仮面舞踏会 ~隠密優等生《オタク》な俺と生徒会長《おさななじみ》の君と~
レポート 4:『星に願いを』
――1時間後。
「おい鏡夜!先に行くなら行くって連絡しろよ!ギリギリまで待っただろうが!」
息を切らし、現れるなり罵ってくる氷室。
待ち合わせ場所に現れなかったことを心配してのお怒りなのだろう。
「悪い」
そのため素直に謝罪すると、氷室は悪態をついて乱暴に前の席へ着いた。
「……んで、そんな早く学校へ来て何やってたんだよ?まさか、長重のLINE通り、挨拶運動でもしてたわけか」
「LINE?」
スマホを取り出し、アプリを起動する。
するとどうやら、それらしき通知が来ていることに理解が行く。
「……見てなかったのか」
呆れた氷室の表情に『そうだ』と目で訴えかければ、氷室は嘆息する。
「お前なぁ……じゃあ結局、何やってたんだよ?」
「何も?」
「はぁ!?」
氷室は大声を上げ、周りの視線が一瞬チラホラと手中する。
すぐに納まると、身体に妙な寒気が走る。
何かが迫ってくるような感覚。
――これは……悪寒?
「しーん……どーう……くーん……」
「……っ!」
不意に背後から聞こえる声。
謎の既視感に恐る恐る振り向けば、思った通り長重がいた。
「どうして挨拶運動来ないの!LINEも見てないし!」
横からくる大きな罵声。
先ほど氷室にも叱られたばかりだというのに。
「いつ学校に来たの!?」
「……8時頃」
「嘘つけ!お前もっと早いだろ!」
氷室から追い打ちをかけるようなツッコミ。
それにより背後の存在に冷や汗を垂れる。
「どこから学校に登校したの~……?正門にはいなかったわよね~……?」
――怖い!目が死んでる!闇落ちしてるよこの人!
増していく威圧感の中、どうにかして言い逃れようと一つの回答を絞り出す。
「……裏門から」
「うちの校舎に裏門なんてありません!」
「そんなバカな……っ!?」
するとすぐさま否定され、驚愕する。
けれどそんなことは入学前から承知済み。
うちの学校に裏門はあっても、閉め切られ、登校時は正門以外に入る術がない。
なら何故、戯言を並べているかと言えば、和やかな空気を生み出したかったから。
そうすれば、こっ酷く叱られることなく、笑い話で終わる。
まさに策士!
「お前なぁ、バレるような嘘ばっかついてんじゃねぇよ……」
二人してため息を零す氷室と長重。
あえてバカに対応することで、質問攻めにも回避できる。
これを狙ってやるあたり、道化か悪魔か。
どう振舞えば相手がどういう反応を示すのかわかる。
もしかしたら空気を読むとは、こういう言動を瞬時にできるヤツのことを言うのかもしれない。
自分が空気読めるヤツかは別として……。
「とにかく、今日の放課後、生徒会あるからちゃんと参加してよね」
「へいへい」
不機嫌そうに立ち去っていく長重。
生徒会の話題が持ち出されると、自分も生徒会メンバーなのだと、否が応にも実感する。
少人数の精鋭。
一人でも欠けてしまえば、雑務が増えてしまう。
つまり、長重に迷惑かけることになる。
――それは、嫌だな。
自分に何ができるかはわからないけれど、嫌われることだけは避けたい。
だから、意地悪をするのもこれで最後だ。
たぶん……。
※
「目安箱?」
生徒会に参加し始めた本日の放課後。
特にやることもなく召集され、生徒会室にて読書に励んで数分。
長重から今回の議案である話題が振られていた。
「そ。生徒の悩みや学校の状勢について知りたいっていうことで設置しているんだけど……あんまり好評じゃないみたい」
「それは、生徒に悩みがないってことだろ?良いことじゃねぇか。というか、LHRでいろんなアンケート取りまくってんのにまだ足んねぇのか……」
「そうなんだけど……」
「んで?それがどうしたって?」
「入っている内容が『勉強が難しい』とか、『部費予算がもっと欲しい』とか、『あの先生嫌い、どうにかして』とか、不平不満が数票ほど入ってて……。問題はそれが全部、悪ふざけ程度のものだってことなんだよね……」
「……だろうな」
投票したところで、生徒会には何もできない。
単なる生徒の集まりなのだから、何を期待しても無駄。
