勇者に殺された俺はどうやら迷宮の主になったようです
三人の出会い 02
迷宮前の広場には10人ほどの男たちが集まっていた。どの男も鎧で体を覆い、長槍を構え一人たりとも迷宮へと近づかないようにしていた。
そこに50人ほどの軍勢が近づいていく。
「通しなさい! 私はアンリ。杖の勇者です。ここを通しなさい!」
透き通る声が響き渡り一瞬男たちはその可憐な美しさに目を奪われた。それでも上層部の指示に忠実に従い槍を一斉に勇者へと向けた。
「これはどういうことかしら?」
少しも不機嫌を隠すことなく怒りを露わにするアンリ。
その手には杖が握られ、さらに白く輝きを放っている。
「これは敵対行動と受け取っても構わないのですかな?」
と、男たちの中で一番落ち着いていた老人が静かに訪ねる。その手には剣が握られさらにその剣を赤い炎が覆っていた。
王宮騎士ナグリ。
王宮騎士の中でもトップクラスの強さをかつては誇った英雄に近い存在。
そんな彼が50人を止める様に立っていた。
「ナグリさん、あなたのこと信じていたのに、どうやら間違っていたようですね」
悲しそうにアンリがナグリを見てため息をつく。ナグリも同様にする。それでも上層部の指示に従うべく剣を構え、アンリも親友を救うため魔力を込める。
「おい、これはどういうことだ?」
そんな中、少年の声がアンリの後ろから聞こえた。
それを聞いてアンリは呆れ、バルディアもトオルの背中をどつく。
「ふはっ! なにするんだ!?」
「貴様が馬鹿だからだ」
「そうね、トオルが愚かだからよ」
二人に馬鹿にされるもトオルは何が何だかというスタンスを崩さない。そしてアンリたちと男たちの間へと滑り込む。
「俺はトオル、こいつの付き人だ。それで、これはどういうことだ?」
「ずいぶんと失礼な小僧だな」
今度は老人の側にいた大男が槍を担ぎ馬鹿にする。それでもトオルはなお言葉を紡いでいく。
「これはあれだ、あの勇者の脅しに王国は屈しているということでいいのか?」
「ぐうっ」
あまりにも王国を、自分たちを、馬鹿にした発言に怒りで顔が真っ赤になっていく男たち。それでも図星をつかれたのもあり、黙り込む。
「なるほどなあ、そうかそうか。じゃあしかたないか」
「わかってくれ――」
「バルディア、こいつらを殺せ」
「ああ、任せろ」
少年の口から自分たちを殺すと言われポカーンとする男たち。それに答えるバルディアにアンリまでもが狼狽える。
「ちょっと、どういうつもり?」
「ああ、この人たちは上からの命令で戦うしかない。俺たちも迷宮内に行くしかない。だったら話は簡単だ。こいつらを倒せばいいだけだ」
「ほう、随分と舐められたものだな。これでも俺は王宮の鬼槍って呼ばれているんだがな、くふふっ」
「そうでしたか、それがどうしましたか?」
「て、てめえ」
少年の空気が変わる。先ほどまでとは異なり目が赤くなっていく。
それに角が頭から飛び出していく。
これはアンリによる魔法擬態だ。強者であれば一目で見破るだろう。
それはナグリも含まれる。だからナグリは眼を細め何のつもりかとトオルを見つめる。
だが、そう思ったのはナグリだけだった。
残りの王宮騎士たちは狼狽え、中には逃げだしそうになる者たちもいた。
人間の鬼化。
伝聞でしか聞いたことが無いが、それでもかつてはそんな人種もいたことがある。
これはこの国の常識だ。
そしてその時。
王国はどうなったか
王国兵はその時どうしたか。
それは目の前の男たちが証明してくれる。
「お、おに、だと」
「私の姿を見てそう言いますか? そう思うのであればあなたは戻らないとね」
「ふん、坊主面白いことを言うな――ああ、なるほどなあ。確かにこれは危険だ。王宮からの指示ではそんなことが起きたら逃げろと言われていることを知っていたのか?」
「ええ、策略の鬼ですから」
「かかかあっははは」
トオルの軽口にさらに老人は笑う。そして男たちへと声を掛け、さらに周りの民にも聞こえる様に大声で言い放った。
そこにはどこか悔しそうにそれでいて嬉しさが入りまじっている。
「こいつさんは、あれにしか見えねえ。そしてそれを確認することは禁止されている。嘘か真かわからねえが、だが俺たちは王宮へと向かう」
「ナグリさん!」
