇者』の『職』に目覚めたらしい。
それ故、現在アキラ・アマカワとその一行は勇者様と呼ばれている。
さらにその勇者たちは塔に次々と出現する強力な魔物たちを打倒し、踏破した末に神器と呼ばれる強力な武器を手に入れたんだそうだ。
……要するに、救世主連中が今は勇者様と呼ばれてちやほやされているということらしい。
「でも俺もその話なら聞いたな。初めての踏破者だとかで」
「へぇ」
まあ、神器なんてどうでもいい。あと、天川達のこともどうでもいい。
重要なのは、次々と強力な魔物がたくさん出てくる、という点だ。強力な魔物がたくさん出てくるってことは、倒すことが出来ればそれだけ魔魂石も多く採取出来るということになる。
「というわけで、塔に行って一稼ぎしようかと思ってね」
「ああなるほど……魔魂石を手に入れるにはうってつけだって聞くしな」
「最近はCランク魔物も出ないからね。平和でいいんだけど、どうしても収入が減っちゃうから」
「……お前、そうは言いつつもこの前賞金首の盗賊をぶっ殺してたじゃねえか。懐は大分暖まってるもんだと思ってたんだが」
「いやぁ、だから別に金に困ってる分けじゃないんだけどさ。でも、俺達の商売って安定するモンじゃないでしょ? だから、稼げるうちに稼いどきたいんだよ。塔、なんて珍しい物も見れて一石二鳥だしね」
「あわよくば神器? とかいう凄ぇって噂の武器も手に入るしな」
「流石にそれはいらないかなぁ……なんか持ってるだけでいらないトラブルを招きそうだし」
「確かに、それはありそうだ。ハハハ」
「んじゃ、そろそろ俺は行くね。たぶん一週間くらい滞在することになるから。帰ってきたらまたクエスト行こうね」
「おう、気をつけてな」
マルキムに別れを告げてギルドを出る。
出がけにリルラや『三毛猫のタンゴ』の人には挨拶しといたし、マリルにも挨拶した。後は特に挨拶する人もいないな。
――この手の異世界物で『塔』とか『ダンジョン』とか言われる物には、危険がつきものだ。
そんなことは無いと信じたいが、万一帰ってこれなくなったら……そう思うと、つい知り合いには声をかけておきたくなる。
まあ、そんなに危ない所だったらそもそも入らないで帰ってくるんだけどね。
「ん?」
なんて考えていたら、リューを見つけた。そういえば、彼女にはまだ挨拶してなかったね。
「やぁ、リュー」
「ヨホホ? おやおや、キョースケさんじゃないデスか。どうされたんデスか?」
「デネブに行くからさ。しばらく会えないからちょっと挨拶を、と思って」
ちなみに、俺は基本的にリューかマルキムと一緒にクエストをこなしている。一人でやることもあるが、基本的に彼ら二人のどちらかとやることが多い。
他にも仲良くなったAGや街の人もいることにはいるのだが、どうもこの二人とは気が合うんだよね。
「ヨホホ! デネブ、デスか。と、いうことは塔へデス?」
「そ。まあ、ヤバそうだったら普通に観光だけして帰るつもりだけど、いけそうならある程度稼いでくるつもり」
「それはそれは。土産話を楽しみにしていますデスよ」
「ははは。なんか面白い話があったら教えるから楽しみに……ん?」
リューと話しているととある光景が目に入った。それは――
「オラァ! とっとと動け! ったく、だから亜人族ってのはな、劣等民族なんだよ!」
バキィ! と髪が薄く太った男が、肌が白くヒョコンと猫耳が頭に生えている少年を殴りつけた。少年の着ている服はボロボロで、何日も着替えていないことが丸わかりだ。
(やれやれ、嫌なもの見ちゃったね……)
こっそりとため息をつく。
おそらくあの少年は奴隷だろう。歳からして犯罪奴隷とも考えにくいから……まぁ、奴隷狩りにでもあったんだろうね。
こういう光景は、この平和でのどかな街、アンタレスでも普通に見る光景だ。
どうやら……人族は心の底から本気で、魔族や亜人族には何をしても良いと思っているらしい。
だから、奴隷狩りするのも当然、奴隷として扱うのも当然、そして虐待するのも当然……なんて頭の湧いたことでも当然と思っているらしい。
(はぁ……やっぱ好きになれないねぇ、ああいうのは、さ)
俺はそう思っていくらか険しい顔でその光景を見ていたが、ふとリューを見ると彼女は俺よりも凄い形相でその太った男を睨んでいた。
その眼差しに籠められたのは、敵意なんて生温い物じゃ、無い。そこには、控えめに言っても殺意に似た何かが込められていた。
「ね、ねえ、リュー?」
俺が声をかけると、ハッとした顔になって、リューが笑顔を作った。
笑顔を、作っていた。