生徒会に何か権力があるというのは漫画の中だけの話。
ほとんどは教員の指示の下、動かされているだけというのが実際問題。
生徒会に入るヤツの理由なんて、内申書がよくなるからの一択。
そうでなければ、誰も放課後というパラダイスを犠牲にしてまで入ろうとは思わない。
それ故に誰も、投票しようなんて気にはならない。
「んで?それを解決したいと」
「そう」
「んなこと言ってもなぁ……」
周りを見渡し、視線を送る。
氷室は肩をすくめて苦笑し、松尾は困ったように首を傾げている。
単なる生徒の集まりには、どうすることもできない。
それを露にした図だった。
「本気で悩みを抱えた生徒もいると思うの。誰にも相談できずにいる人が。それらしき生徒が何度か投票しようとしてたらしいんだけど……。でも……」
「投票がない、と」
「うん……」
悲しげに俯く長重の表情。
そんな表情をされるとこちらの胸まで痛んでくる。
必然と、どうにかしてやりたいと思えてしまう。
「……ん?」
そしてふと、先ほどの言葉に引っかかる点を発見する。
「何でそんなことわかるんだ?」
「何が?」
「それらしき生徒が投票してたって話。まるで誰かが見てたみたいな言い草だな」
「ああ、それは……先生たちが投票しようとする生徒に何度か鉢合わせるみたいで。皆、投票せずに走って逃げちゃうの」
「鉢合わせる?」
「うん」
先生と生徒が鉢合わせる。
となれば場所は人目につく場所だと絞られていく。
「目安箱、どこに設置してんだよ……」
「職員室前なんだけど……何で皆逃げちゃうんだろ?」
「いや絶対それが問題だろ」
「え?」
「そんなとこに設置してたら、投票できなくて当然だ」
「……?」
何が問題なのか、全く持って理解できていないご様子。
自然と呆れてため息が零れてしまう。
「悩みってのは、そうそう誰かに言えるもんじゃない。言えることだとすれば、大したことではないし、相談できることであるなら家族や友達にでもしてるだろうからな」
「うん?」
「誰にも言えない悩みだとすれば、投票しようとするヤツは大抵、匿名希望だ。誰にも知られず、且つ穏便に解決したいがためにな」
誰にも相談できない悩み。
名前を知られれば、噂になり大事になる。
けれど自分にはどうしようもないことで、助けが欲しい。
それを誰かが解決してくれるのであれば、縋りたくなる人がいてもおかしくはない。
――でも、
「匿名で相談できるはずの目安箱が、人目につく場所に置かれてちゃ、匿名希望の意味がないだろ。ましてや先生と鉢合わせる職員室前。顔と名前が割れるだけでなく、先生にまで心配され、最悪大事になる」
知られたくない秘密を明かそうとしている。
そこへ下手に介入すれば、立場を悪化させ傷つける恐れがある。
先生なんかがまさにそう。
真面目に相談に乗ってくれたところで、どんなに優しい言葉であろうと結局は他人事。
解決できるかは本人次第。
自分一人では解決できない悩みだってあるだろうに。
誰かに助けてもらいたいから話すのに、何も解決はしない。
そんなことをされれば、奈落へ突き落されるように絶望する。
何にも頼れず、期待できない。
どうしようもないと諦めて、最後は――。
「……ん?」
静まり返った空気。
皆の表情を伺えば、驚くように沈黙している。
それ故に首を傾げてしまう。
「凄い……」
ふと口を開く松尾。
「ほんと、探偵みたい」
長重の呆気に取られるような反応に、
「ふん……」
氷室は何故か当然の如く息を漏らす。
謎の空気が生まれている。
「とりあえず、目安箱の配置を変えるということで解決ね!」
「「異議なし」」
ハモるように賛成する氷室と松尾。
何故か置いてきぼりにされている自分。
何なんだこの空気は……。
まぁいいか。
とりあえず――、
「んで、どこに配置する気だ?」
「それは……」
三人の視線が一気にこちらへと集中する。
それにより、言わずとも察せられる。
「……旧校舎の3階あたりでどうだ」
「そうね。そうしよっか」
「「異議なし」」
息ぴったりの三人。
――何なんだお前ら……全部人任せか。
呆れるように眉を顰めて、自分の出した意見故に仕方のないことだと納得する。