「言いたいことは明日言え、俺たちは無力だ、上の犬だ。お前も実は気づいているんだろ? あれが何によるものか、そしてこの子らが救うしか道はないってことを……」
「ええ、ですね。責任は……」
「なに、救えばそれで済む話だ。その後は俺が負うよ、ってわけで坊主、後は任せていいんだな」
「ああ、俺の策略の手にかかれば、余裕さ」
「そうかい、なら頼む――すまねえな」
そう言ってナグリたちは王宮へと帰っていく。
それを見て、アンリとバルディアは予定通りに進んだことに驚いた。
「言ったとおりだろ? 彼らは別に弓の勇者の部下では無い。王国兵だ。そんな彼らが一一般市民を救えないのは上の指示だ。ならそれ以上の指示を与えればいい、たったそれだけだ」
「でも、鬼化を使うのはやっぱり馬鹿よ、これであなたは国に狙われることに――」
「そうはならないよ、さっきの話を聞いて無かったのか?」
「話だと?」
二人とも先ほどの会話を思いだしても何もわからずそれを楽しそうにトオルは見つめた。
「俺がいつ、鬼化って言った? いつ鬼だといった?」
「そ、それは」
「勝手にあいつらが勘違いしただけだ。ただ、それだけさ」
「ふん、確かにそうともいえないこともないが、それは詐欺だ」
「詐欺でもいいのさ、相手が勝手に勘違いした。それだけのこと。それに角は別に鬼じゃなくても生えてくる。伝説のユニコーンだってね、目だって充血しただけさ」
「でも」
「確かに今回はあの人、ナグリさんが全てを背負ってくれた。でもあの人は俺たちに託した。だから大丈夫だと思うけどね」
最初から成功するはずもないと思っていたがトオルから聞くうちに今は親友を救う方が大事だと思い、迷宮内へと静かに忍び込むのであった。
■
狼の迷宮。
名の通り狼の住処である。遠吠えで威嚇し獰猛な歯で肉を喰いきる。
常に集団で行動しているため、相手取る際には全方向を気にかけながら戦う必要がある。
そんな迷宮を50人ほどの団体が進んでいく。
戦闘にはバルディアが剣を振り、後方からは弓矢や魔法の援護射撃が放たれる。
そして隊の真ん中にはアンリとトオルが守られるようにいた。
「それで、どうするの?」
不安で今にも親友を探しに行きそうなアンリの手をしっかりと握りしめ、トオルは片手で地図を開いた。
地図はかつてこの迷宮内を攻略した者たちからの情報が記され、それによるとこの先に小さ目な洞窟の先に広場があるとのことだ。
闇雲に探すのは時間がかかることから、相手がいそうな場所を予め決めておきそこへと向かっていた。
そして既に5つの広場へと訪れ、その全てがもぬけの殻であった。
だからか、アンリの表情がどんどん強張っていく。
「大丈夫だ、まだ当てはある、きっとそこだよ」
狼からの襲撃や弓の勇者の手により既に手遅れかもと強張るアンリに声を掛け、次の広場へと向かっていく。
途中何度も狼が獲物を見つけたと言わんばかりに襲い掛かってくるものの、バルディアの一刀両断で次々と息絶えていく。
「流石、拳王よりも強いって自負するだけはあるか」
拳王に匹敵する者など数えられる程しか知っていないのもあり驚くトオルの視線の先、バルディアが歩みを止めた。
「ここだ」
短い声の後、後方から魔力が放たれた。それで一瞬気持ち悪い感覚に陥る。だがそれは通りすぎ、直後遠くから爆発が起きる。
「ここもいません」
人体に影響のない爆風と光の攻撃。それでも食らえば絶叫は免れない。それがないということは居ないということだ。
それに加えて一応部下の数人を置いてさらに調査させておく。
「後は2つか」
「うぅ」
「次はどっちだ!」
「ええと、右が近いかな」
前からバルディアの声が響きそれにトオルが返すと集団ごと右の通路へと向かっていく。
「ここにもいません」
魔法を放つも現れない。
ここまで外れたことを奇妙に思いつつも微かな希望を胸に最後の部屋へと向かっていく。そこは迷宮内で一番広く、そして危険な場所であった。
「迷宮の主の部屋か……」
誰からとなく、弱気な声が広がりそれに皆同意した。
前からは悪臭が流れこみ、その中からは大量に血が流れていた。
間違いなく誰かがこの中で死んだということだ。
それも何十人もが。
(これはどういうことだ?)
