パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~
二話 消えたミリィ
「平和ですね……【幻影ノ森】が恋しいとは思いませんが、ここに居ると緊張感がなくなります」
夜の帳が下りて、焚火の前でミリィがぼんやりと呟く。
【輝ノ草原】を歩き続けて早三日。そろそろ地上も目前といったところで。
魔物の襲撃に怯える必要もなくなり、だらけきった雰囲気が延々と続いている。
「この空気に慣れてしまうと、二層に戻った時に地獄を味わうんだよね」
「まだ一層に守護者がいないと決まった訳ではないのですから。油断してはいけません」
僕の隣に座るフォンも眠たそうに欠伸をしながら注意を促す。
小迷宮がないのでここまでずっと野営で、交代で見張りを続けていた。
何も起こらない日が続くと、どうしても途中で気が緩んでしまうものだ。
「ごめんなさい。見張りの時は集中するので、ご心配なく!」
ミリィは気合を入れ直す。最初の数時間は彼女が担当になる。
一層の魔物は脅威ではないので、こういう訓練をするには最適な場所だ。
三層以降の攻略を考えると、今のうちに必要な技能を身に着けてもらった方がいい。
一応魂無き獣も待機しているが、冒険者も近くを通るので大っぴらには使えない。
僕たちが地上に出る際は何処かに隠しておかないと、魔物と間違えられて退治されそうだ。
「それじゃあ、僕たちは先に休ませてもらうからね」
「ミリィ、頼みましたよ?」
「はい。ごゆっくりです~」
僕とフォンは木の根を枕にして横たわった。
焚火の音に、小さな虫の音色。空には満天の星々が輝いている。
「いつ見ても空が綺麗です」
「星は二層でも見られたはずだけど」
「あの時は、殆どを小迷宮で過ごしていましたから」
「……そうだったね」
フォンは眩しそうに片目を細めている。
景色を楽しめる余裕が生まれたのはいいことだ。
「これもリーンのおかげです」
「そうかな」
「はい。貴方と出会えたのが、私の中で一番の幸運でした」
「そんな事で一番を使うのはもったいない。残しておきなよ」
僕がそう言うと、フォンの身体が僕の腕に当たった。
目と鼻の先に包帯が巻かれた顔がある。綺麗な瞳がじっと僕を映している。
「この先何があろうと、これだけは揺るぎません……絶対です」
「フォンは物好きだね」
「はい。私は、物好きな地龍ですから……」
その言葉を最後に、フォンは静かな寝息を立てだした。
密接した距離で草木の匂いが鼻をくすぐる。距離を取ろうとして、腕を掴まれる。
フォンは眠りながら僕の腕を拘束していた。龍族の力に人間では敵わない。そのままにする。
「くしゅん……虫さんがいっぱいです。ワタシは餌じゃないですぅ」
焚火の方ではミリィが虫と格闘していた。
スライム族は虫に好かれるのか、ずっとあんな感じだ。
「あぁ、騒がしくしてごめんなさい!」
僕が見ていることに気付いたミリィが慌てだす。
「別にいいよ。ミリィはそっちの方が……らしいし」
「ふぇ? リーンさん的には、ワタシはうるさい子って事ですか? それはちょっと……不服ですぅ!」
ミリィが頬を膨らませている。この子もこの子で元気になったものだ。
怯えた姿ばかりが記憶に残っているので。こうして怒られると何だか悪い気がしない。
「怖くなったらいつでも起こしてね。話し相手くらいにはなるから」
「リーンさん意地悪です。ワタシはそんな子供じゃないです! 見張りもちゃんとできるんですから!」
「そう? だったら僕はもう寝るね」
「……あっ、ちょっとだけ、お話ししましょうよ……! け、決して心細いとかではなくて……!」
「はは、仕方ないなぁ」
寂しがるミリィの話相手になりながら。やがて、僕はゆったりと眠りについた。
◇
「つんつん」
暗闇の中、誰かに頬を突かれる。もう交代の時間だろうか。
指の硬さからしてミリィではない。ミリィの指はもっと柔らかい。
「……あれ? 返事がない。死んでる――訳ないよね? おーい、君、大丈夫?」
耳元で騒がしい。知らない声だった。
虫の音色は収まり、周囲からは小鳥のさえずりが届いている。
薄っすらと目を開けると、白く染まる視界が一つの人影を映し出していた。
「……ん、朝になっている? ミリィは……?」
交代の時間に起こしてもらう手筈になっていたのに。