「でも、どうして旧校舎?」
「生徒会室、人気が少ないだろ。だからだよ」
生徒会室は旧校舎の2階の隅に設けられた部屋。
廊下はいつも薄暗く、誰も近寄ろうとはしない。
足音一つで反響音が聞こえるほど、静まり返っている。
――つまり、
「本校舎とは違って、生徒や先生の目に付きにくい。それに3階ともなれば、ここからも近いし、持ち運びが楽になる。どうせ集計してチェックするのは俺たちなんだ。なら、ここから近いに越したことはないしな」
「それだったら生徒会室前でもいいんじゃ……」
「それだと、今度は俺たちと鉢合わせるぞ。それに……」
「それに?」
「旧校舎の3階、ひっそりとした廊下に設置された目安箱……っていう方が、シチュエーション的に面白そうだろ?」
「何それ」
吹き出し気味に笑う長重。
氷室と松尾も似たような笑みを零している。
「それじゃ早速、目安箱を移動させて今日は解散にしよっか」
「「異議なし」」
「……お前ら、それ言いたいだけだろ」
目安箱の件について、無事先生からの了承を得て、3階へと移動させる。
廊下の窓際に机を一つ配置させ、その上に目安箱を置く。
そして、職員室前には目安箱を移動させたことだけを載せた小さなポップを立てる。
「よし、帰ろっか」
「ああ」
「おう」
「うん」
生徒会メンバーで帰る夕暮れ時。
四人で歩く帰路は少し新鮮で。
謎の高揚感を生んでいた。
「なぁ鏡夜」
「何だ?」
そこに氷室は、ふと口を開いて、
「何で旧校舎に移動させたこと、書かなかったんだ?」
そんなことを問うてくる。
「ああそれ、私も気になってた」
「うん」
他の二人も、興味津々のようで。
「ああ、それは……」
止まる足。
皆も同様に立ち止まり、首を傾げる。
素直に答えようと思うも、瞬時に気が変わる。
再び足を動かし、皆の前に出る。
依然止まったままの彼らをおいて、振り返って、
「後のお楽しみだ」
そう悪戯な笑みを浮かべて、三度歩き出した。
「はぁ?何だよそれ」
すると氷室は思わせぶりの態度に含み笑いをして。
「ほんとほんと」
長重は笑いながら、呆れるようなため息を零し、
「ふふ」
松尾も頬を綻ばせていた。
「それじゃあな」
「ああ」
「バイバイ」
「うん」
駅へと到着し、氷室と松尾はここでお別れ。
取り残された俺と長重。
互いに目が合い、長重は口元を緩ませる。
自然と隣り合う形で歩き出し、その距離も先ほど同様、並んで歩いている状態。
――だから、
徐々に距離を取って、後方へと回る。
たった一瞬。されど一瞬。
彼女の隣を歩いていた。
ただそれだけで、胸の中はいっぱいで。
一人、虚空を見つめるように足を止めていた。
「真道?」
ふと長重の声を耳に彼女へ目を向ける。
薄く微笑む姿は、恰もこちらを待つ者で。
仕方なく目を瞑って、近づくのだった。
「……真道も下りなんだね。知らなかった」
横に彼女を置いての何気ない会話。
ずっと夢見ていたこと。
「俺は、知ってたけどな」
「え……?」
行く道も帰る道も。
幼馴染なのだから、一緒に決まっている。
さすがに家まで隣同士というのは、漫画や小説の中だけの話だけれど。
「いつもどこで乗ってるの?」
「……玖日駅」
「え、一緒」
「乗る時間は違うけどな」
「何時の電車?」
「7時15分」
「私より二本遅いじゃない」
二本早い電車。
ということは――、
「6時58分か……」
「まぁでも、生徒会がある時だけだけどね」
ひと段落するように会話が途切れ、静寂が流れる。
その少しの間が長く感じる。
「……ねぇ、真道」
「何だ?」
「明日から、一緒に学校行かない?」
あり得ない現実。信じ難い発言。
夢にまで見た青春を彼女はくれると言う。
「……何で?」
「行きも帰りも、知り合いがいた方が寂しくないでしょ?」
「……」
「そう思わない?」
似たような思想。
でもきっと、似ているだけで同じじゃない。
――ただ、
「類は友を呼ぶ、か……」
望みに手が届くのなら、許されないことだとわかっていても、手を伸ばしたいと。
そう思えていた。
「考えとく」
「え?」
「電車、来たぞ」
「ああ、うん」
下り方面の列車。
