Imaginary Online

「S」

クエスト10:『Fragment Seeker』

――酒場:《ハウント》。


ここでは、案の定の二人の会話がいつも通り繰り広げられていた。

そう、いつも通り……。

「あ~あぁ……」

「……」

「あ~あぁ……っ!」

「うるさい」

「はぁ……」

「まだ言うか……」

「だってよー……」

突っ伏して、項垂れているマサ。その理由は明白だった。

あのデュエルから二週間。マサはずっとこの状態。

原因は、あのデュエル後にまで遡る。

デュエルに勝利し、引き抜かれ奪われたマサのギルドメンバーを救出し、酒場にて祝勝会をしていた時の事。

イフはマサにギルドメンバーを紹介されていた。


副団長『純白の《アイス》』ことしんかわひょう

艶のある白髪に黒縁の眼鏡を掛けた、白色に黄色いラインの入ったコートや銀色のアーマーを着けた装備で、男性アバターにしてリアルでも男。
片手剣装備の氷・光属性の盾使いなのだが、素早さに長けている。見かけ通り名前通りの落ち着きっぷりと冷静さは、ブルーノと同等かそれ以上。
なのに、年齢はイフたちの一個下で16歳という、これほど詐欺な話はない。
imvは4800。


筋肉会社員、『緑炎の《マルス》』こともりやましんろう

黒色の髪に緑色の兜無鎧系防具の槍使いで、男性アバターにしてリアルでも男。
この前見かけた《ヨロイ》と同様に筋肉質なアバターで、それはリアルでも大差はないと言う。
明るいマッスラーな彼の年齢は27歳。この筋肉質な体系と熱さは、あの《Battler's》が認めるほどのもので、一ギルドの大黒柱だという。
ちなみに、『緑炎』の由来は、爽やかな笑顔を振り撒くわりに、見た目通りの熱血さと火・水・土・風などの自然属性を使うからだそうだ。
imvは3600。


厨二病を拗らせた高校1年生、『毒蛇の《オロチ》』ことがみりゅう

赤髪に紫色の兜無鎧系防具で大剣使い、男性アバターでリアルでも男。
持っている大剣はどうやら毒・闇属性の蛇をモチーフにしたもので、青銅(ブロンズ)色をしているのだが、イフにはそれが何かあるように見えた。
持ち主に対しては厨二病ということもあり、ブラフ・ハッタリが多く、無視されると内心焦りを浮かべるという若干弱気な、それでいて自信過剰な性格で、イフはそれをからかいがあるなと秘かに面白味を感じただけだった。
imvは3500。


小柄な暗殺者、『自称忍者月影』ことはなさきつく

黒髪のポニーテールに軽装で、日本刀や太刀などを使い、女性アバターでリアルでも女性。
この世界にジョブシステムは存在しないのだが、寡黙で生粋の忍者オタクのようで、洋のオロチとは反対の和のテイストが入った厨二病を患っているようだった。
忍者故に、スキルもそれに応じたものを会得しており、誰にも正体を知られないよう徹底している。
クールビューティーから放たれる印象故に、照れた時の具合によって変化する誤魔化しの仕草がギャップにより可愛いらしく、こちらもからかい買いがあるなと思ったイフだった……のだが、年齢はイフたちよりも上の20歳前半の大学生らしく、より一層からかうことを前提とした意識を確定へと変えたイフだった。
imvは4600。


優しき心の広さは大海、『ニードル《イッカク》』ことみちゆき
《かい》

赤みがかった茶髪に紅白の兜無鎧系防具で白きマントを身に纏い、水・雷系のランスや槍を使い、男性アバターでリアルでも男性。
マルスと同じで会社員なのだが、とにかく優しい。笑みを絶やさず、いつもニコニコしていて落ち着いている。善良な『THE・大人』という空気が漏れているというのか。
目が細めで閉じたようにしか見えないのだが、本人は十分に見えているそう。
イッカクが目を開いた時とはどんな時なのかイフが聞いてみれば、彼自身は『強いて言うならば怒ったとき』と答えてはくれたのだが、そのことに周りの空気は一瞬硬直し、疑問符を浮かべるイフだった。
imvは3500。


