【完結】昨日、彼を振りました。

霧内杳

1.告白された。でも振った。

午後八時。
会社に残っている人はまばら。
そういう私は残業中、って奴だ。
それもあとちょっとで終わるけど。

「おわっ、たー」

「お疲れ」

私が大きく伸びをし、少し離れた席に座っている荒木あらきさんが笑った。

四つ年上の荒木さん。
同じ部署に配属になってから、なにかと私を可愛がってくれる。

「俺ももうそろそろ切り上げるから、メシ食って帰るか」

「やったー」

荒木さんと食事に行くのは好きだ。
いつも美味しいところに連れて行ってくれるから。

パソコン落として帰り支度。
荒木さんが終わるまで、携帯チェックして待つ。

「じゃあ行くか」

「はい!」

十分くらいして、荒木さんの仕事も終了。
残っている人に声をかけて会社を出る。

黄色い葉を落とし始めた銀杏並木。
ブーツの私の、隣を歩く荒木さんはいつも少しゆっくりめ。
私の歩幅に合わせてくれる。


今日はワインが美味しいダイニングバーに連れていってくれた。

軽く飲んで、食事して。
愚痴をこぼしても、荒木さんは余裕で受け止めてくれる。

友達とは違う安心感。
でも、恋人同士ではない。
先輩後輩、っていうのもなんか違う。

そんな微妙な関係が好きで、このままずっと続けばいいって思っている。

「駅まで送るな」

「え、荒木さん、バスだから逆方向になるのでいいですよ」

慌てて両手を目の前で振って断る。
送ってくれるときとひとりで帰るときと半々くらい。
送ってくれるときはいつも悪いなって思う。

「おまえ、今日ちょっと飲み過ぎ。
心配なんだよ」

「……すみません。
よろしくお願いします」

「素直でよろしい」

確かにちょっと、今日は飲み過ぎ、かも。
少しあたまがふわふわする。
荒木さんが勧めてくれたワインが美味しくて、ついつい飲んじゃったもんなー。


近道で人通りの少ない公園に入った。
ひとりのときは絶対に通るなよ、そう荒木さんには言われている。
今日は一緒だからいいのかな。

三峰みつみね

急に荒木さんが立ち止まるから、私も足を止める。
街灯に照らし出される荒木さんの顔は、なぜか思い詰めているようだった。

じっと私を見下ろす、荒木さんの瞳。

アルコールで潤んでいるのか、……泣きそうなのか。
いままでこんな顔で見つめられたことがなくて、怖い。
でも、視線を逸らしたくても、まっすぐに見つめるその瞳から逸らせなかった。

「なあ、三峰。
俺はおまえのことが――」

……やだ、聞きたくない。

耳を塞ぎたいのに、身体はメドゥーサに睨まれて石になってしまったみたいに動かない。

――好き、だ。

落ち葉の舞うかさかさという音とともに、耳に届いた言葉。
とたんに涙がぽろぽろこぼれ落ちる。

「……やだ」

「三峰?」

「やだ。
こんなの、やだ……」

あたまを振って私が泣き続け、荒木さんは途方に暮れていた。

困らせたくない。
でも。

「ちょっと落ち着け。な」

背中に回った荒木さんの手が、私を抱きしめる。
あやすように背中をとんとんされて、少しずつ涙が止まっていく。

「落ち着いたか?」

こくんと一つ頷くと、荒木さんがゆっくりと離れた。

「こんな告白のされ方が嫌……ってわけじゃないよな」

「……ごめんなさい」

困ったように笑う荒木さんに黙って頷き、口を開くとまだ鼻づまりの声だった。

「荒木さんとはいままで通りの関係でいたいです。
この関係が変わるのは、嫌」

荒木さんは黙っている。
当然だろう、振られた上にこんなことを言われたら。

……きっともう、あの優しい関係には戻れない。

悲しくなってまたじわじわと涙が溜まってきたので慌てて拭う。
もうこれ以上、荒木さんを困らせたくない。

「わかった。
いま言ったことは忘れてくれ。
明日になったら元通りの関係だ」

「……荒木さん?」

「さすがにいまは、ちょっとあれだけど。
……悪い、今日はもう、送れない」

「大丈夫です。
ありがとう、ございました」

無理して荒木さんは笑っていて、胸がずきずき痛む。

「じゃあ、また明日」

「……また、明日」

私のあたまをぽんぽんして、逃げるように帰る荒木さんの背中をただ見送った。



お風呂の中で今日のことを思いだしていた。

……荒木さんに告白された。

ずっとこの関係でいられるなんて幻想を抱いていたわけじゃない。
でも、変わってしまうのが怖くて、結果として荒木を振ってしまった。

荒木さんに好きだと言われたのが怖かった。

……けど。

私は荒木さんのことを、本当はどう思っているんだろう?

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