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ウクライナ危機!釈尊の戦争・平和観を考える

樺山 輝一

釈尊 10

 「先生、最近テレビからの報道で、よく、報復という言葉を耳にします。あまり日常の日本では聞き慣れない言葉だと思いますが、仏典にはあるのでしょうか」
 「私の読んだ原始仏典にはないです。釈尊を嫌っていたバラモンが釈尊に無礼な悪口を浴びせたとき、釈尊は対話します。『バラモンよ、君のところに友人や親戚のものが、客としてやって来ることがあるだろうか』『もちろん、あるとも。ゴータマよ』『バラモンよ、君はそのときおいしい食物などで彼らをもてなすだろうか』『そのとおりだ。時にはもてなすさ』『バラモンよ、そのとき、彼らが食事を受けなければ、それはだれのものとなるだろうか』『ゴータマよ、客人たちが食事を受けなければ、それは主人のものになるにきまっている』釈尊は、怒ったバラモンのこのようなことばを聞いたのちに、次のように答えた。『バラモンよ、このように君は私に罵詈雑言をあびせかけ、私を非難しているが、私は君の罵詈雑言を受けとらない。だから、バラモンよ、悪口は君にもどり、悪口は君のものだ』そして、詩句をときます。『怒りなく、身心を制御し、正しく生活し、智慧をもって解脱し、寂静(じゃくじょう)となっているものに、どうして怒りがおこってくるどろうか。怒りにたいして怒りかえすことは、さらによくないことだ。怒りにたいして怒りかえさないならば、二つの勝利がある。他人の怒っているのを知って怒ることなく、自身を静めるものは、自分と他人の双方を益するからである』と。(「ブッタとその弟子89の物語」)仏教は非暴力です。言論戦では不惜身命で戦いますが、暴力では戦わないのです。報復ということばはないのではないでしょうか」

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