冷たくも爽やかな春風を漂わせる青年、『ひょうしゅんの《風来ふうらい》』こと松風まつかぜ吹雪ふぶき

黒髪にローブを着飾った軽装で盾使い、男性アバターでリアルでも男性。
装備された服装には、風・雷属性が、武器には氷属性が備わっており、それぞれマサとアイスを見習ったものらしい。
実力も申し分なく、向上心があり、見習っているからなのか、デフォルトなのか、どうやらモテるところも同じらしいのだが、本人は謙遜しており、そういうことに関しては無頓着のようだった。
アマチュアの漫画家兼大学1年生の19歳で、イッカクと同様、今度は『THE・モテ男』という感じなのだが、イフにとっては気にするほどのことでもなかった。
imvは4500。


心密かに恋する乙女、『癒しの女神・《レイン》』ことみずたにそら

水色の髪に軽装で水・風属性の短剣やメイス、レイピアなどを使う、女性アバターのリアルでも女性。
主に状況を確認したり、仲間がピンチになったときに回復系のアイテムを使用するなどのヒーラー的存在。
大学一年生の19歳で、将来の夢は社長秘書。
純粋で、周りの言うところでは、彼女には好きな人がいるらしく、それを彼女は周りには気づかれていないと思っているらしい。ほんとバレバレだそうなので、ここで言わなくとも必ず知ることになるだろうと念押しをされるイフだった。
imvは4000。


戦場に吹くそよ風、『日天ソレイユの《リン》』ことづきすず

色鮮やかな黄緑色の髪にグラデーションの軽装で風属性の短剣やメイス、レイピアなどを使う、女性アバターの女の子。
笑顔が素敵で、その天真爛漫な純情可憐さに誰もが魅了され、戦場に立てばその空気は一変する。そよ風のような癒しを与え、勝利を迎えた頃にはお日様のような光が射す……らしい。
どうやら魅了される者は、リンの漂わせる印象、涼し気な爽快さと、太陽のように晴れやかな笑顔にやられるようだった。
そしてリンは、それをわざとやっているようで、気づいている者もいるようだが、気づいていないのが大半で、その一人にマサがいるのだが、それはただ単にマサが鈍感というだけだった。
そのことにイフは、『魔性の女とはこの子のようなことを言うのではないか』と思いながら、リンの背後に見えなくもない小悪魔のような羽と尻尾を眺めていた。
しかも、年齢は一つ年下の16歳で、女子高生に少しばかりの恐怖を覚えたイフだった。
imvは4000。


呑気=冷静さ、『炎魔の《ジャック》』こと本名不明の有名音楽家。

赤髪に紫のローブを羽織った軽装で武器は炎属性なら何でも使える、男性アバターの男性。
呑気でいつも寝転がっては昼寝をしているそうで、けれども仲間の会話は全部聞いているという不思議な人。戦闘になれば、女性陣二人と後方にて待機しているのだが、いざとなったら頼れる年長29歳。
リアルでは、有名な音楽家として活躍しており、テレビやラジオにも出演しているそうなのだが、芸名も本名も教えてはくれない。
ただいつかは、芸名は教えてくれるそうで、年長のジャックを皆は親しみを込めて『マスター』と呼んでいる。
imvは6500。


イフがマサの仲間メンバー紹介でわかったのは、仲間全員に(一部を除いて)通り名があるということ。

自分の周りには、何故か兜無鎧系防具の奴等が多いということ。


何より――、


多属性使いが多く、imvが現在のマサに匹敵するほど高いということだった。


――そして、


一通りの紹介を経て、皆のテンションが最高潮なまでに昇り、まるで今まで溜め込んでいた鬱憤やストレス、やっと再会できたこと、やっと皆と居れるようになったことが溢れ出てきたのか昂っていた。