三両目の一番前が最寄り駅の改札口前丁度。
海沿い故に、綺麗な青が窓に広がる。
けれど今は、茜色に染まっている。
そんな中、会話が持たず、スマホを弄る。
「何見てるの?」
「ツウィッター」
「……」
お道化た口ぶりに長重は呆れて黙り込む。
それを流すように視線を戻す。
「……っ!」
途端、フードが外され視界が広く解放される。
久しぶりの日差しがこの身を眩しく照らし出す。
何が起きたのか辺りを見回せば、目の前に真顔の長重がいた。
「……何するんだ」
その原因は、言わずもがなの彼女のようで。
今は弱い自分を見せないよう、取り繕うだけで精一杯だった。
「―――」
「……?」
まじまじとした視線に首を傾げる。
――そういえば、
「……かっこ悪い顔だろ?」
くせっ毛の黒髪。鋭い目つき。
自分の見た目も性格も、モテる要素など一切含まない。
現実に出逢う者は全て、見た目で判断する。
けれどネットは、中身からその人を知る。
だから好印象に持って行きやすい。
あまり顔を見られたくはない。
そう思い始めたのは高校に入ってからのこと。
特別変というわけではなく、ただこんな自分を見てほしくない。
大嫌いな自分の姿を見せたくはなかった。
それがためのフードだった。
「いや、別に……」
そんな自分を長重は食い入るように見つめ続ける。
別に見られても構いはしないのだが、意識すると恥ずかしく感じるため、ツイッターを見て気を紛らわせる。
「……っ!」
ふと体中に電気が走るような感覚に見舞われ、目を疑う。
瞳に映るは、小さき獣。
無邪気に燥ぎ回る子猫の動画。
自分も猫になったような気分で思わず頬が緩んだ。
「ふふ」
気づけば傍にスマホを覗き込む長重がいて。
こちらを見るなり、吹き出し気味に微笑していた。
「真道って、そんな風に笑うんだね。もっと取っ付きにくい人だと思ってたから、なんか意外」
「そうか?」
「いつもそうしていればいいのに」
「……俺だってフード外している時くらいあるぞ」
「え?」
「まぁでも、俺の素顔を知っているのは担任と氷室と、他幼馴染たちと身内ぐらいのもんだ」
「そうなんだ」
何気ない会話。
スマホに視線を落としながら、またあの光景が目に入る。
異性の男女が仲睦まじく駄弁っている。
今朝にも見た光景。
違うのは、隣を見れば自分の傍にも異性がいる。
ただそれだけのこと。
ただそれだけのことなのに――。
「どうかした?」
「なぁ……」
「何?」
「俺たちって、傍から見たらどう見えるんだろうな」
「へ?」
至近距離にいる彼女。
スマホを覗こうとするが故に肩と肩が触れ合っている。
制服越しに感じる、彼女という存在。
こちらの視線を追うことで、彼女も言葉の意味を理解する。
「あー、カップル……じゃない?」
はにかむように長重は苦笑する。
頬を朱色に染め、視線を逸らす。
慣れない冗談に照れているのかと思うも、瞳は虚空を見つめていた。
その横顔に魅入られ、窓の外、海と空の色が交わって、沈む太陽が眩しい。
隣には意中の女の子。
揺られる電車は、まるで心の中のようで。
複雑な想いに駆られながら、傍観する。
自分は、この瞬間を一生忘れないだろうと。
そう思えていた――。
          
「おい鏡夜!先に行くなら行くって連絡しろよ!ギリギリまで待っただろうが!」
息を切らし、現れるなり罵ってくる氷室。
待ち合わせ場所に現れなかったことを心配してのお怒りなのだろう。
「悪い」
そのため素直に謝罪すると、氷室は悪態をついて乱暴に前の席へ着いた。
「……んで、そんな早く学校へ来て何やってたんだよ?まさか、長重のLINE通り、挨拶運動でもしてたわけか」
「LINE?」
スマホを取り出し、アプリを起動する。
するとどうやら、それらしき通知が来ていることに理解が行く。
「……見てなかったのか」
呆れた氷室の表情に『そうだ』と目で訴えかければ、氷室は嘆息する。
「お前なぁ……じゃあ結局、何やってたんだよ?」
「何も?」
「はぁ!?」
氷室は大声を上げ、周りの視線が一瞬チラホラと手中する。
すぐに納まると、身体に妙な寒気が走る。
何かが迫ってくるような感覚。
――これは……悪寒?
