パーティに見捨てられた罠師、地龍の少女を保護して小迷宮の守護者となる~ゼロから始める迷宮運営、迷宮核争奪戦~

お茶っ葉

五話 目指す先は遥かなる頂

 フォンが語った身の上話は壮絶なものであった。
 元々嫌われ者だった地龍は、他の龍族から迫害を受けていた。
 住処を焼かれ、拷問を受ける。フォンの怪我は同じ龍によって作られたもので。


 人間からは素材扱いを受け、味方もいない彼女たちは、常に怯えて暮らしていた。
 フォンもフォンの母親も、追手から逃れるために【幻影ノ森】に隠れていたらしい。


「母様は……この迷宮核の守護者でした。それが私を人質にされて、龍の隠れ里から迷宮核を引き渡せと……母様は要求を跳ね除け、果敢に戦いました。私と迷宮核を守って……その時の傷が癒えずに……」
「……酷過ぎる。どうして相手は迷宮核を狙ったの?」
「ユグドラシルは……始祖の魔王によって生み出されました。かつて神々と争った始まりの魔王。……伝説では、始祖が残したとされる古代魔術や、ユグドラシルの管理権が最上層に眠っているらしいです。私たち魔族の間ではそう語り継がれています。迷宮核は……最上層にある封印を解く鍵となるのです」


 フォンの語った内容は、僕たち人の間で噂になっているものに近い。
 大厄災を防ぐ手段がユグドラシルに眠っていると。始祖の魔術がそれかもしれない。
 それにユグドラシルの管理権か。世界各国が拠り所にしている神樹を意のままに操る。
 それは世界の頂点に立つのと同義だ。なるほど、各国が我先にと死に物狂いで攻略するのも納得だ。


「力や管理権などには興味ありませんが……始祖の残した魔術には、死者を蘇らせるものもあるとか」
「死者を……? それって本当!?」
「今のところはただの噂です。ですが、それが事実であれば――母様も戻ってくるのでしょうか? もう一度……私の頭を優しく撫でてくださるのでしょうか……?」


 フォンはお母さんの亡骸がある方角を向きながら震えた声で呟く。
 あくまで噂でしかない。死んだ者が戻るだなんて、到底信じられない。
 それでも可能性が生まれてしまうと、それに賭けてみたいと思ってしまう。


 かつて神々と争い、迷宮異世界を創造し、大厄災すらも生み出す力だ。
 それがたった数人の死者の魂を呼び出すくらい、できないとは言わせない。
 僕も、望めるなら蘇らしたい人たちがいる。願いは、彼女とそう変わらない。


「……その迷宮核を持って最上層を目指せばいいんだよね?」
「いえ、それだけでは……迷宮核を成長させる必要があります」
「成長? どうやって育てるの?」
「迷宮核はユグドラシルに数多く存在します。それらを吸収して、一つの大きな鍵を生み出す。母様は生前……そう教えてくださいました。古代魔術で、地龍が安心して暮らせる理想郷を作りだそうと……」


 フォンは片腕で迷宮核に触れて、涙を零している。
 古代魔術に頼る必要があるほど、地龍は追い詰められていた。
 世界に絶望しながらも、僅かな希望に縋って懸命に生きた彼女たち。
 あまりにも哀れだった。それは何処か自分の人生と境遇が似ている気がした。


「つまり、他の小迷宮の守護者を倒していく必要があるんだね?」
「始祖の魔術を狙う者は多いです。母様も龍族だけでなく……様々な敵に狙われていました」
「……ん、まてよ。なら、それを受け継いだフォンも危険なんじゃ!」


 命を狙われるのではと思ったのだが、フォンは静かに首を横に振る。


「私は母様の亡骸から拾っただけで契約はしていません。契約をしなければ機能しませんから……」
「どうして? フォンはお母さんを蘇らせたいんじゃ……?」
「契約すれば迷宮核が起動し、他の守護者に察知されます。当然、狙われるでしょうし、この身体で守り通すのは難しく。私は……無力なので。ごめんなさい……母様。私は……親不孝者です」


 彼女は謝罪の言葉を繰り返す。
 目の前に希望があるのに、手が届かない。
 下手な救いは、どんな絶望よりも苦しいものだ。


「…………絶望か」


 僕はもう底の底を歩いている。
 これ以上ないほどに、大事なものなんてもう何もない。
 命だって一瞬でも、出会ったばかりの彼女にくれてやろうと思ったくらいだ。


 ――僕がその願いを引き継ごう。
 彼女と、彼女のお母さんの夢も同時に。
 その過程で僕が望む未来も一緒に叶うはずだ。


「それなら僕が契約するよ。そうすれば敵から狙われるのは僕だろ? フォン、一緒に最上層を目指そう。君のお母さんを蘇らせるんだ!」
「……どうして? どうしてリーンは……そうまでして……!」
「僕もね、君と同じなんだ。大事なものを失って、一人ぼっち」


 僕はフォンに自分の生い立ちを伝える。
 家族を失い、見捨てられ、裏切られ。全てをなくした。
 それでも、こうして生き永らえている意味を見つけたい。妹を、家族を取り戻したいのだと。


 フォンは僕の話を黙って真剣に聞いていた。
 ちょっとだけ目が赤い。一緒に悲しんでくれていた。
 ああ、とてもいい子だ。こんな子が苦しむ世界なんて間違っている。


「一度は諦めかけたけど、これが最後の機会だと思う。僕は始祖の魔術に賭けてみたいんだ!」
「嬉しいですけど……迷宮核は、私たち魔族じゃないと契約できないです」
「あらら……」


 勢いのまま言葉を紡いだら、さっそく躓いた。
 残念ながら僕はただの人だ。特別な血なんて受け継いでいない。
 少し恥ずかしくなり頭を掻いていると、フォンは迷宮核に指を当てる。


「でも……リーンのお話を聞いて私も決心しました。……んっ――たった今、契約を終えました」
「早っ、以外に簡単だね!?」
「迷宮核は常に守護者を求めます。適正者が念じればすぐに受け入れてくれます」
「……僕が無理やりやらせたようなものだけど。フォンは、本当に契約してよかったの?」
「はい、後悔はしていません」


 フォンは片目で僕を見つめていた。誇り高い龍の眼だ。
 先ほど自分は無力だと語っていたのに、その瞳には強い熱がある。
 僕の言葉がそれを引き出したのであれば、僕だって同じだけの覚悟を持たないと。


「どうせこのまま朽果てるのなら、私はこの出会いに、リーンに賭けてみたい……そう思いました」
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 ◇地龍
 龍族の中でも最弱に位置する龍であり、地上では既に絶滅したと考えられている。
 全身を覆う龍燐は物理攻撃を弾くが、魔法には無力。遠距離からの攻撃を防ぐ手段も持たない。
 高級素材として価値があり、自然保護の対象だったが、違法に乱獲する人間が後を絶たなかった。


 親も子供も根絶やしにされ、今では地龍装備も貴重価値が高まり高騰している。
 過去に地龍を繁殖させる計画もあったらしい。成長があまりに遅すぎるので途中頓挫した。
 人間の業の深さを示す存在であり、この一件から希少魔族への保護意識が高まった。


 上級魔族が人に化けるようになったのは、こういった前例があったからではと推測される。

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