恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽

SS・ありふれた夜の話

少し、哀しい夢をみたーーー

ような気がする。目が覚めた時には、忘れてしまっていたけれど。

ぼんやりと薄暗い天井を見つめながら思い出そうとしてみても、雲を掴むように曖昧で断片的にさえ浮かんでこない
ただ漠然と哀しい気分だけが残るのもーーーなかなかに、つらいもので。

「なんだったっけ……」

小さく呟いた湊人は、そっと身体を起こしベッドから抜け出ようとした
その瞬間、ガシッと強く掴まれた腕
驚いて振り返れば、乱れた前髪の隙間から眠そうな瞳がそれでも強く射抜くようにまっすぐ見つめていて

「どこ行くの……」

掠れた声で寝起きだということがわかる
起きていたわけじゃなくて、たった今目覚めたようだ

「悠、ごめん。起こした?」
「ねぇ、どこ行くの?」
「水飲みに行こうと」

答えた湊人を強く引き寄せて唇を重ねる悠
驚く湊人の隙をついて口内に舌を差し入れると、執拗に舌を絡め深いキスを続けた。
抵抗もできず甘い声を洩らしながら受け入れていた湊人だが、ようやく唇が離れた瞬間、乱れた呼吸のまま悠の頰を両手でつねり見下ろす

「も、なに、急に……!」
「ひたひ」
「起こしたのは悪かったけど、大人しく寝てて!」

まったく、と怒りながら身体を起こしベッドから降りようとするが、今度は後ろから回された腕にぎゅっと腰を抱き締められて身動きが取れない

「もー!悠!」
「充分潤ったんじゃない?」
「そういう問題じゃない!」
「行かないでよ、湊人」
「そんなこと言ったって……だって喉渇いたし」
「じゃあ俺が取ってくる」

腰から背中、うなじへと口付けながら起き上がった悠がベッドを降りようとするので、湊人は精一杯の力で引き止めた。

「水くらい自分で飲みに行く!」
「いいから。湊人はここにいて」
「もう……なんでそんな……」

呆れたように呟く湊人を置いて、さっさとキッチンへ行き冷蔵庫からペットボトルを取り出す悠
寝室へ戻ってきたら、薄明かりの中ベッドに腰掛けた恋人の顔はものすごく不満げだった。

「はい」
「……ありがと」
「怒ってんの?」
「あのな、悠。優しさと甘やかしは違うんだよ」
「今のは甘やかし?」
「そう。俺には脚があるんだから、そのくらい自分で行けます!」

ほら、と綺麗な脚をブラブラさせる湊人はなにもわかっていない
その脚があるからーーー怖いのに。
今のは優しさでも甘やかしでもなんでもない
ただ、俺自身のための行為なんだよ

「その脚がそのまま玄関に行きそうだから」
「……?どういう意味?」
「そのままいなくなっちゃいそうで、怖い」

隣に腰を下ろし、ぽつりと呟いた本心
そっと見やれば「信じられない」という顔で見つめてくる湊人に思わず苦笑すると、眉を寄せた湊人が口を開いた。

「どうしてそんなこと言うの?」
「怒った?」
「怒ってない……けど、俺なにか不安にさせるようなことした?」
「ううん。ただ、好きすぎるだけ」

そう言ってふわりと抱き締める悠に、湊人が小さく嘆息する

セフレとして始まって、セフレとして終わって
離れた俺を悠が見つけ出してくれて
恋人としてもう1度始めてから、もうどれくらい経っただろう

幸せすぎる毎日に、湊人自身理由もなく不安になったり怖くなったりすることがあるからーーー怒ることもできない
それでも、悠にそんな想いをさせるのは嫌だ

「悠……好きだよ」
「うん」
「さっきね、哀しい夢をみたんだ」
「どんな?」
「わからない……でも、すごく哀しい夢」
「だから声が寂しそうだったの」

普段は特別眠りが浅いわけではない悠
けれど湊人と寝るときは本能で感じ取るのか、湊人の微かな動きや声で目覚めたりする
さっきも湊人の呟いた声が聴こえたから覚醒したのだけれど、言葉の意味はわからなかった。
ただーーー声が少し寂しそうで

「湊人、まだ哀しい?」
「ふふ、悠のおかげで全部忘れた。哀しい気分も」
「そう?」
「うん」

だから悠も、不安な気持ちを忘れてーーーと続けたかった湊人
しかしその言葉は、しっとりと重なった唇に吸い込まれて
舌を吸い唇を食み頰から耳へと伝った悠の唇が、熱い吐息を零す

あぁ、そうか
きっと哀しい夢の内容は、悠と離れていた時の記憶かもしれない
でも今はこうして隣に居てくれるから思い出せないんだ
思い出す暇もないくらいーーーいつもこうして愛を伝えてくれるから

「悠……」
「ねぇ、湊人」
「ん?」
「哀しい夢の続きをみないように」
「ように……?」
「寝かせない、って言ったら怒る?」

と言いながらもふわりとベッドに沈め覆い被さってくる悠は、答えを聞く気もないようだ

さっきも散々したのに、とか
怒るって言ったらどうするの、とか
そんな軽口を叩きたくもなるけれど……繰り返されるキスがあまりにも優しくて、甘いから

湊人は小さく笑って首を振ると、みずから腕を回し愛しい人を抱き寄せた。

そんな、ありふれた夜の話ーーー

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