二度めの生に幸あれ!〜元魔王と元勇者の因縁コンビ〜
第2話.まさかの発覚
「さて、まずは街にでも行くか?」
ぱしぱしと衣服を叩き砂埃を払う俺に、イヴがそう言った。
俺の今の服装は、勇者と旅人の間みたいな動きやすい軽い布でできた服を身につけており、腰に剣をさした状態だ。
「つっても、今の俺たちは無職無一文だからな?」
俺は現在、剣以外は何も持っていない。
目の前のイヴに至っては、どこぞのお嬢様みたいなクールめな印象のスカート姿で、果たして本当に旅をする気があるのか問いたいレベルだった。
「致し方あるまい。どれ、その辺で獣でも狩って、街で売り飛ばす素材でも採っておくか」
これからとしては、世間の旅人やハンターのように動物や植物を採集し売って金にし、身の回りの物を揃えてから他へ赴くのが一般的な流れだと思われる。
元魔王、元勇者が今となっては揃って無職無一文で、資金調達からスタートというのも笑える話だ。
「まぁ、俺とお前なら獣を狩るにしても一瞬だろ。それに、魔力が本当に前と同じかどうかも試しときたいしな」
「とは言っても、ここは平凡平和なアーテリア王国の側だ。金になるようなデカいヤツがいるかどうか怪しいところだが」
イヴがキョロキョロと視線を辺りにやるのを見ながら、倣って俺も周囲の気配に意識を向ける。
ココは穏やかな気候、動植物、治安を誇るアーテリア王国の側であり、臆病な国王にお似合いな平和平凡な地域であった。
例えるならば、おとぎばなしや冒険物語に出てくる、『はじまりのくに』くらい平和だ。
イヴの言う通り、報酬として金の弾むレアな動物も植物も特には確認されておらず、その辺の市民でも武器を片手に数人でかかれば倒せるような、弱く低レアなものしかいない。
そもそも、魔王を俺が倒したのだから、今のこの世界はどこへ行っても平和を取り戻して穏やかになっているはずだ。
「…ほう、一体いたな」
「あぁ」
そのはずなのだが、ふいに背後数十メートルの林の中にデカい気配を感じた。
こんな所にはいるはずのないような、凶暴で刺々しい敵意剥き出しの気配。
その気配の主、謎の生物A(仮)はジリジリと俺たちとの距離を詰めてきている。
なんだ…?
悪属性らしき魔力を感じるあたり、ただの獣ではない。
この辺の温厚で低レベルな動植物が、そんな魔力を持つはずがないからだ。
しかもその魔力というのも、悪魔や人間特有の混じりっ気のない魔力でもない雰囲気で。
獣の特性と魔族の特性を併せ持ったような、未知の気配だ。
「なんでこんな所に、こんなよく分からない危険な生き物がいるんだ…?」
「………」
そして、俺たちとその謎の生物Aとの距離が5メートルほどになった時のこと。
突然ソイツは、俺たちに向かって飛びかかってきた。
だが不運にも、狙った相手が悪い。
俺の横のイヴが余裕のあるゆったりとした動きで振り返り、パチンと指を鳴らしたかと思うと、
『グギャアアアアアッッ』
奇襲を仕掛けたはずのそいつが、空中で悲鳴を上げこととなった。
謎の生物Aは、飛び上がった瞬間にイヴの黒炎魔法を食らい、そのまま絶命、ドサリと地面に落ちた。
「おぉ、流石だな」
俺の活躍の出番全く無し。
華麗なワンパンである。
「ドキドキもワクワクなかったな…」
「ん?何か言うたか?」
「いや…」
背後の正体不明の危険な気配を悟っておきながら、その後も会話をする余裕がある俺たちのことである。
今後の戦闘で、胸の高鳴りを覚えることはあるのだろうか。
魔王による支配もない平和になった世界で、果たして俺たちと渡り合えるほどの強敵に出会えるのだろうか。
「なぁ、今イヴが使ったのって黒炎魔法だよな」
「そうだが、どうした?人間には珍しかったか。貴様と闘った時にも、散々披露してやったはずだが」
「いや、そうだけどな。今はイヴも人間だろ?お前は知らないと思うけど、人間が黒炎魔法使うのはかなり高レベルなんだよ。それなのに、指鳴らしただけで使えるのスゲェなって」
