パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~

お茶っ葉

十七話 乱戦

「貴様たちは……第二層で変異種に襲われていた冒険者か。怯えて逃げ帰ったのではなかったか?」
「……下等生物の分際で、俺たちを愚弄する気か!!」
「ふっ、強がるな人間よ。大きな声を出しても、その薄っぺらい器は隠しきれんぞ」
「ふざけるなあああああああ!!」


 カザルとカルロスが睨み合う。
 挟まれた僕たちは両者の動向を注意深く見守る。
 下手に動くと同時に攻められるが、逆にそれは向こうも同じだ。


「……リーンさんどうしましょう。囲まれてしまいました!」


 ミリィが小さくなって僕の背中に隠れている。  


「いや、寧ろこれは好機だよ。上手く利用すれば逃げる隙を作れる」
「はい。落ち着いて対処しましょう」


 言葉通りフォンは落ち着いている。
 龍族の拷問を耐えた彼女はこの程度では動じないのだろう。
 二人を連れてすぐに動けるよう、互いに密着し合う。


「そこで待っていろリーン、俺の剣の錆びにしてくれる!」
「そうはさせん。この人間は……最上層の扉を開く鍵なのだ!」
「黙れ! 邪魔立てするならまずはお前から始末してやる! ロロンド援護しろ!」
「わかりました」


 カルロスが剣を抜いた。ロロンドが詠唱している。
 対するカザルは魂無き獣を召喚していた。追加で獣が四匹ほど。
 僕たちを無視して両陣営がぶつかり合った。抜け出すとしたら今だ。 


 フォンの迷宮核を鞄に詰めて、右腕を掴んで走り出す。
 最深部から通路に入ろうとしたところで、もう一人の人物が現れる。


「ここから先は通しません!!」


 道を塞ぐのはラミアだ。腰を引かせながら杖を振り回している。
 確か彼女は戦闘は不得意だったはず。無理をしてまで、どうしてカルロスに従うのか。


「ラミア! 君はカルロスのやっている事が本当に正しいと思っているのか!!」
「私は死にたくない。死にたくないの! カルロスに従うのが、強い者に従うのが生きる道よ!」
「自分の身が大切だからって、仲間を、ダントを殺したんだな!!」
「誰だってそうでしょう!? 自分が一番大事なのよ!!」


 駄目だ。完全に恐怖で心を閉ざしている。
 杖も使いようによっては鈍器になる。先端が誰かの血で濡れていた。
 それが誰のものなのか、考えないように意識を無にして。目の前の敵に集中する。


「……おや、逃がさないですよ!」


 ロロンドが察知して魔法を放つ。《瞬間詠唱》だ。
 火球が回避不可能な密度で僕とミリィを襲ってくる。


「……させません!」


 フォンが咄嗟に身体を盾にして火球を受け止めた。
 高温を浴びて身体が赤く光っている。黒い煙を帯びている。


「フォン! その身体で無茶をしたら駄目だ!!」
「だ、大丈夫です……この身体でも、リーンよりは……丈夫ですから」


 龍族特有の鉄壁の守り、龍燐だ。並大抵の攻撃は跳ね返す。
 それでも元から大怪我を負っているフォンは苦しそうに息を吐いた。


「魔法に弱い地龍とはいえ、龍燐は頑丈ですね。次は貫きますよ」


 ロロンドが再び詠唱に移る。
 カルロスはカザルと魂無き獣相手に単身で善戦していた。
 やはり実力が違う。正攻法で挑むのは無謀すぎる。何か手を考える必要がある。


「貴方を殺せば、私は生き残れるのよ!!」


 ラミアが杖を振り上げ、僕の頭に狙いをつける。想像以上に速い。
 直前で杖の動きが止まった。ミリィが身体を伸縮させて間に入り込んだのだ。


「スライム族!? くっ、杖が動かない……!」
「残念ですが。スライムのワタシに物理攻撃は全然効きません!」
「今ですリーン、道が開きました!」


 フォンが僕の手を握って駆け出す。すぐ後ろにミリィも続く。


「逃がすな! 奴を殺せ!!」
「させるか、奴は我の獲物だ!!」


 カザルとカルロスは互いを邪魔し合い身動きが取れない。
 ロロンドも魂無き獣の相手で精一杯だ。ラミアも立ち止まっている。


「……理由はわかりませんが、あの魔族がリーンに固執してくれたおかげで助かりました」
「リーンさんモテますね?」
「勘弁してよ。僕だって好みがあるし、アイツら全員男だし……!」


