深窓の悪役令嬢

白金ひよこ

紫外線対策

 あれからお父様に確認をしに行くと確かにエミリの言っていたことは本当だったらしい。いや別に、疑っていたわけではなくてね?

 何故急に、と初めは思ったものの、どうやらお父様の話によれば、元々私が5歳頃になったら社会見学を兼ねて一度市井に出かけるつもりだったらしい。
 そう言われてみれば確かに、前世でもそのくらいか、もう少し早くくらいに公園とかに遊びに行くもんね。はじめてのおつかいも確かそのくらい……だったような。

 だが勿論これはシンディが普通の子供だった場合だ。部屋からも満足に出られない子供が外に出て歩くなんて出来るはずもない。だからこそ今の今まで引き延ばしになっていたらしい。
 では何故今このタイミングで許可が出たのか? それは当然、最近はシンディの調子が良さそうだからである。勿論まだ安心は出来ないが、馬車の中で少し街の様子を見るくらいなら大丈夫なのではないか、と。その際には護衛や使用人は勿論、あの医者も一緒にいるというし、時間だってほんの少しだけである。まぁ確かに、経験は何事も早いにこしたことはないしね。お父様の判断は間違っていないと思う。本当、こういう時は仮病を使っているという罪悪感が改めて湧き上がるわ……。この後ぶっ倒れる予定があることも含めてね……。

 まぁ勿論すぐにぶっ倒れるつもりはない。そんなことをしたら「やっぱり無理をさせたからだ」と思われるのは必至。そうなればこの先町に出られないことは勿論、厨房に顔を出すことすら禁止されるかもしれない。それは困る。
 いくら私が目指しているのが深窓の令嬢及び箱入りお嬢様だとしても、学園に通うまで完全に引きこもるのは情報が足りない上に多分暇で死ぬ。そりゃシナリオ通りに死にたくはないが、その前に別の死因でバットエンドなんてそれこそ死んでもごめんである。死にたくないのに死んでもごめんというのは之如何に。

 とまぁ、そういうことで、まだ暫くは「あれっ最近体の調子いいんじゃない? もしかしたらもう少し自由に動いてもいいんじゃない?」と思われつつ「でも無理はよくないから社交界デビューは遅らせてパーティーとかお茶会は断ろうね」という都合の良すぎる展開である。ご都合主義大好物ですありがとうむしゃむしゃ。

 まぁ、今目の前にあるこれは流石にむしゃむしゃはしませんけどね。その為に用意したものじゃないし。いや、食べることには食べるんだけども。

「あの、お嬢様、これは一体……」
「これ? これはね、スイカって言うのよ」
「スイカ……果物なのですか? これも、潰してトリメントに?」
「いいえ野菜よ。あと、これは流石に潰さないわ」

 どうしてどいつもこいつも全て潰そうとするの。私ってそんなに果実を見れば見境なく潰して髪の栄養にするイメージ?

「これが野菜?! えっと、では何か新しい料理でも?」
「うーん……少し工夫はするけれど、切って食べるだけだし、ただのおやつかしら」
「そうでしたか……」

 何故か残念そうにするエミリには悪いが、勿論例の如くこれも嘘である。私はもういい加減に学んだのだ。前世の知識を自分の為に使う時は、絶対にそれを誰にも口外しない、と……。

 さて。私が今から作ろうとしているのは……日焼け止めクリームの代わりである。
 スイカで、日焼け止め。
 言葉だけを聞けばお間違えでは? とどなたからか言われてしまいそうなものだが、残念ながらお間違えではない。
 ああ、スイカは食べる日焼け止めって言うもんね。という言葉は残念ながらお間違えだ。勿論その効能にも期待して食べるには食べるが、普通に食べてごちそうさまする為にわざわざお父様に頼んで海外から取り寄せて貰ったわけではない。私は確かに、このスイカを使って肌に塗るための日焼け止めクリームを自作するつもりで相違ない。

 実はお父様から市井に行く、という話をされる前からずっと考えてはいたのだ。
 出来ることならシンディのこの、ずっと引きこもっていましたと言うような白い肌を通り越した、病人を思わせる青白い肌は、学園に入学するその時まで維持しておきたい。
 しかし日焼け対策にも限りがある。少なくともこの世界では。

 外に出るのなら貴族のご令嬢は馬車移動、そして常にパラソルを差すとはいえ、紫外線は地面で反射するため、直接は避けられても完全に遮断することは出来ない。
 かと言って、ドレスの上に手や足や顔を覆う布を被せるわけにはいかない。