「言ったはずだ。私は魔王の頃とほとんど変わらぬ力のまま人間になっている、とな」
「そんなのチートじゃねーか…」
俺、よく現役魔王のイヴに勝ったな…。
アドレナリンって大事なんだな…。
そうしみじみと思いながら、狼のようなの見た目の謎の生物Aをイヴと並んで覗き込み、観察し始める。
「なんだ?コイツ。狼に見えるけど違うな。ただの狼にしては、少し魔族よりの魔力だ。…イヴはなんだと思う?コイツ」
「さっぱり分からん」
おい魔王。
「何しろ、純粋な魔族というには少々獣っけが多すぎるんだ。まるで、魔物と獣が融合した生物のようだな」
「いやいや、そんな生き物本来こんなとこに居るわけないだろ」
アーテリアだぞ?ここ。
「…まさかとは思うけど、この謎の生物の存在ってイヴが死んだのと関係あったりしないよな?」
「はっはっはっ、面白いことを言うではないか、ルーク。いやいや冗談は大概にしろよ。まさか、そんなことあるわけ______」
イヴは、豪快に笑ったは良いが途中で不意に何かを悟ったらしく、表情を固めてピタリと止まった。
「…え、なんだよ…」
「……………」
うわ…うわ…。
こんな分かりやすいやついるんだ…。
「え、…イヴ…?嘘だろ?」
「…もしかしたら。あくまでもしかしたら、の話だが…」
うーわ……きたよこれ。
絶対良くない話されるやつだ…。
「魔王の死によって、今まで統率されていた数多の魔物が自由になり…指示を失ったが最後、好き放題に動き回ることになり…」
「…なり…?」
苦々しい顔をして言われる。
もう分かった。
これは完全に駄目な流れだ。
「その中の、私の強力な魔力を含む魔物の死体を口にした獣だとか…その強い悪属性の魔力にあてられた獣だとかが凶暴化する可能性は、ゼロでは無い。…というか、想像に容易いような、気が、する」
「うっそー…」
衝撃的な話だった。
てか、こんな丁寧にフラグ回収するやついるんだ。
流石元魔王様っすね…すげぇっすね…。
「じゃあ、イヴの強力な魔力を体内に秘めた魔物が、好き放題に動き回った挙句、その辺の弱い獣まで勝手に強化して凶暴にしてるかもしれないってことか?!」
「もしかしたら、の話だ!!」
「いや、これはもしかするだろ確実に」
慌てたように強めの口調で否定されるが、説得力はあまりない。
そうでもないと、アーテリア王国周辺の動物がこのように凶暴になどなりはしないからだ。
「おいおい、それが本当だとしたら、世界は今平和じゃなくないか?」
「それよりむしろ、指導をしていた原点にして頂点の魔王を失って以降、無法地帯になっているところすらあるかもしれんな」
「マジかよ、その可能性は俺も配慮してなかったな…。魔物はほとんどイヴが生み出してて、魔王が消えればイヴ産の魔物はそのまま消滅するもんだと」
「確かに私も生み出しはしたが、配下の魔物達は私の魔力をベースに強化なり進化なりしているだけであって、存在そのものが私の魔力の塊という訳ではないからな。……うむ、だがまぁ…」
イヴが謎の生物Aをまじまじと見つめる。
「コイツが含んでいるのは、確かに元の私の魔力だ。そして私は、斯様な生物生み出した覚えがない。推測通り、ここ数日で、勝手に魔獣になったんだろうよ。…流石の私も、この不測の事態を受け入れざるを得んな」
「お前がそう言うんなら、ますます確定の事実になっちまうじゃねぇかよ…」
…以上の衝撃の事実の発覚により、どうやら今人生でも、平和な世界を旅してたまの戦闘も低レベルな平和尽くし、という訳にもいかなそうだということが判明してしまった。
まぁ、色んな敵がいる方が面白いしやりがいはあるし、それだけでテンションは上がるけど。
他の場所でも、村と国を救う勇者になれるかもしれないし。
素材もその方が金になりそうだし。