その日の夜は酒場を貸し切り、皆で楽しく乾杯の音頭を取り、出される食事に目を輝かせ、顔を久しく見合わせた仲間と和気藹々と騒々しく笑い合った。


――けれど、


その中で一人、視界に広がる光景に自然と笑みを浮かべるも、皆と同じ感情が湧き出ることのないイフだけは、どこか寂し気で、どこか取り残された気分でいた。

だからずっと、隅の方で眺めるように微笑んでいた。

そういうことが嫌いなわけじゃなく、ただ場違いなのだと、ただこうして彼等を眺めていることが自分にふさわしいのだと、だって自分は彼等の仲間でもなく、延いてはこの戦いで自分は何もしていないからと、有り余る理由を持て余していたから。


――でも、


そんな時に、二人は自然と声を掛ける。

彼等の仲間じゃないからなのか、自分も同じだと同情してくれているのか、ただひたすらに自分を好いてくれているからなのか、その理由はわからない。

けれども二人は、隅にいるイフの肩にポンッと手を乗せ笑い合う。

「こっち来いよイフ~」

隅にいる三人をお得意の笑顔で呼びかけるマサ。

それと同様に周りも笑みを浮かべて歓迎する。

仲間のために全てを賭け、赤の他人である自分にも優しく接してくれる。ここは本当に良いギルドだなと、イフがそう思っていれば、

「さ、イフ。俺たちも行くぞ?」

「せっかくの祝勝会なんですから。楽しまないと、ね?」

背中を押すようにポンッと叩くブルーノとリリィ。

ただそんなことは言っておらず、押されただけで、ただ笑みを浮かべられただけなのに、そう言われたような気がした。

だからそっと立ち上がり、その言葉に甘える。打ち解け、徐々に会話を弾ませながら、貴重な時間を過ごしていく。


自分もいつか、こんな仲間を持てたらなと、そんなちっぽけな願いを乗せて――。


回想を終え、フレンドリストを眺めながら微笑するイフ。

そこにはマサとブルーノ、その下に《救世屋(メサイヤ)》全員の名前がある。


――ただ、


視線を目の前に突っ伏して今にも魂が抜けそうなマサへと戻す。

そして少しばかり、複雑な心境を抱きながら、また回想する。


問題はあの後にあったのだ、と――。


騒ぎ疲れ、気分が少しばかり落ち着いた頃、今度はマサがメンバーを眺めていたのだが、そこでひっそりと話しかける副団長:《アイス》の姿があった。

「えっ……」

驚き気味に声を漏らしたマサ。

それを横目に眺めていたイフなのだが、後から聞いた話によれば、アイスがギルドを休みたいとのことだった。

そのわけをマサが問えば、当分の間ソロに挑戦したいとのことで、マサも少しばかり沈黙したものの「わかった」と答えていた。

このギルド内では、仲間の意見を尊重するらしく、加入・脱退などは自由というもの。

そのためマサは、そのことに対し意見を曲げることなく順守している。

仲間はクエスト攻略の道具ではない。ギルドの印象を良くするための飾りでもない。それをマサはきちんとわかっている。

相手を思いやること。それは極当たり前のことなのだが、本当は凄く難しい。

何故なら大抵、そこに自己中心的な感情が混ざっているのが人という存在。

だがマサにはそれがない。ただひたすらに相手を自分のことのように尊重する。優しさを押し付け強要することもなく、こちらへと引き付ける善良な優しさ。

だからこんなにも恵まれた仲間に出逢える。そういう星のもとに生まれた、素晴らしき人徳。


――なのだが、


その日そこであったのは、それだけではなく、他のメンバーも全員、それぞれがこっそりとマサに近づいて二人だけの会話をしている。

その度にイフは、マサの顔から正気が失われて行っている気がした。


