深窓の悪役令嬢

白金ひよこ

ないものかたり

 さて。前世で言えば今頃ピカピカのランドセルを背負って初めて学校に通うような年頃になったわけなのだが、そんな私は相も変わらず一日中部屋に閉じこもっていた。
 たまに部屋から出たと思えば、自室から出てすぐのところに最近新設されたシンディ専用の湯浴み場かトイレ。一度だって屋敷の玄関にすら行ったことはない。
 ここまで見事に引きこもれるなんて寧ろ凄いなと自分でも感心してしまうレベルだ。勿論、事情を知っている人間がこの場にいれば感心するところじゃないと怒る場面である。

 しかし私が前世の記憶を思い出して既に2年が経ったと思うとそこはやはり感心してしまうものもあるのではないだろうか。……まぁ勿論原作の年齢を考えるとこの先の方が長いので、まだまだ始まったばかりと言った方が正しいのかもしれないが。
 私が学園に通う時期になるまであと8年……原作スタートは9年後だ。社交界デビューも大体このくらいの時期……分かってはいたが、改めて考えると本当に長すぎて気が遠くなるな……このままでは本当に病弱な令嬢になるのでは? 心労で老けそう。ただでさえ精神年齢髙いんだから見た目だけは普通の令嬢でなくては……。

 それにしてもたかが子供の2年だというのに、本当に色んなことがあった。前世ではこのくらいの時の記憶なんて断片的にしか残ってないし、それこそ矢の如しだったし。
 私の当初の予定では、それこそ学園に通うまでずっと引き籠って箱入りお嬢様よろしく深窓の令嬢になり、誰にも会わないし話題にも上がらないから最早世間的には死んでいるのかと思われていたシンディ・トワール侯爵令嬢が病弱ながらも学園にやってきた……みたいな原作スタートを目論んでいたのに、とんだ番狂わせだ。スケジュール通りに行かないのが人の常とは言えども、最早スケジュール帳が仕事してない。ストライキとは良い度胸だ。

 勿論そうならなかった原因の半分以上が自分にあるということは理解してる。オブラットとかトリメントとか、その他諸々、やらかしたという自覚は勿論ある。
 だけどそれに拍車をかけるように横から予期していなかった援護射撃が飛んできたということも事実だ。……全くもって望んでいない援護であるそれが果たして援護射撃であるのかどうかはさておき。最早私への攻撃で相違ないだろという意見もさておき。
 少なくとも、私は目立つことなんて望んでいないし、そりゃ悪役令嬢のイメージは完全に消しておきたいので使用人との関係が良好なのは嬉しい。だが神だ仏だと拝まれるのはお門違いにも程がある。
 私が望んでいるのは生きているのかも分からないような影の薄い深窓の令嬢だ。7歳にして色んな家からお茶会の招待状が届くような令嬢では決してない。本当、どうしてこうなってしまったのか。

 そもそも7歳児なんて将来とか未来とかそんなことを自分で考えて行動するような時期じゃない。
 私だってシンディの未来があんな悲惨なものになるのだと知っていなかったら今頃全力で貴族令嬢楽しんでる。第二の人生異世界で謳歌してる。お金持ちのお嬢様という立場を許される限り乱用してこれみがよしに贅沢だってしてみたい。最終的に貴族として政略結婚させられるのなら、貴族の最大特権くらいはフル活用したい。そんな風に普通に生きたかった。
 少なくともこんなに生きるために必死にはなってない。好きな物食べて好きなことして好きなところに行きたい。やりたいことは沢山あるけど、その1割だって出来なくても構わないからこんな風に自分を押し殺して隠して隠れて生きたくはない……。

 だってもし私が今頃日本に生まれた普通の7歳児なら初めて小学校に通って初めての授業に運動会などの行事で精いっぱい楽しんでいるはずだ。まだ勉強を頑張るとかそういう時期じゃない、本当にただ純粋に遊んで、毎日を楽しく過ごしたはずだ。
 バリバリの英才教育を受けて学校終わりに机に齧りついて習い事で忙しい小学生だってここまで神経尖らせてないよ。だって学校にいる間は自由でしょ? 少なくとも体育の授業や休み時間に体動かせるし、友達がいるし、学校内は自由に動き回れるし、運動会とかの行事には出られるもの……。

