恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽

5:デート【映画】


ぶらぶらと歩き着いた映画館はとても混み合っていて、チケット購入列に並んでいる間にも話題作はどんどん満席になっていってしまう

「あっ!あれも終わっちゃった!どうすんの……映画観たかったんなら券くらい用意しといてよ」
「いいじゃんなんでも。あっほら、あれはどう?すごく空いてるみたいだし」

湊人が指差した映画はタイトルも聞いたことなくて、キャストもまったく知らないマイナーな洋画だった。
看板を見る限りでは、ラブコメみたい
ってかこの状況でまだまだ空いてるっていう時点でヤバいでしょどう考えても。

「うわ〜絶対おもしろくなさそう」
「いいからあれにしよう!決定!じゃあ悠はポップコーンとドリンク買っといて。俺烏龍茶」
「え、券は?」
「俺が買っとくよ。ほら早く」

背中を押されて列から抜けさせられる。
まぁ確かに二手に分かれたほうがいいか……
すぐ近くのフード列はたいしたことなかったから、すぐ順番が回ってきた。

「ウーロン茶とコーラとポップコー」
「悠!」

振り向くと、まだ並んでいる湊人が笑顔で手を振りながら言う

「キャラメル!キャラメル!!」
「塩でお願いします」
「悠!バカっ!!」
「よく聞こえたな……」

気付いたら、俺たちのやりとりに店員が笑ってた。

「あ、すみません。えっと、仲良いですね」

クスクス笑う店員の言葉に思わず顔が熱くなる……なにやってんだか、ほんと。

「……キャラメルで」

俺はかろうじてそれだけ言うと、急いで受け取って列から離れた。
少しして、チケットを手にした湊人が歩いてくる

「お待たせ〜」

言いながら俺が持つポップコーンを一つ口に入れた途端に、パァっと浮かぶ笑顔ーーーこどもか

「おいし〜やっぱキャラメル最高!」

まるで花が咲いたみたいな笑顔だな

「塩の方がうまいでしょ」

歩きながら言うと、湊人が隣から顔を覗き込んでくる

「悠はキャラメル味嫌いなのか?」
「食べたことない。激甘でしょ?胸焼けしそう」
「そんなことないよ。はい」 

湊人が俺の手元からまた1つつまんで、俺に差し出してくる

「いいよ」
「大丈夫。おいしいから」
「なにそれ」

しつこくポップコーンを俺の唇へ押し付けようとする湊人。本当にこどもみたいだな。
俺は前を向いたまま軽く笑った。

「口移しなら食べるけど?」
「……」

湊人が小さく嘆息してスッと手を引っ込める
予想通りの反応に笑っていたら

「悠」
「ん?」

隣を見やって、俺は思わず息をのんだ。
湊人が「んっ」と言いながら、ポップコーンをくわえた唇を突き出している

「バカじゃないの!?」

前を向いて歩き出した俺ーーー別に照れてるとかじゃない
ただかっこわるいから……人もさっきのところと比べたらだいぶ減ったけど、いるっちゃいるし。
でも湊人は俺の二の腕を掴み軽く引っ張ってくる
チラっと見れば、まだくわえたまま真っ直ぐ見つめてきていた。
これ、俺が食うまでやめない気……?
ほんとなんなの?変なとこ積極的だよね。
さっき外だからってハグも止めようとしてたのはダレ

「……わかったよ」

大袈裟にため息をついて、俺は湊人の後頭部に手を添えた。
周りからの視線を感じながらも、グイッと顔を近付ける
ポップコーンをくわえとる瞬間、ほんの少し唇が触れた。
甘く柔らかい感触ーーー久しぶりだ
ヤバい……止まらなくなる

思わず添えた手で湊人の頭をさらに引き寄せようとした時、周りの小さなざわめきが耳に入った。
慌てて顔を離し歩き出す
マジで……恥ずかしい……
人前でのキスなんて慣れてるけど、だいたいがクラブか夜の街だしーーーこんな普通の場所、ありえない

