神獣殺しの精霊使い

ミナト日記

第49話 弟子

暗闇の中、一人の男が赤い血を流し倒れていた。
背中には剣で切り裂かれた傷跡が残り、意識が朦朧としているのか視線が揺れる。
視界には、今しがた襲い掛かってきた竜が迫る。


人を憎み、復讐することに躍起になる竜。
古代遺跡から抜け出した災厄。


名を黒竜。
世界を亡ぼす天変地異級の悪夢。


「これは……」


そして男は竜の息吹で燃え尽きた。
それを見ている者が居るとは思いもせずに——







小さな集落を抜けた先、そこには都市と呼べる街並みが広がっていた。
飛行敵を降りた先には、師匠と同じ衣装を纏った騎士が大勢待ち構えており、俺を怪訝そうな面持ちで見つめてくる。


「彼は、姫様の恩人だ。無礼な行為は、第一部隊長である俺が禁ずる」
「ええ、この子に手出しすることは許しません」


心配などするなと言わんばかりに師匠がアイコンタクトを送る。
それにマレイアも近くに寄ると、俺たちの前に立つ。


流石に、王女と騎士団のトップの発言ともあり、先ほどまでの不躾な視線が消える。


「まあ、こいつは俺の弟子でもあるからな。それに、バルバスケ大陸に単身乗り込んで、生還した少年だ。少しは、出来るぞ」


師匠の言葉に、今度は羨望の眼差しが向けられる。
何だか、自分の立場が刻一転と変わっていく。
最初は不審者と言わんばかりの騎士らが、尊敬する面持ちで俺を見つめていた。
それ程までに、バルバスケ大陸に単身乗り込んだのはヤバいことなのだろう。


「初めまして、ギール様の弟子のバルと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」


俺の丁寧な声に、誰もが師匠の顔を見つめる。
挙句の果てには、“あの師匠の弟子にしては真面目だな”とか“小っちゃくて可愛い”、“鍛えがいがありそうだ”と、様々な呟きを漏らす。


因みにルシアには実体化を解いてもらっている。
あの姿を見て、王族と間違えられる可能性が高い。挙句の果てには、隠し子と思われ、襲われるかもしれないというギールのアドバイスだ。
故に、目立つ場所ではルシアは俺の中に隠れている。


今まで、一緒に行動していた為、少しばかり寂しく感じる。


「行くぞ、バル」


いつの間にかに、騎士たちが道を開けていた。
そこを三人とも歩いていく。


街並みを見るに、来たことはなさそうだ。
王都ラルトルスにしては、被害が少ない。王都ラルスなら来たこともあるし、別の都市だろう。


「二人は、ここに来るのは初めてなのだ?」
「はい、たぶんそうです。ここの都市は何て名前ですか?」
「ここは、ガレインですよ。平たく言えば、王都ラルトルスと隣国が親愛の証として造った街です。結構、大きな街なので、退屈しないですよ」


リーナが遠くの屋台を見ながら説明してくれる。
あれは、お菓子の屋台かな。


「ギール、あのお菓子を食べたいのだ」


と、マレイアも興味を惹かれたのか屋台を指さす。


「——お待たせしました」


と、いつの間にかにリーナが袋を抱えてマレイアの横に立っている。
あれ、さっきまで直ぐ近くに居たのに、いつの間に⁉


「ありがとう。ルシアにも上げたいけど、今は無理なのだ」
『後でくださいね』


と、ルシアの声だけが響く。
だが、近くの騎士が気にしていないことから見るに、俺だけが聞こえたようだ。


「マレイア、ルシアが後で頂戴ってさ」
「分かったのだ」


しばらく歩くと、屋敷が見えてくる。
白いレンガで覆われ、まるで貴族が住んでそうだ。


「ここは、俺の屋敷だ。しばらくは、ここに滞在してくれ」


と、ギールが指をさす。
流石は、王国騎士団隊長か。それとも、家が貴族なのか?


「全く、親のでしょギール。貴方自身の家は騎士団の宿舎じゃない」
「まあな。だけど、両親ともここには住んでいないからな。だから、俺の屋敷だよ」
「ここに住んでいいんですか? お金はあるので、宿を借りようと思っていたんですが」


確か、討伐金で200万アルスはあったはずだ。この世界の物価換算だと、8000万円ほど。
宿をとっても、何も問題は無い。


「そうか? ここなら、指導するのが楽だと思ったけどな。何しろ、精霊の姿を見られても問題が無い。だから、宿は辞めたほうが賢明だ。もしも、王族が宿にいるって噂になれば危険だぞ?」


言われてみれば、ルシアの姿を晒すのは辞めたほうがいいのかもしれない。
もう少しすれば、王族の生存を諸外国に発表するらしいが、もしも仮に王族と間違われて、宿を襲われた場合、色々と面倒だ。


「師匠、お願いします。ですが、宿代は払わせてください」


ここに住むにしてもタダという訳にはいかない。
すると、師匠が指を二つ立てる。


「これくらいかな」
「一年で20万アルスですか?」
「いやいや、流石にそんな法外な額を請求しないよ。2万アルスでいいよ。君が俺の弟子でいる限り、この屋敷を自由に使ってくれていい」


2万アルス。
だいたい80万円くらいか。一回宿に泊まるのに、100アルスくらいとすれば、ずいぶんと安い。それに、ギールは弟子である間といった。
意味合いからすれば、それはどれくらいの期間になるのか。


「少なくとも一年は君の面倒を見るつもりだ。だけど、その後だって、君が俺の弟子であることに変わりはない」


と、俺の疑問を見通したのか、答えてくれる。
考えるまでもないな。


「お願いします、師匠」


その日から俺とルシアは師匠の屋敷でお世話になることになった。



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