「はぁ、本当、分かってはいたけど日本人として普通になんの不自由もなく過ごせたことはとてつもない幸せだったんだな……」

 失って分かる大切さよ……。
 まぁなんて言いながら貴族令嬢シンディ・トワールになってしまったことを愚痴愚痴言ってはいるが、そもそもこの世界……というか、こんな時代の貴族令嬢に前世のような自由などないのである。
 生まれた家によって決められた格。一生をその家に縛られて生きる長男、家の都合で嫁がされる娘、権利はないのに自由には生きられない次男以下。
 妻は夫の下した決断に文句を言うことは許されないし、いざという時に家の名前を背負いその咎を負うのは家長の務め。戦になれば男は戦場に駆り出され、戦に負ければ女は捕虜になる。
 どちらがいいとかそう言うのはない。勿論この時代女の肩身は狭く、前世と違って男女平等なんてないので生きづらかったことは間違いない。しかしだからといってなら男は気楽だったのかと言われるとそういうわけでもないのだ。少なくとも私の二人の兄はどちらも父に厳しく教育を受けているし、末っ子で一人娘のシンディと違って贅沢も我が儘も許されていない。
 男だろうが女だろうが、貴族に生まれれば自由なんてないようなものなのだ。

 なら平民ならば自由かというと、まぁ貴族に比べれば多少自由であるかもしれないが、当然その生活は楽ではない。
 毎日生きていくのだって大変なくらい貧しい平民の数は貴族の数倍。勿論中には普通に生活している平民もいる。だが働かずとも贅沢に暮らせる貴族とは天と地の差であることは間違いない。

 平民に生まれたけどお金があって好きに生きられるから下手な貴族よりも幸せな人生……そんな人間もまぁ、いることはいる。だがそんな人は本当にごく一部の裕福な商家のご令嬢くらいで、多くはない。
 第一そんな商家のご令嬢だって、大抵は家の利益の為の政略結婚を強いられるから自由な恋愛や結婚は出来ないし、貴族よりは自由に遊べるかもしれないが最低限の教養は学ばされるだろう。

 恋愛及び結婚については、平民なら身分違いでなければ恋愛結婚が普通だろうが、先述した通り普通の平民ではただ生きて暮らしていくだけでも楽ではない。
 どちらがいいのかは、まぁ人によるだろう。どの時代どの世界でも常に隣の芝生は青いのだ。
 王族や貴族の中には身分違いの恋や政略結婚が嫌で「いっそ平民に生まれたかった」なんて言う人もいるが、当然こんなことを抜かす人達は平民の暮らしの大変さをご存じない。
 平民だって「貴族は働きもしないのに毎日贅沢三昧」なんて抜かすが、当然その裏にある貴族としての義務なんてご存じない。貴族に生まれれば一生を貴族という鎖に縛られて生きるのだ。殺したいほど憎い相手にニコニコするなんて当たり前、時にはそんな相手に嫁いだりしなくてはいけないことすらある。
 王族にもなれば敵対している他国に嫁いで酷い扱いを受けたり、捕虜扱いにされることも、最悪戦争になって殺されることもある。

 今ここで文句を言っている私だって、じゃあ平民が良かったかと言われると即答なんて出来ない。前世に戻りたいかと言われればそりゃ即答するが、ここでの暮らしを私は体験したことがないし、便利な生活に慣れている私ではおそらくこの時代に平民として生きていくことは普通の平民よりも苦労することだろう。主に精神面で。
 分かっていても冷たい水に手をつけて洗濯をする度にボタン一つで全てのお仕事をしてくれる洗濯機様を思い浮かべるだろうし、手紙を書く度に電話が来いと思うし、何か知りたいことがある度に図書室に足を運ばなければならないことを考えるとネットのないこの時代を毎日恨めしく思うだろうことは想像に難くない。
 そして多分私は井戸でめげる。間違いないね。

