勇者はなぜチーレムなのか?~剣と魔法の異世界白書~

木塚かずき

第24話 なぜ勇者の生まれ育った街が燃えたのか

 あの時泣き止まなかった私に、キミは何て言ってくれたか覚えてる――?


 魔法使いが魔法を操れないのは、ドラゴンが空を舞えないのと同じようなものだ。ことにソフィーに至っては『純血』であったがために、自らが唱える魔法を操れないということは致命的な欠点であった。『純血』――彼女は両親、祖父母、さらに遡っては曽祖父母、高祖父母と、系図では魔法使いしか記載されていない家系の生まれである。それが故に、家族は彼女の存在を隠したがった。『純血』の家系で彼女は恥ずべき存在。家族はいくつもの言いつけを守るよう迫った。そして幼き頃の彼女自身も理解していた。家族にとっては当たり前のことが自分にはできない。自分は生まれつき不器用なのだということを。やがて塞ぎこみがちになった彼女にある日訪れた最大の幸運は、勇者と出会ったことだった。

 魔法を操れないとはいえ、決して使えないという訳ではなかった。ただし、彼女が杖を振るうと現れる火の塊を見た人間はもれなく彼女を恐れた。それだけで街ひとつを壊滅させられるだろうという想像が容易なほど、強力なものだったからだ。彼女の杖先から出たのが火の玉、野球ボール程度の大きさなら可愛いものであったが、彼女から放たれるそれはまるで炎を纏った巨大隕石のようだった。それほどまでに大きな炎の塊が空の彼方へ飛んで行った。そんな強力な魔法を、彼女は生まれてからわずか3年ほどの年月で放ったのだ。それを見た両親も初めは当然、喜んだ。一族の中でもとびきり優秀な魔法使いが現われたのだと。しかし両親が次はもっと弱めに、火力を最小限に抑えて魔法を放つよう指示するも、それができない。何度やっても、最初と同じ隕石級の炎の塊が飛んでいく。次第に両親は態度を変えていき、終いには彼女の存在自体を隠そうとした。『純血』の一族の中で魔法を操れないは彼女だけであったのに加え、世界が大惨事にならないようにするには存在自体を隠すことが最も都合の良い選択だと考えた。

 彼女自身も初めはなぜ、両親が自分のことを疎ましく思ったのかわからなかった。きちんと両親の指示にしたがって魔法を放ったのに、と。――そう、彼女は魔法を操れない訳ではなかった。もともと彼女本人に備わっている魔力が強すぎたのだ。一般的な魔法使いが最小限の魔力で魔法を放つとすると、ロウソクに灯っている程度の火が出てくるであろう。しかし彼女は違った。『純血』であるがゆえに、生まれながら計り知れないほどの魔力を持っていた。彼女にとってのロウソクの火が、街を壊滅させられるほどのものだったのだ。

 だが両親がいくら彼女の存在を隠そうと努力をしていても、完全に隠すことは不可能である。そのため言いつけの1つに『魔法の使用禁止』があった。それを守れば少なくとも、魔法で他人に迷惑をかけることなく生きていけるからだ。しかし彼女はある日、その言いつけを破ってしまった。同い年くらいの近所の子供たちから、『魔法が使えない魔法使い』であることをからかわれていたからだ。ただそれだけなら我慢できた。我慢できなかったのは、自分と一緒に両親のことも邪険に扱われたことだった。彼女が魔法を使えないのなら、両親もロクな魔法使いではないのだろう――と。
 魔法を操れないと思っている両親は彼女に厳しく接していたが、彼女は両親のことが大好きだった。厳しい言いつけのひとつひとつが、自身の事を想ってのものであると幼心にも理解していたからだ。そんな大好きな両親まで侮辱された彼女は、とうとう他人の前で魔法を使ってしまった。いつも通り巨大に形成された炎の塊は、バカにしていた子供たちの頬をかすめて飛んでいく。一目散に逃げて行った子供たちを見て優越感に浸ることができた。しかしそんな幸福な時間も一瞬。近所ではすぐに悪評が立ち、両親からは大目玉を食らった。
 裏庭で独り、膝を抱えてすすり泣く彼女。そのような中で声をかけた少年がいた。勇者だった。

「さっきのまほう、みてたよ。すごいね。どうやったらあんなにつよいまほうがつかえるの?」

 顔を上げ、勇者の顔を見た。勇者は彼女が泣いていることに気づいていなかったのか、泣き顔を見て少し驚いた。

「どうしてないてるの?」
「パパとママから、まほうをつかっちゃいけないっていわれてたのに、つかっちゃったから……」
「あんなにすごいのに、どうしてつかっちゃいけないの?」
「わたしのまほうで、まものをたおそうとしたら、いっしょににんげんのまちまでこわして、きけんだからだって……」
「それなら、まもるためにつかおうよ!」
「え?」
「なにかをたおしたり、なにかをこわしたりするんじゃなくて、なにかをまもるためにまほうをつかうんだ!」
「でもわたし、もうまほうはつかいたくない。だいすきなパパとママからおこられちゃうし、ほかのみんなもにげていっちゃうから……」
「じゃあもうすこしだけまってて!」
「え? え?」