「しーん……どーう……くーん……」
「……っ!」
不意に背後から聞こえる声。
謎の既視感に恐る恐る振り向けば、思った通り長重がいた。
「どうして挨拶運動来ないの!LINEも見てないし!」
横からくる大きな罵声。
先ほど氷室にも叱られたばかりだというのに。
「いつ学校に来たの!?」
「……8時頃」
「嘘つけ!お前もっと早いだろ!」
氷室から追い打ちをかけるようなツッコミ。
それにより背後の存在に冷や汗を垂れる。
「どこから学校に登校したの~……?正門にはいなかったわよね~……?」
――怖い!目が死んでる!闇落ちしてるよこの人!
増していく威圧感の中、どうにかして言い逃れようと一つの回答を絞り出す。
「……裏門から」
「うちの校舎に裏門なんてありません!」
「そんなバカな……っ!?」
するとすぐさま否定され、驚愕する。
けれどそんなことは入学前から承知済み。
うちの学校に裏門はあっても、閉め切られ、登校時は正門以外に入る術がない。
なら何故、戯言を並べているかと言えば、和やかな空気を生み出したかったから。
そうすれば、こっ酷く叱られることなく、笑い話で終わる。
まさに策士!
「お前なぁ、バレるような嘘ばっかついてんじゃねぇよ……」
二人してため息を零す氷室と長重。
あえてバカに対応することで、質問攻めにも回避できる。
これを狙ってやるあたり、道化か悪魔か。
どう振舞えば相手がどういう反応を示すのかわかる。
もしかしたら空気を読むとは、こういう言動を瞬時にできるヤツのことを言うのかもしれない。
自分が空気読めるヤツかは別として……。
「とにかく、今日の放課後、生徒会あるからちゃんと参加してよね」
「へいへい」
不機嫌そうに立ち去っていく長重。
生徒会の話題が持ち出されると、自分も生徒会メンバーなのだと、否が応にも実感する。
少人数の精鋭。
一人でも欠けてしまえば、雑務が増えてしまう。
つまり、長重に迷惑かけることになる。
――それは、嫌だな。
自分に何ができるかはわからないけれど、嫌われることだけは避けたい。
だから、意地悪をするのもこれで最後だ。
たぶん……。
※
「目安箱?」
生徒会に参加し始めた本日の放課後。
特にやることもなく召集され、生徒会室にて読書に励んで数分。
長重から今回の議案である話題が振られていた。
「そ。生徒の悩みや学校の状勢について知りたいっていうことで設置しているんだけど……あんまり好評じゃないみたい」
「それは、生徒に悩みがないってことだろ?良いことじゃねぇか。というか、LHRでいろんなアンケート取りまくってんのにまだ足んねぇのか……」
「そうなんだけど……」
「んで?それがどうしたって?」
「入っている内容が『勉強が難しい』とか、『部費予算がもっと欲しい』とか、『あの先生嫌い、どうにかして』とか、不平不満が数票ほど入ってて……。問題はそれが全部、悪ふざけ程度のものだってことなんだよね……」
「……だろうな」
投票したところで、生徒会には何もできない。
単なる生徒の集まりなのだから、何を期待しても無駄。
生徒会に何か権力があるというのは漫画の中だけの話。
ほとんどは教員の指示の下、動かされているだけというのが実際問題。
生徒会に入るヤツの理由なんて、内申書がよくなるからの一択。
そうでなければ、誰も放課後というパラダイスを犠牲にしてまで入ろうとは思わない。
それ故に誰も、投票しようなんて気にはならない。
「んで?それを解決したいと」
「そう」
「んなこと言ってもなぁ……」
周りを見渡し、視線を送る。
氷室は肩をすくめて苦笑し、松尾は困ったように首を傾げている。
単なる生徒の集まりには、どうすることもできない。