 まぁ何が言いたいのかって、この世界に生まれ変わった以上、前世の私が使っていたおさがりの物差しでは何一つ計れないと言うことだ。郷に入っては郷に従え。どの道どれだけ足掻こうが元の世界に戻れるわけでもないのだ。今まで全ての生物がそうしてきたように、適応して順応しなければ、生きてはいけない。
 私は紅葉みたいな小さな手を広げ、それを強く握って拳を震わせた。
 ないものを嘆いていても仕方が無い。今ここで、出来ることを、精一杯しなくては……。

「お嬢様、失礼して宜しいでしょうか」
「ええ。入って頂戴」

 個性的なノックと共に聞こえた声に、私は握りしめていた拳をゆっくりと開き、膝の上に乗せたままで内容なんて全く頭に入れる気のなかった本に視線を落とした。
 すると私の返事の後に、ゆっくりと開かれた扉。そこからはいつものメイドの姿ではなく、カトラリーの乗った燭台が覗いていた。

「お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
「今すぐに準備致しますね」

 そう言って微笑みお茶の準備をしてくれるエミリを横目に、そう言えばこうして当たり前のように毎日のティータイムがあることも幸せの一つだよなぁと思った。当然平民では考えられない贅沢である。
 仮病を使ってから暫くはこんな時間も取り上げられていた。体に悪いと思われていたからだ。
 しかし医者が言うには、心の休息も立派な養生。体に悪いものでないのなら寧ろ取るべき、ということで一日に一回こうして皆と同じようにティータイムを取ることが許されたのだった。
 そんな私のティータイムには甘いお菓子も砂糖やミルクの入った紅茶もないが、体にいいと良いと父がわざわざ海外から取り寄せた飲み物などを飲みながら無糖のクッキーやナッツを摘まむことは出来る。……それまでは毎日三食の質素なご飯と寝る前の白湯しか許されなかったからね。これでも大きな進歩だよ。本当、何度侯爵令嬢じゃなくて修行僧に転生したんだっけかと思ったことか。

「お嬢様、お待たせいたしました」
「ありがとうエミリ」

 さて、本日はどうやら蜂蜜入りの生姜湯と無糖ドライフルーツのようだ。前世ではきっと自ら食べようとは思えなかったものが、こんなにも嬉しく、美味しく、幸せに感じるようになるとは……抑圧された要求って凄いんだなぁ……。
 なんてことを思いながら惜しげもなく幸せな表情で生姜湯に口をつけていたからか。部屋を出ようと準備をしていたエミリがこちらを見て小さく声をかけた。

「ふふ、お嬢様、なんだか最近元気になられましたね」
「……え? そ、そう見える……?」
「はい! 私がお嬢様にお仕えしたばかりの頃は、碌にお食事も召し上がらず、常にベッドの上で本を読んでいらっしゃったので……こうして、毎日お茶を召し上がれるようになるなんて思いもしませんでした」
「……」

 それは、そうだろう。何故ならその時私は全力で仮病を演じていた時だったのだから。
 何事も初めが肝心だと思い、最初の一年は本当にベッドと結婚するんじゃないかってくらい一日の殆どをベッドの上で過ごした。しかしそれは全部"シンディ・トワールはベッドから起き上がれないほど病弱である"と周りに認識してもらいたかったから。
 それから一年が経ち、マダム・アンバーが家に訪れるようになってからは少しずつベッドから起き上がり、部屋の中なら歩いて移動するようになった。……ように見せた。だからこそトリメントの自作も出来るようになったわけだけど、確かに……原作が来るまでまだ9年もあるのにこんなに回復してしまったら……社交界デビューまでには健康になる、なんて思われてしまう可能性も……?

(それは考えてなかった……!)