すっかり朝になっている。もしかして、彼女も眠ってしまったのだろうか。
自力で起きれなかった僕も悪いけど、ミリィにはあとで軽くお説教しないと。
「よくわからないけど、ノノが来た時には君たち二人しかいなかったよ?」
僕の前で獣の耳と尻尾を揺らす銀髪の少女がいた。
岩に座って果実を齧っている。獣人の子だ。その名前に聞き覚えがある。
「ノノ……? えっと確か、カナデさんの妹さんがそんな名前だったような」
「君、カナデお姉ちゃんの事を知っているの!?」
「うん。以前パーティに入れてもらったことがあるから、今でも鮮明に覚えているよ……!」
【月の雫】と言えば、ミズガルズでも有名なBランクパーティだ。
幸運にも罠解除役として拾ってもらって、五層まで強行突破したんだっけ。
弱音は吐かないように、我慢してついていったけど、最後は疲労困憊で気絶したんだ。
その道中で、カナデさんから妹さんの話を聞かされていた。
少し生意気だけど、人懐っこくて可愛い女の子だと。目の前の少女と一致している。
これは【鋼の剣】に参加する前の話で、僕の記憶する限りでは、一番まともなパーティだった。
「――あっ、もしかして! 君が罠師のリーンくんなんだ!」
少女は岩を飛び降りて、鼻がくっつく距離にまで近付いてきた。
獣人族はとにかく密着したがる。尻尾を振りながら嬉しそうに笑っている。
「やったぁ。お姉ちゃんより先に見つけちゃった!」
「……何が嬉しいのか僕にはよくわからないけど」
「別に、何でもないよ~♪」
明らかに何でもなくない反応だったけど。
って、今はそんな悠長な話をしている場合じゃなかった。
「……焚火の前にもう一人いたはずだよ。ミリィって子で、見張りをしてもらっていたんだ」
僕の隣では相変わらずフォンが静かに眠っている。
しかし、肝心のミリィの姿がない。争いのあった痕跡もないけど。
事情を知っていそうな獣人の子に尋ねるも、返事は芳しくなかった。
「さぁ? わかんないけど。一層で行方不明になる原因って大体決まっているよね」
「ま、まさか……野盗!?」
あり得なくもない話に背筋が凍る。
地上に近い【輝ノ草原】には、村や施設が豊富に揃っている。
冒険者以外も立ち入る機会がある。寧ろ、一層に限れば冒険者の方が少ない。
そういった訓練を受けていない人を狙った犯罪が少なくないのだ。
ミリィが野盗の存在にいち早く気付いて、一人で囮になった可能性もある。
「……なんでだよ。起こしてくれれば良かったのに!」
不味い事になってしまった。どうして一緒にいてあげなかったんだ。
魔族である彼女に人の法は適用されない。連れ攫っても犯罪にならない。
何をされてもおかしくないのだ。殺されたとしても、街は当然、ギルドも動かない。
タガが外れた人間の恐ろしさは、カルロスで十分味わった。
「もしかして……非常事態って感じ?」
「僕の仲間が野盗に攫われたかもしれないんだ」
「わわ、それは大変。ノノが手を貸してあげるよ。もちろん……無償でね?」
獣人の少女――ノノはそう言って僕の腕を掴んだ。
初対面のはずなのに馴れ馴れしいというか、わざとらしく接触してくる。
何かを確かめているような動作だった。細かい事はともかく、協力してもらえるのは助かる。
「――やっぱり。君はノノの誘惑が効かないんだ。《精神耐性》持ちなのかな……?」
「どういうこと?」
「ううん、何でもないよっ。ほらほら、早くしないとミリィって子が大変だよ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇【月の雫】
Bランクの上位パーティ。所属は現在無し。以前は武と正義の国【レイルフォス】だった。
厄災種との決戦に参加し、構成員の大半を失った過去がある。一時は【月の雫】も解散している。
創設者であるノノの両親と親交があったカナデが、数年前に【月の雫】を再結成した。
全員が獣人族であり、連携を重視して人間をパーティに入れていなかったのだが。
五層を安定攻略するにあたって罠解除が必要であるため、才能ある人物を探していた。
カナデはリーンに目を付けて探し回っていたのだが、【鋼の剣】に先を越されてしまう。
リーンの所持罠種
矢罠 31→38(+7)
矢罠(麻痺) 1
矢罠(毒) 0
トラバサミ 12→14(+2)