「うまいだろ?」

微笑みながら聞いてくる湊人は、普通の顔してるけど……耳がすごく赤い
気付いた途端に俺まで顔が熱くなるのを感じる

「……甘い」

小さく呟くと湊人が声を上げて笑った。
その笑い声と、まだ熱い唇がーーー俺を惑わせるんだ


* * * * *


たくさんあるスクリーンの中でも多分1番小さなところなのに、10分前になってもまだまだ空席だらけ
どんだけ人気ないんだよこの映画
それなのに

「湊人」
「ん?」
「なんでこんな後ろなの?」

湊人がとった席は最後列のど真ん中
狭いから見えにくいってわけじゃないけど……

「どうせこんな空いてんだし、もっと前に行かない?」
「ここで良い」

湊人がスクリーンを見つめたまま言う
なんか湊人ってこんな……自己主張強かったっけ?
いつも“言いなり”ってわけじゃないけど、基本的に俺の思う通りにさせてくれていた(セックスの時ってことだけど)
でも今、その横顔はやけに頑なでーーー

「なんで?」
「なんでも」

即答する湊人
俺はふと思いついて指を立てた。

「当ててみせようか」

眉を上げて俺を見る湊人に顔を寄せ、耳元で低く囁く

「ここで、抱いてほしいんだ」
「おまえはほんとに……っ」

湊人が真っ赤な顔で俺を叩こうとした時、映画が始まった。
眉間にシワを寄せたままスクリーンに顔を向ける湊人
初々しいリアクションだな
いつももっと恥ずかしいことしてんのに。
多分俺達って雰囲気に流されやすいんだ
あと、お互いデート自体に慣れてないせいーーーって、慣れてないのは俺だけか

一瞬、あの夜の湊人が頭をよぎった。
俺の見たことない笑顔で、俺の知らない男と寄り添って歩いていく湊人

キュッと胸の奥が痛んだ気がして、俺は慌てて映画に集中した。
なんでかわからないけどもう、思い出したくもないから……

始まったマイナー映画は、予想以上に面白かった。
全体的にメチャクチャでドタバタなコメディだけど、そのバカバカしさに思わず吹き出してしまう
そのうえ隣で湊人があの笑い声をあげるもんだからたまらない
こんなに笑ったの、久しぶりかも

映画が終盤に差し掛かった頃、俺は湊人の笑い声が止まったことに気付いた。
まさか寝てんじゃないよね……
チラリと隣を見てーーーそのまま固まってしまう

なんなの
なんで泣いてんの……

スクリーンの光に照らされた湊人
その頬に光る幾筋もの涙の跡
見ている間にも、新しい涙の粒がその上を伝っていく

俺は、自分でも驚くほどに動揺した。

まじで意味がわからない
さっきまでバカ笑いしてたじゃん
泣くようなシーンなんて、なかったでしょ

湊人は俺が見ていることにも気付いていない
眉をしかめたり、唇を噛みしめたりもしない
ただ
スクリーンを見つめる瞳から、止めどなく涙が零れていく

やめろよ
そんな顔しないで
完全に無表情だけど、いや、完全に無表情だからこそ……胸が締め付けられる
いつも笑ったり怒ったり照れたり、表情豊かで
セックスの時に泣かせたことは何度もあるけど、こんな顔は初めてだった。

笑いすぎて零れる涙とは違う
映画を観て零れる涙とも、違う
俺にわかるのはそこまでだ
湊人みたいに、簡単に当てられないんだよ
泣いてる理由がわからなきゃ、どうしようもないだろ?

でも
どうにかしたい

そう思った時にはもう、手を伸ばしていた。
手の甲でグイッと頬の雫を拭う

「!!」

驚いた湊人が俺の方へ顔を向けた。
その拍子に、また涙がぽろりと零れ落ちる
俺は無言のまま湊人の右頬に左手を添えて、親指で涙を拭った。
その間に左頬を涙が伝う
右手も添えて拭う
湊人がまばたきした瞬間にまた零れる
両手で包み込むように拭う
また、零れるーーー

ねぇ
零れた涙は何度でも、拭うよ
でも
涙を止めるにはどうしたらいい?

俺は、泣き続ける湊人の唇にキスをした。
できるだけ優しく、できるだけ甘く
そうすることで泣き止むなんて……思ったわけじゃなくて
ただ、見ていられなかったんだ
湊人の涙の前でーーー俺は、あまりに無力で
他にどうすることも出来なかったんだ

そのまま俺たちは、エンドロールが終わるまで何度も何度も繰り返しーーー唇を重ね合わせていた。


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