そしてその日の最後、次の週の休日に皆でボス攻略に行こうという話になり、マサはいつも通りの笑顔を浮かべて「おう!」と返事をしていた。

それを誰もが、偽りで染められたものだと、次の週のクエストがこのメンバー最後のクエスト攻略なのだと、気づかずにいた――。


「ぁー……」

「……」

再度回想を終え、ふと視界にマサを入れれば、見る度に劣化しているのがわかる。

『どうやらマサは思い詰めるタイプのようだ』と思いながら、イフは脳内で二週間前のことを整理する。


それぞれアイスのほかにマサへ話しかけた八名を順に説明すると、

マルス、イッカクは近々結婚するようで、ゲームにはあまり参加できなくなり、オロチ、月影の厨二病コンビは修行の旅に出るだとかなんとか。

風来は趣味の漫画がノリに乗って来たらしく、ジャックも全国ライブツアーで忙しいそう。

レイン、リンの女性陣二人は、レインの方はいろいろ理由を並べていたが単に好きな人を追いかけるというもので、リンは秘密だそう。

一部を除いて仕方のないことだと理解が行く話なのだが、この問題を解決する方法としては今より一週間前のボス攻略日の時点で挙がっていた。

いや実際、解決策と呼べるものでもなく、ただ単純にマサがそのボス攻略日にギルド解散を告げようとしていただけの事。

自分以外誰もいないギルドにいる意味など無く、さらにはそんなこと言えるはずもなく、マサは勝手にギルドを解散させようとまでした。

けれどそれも、優しすぎるマサには出来るはずもなく、ボス攻略をしてそれっきりの時が流れ、一週間の時を過ごした。


――そして今、


いつも通り二人で酒場:《ハウント》にいるのは、別にマサを慰めるべくイフが呼び出したわけでも、暇を持て余しているマサがやけくそでイフに当たるべく呼び出したわけでもなく、ブルーノに呼ばれ、待ち合わせをしていたからだった。


――ただ、


待ち合わせ時間を迎えているというのに、その本人が現れることなく時間が過ぎ、どうしようもなく複雑な時をイフは過ごしていた。

「んぅ……」

詰まり気味のため息を漏らすイフ。

すると視界の右下にあるメッセージランプが光り、メールを表示させると、そこにはブルーノから『もうすぐ着く』との連絡があった。

そうして「そろそろ来るそうだ」とマサへ報告するも返事はなく、気まずい空気を早くどうにかしてほしいと思いながら、時間が早く過ぎることを願うイフだった。


――5分後。


ブルーノから『着いた』という連絡があり、同席すると、時計の針は待ち合わせ時間よりも10分ほど遅れた午後6時10分を示した。

「で、俺たちに何の用なんだ?」

「……依頼だ」

「依頼?」

「お前たちにはこれから、俺たちと一緒にとあるクエストに行ってもらう」

「クエスト?お前一人でも強いのに、それ俺行く意味あんのか?」

重苦しい空気。いつもと少し違うブルーノにイフは少し違和感を覚える。

そのため、茶化すように事実を口にしたのだが、

「……お前の記憶に関するものだとしてもか?」

「「……っ」」

ただその一言に納得がいった。

ブルーノの鋭い目つきと真剣味を帯びてくる話にマサはピクリと反応し、イフは驚き気味にも呑み込み、腹を括ってブルーノの言葉に耳を傾けた。

「……《剣士の国:ミーン》最果ての地、《北の大神殿:ログロスト》」

「おい、そこって……っ」

聞いた途端、動揺を隠せず立ち上がるマサ。

ただその言葉に、イフは疑問符を浮かべるのだが、

「お前の記憶が眠る場所だ」

ブルーノからは何の表情の変化も見られず、硬直した空気とこれから起こることを予感してか、心は重く、ただ言葉にはできなかった。

          

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