杖の勇者の親友がこの迷宮で弓の勇者たちに攫われた。助けようと探すと皆主の部屋にいると考えられる。それも、これはモンスターの血では無い。
明らかに人のものだ。
(なんで、ここに逃げたけど、殺されたのか?)
いや、それは流石に無い。
王国から近いこの迷宮内は比較的レベルの低い迷宮だ。ときおり狼が飛び出すも一体だけのことがほとんどだ。
それ故に、門番の兵士たちが殺せるほどに弱い。
(だったら、他に原因があるってか?)
弓の勇者の一員を殺せるほどの力などわからない。
そんなモンスターがいるのであれな、とっくに王の刃ら精鋭に殺されているはずだ。だが生き残っていた。
それならば、考えられることは。
拳王の裏切り……
「アマリ! アマッリ!!」
とうとう堪えることができなくなったのか俺の手を振り解き、バルディアの前を抜け迷宮内へと入ってしまう。
そして、後に俺たちも続く。
「きゃああああっ!!」
「ぎやああああああ!」
「ごほほほっほおは」
皆一様に吐き気を催し、叫び声を上げ、失神する者までいた。
それほどまでに酷い有様であった。
本来見えないモノが破れて広がり、あるべきものがない。
そして、それは明らかに人為的なものだ。
狼が出来る過程を遥かに超えていた。
「アマリ、大丈夫? ねえっ!」
と、アンリが遠くのほうで叫ぶ。そこを見ると祭壇らしき上に少女が倒れていた。見たところ五体満足だ。
「おい、しっかりしろ!」
俺も近づき声を掛けると少し少女から声が漏れた。
「なんで、この子だけ……」
アンリの親友だけが生き残った。
それが不思議でたまらないトオルのすぐ側。
そこには所どころ砕けた斧が落ちていたのであった。
そこに50人ほどの軍勢が近づいていく。
「通しなさい! 私はアンリ。杖の勇者です。ここを通しなさい!」
透き通る声が響き渡り一瞬男たちはその可憐な美しさに目を奪われた。それでも上層部の指示に忠実に従い槍を一斉に勇者へと向けた。
「これはどういうことかしら?」
少しも不機嫌を隠すことなく怒りを露わにするアンリ。
その手には杖が握られ、さらに白く輝きを放っている。
「これは敵対行動と受け取っても構わないのですかな?」
と、男たちの中で一番落ち着いていた老人が静かに訪ねる。その手には剣が握られさらにその剣を赤い炎が覆っていた。
王宮騎士ナグリ。
王宮騎士の中でもトップクラスの強さをかつては誇った英雄に近い存在。
そんな彼が50人を止める様に立っていた。
「ナグリさん、あなたのこと信じていたのに、どうやら間違っていたようですね」
悲しそうにアンリがナグリを見てため息をつく。ナグリも同様にする。それでも上層部の指示に従うべく剣を構え、アンリも親友を救うため魔力を込める。
「おい、これはどういうことだ?」
そんな中、少年の声がアンリの後ろから聞こえた。
それを聞いてアンリは呆れ、バルディアもトオルの背中をどつく。
「ふはっ! なにするんだ!?」
「貴様が馬鹿だからだ」
「そうね、トオルが愚かだからよ」
二人に馬鹿にされるもトオルは何が何だかというスタンスを崩さない。そしてアンリたちと男たちの間へと滑り込む。
「俺はトオル、こいつの付き人だ。それで、これはどういうことだ?」
「ずいぶんと失礼な小僧だな」
今度は老人の側にいた大男が槍を担ぎ馬鹿にする。それでもトオルはなお言葉を紡いでいく。
「これはあれだ、あの勇者の脅しに王国は屈しているということでいいのか?」
「ぐうっ」
あまりにも王国を、自分たちを、馬鹿にした発言に怒りで顔が真っ赤になっていく男たち。それでも図星をつかれたのもあり、黙り込む。
「なるほどなあ、そうかそうか。じゃあしかたないか」
「わかってくれ――」
「バルディア、こいつらを殺せ」
「ああ、任せろ」
少年の口から自分たちを殺すと言われポカーンとする男たち。それに答えるバルディアにアンリまでもが狼狽える。