 突破口が開け、そんな冗談を言える余裕も生まれた。
 もう少しで出口に辿り着く。あのまま潰し合ってくれたら助かるけど。


「――はっ、この気配は……最悪です、リーンさん、最悪なんです!!」
「次は何!? 今だってこれ以上ないほど最悪な状況なんだけど!!」


 ミリィがまたも何かを察知して騒ぎ出す。嫌な既視感。
 復讐者と守護者に狙われて、これ以上、何が来ても驚くことはなさそうだけど。


「ワタシ、ずっと長い事一緒に暮らしていたので……身体が気配を覚えているんですけど」
「はい。それがどうかしたのですか?」
「目の前の出口に――――変異種がいます」
「……最悪だ」


 ◇


「危ないッ!」


 迫り来る死の鎌を必死に避ける。第二層の支配者が出入口を塞いでいる。
 キラーマンティスは即座に魔族と人間の能力差を見抜き、弱い僕を狙ってきた。
 盾にした岩が一撃で弾け飛ぶ。龍燐を持たない人間が喰らえば臓物ごと砕け散りそうだ。


「おかしい、復活するにしても早すぎる! どうなっているんだ!?」
「この子は、ワタシの小迷宮の門番をしていた子じゃないです。別の個体です!」
「別の縄張りから出張してきた? そんな馬鹿な! 誰が連れてきたんだよ!?」


 各層に生息する変異種は、互いの縄張りを基本厳守する。
 標的を追っていく最中で別個体と合流するという例外はあれど、自ら合流する事はない。
 カルロスたちを追ってきたのか、それともまた別の要因か。ともかく最悪に最悪が重なった。


「リーン、以前のように罠を使って倒せませんか!?」
「駄目だ。変異種だけならまだしも、後ろにはカザルやカルロスたちがいる。手札を無駄にはできない」


 変異種を一体倒すだけで、大量の罠を使わされたんだ。
 ここで使い切れば後がなくなる。カザルはこちらの動きを探知できるから。
 何とか最小限の罠でやり過ごすしかない。できなければその時点で終わりだ。


「……リーンさん、変異種さんを簡単に足止めする方法ならありますよ!」
「ミリィ、何か作戦があるの!?」
「変異種さんとはこれでも長い付き合いです。ワタシに任せてください!」


 これまでと違って、自信ありげにミリィは迷宮核を操作しだす。


「今こそ、スライム族の誇りを見せる時です。やっちゃってください!」


 キラーマンティスの頭上。天井に潜伏していたレッドスライムが落ちてくる。
 スライム族お得意の奇襲だ。いつの間に仕掛けていたのやら、しかも数が多い。
 不意を突いたとはいえ、今更レッドスライムを出したところで、囮にすらならないんじゃ。


「……え?」


 不安になっていると、目を疑う光景が生まれていた。
 キラーマンティスがレッドスライムに飛びかかり、夢中になっていたのだ。
 花の蜜を吸うように、器用に口を動かしている。大人しくなっている。


「第二層の変異種さんは昔からレッドスライムちゃんが大好きなんです。ワタシがずっと生き延びられたのも、こうやってレッドスライムちゃんを召喚してご機嫌を取っていたからで……!」
「……捕食されてますよ? ミリィ、本当にこれを誇っていいのですか……?」
「……うぅ、悲しいけど、数の多さとしぶとさだけがワタシたちの取り柄なんです」
「ミリィ……お互い頑張りましょう」


 虚勢を張っているミリィをフォンが励ましていた。


 変異種に好き嫌いがあるなんて初耳だ。
 僕だって何度も第二層については調べていたはずだけど。
 ……あぁ、でもそうか。そもそも第二層にはレッドスライムは生息していない。
 守護者が召喚しない限りは。そして今更低ランクのスライムを召喚する守護者は僕たちくらいだろう。


 他の誰も知らなくて当然か。


「――――ミリィ、君は最高だよ! これで第二層の変異種は怖くない!!」
「……リーンさん。無理して褒めなくて大丈夫です」
「ミリィ、元気を出してください。リーンはお世辞で言ってませんよ?」
「……本当ですか?」
「もちろんだよ。これは君の大手柄だ!」


 キラーマンティスはレッドスライム一匹で無力化できるのだ。
 カザルとカルロスはもちろん知らないだろう。変異種で連中を小迷宮内に封じ込められた。 


「……うぅ、他の魔族からはいつもいつも悪口ばかり言われていたので。こんなに褒められるのは初めてで……嬉しいのに涙が止まりません」


 感極まって泣き出すミリィを称賛しながら。僕たちはフォンの小迷宮に辿り着く。
 そこで一先ず休息を取りながら、次の戦いに向けて準備を始める。さて反撃開始だ。
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 ◇人狼
 獣の顔を持つ人型の魔族。
 人と魔獣の混血にあたる獣人族とは違い、人の血は流れていない。
 獰猛な獣の見た目とは裏腹に狡猾で計算高い。戦闘能力も優れている。
 利己的な考え方を持ち、利用価値があれば毛嫌いしている人間とでも手を組む。
 残忍ではあるが、決して話が通じない相手ではなく。意外と不要な戦いは好まない性格。

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