それを露にした図だった。
「本気で悩みを抱えた生徒もいると思うの。誰にも相談できずにいる人が。それらしき生徒が何度か投票しようとしてたらしいんだけど……。でも……」
「投票がない、と」
「うん……」
悲しげに俯く長重の表情。
そんな表情をされるとこちらの胸まで痛んでくる。
必然と、どうにかしてやりたいと思えてしまう。
「……ん?」
そしてふと、先ほどの言葉に引っかかる点を発見する。
「何でそんなことわかるんだ?」
「何が?」
「それらしき生徒が投票してたって話。まるで誰かが見てたみたいな言い草だな」
「ああ、それは……先生たちが投票しようとする生徒に何度か鉢合わせるみたいで。皆、投票せずに走って逃げちゃうの」
「鉢合わせる?」
「うん」
先生と生徒が鉢合わせる。
となれば場所は人目につく場所だと絞られていく。
「目安箱、どこに設置してんだよ……」
「職員室前なんだけど……何で皆逃げちゃうんだろ?」
「いや絶対それが問題だろ」
「え?」
「そんなとこに設置してたら、投票できなくて当然だ」
「……?」
何が問題なのか、全く持って理解できていないご様子。
自然と呆れてため息が零れてしまう。
「悩みってのは、そうそう誰かに言えるもんじゃない。言えることだとすれば、大したことではないし、相談できることであるなら家族や友達にでもしてるだろうからな」
「うん?」
「誰にも言えない悩みだとすれば、投票しようとするヤツは大抵、匿名希望だ。誰にも知られず、且つ穏便に解決したいがためにな」
誰にも相談できない悩み。
名前を知られれば、噂になり大事になる。
けれど自分にはどうしようもないことで、助けが欲しい。
それを誰かが解決してくれるのであれば、縋りたくなる人がいてもおかしくはない。
――でも、
「匿名で相談できるはずの目安箱が、人目につく場所に置かれてちゃ、匿名希望の意味がないだろ。ましてや先生と鉢合わせる職員室前。顔と名前が割れるだけでなく、先生にまで心配され、最悪大事になる」
知られたくない秘密を明かそうとしている。
そこへ下手に介入すれば、立場を悪化させ傷つける恐れがある。
先生なんかがまさにそう。
真面目に相談に乗ってくれたところで、どんなに優しい言葉であろうと結局は他人事。
解決できるかは本人次第。
自分一人では解決できない悩みだってあるだろうに。
誰かに助けてもらいたいから話すのに、何も解決はしない。
そんなことをされれば、奈落へ突き落されるように絶望する。
何にも頼れず、期待できない。
どうしようもないと諦めて、最後は――。
「……ん?」
静まり返った空気。
皆の表情を伺えば、驚くように沈黙している。
それ故に首を傾げてしまう。
「凄い……」
ふと口を開く松尾。
「ほんと、探偵みたい」
長重の呆気に取られるような反応に、
「ふん……」
氷室は何故か当然の如く息を漏らす。
謎の空気が生まれている。
「とりあえず、目安箱の配置を変えるということで解決ね!」
「「異議なし」」
ハモるように賛成する氷室と松尾。
何故か置いてきぼりにされている自分。
何なんだこの空気は……。
まぁいいか。
とりあえず――、
「んで、どこに配置する気だ?」
「それは……」
三人の視線が一気にこちらへと集中する。
それにより、言わずとも察せられる。
「……旧校舎の3階あたりでどうだ」
「そうね。そうしよっか」
「「異議なし」」
息ぴったりの三人。
――何なんだお前ら……全部人任せか。
呆れるように眉を顰めて、自分の出した意見故に仕方のないことだと納得する。
「でも、どうして旧校舎?」
「生徒会室、人気が少ないだろ。だからだよ」
生徒会室は旧校舎の2階の隅に設けられた部屋。
