勇者はなぜチーレムなのか?~剣と魔法の異世界白書~

木塚かずき

第27話 なぜ勇者は闇属性なのか

 ヴァンパイアはリッチーの許可を得て、魔王城の外へと出ていた。いわゆる視察というものだ。ヴァンパイアが視察を希望した理由は2つあった。1つ目は確認である。果たして勇者達の冒険は上手く行っているのか。決してペルセポネの事を信用していなかった訳ではないが、無線通信の情報だけでは限界を感じていたようだ。そしてもう1つは単なる興味本位。ペルセポネからの報告の端々に現れる人間の街の様子に興味が湧いたのだ。始まりの街からスタートし、勇者一行の足跡を辿るように様々な街や地形を巡った。

「ただ今帰りました」
「お、お帰りヴァンプ君。何か琴線に触れるようなもの見つけた?」
「いえ、特に何も」

 片膝が崩れ落ちそうになったリッチーだったが、なんとか堪えた。

「あ、でもひとつ気になったことがあります」
「お? どんなこと?」
「宿屋の宿泊料が始まりの街から魔王城に近づくにつれ段々と高くなってきています。特段、施設が豪華になっている様子もないのに」
「ん、値上がり……? ああっ!」

 リッチーは頭蓋骨を掻きながら考えていたが、急に大きな声で驚いた。そしてリッチーよりもさらに、普段聞きなれないリッチーの大声にヴァンパイアが驚いた。

「インフレだぁ!」
「まーた始まるぞリッチー先生の経済学……」
「一応僕、経済は専攻して無いんだけどね。かじっただけの知識で、殆どうろ覚えだけど」
「はぁ。で、何がどうしてインフレなんですか?」

 従来、人間界に流通している貨幣の量は絶妙なバランスで保たれている。しかしそこに、外的要因が加わったらどうか。そう、魔王軍の存在である。勇者は野良モンスターこそ倒さないものの、セイレーンやマミー等を始めとする中ボスがゴールドを落としている。ましてやあのイベントも行えば、なおさらである。
 リッチーは若干、後悔と反省をしているようだった。インフレまで予期できず、ゴールド大量獲得イベントを許可したことに。魔王軍のゴールドを勇者に与えすぎた。ゴールドを流通させすぎてしまったのだ、と。

「そうなると宿泊料が上がるのですか?」
「そうだね。流通する貨幣の量が多くなると、人間は貨幣を手にしやすくなる。そうなるとつまり、貨幣自体の価値が下がってモノやサービスの価格が上昇するんだ」
「なるほど……。インフレは悪影響を及ぼすのですか?」

 リッチー曰く、緩やかなインフレであればそこまででもない。しかし急激なインフレだとハイパーインフレになり、困るんじゃないかと言った。しかしその言葉とは裏腹に、困った素振りを見せないリッチーにヴァンパイアが突っ込んだ。

「まるで他人事のような言い方ですね……」
「他人事だよ。だって我々がゴールドを抱えていても人間の店には行けないからね。まぁ人間が困ったら困ったで、それは魔王軍による悪の所業になるからいいかもね。ちゃんと悪事を働いていますよ、っていうアピール的な」

 ヴァンパイアは苦笑いをしたが、同時に腑に落ちないことがふたつあった。ひとつはインフレを起こしているのならば、街ごとに宿泊料が高くなっていくのではなくすべての街で高くなるのではないかということ。そしてもうひとつは、ポーションや薬草などのモノの値段はあがっていないということだ。

「前者の答えは『勇者がその街を通った時点での料金が据え置かれているから』だね」

 据え置きをする理由。それは以前の利用者の客離れを防ぐためだ。「前はこの料金で利用できたのに急激に高くなったら行かない」となることは極力避けたいのが経営者の心理である。全く利用されずに1ゴールドも手に入らないよりは、安価でも利用してもらった方がいいという考えだ。
 そしてもうひとつの疑問、モノの値段があがっていないのはどういうことかとリッチーに聞いた。その答えは意外にも『そっちはちゃんとあがっている』とのことだった。

「え? 同じだったと思いますが」
「同じ商品でもパッケージが変わっていたり、≪新発売≫というようなシールが貼られていなかったかい?」
「あ、ありました! よくわかりましたね。でもそれと何の関係が?」
「実は値段はそのままで、内容量が減っているんだ」
「なん……だと……?」
「実質値上げ、ってやつだね。これを『シュリンクフレーション』と言います」
「はい、リッチー先生。その『しゅりんくふれーしょん』を覚えておけば、冒険する上で役に立つ時がありますか?」
「いや、全く」

 今度はヴァンパイアの片膝が崩れ落ちそうになったが、なんとか堪えた。

「それで、結局どのあたりまで廻ってきたの?」

 リッチーが聞いた。ヴァンパイアの視察は勇者たちのすぐ傍まで迫っていた。もし魔王軍の幹部ともあろう魔物が魔王城から離れた街で発見されては人間達に混乱を招いてしまう。そのため人間に見つからないよう、文字通り目にも留まらぬ速さで視察を進めた結果、火山までたどり着いていたのだ。
 しかしその次にあるはずの”天空の城”が見当たらない。ペルセポネが勇者と接触する前、魔王城で彼女から「”天空の城”は火山の火口付近から見える」と教わっており、実際に火口まで足を運んで辺りを見渡したがどうにも見当たらない。行き詰まったヴァンパイアは仕方なく帰路に就いた。