 本当にベッドからは一歩も出られないとかだとこの先何も出来ないと思って、一応私を診てくれている医者のこともあるし、第一関門である病弱アピールが周りに認知されるということに成功したからと、少しは回復したくらいの演技をしたのは気が早かったか。
 かといって今更「実は無理をしていただけで本当はベッドから起き上がるのも辛かったんですよ」は無理があるし、本当に部屋から一歩も出してもらえなくなるのも困る。
 理想は「ちょっと出歩いたり何かするくらいなら平気だけど無理したり慣れないことをすると倒れるから気をつけていないといけない」くらいの認識をしてもらうことだ。それなら何か会った時動きやすいが、無理にお茶会やパーティーなどに連れていかれることはないだろう。
 そう、今はまだ7歳。原作までは9年、この世界で生きてきた年数よりも多い時間が私にはある……。
 だがシナリオ通りなら、3年後にはシンディと王太子ハロルドとの婚約が決まってしまうはず。それを回避するべく仮病という手を選んだのだから、まずはなんとしても婚約をそもそもしないというルートに持っていかなければ……!

 シナリオ通りなら私の婚約者になるハロルド・アルタイルは、我がラヴァンティラ王国の第一王子。その王位継承権は第一位だ。その婚約者ということは、つまりは未来の王太子妃。ゆくゆくは王妃になる可能性が高い。
 そうなれば当然、将来的に国の母になるやもしれない娘である。家柄は勿論、品格やマナーなど、全てにおいて完璧でなければいけない。そういう教育がされるし、そういうのに耐えられる娘が選ばれる――が、実の所、そこには国の裏のあれこれが関わってくる。

 つまり家柄や王宮での地位などで、そうではない娘でも選ばれる可能性はあるということ。まさにあの我が儘お嬢様を絵に描いたような悪役令嬢、シンディ・トワール侯爵令嬢がその例である。
 家柄と整った容姿さえあれば、ぶっちゃけどうにでもなる。何故なら婚約の話があがる10歳なんて、社交界デビューもまだの為に分かるのは姿絵で見ることのできる容姿と、あとは盛りに盛られた娘を溺愛する父からの真実とは言い難い言葉のみ。
 見定めるべきの教養も、たかが10歳そこらの令嬢ではまだ周りに比べてどのくらいかなど、よっぽど上か下に抜きんでていなければ分からないものである。

 そもそも前提として、王太子妃として申し分ない令嬢を10歳そこらの令嬢たちの中から見つける、なんてことは結論から言って無理に決まっているのだ。
 16歳で社交界デビューをする貴族たちの殆どは、社交場で婚約者や結婚相手を自ら見つけるわけなのだが、我が侯爵家や王族を筆頭に家格の高い家は実はそうではないことの方が多い。
 家柄が高すぎるとそれに釣り合う家柄が少なくなるからだ。特に侯爵家ほどにもなると、同じ侯爵家はそう多くないし、可愛い娘を実家より低い家に嫁がせたい親よりはそうでない親の方が多いだろうし。
 つまり社交場に行ったとて、釣り合うような相手と巡り合える可能性の方が低いのだ。故に、親が相手を見極めて親同士で話をまとめてしまう。同じ理由で、王族も同じく。
 そのため、特に何も問題がなければ早い段階で、それこそ10歳そこらで婚約者を決められることは決して珍しい話ではない。まぁ勿論これは家長に可愛がられている娘や、その家を継ぐことになる長男に限る話かもしれないが。
 だが少なくともシナリオ通りならシンディはそうであったし、実際にトワール侯爵家の次期当主であるアルお兄様は既に婚約済みだ。