 そこで、前世なら当たり前のように肌に塗っていた日焼け止めクリームの出番と言うわけだ。
 だが当然、ここにそんなものはない。
 前世程紫外線が強いわけでもないしためそこまで困るほどではないからだ。しかし白い肌を保ちながら外に出たいシンディには必要不可欠。

 欲しいものがあるが、手元にはないし、どこにも売ってない。それならどうするか? 答えは簡単だ。
 ないのなら、作ればいいのさ、日焼け止め――。

「こちらの種を、でございますか?」
「ええ。切り分けて、種を取り除いたらその種は取っておいてほしいの。それで簡単に洗って、乾かしてくれる? そしたら私の部屋に持ってきてほしいの」
「かしこまりましたお嬢様。……因みにこちらは、一体何の用途で?」
「香りが好きだから部屋に置いておきたいだけよ」
「左様ですか……」

 おい、何故残念がる。
 私が突拍子もないことをしたらそれがまた何か大事になるとでも思っているらしいトム料理長は、至極残念そうな顔を隠すことなく私に頭を下げて部屋を出ていった。……うっかり口を滑らせたりしたらまた大事になるのは間違っていないので私は何も言わずにそれを見送る。
 あ、因みに折角なのでスイカはフルーツポンチもどきを作ってもらおうとレシピも提供済みだ。これから暑くなるし紫外線対策にもなる。小さめのスイカを半分にして綺麗にくりぬいて器として盛れば見栄えもいいし、もしかしたらお茶会なんかでもこれから流行るかも……ん? そういえば私、今回のレシピについてトム料理長に誰にも口外するなとか言ってないけど、大丈夫だよね? なんか今、また面倒なフラグが経ったような……。

「お嬢様、こちら言われていたものでございます」
「ありがとう」

 結論から言うと、それは私の杞憂だった。
 というのも、初めてのことで試行錯誤だったため綺麗にくりぬかれたスイカの器は私に出す分しか作れず、お母様たちには普通の器に盛ったかららしい。そうなれば当然、作った料理長とその配膳係のメイド以外はスイカで出来た器に盛られたフルーツポンチの存在を知らず、今までのように広まることがなかったというわけだ。ああよかった。それでも嫌な予感が消えないのは、多分今までのことがあるからなんだろうな……。過敏反応、よくない。

「考えていても仕方ないしね。そんなことより……」

 そうこう考えている間に乾いた種が私の手元にやって来た。
 完全に乾いた種を手で触って確かめて、それをハンカチをひいた床にゆっくりと広げる。すると部屋中に広がるスイカの香り。一度洗って乾かしたとはいえ、少しべたつく種は油がある証拠。

「よし……やるぞ~!」

 ここからは完全な手作業。根気が必要な作業にばなるが、この先は誰かに任せるわけにはいかないので自らやるしかない。トリメントの時とは違ってかなり面倒ではあるが……。

「これも全ては病人らしい白い肌を守るため!」

 まずは乾いた皮を一つ一つ手で剥いて行く。剥いたら皮と中身を分けてとっておき、また次の種を向く。……残りの数を見ては駄目だ。見ただけでめげそうになる。
 少し眠ると行っておいたからか誰も部屋に入ってこないのを良いことに堂々と胡坐をかいて床で作業すること数時間。

「ふええ~ゆ、指が疲れた……!」

 しかし疲れている場合ではない。次は剥いた種の中身を用意しておいた擂鉢に入れてゴリゴリと潰していく。すると少しずつペースト状になってきた。あと少しだ。私は無心になってそれがクリーム状になるまで続けた。ふう、ここまできたら、あとはもう少し。

「さっき頼んでおいた温石カイロを……ん、ちゃんとまだ温かいね」

 擂鉢の中身を別の容器に移し替えると、それをタオルで包んでいた温石カイロの上に乗せて温める。……うん、いい感じにあったまってる。レンジとかないしどうすればいいか悩んでたけどこれでもなんとかなりそうだ。ありがとう温石カイロ
 因みにこの温石カイロは、去年私が廊下に出た時寒すぎて死ぬと思ったので試しに作ってみたところ、主に侯爵家の使用人たちから大反響を呼んだ。いやだって本当寒いんだよここ……そりゃ家族がいる部屋や大広間なんかは皆がいるから暖炉があって温かいけどね?
 というのも、実は前にも言った通りシンディは火の気と相性が悪い、ということになっているので火から徹底的に隔離されていて……そのせいでシンディの部屋には暖炉などの部屋を暖めるための器具が一切ないのだ。かと言って当然暖房もホットカーペットもあるはずのない部屋は夜になれば布団を被っても死ぬほど寒い。シンディが本当に病弱なら凍死するわ。何考えてるの本当。いや元凶は他でもない私ですけれども。