よし。
これからの旅にハラハラドキドキ戦闘イベントが増えたに違いないと、ポジティブに考えるとしよう。
「だがルークよ、幸いというべきか、一つ良いことも思い出した。確信はないが、旅の難を少しばかり減らせそうだぞ」
「もう現状をポジティブに考えていくことにしたから気を遣ってくれなくて良いよ…。で、良いことって?」
「それは街に着いてからのお楽しみだ。運が良ければ、信頼できる旅の供を得られるやもしれぬ」
「本当か?それは嬉しいな。よし、そうなれば早くこの謎の生物の素材を取って、町に行こう」
「そうだな。…ところで貴様、素材採取的な魔法は使えるのか」
「あったり前だ。勇者なめんな」
むむ、という顔をするイヴに見せつけるように手を謎の生物Aにかざし、
「素材採取」
と、ドヤ顔をするにはレベルが少しばかり低い基礎魔法を使用する。
素材採取を使えば、対象の素材を余すことなく収納空間にポイポイっと送ることができる。
どちらも、旅人やハンターなんかがよく習得している魔法だ。
今ので、俺の収納空間には謎の生物Aの『禍々しい黒毛』や『黒狼の爪』など、複数の素材が収納された。
魔獣化による肉質の劣化&イヴの魔法による丸焦げのせいで採れる素材が少なかったのは、旅慣れしていない彼女のミスということで目を瞑っておく。
俺は元勇者ということもあって、旅に必要なこういった魔法は全て取得していた。
「ふむ…。知っての通り、私は旅経験が皆無でな。そう言った便利な小技基礎魔法に疎い」
“疎い”と口にしつつも、偉そうに腕を組んだままのイヴに言われる。
「爆破、炸裂、巨大、または無限引力だとか、派手な魔法ならいくらでも扱えるんだがなぁ」
「収納空間は所持できないのに、無限引力は呼び起こせるのか?順番どうなってんだよ」
「魔王にそのような地味便利魔法が必要だと思ってくれるな」
やれやれと首を振りながら言われるが、そう言われてみると、イヴと俺のコンビは相性が良いのかもしれない。
旅に慣れており、基礎魔法はもちろん人の扱える限りの超級攻撃魔法を取得している俺。
そして、旅経験はないが攻撃に長けており悪属性魔法となれば軒並みお手の物のイヴ。
成る程。これは良いコンビだ。
「あ、待てよ。この謎の生物の死骸を残しとくと、ここからまた化け物が増えるかもしれないのか」
歩き出そうとしたところで、ふと思い出してそう言う。
「そうだ。…ではここは私の出番だな。死骸を消せば良いのであろう?であれば…」
イヴは少し考えたような顔をしてから、ビシッと地面を指差し、
「消滅」
と言った。
すると、なんと目下の謎の生物Aの骸がホロホロと崩れ落ちていくように消え、数秒後には完全に無くなってしまった。
「え、こわ…」
物体を消し去るだなんて、俺はそんな怖い魔法知らない。
「さて、行くか」
イヴはそう言うと、直線4キロほど先に見えるアーテリア王国の方へ歩き出してしまった。
人間になっても尚そこ知れぬイヴの実力に若干の怯えを感じつつも、俺も当然そのあとを着いていく。
「こっから王国まで、ザッと4キロくらいか…歩くとちょっとかかるな。俺は慣れてるから良いけど、イヴは平気か?」
「当たり前だ。…なんだ貴様、これから旅をするというのに、いちいち疲れたら空間跳躍を使うつもりなのか?」
歩きながら、からかうようにそう言われて思わず笑ってしまった。
そんなの、当然のことだった。
これは効率重視の作業や任務でも、大真面目な決闘でもなく、人生を楽しむことがメインの旅なのだから。
「そうだな…。歩いて、たまに飛んで、戦って、どこまでも行ってやろう」
「応とも」
イヴから肯定的な返事が返ってきたのが嬉しかった。
まだまだ序盤の序盤だが、なんだか楽しくなってきた気がする。
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