岩石罠 1
爆発罠 0
泥沼罠  8→10(+2)
移動床 2
ワープ罠 1
落とし穴 2
警報罠 2
夜の帳が下りて、焚火の前でミリィがぼんやりと呟く。
【輝ノ草原】を歩き続けて早三日。そろそろ地上も目前といったところで。
魔物の襲撃に怯える必要もなくなり、だらけきった雰囲気が延々と続いている。
「この空気に慣れてしまうと、二層に戻った時に地獄を味わうんだよね」
「まだ一層に守護者がいないと決まった訳ではないのですから。油断してはいけません」
僕の隣に座るフォンも眠たそうに欠伸をしながら注意を促す。
小迷宮がないのでここまでずっと野営で、交代で見張りを続けていた。
何も起こらない日が続くと、どうしても途中で気が緩んでしまうものだ。
「ごめんなさい。見張りの時は集中するので、ご心配なく!」
ミリィは気合を入れ直す。最初の数時間は彼女が担当になる。
一層の魔物は脅威ではないので、こういう訓練をするには最適な場所だ。
三層以降の攻略を考えると、今のうちに必要な技能を身に着けてもらった方がいい。
一応魂無き獣も待機しているが、冒険者も近くを通るので大っぴらには使えない。
僕たちが地上に出る際は何処かに隠しておかないと、魔物と間違えられて退治されそうだ。
「それじゃあ、僕たちは先に休ませてもらうからね」
「ミリィ、頼みましたよ?」
「はい。ごゆっくりです~」
僕とフォンは木の根を枕にして横たわった。
焚火の音に、小さな虫の音色。空には満天の星々が輝いている。
「いつ見ても空が綺麗です」
「星は二層でも見られたはずだけど」
「あの時は、殆どを小迷宮で過ごしていましたから」
「……そうだったね」
フォンは眩しそうに片目を細めている。
景色を楽しめる余裕が生まれたのはいいことだ。
「これもリーンのおかげです」
「そうかな」
「はい。貴方と出会えたのが、私の中で一番の幸運でした」
「そんな事で一番を使うのはもったいない。残しておきなよ」
僕がそう言うと、フォンの身体が僕の腕に当たった。
目と鼻の先に包帯が巻かれた顔がある。綺麗な瞳がじっと僕を映している。
「この先何があろうと、これだけは揺るぎません……絶対です」
「フォンは物好きだね」
「はい。私は、物好きな地龍ですから……」
その言葉を最後に、フォンは静かな寝息を立てだした。
密接した距離で草木の匂いが鼻をくすぐる。距離を取ろうとして、腕を掴まれる。
フォンは眠りながら僕の腕を拘束していた。龍族の力に人間では敵わない。そのままにする。
「くしゅん……虫さんがいっぱいです。ワタシは餌じゃないですぅ」
焚火の方ではミリィが虫と格闘していた。
スライム族は虫に好かれるのか、ずっとあんな感じだ。
「あぁ、騒がしくしてごめんなさい!」
僕が見ていることに気付いたミリィが慌てだす。
「別にいいよ。ミリィはそっちの方が……らしいし」
「ふぇ? リーンさん的には、ワタシはうるさい子って事ですか? それはちょっと……不服ですぅ!」
ミリィが頬を膨らませている。この子もこの子で元気になったものだ。
怯えた姿ばかりが記憶に残っているので。こうして怒られると何だか悪い気がしない。
「怖くなったらいつでも起こしてね。話し相手くらいにはなるから」
「リーンさん意地悪です。ワタシはそんな子供じゃないです! 見張りもちゃんとできるんですから!」
「そう? だったら僕はもう寝るね」
「……あっ、ちょっとだけ、お話ししましょうよ……! け、決して心細いとかではなくて……!」
「はは、仕方ないなぁ」
寂しがるミリィの話相手になりながら。やがて、僕はゆったりと眠りについた。
◇
「つんつん」
暗闇の中、誰かに頬を突かれる。もう交代の時間だろうか。
指の硬さからしてミリィではない。ミリィの指はもっと柔らかい。
「……あれ? 返事がない。死んでる――訳ないよね? おーい、君、大丈夫?」
耳元で騒がしい。知らない声だった。
虫の音色は収まり、周囲からは小鳥のさえずりが届いている。
薄っすらと目を開けると、白く染まる視界が一つの人影を映し出していた。
「……ん、朝になっている? ミリィは……?」
交代の時間に起こしてもらう手筈になっていたのに。
すっかり朝になっている。もしかして、彼女も眠ってしまったのだろうか。
自力で起きれなかった僕も悪いけど、ミリィにはあとで軽くお説教しないと。