「ちょっと、どういうつもり?」
「ああ、この人たちは上からの命令で戦うしかない。俺たちも迷宮内に行くしかない。だったら話は簡単だ。こいつらを倒せばいいだけだ」
「ほう、随分と舐められたものだな。これでも俺は王宮の鬼槍って呼ばれているんだがな、くふふっ」
「そうでしたか、それがどうしましたか?」
「て、てめえ」
少年の空気が変わる。先ほどまでとは異なり目が赤くなっていく。
それに角が頭から飛び出していく。
これはアンリによる魔法擬態だ。強者であれば一目で見破るだろう。
それはナグリも含まれる。だからナグリは眼を細め何のつもりかとトオルを見つめる。
だが、そう思ったのはナグリだけだった。
残りの王宮騎士たちは狼狽え、中には逃げだしそうになる者たちもいた。
人間の鬼化。
伝聞でしか聞いたことが無いが、それでもかつてはそんな人種もいたことがある。
これはこの国の常識だ。
そしてその時。
王国はどうなったか
王国兵はその時どうしたか。
それは目の前の男たちが証明してくれる。
「お、おに、だと」
「私の姿を見てそう言いますか? そう思うのであればあなたは戻らないとね」
「ふん、坊主面白いことを言うな――ああ、なるほどなあ。確かにこれは危険だ。王宮からの指示ではそんなことが起きたら逃げろと言われていることを知っていたのか?」
「ええ、策略の鬼ですから」
「かかかあっははは」
トオルの軽口にさらに老人は笑う。そして男たちへと声を掛け、さらに周りの民にも聞こえる様に大声で言い放った。
そこにはどこか悔しそうにそれでいて嬉しさが入りまじっている。
「こいつさんは、あれにしか見えねえ。そしてそれを確認することは禁止されている。嘘か真かわからねえが、だが俺たちは王宮へと向かう」
「ナグリさん!」
「言いたいことは明日言え、俺たちは無力だ、上の犬だ。お前も実は気づいているんだろ? あれが何によるものか、そしてこの子らが救うしか道はないってことを……」
「ええ、ですね。責任は……」
「なに、救えばそれで済む話だ。その後は俺が負うよ、ってわけで坊主、後は任せていいんだな」
「ああ、俺の策略の手にかかれば、余裕さ」
「そうかい、なら頼む――すまねえな」
そう言ってナグリたちは王宮へと帰っていく。
それを見て、アンリとバルディアは予定通りに進んだことに驚いた。
「言ったとおりだろ? 彼らは別に弓の勇者の部下では無い。王国兵だ。そんな彼らが一一般市民を救えないのは上の指示だ。ならそれ以上の指示を与えればいい、たったそれだけだ」
「でも、鬼化を使うのはやっぱり馬鹿よ、これであなたは国に狙われることに――」
「そうはならないよ、さっきの話を聞いて無かったのか?」
「話だと?」
二人とも先ほどの会話を思いだしても何もわからずそれを楽しそうにトオルは見つめた。
「俺がいつ、鬼化って言った? いつ鬼だといった?」
「そ、それは」
「勝手にあいつらが勘違いしただけだ。ただ、それだけさ」
「ふん、確かにそうともいえないこともないが、それは詐欺だ」
「詐欺でもいいのさ、相手が勝手に勘違いした。それだけのこと。それに角は別に鬼じゃなくても生えてくる。伝説のユニコーンだってね、目だって充血しただけさ」
「でも」
「確かに今回はあの人、ナグリさんが全てを背負ってくれた。でもあの人は俺たちに託した。だから大丈夫だと思うけどね」
最初から成功するはずもないと思っていたがトオルから聞くうちに今は親友を救う方が大事だと思い、迷宮内へと静かに忍び込むのであった。
■
狼の迷宮。
名の通り狼の住処である。遠吠えで威嚇し獰猛な歯で肉を喰いきる。
常に集団で行動しているため、相手取る際には全方向を気にかけながら戦う必要がある。
そんな迷宮を50人ほどの団体が進んでいく。
戦闘にはバルディアが剣を振り、後方からは弓矢や魔法の援護射撃が放たれる。
そして隊の真ん中にはアンリとトオルが守られるようにいた。