「そんなこんなで、結局次の"天空の城"がどうにも見当たらなくて」
「あ、そういえば消してた。そっかもうそろそろ着く頃か」
「消した!? 城を!?」
「あれ、ヴァンプ君には仕組みを教えていなかったっけ」

 天空の城――それは本物の城が浮いていると想像するものが多いが、実際のところは幻影なのだとリッチーは言った。その城が見えるあたりには大きな魔方陣が描かれており、そこに魔力を注入することで幻影を見せられているのだという。リッチーほどの魔力があれば浮かせることも容易いが、実際に浮かせてしまうと不都合なことがいくつか起こるようだ。

「そろそろ魔方陣に魔力を注入しておかなきゃね。ま、詳細はあの場所担当のペルセポネ君の方が詳しいだろうから、気になるなら直接本人に聞いてくれたまえ」
「いやそこまで言われたら気にならない方がおかしいですよ」
「はは、ペルセポネ君が帰るまで楽しみに待つと良いよ」
「はぁ……。そういえば『気になる』で思い出したんですけど」
「ん?」
「結局『闇属性』って、何なんですか?」

 以前にリッチーが説明した、『闇』と『病み』をかけた解答が釈然としなかったようだ。

「え? いやだから重いメンヘラ……」
「『光』と反対の『闇』のことです!」
「うーん……あれ、もしかしたら今回の勇者って闇属性じゃない?」

 少し考えた後、勇者は闇属性だとリッチーは言った。そもそも属性とは、攻撃の種類を表すものではなく人そのもの、人間が属しているもののようだ。

「なんで勇者が闇属性だと?」
「冒険者が集う『ギルド』ってあるでしょ? 知ってるよね?」
「ええ。でもそれが闇属性と何の関係が?」
「おそらく勇者は我々の討伐にあたって、ギルドで正式な手順を踏んでいないんじゃないかな」

 ギルド――ひと言で表すならば『クエストの掲載場所』だろうか。冒険者はギルドに掲載されているクエストをこなすと報酬を得られる。クエストの際に得た魔物の素材を売ってゴールドを稼ぐことも可能だ。また、ギルドへの初回登録時はギルドカードが発行される。これが身分証明書にもなるため、冒険者にとってギルドは欠かせない場所なのだ。リッチー曰く、勇者はギルドを介さないで魔王討伐に向かっているという。

「……えーと、それで?」

 ひと呼吸置いてヴァンパイアが聞いた。問題はギルドを介さずにクエストの発注・受注するという行為が重罪にあたることだとリッチーは言った。
 ギルドを介さずにクエストに関わった場合、衛兵に見つかれば即座に牢獄行き。重刑も免れない。しかしなぜそのような中でも違法行為を行おうとするものが現れるのか。それはギルドに掲載されている報酬よりも高い報酬が得られるからだった。
 クエストを発注する者と受注する冒険者の仲介をする。それがギルドの役割だ。発注する者はギルドへ仲介手数料を払わなければならない。間を介すため、受注者である冒険者がクエスト達成時の報酬が目減りしてしまう。だが、ギルドを介せず直接クエストの発注・受注を行えば、より良い報酬が得られるという仕組みだ。報酬を得られる冒険者だけでなく、発注する側も高い報酬を提示できれば、より良い冒険者にクエストをこなしてもらうことができ、Win・Winの関係になれるのだ。

「ただこの『発注する側』っていうのに問題があってね」

 ギルドを介さずに発注する人物――それはマフィアの一員であったり、何か後ろめたい理由があり公に発注できない者たちなのだ。いわゆる反社会的勢力、と呼ばれる人物たちである。そういった人たちとの繋がりを持たないようにする。それもクエストにおいてギルドを介さなければならない理由のひとつだ。

「勇者はそんな危ない世界に足を踏み入れているのですか?」
「言い切れないけど、そうなんじゃないかな。だってペルセポネ君からの連絡で、一度も『ギルド』という言葉を聞いてはいないだろう?」
「そうですね……」

 このように、ギルドを介さずクエストの受注をする冒険者が『闇属性』となるのだとリッチーは言った。

「ちなみにヴァンプ君、勇者以外の冒険者で魔王討伐とまではいかなくとも、同じようにギルドを介さずクエストをこなす冒険者が一定数いる可能性が――」
「あると思います!」
「だよねぇ。実際に僕も捕まった人間の話を聞いたことがあるんだけどさ。絶対にバレないと思っていた矢先に捕まったみたいで、挙動不審になっちゃったんだって」
「ほう。どんな風になってしまったのか気になりますね」
「なんでも、右肘と左肘を交互に見ていたとかなんとか」
「はは、どんだけテンパってたんでしょうね」
「もしヴァンプ君が悪さをしているところを人間に見つかって、捕まったらどうする?」
「いやぁ、私が人間に捕まる訳ないじゃないですか」
「もしもの話だよー」
「そうですねぇ。万万が一捕まったとしたら、人間に捕らえられた悔しさからもの凄く顔を歪めてこう言うでしょうねぇ」
「お、なんて?」
「悔しいです!」

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