廊下はいつも薄暗く、誰も近寄ろうとはしない。
足音一つで反響音が聞こえるほど、静まり返っている。
――つまり、
「本校舎とは違って、生徒や先生の目に付きにくい。それに3階ともなれば、ここからも近いし、持ち運びが楽になる。どうせ集計してチェックするのは俺たちなんだ。なら、ここから近いに越したことはないしな」
「それだったら生徒会室前でもいいんじゃ……」
「それだと、今度は俺たちと鉢合わせるぞ。それに……」
「それに?」
「旧校舎の3階、ひっそりとした廊下に設置された目安箱……っていう方が、シチュエーション的に面白そうだろ?」
「何それ」
吹き出し気味に笑う長重。
氷室と松尾も似たような笑みを零している。
「それじゃ早速、目安箱を移動させて今日は解散にしよっか」
「「異議なし」」
「……お前ら、それ言いたいだけだろ」
目安箱の件について、無事先生からの了承を得て、3階へと移動させる。
廊下の窓際に机を一つ配置させ、その上に目安箱を置く。
そして、職員室前には目安箱を移動させたことだけを載せた小さなポップを立てる。
「よし、帰ろっか」
「ああ」
「おう」
「うん」
生徒会メンバーで帰る夕暮れ時。
四人で歩く帰路は少し新鮮で。
謎の高揚感を生んでいた。
「なぁ鏡夜」
「何だ?」
そこに氷室は、ふと口を開いて、
「何で旧校舎に移動させたこと、書かなかったんだ?」
そんなことを問うてくる。
「ああそれ、私も気になってた」
「うん」
他の二人も、興味津々のようで。
「ああ、それは……」
止まる足。
皆も同様に立ち止まり、首を傾げる。
素直に答えようと思うも、瞬時に気が変わる。
再び足を動かし、皆の前に出る。
依然止まったままの彼らをおいて、振り返って、
「後のお楽しみだ」
そう悪戯な笑みを浮かべて、三度歩き出した。
「はぁ?何だよそれ」
すると氷室は思わせぶりの態度に含み笑いをして。
「ほんとほんと」
長重は笑いながら、呆れるようなため息を零し、
「ふふ」
松尾も頬を綻ばせていた。
「それじゃあな」
「ああ」
「バイバイ」
「うん」
駅へと到着し、氷室と松尾はここでお別れ。
取り残された俺と長重。
互いに目が合い、長重は口元を緩ませる。
自然と隣り合う形で歩き出し、その距離も先ほど同様、並んで歩いている状態。
――だから、
徐々に距離を取って、後方へと回る。
たった一瞬。されど一瞬。
彼女の隣を歩いていた。
ただそれだけで、胸の中はいっぱいで。
一人、虚空を見つめるように足を止めていた。
「真道?」
ふと長重の声を耳に彼女へ目を向ける。
薄く微笑む姿は、恰もこちらを待つ者で。
仕方なく目を瞑って、近づくのだった。
「……真道も下りなんだね。知らなかった」
横に彼女を置いての何気ない会話。
ずっと夢見ていたこと。
「俺は、知ってたけどな」
「え……?」
行く道も帰る道も。
幼馴染なのだから、一緒に決まっている。
さすがに家まで隣同士というのは、漫画や小説の中だけの話だけれど。
「いつもどこで乗ってるの?」
「……玖日駅」
「え、一緒」
「乗る時間は違うけどな」
「何時の電車?」
「7時15分」
「私より二本遅いじゃない」
二本早い電車。
ということは――、
「6時58分か……」
「まぁでも、生徒会がある時だけだけどね」
ひと段落するように会話が途切れ、静寂が流れる。
その少しの間が長く感じる。
「……ねぇ、真道」
「何だ?」
「明日から、一緒に学校行かない?」
あり得ない現実。信じ難い発言。
夢にまで見た青春を彼女はくれると言う。
「……何で?」
「行きも帰りも、知り合いがいた方が寂しくないでしょ?」
「……」
「そう思わない?」
