ちちぶ天狗

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母親からの愛情と真実【小島母】

小島の父親は、大工で町の顔役もしていたので忙しい人だった。
母親は、そろばん塾を開いていて生徒は多いときで200人くらい抱えていたこともあった。
そして姉と兄は小島とは年が離れていたこともあって学校から帰ってくるのが小島よりもずっと遅い。
だから小島は小さい頃から鍵っ子だった。

小島少年は、夕方お腹がすくと自分で簡単なものを作っていた。
小学校1年生のある日、卵焼きを作ろうとガスに火を点けた。
そして冷蔵庫から卵を取り出して、割ってといていると火が消えていることに気が付く。
なので、もう一度火を点けようとして点火ボタンを押した瞬間、ガスが爆発して小島少年は吹っ飛んだ。

幸い火事にならなかったし、田舎の一軒家だったこともあって爆発は誰にも気づかれず大事にはならなかった。
けれど爆発の勢いでプライパンは天井を突き破り、ガス台のまわりは真っ黒こげになってしまった。
小島少年は、眉毛と前髪がチリチリに焦げて、皮膚は少しヒリヒリするくらいの火傷をしていた。
わずか6歳の子供が、こんな状況になったらどうするだろうか?
泣いたり、パニックになったり、誰かに助けを求めに行くかもしれない。
小島少年の場合、泣きはしなかったけれど軽いパニックになっていた。

「このままではお母さんに怒られる!どうしよう…」

幼い小島は、そう思った。
そこで考えたのは、台所をこのままにして誰か帰ってきたら倒れて意識を失ったふりをしよう、ということだった。
そして誰か帰ってくるまでの間、テレビを観て時間をつぶした。

しばらくすると母親が帰ってきた。
小島少年は、あわててテレビを消して台所へ向かい、吹っ飛ばされた時の格好で倒れこんだ。
母親は、家に入って変わり果てた台所と倒れている息子をみて悲鳴をあげた。
それから小島少年を抱えあげ、血相を変えて病院に運んだ。
抱えあげた母親の手が震えていたのを小島少年が感じたとき、作戦がうまくいったことを確信したのと同時に怒られずにすむと安堵した。

それから小島少年は、包帯でグルグル巻きになって帰宅した。
帰宅してからも母親は、「ごめんね~、トシ~、ごめんね~」と泣きながら謝っていた。
怒られないための演技だったとはいえ、小島少年は今さら言い出せるわけもなく、こんなに心配してくれるんだと思うと、胸が苦しくて涙が止まらなくなって母親と抱き合って泣いた。

小島は大人になった今でも「おかん…あの時は心配させてごめん…」と思っている。
が、母親にあの時の真相を話す気はない。

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