TO-RA-U-MA

のんにゃん

TO-RA-U-MA

「そっか。なみちゃんは『トラウマ女子』なんだね」

カフェで向い合って座っていた松野が言った。


その言葉は多くを説明しなくとも、私・なみの歩んできた人生を見透かしていた。

*

文豪・太宰治の言葉を借りるなら、
「私は若者の生活というものが全く分からない」。

*

小学校時代の私は、クラスに1人も友達がいなく、1人で絵や小説ばかり描いて過ごしていた。

普段聴く音楽は、当時はやっていた小室ファミリーやジャニーズなどの「イケてるJ-POP」などではなく、ショパン、シューマン、リスト、バッハなどのクラシック音楽ばかりだった。

中学卒業までピアノをやっていたので、ピアノ曲が特に好きだった。

でも流行りの歌なんかほとんど知らなかったので、よく同級生にバカにされた。


遠足や修学旅行の時、先生が
「バスの座席で隣同士になる2人組を作れ」
「班を作れ」
と言った時くらい、困る瞬間はなかった。

私は最後に必ず余る。

仕方なく先生がバスで隣の席になってくれた。
そうやって変にみんなの注目の的になるのは、いつも私だった。

また小中学校では、上級生・下級生関係なく男子たちから集団無視や集団リンチなどのいじめを受けた。
登下校時、私が歩いていると、どこからともなく集まってきた男子たちに囲まれ、暴力を振るわれた。

先生に相談しても、暴力を振るう男子たちの中に下級生がいたことから
「下級生にナメられるあなたがいけない」
と言われ、助けてもらえなかった。

にもかかわらず、私が反撃をすれば、すぐに先生に告げ口され、私は先生に呼び出され
「あなたが下級生に暴力を振るったと、問題になっている」
と、一方的に叱責された。

私の言い分は、誰も聞いてくれなかった。
どんなに暴力を振るわれても、黙って耐えるしかなかった。


私はそんな「トラウマ」の中で育った女である。


幸い私は
「バレエの先生になっていじめた奴らを見返してやる」
という反骨精神を持っていた。
それは19歳の時に実現した。

それでも、好む音楽はクラシック音楽に、バレエ音楽が加わっただけ。
子供時代とほとんど変わっていない。


「そういう『近寄りがたい音楽』ばかり聴いてるから、本当に『近寄りがたい人』になっちゃうんだよ〜」
松野の言葉は、少し怖かった。

*

今日もバーレッスンの動画と、飼い猫の動画を撮影した。

私の「内なる恐怖」
それは、動画の中にも隠されているのかもしれない。


本当に自信があったら、自分撮りや自分の動画の撮影などするだろうか?

本当に自信があったら、そんなに必死に自分を写真や動画に残し、
ネットに公開してみんなにPRする必要などあるだろうか?


いじめや憎しみや偏見へのトラウマを全て取り込み、今に人にバレないかと怯えている私。
誰かの「理想の自分」を、必死に演じている私。


撮影には「光」が要る。
しかし偽りの光にすぎない。

成功には「輝き」が要る。
しかし偽りの輝きにすぎない。


私は所詮、「トラウマ」という「闇」の中で育った女である。

コメント

  • ノベルバユーザー603848

    それを出さないのがまたたまらんですね。
    有能さにも憧れます。

    0
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