願いの星は異界まで。

佐々木篠

EP.0 プロローグ

 東京湾人工島【字蔵あざくら市】にある学園。字蔵学園の二年。海音 朱鳥うみね あすかを知らない人は、東京の高校生の中で知らない人はいない。
 元モデルである母親と、元日本人ハリウッドアクションスターの父親を持つだけでも十分だと言うのに・・・母親譲りの銀髪で紅い目の美少女、頭もよく努力家で、運動神経も抜群で面倒みがいい。仲悪い人が存在しない完全無欠の存在。
 一方、俺はどこにでもいる普通の家庭の普通の人、顔は・・・割といい方だと思ってる。ラブレターや告白は一切ないけど・・・。妹から「おにぃはイケてる方よ?」と太鼓判押されたんだ。うん。大丈夫。泣いてない。
 そんな俺、羽絵 空わがい くうはなんと海音朱鳥と幼なじみだ。なので普通に「朱鳥」と呼んでる。愉悦なり。

 さて、ここまでの流れで「お、なんだラブコメか?くっつくならくっつけそんでもってハゲろ」と言いたいだろう。
 安心してくれ。もし近付こうものならファンクラブ(非公式)やカースト上位の奴らの格好の餌になってしまう。だから近づかない。
 結局、超有名人を幼なじみに持ってるとしても、日々は変わらない。
 無味無臭、色はなく、輝きも無い。
 アオハルは、真冬の8月には遅すぎる。真冬なのに40度超えてるのはおかしいけど・・・いつもは雪降ってるのに。
 そういえば最近、地球環境還元なるものが起きてるらしい。想像もつかないが約3世紀前まで日本は8月は真夏だったようだ。
 地球の話題が出たところで、ふと思い出した。次の授業は天体科学だ。休み時間も残り少ない、準備だけはしておこう。授業何言ってるかわからないけど。
 そんなこんなで授業は始まった。
 彗星の成り立ち云々から、歴史まで・・・・・・スケールデカ過ぎて理解おっつかないでござる。
 諦めて寝ようとして、そういえば今日巨大な彗星が降るんだっけかなぁとニュースを思い出す。
「・・・・・・近くで見れるといいな」
 みたいな平々凡々な期待を浮かべながら夢の世界へ向かおうと、目を閉じ顔を伏せ―――――――





 ビビビビビビビビッッッッッ!!!!


 突然、緊急用のベルが鳴り響く。
 次いで校長の青ざめたような放送が流れた。
「皆さん!今すぐ、屋上のヘリポートから逃げてください!!教職員の皆さんは私の身を早く!!!!」
 ガヤガヤその真剣さと保身に走る発言にびっくりする。
 スマホからも各ニュースアプリから緊急とどれも共通して【彗星の急接近!墜落地域から直ちに離れてください!!】と警告が先立っている。
「・・・おいおいおい」
「くぅ君!!早く!!!!」
 あまりのショッキングな出来事にぼっとしてしまったらしく、朱鳥が俺の手を引く。滑り落ちたスマホは・・・命より大事なものはしまってない。
 煩雑に並んだ列とも言えない集団を、教師の自覚がある先生数人が先導、宥めている。他は校長と一緒だろう。
 引かれた手はいつまでも握られていて、震えているのがありありとわかった。
 何も言えない。けど、幼なじみとして、強く握り返す。折れそうな細っこい指を、包むように。



 非常用のエレベーターを使い、屋上に着いたら、確かに超大型の戦闘機みたいなジェット機が停まっていた。
「これで全員ですか?」
「はい!!この子達を・・・私達をお願いします!」
 教頭先生が深々と頭を下げるのがギリギリ見えた。
「・・・まずいですね」
 その言葉は、最後尾にいる俺達にも聞こえた。
 嫌な言葉ほど、クリアに聞こえてしまう。
「な・・・何故ですか!!?自衛隊でしょう!!未来ある子どもたちを!!」
「仕方ないでしょう!!!緊急で出撃できる機体があと1機・・・この機体と併せても全員は無理です!!」
「・・・では、私は残ります。なぁに老い先短い人生、生徒を守れるのであれば。」
「教頭先生!!」
 あの教頭は、俺が初等部の頃からお世話になっている。他の人も多分、そういった人は多い。そこに教師や生徒の垣根はない。


 しかし、人間の生存本能は、極限になるとそんな情を置いてきぼりにするのだ。
 教頭の体を押しのけた教師と生徒はドタドタとジェット機に押し込もうとする。
「朱鳥。ちょっといい?」
「・・・・・・」
 ふるふると首を横に振る朱鳥。
 手を緩める、でも朱鳥は手を締め付ける。
「・・・ちょっと教頭先生起こすだけだよ」
「・・・わかった。一緒に行く。」
「一人でいいよ」
「私がヤダ・・・!だって・・・だって・・・手を離したら、くぅ君がどっかに行っちゃいそうな・・・」
「すぐ数メートルだよ。大丈夫」
 そう諭すと、ゆっくりと手を離してくれた。
「・・・・・・May ・・・May god bless you」