「よくわからないけど、ノノが来た時には君たち二人しかいなかったよ?」
僕の前で獣の耳と尻尾を揺らす銀髪の少女がいた。
岩に座って果実を齧っている。獣人の子だ。その名前に聞き覚えがある。
「ノノ……? えっと確か、カナデさんの妹さんがそんな名前だったような」
「君、カナデお姉ちゃんの事を知っているの!?」
「うん。以前パーティに入れてもらったことがあるから、今でも鮮明に覚えているよ……!」
【月の雫】と言えば、ミズガルズでも有名なBランクパーティだ。
幸運にも罠解除役として拾ってもらって、五層まで強行突破したんだっけ。
弱音は吐かないように、我慢してついていったけど、最後は疲労困憊で気絶したんだ。
その道中で、カナデさんから妹さんの話を聞かされていた。
少し生意気だけど、人懐っこくて可愛い女の子だと。目の前の少女と一致している。
これは【鋼の剣】に参加する前の話で、僕の記憶する限りでは、一番まともなパーティだった。
「――あっ、もしかして! 君が罠師のリーンくんなんだ!」
少女は岩を飛び降りて、鼻がくっつく距離にまで近付いてきた。
獣人族はとにかく密着したがる。尻尾を振りながら嬉しそうに笑っている。
「やったぁ。お姉ちゃんより先に見つけちゃった!」
「……何が嬉しいのか僕にはよくわからないけど」
「別に、何でもないよ~♪」
明らかに何でもなくない反応だったけど。
って、今はそんな悠長な話をしている場合じゃなかった。
「……焚火の前にもう一人いたはずだよ。ミリィって子で、見張りをしてもらっていたんだ」
僕の隣では相変わらずフォンが静かに眠っている。
しかし、肝心のミリィの姿がない。争いのあった痕跡もないけど。
事情を知っていそうな獣人の子に尋ねるも、返事は芳しくなかった。
「さぁ? わかんないけど。一層で行方不明になる原因って大体決まっているよね」
「ま、まさか……野盗!?」
あり得なくもない話に背筋が凍る。
地上に近い【輝ノ草原】には、村や施設が豊富に揃っている。
冒険者以外も立ち入る機会がある。寧ろ、一層に限れば冒険者の方が少ない。
そういった訓練を受けていない人を狙った犯罪が少なくないのだ。
ミリィが野盗の存在にいち早く気付いて、一人で囮になった可能性もある。
「……なんでだよ。起こしてくれれば良かったのに!」
不味い事になってしまった。どうして一緒にいてあげなかったんだ。
魔族である彼女に人の法は適用されない。連れ攫っても犯罪にならない。
何をされてもおかしくないのだ。殺されたとしても、街は当然、ギルドも動かない。
タガが外れた人間の恐ろしさは、カルロスで十分味わった。
「もしかして……非常事態って感じ?」
「僕の仲間が野盗に攫われたかもしれないんだ」
「わわ、それは大変。ノノが手を貸してあげるよ。もちろん……無償でね?」
獣人の少女――ノノはそう言って僕の腕を掴んだ。
初対面のはずなのに馴れ馴れしいというか、わざとらしく接触してくる。
何かを確かめているような動作だった。細かい事はともかく、協力してもらえるのは助かる。
「――やっぱり。君はノノの誘惑が効かないんだ。《精神耐性》持ちなのかな……?」
「どういうこと?」
「ううん、何でもないよっ。ほらほら、早くしないとミリィって子が大変だよ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇【月の雫】
Bランクの上位パーティ。所属は現在無し。以前は武と正義の国【レイルフォス】だった。
厄災種との決戦に参加し、構成員の大半を失った過去がある。一時は【月の雫】も解散している。
創設者であるノノの両親と親交があったカナデが、数年前に【月の雫】を再結成した。
全員が獣人族であり、連携を重視して人間をパーティに入れていなかったのだが。
五層を安定攻略するにあたって罠解除が必要であるため、才能ある人物を探していた。
カナデはリーンに目を付けて探し回っていたのだが、【鋼の剣】に先を越されてしまう。
リーンの所持罠種
矢罠 31→38(+7)
矢罠(麻痺) 1
矢罠(毒) 0
トラバサミ 12→14(+2)
岩石罠 1
爆発罠 0
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