「それで、どうするの?」
不安で今にも親友を探しに行きそうなアンリの手をしっかりと握りしめ、トオルは片手で地図を開いた。
地図はかつてこの迷宮内を攻略した者たちからの情報が記され、それによるとこの先に小さ目な洞窟の先に広場があるとのことだ。
闇雲に探すのは時間がかかることから、相手がいそうな場所を予め決めておきそこへと向かっていた。
そして既に5つの広場へと訪れ、その全てがもぬけの殻であった。
だからか、アンリの表情がどんどん強張っていく。
「大丈夫だ、まだ当てはある、きっとそこだよ」
狼からの襲撃や弓の勇者の手により既に手遅れかもと強張るアンリに声を掛け、次の広場へと向かっていく。
途中何度も狼が獲物を見つけたと言わんばかりに襲い掛かってくるものの、バルディアの一刀両断で次々と息絶えていく。
「流石、拳王よりも強いって自負するだけはあるか」
拳王に匹敵する者など数えられる程しか知っていないのもあり驚くトオルの視線の先、バルディアが歩みを止めた。
「ここだ」
短い声の後、後方から魔力が放たれた。それで一瞬気持ち悪い感覚に陥る。だがそれは通りすぎ、直後遠くから爆発が起きる。
「ここもいません」
人体に影響のない爆風と光の攻撃。それでも食らえば絶叫は免れない。それがないということは居ないということだ。
それに加えて一応部下の数人を置いてさらに調査させておく。
「後は2つか」
「うぅ」
「次はどっちだ!」
「ええと、右が近いかな」
前からバルディアの声が響きそれにトオルが返すと集団ごと右の通路へと向かっていく。
「ここにもいません」
魔法を放つも現れない。
ここまで外れたことを奇妙に思いつつも微かな希望を胸に最後の部屋へと向かっていく。そこは迷宮内で一番広く、そして危険な場所であった。
「迷宮の主の部屋か……」
誰からとなく、弱気な声が広がりそれに皆同意した。
前からは悪臭が流れこみ、その中からは大量に血が流れていた。
間違いなく誰かがこの中で死んだということだ。
それも何十人もが。
(これはどういうことだ?)
杖の勇者の親友がこの迷宮で弓の勇者たちに攫われた。助けようと探すと皆主の部屋にいると考えられる。それも、これはモンスターの血では無い。
明らかに人のものだ。
(なんで、ここに逃げたけど、殺されたのか?)
いや、それは流石に無い。
王国から近いこの迷宮内は比較的レベルの低い迷宮だ。ときおり狼が飛び出すも一体だけのことがほとんどだ。
それ故に、門番の兵士たちが殺せるほどに弱い。
(だったら、他に原因があるってか?)
弓の勇者の一員を殺せるほどの力などわからない。
そんなモンスターがいるのであれな、とっくに王の刃ら精鋭に殺されているはずだ。だが生き残っていた。
それならば、考えられることは。
拳王の裏切り……
「アマリ! アマッリ!!」
とうとう堪えることができなくなったのか俺の手を振り解き、バルディアの前を抜け迷宮内へと入ってしまう。
そして、後に俺たちも続く。
「きゃああああっ!!」
「ぎやああああああ!」
「ごほほほっほおは」
皆一様に吐き気を催し、叫び声を上げ、失神する者までいた。
それほどまでに酷い有様であった。
本来見えないモノが破れて広がり、あるべきものがない。
そして、それは明らかに人為的なものだ。
狼が出来る過程を遥かに超えていた。
「アマリ、大丈夫? ねえっ!」
と、アンリが遠くのほうで叫ぶ。そこを見ると祭壇らしき上に少女が倒れていた。見たところ五体満足だ。
「おい、しっかりしろ!」
俺も近づき声を掛けると少し少女から声が漏れた。
「なんで、この子だけ……」
アンリの親友だけが生き残った。
それが不思議でたまらないトオルのすぐ側。
そこには所どころ砕けた斧が落ちていたのであった。
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