 まぁアルお兄様の場合は社交界デビューを前にしてその秀才っぷりが知れ渡った上、母上似の優しさに溢れた王子様顔が噂になり、11歳にして是非私の娘をと婚約を持ちかける家が殺到したため、このままデビューすればご令嬢方に囲まれること間違いなしだと早い段階で判断したお兄様が自らお見合いを申し出て決めたことではあるのだが。
 本当、私が人生二度目だからだとするとアルお兄様は普通に凄すぎるよね……11歳の時点でファンクラブが出来るって何事なの?
 因みに、そんな事態になって著しく機嫌を損ねた次男のニックに暫く八つ当たりをされたのはここだけの話だ。病弱でベッドに篭っている妹に嫌味を言いにくる暇があるならもっと勉強しろと言わなかった私を誰か褒めて欲しい。

 とまぁ色々紆余曲折してしまったが、つまり何が言いたいのかと言うと、シンディが王太子の婚約者として選ばれた理由がそんな曖昧でふわふわしたものなら、病弱であるという理由で選ばれないというのは中々理にかなった法則だと思うと言うことだ。……まぁだからわざわざ仮病を使ってまでぶっ倒れたわけなのだが。
 通常の生活さえままならないような病弱な娘を、わざわざ未来の王太子妃に選ぶメリットは何もない。もし王太子妃になり、ゆくゆく王妃になるとするのならそこには時代の王子――後継ぎを産むと言う逃れられない使命が待っている。
 つまり、王太子妃として選ばれる令嬢に最も重要なのは家柄ではない。暗黙の了解故に敢えて言われてこなかっただけで、王太子妃になるための第一関門は「健康な体」なのだ。整った容姿の娘を選ぶのも結局は後継ぎであり後に国王になる人物は見目麗しい方が何かと都合が良いため。しかしこれは絶対条件ではない。

 故に私はその絶対条件を覆す。幼少期に体が弱くなり、5年経っても家からも出られないような病弱な娘。一体どこの国の誰が王太子との婚約を持って来る?
 例え途中で仮病がばれることになろうと、何が何でもあと3年。10歳の時点で私が死ぬほど虚弱な娘であると言う事実――いや明確には事実ではないので虚実――は覆させるわけにはいかない。

 その為には一にも二にもとにかく仮病である。
 最近私の体調が良いと喜んでいた母や、自分の治療は間違っていなかったと手を叩いていた医者には悪いが、これは、今夜にでも一度盛大にぶっ倒れる必要があるかもしれない……。

 そう思いたったはいいものの、いきなり倒れるくらいでは説得力に欠けるかもしれない。
 私は取りあえず開いていた本を閉じ、私の様子を伺っているエミリをゆっくりと見上げて少しだけ掠れた声で咳混じりに声をかけた。

「あのねエミリ。それなんだけど、私、実は最近なんだか体の調子が――」
「この調子でしたら旦那様のおっしゃっていた通り、一度くらいは町の様子を見に行っても問題ないかもしれませんねぇ」
「とっても良いんですの」

 いつもの演技宜しく一瞬で顔色を青くして呼吸を早めようとした矢先。聞こえて来た単語に私はすぐさま血の色を戻し、きりっとして前を向いた。
 発言してから2秒でいくらなんでも早計過ぎたのではと反省したが、後悔はしていない。……数日後するかもしれないが、それも致し方ないのではないだろうか。
 なんせ前世で知識として知っていたとはいえ、転生してからも本では知っていたとはいえ、まだ一度もこの目では見たことのない異世界。
 胸を弾ませるなと言う方が、まぁ無理である。

「ほ、本当にお父様がそうおっしゃったの……?!」
「はい! 勿論、お嬢様のお体の調子を見て馬車で……半刻程度、ということでしたけど」
「それでも、それでも全然構いませんわ! だって私、家から出るのも、初めてなんですもの!」
「そうですよねぇ。ふふ、ですから是非、元気になってくださいね」
「ええ! ああ、楽しみですわ……!」

 この時の私をエミリは「あんなに嬉しそうなお嬢様は初めて見ました。本当に元気におなりになって喜ばしいことです」なんて他の使用人たちに話していたらしいが、心の中で私が「まぁ町を見て少し満足してからぶっ倒れても遅くはないだろう」なんて恐ろしいことを考えていたということは、当然私だけが知っていればいい事実である。

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