「ヨホホ、す、すみません、少しボーッとしてしまったデス。だ、大丈夫デスよ。ヨホホ!」
「……そっか、ならいいけどさ」
「ヨホホ、それでは、ワタシはこれから魔法師ギルドのクエストがあるのデス。では、失礼しますデス」
「じゃあ、俺も行くかな。またね」
俺はリューに手を軽く振り、街の外へ続く道へと足を向ける。
――リューの瞳に籠められた思いが、果たしてどんなモノだったのかは俺には想像はつかない。
けど、俺がそれを知るとき、もう俺はリューとは会えないかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
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「えーっと……ここかな?」
クエストに指定された集合場所へ行くと、そこには既に二台の馬車と、十数人の男達がいた。
そのうち四人はいかにも商人とった風体で、少し上等な衣服に身を包みにこやかに談笑している。そしてもう二人は馬車の御者さんかな。
他の人達は鎧姿だ。たぶん、俺以外でこのクエストを受けたAG達だろう。
「すみません、デヴィッド商会の方ですか?」
俺が声をかけると、商人風の人たちが振り向き笑顔を見せてきた。
「おや……おぉ、その槍は。貴方はキョースケさん、ですね?」
「はい。キョースケ・キヨタ、BランクAGです」
俺が笑顔とともに言葉を返すと、商人風の人たちの中から一人こちらへ歩み出てきた。この人が代表なんだろうね。
「やはりそうでしたか。申し遅れました、私はカルク・テヲヒネル。デヴィッド商会の者です。今日、この荷馬車の責任者を任されております」
「カルクさん、ですか。今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。しかし……今回はそう長い旅では無いですが、道中は魔物や盗賊の危険も少なくは無いですからね。キョースケさんのように高名な方に護衛していただけるのは心強いですな」
「高名って、そんな……」
俺が謙遜すると、カルクさんは「なにを仰いますか!」と笑顔をさらに強める。
「アンタレスの『魔石狩』と言えば有名ですよ。その年で異名持ちとは恐れ入ります」
カルクさんが言った、『魔石狩』という言葉に苦笑しつつも、俺は右手を差し出す。
「はは、そんなこっぱずかしいあだ名に見合うだけの働きが出来るかは分かりませんが、精一杯護衛を務めさせていただきますよ」
「そんな、ご謙遜を。では、改めてよろしくお願いいたします」
カルクさんと握手し、俺は他のAGにも声をかけるためにそちらへ向かう。
「どうも」
俺はとりあえず一番近くにいた、ふさふさの口髭を生やして斧を担いでいる、かなり背の低いおっさんに声をかける。
……ひょっとしたら百五十㎝くらいしかないんじゃないかな? まあ、その分(?)横には広く、腕なんかは女性のウエストくらいある。
そんな種族がいるって聞いたことはないけど、ドワーフみたな見た目だね。
「ん? おお、アンタは『魔石狩』じゃねえか。噂は聞いてるぜ」
またも飛び出る『魔石狩』という単語に、俺は再び苦笑を浮かべてしまう。
(やれやれ……)
元々……金になるからという理由で、俺は魔魂石をかなりの数ギルドに持って行っていた。
そして、そんな姿を見ていたAGの連中から――最初は冗談半分に――『魔魂石の狩人』なんて呼ばれていた。
かなり恥ずかしかったけど、AGにとって『異名』とは仕事をする上でかなり役立つ。『異名』があると名前が売れやすくなるし、自然と指名依頼も増えるし、絡んでくる奴も少なくなるからね。
そう思って『異名』を放っておいたら、いつの間にか『魔石狩』と縮められ、かなりの人に広まっていた。いいんだけどね。
「しかしアンタはかなり若そうに見えるんだけどな……まあ、人は見かけによらないって言うしな。おっと、俺はサリル・ソルティ。一応、この『白い尾翼』っつーチームのリーダーをしている」
チームというのは、文字通り複数人のAGが組んで名前を登録したパーティーのことだ。俺も最近知ったんだけどね。
ソロと違って常に複数人でクエストに当たることになるため、負傷率や死亡率がグンと減る。だからギルドはチームを組むことを推奨しているらしい。
チームのランクはリーダーのそれに合わせられるので、メンバーはランクが低くても高ランクのクエストを受けられるようにもなる。そのため、効率よく稼いだり、ランクを上げたりすることも出来るらしい。
運が悪くて中々ランクが上がらない人も、チームに入ったおかげで適正のランクに上がった例もある。非常にメリットの多いシステムだ。