似たような思想。
でもきっと、似ているだけで同じじゃない。
――ただ、
「類は友を呼ぶ、か……」
望みに手が届くのなら、許されないことだとわかっていても、手を伸ばしたいと。
そう思えていた。
「考えとく」
「え?」
「電車、来たぞ」
「ああ、うん」
下り方面の列車。
三両目の一番前が最寄り駅の改札口前丁度。
海沿い故に、綺麗な青が窓に広がる。
けれど今は、茜色に染まっている。
そんな中、会話が持たず、スマホを弄る。
「何見てるの?」
「ツウィッター」
「……」
お道化た口ぶりに長重は呆れて黙り込む。
それを流すように視線を戻す。
「……っ!」
途端、フードが外され視界が広く解放される。
久しぶりの日差しがこの身を眩しく照らし出す。
何が起きたのか辺りを見回せば、目の前に真顔の長重がいた。
「……何するんだ」
その原因は、言わずもがなの彼女のようで。
今は弱い自分を見せないよう、取り繕うだけで精一杯だった。
「―――」
「……?」
まじまじとした視線に首を傾げる。
――そういえば、
「……かっこ悪い顔だろ?」
くせっ毛の黒髪。鋭い目つき。
自分の見た目も性格も、モテる要素など一切含まない。
現実に出逢う者は全て、見た目で判断する。
けれどネットは、中身からその人を知る。
だから好印象に持って行きやすい。
あまり顔を見られたくはない。
そう思い始めたのは高校に入ってからのこと。
特別変というわけではなく、ただこんな自分を見てほしくない。
大嫌いな自分の姿を見せたくはなかった。
それがためのフードだった。
「いや、別に……」
そんな自分を長重は食い入るように見つめ続ける。
別に見られても構いはしないのだが、意識すると恥ずかしく感じるため、ツイッターを見て気を紛らわせる。
「……っ!」
ふと体中に電気が走るような感覚に見舞われ、目を疑う。
瞳に映るは、小さき獣。
無邪気に燥ぎ回る子猫の動画。
自分も猫になったような気分で思わず頬が緩んだ。
「ふふ」
気づけば傍にスマホを覗き込む長重がいて。
こちらを見るなり、吹き出し気味に微笑していた。
「真道って、そんな風に笑うんだね。もっと取っ付きにくい人だと思ってたから、なんか意外」
「そうか?」
「いつもそうしていればいいのに」
「……俺だってフード外している時くらいあるぞ」
「え?」
「まぁでも、俺の素顔を知っているのは担任と氷室と、他幼馴染たちと身内ぐらいのもんだ」
「そうなんだ」
何気ない会話。
スマホに視線を落としながら、またあの光景が目に入る。
異性の男女が仲睦まじく駄弁っている。
今朝にも見た光景。
違うのは、隣を見れば自分の傍にも異性がいる。
ただそれだけのこと。
ただそれだけのことなのに――。
「どうかした?」
「なぁ……」
「何?」
「俺たちって、傍から見たらどう見えるんだろうな」
「へ?」
至近距離にいる彼女。
スマホを覗こうとするが故に肩と肩が触れ合っている。
制服越しに感じる、彼女という存在。
こちらの視線を追うことで、彼女も言葉の意味を理解する。
「あー、カップル……じゃない?」
はにかむように長重は苦笑する。
頬を朱色に染め、視線を逸らす。
慣れない冗談に照れているのかと思うも、瞳は虚空を見つめていた。
その横顔に魅入られ、窓の外、海と空の色が交わって、沈む太陽が眩しい。
隣には意中の女の子。
揺られる電車は、まるで心の中のようで。
複雑な想いに駆られながら、傍観する。
自分は、この瞬間を一生忘れないだろうと。
そう思えていた――。
          
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