 教頭を起こす。
 顔をペチペチ叩くと、気がついたようで起き上がった。
「・・・済まないね・・・空君」
「いいんです。俺にとって親代わりのような人ですから、あなたは」
 ジェット機に乗るように言うと、急いで俺は朱鳥の方に戻ろうとするが
 振り返って、走って来る朱鳥が見えた。
 手を引こうと手を差し伸ばしている。でもその後ろ。
 暑い冬の蒼空を、赤みを佩びて、裂いていく。そのうちの一つはどんどんと大きくなっていく。
 スローに感じる視界で、ジェット機はワープ準備に入ってた。9割が無理くり入ったみたいで、残ったのは多分俺と朱鳥と、教頭。












「くぅ君!!!!」












 



 記憶の海を、泳ぐような。
 ぷかぷか浮かんでいる気分だ。
 走馬灯だろうか。今までの思い出が泡のように浮かび上がってくる。
 教頭が実費で運営してるらしい孤児院で過ごして、そのまま実力で字蔵学園に入学したんだっけ・・・初等部から朱鳥と一緒に遊んでたなぁ・・・まさか孤児院の俺の部屋の隣の家が朱鳥の家だとは思わなかった。
「・・・・・・懐かしいや」
 きっと、こうして走馬灯を見ているのだから、死んでいるんだろう。
 ま、そもそも隕石に直撃して生きてる人のほうが人間やめてるか。
 暗い記憶の海はどんどんと深くなって、一つの記憶に辿り着く。
「・・・・・・この人誰?」
 大人の、女の人だ。
『――くぅ―――君―が――』
 ところどころ掠れて聞こえない。
 でもその記憶の顔は、とても穏やかだ。
 ところで、この走馬灯からいつ出られるのだろうとあたりを見回すと、眩しい光に包まれる。












 目を覚ますと、そこは見知らぬ石畳の、遺跡っぽいどこかだった。
 周りには石柱や崩れた壁が散見してる。
「どこやねん・・・ここ・・・」
 あたりを見回してみるが、なにも、誰もいない。クラスのみんなや、最後に一緒にいたはずの朱鳥も。
「・・・・・・頭痛くなってきた。つまり・・・えっと・・・あれか?一時期クッソ流行ってた異世界転生って奴か?」
(じゃぁ死因は・・・?トラック?いや、違う気が・・・・・・あれ?なんで死んだんだっけ・・・?)
 制服は軽く焦げており、もしこのままの状態で転生した感じなら火事が妥当だろうが・・・
(ピンとこない・・・)
 火事よりもっと・・・物理的に大きな原因だったはずだ。
「・・・ま、悩んでても仕方ない。動かないと。あと何が起きたかの整理とかも・・・火起こしとか初等部の課外授業のキャンプ以来だなぁ・・・」
 とノンビリ構えているが、その実は何かしてないと不安で仕方ない。今日の夜を凌ぐことを優先に。
(・・・・・・本当に、異世界に来ちゃったのかな・・・)
 そう思ってると、茂みの方から音がした。
「・・・ま、まさかな・・・装備や設備が整ってない状態でモンスター的なアレは・・・さすがに・・・」
 茂みから出てきたのは、犬だった。
「ほっ・・・良かったわんこか・・・」
 ねずみ色のその犬はかなり流線型だが、かなり狼に近い骨格っぽい。あとちっちゃいけど鋭利な角も生えてる。
「ほれほれほれ・・・何もないけど・・・」
 と手を振ってみるとつぶら目でヨタヨタ近付いてきた。
(か・・・かわぁ・・・!!)
 そして近くで立ち止まり、よくある棒を投げて「取ってこーい」するべく手頃の枝を見つけると。
 尻尾が、蛇のようにうねっていた。
(・・・あー・・・噛まれたらマズイやつ)
 案の定、可愛い顔しながら蛇の首を見せ、突進するモーションに入る。
 ので、全速力で逃げるッッ!!!!
(立ってて良かった・・・!!!)
 足の速さは今でこそ衰えたけど、中等部ではなかなか速い方だった。
 それでも追いつかれそう・・・そう思って、石柱の前に立つ。
 モーションの枷から外れ、モンスターは角を向けながら突進。
「そこぉッ!!!!!」
 当たる紙一重の所で横っ飛びで避けると、急には止まれないらしく「ヴゥンッ?!」と悲鳴らしき声を上げた。
 そのままバタリと倒れ、よく見ると角が折れてる。
「・・・た、倒した・・・?」
 こんな不思議な、それこそモンスターな生物。
 こんな展開は、やっぱり。
 認めたくはないけど、こんなフィクション、ちょうどいい分類があった。
 異世界転生だ。

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