 一応、最も死にそうな夜は急遽作らせた湯たんぽもどきでなんとかした。
 何故もどきなのかと言うと、当然湯たんぽ用の容器はおろかペットボトルなんかもなかったからなのである。かと言って眠る布団の中に入れるのだ。間違ってお湯が漏れたりしたら大変なんてものじゃない。
その為そこは申し訳ないが絶対に水が零れないようなものをわざわざ取り寄せてもらい、そこに沸騰させたお湯を入れた。あとは火傷しないようにタオルでしっかりと包み、布団の中に入れるだけで温かいー! ……が、この湯たんぽが使えるのは夜寝る時、せいぜい昼でも部屋にいて座っている時だけだ。
 昼間、特にお風呂やトイレに行くまでの僅かな時間にそんなものを抱えて移動するわけにはいかない。しかし暖炉も暖房もないシンディの部屋をすぐ出た廊下の寒さは正直言って耐えられるものではなかった。折角お風呂に入ったのに浴槽を出て廊下を歩く数歩で湯冷めしかねないのだ。
 勿論それはまだ身長が小さく肉付きも良くないので筋肉量的にも他の使用人やお兄様たちに比べてシンディの基礎体温が著しく低いことも原因の一つなのだろうが。

 初めはこれでもかと言うほど厚着をして凌いでいた。が、この時代の厚着なんてたかがしれているのである。かといって侯爵家のご令嬢が毛布にくるまったまま廊下を歩くなんてあってはならない。……ということでどうにかしなくてはと私が前世の知識を絞り出して思いついたのが昔ながらの温石カイロだったというわけだ。
 やり方は知っていれば至極簡単。火鉢に石を入れて温め、それをタオルに包むだけ。持続時間は長くないが、廊下に出るほんの少しの時間だけならば十分だ。

 まぁそんなこんなで短い期間に二つも前世の知識を使って新しいものを作ってしまったわけなのだが、これはまぁ、不可抗力というか、原作スタート前にシンディが凍死するなんて誰得でもないからさ……うん……。
 あ、なんてこと考えていたら温まり切ったっぽいな。よし、

「これであとはガーゼで絞って……完成ー!」

 正直使ったことがないので効能は分からない。が、前世に使われていたものなのだから、化学成分が全く入っていない完全自然作でも多少の効果はあるだろう。少なくともないよりはずっとマシなはずだ。あとはこれをつけている、というプラシーボ効果もあると信じてる。少なくとも、私は。だって日焼け止めもなしで外に出るなんて真夏は考えられないもの……。

 勿論サングラスとかがあればもっといい。紫外線が目に入るとよくないしね。しかしそれはいくらなんでも望みすぎというもの……。パラソルも馬車もなしでその辺走り回ることを許されている子供ならともかく、引きこもり生活で肌の色素が薄いシンディだから過敏になるだけでこの世界の人は皆日焼け止めなんてなしでも普通に生活できているのだ。まぁ貴族はあまり外に出ないからか特に令嬢や奥様方は当たり前のように肌は白いっちゃ白いけどね。
 だがシンディはその上を行く、見た人が皆「大丈夫?」と心配するような肌の白さでなければいけないのだ。勿論外に出なければ良い話だが、本当にずっと引き籠っていたら本当に病気になること間違いなしである。人間の体は太陽光なしでは生きられない体のつくりになっていてだな……。

 なんて。大して詳しく知らない知識を思い浮かべながら道具を片付けようとしていた、その時だった。

「お嬢様、失礼します!」
「えっ」

 咄嗟に近くにあった布団カバーをかけて作った日焼け止めとその道具を隠す。が、当然隠れきれてなどいない。布団カバーの下にはどう考えてもお嬢様の隠れた体以外のものがあるのは一目瞭然。
 そもそも、最近元気になったとはいえ、数年前までは布団の上で一日を過ごしていたお嬢様が部屋の真ん中で布団カバーを下半身にかけていればどんなに普段周りが見えないメイドと言えど怪しまずにはいられないだろう。現に、彼女は何を言っていいのか分からない表情で、就寝中であると伝えたはずの主人の部屋にノックも了承もなしに押入って来たことを詫びる前に口と目を見開いて固まってしまった。