 勇者の突然の励ましに彼女は戸惑うばかりだったが、自然と勇者の言葉を受け入れていた。彼女は嬉しかった。勇者が敬意を持って接してくれたこと。初めて同い年くらいの子と対等に話ができたこと。そして自身の魔法に、尊敬の眼差しを向けられたこと。その全てが嬉しかったのだ。

「なんでもうすこしまつの?」
「ボクがつよくなって、キミをまもってあげるから!」
「え?」
「いまはキミのほうがつよいから、ボクがつよくなるまでそのまほうでまもってほしい。でもいつかボクのほうがキミよりつよくなったときは、キミがまほうをつかわなくてもいいように、ボクがキミをまもってあげる!」
「……ありがとう」

 その時の彼女に悲壮感などもう無かった。勇者が切り開いてくれた新しい道をどうやって歩もうか、考えるだけで満たされた。彼女が見つめる先は希望に満ち溢れていた。

「キミがわらうと、おはながさいたように、あかるくなるんだね――」


◎◎◎◎

「……という過去があったのよ。ね、コイツ、見かけによらずカッコいいでしょ。私はこの時からコイツのお嫁さんになるって決めたのよ」

 ソフィーは若干頬を赤らめつつも、満面の笑みで得意気に話した。意外にも、それを聞いていた4人はそれぞれ違った表情を見せる。ペルセポネは複雑な表情を。モニカは目を瞑り頬杖する格好で、何かを考えているようだ。アメリアは目に涙を溜め、勇者に至っては苦悶の表情を浮かべている。
 アメリアによって最初に話された感想が最もまとものように聞こえた。

「なんて感動的な話なんですか~~!」

 しかしその感想に『待った』をかけたのがペルセポネだ。

「たしかに感動的で素敵なのだけれど、その結果がコレかい」

 その2人の会話を聞いていたのかいなかったのか、モニカがこう言い放った。

「あ、そうか! これはご両親と離れ離れになる前の話だから、勇者様が喋れたのですね!」
「うん、そうだろうけどそうじゃなくてね、モニカちゃん」

 現在の勇者はいつも通り言葉を発しなかったが、なぜか苦しそうな顔をしている。表情から察するに……やはりそのエピソードを覚えていない。
 うすうす感づいていたソフィーも、それは確信に変わった。ソフィーの興奮気味の顔から、スッと熱気が消えた。少し俯いただけでも、大きな三角帽がソフィーの顔を隠す。杖を勇者に向けると、勇者はみるみる青ざめていった。両手を前に突き出し、静止を促した勇者にソフィーは冷たく言い放つ。

「覚えてないというのなら、今共に死して永遠になろうか」
「こわいこわい! ちょっと待て待て待ちなさい!」

 ペルセポネが2人の間に割って入った。そのことによってソフィーは平静を取り戻したが、どうにもギスギスした空気が流れる。
 ペルセポネはソフィーに問いただした。アナタがここまで勇者を追ってきた理由はこれから先、冒険をするうえで勇者を守るためなのか、と。

「その通りよ。それと監視役ね」
「監視役?」
「そう。アンタを含め、私以外の女と何か間違いが起きないように、ね」

 モニカとアメリアは抱き合い、ブルブルと震えていた。しかしペルセポネが感じたのは恐怖ではなく呆れだった。そもそも回想を聞いた限りでは魔力でソフィーに劣るとは思えなかったため、彼女に対して恐怖心はないのだ。どちらかというと、人間達の痴情のもつれはこうも複雑でドロドロしたものなのかという、別の意味での恐怖を抱いていた。また、ソフィーの力は今後役に立つのではないかと期待も寄せていた。彼女が力を発揮してくれれば自身の負担が軽減されるのではないか。今後楽に冒険が進められるのではないかと。少なくともペルセポネはソフィーを仲間に加えたいと考えていた。

「ところでソフィーちゃん、勇者様と幼馴染ということは、アナタもワーナー出身なのかしら?」
「そうだけど、それが何か?」
「街が燃えてしまったのはご存知よね? 何か原因はご存知で?」
「ああ。それ、私よ」

 ソフィー以外の全員に衝撃が走った。始めは驚いて声が出なかったが、次第に驚きは恐怖へと変わっていった。
 怖かったのは街を破壊したその魔力ではない。街ひとつを破壊しているにも関わらず、そのことを平然と話せるその精神に、だ。

「コイツの家から小さなスケルトンが出てきたからね。私はコイツを魔物から守ろうとしただけよ」
「ソフィーさん、アナタだったんですか!」

 モニカでさえまともなツッコミを入れるほど衝撃のカミングアウトだった。

「むしろ家にいなかったからよかったものの、いたら勇者様死んでますがな……」

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