俺やマルキムなんかはソロな上に(自分で言うのもなんだけど)ランクの高いAGなので、頻繁にチーム入りの勧誘が来る。
まあ俺は隠し事(異世界人であることとか)が多いから断ってるんだけどね。
「で、こいつらは俺のチームメンバー。皆気の良い奴だから、仲良くしてやってくれ」
「ああ、よろしく」
他の人達ともちゃんと自己紹介をすませ、俺は馬車に目をやる。
「……こりゃあ、魔物よりも盗賊に狙われそうだね。まあ、いいけどさ」
中にはいくらかの魔魂石と食料。それと、武器も入っている。うん、これ確実に盗賊に狙われるよね。
盗賊は確かに金目の物を狙う。だけど、一番狙われやすいのは武器だ。売れば金になるし、基本的に武器は消耗品な上、彼らにとっては生命線でもあるからね。
(今回はたった一日しかかからないし、そう出くわさないだろう……って、これフラグかな)
アレだね、とりあえずいつでも戦えるように準備しておこうか。
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ゴトゴトと歩く馬車の横で、周囲を警戒しながら歩く。
あの後、もう一つチームが加わり、結局AG十二人の大所帯で護衛をすることになった。
その二つのチームは集団の、つまり数の戦力として。俺は個の、つまり強者への戦力として準備している。
……アックスオークとか出たらどうしよう。普通に勝てるけど、被害をゼロで抑えきる自信は無い。
「そろそろ日没か」
歩き始めてから結構経って、日が落ちてきた。魔物に関しては心配無いと思うけど、盗賊が襲ってくるとしたらそろそろだろう。
昼間より警戒を深めて、俺は周りを見やると……
(ん……? この感じ……)
他のAG達も身構える。あーあ、来たみたいだね。
「カルクさん、馬車の中に」
俺がカルクさんに告げた瞬間、ピゥッ! と闇の中から矢が飛んできた。
舌打ち混じりにそれを槍で叩き落とし、飛んできた方向へ向かって『ファイヤーバレット』をぶち込む。
「ギャァァァア!」
火球が当たった所から叫び声が聞こえる。よし、手応えあり。
「やれやれ、来たね。……盗賊団、かな」
周囲からかなりの『殺気』が漏れてくる。思ったよりも数がいるね。
「白い尾翼、鈍色の槙葉の二チームは馬車の防衛をお願い。俺はあいつらを倒してくるから」
「お、おい、『魔石狩』。それは危険じゃあ……」
「俺は魔法も使うんだよね。チームプレイは難しいと思うからさ。さて……俺の経験値になってくれよ?」
詠唱しつつ、盗賊団に向かって駆けていく。
「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、爆発する火の玉を打ち出せ! エクスプロードファイヤー』!」
火球が真っ直ぐ盗賊連中に飛んでいき、爆ぜた。
「「「ギャァィァァァァ!」」」
その爆破によって隊列が乱れたので、盗賊共の首を飛ばしていく。ふむ、そこまで実力者はいないみたいだね。
「さ、さすがは『魔石狩』だな……よし、俺達もやるぞ!」
後ろからサリルの声が聞こえる。いや、馬車をちゃんと防衛してよ?
「ふぅ。そもそもこの程度の戦力で俺達に喧嘩売るって……ちょっと、考え足らずでしょ」
こちらはAG十二人、向こうは軽く数えても二十人いないくらい。普通ならこっちが不利だ。
けど、こちらには魔法使いが俺も含めて数人いる。魔法使いはこと集団戦においては数人分の働きをするから、人数差を埋めるどころか俺達の方が有利と考えていいだろう。
「ぐっ……そこの槍使い! 俺と一騎打ちで勝負だ!」
なかなか強そうな男が、片手剣を持って躍り出てきた。一対一を所望とは……なかなか男気があるね。
けど、
「いいよ。『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、火の玉を打ち出せ! ファイヤーバレット』!」
「ガハッ!」
火球が腹のド真ん中にぶち当たり、男が吹っ飛ぶ。その隙を逃さず一気に距離を詰め、首を刎ねた。まあ、こんなもんか。
「頭ぁぁぁぁぁあ! くそぉ! 殺す!」
更に殺気が俺に集中する。初めの頃はビビってた殺気だけど、もう慣れたよ。
それに……『殺す』なんて単語を使うって事は、殺される覚悟も出来てるってことだよね?
「やれやれ……結構減ってきたね。さて、もう一踏ん張りかな」
コキンと首を鳴らして、また駆け出す。
あー、活力煙を吸いたい。
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