「お、お嬢様……?!」

 漸く零れた言葉は最低限単語になってはいるが正しい意味で言葉にはなっていない。一体何を、と言いたいのだろうことは察しているが、それは正直こちらの台詞である。もしもこれが私ではなく普通のご令嬢、もしくは本来のシンディお嬢様なら折檻どころでは済まないだろう。
 が、今はそんなこと言っていられない。勿論元気よくスイカの種をすり潰し小一時間作業をしていたことを見られたわけではないが、布団カバーを捲られ両親にそれを告げ口でもされたらシンディは真実を吐くしかなくなるだろう。そんなことを、させるわけにはいかない。
 私は落ち着こうと一度小さく息を吐き、ゆっくりと眉を下げて少し照れくさそうに笑って蚊の鳴くような声で呟いた。

「……布団から、落ちましたの」
「お嬢様がですか!?」
「市井に行く夢を見て、楽しみ過ぎて、はしゃいで、落ちまして」
「それほどまでにお楽しみになさって……!」

 ああ、相手がエミリで良かった。これがメアリならこうはいかなかったし、もしも相手がニックならその場で終了していた可能性すらある。
 それにしても私の言葉で何をそんなに感激しているのか、私には見当もつかない。
 手を握りしてめて目をキラキラさせるエミリは、私の咄嗟に隠したものの存在には気づかなかったのか、それとも特に疑問にも思わなかったのかは分からないが、特に言及することはなかった。その代わり未だにひやひやしている私に無遠慮に近づいて、その輝く笑顔で慣れたようにすっとしゃがみ込む。

「でしたら、そんなお嬢様に朗報です!」
「ろ、朗報?」
「はい!」

 目を輝かせたエミリは興奮気味に私に目線を合わせてしゃがんでいるが、正直いつ布団カバーの中身に違和感を覚えて捲りあげられるのか気が気ではなかった。捲られたら全てが終わりである。いくらなんでもそれを誤魔化す為の言い訳は出てこない。だってさっき寝ていたって言って布団から落ちたと明言してしまったもの。
 人は一度嘘をつけば次の言葉も疑われるようになる。例え本人にそのつもりがなくても、ああこの人は嘘を吐く人なんだという認識はそう簡単には消えてくれない。例え本当のことを言っていても本当かな? と疑われるのは狼少年宜しく致し方ないことだろう。
 シンディが今まであれこれ出来た理由の一つには使用人たちから信頼を得ていることが大きい。だからこそ今回も就寝中だからという言い訳を誰一人疑わなかったわけだし、もしこれが嘘だったと分かれば次に私がそう言ってもまた嘘なのではと疑われたり、最悪両親にその話が伝わってしまうかもしれない。そうなればこれから先、何をするにもやりにくくこと必死だ。
 故にばれるわけにはいかない。絶対に。
 私はいざとなったらエミリの手を抑え込むつもりで彼女の動きを見逃さないように目を凝らせて、どうしたの? だなんて柔らかく言って微笑んだ。

「それが、実はですね……!」
「……」

 恐らくわざとなのだろう。勿体ぶるように話すエミリだが、私はそんな話の内容よりも布団の中に隠したこれを如何にして隠し通すかに全神経を注いでいた。
 が、そんな思考は次の一言で完全に蚊帳の外に追いやられることとなる。

「お嬢様が市井に行く日取りが正式に決まりました! なんと、明後日です! 明後日には町に出かけられますよ、お嬢様!」

 今度は私が目と口を見開く番だった。しかしお嬢様の誇りにかけてなんとか口だけはコンマ秒で閉じることに成功する。

 それにしても、明後日。
 おでかけの為の準備はたった今出来たところではあるが、なんともまぁ、数日前までは考えてもいなかった外出にいては早すぎる日程調整である。

 だがその話題はどうやらエミリの頭からどう考えても不自然にもっこりする布団カバーの存在を忘れ去らせてくれたようで。私はなんとか口八丁で彼女におでかけの為の服とパラソルを見繕いたいからとお使いを頼んで部屋から追い出し、隠れるようにコソコソと道具を片付けて仕上がったクリームを宝石箱の中にしまい込んだのだった。
 え? ああ宝石箱は名ばかりでこの中にはクリーム以外は何も入っていないので正式にはクリーム箱で相違ないですわね。

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